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生きてゐるタワーマンション  作者: 葉方萌生
第二話 エレベーター

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2

「また、“住民を学習”」


 途中までは普通のエレベーター点検工事のお知らせ、だったのに、最後に取って付け加えられたような一文に、やっぱり背筋がぞわりとした。

 私は、それ以上は貼り紙を見ていられなくなり、高層階行きエレベーターの点検日時だけ頭に入れてから、エントランスを後にした。



「ねーお母さん、専業主婦ってゼツメツキグシュ、らしいよ」

「はあ?」


 十六時、学校から帰ってきた娘の光莉(ひかり)が、キッチンで夕飯を用意している私に向かって突然、脈絡のないことを言い出した。彼女の手の中には最新ゲーム機、Swatch2が握られている。発売と同時に抽選が始まり、二回落選したあと、なんとか手に入れたものだ。

 そんな母親の苦労も知らず、彼女は手のひらに収まる動物の育成ゲームに夢中だ。


「どこでそんな話になったのよ」

「クラスの男子が言ってた。“お前の母ちゃんゼツメツキグシュなんだって?”って」

「……だから何なのよ。いちいち気にしなければいいのよ」

「いやべつに、わたしは気にしてないよ? 普通にそんなふうに呼ばれてるんだーって思っただけ。お父さんがたくさん働いてるから大丈夫って返しておいた」


 小学六年生にしてその返しはなかなかに強者だな、と感心しつつも、絶滅危惧種と言われて気にしているのは光莉のほうではなく自分自身なのだと気づく。


 確かに、世間では専業主婦に対してそんなふうに呼ぶ風潮がある……と思う。

 私の母親が私ぐらいの頃は女性は専業主婦というのが当たり前の時代だったが、今は違う。女性でも会社勤めをしている人が大半だし、中には独立してハンドメイド作家や習い事の先生などをしている人も多い。そんな中、夫が有名商社に勤める私は「美雪は働かなくてもいいよー、俺が稼ぐし」という彼の言葉に甘えるように、専業主婦という道を選んだ。


 いや、世の中の専業主婦の皆さんを、「甘えている」と言いたいわけではない。

 専業主婦には会社勤めの人たちとは違う大変さがある。他人と接することが少ないので家に篭りがちになるし、そうなるとストレスが溜まっていく。さらに、家事という労働をしても対価をいただけないので、「自分は社会人として世の中の役に立っているのか?」という疑問に、常に押しつぶされそうになる。


 そんなことをゴタゴタと気にしてしまう私は、専業主婦には向いていないのだろう。

 昔から学校の成績だった良かったし、他人から評価されるとやる気が満ちてくるタイプだった。でも、夫と結婚して専業主婦になってからというもの、誰にも評価してもらえない現実に、気分が下がりがちだった。



 そんな私に訪れた転機が、タワマンへの引っ越しだった。 

 きっかけは夫が、去年の春に昇進したことだ。

 ちょうど引っ越しを考えていた時分にお給料がぐんと上がり、これはチャンスだと思い、家探しを始めた。我が家は光莉と、光莉の兄の周平(しゅうへい)を合わせた四人家族である。子どもたち二人にはそれぞれ自室が必要だし、できれば私と夫も部屋がほしかった。


 新築戸建て、中古戸建て、新築マンション、といろんな家を検討していたのだが、しっくりくる家がない。四十半ばの私にとっては、(つい)の住処になる可能性が高く、家探しは難航した。


 だが、昨年末にもともと住んでいたマンションのポストに入っていたチラシを見て、「これだ!」と思ったのが、この栄駅近くに建つRESIDENCE SAKAE ONEだった。

 広告の内容が詳しく、立地やセキュリティ、値段、広さなど詳細に書いてくれているところに心惹かれた。もちろん、マンションの外観にも惹かれたが、現実主義の私としては、新築のタワマンに、家族四人で住めるかもしれないということを想像させてくれるところが良かったのだ。


 夫に相談すると、もともと「美雪の好きなところでいいよ」と言ってくれていたこともあり、すんなり決まった。ローン審査もあっさり通り、この春から4LDKの二十五階、2503号室に入居しているというわけだ。


 言うまでもないが、タワマンは上の階ほど価格が高い。

 三十階建てのタワマンで、二十五階というのは高層階に当たるので、低層階の部屋に比べると二〜三千万ほど価格に差があるはずだ。それでも、専業主婦で普段自宅で過ごすことの多い私にとって、毎日の生活が新築タワマンで送れると思うと、この買い物に後悔はしていない。

 そう、今の時点では。

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