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生きてゐるタワーマンション  作者: 葉方萌生
第一話 おひとりさま満喫

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12/69

10

 不可解な現象に再び見舞われたのはそれから一ヶ月後、六月も半ばに差し掛かった頃のころだ。


 ピンポーン

 

 例によって夜の優雅な時間に、壁にプロジェクターを投影して映画鑑賞をしていたのだが、久しぶりのインターホンの音に、動画の「静止」ボタンを押した。


「はいはい」


 またこんな時間になんだよ、と不快に思いながらインターホンのモニターを見る。そこに映っていたのは、今度は男性だった。俺より少し年上ぐらいの比較的若い男性だ。


「はい。どちら様ですか?」

『引越しのご挨拶に来ました』


 モニター越しに、彼はそう言った。

 俺は思わず「はい?」と聞き返してしまう。でもすぐに、1403号室ではなく反対側の1401号室の住人かと思い至る。


 いそいそと玄関まで行き、扉を開ける。「こんばんはー」と夜十時を過ぎているというのに、場違いなほど明るい声で、目の前の男は俺に頭を下げた。


「1403号室に引っ越してきた者ですー。あまり会うことはないかもしれませんが、よろしくお願いします」

「へ?」


 聞き間違いではないかと思った。

 1403号室には先月同じように引っ越してきたと挨拶に来た女性がいる。それなのに、一ヶ月後の今日、またべつの人間がやってくるなんて、そんなのおかしい。


「失礼ですが、本当に1403号室の方ですか?」


 俺の不可解な問いに、今度は男のほうが「はい?」と目を丸くした。


「いや、1401号室や1404号室ではなく、本当に1403号室で合ってるのかなって……」

 

 つい言葉尻が萎んでしまう。目の前で驚いている男がいると、どうも調子が狂う。


「はい、間違いなく1403号室ですよ。ちょうど売りに出されてたので、即ローン審査して購入しました」

「はあ……なるほど」


 ローンの審査に数週間はかかるはずだ。一ヶ月前に入居した人間がすぐに売りに出しても間に合うかどうか怪しい期間。俺は背中に薄ら寒さを覚えて、思わず「ご挨拶ありがとうございます」と会話を切って、扉を閉めようとした。

 でも、そこでふと手が止まる。


「あの……、差し出がましいかもしれませんが、気をつけてください」

「え?」


 自分でもなぜ、男性にそんな言葉をかけてしまったのか分からない。脳裏にはエントランスに貼り出されていた「調整完了のお知らせ」という紙がちらついていた。


「調整、されてしまうかもしれないので……それでは」


 これ以上つっこまれても答えに窮してしまうのは分かりきっていたので、俺は言いたいことだけ吐き出してからそそくさと扉を閉めた。ドアスコープを覗くと、男性はしばらく不可解そうに頭の後ろをぽりぽりと掻いていたが、やがて諦めたのか、俺の家の扉の前から去っていった。


「一体なんなんだ……」


 気がつけば背中や額からダラダラと汗が流れてくる。

 隣の部屋は、“やばい”部屋だ。

 この時確かにそう感じた。とにかく1403号室には関わらないほうがいい。通り過ぎる際も細心の注意を払っていこう——そう胸に決意をしたのだが。

 まさかそれから数週間後に、あんなことが起こるなんて思ってもみなかったんだ——。

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