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第89章:新たなる支配者

「なんだ…あれは」

戦闘の最中、ラジアンは、シュリツァ上空で閃光を放ち爆発した黒い球体を見つめていた。


「どうやら、アルタイルが成功したらしいな」

街中で兵士たちと戦闘を続けていたレグルスは、空に浮かぶ漆黒の球体が爆発し、夕焼けを染め上げるのを見て、口元に不敵な笑みを浮かべた。


「成功だと?」

ラジアンは、レグルスの言葉に怪訝な表情を浮かべ、彼を鋭く見つめた。


「目的は達成した。これ以上、貴様と戦う道理はない…お前ら行くぞ」

レグルスは、そう言い放つと、共に戦っていた龍心会の仲間たちに声をかけた。

彼らは一斉に勢いをつけて空へ飛び立ち、急速にその姿を遠ざけていく。


「な、逃げるのか!」

ラジアンは、レグルスたちの突然の撤退に驚き、彼らを追いかけようと地を蹴った。


「しつこいぞ…引力魔法-引星牽縛(いんせいけんばく)-!」

だが、それよりも早く、レグルスが振り返りざまに透明な球体を放った。

透明な球体は、唸りを上げて近くの民家の壁に吸い付くように当たった。


「ぐぅぅぅぅ!!」

次の瞬間、強力な引力が発生し、ものすごい勢いでラジアンと周囲にいた兵士たちが、透明な球体に吸い寄せられていく。


「お前はそこでドラゴニア王国の新たなる夜明けを見ているといい」

レグルスは、背を向けたまま捨て台詞のようにそう告げると、そのまま大空と姿を消していった。


「(くそ…知ってはいたが、凡人の俺ではレグルスには…ちくしょう)」

ラジアンは、壁に吸い付けられたまま歯を食いしばり、悔しそうな表情で遠ざかるレグルスの背中を見つめることしかできなかった。


一方で、シュリツァの中央広場では、王宮からの爆炎の余波が広がり、混乱が続いていた。

焦げた匂いが風に乗って漂い、人々の不安を煽る。


「お前達!この通り、ベクティアル国王は、このアルタイルが討ち取った!よって、今日からドラゴニア王国は我々、龍心会の支配下となる!!」

アルタイルは、広場の中央に立つ初代国王の巨大な像の、槍の先端部分にベクティアル国王の首を突き刺し、無残なさらし首にした。

アルタイルは、その国王の首を指し示しながら、集まった民衆に向かって、龍心会による支配を高らかに宣言した。


「ふざけるな!!」


「そんな横暴許せるか!」


「国王様をよくも!!」

集まってきた民衆は、国王の無残な姿と、アルタイルの高圧的な宣言に激しく反発した。

アルタイルを非難する怒声が、広場中に響き渡る。

中には、地面に拳を叩きつけ、悔しさを露わにする者もいた。


「黙れ!!!」

アルタイルが大きな声で民衆に一喝する。

その時、アルタイルの横に二人のドラゴニアが降り立った。


「アルタイル様…お見事です」

丸縁の眼鏡をかけ、どこか気弱そうな印象を与える女性ドラゴニアが降り立つ。


「アルタイル様。遂に…悲願がかなったのですね」

頭を丸刈りにし、銀色の翼を持つドラゴニアが降り立った。


「ミモザ、ベガ。終わったぞ…そっちは?」

アルタイルは、降り立ってきた二人に尋ねる。


「はい。アルタイル様。西部地方にいた部隊の隊長達は討ち取り、主要都市は制圧しております」

ベガと呼ばれたスキンヘッドのドラゴニアは、粛々とアルタイルに報告した。


「王宮に巨大な爆弾を設置しました。もう少ししたら爆発するはずです」

ミモザと呼ばれた眼鏡をかけたドラゴニアは、淡々とした口調でアルタイルに報告した。


「うむ…二人ともご苦労であった(あとは東部を制圧しにいったスピカだけか…)」

アルタイルは二人を労うように言葉を口にした。その時、広場の一角から、数十人のドラゴニアが民衆をかき分けて三人の前に現れた。

彼らの手には、農作業に使う鎌や、錆びついた古い剣、そして粗雑な斧が握られていた。


「もう我慢できない…お前らは俺が討ち取る!」


「国王様の仇だ」


「龍心会の好きにさせてなるものか!」

武器を持ったドラゴニア達は、怒りに満ちた眼差しをアルタイルたち三人に向けた。


「…我らに剣を向けるか?」

アルタイルは、彼らの挑発を受け、手にした剣を構え、迎え撃つ姿勢を見せた。

だが、その前にベガとミモザが立ちふさがった。


「こんな連中、アルタイル様の手を煩わせるまでもございません」

ベガの片手には、一本の棒状の武器である「メイス」が握られていた。

そのメイスは、彼の巨体に釣り合うほど重厚だ。


「私たちにお任せください…」

ミモザは、眼鏡のブリッジをくいっと上にあげると、何かしらの武術の構えを見せた。

その細身からは想像できないほどの気迫が放たれている。


「生意気な…かかれ!!逆賊を殺せ!」

武器を持ったドラゴニアたちが、怒号と共に二人に向かって走り出した。


「愚かな…」

ベガは、そう冷たく言葉を漏らすと、その巨体からは想像できないほどの素早い動きで、一人の男の前にあっという間に現れた。


「え、はやっ…」

突然目の前に現れたベガに、男は慌てて手にした斧を振りかざそうとした。

だが、彼の動きは既に遅い。


「我々に刃向かったこと…あの世で後悔するといい」

ベガは手にしたメイスを男の頭に容赦なく振り下ろした。


「バキバキ」

鈍い音と共に、男の角と頭蓋骨が砕ける音が響き渡った。


「がぁっ…」

男は、その凄まじい衝撃に耐えきれず、白目を向いて後方に崩れ落ちた。


「小娘が!お前なら弱そうだ!」

一人のドラゴニアが、細身のミモザに狙いを定め、剣による素早い刺突を放った。


「人を見た目で判断しない方がいいですよ…」

しかし、ミモザは、首を僅かにそらすだけで、その一撃を紙一重で避けた。

そして、間髪入れずに男の体に指一本、触れる。


「ドラゴニア流体術奥義-一指鋼刃(いっしこうば)-!」

次の瞬間、一本の指を突き刺し、腹部の下から胸元まで切り上げる。


「あぶぁ…」

男の腹部から鮮血が勢いよく溢れ出し、彼は呻き声を上げながら、そのまま地面に仰向けに倒れ伏した。


「バキッ」


「ごきっ」


「ザッシュ」

中央広場には、龍心会の二人が繰り出す容赦ない攻撃の音が、次々と響き渡った。

抵抗を試みたドラゴニアたちは、次々と地面に倒れ伏していく。

そして、わずか数分のうちに、彼らは全て倒れ伏した。


「アルタイル様。反乱分子は排除いたしました」

ベガは、返り血で血だらけになりながら、粛々とアルタイルに報告した。


「龍心会に逆らう者の末路…これで分かりましたか?」

ミモザは、血だらけの姿で、広場に集まった民衆を冷たく睨みつけた。

彼女の言葉には、強い警告の響きが込められている。


「ひ、ひぃ…」


「ダメだ…強すぎる」


「俺たちではどうしようもない…」

龍心会の圧倒的な力の前に、民衆は抵抗することを諦め、恐怖に震えながら、三人に従う姿勢を見せた。

そんな時だった。


「ヒューン!!」

もの凄い勢いで、上空から一人のドラゴニアが広場に降り立った。

その着地の衝撃が、周囲の空気を震わせる。


「…あなたは」

アルタイルは、その姿に既視感を覚え、小さく言葉を漏らした。


「アルタイル…お前は越えてはならない一線を越えた…」

そこに立っていたのは、怒りの表情に満ちたラウ老師だった。

彼の全身からは、静かながらも強大な威圧感が放たれている。


「ラウ老師だ!!」


「あの人ならもしかしたら…」

ラウ老師の突然の登場に、民衆達はざわめき、希望の光を見出したかのように彼の姿を見上げた。


「アルタイル様…この者は確か」

ベガは、ラウ老師の只ならぬ雰囲気に警戒の念を強め、アルタイルに確認を求めた。


「なんですかね?このおじいちゃんは…」

一方でミモザは、ラウ老師の威圧感を物ともせず、彼に臆することなく近づいた。


「ちょっと、おじいちゃん。アルタイル様に用事があるなら私を通して…」

ミモザは、ラウ老師を睨みつけ、アルタイルへの接近を阻止しようと構えた。


「…小娘。死にたくないなら道をあけろ」

ラウ老師は、ミモザの挑発に動じることなく、冷たく低い口調でそう言い放った。


「生意気なおじいちゃんね!ドラゴニア流体術奥義-一指鋼刃(いっしこうば)- !」

ミモザは、ラウ老師の言葉に激昂し、鋭い一本指の突きを放った。

しかし…


「よっと」

ラウ老師は、ミモザの放った必殺の一撃を、あろうことかその指先を余裕な表情で掴み取った。


「え?」

予想外のことに、ミモザの顔に焦りの色が浮かんだ。

彼女の攻撃が、まるで子供の遊びのように受け止められたのだ。


「この技は直線的で見切りやすい。素人には通じてもワシには通じん…」

ラウ老師は、淡々とした口調でそう告げると、掴んだミモザの指をそのまま無慈悲にへし折った。


「…う、うわぁぁぁぁぁ!!」

ミモザは、その激痛に耐えきれず、その場にしゃがみ込み、苦悶の声を上げた。


「…(さすがアルタイル様の師匠だ。やるしかないか…)」

ベガは、メイスを構え直し、ゆっくりと近づいてくるラウ老師の圧倒的な実力に、警戒心を一層強めた。

だが、その前にアルタイルが静かに一歩前に出た。


「久しぶりですね。ラウ老師…ご無沙汰しています」

アルタイルは、丁寧な口調でラウ老師に問いかけた。


「お前には期待しておった。将来のドラゴニアを担う兵士として。お前にはお前の考えがあるのも理解しておった。しかしな…」

ラウ老師は、広場中央の初代国王の像が持っている槍の先端に掲げられているベクティアル国王の首を静かに見つめた。


「お前は取り返しのつかないことをした。弟子の不始末はワシの不始末。だから…」

ラウ老師は、その言葉と共に、両手に紙でできた一対の剣を形成した。


「お前をここで殺すことにした」

ラウ老師は、剣を構え、その決意をアルタイルに厳かに宣言した。


「…ラウ老師。勘違いをされているようですが、これはドラゴニア王国のためです。そこに倒れている者らは、勝利者である我々に歯向かった反逆者です。それに、私は国を壊す気などありません。国を再生させるだけです」

アルタイルは、ラウ老師の言葉に反論すると、懐から何かを取り出した。

その手の中には、奇妙な輝きを放つ白いランプのようなものが見える。


「!!…それは…!」

アルタイルの手の中の物を見たラウ老師の目が、驚愕に見開かれた。


「魔具のひとつ…極天のランプ。これには多数の魔力が貯めこまれています。私の意思一つで、これを解放し…ドラゴニア王国全土を更地にすることもできます。自分はもちろん、国民や兵士達、無関係の商人や通りすがりの旅人、最悪隣の国を巻き込んで全てを無に還すことになります。ラウ老師。あなたが攻撃してきたら、即座にこれを発動することになりますが…いかがしますか?」

アルタイルは、極天のランプを手に、ラウ老師にその恐るべき力を淡々と語った。

その声には、一切の躊躇が見られない。


「くっ…」

ラウ老師は、以前サシャたちから極天のランプについて聞いており、その危険性を十分に理解していた。

抵抗することの無意味さを悟ったかのように、彼の手から紙でできた剣が、音もなく消失した。


「それでいいのです…ご理解くださり感謝します」

アルタイルが、ラウ老師の反応を見て、口元ににやりと勝利の笑みを浮かべた瞬間だった。


「ドカーン!!」

シュリツァの王宮が、轟音を立てて大爆発した。

閃光と爆風が広場にまで押し寄せ、王宮は瞬く間に瓦礫の山と化した。


「さぁ、国民達よ!!今日からは、このアルタイルがこの国の王だ!!皆で力を合わせて、この国を一つにしよう!!ドラゴニアのドラゴニアによる、ドラゴニアのためだけの国を…今ここに!!」

アルタイルは、崩壊した王宮を背に、高らかに自らが新たな王であることを宣言した。

その声は、街中に響き渡り、人々の心に深く刻まれる。


「…なんてことだ」

ラウ老師は、目の前で繰り広げられる惨状と、アルタイルの宣言に、ただ立ち尽くし、それを見つめることしかできなかった。


「では、早速だが我々による新たな憲法を施行する。本日、この時よりだ!」

アルタイルは、そう告げると、魔力を用いて再び黒い球体を打ち上げた。

それは上空で龍のマークを形成すると、閃光を放ちながら空で破裂した。


それと同時、空に大量のドラゴニアが現れ、一斉に空から何かを撒き始めた。

それは、白い紙のようだった。ひらひらと舞い落ちる紙が、広場を覆っていく。


「なんだ?」

民衆は、混乱しながらも、ひらひらと舞い落ちてきた紙を拾い上げた。


民衆が拾い上げた紙には、新たな王が定めた法が、びっしりと記されていた。その内容は以下の通りだ。


---------------------------------------------------------------------------

『ドラゴニア王国 新憲法』

この憲法は本通知がされた日より有効とする。


1.ドラゴニア以外の他種族は入国の際、下記に応じて入国料を支払わねばならない

・人間=3万ゴールド、エルフ族=5000ゴールド、それ以外=2万ゴールド


2.今後、ドラゴニア以外による種族の新規土地購入や不動産の購入は一切禁止とする


3.年齢が15歳~30歳のうち7年間の徴兵を義務付ける


4.ドラゴニア以外の他種族が定住する場合、以下の税を徴収する

・居住税=5万ゴールド、他種族税=2万ゴールド


5.ドラゴニア以外の他種族が商売・交易をする場合、以下の税を徴収する

・商売税=5万ゴールド、交易税=5万ゴールド


6.他国からの輸入品について商品の50%を関税を課す


7.ドラゴニア国内で国民以外が買い物をする際、代金の25%の税を課す


8.王国の運営に対するデモ活動・反政府行動等は裁判を経ず、国王権限で死刑としてもよい


9.ドラゴニア王国が何かしらの状況で戦争が発生した際、国民は軍からの招集命令・ならびに後方支援活動命令に応じなければならない


10.宿屋はドラゴニア以外の客が宿泊する場合は、宿泊税として+5000ゴールドを徴収することを義務とする

---------------------------------------------------------------------------

等が、びっしりと書かれていた。


新憲法を読み進めるにつれて、民衆の間にどよめきが広がり、やがて怒号と悲鳴が入り混じった声が広場に満ちた。


「こんなの出鱈目だ!」


「徴兵とか…冗談じゃない」


「こんなんじゃ商売あがったりだ…」

紙に書かれていた新憲法を見た人々は、その苛烈な内容に打ちひしがれ、嘆く者が大半だった。

しかし、そんな中で一人の男性が、困惑する周囲とは異なる反応を見せ、口を開いた。


「いや…案外いいかもしれない。他種族から税を徴収すれば俺たちの暮らしが楽になる。国が潤う…いいじゃないか」

男性はぼそりとそう漏らした。


「確かにそれも一理あるな…」


「徴兵といっても俺は対象年齢から外れてるし関係ないな」

そして、新憲法に納得する者が少しずつ現れはじめた。

彼らの表情には、自己保身と、わずかながら期待の色が浮かんでいる。


「我々、龍心会は、旧議事堂を拠点として新たな国づくりを進めていく。我らの思想に共感してくれる者、ドラゴニアの発展を願う者、兵士として国のために尽くしてくれる者はいつでも歓迎する。旧議事堂にいつでも訪れてくれ」

アルタイルは、騒然とする民衆を見下ろしながら、自らが国王であるかのように堂々と言葉を続けた。

その声は、広場全体に響き渡った。


「俺、龍心会に入ります!」


「私も!あなたたちなら楽な暮らしをさせてくれそうだもの」

アルタイルの言葉に、民衆の何人かが龍心会へ入ることを希望した。


「待て!ならぬ!そんなことをしても国が良くならぬ!」

ラウ老師は必死に人々を止めようとした。


「うるせぇ、じじい!邪魔すんな!」

だが、一部の民衆は既に目の前の現実と、より良い暮らしの誘惑に心を奪われていた。

ラウ老師の言葉は、その耳には届くことがなかった。


その時だった。


「ラウ老師!!」

背後からラウ老師に声をかける者がいた。

それは、体中を傷だらけにしながらもゆっくりと近づいてくるラジアンだった。


「ラジアン!無事だったのか!」

ラウ老師は振り返り、ラジアンの無事を喜んだ。


「はい…ただ、レグルスには逃げられてしまいました」

ラジアンは悔しそうな表情を見せた。


「…レグルス。やはり奴もこの騒動に加担しておったか」

ラウ老師の表情が暗いものとなる。


「では、本日のところは解散とする!!国民の諸君、これから我々と共にこの国をより豊かにしていこう!」

アルタイルは高らかにそう宣言すると、ベガ、ミモザ、そして彼女たちの考えに賛同し、龍心会への加入を希望した者らと共に、空へと飛び立った。


一方、シリウスに乗ったサシャ達はようやく南門に着いた。

周囲には焦げた匂いが漂い、人々の喧噪が聞こえてきていた。


「ありがとう、シリウス!」


「助かったよぉ」


「感謝する」

サシャたちはシリウスの背から降りると、その巨体をねぎらうように頭を撫でた。

シリウスは、嬉しそうに短い咆哮を上げると、来た道を颯爽と戻っていった。


「うわぁ。なんか、空にドラゴニアがたくさん飛んでいるよぉ」

アリアは夕焼けに染まった空の様子をまじまじと眺めていた。

無数の翼を持つ人影が、街の上空を忙しなく飛び交っている。


「あれは王宮があった場所…か?」

リュウは、遠くに見える王宮があった場所を見つめた。

そこには、原型を留めないほどに崩壊した瓦礫の山が広がり、煙が立ち上っていた。


「シュリツァで一体何が…」

サシャは、混乱した表情を浮かべ、リュウの言葉に頷いた。


そして、三人は警戒しながら、ゆっくりとシュリツァの南門をくぐり、中へと足を踏み入れた。

街の中は、先ほどの爆発の余波で、どこか騒然とした雰囲気に包まれている。


その時、一人のドラゴニア族が、サシャたちの行く手を阻むかのように、音もなく空から降り立った。


「おい、人間。ここは神聖なるドラゴニア王国だ。入りたくば入国料として一人3万ゴールドを支払え」

その男は、顔に深い傷跡があり、強面だった。

低い声で有無を言わさぬように言葉を放ち、その太い腕には、見慣れない真新しい赤い腕章が巻かれている。


「それ…前にもありましたけど…嘘ですよね?」

サシャは、その不当な要求に釈然としない態度で、男の言葉の真偽を尋ねた。


「いいや本当だ。つい先ほど、ベクティアル前国王は死んだ。そして、アルタイル様が新たな国王に就任し、新たな憲法を制定した。これが証拠だ」

男はそう言うと、懐から1枚の紙を取り出した。


---------------------------------------------------------------------------

1.ドラゴニア以外の他種族は入国の際、下記に応じて入国料を支払わねばならない ・人間=3万ゴールド、エルフ族=5000ゴールド、それ以外=2万ゴールド

---------------------------------------------------------------------------

確かにそこにはそう書かれていた。

だが、サシャは、その内容に眉をひそめる。


「こんな紙切れが憲法だなんて信頼できんな…」

リュウは、懐疑的な視線を男に向けた。


「なんだか嘘くさいよぉ」

アリアもリュウに共感するように小さく口にした。


「残念だが本当だ。今日から正式にこうなったから、黙って3万ゴールドを支払え!それとも、不法入国で逮捕されたいか?」

男は苛立ちを隠さず、手にした斧の刃先を、サシャたちに向けて突き出した。


「…こうなったら」

サシャ達が双剣を抜き、応戦の構えを見せようとした時だった。


「綿津見流奥義・尖鋼闘蹴(せんこうとうしゅう)!」

流星のようなドロップキックが、男の頭に突き刺さった。


「あべっ…」

不意打ちを受けた男はそのまま豪快に吹き飛ばされ、門の石壁に叩きつけられ、気を失った。


「見知った魔力を感じたから、もしやと思ったが…お前たちだったか」

サシャたちが、流星のように男を吹き飛ばした影の方向を見つめると、そこに立っていたのは、ラウ老師だった。


「ラウ老師…やりすぎでは?」

その背後から、慌ててラジアンが駆け寄ってきた。


「大丈夫じゃろう。2割くらいの力しか出していないから死んではおらぬ」

ラウ老師は、自信満々にラジアンに答えた。


「あの、ラウ老師…一体なにがなんだか…それにこの人は?」

サシャは、シュリツァの現状について尋ねようと口を開いたが、あまりに多くのことが起こりすぎていて、何から尋ねればよいか言葉が見つからなかった。

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