第86章:修行の始まり
「そう言っておろう。もっと喜んでもいいのじゃぞ」
ラウ老師は、満足げに顔をほころばせながら言葉を紡いだ。
「わぁ…!」
次の瞬間、アリアの顔にぱっと花が咲いたような笑顔がこぼれた。
「ありがとうございます!」
リュウは、深く頭を下げた。
「あ、ありがとうございます…」
サシャもリュウに続き、深く頭を下げた。
「戦いにおいて大事なのは力量と諦めない根性。しかし、仲間がいる場合、何より大切なのは仲間との連携。お前たちはそれを見事にやってのけた」
ラウ老師は、ゆっくりと彼らを見渡し、諭すように語りかけた。
「約束通り、話を聞こうじゃないか。まずは、お前らが今まで何処で何をしてきたのか教えてはくれぬか?」
ラウ老師は、彼らを促すように大きく頷いた。
「はい!では…」
サシャは、これまでの三人の冒険を、時系列に沿って詳しく語り始めた。
トリア帝国でのモンスター退治の依頼、サージャス共和国で魔具を巡る戦いと、そこでアフォガードが命を落としたこと。
そして、マクレン諸島でのクロウリーとネクタルとの激しい戦い、海賊との遭遇。
ボッカス村北部での遺跡での一件。
彼は、魔具の件を含め、余すことなくラウ老師に伝えた。
「ふむふむ。魔具を集めているとはな。ロマンがあっていいではないか!若い者はそれくらいやってもらわねばな!」
ラウ老師は、サシャの話に相槌を打ちながら、面白そうに髭を撫でた。
「ですが、勝利者の矛を手に入れる際にアフォガードさんが死んでしまいました。そして、手紙を預かって、そこに「強さを求めるならラウ老師を尋ねてみろ」と書いてあって…」
サシャが少し暗い表情を浮かべながら、アフォガードの最期について伝えた。
「それでワシを訪ねてきたというわけだ。アフォガードの奴め、最後に賢いアドバイスを遺していったのぉ」
ラウ老師は、遠い目をして口にした。
「あの…アフォガードさんとは、知り合いか何かだったのでしょうか?」
リュウが、かねてより気になっていた疑問を、率直な口調でラウ老師にぶつけた。
「あぁ、奴とはな…」
そう言葉を続けると、ラウ老師は昔話を語り始めた。
-100年前 ドラゴニア王国 西部 ギンシャサ-
タムズ川のすぐ近くのこの街で辻斬りが頻発しているという話を聞きつけ、若き日のラウ老師が、王国の治安を守る使命を胸に、この街を訪れたのだった。
「ドラゴニア王国軍です。最近、この辺で辻斬りが出没していると聞いたのですが、何か知っていますか?」
ラウ老師は、街の住民に親しげに尋ねた。
「そうね…辻斬りかどうかは分からないけど、上半身裸でぼさぼさの髪、背中には百舌鳥の入れ墨が入っている厳つい風貌の男が街中を歩いてました。それと、何かデカイ刀を持っていました…怖くて誰も近づけないのです」
住民は、恐怖に顔を歪ませ、声の震えを抑えきれない様子で話した。
「(百舌鳥の入れ墨だと…まさか「人斬り ハンノスケ」か?)」
その話を聞いて、ラウ老師の脳裏にある男の名が浮かんだ。
人斬り ハンノスケ 。
大陸全土でその名を轟かせ、恐れられている剣豪。
懸賞金額60万ゴールドで手配されている、危険な男だ。
「なるほど…ご協力ありがとうございます」
ラウ老師は住民にお礼を言うと、すぐに調査に取り掛かった。
その結果、奴は街中で辻斬りをしていることが判明した。
そして町は、深い夜の帳に包まれる。
街灯の明かりがまばらに道を照らし、昼間の賑わいは影を潜めた。
ラウ老師は、広げた翼で静かに空中を滑空し、上空からハンノスケを探していた。
「絶対にどこかに現れるはず…」
その時、ラウ老師の鋭い視線が、闇に溶け込むように路地裏に潜む怪しい男の影を捉えた。
「…怪しい」
ラウ老師は、男に気が付かれないように、音もなく近くの屋根に降り立った。
「…(間違いない。ハンノスケだ)」
影からそっと路地裏を覗き込む。
そこにいたのは、獲物を待ち構える人斬りハンノスケその人だった。
「被害が及ぶ前に…」
ラウ老師が、ハンノスケを逮捕するため、一歩を踏み出そうとした、その時だった。
「おい。お前、邪魔だよ」
冷たい声が、ラウ老師の耳に届いた。
振り向くとそこには、黒い帽子を深く被り、黒髪をオールバックにした、片目に傷のある一人のエルフ族がそこに立っていた。
そう、若き日のアフォガードだった。
「なんだお前…こっちは任務中だ。邪魔するな」
ラウ老師は、邪魔者が現れたことに苛立ち、アフォガードを追い払おうと声を荒げた。
「俺はこの先にいるであろう男に用事がある。お前には用事がない。だから、さっさとどいてくれるか」
アフォガードは、ラウ老師の言葉に微動だにせず、鋭い眼光を彼に向けた。
二人の視線が交錯し、周囲の空気が一気に張り詰める。
「ああん?こっちはドラゴニア王国軍だ。対象を見つけた以上、逮捕権は我々にある」
ラウ老師も負けじとアフォガードを睨みつける。
「馬鹿を言え。先に見つけて尾行していたのは俺だ。俺に捕まえる権利がある。それに、こっちはそいつの首にかかっている懸賞金が欲しいんだよ」
アフォガードは、親指と人差し指をこすり合わせ、金への執着をちらつかせた。
「なんだと。賞金稼ぎの分際で王国軍に盾突こうというのか!?」
ラウ老師が、怒りに声を荒らげた。
「おいおい、そりゃ職業差別というやつだ。賞金稼ぎだって立派な職業だ。もしかしたら、子供たちが将来なりたい職業ランキング1位かもしれないじゃないか」
アフォガードは、ラウ老師を挑発するような口調で言い放った。
彼の言葉には、どこか人を食ったような態度が見て取れる。
「んなわけあるかバカタレ。軍人なら分かるが賞金稼ぎは、ありえないだろう」
ラウ老師はアフォガードの言葉をきっぱりと否定した。
「とにかく対象は俺のものだ。これは絶対に譲れない!」
「この野郎…いい加減にしないと公務執行妨害で、お前から逮捕するぞ?」
ラウ老師が、一歩踏み出し、独特の構えを取った。
「決闘か?いいぜ受けてやる。対象は勝った方のものということだな」
アフォガードが、手元に闇の魔力が凝縮され、漆黒の戟を形作る。
彼はその戟を、迷いなく構え上げた。
そして、二人はギンシャサの街中で、互いのプライドと目的を賭けた激闘を繰り広げた。
そして、現代。
「まぁ、決闘は長引いて肝心の対象には逃げられてしまったがな。それが縁となって、アフォガードと色々とつるむようになった」
ラウ老師は、懐かしむように言葉を続けた。
「なるほど…だから、アフォガードさんは俺たちにラウ老師の元を訪ねろと」
リュウは、アフォガードが彼らに残した手紙の真の意図を、そこでようやく深く理解した。
「うむ…奴なりにお前らのことを気にかけていたのだろう」
ラウ老師は、彼の言葉に静かに頷いた。
「なんか、すごい弓術の使い手だって聞いたよ!僕に弓を教えてくるの?」
アリアは、目を輝かせながらラウ老師に尋ねた。
「もちろん。約束は約束だ。それに、アフォガードの最期の想いを無下にもできん」
ラウ老師は、力強く言い切った。
「じゃあ…」
サシャの顔に、希望に満ちた笑みが浮かんだ。
「1か月…1か月でお前らを完璧に鍛える。本当は1年くらいみっちり鍛えてやりたいところじゃが、ワシも色々と忙しくてな…」
ラウ老師は、申し訳なさそうに顔を曇らせた。
「いいえ!大丈夫です!」
サシャは、ラウ老師の言葉に、元気な声で答えた。
「1か月もあれば問題ないです」
リュウが、自信に満ちた様子で頷いた。
「僕、頑張るよぉ!」
アリアは、両の拳をぎゅっと握りしめ、目を輝かせた。
「では、明日から修行開始じゃ。今日のところはワシの家でゆっくりと休むといい」
ラウ老師は、彼らを労うように優しい声で告げた。
すると、サシャたちが入ってきた扉とは別に、道場の壁にひっそりとあった小さな扉が、ギイッと音を立てて開いた。
「皆さん、夕食の時間ですよ!!」
そこには、温かい笑みを浮かべたソニアが顔を覗かせていた。
「さ、行くぞ。ソニアのご飯は美味しいんじゃよ…」
ラウ老師は、そう言ってゆっくりと歩き出した。
こうして、サシャたちは、期待と疲労を胸に、ラウ老師の後についていった。
「さぁ、たくさん食べて!若者は食べてなんぼでしょ!」
ダイニングルームに、ソニアの朗らかな声が響き渡った。
サシャたちは、テーブルを囲んで美味しそうに食事を頬張っていた。
テーブルの上にはたくさんの料理が置かれていた。
香ばしい焼き色のついた骨付きソーセージ、真っ赤なトマトと特産品であるラパスアのサラダ、そして白身魚がたっぷりと入った煮込み料理。
そして、茶色の土鍋からは、様々な木の実が溶け込んだシチューの芳醇な香りが立ち上っていた。
その他にも、カザの宿屋でも食べた香ばしいチャ飯や、瑞々しい林檎や桃といった色とりどりの果物が並んでいた。
「どれも美味しいよぉ」
アリアは、満面の笑みを浮かべ、肉汁溢れる骨付きソーセージを頬張っている。
「このチャ飯…絶品だ」
リュウはチャ飯を美味しそうに口に運んでいる。
「このシチュー…少し辛いけどクセになる美味しさだ」
サシャは、立ち上る湯気で熱くなった木の実のシチューを、口でさましながらゆっくりと味わっていた。
その顔には、心地よい辛さへの驚きと、深い味わいに納得した様子が浮かんでいる。
「(ワシに変わるのじゃ!と言いたいが、今ワシに変わると色々とややこしいからのぉ…今回もお主に譲ってやるわい)」
その様子を、トルティヤは精神世界からじっと見守っていた。
「ほっほっほ…やはり若いというのはいいな」
ラウ老師は、若者たちの賑やかな食事風景を、穏やかな眼差しで微笑ましく見つめていた。
「そういえば、一つ気になっていたのですが、この前、カザの手前の草原でレグルスが弟子だと言ってたじゃないですか?」
サシャは、ふと疑問に思ったことを、ラウ老師に問いかけた。
「そうじゃ。ワシは今まで多くの若者を育ててきた。特にその中で五人の才能溢れる優秀な弟子がおった。そのうちの一人がレグルスじゃ」
ラウ老師は、腕を組みながら答えた。
「確か、戦った時に引力魔法とやらを使っていました。俺たちを寄せ付けないくらいの強さでした…」
リュウは、当時の屈辱を思い出したかのように、奥歯を噛みしめた。
「そりゃそうじゃ。前にも言ったが、今のお主らではレグルスに逆立ちしても敵わん。1か月間、みっちりと修行しても勝てるかどうか分らんだろう。それくらい、奴には天賦の才がある」
ラウ老師は、遠い目をしてレグルスについて語り始めた。
「けど、なんで「龍心会」なんかに入ったんだろう?それだけの才能があれば軍人としての地位も名誉も手に入れられそうなのに…」
サシャは、レグルスの行動の真意を測りかね、小首を傾げた。
「ま、奴にも色々と考えがあるのじゃろう。だからといって他の種族を虐げたり、搾取をするのはよくない…ワシはそう考えておる」
そう語るラウ老師の表情には、一瞬、寂しさと諦めのようなものが浮かんだ。
こうして、サシャたちは和やかな団欒の中で、夕食の時間を過ごした。
翌日。
まだ夜明け前の薄暗い時間にもかかわらず、サシャたちの姿はラウ老師と共に道場にあった。
道場は凛とした空気に包まれ、彼らの呼吸音が静かに響く。
「お前らの戦い方は昨日で大体理解した…が、念のために再度確認させてもらう。まずは、サシャ、お前の力を見せてみろ」
ラウ老師の鋭い視線が、サシャに真っ直ぐ向けられた。
「はい…!」
サシャは、力強く返事をすると、一歩前に進み出た。
「とはいえ、魔法の実力も見てみたい…そこでだ、今回は直接攻撃と魔法のコンビネーションを見せてほしい」
ラウ老師は、そう言葉を続けると、流れるような詠唱を紡ぎ出した。
「紙魔法-物部白束斎王-」
次の瞬間、道場の中心に、昨日戦った紙でできた巨大な門番が、ゆっくりとその姿を現した。
「昨日の門番?」
サシャはその姿に驚き、大きく目を見開いた。
「いかにも…だが、昨日の個体よりも更に強化しておる。さぁ、好きなだけ打ち込んでみろ!」
ラウ老師は、サシャにそう指示を与えた。
「分かりました!」
サシャは、気合を込めるように力強く返事をすると、双剣を構え、紙の巨人に向けて一直線に突撃した。
「はぁぁぁぁっ!!」
サシャは、間合いを詰めるや否や、双剣を高速で振るい、巨人に嵐のような連撃を浴びせた。
「シュパシュパ!」
紙が高速で裁断される鋭い音が響き、サシャの双剣が振るわれるたびに、白い紙片が舞い散った。
巨人の体は、瞬く間に無数の切り傷で覆われていく。
「ふむ…緩急つけた動きは悪くない」
ラウ老師は、サシャの動きを、細部まで見逃すまいとばかりにじっくりと観察していた。
「ここで…魔法解除!!」
巨人が少しふらついたタイミングで、サシャは右手を伸ばし、巨人の体に触れた。
「バシュッ!!」
次の瞬間、紙の巨人は盛大な音を立てて弾け飛び、白い紙吹雪となって瞬く間に霧散した。
「ほう…魔法解除とな。珍しい魔法を使う」
ラウ老師は、サシャの魔法に感心したように大きく頷いた。
「じゃあ、次はリュウ。打ち込んでみろ!」
ラウ老師は、再び魔力を込める動作を見せた。
すると、バラバラに舞い散っていた紙片が、まるで意志を持ったかのように空中で渦を巻き、再び巨大な門番の姿を象り始めた。
「はい…!」
リュウは、背中に差している愛刀「紫星玲」を抜き、正眼に構えた。
そして、一陣の風と見紛うほどの電光石火のスピードで、巨人へと迫る。
「荒覇吐流奥義・剛鬼!!」
リュウの刀身に、白い鬼のオーラが禍々しく纏わりついた。
そして、鋭い一閃が空間を切り裂くように走り、紙の巨人を一気に斬り裂いた。
「そして、水魔法-蒼嵐ノ巨剣- !」
さらに追撃をかけるように、リュウは刀に巨大な水の塊を纏わせる。
そして、加速をつけて髪の巨人に叩きつけると、刀身に纏った巨大な水の塊が轟音と共に炸裂した。
「バシャァァ!」
周囲に大量の水しぶきが舞い散る。
水煙の中から現れた巨人は、見事に真っ二つになっていた。
「水魔法と荒覇吐流か。その年でここまでの動きができるとは見事…」
ラウ老師は、リュウの流麗な動きに感嘆の声を漏らし、満足げに頷いた。
「次はアリア。やってみろ!」
ラウ老師は、最後の指示をアリアに送った。
再び、紙の巨人はゆっくりと姿を現し、元通りに戻っていく。
「うん!じゃあ、行くよ!」
アリアは、気合を込めるように小さく息を吐くと、弓矢を構えた。
その弦には既に三本の矢がつがえられており、彼女の集中力が矢に宿っていくのが見て取れる。
「ヒュンヒュン!」
そして、矢は勢いよく放たれる。
風を切る音が響き、三本の矢は一直線に巨人の頭、胸、腕にそれぞれ命中した。
巨人は、矢の衝撃を受けて大きく体勢を崩し、よろめいた。
「そして…鎖魔法-チェーンバインド-!!」
アリアが、魔力を込めた声を上げ、魔法を唱えた。
すると、足元に淡い魔法陣が広がり、そこから銀色の鎖が二本、まるで生きているかのように飛び出し、よろけている巨人の両腕をぐるぐると絡め取った。
「ふむ。その弓術…大したものだ」
ラウ老師は、その連携に小さく感心したように頷くと、魔法を解除した。
すると、紙の巨人は再び白い紙片となってバラバラに舞い散り、巨人を絡め取っていた鎖も、音を立てて地面に落ちた。
「すごいでしょ!」
アリアは、満面の笑みを浮かべ、自信ありげな表情で胸を張った。
「お前らの実力はよく分かった…だが、同時に弱点も見えてきたぞ」
ラウ老師は、彼らを見据え、厳かな口調で告げた。
「まずはサシャ…今度はワシに打ち込んでくるがよい」
ラウ老師は、静かに一歩前に出ると、ゆっくりと武術の構えを取った。
「はい!」
それに応えるようにサシャは双剣を構え、ラウ老師へと猛攻を仕掛けた。
「まずは、動きに緩急があるとはいえ、単調すぎる。それに、速度があまりに遅い。なんというか、中途半端だ」
ラウ老師は、サシャの双剣を軽く弾き、時には水が流れるように滑らかな動きで攻撃を回避していく。
「うっ!」
サシャは、額に汗を滲ませながら必死に双剣を振るい、時には鋭い突きを放った。
しかし、ラウ老師にはことごとく回避され、弾かれていく。
「それにスタミナが足りないようじゃな。ただでさえ遅い双剣の振りが遅くなっておる!」
ラウ老師は、サシャの弱点を見抜くと、瞬時の合間を縫って、渾身の拳を彼の腹部に叩きこんだ。
「ぐふぁっ!」
サシャは、内臓が激しく揺さぶられるような衝撃に襲われた。
そして、彼は勢いよく後ろに吹き飛ばされ、そのまま床を滑るように倒れた。
「だから、こうやって相手に粘られてしまったら呆気なくスキを見せてしまう」
ラウ老師は、倒れているサシャに諭すように呟く。
「では次、リュウ。せっかくだから、奥義も使ってみるがよい…!」
次に、ラウ老師は、リュウに視線を向けた。
同時に、右手のひらに魔力を集中させ、白い紙が収束していくかのように、一本の剣を生成した。
「では、行きます!荒覇吐流・剛鬼」
リュウは、力強く地面を蹴り、爆発的なダッシュを見せた。
「その技…ヒルコから叩き込まれたようじゃな。いい弟子をもったものだ…」
すると、ラウ老師が、リュウと寸分違わぬ、まさしく同じ構えを見せた。
「(なんだと…!?)」
リュウは、その構えを見て、驚きに目を見開いた。
「荒覇吐流奥義・尊防!!」
次の瞬間、リュウの渾身の一撃が、ラウ老師に向かって炸裂した。
しかし、ラウ老師は、それを柳の枝が風になびくように、しなやかに受け流した。リュウの渾身の一撃は、まるで水面に石を投げ入れたかのように、するりと彼の体をすり抜けていった。
「くっ…(どうして、師匠と同じ技を?)」
リュウの顔に焦りの色が浮かんだ。
「悪くはないが、力が入り込みすぎている。これではカウンター技の餌食だ」
そして、紙でできた剣の一撃が、素早くリュウの腹部に炸裂した。
「うぐっ!」
リュウは一撃に吹き飛ばされ、やはり滑るように床に倒れる。
「そして、アリア…自慢の弓術をワシに見せてみるがよい」
ラウ老師は、アリアを見据え、指導者としての視線でそう促した。
「うん!もう一回いくよ!」
アリアは、意気込むように小さく息を吐くと、矢を一気に三本放った。
「弓の腕前は確かなようだ…だが、致命的な欠点がある」
だが、ラウ老師は、その矢を冷静に見極め、紙の剣で軽やかに打ち返した。
そして、残像を残すような素早い速度でアリアに接近した。
「うっ!鎖魔法…」
アリアは、瞬く間に間合いを詰めてくるラウ老師に焦り、 鎖魔法を唱えようとする。
だが既に、ラウ老師の紙の剣が、アリアの首元にピタリと突きつけられていた。
「それは近接戦に弱いことじゃ…近づかせない牽制力があるならまだしも、お前はそれを易々と許して居る」
その鋭い視線が、アリアの心臓を直接貫くかのように突き刺さる。
そして、ラウ老師は、静かに紙の剣を下げた。
「お前らには、今挙げた弱点に対する対処法。そして、ワシが教えられる範囲で新たな技を教える…楽な道ではない。それだけは理解してくれるな?」
ラウ老師は、厳しさの中にも優しさを滲ませる口調で、三人に語り掛けた。
「「「はい!」」」
サシャ、リュウ、アリアは、一切の迷いなく、真っすぐにラウ老師の瞳を見つめ頷いた。
彼らの瞳には、強くなることへの強い決意が宿っている。
「(当分は暇になるのぉ…じゃが、小僧と小娘がどこまで強くなるか見ものでもあるのぉ)」
そんな様子を、トルティヤは精神世界から、どこか楽しげな表情で見つめていた。
「ならば、早速修行開始じゃ…まずは…」
ラウ老師の言葉が、静かな道場に響き渡った。
こうして、サシャたちの、厳しくも実りの多い修行が、今、始まったのだった。




