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生きてゐるタワーマンション  作者: 葉方萌生
第三話 承認欲求

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4

***



 八月八日土曜日の十五時少し前。

 世間では今日からお盆休みに入る人がほとんど。私も多分に漏れず、今日から一週間程度仕事が休みである。

 うだるような暑さに汗を垂らしながら、ママ友たちと待ち合わせをしているパンケーキ屋さんに向かった。


「あ、朝倉さんこっちこっち」


 先に到着していた星名さんと、宮脇(みやわき)さん、一条(いちじょう)さんの三人が、八人がけの大きなソファ席で私に向かって手を振っていた。

 星名さんの子どもの真実ちゃんと、宮脇(さとる)くん、一条碧太(あおた)くんも一緒だ。三人とも、各々に持ってきたおもちゃやスマホで動画を見て遊んでいる。この年齢の子どもたちなので、みんなで一緒に遊ぶというよりは、それぞれ好きな遊びをすることのほうが多いのだろう。


「遅くなってすみません」

「とんでもないわよ〜全然遅れてないし」

「うん。私たちが早く着きすぎただけだからね?」


 示し合わせたかのように、三人が視線を交えて「ねー」と頷く。私は、なんとなく居心地の悪さを覚えてそっと腕時計を見た。

 時計はぴったり十五時を示している。待ち合わせも十五時。うん、本当にオンタイムだ。社会人として待ち合わせの時間通りに顔を見せるのが当たり前、という世界で生きてきた。

 この人たちは、みんなで早く集合して、私に「遅かったね」と皮肉を言っているんだろうか。

 勘繰りすぎだと思いつつ、三人の三日月型の瞳を見ていると、なんだか本当に自分一人が試されているような気がした。


「亜衣、挨拶して」

「おはよー」


 気の抜けた挨拶をした亜衣に、三人が「おはよう」と合わせて返事をくれる。その返事も、なんだか馬鹿にしているようで、ぴりりと背中に緊張感が駆け抜けた。


「朝倉さんは何頼む? 私たちはもう決めたから、メニュー表見ていいわよ」

「あ、ありがとうございます」


 星名さんにメニュー表を渡されて、睨めっこする。

 パンケーキはふわふわで分厚い生地のものが三枚、一皿に乗っている。

 プレーン、バナナチョコレート、キャラメルナッツ、フレッシュフルーツ、ティラミス、ブルーベリーチーズなど、さまざまなフレーバーから選ぶことができる。

 私は、少し迷ったふりをしたあと、“プレーン”を選んだ。

 甘すぎるのって苦手なのよね。


「決まりました」

「そう。じゃあ注文しましょう」


 一番年上の星名さんが店員さんを呼んで、私たちはそれぞれ食べたいパンケーキを注文した。星名さんがバナナチョコレート、宮脇さんはティラミス、一条さんはフレッシュフルーツだ。

 しばらく待つと、パンケーキが運ばれてきた。

 二十代半ばでギャル風の女性、一条さんが「わあ」と目を輝かせてスマホで写真を撮る。カシャリ。最初はパンケーキだけを撮影していたものの、二枚目は「はいチーズ」とインカメラで私たち全員を映した。


「この写真、Iスタにアップしてもいいですかあ?」


 許可を取っているはずなのに、もう決定事項のような軽さで、彼女はサササッと指を動かす。私が「え、ちょっと——」と答えようとした時には、もう投稿をし終えたあとのようだった。


【初めてのママ友会〜♡ 歳の差があっても子どもをきっかけに繋がれるのっていいよね!】


 二十四時間限定投稿の「メモリー」には、そうキャプションが入れられていた。

 

“歳の差があっても”というところで、私は眉をピクリと動かす。私より二つ上の三十一歳の宮脇さんも、推定三十五歳の星名さんも、若干顔をしかめていた。


「子どもたちも食べよっ」


 一条さんが、ソファ席で遊んでいる子どもたちに声をかけた。

 興味津々でやってくる子どもたちだったが、二歳児にパンケーキは甘すぎるようで、みんな、一口か二口しか食べなかった。


「あーたん、チョコがいい」


 亜衣はプレーン味が不服だったようで、星名さんのバナナチョコレート味のパンケーキを見つめながら言った。


「ごめんね、チョコじゃなくて」

「あ、もしよかったらいる?」


 星名さんが亜衣の視線に気づいて、亜衣にそう聞いた。

 が、人見知りなのか、亜衣は指をくわえてもじもじとしている。


「結構です。ありがとうございます」


 私が断ると、亜衣は明らかに物申したげに眉を顰めた。


「本当? 全然いいわよ。はい、どうぞ」


 私が断ったのも気にせず、星名さんは亜衣にチョコソースがかかったパンケーキをフォークに乗せて、差し出した。


「いえ、本当に大丈夫です!」


 自分でもびっくりするぐらい大きな声を張り上げてしまい、三人がシンと言葉を失って私を見つめるのが分かった。

 どうしてだろう。

 星名さんが親切心でパンケーキを分け与えてくれているのは分かっているはずなのに、プレーン味を頼んだ自分が見下されているように感じてしまったのだ。


「……そ、そっか」


 しばらくの沈黙の後、星名さんはようやくフォークを自分のお皿まで下げた。亜衣はチョコレート味のパンケーキが食べられなかったことで、「ふえええぇぇん」と泣いている。いや、私が大きな声を出したせいかもしれない。


「ご、ごめんって」


 亜衣に向かって謝ると、亜衣はぐすぐすと鼻を啜りながら、おもちゃで遊び始めた。どうやらもう、パンケーキはいらないらしい。

 なんとなく気まずい空気になってしまったが、宮脇さんが「気を取り直して食べましょ」と一声かけてくれて、私は再びパンケーキを口に運び出した。

 確かに甘くてふわふわでおいしい。

 でも、甘いものを一定量食べた私は、二枚目で満腹になってしまった。

 しかも、先ほどの一件で、やっぱり私たち四人の間には微妙な空気が漂っている。宮脇さんが気を遣って明るく話してくれるものの、私や星名さんは曖昧に頷くことしかできない。一条さんにいたっては、写真ばかり撮って、スマホをいじり倒していた。


「そ、そういえば、秋に地域の運動会があるみたいだけど、みんな行く?」


 星名さんが、なんとか絞り出した話題を全員に振った。


「あー、うん。うちはたぶん行くと思います」


 宮脇さんが答える。


「地域の運動会かあ。土日ですよね? 暇そうなので行くと思いまーす」


 一条さんは手元のスマホに視線を合わせながら言う。


「そっか。やっぱり子どもが小さいうちはみんな行くのね。朝倉さんは?」


 星名さんの視線が、最後に私のほうに向けられた。

 私はドキリと心臓が跳ねる。


「えっと……私は、そういうのはちょっと」

「え、朝倉さんは参加されないんですかぁ?」


 いや、スマホをいじりながら残念そうに言われても。


「土日は基本、あまり時間がないので……。仕事が入ることもありますし」

「ああ、そうなのね。それは難しいわねえ」


 星名さんは、私の渋った態度に察するものがあったようで、曖昧に微笑む。


「仕事? 朝倉さんって土日も仕事ある人なんですね」

「は、はい。まあ、時々ですが」


 嘘ではなかった。月に一度ほどは土日のどちらかに仕事が入ることが多い。その「月に一度」の休日出勤が地域の運動会の日程に被る確率は——具体的には考えないが、かなり低いだろう。


「えー、それ、かわいそう〜。土日も休みがないなんて」


 一条さんのギャルめいた声に、その場が凍りつく。

 かわいそう。

 年下の女にそんなふうに言われたことで、お腹がムカムカとして、嫌な気分になった。


「いや、そんなこと……その分平日にお休みがあるんでしょう?」


 星名さんが気を遣ってフォローしてくれるものの、時すでに遅し。日頃からストレスが溜まっていたこともあり、私は「いえ」と冷たい声で言い放っていた。


「全然、たいしたことはないですよ休日出勤ぐらい。プライベートが充実しているから、心配ご無用です」


 ぴしゃり、と突き放すような物言いをしてしまい、表面上は「しまった」と思うのだが、心の中ではどこかすっきりとしている自分がいた。


「そ、そうなんですねーいいですね」


 宮脇さんがぎこちなく笑って答える。完全に引いてるな。


「プライベートが充実してても休みがなくなるなんてやだなぁ」


 それでも一条さんだけは空気を読まず、素直な言葉を口に出しまくる。さすがにみかねた星名さんが、「そろそろお開きにしましょうか」と提案した。


「この後、みんなで公園で子どもたちを遊ばせましょう」


 妙案のようにそう言うが、私の心は冷たく冷えていく。

 この空気感のままみんなで公園で遊ぶなんて、とてもじゃないが考えられない。

 それに、灼熱の太陽の下で子どもを遊ばせるなんて自殺行為だ。

 

「すみません、私……この後用事があるので、失礼します」


 なんとか三人に頭を下げて、亜衣の腕を引っ掴んでその場から立ち去る。自分の分のお代はテーブルの上に置いて。


「あ、ちょっと、朝倉さん」


 星名さんが呼びかける声も無視して、亜衣が「公園いきたぁぁい!」と泣き喚くのも聞かず、ずんずんと自宅までの道を急いだ。

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