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第82章:白銀の遺跡

サシャたちは山道を進み、やがて遺跡らしき場所の前に辿り着いた。

遺跡は、切り立った茶色の崖を大きくくり抜くようにして作られており、それは一見すると洞窟のようにしか見えない。

ただ、その入口には苔むした小さな祭壇のようなものがひっそりと佇んでおり、それが村長が語っていた件の遺跡である証拠でもあった。


「ここが例の遺跡か…」

リュウは、入口の奥に広がる闇をじっと凝視した。


「普通の洞窟のようにも見えるけど…」

アリアは、首を傾げながら怪訝そうな表情を見せた。

目の前の光景に、遺跡らしさを感じ取れないようだ。


「特に何も感じはせぬが…掘り出し物がるやもしれんのぉ」

トルティヤが、サシャの精神世界から静かな声で述べた。


「行ってみよう…もしかしたら魔具とかもあるかも!」

サシャの一言で、サシャたちは遺跡の中へと足を踏み入れた。


少し進んだ限りでは、どこにでもある普通の洞窟だった。

遺跡の特徴である古代の壁画や巨大な柱等は一切見られなかった。

サシャたちは、自然にできたような岩肌の通路を道なりに進んでいった。


「うぅ…なんだか、少しひんやりする」

サシャは、両腕を抱きしめ、体から滲む冷気を感じ取った。

村長が話していた「遺跡の中は凍り付いている」という言葉が、頭をよぎる。


「確かに肌寒くなってきたな」

リュウは、自身の口から漏れる白い息を見つめ、僅かに身震いをした。


「そうかな?僕は普通だよ?」

アリアは、厚手のポンチョを身につけているためか、寒さを感じていないようだった。


こうして、サシャ達は遺跡の通路を進んでいく。

しばらく進んだところ、巨大な広間が目の前に現れた。


「うわ…なんだここは…」

サシャは、目の前に広がる光景に思わず声を上げた。


「こんな場所がマクレンにあったのか」

リュウもまた、その壮大な光景に息を呑んだ。


「すごく綺麗な場所…」

アリアは、その美しさに目を奪われ、感嘆の声を漏らした。


サシャ達の眼前には、氷と雪が織りなす白銀の世界が広がっていた。

石造りの家々、優雅な曲線を描く橋、そしてかすかに流れが凍結した川らしき場所。

広間の壁から天井まで、全てが厚い氷に覆われ、その表面は微細な光を反射してきらめいている。

まるで時間が止まったかのような、幻想的で神秘的な古代遺跡の光景だった。


「にしてもどうして一体こんな遺跡が…」

サシャは、この奇妙な凍結された遺跡の様子に首をかしげ、その原因を測りかねている。


「恐らく魔力の暴走じゃろうな。古代人は魔法に関する研究をたくさんしていたと言われておるしのぉ。ちなみに暴走状態とは、お主が海賊に使ったアグニの滅焔や、前にパナンで戦った雪使いの女が、最後に使った魔法のような感じじゃ…」

トルティヤが、腕を組みながら、このイレギュラーな光景に対して推論を述べた。


「魔力の暴走…か」

サシャはパナンにおけるケープとの戦いで彼女が最後に使った大技、そして、先のテネシーとの戦闘で使用した魔法を思い出す。

あれもまた、魔力の暴走だったのだろうか?

そんなことを考えつつ、足元に注意を払いながら遺跡の中へと進んでいく。


「さすがに奥に来ると一層冷え込むな…」

リュウが、深く息を吐き出す。


「火魔法…そうだ!」

サシャは、自身の双剣を構え、柄を強く握りしめると、双剣の先端に魔力を送り込んだ。

すると、双剣の先端が赤いエネルギーに包まれ、わずかだが、サシャたちの周辺が暖かくなるのが感じられた。


「わぁ!少し暖かくなったよぉ」

アリアは、体全体に広がる暖かさに嬉しさを噛みしめ、喜びの声を上げた。


「うむ…これがあるのとないとでは違うな…」

リュウも、その暖かさに安堵したように頷いた。


「そんなちっぽけな炎じゃダメじゃ。ほれ、お主の手を貸さんかい」

すると、精神世界で様子を見ていたトルティヤが、突如としてサシャの手を掴んだ。


「トルティヤ、一体何を…?」

突然の行動にサシャは目を丸くする。

その次の瞬間だった。


「ボワッ!!」

サシャの持っている双剣の刀身が轟音と共に炎に包まれ、たちまち周囲の空気を震わせた。

赤い炎が勢いよく燃え上がり、辺りを眩く照らし出す。


「うわぁっ?」

突然の燃え盛る炎に、サシャは驚き、思わず双剣を手放しそうになった。


「なんか炎が出てきたよ?サシャの魔法かな?」

アリアは、目の前で燃え上がる炎に目をキラキラさせ、興奮した様子で尋ねた。


「どうせ、トルティヤが何かやったんだろう…」

リュウは、その異常な炎の規模から、冷静にトルティヤの仕業だと判断を下した。


「どうじゃ?暖かくなったじゃろう?」

トルティヤは、どや顔を浮かべてサシャに問いかけた。


「あ、ありがとう…(少し火力が出すぎている気がすると思うのは僕だけかな?)」

サシャは、燃え盛る双剣の炎を見つめ、少し苦笑を漏らした。

彼は双剣を松明のように高く掲げ持ち、道を進んだ。


「それにしても、どこもかしこも凍っているな…」

リュウが、周囲の氷に覆われた景色を改めて見渡し、感心したように言葉を発した。


「この寒さの中、モンスターとかいるのかなぁ?」

アリアは、首を巡らせ、周囲にモンスターがいないか確認する。

すると、広間の奥、地面に凍りついた翼を広げたままの巨大な翼竜らしきモンスターの死体を3体ほど見つけた。


その翼竜らしきモンスターは、縞柄で青白い毛皮をしており、嘴が異様に長いのが特徴だった。

氷の中に閉じ込められたその姿は、まるで時が止まったかのような印象を与える。


「この翼竜…見たことがないよぉ」

アリアは、興味津々といった様子でしゃがみこみ、モンスターの死体にそっと触れた。


「その特徴…もしや「べラオス」か?」

トルティヤが、何かを思い出すように、とあるモンスターの名前を口にした。


「なにそれ?」

サシャが、聞き慣れない名前に首をかしげ、トルティヤに尋ねた。


「現代では絶滅したと言われている翼竜じゃ。その毛皮は衣服の素材。嘴は武器の素材や装飾。そして翼は船の帆やカーテンの材料にも用いられる。ワシの知っている限りでは、それゆえに乱獲されて絶滅したと言われておったが…まさかこんな形で見ることができるとはのぉ…」

トルティヤは、頷きながら、その生態と絶滅の経緯を説明した。


「ってことは解体して素材を手に入れれば、高く売れるのか?」

リュウが、べラオスの価値に気づき、トルティヤに尋ねた。


「うーむ…なんとも言えぬが、素材が欲しければ、とりあえず炎で溶かしてみるとよい」

トルティヤは、そう提案した。 そして、トルティヤの提案でサシャたちはべラオスの死体を一か所に集め、その近くにサシャの双剣を置いて、炎の熱で氷を溶かしてみることにした。


そして、約30分後。

べラオスの体に張り付いていた厚い氷はすっかり溶け去り、青白い毛皮と鋭い嘴が、生々しいほどリアルに現れた。


「…ふむ。凍っていたおかげで意外と状態はよさそうじゃ。小娘。解体できるな?」

トルティヤは、べラオスの死体の状態の良さに満足げに頷くと、アリアに解体するように指示を出した。


「うん!任せてよ!多分できると思う!」

アリアは、得意げな顔で返事をすると、太ももに差していたナイフを抜き、刃を研ぐように軽く振り、べラオスに刃を入れた。


「えーっと…翼竜は関節が硬いから骨に沿って斬れって、オババ様が言ってたから…」

アリアは、オババ様の教えを思い出しながら、慎重に、そして大胆にべラオスを解体していく。


「バウバウの時もそうだけど、アリアはモンスターの解体上手だよね」

アリアの鮮やかな解体捌きに、サシャは思わず目を奪われた。


「昔からオババ様に色々と教わってもらったからね!」

アリアは、褒められて得意げな顔を見せ、にっこりと微笑んだ。

そして、彼女は3体目のべラオスを無事に解体し終える。


「よし…できあがりっと!」

アリアは、額から流れた汗を手の甲でぬぐった。

その目の前には、嘴、毛皮、そして翼と、素材として売れそうな部位が、完璧なまでに綺麗に整頓されていた。


「ふむ…やるではないか。ほれ、さっさとそれを回収して遺跡の探索を続けるのじゃ」

トルティヤは、アリアの腕前を認めつつも、次の行動を促すようにサシャに指示した。


「はいはい分かってますって…これは後で、どこかの交易所で売ろう…」

サシャは、べラオスの素材を丁寧に亜空袋(ポータルバック)にしまった。


そして、サシャたちは遺跡の探索を再開した。

凍てつくような静寂が支配する広間には、先ほどのべラオス以外の生物の痕跡は微塵も感じられない。


「他には何も見つからないね」

サシャは、周囲を見渡したが、そこにあるのはただ凍り付いた建物ばかりだった。


「そうだねぇ。どこもしかしも凍り付いてるし…」

アリアは、凍てつく光景を眺めながら言葉を漏らした。


幽姫様(ゆうひめさま)とやらも迷信だったのか?」

リュウは、村長が語っていた幽姫様(ゆうひめさま) のことを思い出し、独り言のように発した。


「多分迷信じゃな。最初からそんなものはおらんのじゃ…村人が消えたのも恐らくただの噂じゃったのじゃ」

トルティヤは、村人が消えたという話や、幽姫様(ゆうひめさま) の存在がただの迷信であると確信した。

その時、トルティヤの直感が、突如として何か強大な魔力を察知する。


「…待つのじゃ。近くに強大な魔力を感じるのじゃ」

トルティヤは、静かな、しかし確かな声でサシャたちに告げた。


「「!!!」」

その言葉に、サシャたちの間に緊張が走った。


「この先からじゃ!…ほれ、早く行くのじゃ!」

トルティヤが急かすように呟く。

そして、サシャたちはトルティヤの案内に従って道を進む。

何度か曲がり角を曲がった、その先には一軒の大きな館が堂々と建っていた。


「ここからじゃ…」

トルティヤは館を見つめて呟く。


館は周囲と同じく厚い氷に覆われ、白銀に染まっていたが、その荘厳な造りからは、かつてこの遺跡内でも他の建物とは一線を画す、重要な場所であったことは間違いなさそうだった。

だが、入口は分厚い氷の壁で完全に塞がれていた。


「入口が氷で塞がれている…ならば…」

サシャは炎を纏っている双剣を見つめる。

そして、勢いよく双剣を構えると、入口を塞いでいる氷壁に向けて力強く振り下ろした。


「ビシビシ…」

炎を纏った双剣が氷壁に触れると、まるで熱された鉄が水を打つように白い蒸気が上がり、氷の表面に瞬く間に無数の亀裂が走り始めた。

火と氷がぶつかり合う音が響き渡り、亀裂は徐々に深く、そして広がる。

そして…


「ガッシャン!!」

氷壁は熱で溶け、そして粉々になり、バラバラに崩れ去った。

砕け散った氷の破片が、音を立てて周囲に散らばる。


「(ふむ。分かってきたようじゃな)この中じゃ」

その様子に、トルティヤはどこか満足そうな表情を浮かべ、口元に微笑みを浮かべていた。

そして、サシャたちは建物の中へ足を踏み入れた。


「まるで時間がそのまま止まったかのようだ…」

サシャが、建物の中を見渡して言葉を漏らした。


凍結された空間には、生活の痕跡がそのまま残されており、氷の膜に覆われた椅子や机が置かれ、別の部屋には、時間の流れから取り残されたかのように、凍り付いた実験道具や分厚い魔導書などがそのままの状態で置かれていた。


「ここの建物はお金持ちの商人の家なのかなぁ?」

アリアは、首をかしげながら、その光景を不思議そうに見つめた。


「怪しい実験道具とかがあった…ただの家じゃなさそうだ」

リュウは、鋭い眼差しで家の中を見渡し、その場の異様さに気づいていた。


「魔力の気配がするのはこの先の部屋からじゃ!」

トルティヤが、奥にある部屋を指差して告げた。

そして、サシャたちがその部屋に入った。


「ただの書斎?」

だが、サシャたちが入ったのは、一見するとごく普通の書斎らしき部屋だった。


「凍り付いた本棚と机と椅子以外何もないように見えるが…」

リュウも、辺りを見渡すものの、他に目立ったものは見当たらなかった。


「ねぇ、この本棚の裏から風の音が聞こえるよ!」

すると、アリアが、一つの本棚を指差して声を上げた。

その本棚は、どこにでもありそうな普通の本棚にしか見えない。


「確かに…ヒューヒューって…裏に何かあるのかな?」

サシャが、アリアの言葉に本棚に耳を澄ませると、確かに僅かに風の音が聞こえてきた。


「かもな。調べてみてもよさそうだ」

リュウが、その可能性に納得したように頷いた。


「それなら…」

サシャは、再び双剣を構えた。

そして、本棚に向かって炎を纏った双剣を力強く振り下ろした。


「ボコーン!」

双剣が本棚を直撃すると、轟音と共に木片が粉々に飛び散り、辺りを雪煙が包み込んだ。

そして、ゆっくりと雪煙が晴れていく。


「…これは、結界!?」

サシャは、目の前にあったものに、思わず目を丸くした。

本棚の後ろには、トルティヤと出会った屋敷と同じように、空間を歪ませる結界が張られていたのだ。

ただし、色は炭のように黒く、結界の先を窺い知ることはできない。


「いよいよ怪しくなってきたな…」

リュウが、その不気味な結界を見て、静かに頷いた 。


「何か大事なものでもあるのかな!?」

アリアも、どこかワクワクしている様子で結界を見つめた。


「小僧…分かっておるな?ワシの勘じゃと、この先に99パーセント魔具がある」

トルティヤが、確信したように告げた。


「あぁ…間違いなさそうだ!魔法解除!」

そして、サシャが結界に手を触れた。


「パキーン」

結界はヒビが入ると、やがてガラスのように粉々に砕けた。

結界の先は、一つの部屋へと繋がっていた。

そして、その部屋の奥、机の上には、白い輝きを放つ何かが置かれている。


「…この部屋は?それと、あの光り輝くものが魔具?」

サシャは、慎重に室内に足を踏み入れた。

この室内だけは、まるで別の空間に足を踏み入れたかのような温かさが感じられ、不思議なことに凍り付いていなかった。

広い部屋内には、埃を被った魔導書が散乱しており、床には複雑な模様の魔法陣が描かれ、古代文字がびっちりと刻まれていた。


「ふむ…なんと気味が悪い…」

リュウは、散乱する魔導書や魔法陣を見て、わずかに顔をしかめ、ため息を漏らした。


「この本、なんて書いているのか分からないよぉ」

アリアが、床に落ちていた魔導書を拾い上げ、ページをめくったが、それもまた古代文字で書かれており、解読はできなかった。


一方でサシャは、光り輝くものの前に立っていた。

その正体は、銀色の美しい装飾が施され、神聖な白い光を放つランプだった。


「これは…極天のランプか」

トルティヤは、その魔具の名前を、感慨深げにそっと言葉にした。


「極天のランプ?」

サシャが、聞き慣れない名前に首を傾げ、トルティヤに尋ねた。


「これは、天使族が創造したとされる魔具じゃ。魔力を無尽蔵にため込み、解放することができる…しかし、繊細な魔具故に扱いに気をつけねば、ため込んだ魔力が暴走する可能性もあるのじゃ。この遺跡が凍り付いておった理由にも納得がいくわい」

トルティヤは、慎重な口調で、その魔具の特性と危険性を説明した。


「…魔具がまさかこんなところで手に入るなんて」

サシャが、そのランプに手を伸ばし、手に取ろうとした、その時だった。


「引力魔法-万有乖離(ばんゆかいり)-!」

突如として、背後から響く声と同時に、強大な引力がサシャたちを襲った。


「うわっ!なんだこれ…強風?」

サシャの体が、まるで目に見えない巨大な力に引っ張られるかのように、勢いよく後方へと引き寄せられていく。

彼は必死に抵抗しようと足を踏ん張るが、体がふわっと浮き上がる。


「ぐっ…一体これは」

リュウもまた、足が床から離れ、何かに強く引っ張られていく。


「うわぁ!なんか浮いているよぉ!」

アリアも同じく、宙に浮き上がり、壁へと吸い寄せられていく。

そして、極天のランプは、勢いよくサシャたちの目の前を過ぎ去り、宙を舞った。


「あ、ランプが…!!」

サシャが、手を伸ばそうとするが、ランプには手が届かず、目の前に冷たい壁が迫る。


「ぐっ!」


「うっ!」


「きゃっ!」

そして、三人はそのまま壁に体を強く打ち付けられた。

その勢いは凄まじく、サシャたち以外にも、部屋に散らばっていた多くの魔導書や実験道具が、壁に吸い寄せられるように一斉に飛んできていた。


「冒険者達、結界を解いてくれて礼を言う」

そして、その声の主が、宙を舞っていた極天のランプを空中でひらりと手に取る。


「お、お前は確か…」

サシャは、壁に打ち付けられた痛みに耐えながら、ゆっくりと体を動かし、声の主の方へ顔を向けた。


「だが、言ったよな?「次に会った時は、容赦しない」と」

サシャたちの目の前には、3人のドラゴニアが立っていた。

そのうちの一人は、以前サシャと対峙した、灰色の翼をもったドラゴニアである、レグルスだった。

その鋭い眼差しはサシャを射抜き、彼の口元には不敵な笑みが浮かんでいた

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