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生きてゐるタワーマンション  作者: 葉方萌生
第二話 エレベーター

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4

「騒音トラブルねえ……」


 貼り紙の文章は淡々としているようで、どこか怒りを孕んでいるようにも見えた。特に、「にもかかわらず、住民同士で騒音のトラブルが発生しているという件につきましては、防音機能を掻い潜るほどの音量が発生しているということに他なりません。」という一文は、騒音を出している住民に一言物申したいと言うような文章作成者の意図を感じる。


「それにしても、“最適化”ってなんなのかしら」


 確か、「エレベーター点検工事のお知らせ」にもそんな文言があったような気がする……と、隣に貼られている「エレベーター点検工事のお知らせ」を再び確認すると、やっぱり「皆様の快適な生活のため、エレベーターのみならず、共用部分の最適化に尽力してまいります。」という一文が目に飛び込んできた。


 “最適化”やら“調整”やら、このマンションの貼り紙にはやたら不思議な表現が多い。

 しかも、なんだか貼り紙の文章には人の血が通っていないような気がするのよね……。

 AIにつくらせたというだけならまあ納得できなくもないが、普通、分かりにくい表現があったら見直して修正するもんじゃないのかしら。

 ろくに会社勤めをしたことがない私には分からない。

 まあ、深く考えることもないか、と思い直してエントランスの扉を開けたあと、モップを手にした管理人の男性と鉢合わせた。


「こんちはー」

「こ、こんにちは」


 軽い挨拶に多少面食らいつつ、私はぺこりと頭を下げる。

 このマンションの管理人は二十四時間常駐体制なので、複数人で業務を回している。私が知っているのは今目の前にいる三十代前半ぐらいの男性、島原さんと、自分より年上の男性である北本さん。それから、同年代らしい女性の田村さんの三人だ。もしかしたら他にもいるかもしれないのだが、顔を合わせたことがあるのはこの三人だけである。


「買い物の帰りですか?」

「ええ」


 島原さんは軽い調子で訪ねてくる。普段からにこにことしている男性だが、時折管理人らしからぬ軽いノリで話しかけられて戸惑うことがあった。


「お疲れ様ですねー。最近暑いですし、もう外に出るのも苦痛ですよね」


 クク、と笑いながら私の両手にぶら下がったスーパーの袋をチラチラと見てくる島原さん。私は話題を変えたくて、「あの」とつい先ほど見た貼り紙のことを思い浮かべた。


「掲示板に騒音についての貼り紙があったと思うんですが、あの貼り紙をつくったのって、島原さんですか?」


 本当は誰が作成したかなんてそれほど興味はなかったのだが、他に話題がないため、今しがた目にした貼り紙の不可解な点を解消しようと尋ねた。


「騒音についての貼り紙? え、そんなのありましたっけ」


 わざとらしい仕草で首を傾げてみせる島原さん。

 

「はい、ほらあそこに」


 私は掲示板のほうを振り返って指さして見せた。だが、この場所からだと貼り紙の内容まではよく見えなくて、島原さんはぐぬぬと唸る。


「俺は把握してないので、たぶん北本さんじゃないかなー? あの人、めっちゃ真面目だから」


 そう言いながら、島原さんは特に気に留める様子もなく再び掲示板から視線を逸らした。

 島原さんの名前も記載してあったのに、把握していないとはちょっと問題ではないのか。

 と、気になりはしたものの、私自身、そこまであの貼り紙に興味があるわけでもない。なんならあまり関わらないほうが良いという気がしていたので、その場はスルーして「そうですか」と頷いておいた。


「それでは失礼します」


 これ以上、この男と他愛のない会話をするのも限界だと感じてエレベーターのほうへと歩き出す。


「あ、エレベーター、2号機は点検中っす。乗るなら1号機にお願いしますよ」


 後ろから島原さんに声をかけられて、そうだったと気がつく。

 エレベーターの点検のお知らせは二度目にしたはずなのに、肝心の点検日時のことはすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。


「分かりました。ありがとうございます」

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