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生きてゐるタワーマンション  作者: 葉方萌生
第四話 マンションの管理人

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 私、北本雄二(ゆうじ)がRESIDENCE SAKAE ONEの管理人として働き始めたのは、この四月のことだ。

 五十五歳、同年代のみんなが口々に「早期リタイアしたい」という願望を口にする中、私は三年ほど前に、もともと勤めていた印刷会社を辞め、マンションの管理会社に転職した。

 そのまま定年まで勤めていれば、退職金も相当の額が積もっていたはずなのだが、早くに退職したのは、三年前にくも膜下出血で倒れてしまったことが原因だった。

 その時のことを思い出すと、今でも背筋に冷や汗が流れる。

 オフィスでデスクにつき、翌日の営業用の資料をまとめている際に、突如激しい頭痛に襲われた。

 幸い周りに人がいたので、すぐに救急車を呼んでもらい、処置を受けることができた。くも膜下出血では三分の一の人が亡くなってしまうと言われているが、命に別状がなかったのは、不幸中の幸いだっただろう。


 だが、その時に受けた脳へのダメージは大きく、私は退院してからも、複雑なことを考えられなくなった。

 いわゆる、高次脳機能障害である。

 新しいことを覚えられなかったり、計画を立てることができなかったり。

 とにかく、物事を順序立てて考えるのが苦手になった。

 さらに、右手の親指には麻痺が残り、今も上手に動かすことができないでいる。


 生活に支障が出るレベルには障害が残ってしまったので、印刷会社で営業の仕事を続けることも難しくなった。

 上からは他の、たとえば事務職なんかに異動してはどうかと提案されたものの、事務職だったら簡単にできるというわけでもない。

 それに、事務職の人の数が少なく、いつも事務職のみなさんが遅くまで残業していることを知っていた。きっと、一人当たりの業務量が多く、素早くこなさなければ仕事が終わらないのだろうと分かったので、自分には無理だと感じた。


 この先、どうやって生きていこうか——そう思っていた矢先、ぱらぱらとめくっていた仕事の情報誌に、「マンション管理会社」という文字を見つけたのだ。

 マンションの管理会社で管理人として働いている友人が、気楽に働けていいと言っていたのを思い出す。

 もちろん、友人のその言葉を鵜呑みにしたわけではない。

 きっと煩雑な仕事だってあるだろうけれど、その友人がたまたま清掃や簡単な書類作成といった仕事を任されていただけだろう。

 でも、確かにマンションの管理人ならば、私にもできることがあるかもしれない。

 もともと几帳面な性格をしているから、掃除なんか専売特許だ。

 私は、情報誌に他にも自分にできそうな仕事が載っているにも関わらず、それ以上深く考えることもできず、そのマンションの管理会社へと連絡をしていた。



 最初に配属されたマンションから、RESIDENCE SAKAE ONEへと配属が変わったのはこの春のことである。

 以前働いていたマンションは、管理人は私一人で、九時から十八時までの勤務だった。管理人の仕事は慣れないことばかりだったが、一年もあれば仕事内容にも場にも馴染んでいった。

 管理人としての基礎力をつけてから、RESIDENCE SAKAE ONEへ配属となった私。

 RESIDENCE SAKAE ONEはセキュリティ完備と謳っているとおり、管理人が二十四時間体制で常駐しなければならないらしい。土日は基本管理人の業務がお休みで、AIセキュリティシステムや本社からの遠隔管理をしている。清掃や緊急対応のみ入ることもあるが、常駐する必要があるのは平日のみだ。


 そのため、私一人ではなく、三人で管理人をすることになった。

 一人は、田村雅子(まさこ)さん。

 四十代後半の彼女は、気の弱い感じの人で、性格は私と似ているところがあった。配偶者はおらず、現在はご両親と共に暮らしているらしい。

 任された仕事はきちんとこなしてくれるから、彼女との仕事はまあやりやすかった。


 二人目は島原瑛人(えいと)くん。「くん」と呼ぶのは彼がまだ三十二歳だからだ。私からすればほんの子どもである。

 彼は、私や田村さんとは違い、明るく、常に軽いノリで話してくるような男性だった。

 性格があまりに違うので、世間話で盛り上がることは皆無だが、彼のような細かいことにこだわらないタイプの人間は、意外と必要かもしれない。会議中、私や田村さんが仕事で悩んでいる時に「そんな難しく考えなくていいっすよ」と軽い調子で新しい提案をしてくれるのがありがたかった。


 三人で八時間ずつ、夜中の時間帯も含めて交代でRESIDENCE SAKAE ONEの管理人をしている私たち。

 三人で一緒に働いていはいるものの、毎月の定例会の時以外は深く関わることもなく、せいぜい引き継ぎの際に少し話す程度だ。

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