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第92章:行動開始

ヘレンとの一戦を終えたサシャたちは、地下室の奥に置かれた簡素な椅子と机に腰を下ろし、今後の具体的な方針について話し合っていた。

薄暗い地下室の空気は、彼らの議論の熱を帯びていた。


「さて…これからどうするかだな…」

ラウ老師は、全員の顔を見回しながら、静かに切り出した。


「そもそも、敵の主力メンバーに誰がいるかじゃ。敵を知らねば手を打てないからのぉ」

トルティヤは、深く椅子に腰かけ、腕と足を組んでいた。


「それなら、俺がいくつか情報を知っています!」

すると、ラジアンが勢いよく手を挙げ、その場の視線を集めた。


「ほう。では、提供してもらおうかのぉ」

トルティヤは、ラジアンの申し出に興味を示し、促すように問いかけた。


「はい。龍心会については、前々から部下に色々と調べさせていたので…」

ラジアンは、そう言うと、立ち上がって壁に立てかけられた黒板へと向かった。

慣れた手つきでチョークを手にし、流れるように文字と、5人の人物画を描き始めた。


「まずは、レグルス…龍心会のナンバー2です。既にご存じかもしれませんが、彼は俺と同じくラウ老師の弟子でした。引力魔法と大鎌である「風斬り」を使用します。ぶっちゃけ言って出鱈目に強いです…」

ラジアンは、最初に描かれた、白い長髪を持つドラゴニアの絵を指差した。


「あの遺跡で会った銀翼のドラゴニアだな…」

リュウは、その名を聞いて、かつての戦いを思い出すかのように静かに口にした。

彼の表情には、拭い切れない悔しさが滲み出ていた。


「あの引力魔法は中々に厄介じゃ…」

トルティヤは、遺跡でのレグルスとの交戦経験を思い返し、その引力魔法の厄介さを改めて認識していた。


「次にベガ。彼は元々は王国軍の部隊長の一人でした。ですが、ベクティアル国王のやり方に絶望し除隊。その後、アルタイルの思想に賛同して龍心会に入りました。硝子魔法とメイスの達人です…」

ラジアンは、次に、無骨な坊主頭のドラゴニアの絵を指差した。


「メイス?」

アリアは、聞き慣れない言葉に、小さく首を傾げた。


「武器じゃ。分かりやすく言うと、棍棒のことじゃな」

トルティヤがアリアに説明する。


「そして、ミモザ。王国軍の爆破部隊に所属していたことが確認されていますが、詳細は不明です…」

ラジアンは、さらに、おさげ髪で丸眼鏡をかけたドラゴニアの絵を指差した 。


「あぁ、あの時の小娘か…ドラゴニア流体術を使っておった」

ラウ老師は、そのミモザの名に反応し、ラジアンに語りかけた。


「え?戦ったのですか?」

ラジアンが目を丸くする。


「うむ…しかも禁じ手である、一指鋼刃(いっしこうば)を使っておった」

ラウ老師は、その時の記憶を辿るかのように、重々しく口にした。

それは、ベクティアル国王の暗殺現場でラウ老師に襲い掛かってきた少女だったからだ。


「なるほど…情報ありがとうございます」

ラジアンは、ラウ老師の補足情報に深く頭を下げて礼を言うと、黒板の次の絵へと視線を移した。


「そして、何気に厄介なのがスピカ。俺とレグルス、アルタイルとは同期で、後方支援部隊の出身だ。彼女の蜜魔法は治癒効果が高い。だから、叩くなら彼女を先に何とかした方がいいかもしれないです…」

ラジアンは、鮮やかな青い髪を持つドラゴニアの絵を指差した。


「ヒーラーといったところか。それなら先に潰した方がよさげじゃな」

トルティヤもまた、スピカの能力を考慮し、彼女を最優先で排除すべきだと即座に判断した。


「そして、最後が…リーダーのアルタイル」

ラジアンは、黒板の中央に大きく描かれた、金髪のドラゴニアの絵を指差した。


「龍心会のリーダー。国内で「最強の魔法剣士」「ホープ」と呼ばれていました。そして…俺とレグルスと共にラウ老師の教えを受けていた…」

ラジアンは、アルタイルの絵をじっと見つめ、どこか暗く、重い口調で語り始めた。


「…」

その言葉を聞いたラウ老師は、深く沈黙し、視線を遠くへと向けた。

彼の顔には、複雑な感情が交錯している。


「彼女はエルフ族とドラゴニアのハーフで空間魔法の使い手です…」

ラジアンがアルタイルの魔法について説明する。


「空間魔法とは…随分と厄介な魔法を使用するのぉ」

トルティヤは、空間魔法の特性に、思わずといった様子で言葉を発した。


「そんなに厄介なのか?」

リュウが尋ねる。


「うむ…空間魔法は高い殺傷力に加えて高い汎用性を誇る。一部では「神に近しい力」「歴史を動かしえる力」「最強の魔法」と言われておる。昔、一度だけ空間魔法の使い手と戦ったことがあるが、かなり苦戦したのじゃ…」

トルティヤは、空間魔法の恐ろしさを力説するように、その特性について詳細に説明し始めた。


「え?トルティヤが…苦戦?」

精神世界からその話を聞いていたサシャは、

トルティヤの口から「苦戦」という言葉が出たことに、驚きに目を丸くした。


「それほどの力なのか…」

リュウも空間魔法の力の前に首をかしげている。


「俺が知りうる龍心会の中枢メンバーはこんなところです」

ラジアンは、黒板から顔を上げ、一同を見回しながらそう告げた。


「いずれも曲者揃いだね…」

サシャは、龍心会の中枢メンバーの顔ぶれに、思わずといった様子で口にした。


「そうじゃな…じゃが、極天のランプを奴らの手の中に収めさせておくわけにはいかぬのじゃ…」

トルティヤは、極天のランプを奪取することを第一に考えていた。


「うん!トルティヤのいう通りだよぉ!」

アリアもトルティヤの考えに賛同する。


「その…極天のランプ?とやらは、お前たちに譲る。ただ、これはあくまでドラゴニア王国を元に戻す戦いだ。それだけは分かって欲しい」

ラジアンは、サシャたちの顔を真っ直ぐに見つめ、その瞳には強い決意が宿っていた。


「大丈夫じゃ。分かっておる」

それに対し、トルティヤは、ラジアンの真剣な眼差しを真っ直ぐに受け止め、自信に満ちた表情で応じた。

すると、側で沈黙を貫いていたヘレンが、ふいに口を開いた。


「血気盛んなのはいいが、私とヒュウナ、そして店には迷惑をかけるんじゃないよ」


「迷惑はかけん。それに彼らは皆強い。なんたってワシが鍛えたからな!」

ラウ老師は、ヘレンの言葉に、胸を張るように自慢げに語りかけた。


「まったく…アンタには敵わないよ」

ヘレンは、ラウ老師の言葉に、呆れたような表情を浮かべながらも、どこか諦めを含んだ声で返した。

そして、一度言葉を区切ると、何かを思い出したように続けて口を開いた。


「そういえば、関係がない話かもしれないけど、カベルタウンで遺跡が発見されたとかなんとか客の冒険者が言っていたよ。アンタら冒険者だろ?情報収集のついでに行ってみたらいいんじゃないかい?」

ヘレンは客から聞いた新たな遺跡に関する情報を話す。


「遺跡…か」

トルティヤは、ヘレンの口から出た「遺跡」という言葉に、鋭く反応した。


「せっかくだから行ってみようよ!町で龍心会の情報を手に入れられるかもしれないし」

精神世界からその話を聞いていたサシャが、新たな可能性に胸を膨らませ、提案した。


「そうじゃな。それに、龍心会の耳に届いておったら奴らも遺跡を探索しにくるかもしれぬしな」

トルティヤは、遺跡の情報を龍心会が掴んでいる可能性を考慮し、彼らとの接触も視野に入れていた。


「一理あるな。このままここにいても仕方ないしな」

リュウもまた、その提案に賛同するかのように、力強く頷いた。


「いいね!僕、ドラゴニアの国を探索してみたいよぉ!」

アリアも、新しい場所への探索に胸を躍らせているようだった。


「カベルタウンは国の東側にあります。なので、遺跡探索ついでに東部で情報収集をお願いしてもいいですか?」

ラジアンは、トルティヤの意向を汲み取るように、確認の質問を投げかけた。


「ついでじゃ。よかろう」

トルティヤは、その申し出を迷うことなく快諾した。


「決まりじゃな…ワシは西部で情報収集をしてくる。知り合いが多いからな。ラジアン、お前はバンカーの防衛とシュリツァで情報収集を頼む」

ラウ老師は、自ら西部での情報収集役を買って出た。

そして、このバンカーの防衛とシュリツァでの情報収集という重要な役目を、ラジアンに託した。


「了解です…!」

ラジアンはラウ老師を見つめると強く頷いた。


「決まりじゃな…だが、今日はもう夜じゃ。行動は明日からにするのじゃ」

トルティヤは、全員の顔を見回し、力強く号令をかけた。


「そうだな。今日のところはゆっくり休もう」

トルティヤの提案に全員が頷く。


「それなら、サンドイッチでも作ってこようかしらね。お腹空いてるだろ?」

ヘレンが食事の提供を申し出る。


「あ!僕も手伝うよぉ!」

アリアが手伝いに名をあげた。


こうして、サシャ達は翌日の行動開始に向けてバンカーで休息を取ることになった。


-ドラゴニア王国の中枢、議会議事堂前-

その巨大な建物の正面には、これまでの王家の紋章に代わり、龍心会の赤と水色の旗が堂々と翻っていた。

旗の下では、真新しい甲冑に身を包んだ龍心会の兵士たちが、厳重な警戒態勢で巡回している。

そして、議事堂の中央議場では、無数の熱狂的な視線が注がれる中、アルタイルが高壇の上で演説を開始していた。


「親愛なる龍心会の同志よ!!革命は成った!!ドラゴニアは龍心会の完全支配下となった!!」

議場を埋め尽くす何百人もの龍心会のメンバーを前に、アルタイルは堂々とした声で革命の成功を告げた。


「「龍心会バンザイ!龍心会バンザイ!龍心会バンザイ!」」

アルタイルの言葉に呼応するかのように、メンバーたちは一斉に腕を突き上げ、地鳴りのような歓声をあげた。


「この国はより強く…、より誇り高き国へと生まれ変わる!今回の革命、そのために払われた犠牲、そして他種族への厳格な対応は、すべてがこの再生のために不可欠な礎である! かつて、ベクティアル前国王は、80年前の後継戦争で、この国の未来を憂うザクトゥス第一王子を武力で排し、王位に就いた。しかし、彼が行った政策はどうだったか?他種族を優遇し、徴兵制度を廃止し、安易な多民族共生を推進するなど、愚策の限りを尽くした! その結果が、今この目の前にある現実だ! 他種族が我が物顔で国中を跋扈(ばっこ)し、特に人間どもは、ドラゴニアの土地を貪るように買い漁り、陰からこの国を支配しようと画策していたではないか! 徴兵の廃止によって、国を守る兵士は激減し、今やドラゴニアの軍事力は、大陸中で最下位を争うほどにまで衰退した。兵士の質もまた、目を覆うばかりに低下し、我々の方がはるかに少数だったにもかかわらず、国王一人守りきれず、首都をあっけなく陥落させてしまうほどに貧弱だった! さらに、ベクティアル前国王は、他種族に参政権を与え、軍への入隊まで許可しようと企んでいた!もし、そのような事態になっていれば、ドラゴニア王国はもはやドラゴニアのための国家ではなくなっていたであろう! それでも、この国の民は平和に溺れ、我々の再三にわたる訴えも、活動も、一切合切無視し続けた。私自らベクティアル前国王に直談判しても、彼は最後まで我々の声に耳を傾けることはなかった…。だからこそ、私は…、我々は、立ち上がったのだ!ベクティアル前国王が作り出したこの堕落した時代を否定し、かつて世界から畏れられた強大なドラゴニア王国を再建する! 今日は、その新たな歴史を刻む記念すべき日だ。皆よ、新生ドラゴニア王国のために、私に力を貸してくれるか!?」

アルタイルは、自身の信念と未来への展望を力強く語り終えると、集まっている龍心会のメンバー一人ひとりに、熱い視線を向けた。


「もちろんだとも!!」


「アルタイル様に我々はついていきます!!」


「新たなドラゴニア王国の誕生を祝おう!!」

アルタイルの問いかけに対し、龍心会のメンバーたちは、一斉に力強く頷き、会場全体を揺るがすほどの大きな声で応じた。


「皆、感謝する。では、我々は本日からこの国を…「新生ドラゴニア王国」とする!!そして、私が新生ドラゴニア王国の王を名乗る!!」

そして、アルタイルは、自らの揺るぎない決意を込めて、新生ドラゴニア王国の誕生と、自らがその王となることを高らかに宣言した。


「わーーーーー!!!!!!」

その宣言に、会場の熱気は最高潮に達し、割れんばかりの拍手喝采と歓声が巻き起こった。

新たな時代への期待が、議事堂全体を包み込んでいる。


「諸君らが新たなるドラゴニア王国の発展の力となってくれることを私は願っている…以上だ」

そして、アルタイルは演説を終えると、高壇から静かに一礼し、熱狂的な拍手喝采が鳴り響く議事堂を後にした。


「ふぅ…」

議事堂の喧騒から離れ、控室へと続く静かな廊下に出たアルタイルは、張り詰めていた気を緩めるかのように、深く安堵の息を漏らした。


「アルタイル様、お疲れ様でした。見事な演説でした…」

すぐさまベガがアルタイルの側に駆け寄り、ねぎらいの言葉をかけながら、瓶に入った水を差し出した。


「ありがとう。ここからが大忙しだ…やることは山のようにある。極天のランプは例の場所に?」

アルタイルは、ベガから水を受け取ると、多忙な日々を予感させるように問いかけた。


「はい。24時間体制で5名の兵士をつけ、部隊長もしくは幹部以上の者が必ず一人見張りにつくように手配いたします。もちろん、私も例外ではありません。極天のランプは我が国の最終兵器にして切り札。しっかりとお守りいたします」

ベガは、一切の抜かりがないことを示すかのように、極天のランプの厳重な保管体制について詳細に説明した。


「うむ。しっかりと頼むぞ…」

廊下を進んでいくと、控室の前に、見慣れた青髪のドラゴニアが、気怠げに寄りかかっているのが見えた。


「よっ、アルちゃん」

彼女は、艶やかな黒い翼を背に、白いロングコートを纏い、棒付きのキャンディを口元で楽しそうに舐めていた。


「スピカ…戻っていたのか」

アルタイルは、その女性ドラゴニアの名を、親しみを込めて呼んだ。


「あぁ。仰せの通り、東部は完全に龍心会の支配下においたよ」

スピカと呼ばれたドラゴニアは懐から棒付きのキャンディをアルタイルに手渡す。


「いや、大丈夫だ」

アルタイルはくすっと笑うと遠慮がちに言葉を返した。


「相変わらずだね…ま、アルちゃんのそういうところ私は好きだけどさ」

スピカは、屈託のない笑顔を浮かべながら、アルタイルに言葉を返した。

そして、立て続けに口を開いた。


「じゃあ、私はレグルス達に顔出してくるよ。またあとでね!」

スピカは小さくウィンクすると廊下の奥へと消えた。

すると、入れ替わるように、一人の若いドラゴニア兵士が、息を切らしながらアルタイルの前に駆け寄った。


「アルタイル国王…国王にお会いしたいという者がいらっしゃいます」


「私に?一体誰だ…」

アルタイルは、予想外の来客に、わずかに眉をひそめ、怪訝な表情を浮かべた。


「アルタイル様…私が先に、その客人にご用件をお伺いしてきましょう…」

ベガは、アルタイルを慮るように、先に客人の元へと向かおうと一歩踏み出した。

その時、廊下の奥から下駄の音が響く。


「夕焼け小焼けの高原に~」

同時に童謡である「夕焼けの高原」を口ずさむ声が聞こえる。

そして、廊下の奥から、影が伸びるかのように、紺色の着流しを纏った一人の老ドラゴニアが姿を現した。

その表情は、不気味なほどに感情を読ませず、腰には古めかしい打刀が携えられていた。

その佇まいからは、並々ならぬ気配が漂っている。


「何者だ!?」

ベガは、その異様な気配に反応し、反射的に得物のメイスを構えた。


「こ、この人です!国王にお会いしたいという人物は…待っててくださいと言ったのに…」

若いドラゴニア兵士は、男の登場に怯えたように、その人物を震える指で指し示した。

すると、老ドラゴニアは、若い兵士の肩にそっと手を置き、労わるかのように優しく叩いた。


「若いの。道案内、感謝する…」

そして、周囲の警戒をものともせず、堂々とした足取りでアルタイルの元へとゆっくりと歩み寄った。


「…(この老人。ただ者じゃない。一体何者だ?)」

ベガは、男の異様な気配に、警戒心を一層強めた。

すると、背後に控えていたアルタイルが、老ドラゴニアの顔をじっと見つめ、確信するような口調で問いかけた。


「もしかしてアナタは…カーン将軍ですか?」

アルタイルは老ドラゴニアに尋ねる。


「ほう。小生のことを知っておったか…」

カーンと呼ばれた老ドラゴニアは、アルタイルの言葉に、口元に不敵な笑みを浮かべた。


「はい。かつて後継戦争でザクトゥス第一王子に付き、古今無双の活躍をした伝説の将軍ですから。今は隠居したと聞いておりましたが…?」

アルタイルの瞳には、伝説の将軍を前にした、深い興味と期待の光が宿っていた。


「さすがは、ザクトゥス王子の思想を継ぐ者だ。小生が見込んだだけある。して、国王に少し話があるのだが…」

カーンは、アルタイルの言葉を受け、本題を切り出そうと口を開いた。

しかし、ベガは、その話を遮るかのように、二人の間に割って入った。


「お引き取り願おう。元将軍であろうと事前連絡もなしにアルタイル様に会おうとするなど言語道断」

ベガは、迷いなくメイスの先端をカーンの喉元へと突き付けた。


「ベガ、やめろ。話くらいは…」

アルタイルがベガにやめるように話す。


「いいえ。少しでもアルタイル様に危害が及ぶ可能性がある者は排除させていただきます…それが…元将軍であろうとも!」

ベガは、アルタイルへの忠誠心から、寸鉄の躊躇もなく、素早い動きでカーンに肉薄し、メイスを振り下ろした。


「ふっ…青いねぇ」

するとカーンは、まるで幻影のようにその場からぬるりと消え去った。

ベガのメイスは空を切り、空虚な音を立てていた。


「なにっ?」

ベガは、突然のカーンの消失に、驚きに目を見開き、慌てて周囲を見渡した。

カーンの気配はまるで亡霊のように消えていた。


「一体どこに…」

そうベガが口にした瞬間、冷たい刃が、彼の首元にぴたりと当てられていた。


「…まずは一人」

カーンの顔には、獲物を追い詰めた死神のような、冷酷な笑みが浮かんでいた。


「くっ…アルタイル様お逃げください…」

ベガの額には、冷たい汗が伝い、その顔には焦りの色が濃く浮かんだ。


「なんてな…安心せい。何も国王を殺しに来たんじゃない…」

カーンがにやりと笑うと、素早く刃を首元から離し、そう告げてアルタイルの前に立つ。

そして、何の躊躇もなく、アルタイルの前に片膝を突き、深々と頭を下げた。


「カーン将軍、何を!?」

カーンの突然の行動に、アルタイルは驚きを隠せないでいた。


「アルタイル国王…あなたにザクトゥス王子の面影を感じた。この老いぼれでよければ、力になりたく…」

カーンは、静かな、しかし確かな声で、自らの忠誠を誓う言葉を口にした。


「え?」

ベガと若いドラゴニア兵士は、予想外の展開に目を丸くし、その場の空気に一瞬、沈黙が落ちた。

そして、少ししてアルタイルが口を開く。


「…分かりました。もう少し詳しいお話をお伺いしても?」

アルタイルは、その言葉を受け止めると、跪くカーンの目線に合わせるように、静かにしゃがみ込んだ。


「はっ…ありがとうございます」

カーンは、アルタイルの言葉に、深く頭を下げ、その申し出を喜んだ。


「応接室に行きましょう…すぐ近くです」

こうして、アルタイルは、ベガとカーンを伴い、近くにある応接室へと足を踏み入れた。


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