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生きてゐるタワーマンション  作者: 葉方萌生
第三話 承認欲求

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9

 その二つの貼り紙を目にしたのは翌朝、お盆休み明けに亜衣を保育園に送って仕事へ行くためにマンションを出ようとした時だ。

 普段はスルーしているエントランスの掲示板に、一枚だけ貼られているお知らせに、自然と視線が吸い寄せられた。

『調整完了のお知らせ』と『1913号室の水漏れについて』。

 前者に関しては何度か目にしたことがあるような気がする……でも、普段から貼り紙をよく見るほうではないので、記憶は曖昧だ。  ただ、何度見ても「調整」が何を意味しているのかさっぱり分からない。

 そして、後者のほうは……。


「水漏れって……何があったんだろう」


 1913号室といえば南井さんのお宅だ。

 私も、以前マンションに住んでいた頃に蛇口でお湯をためるタイプのお風呂の水を溢れさせて、下の階に水漏れさせてしまったことがある。そんなにたくさんの水が溢れる前に蛇口を止めたのですぐに収まったが、そういった類なのだろうか。

 でも、その時私が住んでいたマンションは築五十年越えの古いマンションだったから、水漏れするのも理解できたのだ。

 対してこちらは新築マンション。しかも、快適な生活を売りにするタワマンで——。


 そこまで考えた時、ふと昨日の晩に亜衣が言っていた言葉を思い出す。


——下のおへやがないてるの。


「泣いてた……ってそういうこと?」


 私と手を繋いでぼうっと立っている亜衣に尋ねても、答えは返ってきそうにない。

 ふと、南井さんから昨日受け取った手紙の内容が頭に思い浮かんだ。


“この手紙で改善されないなら、引っ越しも考えます”


「もしかして、もう引っ越しちゃったの? それで部屋が悲しんで泣いてたってこと?」


 御伽話のような仮説なのに、口にするとどういうわけか、すとんと腹落ちしてしまった。

 

「手紙……」


 私は、ふとポストの方へと急ぎ、いつものように手紙が来ていないか確認する。

 

「あった」

 

 白色の封筒が、そこに入れられていた。

 でも、どうしてか封筒から禍々しいオーラが発せられているように感じる。

 ドキドキと鼓動が速くなる。血の巡りが急速になって、つま先から指先まで、どんどん熱がこもっていく。

 私は封筒を開けた。

 中から一枚の便箋を取り出し、そこに目を通してみた。


「あっ……」


 書かれたのは一文だけ。その一文を目にした瞬間、目の前がくらくらとして、真っ暗な闇に突き落とされるような感覚がした。


「ママー、早くいこー」


 亜衣が私の手を引く。

 私はその手を握りしめたけれど、手が震えてしまって、うまく歩けなかった。



<2013号室のポストに連日入っていた手紙>

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こんど、ごちそうになります。

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