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第99章:もてなし再び

ベンガルタウンの遺跡。

アリアの体は、トルティヤがかけた水色の柔らかな光のベールに包まれ、ゆっくりと傷を癒していた。


「ほぇえ…気持ちいよぉ」

アリアの傷口は少しずつだが塞がっていた。

腹部にあった痛々しい裂傷も、みるみるうちに薄れていく。


「そういえば、さっきの魔法…一体なんだったんだろう?」

サシャが精神世界にいるトルティヤに尋ねる。


「あれは共鳴魔法じゃな…ざっくり言うと…」

トルティヤがそう答えると共鳴魔法について説明する。


共鳴魔法。

魔法は個人ごとに波長があり、それが僅かでも異なっていると魔法と魔法はぶつかり合う。

しかし、血縁同士には極稀に波長が一致する者もいる。

その魔力の波長が共鳴することによって、魔法が反発せず、疑似的な合体魔法を使用することが可能となる。

要するに二人で複数魔法使用者(マルチマジカリスト)のように、疑似的な合体魔法が使用できるということである。


「なるほど…だから、あんな強力な魔法を…」

サシャは、トルティヤの丁寧な説明に深く頷き、共鳴魔法の強力な性質を理解した。


「どちらかを倒しても油断できん…片方が魔力を使用できる状態であれば発動ができる。それが共鳴魔法の恐ろしいところじゃ」

トルティヤは、共鳴魔法の恐ろしさをさらに強調した。


「…周辺を確認してきたが、大丈夫そうだ。入口も塞がれたりしていない」

すると周辺を警戒していたリュウがサシャとアリアの元へ戻ってくる。

同時に、アリアを包んでいた水色のベールが消える。


「わぁ!傷がしっかりと塞がったよぉ」

アリアは自分の腹部をまじまじと見つめ、その回復ぶりに驚きに目を丸くした。

触れてみると、肌は元の滑らかさを取り戻していた。


「当然じゃ。ワシの魔法なのだからのぉ。小娘、感謝するのじゃぞ」

トルティヤは、どこか得意げにアリアに語りかけた。


「うん!ありがとう!」

だが、アリアは屈託のない笑顔を浮かべ、 素直に礼を述べた。


「む…むぅ。調子が狂うのぉ…まぁよい。とにかく、ここにはもう用がないのじゃ。さっさと出るぞ」

アリアからの感謝の言葉に、トルティヤは一瞬言葉を詰まらせつつ、遺跡からの脱出を促した。


「それなら、ミラが言っていたエフィメラ族の里に行ってみよう」

サシャがこの遺跡に入る前にミラが言っていたエフィメラ族の里に行くことを提案する。


「寄ってと言われたからには、断るわけにはいかないしな」

サシャの提案にリュウも大きく頷く。


「また、美味しい昆虫食べられるかなぁ?」

アリアは目を輝かせていた。


「「(いや、そっちかい)」」

サシャとリュウは内心でアリアにツッコミを入れた。

互いに視線を交わし、苦笑いを浮かべた。


こうしてサシャ達は遺跡を後にした。

そして、来た道をゆっくりと戻っていく。

やがてサシャ達は外に出た。


「わぁ!すっかり夕暮れだよぉ…」

アリアは、地平線に広がる茜色の空を見上げ、感嘆の声を上げた。

空は橙色から紫へとグラデーションを描き、日中の喧騒が嘘のように穏やかな時間が流れていた。


「確かミラは、この遺跡から北側だと言っていたな」

リュウが地図を取り出し、方角を確認する。


「日が落ちる前に行こう…!」

こうしてサシャ達は遺跡の北を目指した。


そして、森の中をひたすら歩く。

木々の間からは、夕陽のオレンジ色が差し込み、あたりを幻想的な色に染め上げていた。

鳥たちのさえずりも聞こえ、森は生命の息吹に満ちているようだった。


だが、いくら進んでもエフィメラ族の里らしきものは見当たらなかった。

やがて道は次第に細くなり、周囲の木々も密になっていった。


「あれ?場所が合っているなら…もう辿り着いているはず」

サシャは、地図と周囲を見比べ、困惑の表情を浮かべた。


「方角は間違いなく北だ…ミラが間違えて説明したのか?」

リュウは首をかしげる。


「…スンスン」

その時だった。アリアが、くんくんと鼻を鳴らし、何かの匂いを嗅ぎつけた。

その鼻先が、ぴくぴくと動く。


「あっちから、なんか香ばしい匂いがするよぉ!」

アリアは、匂いのする西側の方へと迷うことなく進み始めた。

彼女の足取りは軽く、自信に満ちていた。


「アリア?」

サシャは突然のアリアの行動に目を丸くする。

予想外の方向に進み始めたアリアの背中を見つめた。


「よく分からんが、何かを察知したのだろう」

リュウが納得したように頷くと、サシャもそれに同意し、二人はアリアに続いて進んでいった。


「…ここからだよぉ」

アリアの視線の先には、禍々しいほどに不気味な色の植物が生い茂る地帯が広がっていた。


その植物は毒々しい紫色や深い緑色をしており、まるで生き物のように蠢いており、近寄るだけでも体に悪影響を及ぼしそうに見えた。


「…うわ」

サシャは、その異様な光景に思わず顔を青ざめた 。


「これは…毒草地帯じゃないのか?」

リュウがアリアに尋ねる。


「大丈夫だよ!これは「パラテオン草」といって、毒草に擬態している草木だから!」

アリアは明るく告げると、生い茂る植物の中をためらいなくかき分けて進んだ。


「ま、アリアが言うなら…」

サシャとリュウもアリアに続いた。


サシャ達は慎重に植物の隙間を縫って進んでいく。


そして、不気味な色の草木をかき分けて進むこと10分後。

視界が開け、目の前に炎の灯りが見える。

それは、いくつもの小さな火が点々と灯っているようだった。


「…あれは。エフィメラ族の里か?」

リュウが炎の灯りに視線を向ける。

その光は、暗くなり始めた森の中で暖かく揺らめいていた。


「うんうん!香ばしい匂いはあそこから漂っているよぉ!」

アリアが大きく頷く。


「…アリアの嗅覚はどうなっているんだ?」

サシャはアリアの嗅覚に驚くばかりだった。


「まるで犬じゃのぉ…じゃが、大したものじゃ」

トルティヤはその様子に、笑みを浮かべて見つめていた 。


そして、サシャ達はエフィメラ族の里に足を踏み入れる。

里の中は温かい空気に包まれた空間が広がっていた。


「わぁ、人間さんだ」


「初めて見た…」


「あれ?彼ら、どこかで見たような…」

里の中にいたエフィメラ族の住民たちは、珍しそうにサシャたちに視線を向けた。


その時、ミラと銀髪の美しい青年がサシャ達にやってくる。

その青年は前回、サシャ達をもてなしてくれたエフィメラ族だった。


「あ!!来てくれたんだ!!」

ミラはサシャ達に駆け寄る。その顔には満面の笑みが浮かんでいた。


「これはこれは…あの時の。再びお会いできるとは嬉しい限りです」

青年は、サシャたちに穏やかな笑みを浮かべ、サシャ達を歓迎する。


「その節は…どうも」

サシャは、ぎこちないながらも丁寧に挨拶を返した。


「お腹すいたでしょ?ちょうど美味しいご馳走が手に入ったから皆で食べようよ!」

ミラがアリアの手を握りしめて引く。


「わ!どんなご馳走だろう!楽しみだよぉ」

そして、ミラとアリアは楽しげな声を上げながら、一軒の家の中へと消えていった。


「…ご馳走」

サシャは、エフィメラ族のご馳走が、間違いなく何かしらの昆虫であることを確信し、思わずぼそりと呟いた。

複雑な表情を浮かべ、覚悟を決めるように息を一つ吐いた。


「さぁ、お二人も是非!」

青年はサシャとリュウを先ほどアリアとミラが入っていった家に案内する。


「あ、ありがとうございます」

サシャはぎこちない返事をすると、ゆっくりと家に向かう。


「(ま、前回は食べられたから何とかなるだろう…)」

リュウは、自身に言い聞かせるように苦笑いを浮かべながら、家へと向かった。


「待っててね!今、料理を持ってくるから!」

家の中に入ると、ミラは声を弾ませ、せわしなく動き回っていた。


「そういえば、前回は挨拶をするのを忘れておりましたね。私の名はデュア。この里の長を務めさせてもらっています」

床に座っているサシャたちに、銀髪の青年が改めて丁寧に頭を下げた。


「僕たちは…」

デュアと名乗った青年の言葉に、サシャたちは自己紹介を始めた。


「なるほど!冒険者さんでしたか…どおりで勇敢なはずだ!」

デュアは、サシャたちの自己紹介を聞き終えると、深く納得したように頷いた。


「里を移したようですが?」

リュウが気になっていたことをデュアに尋ねる。


「えぇ。我々は定期的に住処を変える習性があるのです。それは、我々の羽根や血を狙ってくる者から逃れたりする目的もあります。なので、人間達が踏み入りにくいような場所に住処を定めているんです」

デュアは、エフィメラ族が住処を変える理由を、穏やかな口調で説明した。


「だから、パラテオン草が生えている地帯に住処を構えていたんだね!」

アリアは、全てを理解したように声を上げた。


「その通りです。草木に詳しくない者であれば、普通、パラテオン草の中を突っ切って行こうだなんて考えないですからね」

彼の穏やかな口調が、里の安全への配慮を物語っていた。


その時、奥からミラと三人のエフィメラ族の女性たちが、湯気を立てる料理が盛られた木製の皿をいくつも運んできた。

料理の香りが部屋いっぱいに広がり、食欲をそそる。


「お待たせ!たくさん食べてね!」


「…あ、ありがとう」

サシャは、目の前に広がる料理の光景に、思わず目を丸くした。


「前回よりも…インパクトが強い気がするのは気のせいだろうか?」

リュウは、皿に盛られた料理を前に、思わず息を呑んだ。


「わぁ!今回もご馳走だよぉ!」

アリアだけは、目をキラキラと輝かせ、料理に釘付けになっていた。


「さ、いただきましょう!」

デュアは、にこやかな表情で皆に食事を促す。

彼の言葉を合図に、一同は箸を手に取った。


床の上に置かれた大皿には、まず、艶やかに焼き上げられた巨大なタガメの姿焼きが目を引いた。

その隣には、鮮やかな黄色をした芋虫の串焼きが何本も並び、細長い何かの昆虫の卵を茹でたものが小鉢に盛られていた。

横には、前回も食した蛙入りのスープも、温かい湯気を立てていた。

そして、メインディッシュといわんばかりに、食卓の中央には、黒々と焼き上げられた巨大なサンショウウオの黒焼きが、ぽっかりと口を開けて鎮座していた。


「…トルティヤ、食べる?」

一応、サシャは精神世界にいるトルティヤに尋ねてみた。


「嫌じゃ」

だが、トルティヤは、サシャの問いかけにも顔を向けず、 即座に拒絶の言葉を放った。


「だよね…」

サシャは、諦めたように小さく呟くと、仕方なくタガメの姿焼きに手を伸ばした。


「(前回も食べられたんだ…今回だって多分)」

サシャは意を決してタガメの姿焼きを口に入れた。


「もぐもぐ…」

そして噛んだ瞬間、口の中に広がるのは、予想外の独特なフルーティーな風味だった。


「…なんか、林檎みたいだ。意外といけるぞ?」

口の中を独特のフルーティーな味が包む。

食感こそ昆虫そのものだが、決して不快なものではなく、むしろ食べられることに驚きを覚えた。


「…これを食べるのか」

リュウは、小鉢に盛られた細長い昆虫の卵をじっと見つめていた。

その一つ一つが、微かに光を反射している。


「これは多分「ダイテンシロアリ」の卵…だよね?」

アリアがミラに視線を向け、尋ねた。


「さすが、アリアさん!その通りです!これは、ダイテンシロアリの卵です。プチプチとしたクリーミーな食感がクセになるんです」

ミラはそう言うと、木製のスプーンで卵をたっぷり掬い上げ、躊躇なく口に運んだ。


「うーん!美味しい…」

ミラは嬉しそうにそれを咀嚼した。


「僕も食べよっと!」

アリアもミラに続き、躊躇もなくダイテンシロアリの卵を口に放り込んだ。


「…(やるしかない!!)」

ごくりと唾を飲み込んだ。

そして、意を決してダイテンシロアリの卵をスプーンで掬い上げ、口に入れる。


「(…なんだこれは)」

噛んだ瞬間、プチプチと小気味良い音を立てて卵が弾け、中から甘くクリーミーな汁が溢れ出した。

リュウは、その予想外の味と食感に目を丸くした。


「(いや、まずくはない…だけど、なんというか…言葉に言い表せない感じだ)」

リュウは、その独特の風味に、やや複雑そうな表情を見せた。

その一方で、アリアは一切の躊躇なく、美味しそうに食べ進めていた。


「うーん!この「サクラギワーム」も花の香りがして美味しいよぉ」

アリアは、黄色っぽい芋虫の串焼きを手に取り、満足げに頬張った。


「これは今朝、採れたばかりなんです。今が旬ですからね」

デュアは、にこやかな笑顔でサシャたちに説明を加えた。


「昆虫にも旬とかあるんですね」

サシャは驚きながら、蛙入りのスープを口に運んだ。

だが、それよりも気になっていたのは、食卓の中央にずっしりと置かれているサンショウウオの黒焼きだった。


「…(このサンショウウオ。どうやって食べるんだろう?)」

サシャが中央にずっしりと置かれているサンショウウオの黒焼きに視線を向ける。

すると、サシャの視線に気が付いたミラが、にこやかに尋ねてきた。


「あ!サシャさん、もしかして「ドラゴンサンショウウオ」が気になるの?」

ミラがサシャに尋ねる。


「あ、ど、どうやって食べるのかなとか気になって」


「私が切り分けてあげるね!」

そう呟くとミラは石製のナイフを用いて器用にサンショウウオを切り分けていった。

そして、切り分けた一切れの身を、葉っぱの皿に乗せてサシャの目の前に差し出した。


「一番おいしい脇腹の肉だよ」

ミラは、にこやかな笑顔でサシャに勧めた。


「あ、ありがとう」

肉は黒々と焼かれていながらも、どこかジューシーに見えた。


「(昆虫よりは食べられそうだ)」

そして、それを手で掴み、豪快に口に放り込んだ。


「…もぐもぐ」

何度か咀嚼すると、次の瞬間、口の中に広がるのは、まるで上質な白身魚のような淡白で奥深い味わいだった。


「美味しい…美味しいぞ!」

サシャは、その予想外の美味しさに、驚きに目を丸くした。


「あー!!僕も食べる!!」

サシャの言葉を聞いたアリアは、目を輝かせ、サンショウウオに手を伸ばした。

そして、あろうことか、その巨大な頭の部分を両手で掴み取った。


「お、お頭?」

リュウはアリアの行動に目を丸くする。


「サンショウウオは頭が一番美味しいんだよ!」

アリアはそう呟くと、力強くお頭を真っ二つに割った。

すると、中からは、とろりとしたクリーム色の脳みそが、見る者の目を奪うように溢れ出した。


「うっ…結構グロテスクな…」

サシャは、その衝撃的な光景に、一瞬たじろいだ。


「これこれ~!!」

アリアは、嬉しそうな表情を浮かべ、真っ二つに割った頭のうち片方に口をつけた。

そして、ズズズッツと脳みそを吸い始める。


「お、いい食べっぷりですね!」

デュアは、アリアの豪快な食べっぷりに目を細め、称賛の言葉を述べた。


「…」

その光景を、サシャとリュウはただ茫然と見つめていた。

二人の間には、言葉にならない沈黙が流れた。


「うん!美味しかった!」

アリアは満足そうな顔を見せる。

すると、アリアがサシャとリュウの視線に気が付く。


「あ!もう一つあるけど、食べる?」

アリアが無邪気な笑みを見せ、残り一つの脳みそを二人に差し出す。

脳みそは、まだ温かい湯気を立てている。


「ア、アリアが食べてもいいよ!」


「そ、そうだな…美味しそうに食べてたんだしな」

サシャとリュウは、遠回しに遠慮の言葉を述べた。


「え?食べていいの?やったー!!」

アリアは喜ぶと、再び脳みそをすするように口に入れた。


「(さすがにサンショウウオの脳みそを食べる勇気はないな…)」

リュウは心なしか安堵の表情を浮かべた。


「か、蛙のスープが美味しいや!」

サシャは、その場の空気を変えるかのように声を上げ、急いで蛙のスープを口に運んだ。


「まったく、あの小娘の逞しさには呆れるわい…」

その様子を、精神世界からトルティヤは半分呆れたような表情で見つめていた。

その目には、アリアの並外れた食欲と、それに対するサシャたちの反応が映し出されていた。

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