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【かわいい青春BL】幼なじみの君と、ずっとミニトマトを育てたい。  作者: 立坂雪花
*恋人編*

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7.律視点*由希くんの一番でありたい。

 俺は淀んだ息を深く吐いた。


「夏になったらふたりでトマトを収穫して、一緒に食べるんだ!」と、はしゃぎながら言っていた由希くんの言葉、表情を鮮明に思い出す。


また傷つけてしまったのかもしれない。原因は、俺がトマト嫌いなのを隠していてバレたから。


 由希くんがミニトマトを配りながら見せる笑顔を眺め、受け取るとミニトマトをじっと見つめた。


 口の中に入れるのを想像するだけで、酸っぱくて、ぐにゃっとした食感を思い出した。「律くんの分もあるからね」と言いながら目を輝かせている由希くんの姿を見ていたら、ミニトマトが嫌いなんて言えなかった。


 勢いに任せてトマトを口に入れた。


 口に入れた瞬間に広がる酸味に顔が歪みそうになった。だけど由希くんの笑顔を思い浮かべてなんとか飲み込んだ。隠し通せたと思っていた矢先、袴田が何気なく俺のトマト嫌いの話を由希くんの前でしてしまった。


 由希くんの曇った顔を見た瞬間、胸がズキッと痛んだ。もっと前に打ち明けていたら良かったと後悔した。由希くんは頑張って笑顔を作っていたけれど、今がもしも遠足中ではなくて、クラスメイトがいなかったのなら泣いていそうな表情だった。


――俺ってもしかして、由希くんと関わらない方がいいのか?


 由希くんは鍋を持ち、近くのレジャーシートで弁当を食べているグループのところへ行った。鍋を芝生の上に置くと由希くんはその場にしゃがんだ。おたまでカレーをすくい、クラスメイトたちの弁当箱にあるご飯の上にカレーをかけていると他のクラスメイトも集まっていて、いつの間にか行列ができていた。


 注目を浴びるのが苦手そうな由希くんの元へ今すぐに行きたい、そして助けたい。だけど、行けない――。


「美味しい、由希くんすごい」

「いや、ただルーの箱に書いてあるとおり野菜切って入れて、水入れて煮込んで。そして最後にルーを入れるだけだからね」


 由希くんは謙虚な言葉を返しながら、泣きそうな笑顔をクラスメイトに見せていた。


 まだ一口も食べていない由希くん。由希くんのお皿にはご飯とカレー、そして隅には袴田が焼いた肉も乗っていた。由希くんが戻ってきて食べ始めるのを確認すると、俺もタイミングを合わせて食べ始めた。


「由希くんが作ったカレー、美味しい……」


 由希くんが作ったカレーは、自然と言葉がこぼれるくらいに美味しかった。大好きな由希くんが作ったから余計に美味しいのだと思う。


「美味しいって言ってくれて、ありがとう」と、目を合わせず、ニコリともせずに由希くんは言った。あきらかにいつもとは違う由希くん。やっぱりトマトが嫌いなことを隠していたこと、怒っているのだろう。


「カレー美味いな、まだあるの?」と、すでに食べ終えた袴田が由希くんに声をかけた。


「うん、あと一食分ぐらいあるよ」

「食べていい?」

「うん、いいよ」


 最後の一食分のカレーが袴田のお皿に注がれようとしていた。


「お、俺も、欲しい」

「……じゃあ、半分こね」


 この状況の中、勇気を振り絞りふたりの会話に横入りした。一瞬由希くんの動きは止まり答えてくれるまで間があったが、俺の皿にもカレーを注いでくれた。本当は独り占めしたかったけれど、半分もらえるだけでもありがたい。


 この後、由希くんとふたりになるタイミングは訪れるだろうか。早く謝りたい――。


 由希くんが作った貴重で最高なカレーを大切に食べた。最後の一口はもったいなくて口に入れるのを躊躇した。


 うちの班は、肉もカレーも綺麗に完食し、片付けを始めた。


「結局、杉山は肉をあんまり好きじゃないって言ってた割にはたくさん食べてたじゃん」

「ここで食べる肉は……美味しかった」

「ここっていうか、俺が焼いたからだろ?」

「……」


 袴田と杉山が話しながら肉を焼いていた辺りのゴミや網を片付けている。


 由希くんは鍋と他にも洗うものを持ち、水場へ向かおうとしている。俺も手伝おうとした矢先、俺より先に安倍が由希くんに「一緒に洗うよ」と洗剤とスポンジを手に持ち、声を掛けた。


「綿谷くん、優れない顔してるけど、体調大丈夫?」

「うん、大丈夫。でも少し疲れたかも」

「ここで休んでる?」

「ううん、鍋洗いに行く」

「じゃあ、行こうか」


 由希くんは安倍に背中を支えられながら歩いていった。その光景を見て、モヤモヤとイライラが合わさる。しかも姿を消してからふたりはなかなか戻ってこなかった。


「片付け終わったら、サッカーしない?」と、袴田が誘ってきた。


「いや、サッカー苦手だしやらない」と、杉山は断る。

「律はやるしょ?」

「俺は……」


 由希くんと一緒に過ごしたいと、パンフレットをチェックした時からずっと思っていた。昼飯の後は自由時間になりそうだと知ると、由希くんの好きそうなところでのんびりしたいと、密かにスマホでも公園を調べて計画を立てていた。由希くんには何も伝えていなかったけど――。だけど、その計画も今となっては実現しなさそうだしな……。


 誘いに乗ろうとした時、由希くんたちの姿が見えた。由希くんは目が赤くなっていて、泣いた後のようだった。安倍に頭をなでられていて、ふたりは親しそうな雰囲気。きっと由希くんが心のモヤモヤを安倍に伝えたのだろう。


 ふたりから視線を外せなかった。

 現実から目をそらせなかった。


 由希くんの隣にいるのがなぜ自分ではないのか――。

 由希くんがモヤモヤを打ち明ける相手はなぜ自分ではないのか――。


 俺は今、完全に安倍に対して嫉妬心がむき出しだった。


 俺がトマト嫌いだという話を知ってから由希くんの様子が違う。こうなった原因は自分だし、最近仲直りしたけれど距離がある期間は長かった。由希くんにとっての俺は、ただの友達でそれ以上でもそれ以下でもない。自分が由希くんにとって一番ではない現実。当然だろうと思いながらも悔しさが込み上げてきた。


「安倍たちはサッカーする? 律と俺はするよ」と、袴田は言った。勝手に決めるなよと思いながらも、それは今どうでもよく。それより今は由希くんが気になりすぎた。


「袴田くん、杉山くんと僕と三人でサッカーしようよ。綿谷くんは光田くんとふたりで湖にあるスワンボートに乗りたいんだってさ」と、安倍が言う。


 由希くんと俺は同時に安倍を見た。


「えっ、安倍くん、僕そんなこと一切言ってないよ。僕、ひとりで散歩してくる」


 由希くんはそう言うと、荷物を速攻で片付けて歩いて行ってしまった。


「今の話は嘘なんだけど……ふたりでゆっくり話をしておいで」と、安倍は俺に耳打ちした。由希くんは今、俺とのことを安倍に話したのかもしれない。そして安倍は気を使い――。


「安倍、嫉妬してごめん」

「えっ、僕、嫉妬されてたの?」


 俺は由希くんのいそうな場所に向かった。


 実はスワンボートも計画のひとつにあった。だけど由希くんが一番さまよいたいだろうなと予想していた場所。それは――。


 由希くんを見つけた。

 由希くんは色鮮やかなラベンダーの花畑の前でしゃがんでいた。


「由希くん!」


 呼ぶと由希くんは振り向いた。顔を手でぱっと隠しながら立ち上がり、どこかに逃げようとしているようだ。俺は全力で走り追いつくと、由希くんの手首をぎゅっと握った。


「由希くん、トマト嫌いなことを隠していて本当にごめん……もう、逃げないで。由希くんと離れたくない――」


 由希くんは振り向くと、目を合わせてくれた。眉間にシワをよせ口元も八の字になっている。そして目が赤い。


「由希くん、また泣かせちゃった……俺、由希くんと関わらない方がいいのかな」


 由希くんは何も答えてくれない。


「俺は、由希くんの隣にいたいけど、もう……」


 握っていた由希くんの手首を離し、一歩後ずさる。


「本当に、ごめん……。実は、トマトは小さい頃から苦手で。あの酸っぱさとか感触とか……だけど由希くんと一緒に育てているトマトは一緒に食べたいって、本当に思ってた――」


 微動だにしない由希くん。


――あぁ、もう、完全に駄目だ。


 俺は由希くんに背を向け、班のメンバーがいるところに戻ろうとした。その時、Tシャツの背中部分を由希くんにギュッと掴まれた。振り向くと上目遣いで困ったような表情をしている由希くんに見つめられていた。


「律くん、行かないで――」


 その仕草、表情、声。俺の五感は全て由希くんに集中する。ドキッとして倒れてしまいそうなくらいに胸の鼓動が早くなる。由希くんに行かないでなんて言われたら、絶対にどこにも行けない。行けるわけがない。


「由希、くん?」


 由希くんに魔法を掛けられたように、俺の足は地面に張り付き動けなくなった。しばらく俺たちだけが、時間が止まったように動かなかった。


「律くん、ついてきて?」


 由希くんは少し強い声でそう言い、俺の手を掴んだ。

 手から由希くんの温もりが伝わる。そしてその温もりは全身へ巡り、緊張と心地良さが同時に体全体を覆う。


 そのまま由希くんにされるがまま、手を引っ張られていく。


 着いたのは、スワンボートの受付だった。由希くんは俺の手をぱっと離すと、財布をハーフパンツのポケットから出した。そして由希くんは財布を覗くと「あっ……」と声を漏らした。お金が足りないのかな……。チラリと料金表を見ると、スワンボートは三十分で八百円だった。


 されるがままの俺は、由希くんの次の言葉を待った。


「律くん、三百円ある?」

「さ、三百円! ある!」


 俺は速攻で自分の財布から三百円を出すと、由希くんに渡した。由希くんはそれを受け取ると受付に「スワンボートお願いします」と言い、チケットを受け取る。


「もしかして俺と一緒に、乗ってくれるのか?」

「うん」

「俺とで、いいのか?」

「律くんとがいい……」


 由希くんはさっきまで俺の手を引っ張るなんて積極的な行動をしていたとは思えないほどにモジモジしだした。俺もつられてモジモジしてくる。


 スワンボート前に待機しているおじさんの指示にしたがう。俺が先に乗ると、由希くんのバランスが崩れないように手を差し出す。由希くんは俺の手を掴んでくれた。


「由希くん、お金多く出してもらったから俺が漕ぐ」

「あ、ありがとう……」


 スワンボートは自転車のように、足元のペダルを漕いで進んでいく。予定では俺が全額出しても、俺がたくさん漕ぐつもりでいたけれど。しばらく無言なふたり。スワンボートは静かな水面を滑るように進む。水が小さくチャプチャプと音を立て、由希くんの茶色い髪がそよ風にふわっと揺れていた。


少し経つと「水の周りだからか、風が冷たくて気持ちいいね」と、由希くんはわずかに微笑んだ。


 速かったらもっと涼しくなれるかな?と、俺は今よりもスピードを上げて漕いだ。速すぎると由希くんが怖がりそうだから、少しだけ。由希くんもあまり力を入れないでペダルに足を乗せて、気持ち漕いでいる感じだったけど、足をペダルから離して風を感じ始めた。目を閉じて、爽やかな表情――。


 由希くんの頬に触れたくなった。

 だけど今触れると、由希くんは動揺してしまうだろう。由希くんを気にしながらも前を見て漕ぐことに集中した。


 由希くんは湖面を見つめ、静かに口を開いた。


「律くん、僕ね、トマトが嫌いな律くんも、好きだよ――」


『好き』


 その言葉に胸の奥が熱くなり、締め付けられた。由希くんの『好き』は、きっと友達としての気持ちだ。でも、俺の心はそれだけで溢れそうだった。


 何故か涙が出そうになってきた。漕ぐことと涙を我慢することにいっぱいいっぱいで、何も言えない。気持ちを落ち着かせながら言葉を探す。


「俺も、由希くんのことが、好きだよ――」


 由希くんの好きと、俺の好きは意味が違うけれども。探して見つけた言葉はこれだった。


「ありがとう、嬉しい! 律くん、そっけなくしちゃって、ごめんね」


 青色が広がる空と、輝く太陽。

 光が反射し、揺らぎながら輝く水面。

 背景に負けないぐらいにキラキラしている由希くんの笑顔――。


「俺の『好き』は、恋人になりたい、由希くんの一番でありたいって意味の、好きだから――」

 

 伝える予定はなかったのに。


 キラキラしている由希くんを見つめていたら、ずっと喉の奥に詰まっていた言葉が、抑えきれず溢れてきた。心臓が早鐘のように鳴り、声が少し震えた。言い切った瞬間、胸の奥が熱くなり、同時に由希くんがどんな反応をするのか予想ができなくて、怖さも込み上げてくる。


由希くんは大きく目を見開いた。水面と俺が映る、由希くんの瞳は揺れているようだった。唇を小さく動かし、言葉を探しているように見えたけれど、すぐに俯いてしまった。ほんの少し、由希くんの頬が赤くなっている気がした。



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