親友からの相談事に
俺の親友に田中というやつがいる。
幼少期からの友人でいわゆる幼馴染ってやつにあたるのだと思う。いちいち考えたことがないので自信はないがそういうものだと思われる。
さてこの田中だが、なにかあるたびに俺を頼りにしてくる。だいたいその「なにか」ってやつはトラブルなんだけど。
まずいちばん多いのが教科書を忘れたってやつ、時間割を1日ズレて見間違えたとかで丸一日分の教科書を貸したこともあった。
あとは財布を持ってこなかった、定期券を落とした、テストに自信がないなどなど。例をあげたらきりがない。小学生の頃から今の高校生になるまでずっとだよ? ひどすぎるでしょ。
そんな田中が神妙な面持ちで俺を自宅近所の神社に呼び出してきた。田中とはよく部屋を行き来しているくらい自宅も大して遠くないので、まさかわざわざ寂れた神社なんかで会うことになるとは考えてもいなかった。
「で、今度はなんのトラブルなんだ? こんなところに呼び出すくらいだ、自宅じゃ話せないようなことなんだろ」
「えっと、実は……非常に、すごく、とても重大な案件があって。親とか姉ちゃんにも聞かれたくなくて」
「何だそれ? おまえにそんな大層なモンあるのかよ」
「それが、あるんだけど……。亮ちゃんになら言ってもいいかな?」
「ったく、言わなきゃわからんだろ」
田中はいつもナヨナヨしているのだが、今日は一段とナヨナヨウジウジしているように見受けられる。もしかしたら冗談抜きに深刻な悩みでもあるのだろうか? まさかだけど、いじめ。とか。
「えっと……。実はね」
「ああ、何でも言ってくれ。俺にできることなら何でもやってやるし助けてやる」
学校中が敵にまわっても田中をいじめから守るくらいはやってやるつもりだ。だって俺らは親友だろ?
「そう言ってくれると安心する。えっと、恥ずかしいんだけど————好きな人ができたんだ」
「…………は?」
前言撤回。謝罪してお詫びします。あなたの希望を叶えることは出来ません。あしからずご了承ください。
俺は回れ右して神社を後にしようと一歩踏み出すが、田中が上着の裾をむんずと掴んで放してくれない。
「待ってよ、亮ちゃん。なんでもやって助けてくれるんじゃなかったの?」
「気が変わった。色恋沙汰は俺の守備範囲にはないんだ。諦めてくれ」
「そんなのないよぉ~! 亮ちゃんしか話せる人がいないんだから、ここで帰られちゃったらどうにもならないんだけど~」
「…………どうしろって言うんだよ? 俺だぞ? 女心がわかるようなイケメンに見えるかよ」
田中は「亮ちゃんはいつもイケメンだよ」と超が付くくらい適当なことを言って俺を引き留めようとしている。さすがに泣きそうな顔している田中を放っておいて帰ってしまうのも忍びない気がしてきた。
「ったく分かったよ。ただし、おまえの話を聞くだけだからな? 俺に恋愛問題の解決を求めるんじゃないぞ? それだけは言っておくからな」
「ありがとう。ほんと助かるよ」
ただ俺がなんで田中の恋愛相談なんて受けないといけないかという根本的な問題は解決しておらずじゃっかんイライラしてしまうのは仕方ないと思ってもらいたい。
境内の隅にあるちょっとした広場スペースのベンチに場所を移す。立ったまま聞いてもいいがなんとなく長くなりそうな気がしたので腰を落ち着けたほうがいいと思ったからだ。
「それで、その人のことが気になった経緯だけど——」
ベンチに座るやいなや田中はつらつらと好きな人の話をしだした。
待て、俺の心の準備がまだじゃないか? 慌てるんじゃない。そんな俺の内心なんか無視して田中の舌は滑らかに想い人に対する気持ちを紡ぎ出す。
曰く、その想い人はとても優しいらしい。田中が困っていることがあると手を差し出して助けてくれることが度々あるらしい。
こいつ本当にあちこちに迷惑かけているんだなって俺は思ったね。俺以外にもこいつに手を差し伸べてくれる人がいるというのは初めて知ったけど。
曰く、その想い人は素敵な人らしい。好きだと言う前に人として尊敬できるってことみたいだ。
田中がそいつのことを語る目は完全に尊敬の眼差しってやつだったので本当に尊敬しているであろうことは容易に理解できた。まあ田中からしたら大概の他人は尊敬に値するとは思うがね。
「そういうところに一度気づいてしまったら、もう目が離せなくなってしまって……。今までぜんぜんそんな好きだとか考えたこと無かったんだけど、やっぱりこれは恋なのかなって」
曰く、その人のことを思うと夜も眠れなくなるそうだ。胸が苦しくて、苦しくてどうにかなってしまいそうだという。
通りで授業中に居眠りしていたとかで田中が先生に怒られているのを最近良く見るのだが、そういうことなんだな。夜寝ないで昼間寝てりゃ世話ないって!
曰く、想い人は田中とは近しい人らしく今頃になって恋愛感情を持って嫌がられないか心配だという。
嫌だと思われたらそこで終わりだし気にすることはないんじゃないかと思う。長くいたって、恋人関係になれることだって多々あるって聞くし……。
「俺としては田中なら大丈夫だと思うぞ。かなりおまえはドジだが、性根はいいやつだし、性格がいいからみんなに好かれているんじゃないか? 俺がそこは保証するよ」
ドジで阿呆でおっちょこちょいだけど、田中はクラスの連中に馴染んでいるし、好かれていると思う。そこら辺は俺よりもずっと優れているっていつも思っている。
俺なんか天の邪鬼だし、ちょっと口調も良くないから勘違いされてクラスの一部に敬遠されることもあるぐらいだからな。それに比べりゃ田中は人気者だよ。
絶対にその想い人さんはおまえのことを振り向いてくれると思う。だからさっさと告白しちまいな。
それで、今後はそいつにおまえのトラブルをフォローして貰えばいい。
そう。それで俺のお役目も御免となる。俺も楽になるし、田中は好きな人と一緒にいられるようになって一石二鳥ってやつでばんばんざいだよ。
「わかった……。がんばって告白してみる」
「そうだ。早いほうがいい。じゃ、俺は帰る」
ベンチから立ち上がり、鳥居の方へ向かって振り向きもせず歩き出した。
「待って」
「……」
「亮ちゃん。行かないで最後まで聞いて」
「……」
もうおまえの恋バナなんか聞きたくない。一刻も早く立ち去らないとみっともないところを幼馴染に見せることになっちまう。
「わたしが好きなのは————亮ちゃんだよっ! わたし、田中明奈は山本亮介のことが好きです! 大好きです!」
「……………え?」
「なんか多分勘違いかなんかしているみたいだけど、わたしが好きなのはあなたです! 亮ちゃんが好き! ほかの誰でもない」
「へ?」
「もう! その間抜け面はもう要らないから、返事ください! がんばって告白してみたんだからちゃんと答えて!」
「…………よろこん、で?」
「なんでそこで語尾が上がるのよ~」
いやだって。そんなこと考えもしてなくて、知らない誰かに田中を盗られた気がして。え? 俺? 俺でいいの?
「田中……」
「昔みたいに明奈って呼んでくれたほうが嬉しい」
「……明奈」
「亮ちゃん」
「俺も明奈こと……好きだ」
「うれしい!」
さいしょ思っていたのと違うけど、終わり良ければ全て良し。
なのかな。