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4.律視点*一緒に苗を植える

 実は由希くんが花屋で花に夢中になっている時に、俺は綿谷家とお揃いの鉢のカーネーションを買っていた。リビングに飾ってある花は枯れずに育っている。蕾が多かった方を選んだ由希くんのカーネーションはたくさん花が咲いているのかな? 咲いていて、由希くんが喜んでいたらいいな。そして、いつ苗を畑に植えるのだろうかとずっと気になっている。俺があげたきゅうりとアリッサムの苗も植えてくれるのだろうか。


 あの日、手紙で思いを伝えたけれど由希くんと俺との間にはほとんど会話はない。だけど、教室で目が合う回数は増えた気がする。


 今日は五月末の休日で、朝早くからいつものように由希くんのことをずっと考えていた。部屋で考えていると家のチャイムがなった。


――こんな朝早くから、誰だろうか。


 うちは休日も両親が仕事だから、今家の中には俺一人しかいない。ドアを開けるとなんと、由希くんがいた。


「どうした?」


 尋ねると由希くんは「あのね……」と言いながら、モジモジし始めた。何か言いたいことや用事があるのだろう。じっと由希くんを見つめ、話をするのを待った。しばらく見つめていると由希くんは下を向いて、予想外のことを口にした。


「――一緒に、苗を植えませんか?」と。


 一瞬俺の身体全てが震えた。


 本当に予想外だったからだ。由希くんが俺の知らない間に苗を植えて、気づいたらもう植え終わってる未来しか想像してなかった。


「お、俺でいいの?」


 言ってしまってから言葉を間違えてしまったかな?と思った。そんな質問したら余計に由希くんはもじもじしてしまうし、困ってしまうだろう。


「光田くんが、いい――」


 困ったように眉を寄せながらも、上目遣いで俺を見つめながらそう言う由希くん。声も若干震えている。由希くんの言葉に反応して俺の顔は熱くなってくる。心臓の音がいつもより早まり、きゅっと胸がむず痒くなる。


 俺がいいんだ――。


 俺は口元に手をやり、何度も由希くんの言葉を頭の中で繰り返した。


「じ、じゃあ、準備してくる……」

「わ、分かった。先に畑にいるね」


 くれた言葉が嬉しすぎて、お礼を言ったり理由も聞きたかったけど、上手く会話をする自信はなかったからそれだけ言うと踵を返し、リビングへ。アパート前での作業だから、今着てるスウェットのまま外に出られるし、特に準備することはなかった。ゆっくり深呼吸すると気持ちを落ち着かせ、外に出た。


 風が少しあって涼しいけれど、今日はこれから暖かくなりそうだ。


 畑の前にはミニトマト、きゅうり、アリッサムの、今日植える予定の苗のポットが全て並べられていた。由希くんは畑の前にしゃがみ、こないだ由希くんに返した砂場遊び用のシャベルで、小さな穴を掘っていた。今の由希くんの姿と公園の砂場で一緒に遊んでいた幼少時代の由希くんの姿が脳内で重なる。


「由希くん……」

「えっ?」


 下の名前を呼ぶと由希くんは振り返る。


「あ、いや……綿谷、俺は何をすればいい?」

「僕は土に水をやって穴を掘ってるから、光田くんは苗を土ごと穴に入れて、苗の周りの土を軽く固めてほしいのだけど、いい?」

「うん、分かった」


 軍手をはめ、言われた通りに作業を進める。すぐに終わった。終わってしまった――。


「あの時、急いで花も買ってしまえば良かったな」


 畑全体を見つめながら由希くんは呟いた。


「あの時って?」

「こないだ光田くんと一緒に花屋に行った時にね、ミニトマトの周りに虹色になるように花を並べたいなって思ったの」

「そうなんだ」

「お母さんの車、一昨日壊れちゃってホームセンターまで距離あるしなぁ……カーネーション買ったところまでバスで行くかな……」


 頭を掻きながらぶつぶつと独り言を言う由希くん。俺は畑を見る。広さは横二メートル、奥行きは一メートルぐらいだろうか。ど真ん中にトマトが植えられすぐ左にアリッサム、右にきゅうりが植えられている。それ以外には何も植えられていないからかなり空いている。毎年真ん中にまとめてあり、端はガラ空きな感じだ。


「学校向かう途中に、色んな色の花の苗が売ってる店がある」

「本当に?」

「うん、バスの中から花の苗が外にたくさん出ているのが見えてた」

「そこ、遠い?」


 目を輝かせながら尋ねてきた。たくさん目立つように店の外に花が並べられていたけれど、由希くんは気がついていなかったのかな。


「自転車で多分、十分ぐらいかな? そんな遠くない場所だし、行ってみる?」

「そのぐらいなら自転車乗っても疲れなさそう。いや、でも、僕、場所分からないし方向音痴だし……」


 うつむく由希くん。


「俺と、一緒に……」

「一緒に!?」


 様子を伺いながら言うと、下を向いていた由希くんはぱっと顔を上げた。由希くんの勢いに俺は驚きドキッとする。


「いや、嫌だよな? スマホの地図で場所教えるわ」

「い、一緒に……行きたい」


 スマホをズボンのポケットから出そうとした時、モジモジしながら由希くんはそう言った。


「分かった、今から行こうか。準備してくるわ」

「うん、僕も準備してくる。自転車でアパート前に集合ね」


 冷静を装っているけれど、嬉しさと緊張が心の中を支配していた。部屋に戻ると急いでデニムのパンツと黒いTシャツに着替え、財布をポケットに入れると外に出た。自転車にまたがり待つが、しばらくしても由希くんは家の中から出てこない。自転車をその場に停め、由希くん家のドアを軽くノックすると、由希くんがドアを開けた。


「遅くなってごめん。自転車久しぶりすぎるからカギが見当たらなかったの」

「あったの?」

「うん、あった」


 由希くんはシマエナガのキーホルダーが付いた自転車のカギを見せてくれた。


 そうして俺らは、花が売っているお店に向かった。


 由希くんは俺の後をついてきていた。俺のスピードで進むとふたりの距離があくから、由希くんが急がないようにゆっくり進んだ。無事に店につき、自転車を停める。


 店の前にはたくさん花が並んでいる。


――今日もお店やってて、まだ花もたくさんあって、安心した。


「花の色、たくさんある!」


 由希くんは目を輝かせてはしゃぐ。誘うの緊張したけど、誘って良かった。俺も由希くんの後をついて行き、横に並んで一緒に花を眺めた。


「でも、これって自転車で持って帰れるのかなぁ……」

「俺の自転車はカゴがないから、綿谷の自転車のカゴに入れることになるよな? 店の人に相談してみるか? 待ってて」


 俺は店の中に入り、店員を探した。広くないからすぐに見つかりそうだなと思いながら探していると、レジの奥にある部屋から猫の鳴き声がした。俺は「すみません」と、その部屋に向かって叫んだ。


「いらっしゃい」と、おばあさんが出てきたから、花の苗を買ったら自転車で持って帰れるのかを聞いてみた。どれどれとおばあさんは俺と一緒に外に出る。由希くんが一生懸命選んでいると「この苗強くて良いよ」「これはたくさん花が咲くと思うよ」と、おばあさんが次々にアドバイスを由希くんにしていた。そして無事に買う苗は決まった。


 由希くんが選んだのは紫、赤、オレンジ、黄色のビオラ。そしてビオラより大きめなペチュニアという花の薄めと濃いめのピンク二色を選んだ。


 会計が終わると、おばあさんはポットの高さぐらいの高さに切ってあるダンボールに6つの苗を入れる。そしてそれを袋に入れてくれた。由希くんは自転車のカゴにそれを入れると「苗、倒れないかな。グラグラしすぎないかな……」と不安そうな表情になる。箱の中で安定しているし大丈夫だと思いながらも、由希くんの不安を取り除いてあげたい気持ちになった。


 その時、タイミングよくおばあさんは店からモンキーバナナを六房持ってきて「これ、サービスだよ」と、由希くんに渡した。店の中に大量に置かれていたバナナかな。


「小さくて可愛いバナナ! ありがとうございます」


 由希くんは遠慮せずに素直に受け取った。モンキーバナナを左右三房ずつ、ちょうど空いていたカゴの隙間に並べると、さっきよりも苗は安定した感じになって、由希くんも安心したようだ。


「咲き終わった花は、花柄をこまめに摘むと長く咲いてくれるからね」

「そうなんですか? 初めて知りました」


 自転車をまたいで帰ろうとする由希くんにおばあさんは花の知識を伝えていた。そうなのか……もしも由希くんが花柄摘んでいなかったら、こっそり摘もう。


 今年の夏は、楽しみだな――。


 帰り道は、由希くんが苗を気にしながら行きよりもゆっくり自転車を走らせていたから、俺も由希くんに合わせてゆっくり進んだ。お陰で長い時間一緒にいられて、嬉しかった。


気温が上がり暑くなってきていたけれど、由希くんと一緒に自転車を走っていたからか、向かい風が気持ちよかった。


 アパートに着くと、早速花の苗を植えた。紫、赤、オレンジ、黄色のビオラ。そしてきゅうりとミニトマト、アリッサムを挟んでペチュニアの薄いピンク、濃いピンクを。トマトよりも前に、等間隔で。さっきと同じように、由希くんが場所を決めて穴を堀り、俺がそこに苗を植えていく。


「ふんっ、ふふふっ、ふんふ~ん♪」


 最後に薄いピンク色のペチュニアを植えて、苗周りの土を軽く踏み固めていた時、横から薄ら鼻歌が聞こえてきた。ちらっと見ると、由希くんは花の写真を撮りながら笑っていた。この曲は由希くんが大好きな小説『キミと手をつなぎたい』のドラマの主題歌で、俺がカラオケでも歌った曲だ。


何故好きなことを知っているのかというと、学校で由希くんが読んでいる小説を放課後こっそり由希くんの机の中を覗いて確認していたし、朝、ミニトマトを見つめながら楽しそうにこの曲の鼻歌を歌ってもいたからだ。最初はなんの歌か分からなかったけれど、テレビを観ていたらドラマの予告と共にこの歌が流れていた。そして、気がつけば俺は完全に歌を覚えていた。


由希くんの気分が良さそうで、楽しい。もっと由希くんの鼻歌を聞きたいから、俺は気がつかないふりをしながら無言でゆっくり作業を進めた。


――若干ズレている音程もリズムも、心地よい。


 だけど、鼻歌も作業も終わってしまった。

 もっと一緒にいたかったけど、片付けをして家の中に入る準備をする。あぁ、また由希くんと関われない生活に戻ってしまうのかな。悲しみが湧いてきそうな気分の時だった。


「光田くん!」


 家のドアノブに手をかけた時、呼び止められた。由希くんのフワフワな茶色い髪が風でさらっと揺れる。淡いイエローのアパートの壁と由希くんの白い長Tシャツが、昼の陽光に明るく照らされ輝いていた。それらに負けないぐらいに由希くんも輝く。


「光田くん、今日はありがとう。そして……」


 語尾が弱まる由希くん。顔を覗くと由希くんの目が赤く潤んでいた。由希くんの唇が小さく震え、モゴモゴつぶやく。


「えっ? 由希くん、どうした?」


 俺の声がうわずる。由希くんは目を伏せ、両手をぎゅっと握りしめた。肩が小さく震え、嗚咽が漏れ始めた。


「あのね……光田くん、僕……」


 由希くんは言葉を詰まらせ、顔を上げて俺を見た。その瞬間、ぽろっと涙が頬を伝って落ちた。


 俺の心臓がドクンと跳ねる。あの日の、きゅうりの苗を抜いてしまった時の由希くんの涙と重なって、胸が締め付けられるように痛んだ。俺は、また由希くんを傷つけてしまったのか? 何かした? 頭の中でぐるぐると考えが巡るけど、答えが見つからない。


「由希くん、泣かないで? 俺が何か嫌なことをしてしまったのなら、ごめん。本当に、ごめん」


 理由は分からないから、謝ることしかできない。同時に俺は慌てて一歩近づいた。だけど近づきすぎると余計に由希くんを困らせてしまうかもしれないと思って、足を止めた。由希くんは首を振って、Tシャツの袖で乱暴に涙を拭う。


「違うの、光田くん……えっ? 今、僕のこと、名前で呼んでくれた?」


 由希くんの言葉に、はっとした。焦りすぎて無意識に、昔みたいに「由希くん」って呼んでしまった。呼ぶことができた――。


「由希くんは、どうして泣いたの?」


 俺はそっと聞く。由希くんは唇を噛んでまた涙をこぼす。


「……あの時、きゅうりのことで『嫌い』って言っちゃったこと、ずっと後悔してた。光田くんのことが嫌いなわけじゃなかったのに、僕、ひどいこと言って、気まずくして……ごめんね」


 由希くんの言葉が俺の心に深く響く。あの日のことが、由希くんの心にもずっと引っかかっていたのか。俺が勝手にきゅうりの苗を抜いたせいで由希くんを傷つけて嫌われたんだと思っていたけど、由希くんも同じように後悔していたなんて。そして、由希くんは俺のことを嫌いではなかった――。喉に詰まって言葉が出てこない。由希くんの涙を見ていると、俺の目も熱くなってくる。俺も、由希くんにきちんと言葉で伝えないと。


「由希くん、俺こそ、ごめん。あの時、ちゃんと理由を話さずに勝手に苗を抜いたから……手紙にも書いたけど由希くんが枯れたきゅうりを見て悲しむのを見たくなかった。あれから由希くんに嫌われたって思ってて……話しかけたかった、でもずっと話しかけられなかった」


 俺の声も震えていた。こんな風に本音をぶつけ合える時が来るなんて――あの日のすれ違いから、ずっと心に溜まっていたものが、ようやくほどけていく気がした。


「僕の方が嫌われているんだと思ってた……」


 由希くんは目を丸くして、じっと俺を見つめる。その瞳が陽の光と重なり、キラキラ光っていて、俺の心臓がまた一段と激しくなる。


 しばらく目が離せなかった。だけど我に返り、周囲を見渡す。幸い、アパートの前には誰もいない。休日の昼間だからか、近所の子供たちの声が遠くで聞こえるくらいで、静かだ。でも、由希くんが泣いている姿を誰かに見られたら、由希くんが変な噂に巻き込まれるかもしれない。それに、この場でこんな話を続けるのは、由希くんにとっても落ち着かないだろう。


「とりあえず、俺の部屋に来る? 落ち着いて話そう」


 由希くんはこくりと頷いた。俺の家に入る直前に「ちょっと待ってて」と、由希くんはアパート横に停めてあった自転車の場所へ向かった。そして自転車のカゴに入っていたモンキーバナナを全て手に持つと「これ、り、律くんの。全部あげる」と言いながら、ぎゅっと大切そうにモンキーバナナを抱きしめた。バナナは由希くんの好きな果物なのに、全部俺に――? 


「いいよ、家に持って帰って食べな?」

「ううん、り、律くんにあげる」


 そして今、由希くんも慣れない感じだけど俺のことを名前で呼んでくれた。


 由希くんの顔はまだ少し涙で濡れているけど、照れたような笑顔が浮かんでいた。

 胸の辺りがじんわりと温かくなっていった。


 ふたりで俺の家に入っていった。そのまま俺の部屋へ。外で作業してから水分とってないから、由希くんは喉が渇いたかな?


「何か、飲む?」

「うん、ありがとう」


 由希くんが床に座ったのを確認すると、俺はキッチンに向かう。


 由希くんは学校でお弁当と一緒によく甘い飲み物を飲んでるから、小さい時と好みは変わってないのかな……。こないだのカラオケではオレンジジュース飲んでたけど、いちごミルクはメニューになかったしな。


冷蔵庫に入っていたいちごミルクのパックを持つと、ドキドキしながら由希くんのいる部屋に向かった。


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