表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生きてゐるタワーマンション  作者: 葉方萌生
第五話 妻のスマホ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/69

4

***


 その日仕事を終えて沙綾と出会った日のことを考えながら家路を歩き、帰宅したのは十七時二十分だった。


「ただいま」


 俺が暮らしているのは栄駅から徒歩五分の好立地に位置するRESIDENCE SAKAE ONEというタワーマンション。その0504号室に住んでいる。間取りは3LDKで狭くもなく、広すぎることもない。さっき、職員室で三島先生からは感心されたが、タワマンの五階の部屋は、中層階や高層階と比べて価格が大きく下がる。

 タワマンならではの眺望や彩光が上の階に比べて劣っているからだ。

 だが、普通の人は「タワマンに住んでいる」と言えばお金持ちだとかリッチだとか、羨ましいだとかコメントしてくる。低層階に住んでいる俺は、その度に心の中でもやっとした感情に苛まれるのだった。

 もともとタワマンに住もうと思い立ったのは、俺自身の決断だった。

 沙綾に話すと「いいじゃない、タワマン」とノリノリでOKしてくれたのだ。

 もっとも、彼女は住居にはそれほどこだわりがないらしく、べつにタワマンだろうが普通のマンションだろうが、戸建てだろうが、どんな家でも「いいよ」と言ってくれただろう。


 タワマンを選んだのは、完全に俺のエゴだ。

 この歳になるまで、賃貸マンションか、中古のマンションにしか住んだことがなかった。

 初めて新築の持ち家というものを手に入れるのに、見栄を張りたくなったのだ。

 その結果、都会のど真ん中に聳え立つタワマンに住み始めた。

 春に沙綾と結婚した際に、RESIDENCE SAKAE ONEの広告を見たのがきっかけだった。

 “都心に、ただひとつの帰る場所を”

 そのキャッチコピーに惹かれて、沙綾と新しい人生を送るのはこのマンションがいいと直感で思ったのだ。

 だが、その時は広告を見るのが遅かったのか、空いている部屋がなかった。

 さすがは好立地のタワーマンション。販売からすぐに全戸売れてしまったようだ。

 だから、しばらくは同棲していた俺の中古マンションに住んでいたのだが、学校が夏休みに入るぐらいのタイミングで空きが出たことを知った。

 空いている部屋は五階のこの部屋と、二十九階の部屋だった。

 

『えーすごい、二十九階からの眺め!』


 不動産屋さんで二つの部屋を案内をしてもらった際に、隣で沙綾が興奮気味にそう言った。五階と二十九階では当たり前だが眺望がまったく違う。二十九階なんて、観光地によくある展望台から街を見下ろしているようで、ここに住めば毎日が特別になるんだろうな、とすぐに分かった。

 でも、内見を終えて不動産の営業マンから二つの部屋の価格を告げられた時、その差に愕然としてしまった。

 同じマンションなのに、3,000万円も価格が違っていたのだ。

 二十九階の部屋はとてもじゃないが俺の財力では住めるような場所ではなかった。


『隼ちゃん、いいよ。私、べつにそんなに高いところが好きってわけでもないし。五階の部屋も十分素敵じゃない』


 沙綾が優しげにそう言う言葉に、俺はつい甘えてしまった。

 彼女が五階でいいというのなら、悩むこともないじゃないか。

 そう自分に言い聞かせて、おそらく俺は終の住処となる家を購入したのだった。


 玄関で靴を脱ぎ、リビングまでそろそろとやってくる。同棲していた頃は、俺が帰ると沙綾が必ず「おかえり」と言って玄関まで出てきてくれていた。だが、どういうわけかRESIDENCE SAKAE ONEに住み始めてから、沙綾は俺を迎えてくれることがなくなっていた。

 まあ、べつにそれ自体に不満があるわけではないが、最近どうも、妻の態度が前と変わっているような気がしている。


「あ、おかえり隼ちゃんー。ちょっと待ってね。今ご飯つくってるから」

「ああ。ゆっくりでいいよ」


 長い髪を後ろで一つにくくり、エプロンをつけてキッチンに立つ沙綾は、俺のほうをさっと一瞥してからすぐに包丁をサクサクと動かす。


「沙綾、髪色変えた?」

「え、うん。アッシュ系にしてみたの、どう?」

「似合ってるよ」


 一体いつの間に。

 今朝は黒髪だったような気がするのに、帰ってきたら髪色がオシャレなくすみカラーに変わっていた。沙綾は現在フルタイムで通信会社に勤めているのだが、美容室に行くような時間はないはずだ。

 疑問に思いつつも、それ以上つっこんで聞く気にはなれなかった。

 彼女にだって、俺に生活のすべてを覗き見られたら嫌だろう。

 特に年齢が離れているため、俺はどこか沙綾に遠慮している自覚があった。


「お待たせしました」


 コツン、と小気味良い音を立ててお皿がダイニングテーブルの上に並べられていく。俺が配膳を手伝うと、普段なら「ありがとう」とにっこり笑ってくれるのだが、今日は無言だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ