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第9章:追走

「よくも騙したな…」

サシャはシルヴァに対して怒りを露わにする。


「ふん。裏稼業の邪魔をしなければよかっただけの話だ」

シルヴァはそう呟くと、掌を前に向け、呪文を唱えた。


「屍魔法-奈落よりの蘇生(アビスオブリボーン)-」

詠唱に応じ、鉱山の地面が蠢き始め、次々と黒く腐敗した手が突き出てくる。

そして、無数のアンデッドが、泥の中から這い上がってきた。


アンデッドたちは、腐敗した肉体を揺らし、千切れかけた衣服を纏い、生ける者を求めるように涎を垂らしてサシャたちに迫りくる。

その目は、かつて宿していたであろう光を失い、ただ飢餓感だけが宿った、濁った瞳で二人を捉えていた。


「数が多い!」

その数はざっと見渡しただけでも数十体はいる。

一体一体の動きは緩慢だが、その数が圧倒的だった。


「くそっ、囲まれた!」

サシャは顔に焦燥の色を滲ませる。

アンデッドたちは、まるで獲物を前にした飢えた獣の群れのように、

うなり声を上げながらサシャたちを取り囲もうとしていた。


「この数じゃ、トロッコに近づくことすら難しい…!」

リュウもまた、冷静さを保ちながらも、この状況の不利さを悟り、焦りを募らせていた。


「お前ら雑魚ごとき、これで十分だろう」

シルヴァは嘲笑を浮かべながら、悠然と大型トロッコに乗り込んだ。

そして、トロッコは軋む音を立て、ゆっくりと動き出す。


「あいつ逃げる気だ!」


「くそっ!待て!」

サシャは叫びながら、トロッコを追おうとする。


だが、大型トロッコへと続く線路は、無数のアンデッドによって完全に塞がれていた。


「くそっ…!こんなところで」

サシャとリュウが諦めて武器を抜こうとした時だった。


「ズゴーン!」

前方にいたアンデッドたちが、突如として炸裂した白いエネルギー弾によって、まとめて吹き飛ばされる。

腐敗した肉片が飛び散り、周囲に腐敗臭が漂った。


「いけ!…シルヴァを…追え!!」

片膝をついたアイアンホースが、右手に握ったピストルを構え、苦痛に顔を歪めながらも、絞り出すような声で叫ぶ。

腹部からはとめどなく血が流れていた。


「けど…」

アイアンホースの怪我の状況を見たサシャは躊躇する。

それを察したアイアンホースが叫ぶ。


「俺は…平気だ!ここは任せて行くんだ!」

アイアンホースの気迫に、サシャとリュウは一瞬躊躇するが、すぐに迷いを断ち切った。


「行こう!」

リュウとサシャは、動き始めた大型トロッコの最後尾に飛び乗った。

ゴトゴトと車輪がレールを叩く音を立てて、大型トロッコは坑道を進む。


「シルヴァはこの先だ」

サシャとリュウは、先頭車両を目指して移動する。

トロッコの激しい揺れが二人の足元を不安定にさせる。

そして、中央の車両に進むと、そこにシルヴァが待ち構えていた。


「ほぉ。あのアンデッドの中を突破するなんて凄いじゃないか」

シルヴァは、驚いたような表情を見せる。


「どうして…!あなたは警備隊の隊長なんじゃ。市民を守るはずの立場では?」

サシャは、シルヴァの信じられない行動を非難する。


「簡単な話だ。金が欲しいんだよ。金がなければ…何もできない。何も救えない。俺はそれを知っている。だから…金がいるんだよ!あってもあっても困らないくらいの…金がなっ!!」

シルヴァは狂気に染まった笑みを浮かべ、右手を高々と掲げた。


「屍魔法-奈落よりの降臨(アビスオブアドベント)-」

彼の言葉に応じ、足元に黒い魔法陣が浮かび上がる。

禍々しい光が収束し、その中から異形のアンデッドが2体、姿を現した。


「…」

片方は、黒い袈裟を身にまとい、顔を深く覆う天蓋を被り、先端に水晶の装飾が施された鉄製の錫杖を持ったアンデッド。

もう片方のアンデッドは、異様に発達した筋肉質な巨体を持ち、つぎはぎだらけの皮膚には無数の縫い跡が走り、顔には鉄製の面をつけ、手には鋭い棘が無数に付いた巨大な金棒を握っていた。


「うっ…」

異様な雰囲気を纏う二体のアンデッドに、サシャとリュウは思わず身構える。


「こいつらはさっきのアンデッドとはレベルが違う。ま、せいぜい頑張るこったな」

シルヴァはそう言い残し、前方車両へと走り去っていった。


「待て!」

リュウがシルヴァを追おうとするが、巨体の金棒を持ったアンデッドが、凄まじい勢いでリュウに金棒を振り下ろす。


「ちっ…」

リュウは咄嗟に身を屈めて回避する。金棒が通過した場所には、強烈な風圧が残った。


「やるしかない」

リュウとサシャは覚悟を決め、それぞれの武器を構えた。


「(このアンデッド達…今までのアンデッドと違うのぉ。特に天蓋を被っている方…あれは黎英(れいえい)の大司教のみが着用を許されるもの。となると…)」

トルティヤは精神世界から、その異様な光景を注視していた。


「うぉぉぉ!」

リュウは、唸り声を上げながら、金棒のアンデッドに斬りかかる。

その刀身がアンデッドの巨体に迫る。


「…」

しかし、アンデッドは、その巨大な金棒でいとも容易く刀を受け止めてしまった。

金属がぶつかり合い、鋭い音が響く。


「お前の相手はこっちだ!」

サシャは、隙を突いて天蓋を被ったアンデッドに素早く距離を詰め、双剣を突き出した。


「…」

サシャの双剣は、抵抗らしい抵抗もなく、アンデッドの腹部を深く引き裂いた。


「手応えありだ!」

しかし、アンデッドは倒れない。

それどころか、先程引き裂かれたはずの傷口が、みるみるうちに塞がっていく。


「再生した!?」

信じられない光景に、サシャは驚愕し、再び双剣を構え直す。


「(再生が早い…!こりゃ相当に魔力が込められておるのぉ)」

トルティヤは、天蓋のアンデッドの驚異的な再生能力に舌を巻く。


すると、アンデッドはゆっくりと錫杖を構え、先端を床に向けた。

そして、錫杖の先から、無数の鋭利な氷の矢が、まるで雨のように放たれた。


「っ!」

あまりの速さに、サシャは反応が一瞬遅れるが、辛うじて身を翻し、氷の矢を回避する。

氷の矢は、床に深々と突き刺さり、冷気を放っていた。


「氷魔法か…厄介じゃの」

トルティヤは、その魔法の特性に警戒の色を強める。


「くっ!」

その頃、リュウは金棒のアンデッドの猛攻に、防戦一方となっていた。


「(なんていう馬鹿力なんだ)」

リュウは、迫りくる金棒を必死にいなすが、その破壊的な力はリュウの想像を遥かに超えていた。


「リュウ。このままじゃヤバイ」

サシャは、リュウの苦戦を見て、背中合わせになるように声をかけた。


「そうだな…何か打開策は…?」

リュウもまた、現状を打破する手段を見つけられずにいた。

そうこうしているうちに、天蓋のアンデッドが再び錫杖を構え、氷の矢が二人目掛けて飛んでくる。


「…残念ながら思いつかないな」

リュウは、迫りくる氷の矢を辛うじて回避しながら呟く。

しかし、間髪入れずに金棒を持ったアンデッドが向かってくる。

巨大な金棒が、二人に向けて振り下ろされる。


「危ない!」

二人は咄嗟に別々の方向に跳躍して回避する。


「ガキィィィン!!!!」

すると、振り下ろされた巨大な金棒が、トロッコの車両と車両を繋ぐ連結部に激突した。

けたたましい金属音が鉱山内に轟き、連結部は火花を散らしながら大きく歪み、トロッコ全体が激しく揺れた。


「うわっ」

激しい揺れに、二人は体勢を崩し、足元がぐらつく。

そして、トロッコの連結部が、火花を散らしながら完全に砕け散ってしまう。


「これはマズい!」

リュウと金棒のアンデッドは、後方車両に取り残されてしまった。


「リュウ!」

サシャは、切り離されていく車両に向かって叫ぶが、あまりの速さに打つ手がない。


「俺は大丈夫だ!そっちは任せたぞ」

切り離された後方車両は、そのまま暗闇の中へと消えていった。


「…やるしかない」

サシャは、一人残された車両で、天蓋を被ったアンデッドと再び対峙する。


「…」

再び、アンデッドはゆっくりと錫杖を床に突き立てた。

すると、今度は先程の氷の矢よりも巨大な氷塊が、サシャに向かって放たれた。


「食らわないよ!」

サシャは、迫りくる氷塊を冷静に見極め、両手に魔力を集中させて放つ魔法で相殺する。

直後、アンデッドは、ゆっくりとした足取りでサシャのもとへと近づいてくる。


「(なにかやばい!)受けるな!かわすのじゃ!」

トルティヤが、サシャの脳内に直接響くような、強い警告を発した。


「なんだよ急に…」

サシャは、言われた通りに咄嗟に回避する。

すると、目の前で、アンデッドのゆっくりと伸びてきた右手が空を切った。

その右手は、不気味な紫色のオーラを微かに纏っていた。


「なんだよ…アレ…」

サシャは、その異様なオーラに息を呑む。


「アレは吸収魔法じゃ。これまた厄介なものを…」

吸収魔法。

それは、触れた生命体の魔力を吸い取る魔法。

シンプルな魔法だが、相手の魔力を吸収し、自らの魔力に還元できる強力な魔法だ。


「いいか?奴の右手には絶対に触れてはならぬぞ。魔力を持っていかれるのじゃ…」

トルティヤが、改めてサシャに強く警告する。


「わ、わかった」

サシャは、警戒しながら再び双剣を構える。


「(とはいえ、魔法解除じゃ敵の攻撃を無力化するだけだし、双剣の攻撃は再生能力を持つこのアンデッドには決定打にならない…)」

正直、打つ手がないとサシャは思っていた。

そんな時、トルティヤがサシャに問いかける。


「そういえば、お主のその曲芸に魔力解除を付与できぬのか?」


「えーっと、それってつまり武器に俺の魔力を付与するってこと?」

サシャが確認するように尋ねる。


「そうじゃ。魔力を放出して武器に纏わせる。すると、使用者の使用魔法に応じて様々な効果が付与されるはずじゃ。やれんのか?」

トルティヤが、試すように呟く。


「いやぁ…そんなことやったとこないよ」

サシャは、自信なさげに言葉を返す。


「なに。簡単じゃ。集中して持っている武器に魔力を送り込むようなイメージをする。それだけじゃ」

トルティヤは、いかにも「簡単」と言わんばかりに説明する。


「そんな簡単にできるわけが…」


「できる!!」

トルティヤはきっぱりとした口調で呟く。


「(まったく…もう…)」

サシャは内心で呆れつつも、トルティヤの言葉に背中を押された。


「くそっ…分かった!やってやるよ!」

サシャは、覚悟を決め、意識を集中させた。


「(魔力を…双剣に…纏わせる…)」

サシャは両手に握られた双剣へとゆっくりと魔力を浸透させていくイメージを強く思い描いた。

すると、本当に双剣に何かが流れ込んでいくような、不思議な感覚を覚えた。


「(この感じなのか?分からないけど試してみるしかない)」


「…!」

アンデッドは、再び錫杖を床に突き立てた。

今度は、氷でできた円形状の刃を飛ばす。


「はっ!」

サシャは、魔力を帯びた双剣で、迫りくる氷の刃を次々と叩き切る。

魔力が宿った双剣は、まるで熱いナイフでバターを切るように、容易く氷の槍を両断した。


「おりゃあっ!」

その勢いのまま、サシャはアンデッドに向かって突進する。


「これで…どうだっ!」

サシャの斬撃は、アンデッドが持つ錫杖ごと、その腕を切り落とした。

錫杖と腕が床に落ち、鈍い音を立てる。


「(どうだ…?)」

サシャは、息を飲み、アンデッドの様子を注視する。

しかし、切り落とされたアンデッドの腕は、ピクリとも動かず、

再生する様子はない。


「(ふむ…予想通りじゃな)」

トルティヤは、自身の立てた仮説が正しかったことを確信する。

魔法解除の魔法を双剣に付与することで、敵の再生能力を打ち消したのだ。


「よし!このままその曲芸でやってしまえ!」

トルティヤが、サシャに活を入れるように声をかける。


「(よし!この調子で畳みかける!)」

サシャは、間髪入れずに双剣を再び振るう。

アンデッドは、失った右腕の代わりに、残された左腕を伸ばし、掌から紫色のオーラを放出して魔力を吸収しようとする。

しかし、魔法解除の効果を帯びたサシャの剣の前には、その力も無力だった。


「これで…おしまいだ!」

サシャの双剣による渾身の一撃は、アンデッドの左腕ごと胴体を両断した。


「…」

アンデッドの胴体が、重たい音を立てて床に落ちる。しかし、再生の兆候は見られなかった。


「やった!」

サシャは、強敵であったアンデッドに勝利した。

だが、同時に、彼の視界がグラつき始める。


「あれ?…なんかフラフラ…する」

そのまま、サシャは地面に膝をつき、倒れ込んだ。


「なんか…急に疲れた…」

精神世界で、サシャは疲労困憊の様子でトルティヤに呟く。


「魔力放出の反動じゃな…まったく世話が焼ける。鍛錬が足らんのじゃ」

トルティヤは、呆れた表情で小さく呟いた。


「けど、休んでいる場合じゃ」

サシャは、立ち上がろうと力を込めるが、体が鉛のように重く、思うように動かない。


「無駄じゃ。お主はしばらく動けんじゃろう…仕方ない。ワシがやる。代わりに…あとで豚そばを奢るのじゃ」

トルティヤは、少し笑いながら、サシャに提案する。


「…ま、今はそうするしかないよな。分かったよ。帰ったら豚そばを好きなだけ奢るよ」

トルティヤはサシャの肩を叩く。

すると、サシャの髪色と瞳の色が、一瞬にしてトルティヤのものへと変わった。


「ふむ…小僧は思ったより疲労困憊のようじゃな。しかし、今はそんなこと気にしてはおられん」

トルティヤは、冷たい笑みを浮かべながら、前方車両へと歩き出した。


その頃、リュウは、連結が外れた後方車両で、依然として金棒のアンデッドと対峙していた。


「はっ!」

アンデッドが振り下ろす巨大な金棒の攻撃を、紙一重で回避し、反撃の機会を窺う。


「(くそっ…!デカいのに動きが速い!)」

アンデッドは、その見た目からは想像できないほど俊敏な動きで、巨大な金棒を縦横無尽に振り回す。


「…!! 」

アンデッドが、再び凄まじい勢いで金棒を振り下ろす。

リュウは、それを軽やかに回避すると、今度こそ好機とばかりに、研ぎ澄まされた刀をアンデッドの喉元へ突き入れた。


「ザクッ!」

刀が肉を貫く、確かな手応えがあった。

しかし、次の瞬間には、傷口が塞がり始め、

まるで何事もなかったかのように再生してしまう。


「くそっ…!攻撃が全く通じない!」

リュウは、焦りの色を濃くする。

アンデッドは、そんなリュウを嘲笑うかのように、構わず金棒を振り下ろす。


「はっ…!」

リュウは、辛うじてそれを回避する。

その時、トロッコがゆっくりと停車した。


「トロッコが止まった?…とにかく、この狭い場所で戦うのは不利だ」

停止したトロッコから素早く飛び降りると、そこは広大な採掘場の跡地だった。

周囲に遮蔽物は少ないが、トロッコの上にいるよりは、まだ戦いやすい。


「(とにかく、使えそうな物がないか見てみよう)」

リュウは、採掘場跡地を駆け回りながら、周囲を見渡した。

アンデッドもまた、巨大な金棒を地面に引きずりながら、ゆっくりとリュウを追う。

だが、周囲を見渡しても、現実は無情だった。


「(んー、これといって使えそうな物がないな…)」

辺りを見回すが、武器になりそうな岩や道具は見当たらない。


その時、背後から、地響きのような足音と共に、アンデッドが勢い良く迫り、巨大な金棒を振り下ろした。


「はっ!」

リュウは、辛うじてそれを回避するが、金棒が地面に激突し、砕けた地面の破片が飛び散り、そのうちの一つがリュウの頬をかすめた。


「くそっ!」

鋭い痛みが走り、頬を切り裂かれた感触が伝わる。

頬から、じわりと血が滲み出す。


「(なんて破壊力なんだ…)」

そう思いつつ、リュウは、頬の傷に構わず、奥へ奥へと駆ける。


「…」

アンデッドは、まるで獲物を追いかける獣のように、執拗にリュウを追い続ける。

その間にも、リュウの体には、以前イゾウに付けられた古傷が、激しい動きによって再び開き始めていた。


「くそっ…!こんな時に…!」

古傷の痛みが、リュウの動きを一瞬鈍らせる。

それが致命的な隙となってしまった。


「…」

その刹那、アンデッドの渾身のフルスイングが、避けきれずリュウの体を捉えた。


「ぐぁぁぁぁあ!!」

鈍い衝撃と共に、強烈な痛みが全身を駆け巡る。

その一撃はリュウを激しく吹き飛ばし、背後の岩壁に叩きつけた。


「ぐはっ…!」

叩きつけられた衝撃で、古傷が更に開き、口から鮮血が溢れ出す。


「(咄嗟に腕を入れたが…肋骨も何本かやられたな…)」

リュウは、自分が絶体絶命の状況に追い詰められていることを悟り、冷や汗が背中を伝う。


「…」

アンデッドは、ゆっくりと、しかし確実にリュウに近づいてくる。

その動きは、まるで獲物を前にして、最後の止めを刺そうとする猛獣のようだった。


「(もはや「アレ」を使うしかないのか…?)」

リュウは、自身の奥底に眠る強大な力を使うべきかどうか、激しく葛藤していた。


-5年前 魏膳(ぎぜん) 周薩(すさつ)にて-


稽古場で、リュウは師であるヒルコと向き合っていた。


「いいですか?リュウ。あなたには強力な力があります」

師匠であるヒルコは、静かに、しかし力強くリュウに語りかける。


「あなたの家に代々伝わる力…蒼血(そうけつ)です」


「はい。存じています」


「ですが、あなたは、その力を制御できない。以前、暴走した時は私が抑えましたが、毎回、それができるとも限りません」

ヒルコは、神妙な面持ちで、憂いを帯びた声で言う。


「はい…」

リュウは、俯きながら答える。

過去の暴走の記憶が鮮明に蘇り、背筋を冷たい汗が伝う。


「そこで、私の魔法で蒼血(そうけつ)に簡易的な封印をかけます。ただし、これはあなた自身の意志に左右される封印です。もし、あなたが封印を拒んだ時、簡単に外れてしまいます」

ヒルコは、封印の性質について、詳しくリュウに説明する。


「…分かりました。師匠。お願いします」

リュウは、覚悟を決め、深く頭を垂れた。


「では、封印を…雪魔法-薄氷の誓い(はくひょうのちかい)-」

ヒルコが、指先でリュウの左腕にそっと触れると、淡い光が彼の腕に集まり、複雑な紋章が刻まれた。


「…これでいいでしょう。あとは、あなた次第です」

ヒルコは、どこか寂しげな、しかし優しい笑みを浮かべる。


「師匠…ありがとうございます」

リュウは、再びヒルコに深く頭を下げた。感謝の念と、これから自身が背負うであろう責任の重さを感じていた。


「あなたは、力を正しき方向に使おうとしている。その姿勢、忘れないでくださいね」

ヒルコは、リュウの目を真っ直ぐ見つめ、言い聞かせるように言った。


-現在-


「(今も制御できるか分からない。けど、やらないと死ぬ…!)」

リュウは、覚悟を決めた表情をする。


蒼血(そうけつ)の封印を…今、解く!」

リュウは、決意を込めて左腕を捲り上げ、そこに刻まれた紋章に触れた。


紋章は、内側から光を放ちながら、少しずつ、しかし確実に消えていく。

だが、完全に消えるまでには、まだ時間がかかる様子だった。


「(時間を稼がないと!)」

リュウは、最後の力を振り絞って立ち上がり、アンデッドから逃れるように走り出す。


そして、無我夢中で走っているうちに、リュウは崖淵に追い詰められた。

背後には切り立った崖が迫り、その下は底の見えない奈落へと続いている。

逃げ場は、もうどこにもなかった。


「…」

アンデッドは、ゆっくりと、しかし着実に歩み寄り、巨大な金棒を振り上げた。


「はっ!」

古傷と先程受けた攻撃による激しい痛みに耐え、リュウは辛うじて体を横に滑らせて回避する。

金棒は、リュウが立っていた場所に激突し、岩盤を砕き、凄まじい轟音を立てた。


「(よし!紋章が消えた)」

先程まで、確かに左腕に存在していた紋章が、完全に消え去った。


「はぁぁぁぁぁっ!!!」

それを確認したリュウは、深く息を吸い込む。

肺が限界まで膨らみ、全身の細胞一つ一つに、今まで感じたことのない強大な力が漲っていく。

次の瞬間、リュウの体から、眩いばかりの蒼いオーラが、まるで炎のように激しく噴き出した。


「…」

アンデッドは、そんなリュウの変化に一切動じることなく、振り上げた金棒をそのまま振り下ろす。

攻撃が、確かにリュウに当たったように見えた。

しかし、金棒が直撃した場所に、リュウの姿はなかった。


「ここだ…」

リュウの声は、アンデッドの背後、その肩の上から聞こえた。


「…!」

アンデッドが、背に乗るリュウを振り払おうと巨体を捻るよりも早く、

リュウの刀が、まるで残像を残すほどの驚異的な速度で、アンデッドの首を跳ね飛ばした。


「ふんっ!」

そのまま、流れるような素早い剣捌きで、首を失ったアンデッドの胴体を、バラバラになるまで切り刻む。

その動きは、もはや人間の域を超えていた。


「(再生するならば、再生が追いつかないほどに刻めばいい…!)」

アンデッドの巨体は、瞬く間に無数の肉片へと変わり、地面に散乱した。


「…」

アンデッドは、切り刻まれた体の一部を繋ぎ合わせ、再生しようと蠢くが、

あまりにも細かく刻まれたため、その再生速度は著しく遅れている。


「これで終わりだ」

リュウは、ズタズタになったアンデッドが完全に再生する前に、

その体を力強く蹴り上げ、崖の淵から奈落の底へと突き落とした。


「…」

アンデッドの肉片は、まるで重い石のように、音もなく奈落の底へと落ちていった。


「勝った…」

リュウの体から、先程まで漲っていた力が、潮が引くように急速に抜けていく。

同時に、心臓が激しく脈打ち始める。

全身の筋肉が痙攣し、激痛が彼の体を襲った。


「くっ…!苦しい…!」

まるで制御不能な奔流が、彼の全身を駆け巡る。

それは、まるで肉体を内側から乗っ取られるような、恐ろしい感覚だった。


「(このままでは…!)」

リュウの意識は、徐々に遠のいていく。

その時、脳裏に、師であるヒルコの優しい言葉が鮮明に蘇った。


『あなたの力は、破壊のためではなく、人を守るために使いなさい』


「(そうだ…俺の剣術は、本来、人を守り、助けるもの…!)」

リュウは、師の言葉を心の支えに、必死に意識を繋ぎ止めようと、強く歯を食いしばる。


そして、心の奥底に眠る、本当の自分自身を呼び覚ますように、深く呼吸をした。


「うぉぉぉぉ!!!」

リュウは、喉の奥から絞り出すような激しい咆哮を上げた。

すると、彼の体から噴き出していた蒼いオーラが、まるで嘘のように消え去り、

激しく脈打っていた心臓の鼓動も、徐々に落ち着きを取り戻した。


「はぁ…はぁ…」

リュウは、荒い息を繰り返す。

全身の痛みは依然として残っているが、先程までの制御不能な感覚は消え去っていた。


「…サシャのところに行かないと」

リュウは、重い体を支え、立ち上がろうとした。

しかし、全身の傷が激しく痛み出し、彼の動きを阻む。

特に、以前イゾウに付けられた傷からは、再び鮮血が滲み出し始めていた。


「いや…少し…休むか…」

リュウは、近くの岩壁に寄りかかり、その場にゆっくりと座り込んだ。


「(…すまない、サシャ…少し、遅れそうだ…)」


こうして、サシャとリュウは、それぞれ強大な力を持つ二体のアンデッドを、辛くも撃破したのだった。

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