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第84章:再訪

翌日、サシャたちの姿は、清々しい朝の光が差し込む村長の家の前にあった。


「お世話になりました!」

サシャたちは、深々と頭を下げた。


「いいんだって!まだ、この辺さ来たら顔見せてけれ」

村長は、その顔に温かい笑みを浮かべ、優しく彼らに声をかけた。


「はい、それでは…僕たちはこれで」

サシャたちは、村長に別れを告げ、ボッカス村を発った。

朝の光に包まれた村は、ゆっくりと彼らの背後へと遠ざかっていく。


「それにしても、魔具は結局、レグルス?という奴に奪われちゃったね…」

サシャの心には、昨日の遺跡での出来事が重くのしかかっていた。

極天のランプを目前で奪われた悔しさと、レグルスの圧倒的な力への無力感が、彼の表情に影を落としている。


「ま、命があっただけ運がよかったと思おう。それに、奴らが「龍心会」だといういことが分かったのならば、そこに乗り込めば解決する話だろう」

リュウは、淡々とした声で、冷静に事態を受け止めるよう促した。


「その前に、今日はラウ老師のところに行くんでしょ?」

アリアが、サシャに問いかけた。


「そうそう!ちょうど、今日で5日目だからね。ソニアさんの言ってた通りなら、ラウ老師に会えるはず!」

サシャは、マクレン諸島に旅立つ前に出会ったラウ老師の妻、ソニアの言葉を思い出した。


『5日間くらい出てくると言ったきりね。多分、またどこかの誰かに教えを乞われたか。あるいは、ふらっと気が向いて旅に出かけたのか…』

ソニアは、そう語っていた。


「ならば、今日の目的地はカザということになるか…」

リュウが、道を歩きながら言葉を発した。


「そういうことになるね。また、ドラゴニア渓谷を抜けていかなきゃだ」

ラウ老師の家があるカザまでは、ブロッケスとボッカス村の間にある合流地点から更にドラゴニア渓谷を抜けなければならなかった。


こうして、サシャ達は合流時点まで30分ほど歩き、合流地点に辿り着く。


「よし。ここから歩いて1時間ほどか…」

サシャは、ドラゴニア渓谷に続く道に視線を向けた。

その道は美しくも、険しい渓谷へと続いていた。


「この前のようなモンスターいるかなぁ?」

アリアは、以前ドラゴニア渓谷を通った際に対峙した龍王魚(りゅうおうぎょ)のことを思い出し、少し不安そうな表情を浮かべた。


「そう何度も現れることはあるまい…」

リュウはアリアの考えをきっぱりと否定した。

そして、サシャたちはドラゴニア渓谷へと再び足を踏み入れた。


ドラゴニア渓谷は相変わらず、季節が春のように明るく、淡い桃色の花が咲き誇っていた。

花びらが風に舞い、あたりには甘い香りが漂う。

道沿いには、どこまでも続くかのように巨大な川が流れ、その透明な水の中をサクラカマスが縦横無尽に泳いでいた。


「相変わらず綺麗な場所だな…」

リュウは、辺りを見渡し、感嘆の声を漏らした。


「わぁ!サクラカマスもたくさん泳いでる…あ!モモイロカモメが飛んでるよ!」

アリアは、ドラゴニア渓谷の上空を優雅に飛んでいる鳥に視線を向けた。


「モモイロカモメ?」

サシャがアリアに尋ねる。


「うん!見ての通り桃色の毛並みが特徴の鳥だよぉ!羽は服飾や装飾品、骨は家具に、肉はもちもちした食感で人気なんだよ!最近、すっかり姿を見せなくなったけどね…」

アリアは、目を輝かせながらモモイロカモメについてサシャに説明した。

その時だった。


「モモイロカモメか…よく捕まえて、焼いて食べてたのぉ」

その時、全身の倦怠感を振り払うようにトルティヤが魔導念波増幅機を通してサシャたちに話しかけた。


「トルティヤ、起きたんだね!」

精神世界でサシャがトルティヤに話しかける。


「うむ…よく寝たから気分がいいわい」

トルティヤは、両手をググっと伸ばしながら、全身の倦怠感を振り払うように大きくあくびをした。


「して、今はどこにいるのじゃ?」

トルティヤは、サシャに現在の所在地を尋ねた。


「今はドラゴニア渓谷だよ。これからカザに行ってラウ老師のところに行こうかなって思ってる」

サシャは、トルティヤに所在地と今日の目的を話した。


「なるほどのぉ。もしかしたら、龍心会について何か情報を知っているかもしれんしのぉ」

トルティヤは、ラウ老師が何かしらの情報を持っていると確信していた。


「そうだね。それに、直接アフォガードさんのことも伝えなきゃならないし」

アフォガードからの手紙はラウ老師の妻であるソニアに渡している。

だが、やはりアフォガードからの言葉は直接伝えたいというのが本音であった。


そして、しばらく進むと川辺に巨大なモンスターの骨が散乱していた。

風雨に晒され白くなった骨は、まるで生前の威容を示すかのように巨大で、何かしらの魚類のモンスターの骨であることは明らかだった。


「あれはもしかして…」

リュウが、その骨に近づき、じっと見つめた。


「多分、僕たちが倒した龍王魚(りゅうおうぎょ)の骨だと思うよ!」

アリアが、骨の形からその正体を推測した。


「そういえば、この辺で龍王魚(りゅおうぎょ)を倒したんだったね!」

サシャが、記憶を辿るように独り言を漏らした。

強力なモンスターであったが、三人の連携が決まり上手く撃破できたのだった。


「あの時はお主達、よくやったわい。あれでも、龍王魚(りゅおうぎょ) はドラゴンの仲間なのじゃぞ?」

トルティヤが、彼らを労うように補足した。

その言葉に、三人は顔を見合わせ、笑みを浮かべた。


そして、サシャ達は再び渓谷を進む。

遠くには、うっすらと草原が見え、小さくではあるがカザの街並みが姿を現し始めた。


「カザだ!」

サシャは、その様子に安堵した表情を見せた。


「ようやくか…だがその前に少し休憩しよう…喉が渇いた」

リュウは、そう口にすると、重い足取りで近くの木の下へ移動し、ごつごつとした根元に腰を下ろした。

そして、喉の渇きを潤すように、ポーチから水の入った竹筒を取り出した。


「そうだね…ずっと歩きっぱなしだったし」

サシャも、リュウの隣に腰を下ろし、額の汗を手の甲で拭った。

一方で、アリアはというと、その隣の木の幹をナイフで削っていた。


「アリア?」

サシャは、アリアの行動を不思議そうに見つめた。


「あ!いたいた!」

するとアリアは、ナイフで削った木の中から、一匹の青白い昆虫を掴み出した。


「なんだそれは?」

リュウは、興味深そうにその昆虫についてアリアに尋ねた。


「これは「ザルカ蝉」の幼虫だよ!」

アリアは、掴んだザルカ蝉の幼虫を二人に見せつけるかのように掲げた。

ザルカ蝉の幼虫は茶色の色をしており、黒い目が大きく、どこか愛嬌がある顔をしていた。

そして、短い足がもぞもぞと動いていた。


「へぇ、何か珍しい昆虫なの?」

サシャがアリアに尋ねる。


「珍しいわけじゃないけど…」

アリアは、笑顔で答えを濁すと、口を大きく開いた。


「まさか…」

リュウが、アリアの行動に目を丸くした。


「ぱくっ」

アリアは、躊躇なくザルカ蝉の幼虫をそのまま口に入れた。


「食べ…」


「たじゃと?」

サシャとトルティヤは、驚きのあまり言葉を失った。


「んー!この少し苦い風味がたまらないんだよね!」

アリアは、目を細めて、美味しそうにザルカ蝉の幼虫を味わった。


「…」

アリアはエフィメラ族の昆虫食を美味しそうに平らげていたため、今更誰も驚くことはなかったものの、目の前で生きた虫の幼虫を口に入れる光景には、サシャもリュウも開いた口が塞がらなかった。


「あれ?サシャとリュウも食べたかった?その辺の木にもいるかもしれないから見てみようか?」

アリアは、二人の固まった様子を見て、首をかしげた。


「いや大丈夫だよ!!村長の家で朝ごはんたくさん食べたし!ね、リュウ!?」

サシャは、慌てた表情で、助けを求めるようにリュウを見つめた。


「あ、あぁ…それより早くカザに向かおう。ラウ老師が待ってるかもしれないからな」

リュウは、そう呟くと慌てて立ち上がった。


「それもそうだね!人を待たせちゃいけないって、おばば様も言っていたし!」

アリアは、リュウの説明に大きく頷いた。


「(ナイスだリュウ!!)」

サシャは、内心ガッツポーズをした。


「(なんじゃ、食べぬのか。面白くないのぉ…)」

その様子をトルティヤは、少し残念そうに眺めていた。

こうして、サシャたちはカザへと歩みを進めた。


ドラゴニア渓谷付近の草原から歩いて20分。

サシャたちの姿は、見慣れたカザの街並みの中心に立っていた。


「戻ってきたね…カザに」

サシャは、たった5日前のことなのに、その風景に懐かしさを感じた。


「相変わらず静かな街だ」

リュウが、街中をゆっくりと歩きながら、周囲を見渡した。


カザは相変わらず静かな街だった。

太陽が街中を照らし、街の中を数人のドラゴニアと商人がゆっくりと歩いている。

時折、遠くから家畜であろう牛や羊の穏やかな鳴き声が聞こえるだけで、そこには平和な時間が流れていた。

そして、サシャたちはラウ老師の館を目指して、街の外れにある林へと足を進めた。


「確かこの先だったような…」

サシャたちは、5日前の記憶を頼りに、慎重に林の奥へと歩を進めた。

すると、目の前に赤茶色のレンガで造られた建物が、建っているのが見えてきた。


「あれだな。今回はケルベロスに襲われなきゃいいが…」

リュウは、わずかに不安げな表情を浮かべた。


前回、三人はここに来た時にラウ老師の飼い犬ならぬ、飼いケルベロスであるシリウスに、こてんぱんにされたのだった。

そんなことを考えている、その時だった。


「グルルル…」

門の近くにある雑木林の陰から、美しい白色の体毛を持つ一頭のケルベロスが、唸り声を上げながら姿を現した。


「げ、噂をすれば…だ」

リュウは、ケルベロスの出現に驚きで目を見開いた。


「あ!シリウスだ!」

しかし、アリアは、その威容にも恐れることなく、まっすぐにシリウスへと近づいていった。


「くぅーん」

すると、シリウスは、唸り声を収め、甘えたような声を出しながら、アリアの顔を大きな舌で舐め始めた。


「あっ!くすぐったいよぉ!!」

アリアは、舐められながらも、シリウスの大きな頭を小さな手で思いっきり撫でた。

すると、門の向こうから、一人の影が静かに現れる。


「ふふふ…シリウスが他人に懐くなんてね」

サシャたちが門の方を振り向くと、ラウ老師の妻であるソニアが、慈愛に満ちた笑みを浮かべ、静かに立っていた。


「ソニアさん!」

サシャは、その姿に満面の笑顔を浮かべた。


「5日ぶりね。サシャ君。夫なら帰ってきているわよ!」

ソニアは、サシャに語りかけた。

その声は優しく、再会を喜んでいるようだ。


「それじゃあ…」

サシャの表情が一段と明るくなる。


「ふふふ…こっちよ。ついてきて」

そうして、ソニアはサシャ達を誘い、館の敷地へと足を踏み入れた。

石畳の小道が、奥へと続いている。


「あの、ラウ老師はどちらに?」

サシャは、歩きながらソニアに尋ねた。


「ついてくれば分かるわ…」

ソニアは、意味深な笑みを浮かべ、それ以上は語らなかった。


サシャたちはソニアの言葉に促されるように、彼女の後についていく。

すると、ソニアが縦長く、母屋のような建物の前で立ち止まった。


「さ、夫はこの建物の先で待っているわ…」

ソニアが、重厚な建物の扉をゆっくりと開いた。


「ここは一体?」

サシャが、扉の奥に広がる薄暗い空間を見つめながら、ソニアに問いかけた。


「修練所に向かう道よ。私はここまで。この先はあなた方三人で行ってくれるかしら?」

ソニアは、先に進むように促した。


「分かりました。リュウ、アリア。行こう」

三人は、ソニアの言葉に頷き、覚悟を決めた表情で建物の中に入った。

その瞬間だった。


「ガチャ」

背後で、入口の扉が重い音を立てて閉まり、鍵がかけられる音が響いた。


「ソニアさん!?」

サシャが、驚きで目を見開き、ドア越しにいるソニアに声をかけた。


「夫からの伝言を伝えるわ。『ワシに会いたければ、相応の力を示せ』って。大丈夫。自分を信じて先に進みなさい」

ソニアの言葉には、どこか厳し気ながらも、彼らを鼓舞するような温かい響きがあった。


「よく分からないけど、行くしかない!」

サシャは、ソニアの言葉を胸に刻み、前を向いた。


建物は薄暗く、まるで長い通路のようになっていた。

ひんやりとした空気が漂い、わずかに埃っぽい匂いがする。

通路のあちこちには、打ち捨てられたように石柱が立っており、天井からは植物の蔦が垂れ幕のように絡みつき、荒廃した雰囲気を醸し出していた。


「気味が悪いな…」

リュウが、周囲の薄暗い空間に警戒の視線を巡らせながら、先に進んだ。


「まるで遺跡の中みたいだよぉ」

アリアは、好奇心とわずかな不安を顔に浮かべながら、きょろきょろと辺りを見渡した。


「ラウ老師は一体何をしようと?」

サシャたちは、ラウ老師の真意に疑問を抱きながら、さらに奥へと足を進めた。 そして、少し進んだ、その時だった。


「…」

突然、通路の暗闇の中から、ひっそりと白い姿をした兵士が2人、音もなく現れた。

その手には白い刀が握られており、彼らは不気味なほど無表情だった。


「敵!?」

リュウは、素早く背中から刀を抜き放ち、流れるような動作で構えを取った。


「一体なんなんだ!?」

サシャも、両手に双剣を構え、応戦の姿勢を見せた。


「うわぁ!いきなりびっくりだよぉ!」

アリアも、素早く弓を引き絞り、矢をつがえた。


「…」

白い兵士は、無言で手にした刀を振りかざし、襲いかかってきた。


「はっ!!」

だが、リュウはそれよりも早く刀で白い兵士の一人を斬り裂いた。

紙切れのように兵士の体が分かたれ、宙に舞い散る。


「これで…どうだ!」

サシャは、白い兵士の斬撃を左手の刀で受け止めた。

そして、右手の刀を閃かせ、白い兵士を切り裂いた。


「…」

白い兵士は真っ二つになり、そのまま動かなくなった。


「これは…紙?」

リュウは、床に散らばった兵士の残骸を拾い上げ、その質感に目を見開いた。

どうやら、それは紙のようだった。


「紙の兵士?どういうことなんだ?」

サシャは、目の前の奇妙な光景に首をかしげた。

その時、アリアが何かに反応し、素早く身をかがめた。


「サシャ!リュウ!伏せて!」

アリアが、鋭い直感で、いつもよりも大きな声で叫んだ。

それに合わせて、サシャとリュウも身をかがめる。


その瞬間だった。


「ヒュンヒュン!!」

通路の奥から、複数の何かが恐ろしい速さで飛んでくる音が響いた。


「矢だ!!」

三人はかがんだ姿勢のまま、素早く石柱の裏側に隠れる。

紙でできた矢が、音を立てて石柱に深く突き刺さる。


「遠距離攻撃まで使うのか…厄介だ」

リュウは、冷静に状況を判断し、次の手を考え始めた。


「しゃがんだ状態で進もう!」

サシャは、一つの提案をした。

だが、アリアがそれに待ったをかけた。


「いや、それじゃあ危ないよ!僕に任せて!」

アリアは、自信に満ちた表情で言い放つと、ポーチから火薬がついた矢を取り出した。

そして、それを弓にあてがえ、構える。


「今だ!!」

アリアは、次の矢が放たれる合間を縫って、弓を引き絞った。

そして、矢が飛んできた場所に向けて、火薬付きの矢を放った。


「チュドーン!!」

火薬が通路の奥で閃光を放ち、轟音と共に炸裂する音が響いた。

衝撃波が通路を駆け抜け、通路の奥から矢は飛んでこなくなった。


「やったよ!」

アリアは、得意げな表情で胸を張った。

それに対してサシャとリュウは、アリアの活躍に満足げな笑みを浮かべ、大きく頷いた。


「(それにしても、ラウ老師とやら…こんなことをして何をしようとしているのじゃ)」

サシャたちの様子を、精神世界でトルティヤは、腕を組みながらじっと見つめていた。


「はっ!」


「やぁっ!」


「えいっ!」

サシャたちは、次々に襲い掛かる紙の兵士を素早く切り裂き、矢で正確に射抜きながら、さらに奥へと進んだ。

すると、重厚な木製の扉が目の前に現れた。

その扉は古く、長年の使用で磨かれたような光沢を帯びている。


「あれがゴールかな?」

サシャは、安堵の表情を見せた。


「あぁ、多分な…」

リュウが、その扉を見上げながら答えた。


「あの先にラウ老師がいるのかなぁ?」

アリアが、期待に胸を膨らませて扉を見つめた。


そして、三人が扉の前にたどり着いた、その時だった。


「バサバサバサ」

扉の奥から、無数の紙が、まるで意思を持ったかのように扉の前に飛んできた。


「まだ終わりじゃなさそうだ…」

リュウが、刀を構え直した。


紙は、不気味な音を立てながら、一つに集まり始めた。

それらは、みるみるうちに右手に巨大な大斧を持った首のない巨人の姿へと変貌していった。

その姿は、圧倒的な存在感を放ち、通路を埋め尽くさんばかりの威容を誇っている。


「…番人ってわけだね」

サシャは、冷静な判断力で状況を把握すると、双剣を構え、巨人を真っ直ぐに見据えた。

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