1.くりかえす
衝撃音とともに目を覚ます。
驚きもしなかったし、不思議にも思わなかった。
ただ、1歩出れば何か失ったものに出会える気がした。
しかし――その思いとは反対に私の意識はふと途絶えた。
午後4時、私の日々は決まってこの時間から始まる。
だが、そんな私に怒って健康的な生活を促してくれる家族はいない。
いつも通り誰もいない真っ暗な部屋でただ一人、静かに呼吸をする。本当は呼吸などしたくないほどだ。
何故よりによってこの世界に1人しかいない不老不死の化け物が私なんだ…。だが言っていても仕方がない。
こうして、私にとっては今日もまた、ただ時間だけが進み続ける、はずだった。
再び大きな衝撃音が響き渡る。
ここでようやく昨日の夜というか朝に聞いた衝撃音を思い出す。一体なんだったのだろうか。
「コンコン」
こんどは扉が叩かれる音だ。
「失礼します。いらっしゃいますかー?」
これは驚いた。来客なんて最後に人と話していた頃だから200年以上前になる。随分と久しぶりだ。
「はい今でます。」
扉を開けるのに手こずる。家からずっと出ていなかった為上手く開けられない。すると
「大丈夫ですか?」
と心配されてしまった。
ようやくガチャリと鈍いさびた金属の崩れる音共に扉が空いた。これは鍵を取り替えなければいけないな……と考えていると
「あ、お元気そうでよかったです。」
と声をかけられ、声の主の顔を見て、固まった。大きく目を見開く。
その男の顔は家族が死んだ事故で不運にも巻き込まれた”にーに”という男の子にそっくりだった。
他の色の混ざることの無い真っ黒な髪の毛に目にかかるくらい長い前髪。少し緑がかった黒い瞳に泣きぼくろ。
「あのー、顔になんかついてる感じですか……?」
少し気まずそうに男が聞いてきたところで正気にもどった。
「あ……大丈夫、ゲホッ」
声を出すのも久しぶりだったのか。
「え、本当に大丈夫ですか?」
本当に思っているのかは分からないが思ってなくもなさそうななんとも言えない胡散臭さを醸しながら聞いてくる。
「すみません、大丈夫ですご心配おかけしました」
「……ならよかった。じゃあ、本題に入ります」
喉がとても乾燥する。水……もずっと飲んでないのか。
とりあえず水が飲みたい。でなければこれ以上話せなさそうだ。
「長話になるのならば家に入りますか?」
少し聞きたいこともあるし、家へと促してみる。
不審者だったら危ないかもしれない、が家には生憎なにもない。
「あぁ、じゃあお願いします」
そうして、先程壊してしまった錆びた扉を不器用に締めながら家の中へと入った。
「すみません、誘っておいてなんなのですが本当に家には何も無くて……」
私の家にはものがほぼない。あるとしたら空っぽの水槽や、消費期限が2年前の保存食ぐらいだ。
「少々お待ちください、水を持ってきます」
「あぁ、お気づかいなく」
「いやせめて水ぐらいは出させてください」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
本当に水しか出せない、クッキーや菓子の一つや二つ用意しておけばよかった。だが来客があるとは思わなかったため、仕方がない。
「お待たせしました。」
入口から右に少し行った所にある階段を上った先のちょっとした客室へと誘導した。少しホコリ被っているがまあ、大丈夫だろう。
「早速ですが用件をお伝え願えますか?」
さっさと用件とやらを終わらせてその、”にーに”と瓜二つな容姿について質問がしたかった。そうするとこの質問したい気持ちが表情に表れていたのか
「なんか気になっていることでもありますか?」
と逆に聞かれてしまった。
一瞬最初に聞くべきか迷ったが正直に
「200年前の馬車と鉄道が衝突した事件、覚えていますか」
と聞いてみた。返ってきた答えは期待外れで
「あの悲惨な事故ですか。有名なので知ってはいますが詳しくは…」
と言われてしまった。他人の空似なのだろうか。何か少なくとも関係はあると思ったんだが……さすがに200年前のことに関係は無い、か。
「お力になれずすみません。他に質問は?」
「あっ、ないです。ありがとうございました」
急に聞かれ咄嗟に否定してしまった。
「じゃあ、用件に入ります。」
そう言って男は謎の制服を渡してきた。
詰襟でチャックの付いた黒いジャージのような服。赤いラインが入っており、何かの軍隊のもののようだ。
「まず、”アザ”が締切の2年前となっているのにも関わらず発見されていないことは知っていますか?」
……”アザ”?聞いたこともない。
「その様子だと知らなそうですね。説明します。
この国は400年に1度”アザ”と呼ばれる18歳の生贄を捧げることで均衡を保っています。”アザ”と呼ばれる理由はその人物の腰あたりに龍のような模様のアザが出来るからです。」
突拍子のない話に困惑した。だが困惑している私を放って男は話を続けた。
「人々はこの儀式を正儀とよび、今まで記録にある限りでは17回成功し、無事に過ごしてきました。
もし失敗すれば言い伝えによると世界は白い光に包まれて滅びるそうです。
しかし現在記録上18人目の通称”ロー”が未だに見つかっていないのです。
そこで国王が今になって焦りに焦って今まで黙秘事項だったこの話を明かした上、16歳の男女にローを探すよう命じたのです。もう国民は大混乱ですよ。
あ、16歳なのはローの推定年齢が18歳の2年前ということで16歳だからです。」
可笑しい。話はファンタジーのようで200年以上生きている私でも全く知らないものだった。
だがそれ以上に私が16歳で登録されている理由が気になる。たしかに肉体は16歳の時で止まっているが……
「ということでこの16歳で構成される国家直属の探索部隊に参加していただけませんか。」
こんなこと極力やりたくない。本っ当にめんどうだ。
「拒否権は?」
と、一応聞いてみる。だが淡い期待も裏切られ、男はまたもや胡散臭い顔で首を横に振った。
たしかに変に注目を浴びることも避けたい。
ふうとため息をついて
「やります」
と渋々同意して制服を受け取った。
すると男は満面の笑みを浮かべて
「やったー!!良かったあ、安心した。」
とこんどは胡散臭さなどは一切なく安堵の表情を浮かべた。急な態度の変化に困惑している私を見て
「いやー、僕も同じ一番隊だからといって派遣された時は不安でいっぱいで。午前のあの大きな鐘の音を聞いて尚来ないようなやばい人なのかと……」
あの寝てる時に聞こえた衝撃音は鐘の音だったのか。
「でもほんと良かったですよ。友達できないかと思って。あ、タメ口なしにしません?僕名前トウです。どうせ同年代なんだし、ね?」
またもや胡散臭いオーラをだしながら一気に距離を縮めてきた。
「私はカト、です。よろしく。」
そうするとまた満面の笑みを浮かべて
「うん!よろしく」
とまるで恐竜の図鑑を手に入れて喜ぶ少年のような顔をして微笑んだ。そうして一息ついたあとトウは
「早速でゴメンなんだけど実は全寮制だから荷造りしてもらってもいいーー?」
とまたもや衝撃の事実を言ってきた。まあこの家にはもうい飽きたし思い入れもない。
荷造りと言われても持っていくようなものもないし身一つで大丈夫だろう。
「わかった。何も持っていくものないからもういいや。制服だけ着替えて行く、先行ってて」
と言い残しその場を離れた。
トウには悪いが、私は本気でロー探しをするつもりはない。むしろ政府より早く見つけ出して保護したいぐらいだ。
何度消えたいと思っても叶わなかったこの願い、ここで叶えなければまた400年地獄の日々を過ごさなければならないかもしれない。世界が滅びても私は消えないという可能性もなくはない。けど、このひと握りの希望を信じる他に道がない。この200年無駄に過ごしてきてもうこの世界には飽きたんだ。
今度こそ本気でーーー願いを、叶える。