10.由希視点*律くんへの贈り物
律くんに祝ってもらった日の思い出は、生涯の宝物になる予感がした。おじいちゃんになってもふと思い出しニコニコしている未来が見えた。
僕の誕生日を覚えてくれていた。
料理を作ってくれた。
プレゼントをもらった。
そして、大好きなドラマを大好きな律くんと手を繋ぎながら観れた。しかもドラマのラストのような、恋人繋ぎ――。手から伝わってきた温もりが今でもずっと僕の中に残っている。
律くんは僕のことを大切にしてくれて、大好きでいてくれている。僕もきちんと律くんに伝えたいことがある。僕が誕生日の日、律くんは手を繋ぎながらあらためて「大好き」と、気持ちを伝えてくれた。僕ははにかむことしか出来なかった。「僕も大好きだよ」って、喉の辺りに引っかかってしまい、出てこなかった。それは答えは見つかりかけているけれど、僕の好きの意味に、まだ完全に確信を持てなくて、迷ってしまったから。それからずっと考えた。律くんのことを。
答えを見つけた。
そして次は、僕が律くんをお祝いする番。
十月十日は、律くんのお誕生日だ。
もしも当日、今考えている某作戦が成功したら、絶対に気持ちを伝えて告白をする。と、ある決心をしていた。告白をするのは少し怖いけれど。
「上手くいくように願っていてね」
僕はミニトマトに囁き、お願いごとをした。
*
律くんのお誕生日の日が来た。僕は律くんみたいに器用では無いから、上手くおもてなしができるか不安だ。
――だけど、がんばる!
「誕生日の日は、バイトをお休みしてね」と事前に伝えておいた。勘の鋭い律くんなら、お願いした理由を瞬時に察知しただろう。
十月十日は平日だったから、前日に部屋を綺麗に掃除して『HAPPY BIRTHDAY』のバルーンを飾ったり、事前に調査しておいた律くんの好きな料理を作ったりもした。ケーキはお菓子作りの講座の先生をたまにしているお母さんに、スポンジを作っておいてねとお願いしておいた。生クリームやバナナ、採れたイチゴを乗せるのと、『律くんおめでとう』とチョコペンで書いた板チョコを乗せる作業は僕がやる。
今日も律くんと一緒に下校した。特別な日にも一緒に登下校してくれるなんて、幸せだな――。
「では、十八時ぐらいに、家に来てください」
「分かった」
そう伝えて「また後で」と言い合うと、それぞれ家の中に入った。
そっとドアを開けて、外に律くんの気配が完全になくなったのを確認するとこっそり畑に行った。素早くきゅうりとイチゴ、トマトをもぎ取り、再び家の中へ。律くんに対してはいつも思うのだけど、お誕生日という特別な日には特に、もぎたて新鮮な美味しいものを食べてほしかった。
作戦を考えた時は、もう寒くなってくる季節だから日に日に採れるものが少なくなってくるし、どうかなぁ?って考えていた。けれど数日前、当日はちょうど良い感じの実になっていそうだなと確認できた時には、ほっとした。
リビングの壁時計を確認すると約束した時間の五分前。そろそろ来そうだな。
来る時間を見計らって、料理とケーキを僕の部屋のテーブルに並べた。同じアパートに住んでいるから律くんの部屋と僕の部屋はつくりが同じ。律くんが祝ってくれた時と状況が似すぎているからリビングや、漫画を参考にしてオシャレな場所でやる?って考えもしたけれど、一番自分の能力を発揮できそうだなと思った場所が自分の部屋だった。
そして律くんへのプレゼントは、ペアリングだ。僕はあんまり遊びには行かないからお小遣いはどんどん貯まっていた。指輪なんて未知のものだから、金に糸目をつけないと考えていたけれど最初に入った指輪屋は想像していた金額とは桁が違い、諦めた。次に入ったアクセサリーのお店でとても迷って店員さんに相談をたくさんして、店員さんの貴重な時間を奪ってしまった。けれど買える金額でしかも律くんに似合いそうな指輪が買えた。二人合わせて二万円でお釣りが来たから、プレゼントにお菓子も買った。ちなみに律くんの指輪のサイズを知る時、委員長の安倍くんに協力してもらった。
そうして準備をし、計画したことで何か忘れていることはないかな?と、ドキドキしながら何度も考えているうちに律くんが家にやってきた。
「バルーン可愛いね、ありがとう。部屋にあるパステルカラーの家具と色が合っていてオシャレ」
律くんは部屋に入ると壁のバルーン飾りを見つけてくれて褒めてくれた。律くんの第一声が嬉しくて、気持ちはほぐれてきた。
「由希くんの部屋、久しぶりだな」
「律くんが僕の部屋にいるの、緊張する……まずは、どうぞ、座ってください」
僕は両手を開き、どうぞどうぞとした。律くんは頷くと、口角を少し上げながらパステルピンクのローテーブルの前に座った。目の前の料理をじっと眺めている。カレーライスとミートソースパスタとローストチキン、うちで採れた、マヨネーズをつけて食べるきゅうりスティック。そしてバナナといちごのケーキ。
僕たちは「いただきます」と同時に言うと、同時に食べ始める。一口ずつ味見をした律くんは「全部が美味い」と言ってくれた。
「良かった!」
心の底から良かったと、思った。だって――。
「実はね律くん、カレーとミートソースにはトマト……」
「あっ、やっぱりそっか」
僕が言い切る前に律くんは理解した。
「分かった?」
「うん、分かった」
もしも僕たちを眺めている第三者がいたら頭上にクエスチョンマークが浮かび上がり、何が?となりそうな会話だったと思う。離れている期間は長かったけれど、仲が良かった時代もある幼なじみ特有の、幼なじみの僕たちであるから成り立ち、分かり合える会話だろう。自然と笑みがこぼれてくる。
「僕たちが育てたトマト、食べれたね!」
「そうだな、本当に美味しかった」
律くんはふっと柔らかい声を出して微笑んだ。
そう、料理の中にはうちのミニトマトが入っていたのだ。前に僕を祝ってくれていた時に作ってくれたオムライス、他にもケチャップの料理は食べれていた律くん。ミニトマトは酸っぱさと感触が苦手だと言っていた。なら、こっそりとうちのミニトマトを料理に忍ばせればどうかな?と、真剣に悩んだ。僕の読みは当たったようだ。
あっという間にケーキ以外を完食してくれた。律くんの胃の中には今、ミニトマトがいっぱい。僕たちが大切にしながら育てた野菜が律くんの栄養になり身体の一部になることが、なんだかワクワクした。
だけど実は、作戦はまだ終わりではない。これから僕の選択が左右される、とあることを実行する。これが成功したら僕は今日、律くんに告白します!
ゆるくなっていた緊張感が再び湧き、少し震えだす僕の唇。僕は、フォークにケーキのイチゴを刺す。
「ねぇ、律くん」
「ん?」
「恋人らしいこと、していい?」
「えっ?」
律くんは動揺したのか、ビクッと肩を震わせる。僕自身も大胆な発言だなと思った。
「あのね、そんな大胆なこととかではなくて」
「い、いや……由希くんのことだから大胆なことするとかは思っていないよ。で、何してくれるの?」
「とりあえず、目を閉じて?」
「うん、分かった」
素直に従ってくれる律くん。
あぁ、少女漫画で見たことのある会話になっている。自分の発言に照れてきた。目を閉じている律くんも王子の寝顔のように綺麗で、胸の奥がキュンと大きな音を立てる。美しい寝顔を眺めていると、漫画のような展開を想像してしまった。このままキスをしてふたりの距離が縮まる妄想を。正直、キスなんて全くしたくない!と言えば嘘になる。妄想を振り払い、ダミーのイチゴを刺していたフォークを手に持っていたが、そっとお皿に置く。事前に机の引き出しの中に隠してあったタッパを開けて、ミニトマトを手に取った。このミニトマトはただのミニトマトではない。砂糖をふんだんにまぶし、更にケーキの生クリームをつけたミニトマトだった。
「律くん、口を開けてください」
どんな反応をするのか――。
思い切り律くんの口の中にミニトマトを放り込んだ。律くんは一瞬動かなくなったけれど、口をモグモグさせてゴックンした。
「律くん、目を開けていいよ! 今何を食べたのか、分かった? 美味しかった?」
「……美味しかったけど。食べたのは、イチ、ゴ?」
――丸々ミニトマトを美味しかったって、言ってくれた!
僕は気持ちが高まり全身がぶわっとなった。そう、作戦とは『ミニトマトに砂糖をまぶすとイチゴの味になるらしいから、律くんにイチゴだと思わせてミニトマトを食べさせてみよう』作戦だった。
「ブッブーです。正解は、ミニトマトでした! ミニトマトと砂糖を合わせるとイチゴの味になるらしくてね、律くんそれなら食べられるかなぁって思ったの」
作戦は成功して、いたずらっ子のような、いつもよりも高い声が出た。こんなに高い声が出るのかと、自分でも驚いた。
「トマトだったのか? 由希くんに騙された」
律くんはククッと普段出さない声で笑った。もしも美味しいって言わないで、騙したなと、嫌な顔をさせてしまったらどうしようとも考えたけれど、こうやって笑ってくれて。律くんの懐の広さを感じた。
「そしてね、あのね、実はこれは作戦で。ちょっと騙してしまったことは心残りだけど、律くんがミニトマトを丸ごと食べて美味しいって言ってくれたら伝えたいことがあってね……」
喉に言葉が詰まり、唾をゴクリと飲み込むと喉がンゴンゴしてきた。肝心な部分が言えない。
「あっ、順番が違う。まずプレゼントもあってね……」
机に向かうと、引き出しから律くんみたいにかっこいい黒の小さな箱を出した。律くんに今背中を向けている。振り向くのでさえも緊張する。呼吸が苦しくなってくる。
でも、きちんと渡して、きちんと気持ちを伝えたい。
だって、もう律くんと離れたくないから。
だって、ずっと大好きな律くんの一番隣にいたいから――。
僕は勢いに任せて振り向き、伝えた。
「律くん、僕のとお揃いの指輪をもらってください。そして僕と結婚してください」
律くんの目は丸くなり、今までに見たことのない表情になった。さらに頬がぽっと赤くなった。
「いきなり、結婚?」
思っていたのと反応が違う。想像ではいつもみたいに優しく微笑んでくれる予定だった。
「 あれ? 何か間違えた?」




