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生きてゐるタワーマンション  作者: 葉方萌生
第三話 承認欲求

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2

 その日の夜、栄駅徒歩五分の場所に位置するタワーマンションRESIDENCE SAKAE ONEの2013号室に住む私は、中層階行きのエレベーターに乗り込んだあと、一番上の二十階まで無心でエレベーターに乗っていた。

 最近、エレベーターに乗るとなんだか誰かに見られているような感覚になる。

 気のせいだとは分かっているけれど、ふと後ろを振り返って、鏡に自分しか映っていないことを確認しては安堵する日々だった。


「かなり疲れてるわね……」

 

 毎日八時間の労働に加え、家に帰ると家事、育児が待っている。

 夫も同じ条件で働いているはずなのに、家事をするのは私だけ。

 育児は、週三日亜衣をお風呂に入れていることぐらいか。

 おむつ替えや保育園の送迎はすべて私の仕事。勤務時間的に、私が送り迎えをするしかなかった。


 何かの気配(・・・・・)を感じるエレベーターから降りると、ほっと心臓の音が静かになる。気づかないうちに、緊張で心音が速まっていたようだ。


 あの気配はなんだったんだろう——と、いつもエレベーターに乗り降りした直後は考えるのだが、家に入ってしまえば忙殺される日々の中で、忘れてしまっていた。


 忙しい。 

 時間がない。

 しんどい。


 頭の中には常にその三拍子が揃っていて、どれも私の生活に深く根付いてしまっている。 

 夫からは「そんなにしんどいならパートにすれば?」と提案をされる。本人は善意でそう言っているのだと分かるのだが、私は夫の提案をのむことができずにいた。


 名古屋の国立大学を卒業してから今まで、バリバリ働いてきた。

 同じ大学に通っていた同級生たちはまだ未婚の子が多く、それこそバリキャリ街道を突き進んでいる。Iスタグラムで見る彼女たちの休日はきらきらとしていて、きっと仕事もプライベートも充実しているのだろうな、と分かる。


 そんな友人たちの輝かしい日々を、羨ましいと思ってしまう自分がいた。

 子どもは確かに可愛い。

 でも、子どもが生まれてから確実に自分の時間は減っていた。

 趣味のランニングや映画鑑賞も、独身時代や亜衣が生まれる前までは、休日のみならず平日にも余裕でできていたのに。

 今は土日に夫に亜衣を見てもらっている二時間程度しか、自分の時間がなかった。

 

 それ自体は、仕方ないと思う。

 自分の時間と引き換えに、子どもがいる幸せを手に入れたのだから。  

 だけど、その一方でやっぱり、キャリアを極める友達への羨望がどうしてもなくならない。

 だからこそ、夫から「パートにすれば」という提案をされたとき、胸が軋んだのだ。

「フルタイムで働いている自分」を、どうしても手放したくなかった。


 しっかり働いて、育児まで完璧にこなしている芽衣、すごいよね。

 

 大学時代の友達と時々連絡を取ると、いつも決まり文句のようにそう言われる。

 お世辞だと分かっていても、その言葉を聞くと、「他人に認められたい」と常々感じている私の胸のつかえはスッと取れるのだ。

 承認欲求。

 私の頭の中は、この四文字で埋め尽くされている——。

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