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生きてゐるタワーマンション  作者: 葉方萌生
第五話 妻のスマホ

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1

***


今田(いまだ)先生〜来週の三者面談で使う資料、デスクの上に置いておきますね」

「ああ、ありがとう」


 国語科教師である篠崎(しのざき)先生が、分厚いファイルを俺のデスクの上に置いてくれるのを、職員室の扉の近くで見守っていた。

 二十代後半の彼女は、俺より三十歳も年下だが、ベテランの俺以上にテキパキと仕事をこなしていく。俺は三年生のクラス担任兼学年主任をしているが、同じ三年生を受け持つ彼女のほうが、正直リーダー的な役割が向いているんじゃないかと思っている。


「今田先生、どうかされました?」


 窓際の棚に設置されたコーヒーメーカーで紙コップにホットコーヒーを注いでいると、近くでコピー機を使っていた男性教師、三島(みしま)先生に声をかけられた。


「いや、なんでもないです。俺もそろそろ潮時かなーなんて」

「え、何おっしゃってるんですか。我らがリーダーにはまだまだいてもらわないと困りますって」


 手をひらひらさせながらうまいこと言ってくれる彼は、三十代半ばの数学教師だ。ちなみに俺も数学科。三島先生とは同じ数学科として、三年生の教師陣の中でも特に親しくさせてもらっていた。


「そういえば今田さんってもうすぐ還暦になられるんでしたっけ」

「あ、ああ。そうだけど」

「すごいですね。まだまだお元気じゃないですか。今の六十代なんて、昔の四十代と変わらないですよね」


 自分の息子ほどの年齢の人にそんなことを言われるとは思っておらず、俺は思わず「そ、そうか……?」と口ごもった。

 大体、“昔”とはいつのことを言っているのだろう。

 自分だってまだ三十数年しか生きていないのに、昔といってもそんなに昔ではなくないか。それとも、自分が生まれる前のことを言っているのだろうか。ともあれ、「もうすぐ還暦を迎える人間にしては元気だ」と褒められていることは分かったので、悪い気はしなかった。


「そうですよ! 僕の父親は六十五ですけど、痩せてるし白髪だらけだし、体力も全然なくて。五歳しか変わらないのに、今田先生とは全然違いますよー」


 へらりと笑いながらそういう三島先生だが、彼の年齢に関する感覚はまだ若い。

 この歳になると、一年の年齢差がかなり大きく感じるから。

 六十歳と六十五歳では体力や見た目にも雲泥の差が出てくるはず。だからたぶん、俺だって六十五歳になる頃には彼のお父さんと同じくらい——いやそれ以上に、体力も衰えて“高齢者”然としているかもしれない。


「しかも六十を前にしてご結婚もされて、最近タワマンに引っ越されたんですよね? バイタリティがすごいですよ」

「はあ。持ち上げてくれてありがとうな」

「何言ってるんですか! 本心ですよ、本心。僕だったら絶対できないですもん」


 それは、この歳で結婚をすることを言っているのか、タワマンに引っ越すことを言っているのか。それとも両方なのか。

 三島先生は「あ、すみません。僕これから生徒の質問対応に行かなくちゃ」と言って、俺にぺこりと頭を下げて職員室から出て行った。

 放課後まで質問対応か。

 熱心な生徒もいるもんだな、と感心する。俺の勤める霧島(きりしま)高校は、偏差値で言えば平均より少し上ぐらいのレベルの子どもたちが集まる高校だ。進学校ほど勉強熱心な生徒は少ないので、放課後にまで質問をしたいという生徒がいるのは珍しいような気がする。


 俺は、出来上がったコーヒーを片手に、篠崎先生が用意してくれた三者面談の資料を見るべく、自分のデスクへと戻った。パラパラと大学に関する資料を眺めつつ、ポケットからスマホを取り出す。

 ピコンという通知音がしたので画面を確認すると、この春結婚したばかりの妻、沙綾(さあや)から連絡が来ていた。

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