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3.由希くん視点*律くんときゅうり

 連休は律くんのことをずっと考えていたらあっという間に終わった。休み中は、律くんと隣同士に住んでいるのに顔を合わすことは一回もなく。朝、教室で律くんの顔を見ると、休みの間に何回も考えていたことを再び考えた。


 律くんは手紙を読んだのかな。

 どんな表情、仕草で読んだのかな。


 多分、捨てたのかな――。


手紙を書いて渡したことが、余計だったかな?と、少し、いや結構後悔していた。いつも〝さっきしたことはやらない方が良かったかな?〟って後悔してしまうタイプだけど、今回の件は特に強く思ってしまう。


 だけど放課後、予想外の出来事が起きた。


「綿谷、これ」


 律くんが帰り支度している僕の元へやってきた。そしてきゅうりの可愛い封筒をくれた。僕はとっさの出来事に上手く反応できなくて、受け取ったまま律くんを見つめて放心状態になる。律くんも動かず、ずっと僕を見つめたままで動かない。


「綿谷、あのさ――」

「綿谷、今日暇?」


律くんが何かを僕に言いかけた時、同じタイミングでクラスメイトの袴田くんが話しかけてきた。


「今日? 暇だよ」


 僕は律くんの言いかけた言葉の方が気になったけれど、それとは裏腹に愛想笑いをしながら、袴田くんの方に反応してしまう。ちなみに袴田くんは自己主張がいつも強めで目立つ、見た目ヤンキーなクラスメイト。誰とでも仲良くなれるタイプっぽいけど、僕とはそこまで仲は良くない。


「これから女子校の子たちと遊ぶんだけど、来ない?」

 

 突然の誘いにとまどっていると「行くの微妙か?」と、袴田くんの眉尻が下がった。


「大丈夫だよ! 行く」


 本当は家に帰って部屋にとじこもり、じっくりと手紙を読みたいのに。断りたかったけれど頷いてしまった。ところで、なんで僕は誘われたんだろう。そんなに上手く話ができないし、一緒にいても楽しくないと思うし……。


「良かった! なかなか人数が集まらなくてさ。あっち五人だから、こっちもあとひとり集めないと」

「そうなんだ、大変だね」


 再び僕は笑顔を作る。人数を合わせるためにか……。そうだよね、僕には特別な魅力があるわけじゃないから、僕を誘いたかったってわけじゃないよね。


「律は、暇?」


 袴田くんが律くんも誘う。反応が気になって周りの音が一瞬で遮断された。


「俺は行かない」


「また断られた。いつも断ってくるよな?」

「そういうの、めんどくさいから」


 無表情で淡々と断る律くん。僕はそんなふうに断れる律くんをカッコイイなと思う。


「相変わらずクールだな。じゃあ、とりあえず綿谷、駅前のカラオケエターナルに集合な!」


 そう言うと、袴田くんは僕に背を向け他の人に話しかけようと、教室全体を見渡す。


「カ、カラオケ……?」


 カラオケって、もしかして人前で歌わないといけないのかな。元々歌うの苦手だし、正直行きたくないな。しかもそんなに仲良くない人と、知らない人たちの中で歌うなんて――。想像するだけで血の気が引いてきて、頭がクラクラしてきた。僕は誰にも見られないように、うつむいて眉をきゅーっと中心に寄せた。


「袴田、やっぱり俺も行こうかな」


 律くんの言葉を聞くと、僕は顔をぱっと上げて、律くんの方を向いた。


「本当か? 助かる。よし、人数集まった。したっけ、また後でな!」と言いながら袴田くんは去っていった。


律くんは穴があきそうなほどに僕を凝視してくる。僕は、気持ちが高まり律くんと目をそらさなかった。


――だって、律くんと遊べることが嬉しかったから。


……カラオケだけど。


「一緒に向かうか?」

「い、一緒に行っても、いいの?」


 無言で頷く律くん。

 僕なんかと一緒に歩くの、嫌じゃないのかな?


 僕たちは、徒歩で十五分ぐらいの距離にある駅前まで一緒に向かった。前を歩く律くんの背中から視線をそらすのがなんだかもったいなくて、ずっと背中を見ていた。

 

 今、制服のポケットに律くんからもらった封筒が入っている。鞄の中に入れようかなとも考えたけれど、肌身離さず持っていたかったから。中身がすごく気になる。もしかして、僕が書いた手紙の返事なのかな? 封筒を開けるタイミングがみつからない。本人の目の前で開けるのも気が引けるし。


というか、さっき学校で話しかけてくれた――。家の前では挨拶を交わしてくれるけれど、学校では挨拶もしない。いや、でもこれは話しかけてくれたうちに入るのかな?


 早く手紙が読みたい。こうやって、一緒に歩けることが嬉しい。今、カラオケが嫌な気持ちよりも、その気持ちたちの方が、強い。



 カラオケの店前に着くと、同じ高校の自転車組の三人はすでに駐輪場に自転車を停めて、入口前で待っていた。僕と律くんも一緒に待つ。少し経つと五人の女の子たちが揃ってやってきた。派手めな雰囲気やお嬢様っぽい人、色々なタイプがいる。


 中学の時は女の子と遊ぶことはなかったから、不思議な感じがする。


「じゃあ、行こうか!」とテンション高めな袴田くんが先頭に歩き、ぞろぞろと中に入っていく。僕と律くんは一番後ろに。


 広々としたカラオケルームに案内されると、全員が長いソファーに座る。中央のテーブルを挟んで、男女が分かれて向かい合う感じ。薄暗い照明と明るいディスプレイの光、そしてソファーの革の冷たい感触。室内の雰囲気が緊張を増幅させる。


全員ワンドリンクを注文した。僕はオレンジジュース、僕の右隣、一番ドア側に座った律くんはコーラを注文していた。律くんはしゅっとしてかっこよくて、コーラもよく似合っているな。


 早速次々と歌が流れる。みんな曲を次々に入れていくから、僕は歌わなくても大丈夫かな?と、考えていた時だった。


「綿谷、何か歌いな?」と、左隣のクラスメイト、田中がそう言いながらタブレットを渡してきた。


「ぼ、僕は……」


 拒否したかったけれど受け取ってしまったから、歌う曲を探すふりをした。


「綿谷、貸して?」


僕が持っていたタブレットを奪ってくれた律くんは、曲を探し始めた。律くんのお陰で手元にタブレットがなくなったから、ほっとする。そして律くんは曲を選ぶと機械に向かって送信ボタンを押した。律くんが何を歌うのかが気になり、送信した瞬間に大きな画面の隅に現れる曲名を真剣にチェックした。


 曲名を確認すると、気持ちが高まった。


 だって、朝の読書時間に読んでいる大好きな小説『キミと手をつなぎたい』のドラマの主題歌だったから。この主題歌も好きだった。穏やかな曲で、物語の内容に忠実に沿っている歌詞で、聞くだけで切なくなり温かい気持ちにもなって、涙が出そうになる歌だった。ちなみに、小説やドラマと同じように、歌も両片想いなふたりの男の子がお互いの気持ちに気がついて幸せになる内容だ。


 律くんの歌が流れ始めた。穏やかなピアノのイントロが部屋に響く。律くんはマイクを握って、座ったまま歌う。律くんが歌い始めた瞬間、僕は息を呑んだ。


普段の無表情な律くんからは想像できない、甘くて柔らかい声。歌が上手くて、すごく気持ちもこもっていて完璧だった。この歌を練習したのかな? でも律くんなら、練習しなくても一回聞いただけで歌えそう。僕は律くんの歌に聞き惚れて泣きそうになったけれど、泣くのを我慢した。


 律くんが歌い終わると、部屋は静まり返った。袴田くんが「律、歌上手いじゃん!」と褒め、みんなは盛り上がる。だけど律くんはいつものように無表情で頷く。律くんが僕の方をちらっと見て、すぐに視線を外した。


――律くん、助けてくれてありがとう。


 僕は何回もお礼を心の中で唱えた。

 このまま空気のようにいない存在になって、歌わないで上手くやり過ごせるかな?と思っていたけれど……。 


 しばらくすると「綿谷くん、だっけ? まだ歌ってないよね、何歌う?」と、僕の向かいに座っていた派手めで綺麗な女の子が話しかけてきて、タブレットを差し出してきた。気を使って話しかけてくれたっぽいけれど、話しかけないでほしかった。歌うの拒否して場が冷めてしまうのも嫌だし、今度こそ歌わないとな……。歌うことを考えていたら心臓がバクバクしてきた。


――どうしよう。


言葉を詰まらせていると、律くんが小さな声で言った。


「歌わなくていいよ。俺がもう一曲入れるから」


 僕の代わりに再びタブレットを受け取ってくれて、さらに「これ歌い終わったら、バスの時間なくなるから俺と綿谷、先に帰るから」と、律くんが周りに伝えてくれた。バスの時間はまだあるのだけどなと思いながらも、僕は律くんの言葉に合わせて申し訳ないですという表情をしながら、周りにお辞儀した。


 苦痛な時間の終わりが一気に近づいてきて、僕はほっとすると同時に、律くんの優しさに胸が締め付けられた。最近は律くんと交流はないけれど、小さい時と変わらず今も僕に優しい。隣で歌っている律くんの優しさを意識すると、強めの歌を歌っていたけれども、ふわふわな優しい律くんのオーラがこっちに漂って来て、僕を包んでくれている気がしてきた。


 そして歌い終わった律くん。

 はぁ、この歌を歌う律くんもカッコよくて素敵だったな――。


「じゃあ、俺ら帰るわ」

「また明日ね!」


 僕と律くんはお金を袴田くんに渡すと、カラオケのお店からそそくさと出た。外は太陽が沈む準備を始めていた。


約二時間だったけれど、すごく長く感じた。閉じ込められた屋敷を、無事に脱出成功できた気分になる。頬に当たる柔らかい風が、いつもより余計に心地よい。


駅から近いバス停まで、僕と律くんは並んで歩く。いつもなら律くんの背中を眺めているだけなのに、今、隣にいる。緊張もしているけれど、ソワソワもしている。


 「律くん、さっきの歌……すごく上手くて良かったよ」と、勇気を振り絞って話しかけてみた。言った後に何故か僕の顔が熱くなってくる。だけど、本当に良かったから、気持ちを伝えたくなって――。


 律くんは振り向き、少しだけ目を細めて口の端を上げる。


 律くん、笑った……? 


 久しぶりに見る律くんの表情に、胸がぎゅっとなり、鼓動は早くなる。平然を装い続けて僕は話を続けた。


「……あの歌、実は僕の好きな歌なんだよね」

「うん、知ってる」


 し、知ってるの? 僕は理解が追いつかなくなった。律くんとは話もしないし、僕に興味はないだろうし。


 何故――?


 繋げる言葉がみつからなくてあたふたしていると「そういえば、母の日に何か買った?」と、律くんが話を変えて聞いてきた。


「そういえば、もう母の日だよね。まだ買ってない」

「バス来るのまだ時間あるし、見ていく?」と言いながら律くんが小さなお店を指さす。そこは、花や野菜の苗が売っている小さなお店だった。


 ふたりでお店の中に入ることにした。



 店内は、花の甘い香りと土の匂いで満ちていた。心が浄化されていく。色とりどりのカーネーションや小さな鉢植えが並ぶ棚を眺めながら、僕と律くんはゆっくり歩く。律くんは違うところを見に行き、僕はカーネーションの前で立ち止まった。店員のおばさんが「母の日かな?」と僕の顔を見て笑顔で聞いてきた。


「はい、そうです」


 返事をすると僕はカーネーションをひとつひとつ見つめていく。だんだんと意識は花の世界に入り込んでいく。


「ご予算はどのくらいとか、ありますか?」

「はい」

「小物とお花をアレンジして可愛くラッピングもできますので」

「はい」

「……どうぞ、ごゆっくり~」


 ぼやけて聞こえる店員さんの言葉に返事をしながら僕は、カーネーションを選ぶのに夢中になった。お母さんはピンクっぽいから、毎年ピンク色だと、色は決まっている。毎年花瓶に入れて飾れるカーネーションを選んでいて、一輪じゃあ寂しそうだったから二輪を買っていた。けれど今年は高校生になってお小遣いが五千円になったから、奮発していっぱい花が咲く鉢植えの二千円のにしようかなと、迷っている。鉢植えにするとしても、満開の花が多めのと、つぼみが多くこれから咲く数が多めなのと迷う。


「迷ってるんだ?」


 律くんの声が聞こえてきて僕は花の世界から一旦、遠のく。律くんはもうすでに買い物を終えていて、小さい袋を持っていた。


「具体的に、どんなふうに迷ってる?」

「あのね、今年お小遣いが増えたから値段が高めな鉢植えにしようってのは決まってね、あとは今いっぱい咲いているやつか、これからたくさん咲くやつか、迷っているの」

「そうなんだ?」


 律くんは僕が迷ってるふたつを交互に見比べた。

 

「俺だったら、こっち」と、律くんが指さしたのは蕾がいっぱいあるほうだった。


「じゃあ、こっちにしよう。これから満開になる楽しみがあるよね」


 選んだカーネーションを持つとレジに向かった。


「母の日用に、可愛くラッピングしますか?」

「ラッピングしてもらえるんですか? お願いします」


店員さんはパステルピンクの布を鉢部分にオシャレに巻く。そして濃いピンクのリボンをさらに巻き、可愛くしてくれた。


「母の日用のピックの色、どれがいいかな?」


 『いつもありがとう』と書いてある3種類の長いピックを店員さんが手で持ち、見せてくれた。ハート型で白とピンクと赤がある。迷うなぁ、どれが一番可愛くなるかな。僕的には、赤がいいかな?って思うけれども……。僕は、センスの良い律くんに視線を送る。


「俺だったら、赤かな」

「わっ、同じ! 僕も赤かな?って思っていたよ」


 同じ色を考えていたことが、嬉しい――。


色も無事に決まり、そのピックを花の後ろに刺してもらい、ラッピングは完成した。


「綿谷、今年はまだミニトマトの苗しか準備してないんでしょ?」


 カーネーションをプレゼント用の袋に入れてもらっている時、律くんが野菜の苗コーナーに視線を向けながら言った。


「何で分かったの?」

「だって、天気の良い日に外に出してるのがミニトマトだけだったから……」


「まだ実がなってないのにミニトマトだって、良く分かったね」

「分かるし。それに綿谷、ミニトマトって呼んで話しかけてたから気になっ……いや、なんでもない」


 今、気になってって言おうとした? 僕のことが?

 というかいつの間にか見られていて……。

 僕のことを視界に入れてくれていたんだ。


「苗も色々売ってるよ。見ていく?」


 僕の頭がごちゃごちゃモードになりかけた時、律くんが僕の返事を待たずに先に歩いて苗のところに向かっていく。お会計を済まし、「ちょっと他のも見るので置いといてください」と、店員さんに一声かけると律くんの後についていった。律くんはきゅうりの前で止まったから僕も横に並ぶ。


「このきゅうり、しっかりしてる苗だなぁ。買っていこうかな」


 いちばん元気で色艶の良い苗と目が合って、僕はそれを手に取った。たまにある、こういう相性が良さそうだなって感覚は、とても大切だと思う。すると律くんが僕の持っている苗に手を伸ばした。


「俺が持ってる。花とかも見るしょ?」

「うん、色々あるから見たい。でも、僕が持つから大丈……」


 話の途中で律くんは僕が持っていたきゅうりの苗を優しく奪った。


「あ、ありがとう。律くん。僕、お花を見てくるね!」


 今年はペチュニアやビオラ辺りのカラフルな花を多めに植えようかな?

 それとも、トマトに合わせて黄色い花で揃えようかな?


 ここで植える苗を揃えようかなと思って眺めていると「もうバスが来る、行こう」と、律くんが僕に囁いた。


「もう時間か……きゅうりの苗だけ買っていこうかな」

「もう買ってある」

「えっ?」


 律くんはふたつの袋を持っていた。

 ひとつはプレゼント用のオシャレな袋だから多分プレゼントのカーネーションかな? きゅうりの苗が入っているのはもうひとつの白いシンプルなビニール袋だと思う。


「ありがとう、バスの中でお金渡すね」

「いや、お金いらない」

「で、でも」

「とりあえず、綿谷のお母さんに渡すプレゼント、店員から受け取りな?」


 僕が受け取ると、バスが来る時間が迫ってきていたから急いで外に出て走った。なんとか間に合い、一番後ろの席に座るとホッとして胸を撫で下ろした。空いているバスは出発する。


――隣に、律くんがいる。


 こうして隣に、しかもめちゃくちゃ近くに座るのは久しぶりすぎた。他の人がこんなに近いとちょっと気持ちが窮屈だなと思うけれど、律くんが隣だと緊張して、何か不思議な気分。全身がムズムズしてくる。


「綿谷、手紙……」


 そうだ、手紙――!


 僕はハッとした。忘れていたわけじゃないけれど、今、隣に律くんがいるってことしか考えていなかった。


「あのね、まだ読んでいないの……ごめんね」

「いや、それはいんだけど……手紙に書いた内容、達成したことだから気にしないで。苗、買えたし……」


――どういうこと?


もしも自分が積極的な性格だったのなら、どれどれと手紙を今、律くんの目の前で開いていただろう。だけど目の前で開けない。手紙もプレゼントも、もらったものを本人の前で開けるのは、昔から苦手だ。それは、どんな反応が相手に取って正解か分からなくて、相手が望む反応ができる自信がないからだ。綿谷、そんな反応してきたのかってなって、微妙な空気が流れて欲しくは無い。


「わ、分かったよ」


 僕はうんうんと、何度も頷いた。


 会話はないままバスだけが進んでいく。無言の時間が勿体ない気がしたけれど、何も話すことが思いつかない。律くんが隣にいるだけで何だか胸の辺りが温かい。バスの窓から見える夕暮れの街並みがゆっくりと後ろに流れていく。外を眺める律くん。僕は窓ガラスに映る律くんの顔をそっと眺めていた。あっという間にバスはうちの近くのバス停に着いた。そしてアパート前まで一緒に並んで歩いた。


「これ、きゅうりの苗」


 律くんからオシャレな方の袋を渡された。こっちに苗が入っていたのか――。


「ありがとう。あの、苗のお金……」

「いや、いらないから。あと、綿谷に似てる花も買ったから畑に植えといて?」


 そう言うと律くんはささっと家の中に入っていった。

 僕は律くんの家のドアをしばらく見つめたあと、自分も家の中へ。そして早速袋から苗を出して玄関の床に並べた。


 きゅうりの苗と、小さくて細かいつぶつぶしている花の苗がふたつある。


 リビングにお母さんがいたから、花の苗をひとつ持つ。


「お母さん、これ何の花か分かる?」

「アリッサムだよ」


 律くんはこの花が僕に似ていると言っていた。

 こんなイメージなのか――。


「律くんがね、この花が僕に似てるって。どういう部分がかな……地味とか消極的な感じとかかな」

「律くんとお話したんだ? お母さん的には消極的な感じはしないけどな。小さいけれどふわって頑張ってアピールしてて、とにかく可愛い花だと思うよ。律くんに直接どんな部分が似ているのか聞いてみたら?」

「……そうだね」


 お母さんと一緒に微笑んだ。


 大切な苗たちを玄関に並べたあと洗面所で手を洗ってからすぐに部屋に行こうとした。


――あっ、お母さんのプレゼントも玄関に置きっぱなしだ。


僕はお母さんにバレないようにささっとカーネーションの袋を持ち、隠しながらリビングを通り部屋に行く。荷物を床に置いてベッドに座ると、ゆっくりと息を吐く。そしてついに、封筒を開封した。


『綿谷へ 手紙は迷惑じゃないから捨てない。あと、四年生の時のきゅうりは意地悪をして抜いたわけじゃなくて、綿谷が枯れたきゅうりを見る度に悲しい顔になるのが嫌だったから。あの時のきゅうりの代わりになるか分からないけれど、今年まだきゅうりの苗を準備していないなら、俺が準備したい 光田より』


 鮮明に覚えている。あの時、律くんに「嫌い」ってはっきり言ってしまったこと。律くんは僕の気持ちを考えて苗を抜いたの――?

 

 あの時から気まずくなっちゃって。


 本当は嫌いじゃなかったのにって、あの時言ってしまった言葉にずっと後悔していた。

 律くんのことが本当に嫌いな時なんて、一度もないのに。


律くんはずっときゅうりの苗のことを気にしてくれていたんだ。律くんへの色んな思いが一気に重なって、涙と一緒に気持ちがぶわっと溢れてくる。


――僕は、最低だ。


『律くん、ごめんなさい。』


 律くんと、もう一度仲良くなりたい――。

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