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【かわいい青春BL】幼なじみの君と、ずっとミニトマトを育てたい。  作者: 立坂雪花
*恋人編*

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12/16

9.律視点*由希くんの誕生日

 夏休みになった。アパートの畑にある植物は枯れずに全て順調に育っていた。由希くんみたいにフワフワしていて可愛いなと思って買ったアリッサムなんて今はすごいボリュームが増している。


 由希くんは毎日丁寧にチェックして、枯れた花の部分が種にならないように花柄摘みという作業も欠かさずしている。こんなに綺麗に咲いているのは、由希くんが手入れをきちんとしているからだ。由希くんに渡して良かったなと心の底から思う。手入れをしている姿も眺めるのが好きだった。何年経っても由希くんは変わらずに植物を大切にするんだろうな。


 その時俺は、由希くんの一番隣にいられるのだろうか。隣にいたい――。


 深い仲になるためのスタートとして、俺たちは、試しに恋人として付き合ってみることになった。仮の恋人になったけれど特に変わったことは何もなかった。最近変わったことといえば、ふたりのことではなくて、俺が近所の小さなカフェでバイトをはじめたくらいか。いつも「多く作ったから」と、美味しいおかずを由希くんからもらっていた。そのカフェのバイトでは簡単で美味しい料理も作るから、上手くなったら俺も作って恩返しができたらいいな。ちなみにカフェではオムライスが美味しい。


 バイトしている理由はまだ由希くんには内緒だけど、誕生日プレゼントを渡したいから。本当は毎年贈り物をしたいと考えていた。だけどふたりの間には壁があったから、渡せなかった。由希くんの誕生日は俺の誕生日、十月十日の一か月前、九月九日だ。由希くんの方が年下っぽいけれど微妙に年上だ。


まだ日にちはあるけれど、何をあげたら喜んでくれるのだろうかと、悩む日々が続いていた。


 そんな平凡な日々を過ごしていたある日、由希くんから「助けて」とだけ書かれたメッセージがスマホに届いた。


 八月に入ったばかりの日だった。


 夕方、カフェでちょうどバイトが終わり、エプロンをハンガーに掛けている時だった。俺のスマホのバイブが鳴った。そしてスマホを確認した時に来ていたメッセージがこれだった。


 俺は焦った。普段人に助けを求めたりするタイプではなかったし、助けてなんてよっぽど切羽詰まってないと送らないだろう。


 電話を掛けてみたけれど、繋がらない。本当は直接話して事情を聞きたいけれど仕方がないから、どうした?と、文字を送る。


……


 返事は来ない。急いで外に出て、自転車に乗った。とりあえずアパートの方向に向かおうかと曲がり角を曲がった時だった。曲がった瞬間、由希くんが、いた。


「由希くん!」


 叫ぶと由希くんが俺の存在に気がついた。


「律くん……」


 由希くんは泣きそうな顔してこっちを向いた。


「由希くん、どうした?」

「買い物帰りに律くんのカフェに迎えに行こうとしたら、迷子になっちゃって……」

「迎えに?」

「うん、だって、漫画ではよく彼氏さんが彼女さんを迎えに行くから」


 由希くんは俺のために迷子に――? 


 由希くんにとって迷子は大変な出来事だったと思うけど、危険な事件に巻き込まれたんじゃなくて良かった。そして、恋人を意識し漫画に影響され迎えに来て迷子になるという一連の流れに可愛さが溢れ、胸の辺りがキュンと鳴った。


――由希くんが愛おしい。


「それにしても、荷物すごいけどどうしたの?」


 由希くんは腕にエコバッグの持ち手部分を通して、手には小顔な由希くんの三倍はありそうなイチゴの白い鉢植えを持っていた。


「買い物終わってカフェに向かう途中にイチゴがいっぱいお庭になっている家があって、イチゴもいいなと眺めていたら、そこに住んでいるおばあさんにもらったの」

「由希くんはいっぱい物をもらうね」

「ね、皆、優しいね」


 由希くんに何かをあげたくなる気持ちがよく分かる。幼い時にも近所の人たちにお菓子をたくさんもらっていた記憶がある。それを由希くんは「半分こね」と言い、いつもくれた。


――由希くんが誰よりも優しいけど。


 荷物が重たそうだな。


「由希くん、俺の自転車乗れる?」

「どうだろう。律くんの自転車みたいなスポーツっぽいのは乗ったことないから分からないな……でも、乗れそうかな?」


「じゃあ、椅子低くするからこれ乗って?」


 そう言うと俺は由希くんが乗れそうな高さにサドルを調整した。


「そういえば、由希くんの自転車は?」

「今、お母さんが役所行くのに使ってる」

「そうだったんだ……」

「由希くん、またいでみて? 大丈夫そう?」


 由希くんは少しよろよろしながら俺の自転車にまたいだ。


「何とか、大丈夫っぽい。でも僕が乗ったら律くんはどうするの?」

「俺は歩く」


 由希くんが持っていたエコバッグとイチゴの鉢植えを受け取る。エコバッグが思ったよりも重たくてずしんと沈んだ。


「エコバッグ、重っ!」

「今日スーパーでスイカが安くて。広告見て買ってきたの。スイカは食べられる?」

「うん、食べれる」

「じゃあ、後で一緒に食べよ?」


由希くんは最初自転車にまたいでゆっくり進んでいたが、途中で降りてそれを押した。


「由希くん、恋人意識してくれたんだ?」

「うん。お試しに恋人になったけど、何にも変わらなかったから、何かしたいなって思って……」

「意識してくれたんだ……ありがとう」

「なんか、恋人意識するって恥ずかしいね」


 由希くんの頬が赤く染まる。


――幸せだなあ、この時間。


 自然と笑みが溢れてくる。笑うのが苦手だけど、由希くんの前でだけは笑顔になれる。由希くんが本当に大好きだ。


 アパートに着くと、由希くんはスイカを家の中に入れて再び外に出てきた。


「イチゴ、どの辺が良いかな?」と、由希くんに尋ねながら畑からはみ出たところの、ミニトマトの前にイチゴの鉢を置いてみた。


「そこいいね、律くんはセンスがあるよね」

「ありがとう」

「由希くんに褒められると、照れる……」

「律くんが照れると僕も照れちゃうな」


 由希くんは照れた様子を見せながらスマホで畑の写真を撮った。


「そういえばさっきおばあちゃんから教えてもらったんだけどね、イチゴの味ってトマト……」


 由希くんが言葉を途中で止めて、ハッとして目を見開いた。


「由希くん、どうしたの?」

「あ、いや、なんでもない。僕、分かったかも……」


 イチゴがトマト?


 俺は何も分からなくてもどかしい。気になりすぎるけれど、楽しそうだからいいかと思うようにしながら、じっと野菜や花に話しかける由希くんを見つめていた。


 その後、由希くんの家に入る。由希くんが一生懸命に切ったスイカをリビングで食べていると由希くんの母親が帰ってきて、三人でスイカを食べた。


「このスイカの種、畑に埋めてみようかな。これって水に入れて発芽させてからの方がいいのかな?っていうか、色んな種うちの畑に埋めてみたいな」

「どうなんだろうね、水で発芽促せそうだけどね。畑に色々種コーナーでも作ってみたら?」

「そうだね! でも来年かな……」


 親子の会話に聞き耳を立てながらスイカを食べる。由希くんは種を別のお皿に移しながら食べだしたから、俺も一緒に種を入れると結構な数になった。三人でスイカを半分食べて、残りをさらに半分に分けるとお土産としてもらった。


 家に戻ろうと玄関に行くと由希くんの母親とふたりになった。


「律くんと一緒にいる時の由希、楽しそうで幸せそう。ずっとふたりの仲が気になってたんだけど、またふたりが仲良くなって、本当に良かった」


 なんて返事をすればいいか思い浮かばず、無言で頷いた。由希くんをよく知っている由希くんの母親からそう思われて、嬉しい――。

 

 由希くんも玄関に来たからふたりにお礼を言うと外に出た。


 ひとりになるとふと思い出す。さっき由希くんが何かを言いかけて自己完結していたっぽいけど、何を言いたかったのだろう――。



 夏休みの終盤、由希くんが母親と三時のおやつと称してケーキを食べに、俺がバイトしているカフェに来た。裏で作業をしていたけれど「光田くんの噂をしている客がいるよ」と、オーナーが呼びに来てくれた。表に出ると「サプライズで、きちゃった」と由希くんがいたずらのような微笑みを見せてきた。緩やかな光が窓から差し込んでいて、うちの店は全体が白い壁と木目調な優しい雰囲気。由希くんたちはその雰囲気にとけこみ、とても似合っていた。テーブルには食べかけのチーズケーキがふたつと、アイスティーがふたつずつある。


「由希くん、ケーキ、美味しい?」

「わっ、律くんだ。うん、すごく美味しいよ!」

「良かった!」

「律くん、今も背筋がピンとして堂々としていて、よく緊張しないでバイトできるね」

「緊張か……することあんまりないな」


――由希くんが関わることなら緊張しまくるけれど。


「バイトしてる時の律くんは、さらにかっこいいね!」


 最近、由希くんがたくさん褒めてくれる。漫画の影響なのか? 例えそれが漫画に影響されたニセの言葉が混ざったものだとしても由希くんの言葉だから気持ちは高まり、さらに由希くんの誕生日プレゼントを祝うためだから余計にバイトを頑張れた。そして夏休みが終わっても細々とバイトを続けることにした。


そんな感じで夏休みはバイト、そしてバイトのない日は由希くんと一緒に過ごし、幸せで充実した日々を過ごせた。



 夏休みが終わり、ついに九月九日。由希くんが生まれてきてくれた日。日曜日だったから、いつもみたいに、何事もないかのようにさりげなく昼頃家に来てもらう約束をした。 朝から準備を頑張っている。今から作るのは、初めて由希くんに振る舞う料理。カフェで学んだフワフワタマゴのオムライスと、千切りキャベツとオリジナルドレッシング。後は野菜スープと、デザートは生クリームたっぷりのプリン。飲み物はアイスティーと、一応いちごミルクのパックも。


美味しい料理を常に作れる由希くんに食べてもらうのは緊張する。カフェでレシピを教えてもらい練習もしてきた。由希くんの笑顔を想像しながら料理を作ったからか、今までで一番形も綺麗で上手に出来た。プレゼントも準備したし、後は家に来てもらうだけ。時間が来るまでずっとソワソワしていた。


 昼、家のチャイムがなった。深呼吸してドアを開け由希くんを出迎える。まっすぐいつものように部屋の中に来てもらった。今、テーブルには何も置いていない。由希くんはバナナに若干飽きてきていたし、バナナがなくても家に来てくれるようになったからたまにしか置かなくなった。テーブルの前に座ってもらうと、俺はキッチンから作ったものを次々に運んでテーブルに乗せていった。


「わっ、今日はなんかカフェみたいだね。オシャレ」


 盛り付けにも拘ったからそう言われて、嬉しい。


 驚くのも無理はない。なぜならうちでご飯を食べる時はだいたい由希くんが作ってくれる料理で、俺の方でたまに準備する時はスーパーで買ったお惣菜かラーメンだったから。今日は自分の分もついでに作った。そして綺麗にできた方を由希くんの前に置いた。準備が整うと、自分も由希くんの隣に座る。


「由希くん、お誕生日おめでとう」


 由希くんは固まり、動かなくなった。動き出すまで俺はじっと待つ。


「律くん、僕の誕生日覚えていてくれたんだ

……どうしよう、絶対に泣いちゃう」


 もうすでに由希くんは泣いていた。すぐに泣くところも、愛おしい。


「はい、これ。涙拭いて」


 拭いてと言ったけれども、俺がティッシュで由希くんの涙を拭いた。


「うれひい、律くん、絶対に誕生日を知らないと思ってだ……ありがとう、ありがとう」


 想像以上の反応で、嬉しい――。


「こんなに喜んで貰えると思ってなかった。由希くん、ありがとう」


 気がつけば、震える由希くんを優しく抱きしめていた。幸せな温もり。ずっと抱きしめていたかったけど、料理が冷めてしまうのが気になってくる。


「由希くん、ご飯食べよ?」

「うん、そうだね」


 由希くんはオムライスを口に入れた。どんな反応をするのか、じっと様子を伺う。


「おいひい……」


涙を滲ませながらの満面の笑みに、ほっとした。由希くんの反応が見れたから俺も料理に口をつけた。味は……今までで一番良い。美味しくできて良かった。


「全部美味しかった、ご馳走様でした!」


 由希くんは満足気な笑みを浮かべる。


 由希くんはいつもご飯を食べる時はのんびりしている。だけど今日はいつもよりも早くご飯を食べ終えた。本当に美味しかったのだなと思えてきて、気持ちは高まった。


食器を軽く片付けてからひと休みした。いつ渡そうかな?と心をソワソワさせながらタイミングを見計らって、プレゼントが入ったキラキラしたピンク色の袋を渡した。


「プレゼントまでもらえるの? 嬉しすぎてどうしよう!」


 由希くんは袋をギュッと優しく抱きしめた後に、袋をゆっくり丁寧に開けた。どんな反応をするのだろうと緊張しながら由希くんを見つめる。


 中身を確認した途端、由希くんはハッとして目を見開いた。


「えっ? ディレクターズカット版? 何それ? 未公開映像があるの? すごい! ありがとう」


 由希くんの声のトーンが高くなり、喜んでくれているのが伝わってきて安堵した。


 一つ目のプレゼントは〝キミと手をつなぎたい〟のドラマの限定版DVD。入手困難だったけれど、なんとか購入できたレアなもの。


「可愛い! この子たち、畑に置くやつだよね? どの辺りに置こうかな……」


 二つ目のプレゼントは、畑に置いてくれたら良いなと考えながら買った、茶色い猫の親子の置物と、黄色い鳥のピックだった。こっちは由希くんと畑に似合いそうだな、好きそうだな……と、普段は直感で選ぶからすぐに決まるけれど、今回は色々迷いながら選んだ。


「気に入ってくれたみたいで、良かった」

「うんうん、すごく気に入った! ありがとう」


 反応が良くてお祝いも上手くいって、緊張の糸がほぐれてくる。由希くんの特別な日は、少しでも長い時間一緒にいたいな――。


「今からここで、DVD観てみる?」と聞いてみた。由希くんは「いいの? みたい!」と目を輝かせながら答えてくれた。すぐにカーテンを閉めDVD鑑賞ののんびりタイムが始まる。


――過去は悲しい涙を流させてしまっていたけれど。これからは、今日みたいな由希くんの嬉しい涙が見られたらいいな。


 隣で真剣にドラマを観ている由希くんの手を、ドキドキしながらそっと握った。由希くんは少し驚いた様子の顔をした後、ぎゅっと握り返してくれた。こうやってずっと、手を繋いでいたい。繋ぐ相手は由希くん以外には考えられない。由希くんが、いい。


「由希くん、大好きだよ――」


 言葉に反応して視線をくれた由希くんは、照れくさそうに笑った。

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