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第80章:逸品

翌朝、サシャたちの姿は、宿屋のレストランに並ぶ木製のテーブルの一つにいた。

窓からは柔らかな朝の光が差し込み、活気に満ちた一日の始まりを告げている。


「うん!美味しい!」

サシャは湯気を立てる鳥そばを勢いよくすすり上げた。

昨夜はトルティヤに入れ替わられてしまったので、鳥そばを食べ逃したのだった。

その表情には、心からの満足感が満ち溢れている。


「すやすや…」

そして、当のトルティヤはというと寝息をたてて気持ちよさそうに眠っている。


「朝はやっぱり米に限る」

リュウは、熱々のご飯が盛られた白い飯碗に、溶いた卵を丁寧に回しかけていた。

そのそばには、野菜がたっぷり入った汁物と、鮮やかな黄色の漬物が並ぶ。

さらに、小さな小皿に黒い液体が用意されていた。


「リュウのそれ…もぐもぐ…なんて料理なの?」

アリアは、手に持ったサンドイッチを頬張りながら、興味津々といった様子でリュウに問いかけた。


「これは卵かけご飯だ。魏膳(ぎぜん)では溶いた卵を米にかけて食べることがある」

リュウは卵をご飯にかけ終えると、今度は黒い液体が入った皿を手に取り、それを米と卵が混ざり合う丼の中へ静かに注ぎ入れた。


「それは…なんかのソース?」

サシャが、鳥そばを食べる手を止めずにリュウへ視線を向けた。


「醤油と呼ばれているソースだ。大豆と小麦を特殊な菌で発酵させたものになる。まさか、マクレンで魏膳(ぎぜん)の料理を食べられるとはな」

リュウは、嬉しそうな表情で顔を綻ばせると、スプーンで卵かけご飯を大きく掬い取り、口元へ運んだ。


「あぁ…これだ。懐かしいな」

普段のリュウから想像ができないような柔らかな表情を見せた。


「そういうアリアは何を食べているの?」

サシャはアリアの食べている料理に視線を向ける。


「これは、ビビーポークのベーコンサンドイッチ!ビビーポークは脂身がちょうどよくて、焼くとカリカリしてて美味しいんだよ。一口食べてみる?」

アリアはそう呟くと、小さくカットされたサンドイッチをサシャとリュウに手渡す。


「これが…サンドイッチ」

サシャは差し出されたサンドイッチの具材に目を向けた。

そこには、赤く香ばしく焼かれたベーコンと、みずみずしい緑の葉野菜、そして、真っ赤なトマトが彩り豊かに挟まっている。


「香ばしい匂いだ…食べてみるか」

リュウは、その食欲をそそる香りに誘われるようにサンドイッチを口に入れた。


「どれどれ」

サシャも続くようにサンドイッチを口に入れた。

次の瞬間、カリカリとしたベーコンのジューシーな脂身と、葉野菜のシャキシャキとした歯触り、そしてトマトの爽やかな酸味、さらにほんのり甘みがあるソースが、一斉に口の中で混ざり合い、複雑な風味のハーモニーを奏でた。


「んー!これは美味しい…」

サシャは初めて食べたサンドイッチの美味しさに目を丸くしていた。


「ボリュームも中々だ。悪くないな」

リュウもサンドイッチの味に満足している様子だった。


こうして、賑やかな朝食の時間は、穏やかに過ぎ去っていった。


「今日はリュウの刀を買いにいくんだよね?」

食事が終わると、サシャは今日の旅の予定について切り出した。


「そうだな…ただ、鍛冶屋の場所が分からないな。店の人に聞いてみるか」

リュウがそう応じた時、ちょうど近くをドラゴニア族の女性店員が通りかかろうとしていた。


「あの…すみません!一つお尋ねしてもいいですか?」

サシャは女性店員に声をかけた。


「はい!なんでしょうか?」

女性店員は満面の笑みをサシャたちに向け、彼らの声に耳を傾けた。


「この島に腕利きの鍛冶屋がいると聞いたのですが…どこにお店があるかとか分かりますか?」


「うーん…私は知らないな…いかせん1週間前にこの街へ出稼ぎにきたばかりだし…」

女性店員は小首を傾げ、困ったような表情で鍛冶屋の所在が分からないことを伝えた。

その時、隣の席で食事をしていた商人らしき男性がサシャたちに顔を向けた。


「腕利きの鍛冶屋ってのは、もしかしてポルチーニのことかい?」


「ポルチーニ?」

その名前に聞き覚えがなく、サシャは理解できない様子で首を傾げた。


「多分、君たちが探している鍛冶職人のことだよ。若いのに大した腕前だよ。場所は島の北側にある」

商人は、彼らの戸惑いを察したのか、親切にもサシャたちに店の場所を丁寧に教え始めた。


「島の北側…ありがとうございます」

サシャは商人の親切な情報提供に対し、深く頭を下げて礼を述べた。


「ならば、早速出発だ。すみませんが会計を…」

リュウは立ち上がり、店員に声をかけた。


「はい!宿泊費と食事代で合計1万1700ゴールドになります」

店員は明るい声で応え、金額を提示した。


「これで!」

サシャは金貨1枚と銅貨2枚を手渡す。


「ありがとうございます!お釣りを持ってくるのでお待ちくださいね!」

店員は硬貨を受け取ると足早にレジの方へ向かって行った。


「そういえば、君たちは冒険者だろう?」

会計を待つ間、商人が何かを思い出したかのように口を開いた。


「そうですけど…何かありましたか?」

サシャは商人の言葉に耳を傾ける。


「昨日、仲間の商人からブロッケスの北部にある遺跡の話を聞いてな。詳しくは分からんが、もしかしたら興味があるかなと思って…」


「ブロッケスの北部か…せっかくだし、リュウの刀を購入した後に行ってみようよ!」

サシャの瞳が輝き、冒険心に火がついた。


「うん!賛成!」

アリアも嬉しそうな表情を見せる。

その時、店員がせかせかと彼らの席へと戻ってきた。


「はい!こちらお釣りになります!」

店員は、白貨を3枚、サシャの手に乗せた。


「ありがとうございます…じゃあ行こうか」

サシャ達は白貨を受け取ると席を立ち、店の入口に向かう。


「ありがとうございました!」

店員が明るい声で見送る。

こうして、サシャ達の一日が始まった。


ボルジア島には太陽の光がキラキラと降り注ぎ、心地よい穏やかな風が吹いていた。

昨夜は夜闇に隠されていたが、街全体は陽光を浴びて淡く輝く、赤色、オレンジ色、桃色、黄色…といったパステルカラーの建物が、まるで絵画のように軒を連ねていた。


「スズラン草で作った最高級の痛み止めはいかがですか?」


「新鮮なソザン牛の霜降り肉だよ!!」


「この包丁を見てくれ!硬いクルミも一刀両断だよ!」

商人たちは、道行く人々を呼び込み、自慢の商品を売ろうと活気あふれる声を飛ばしていた。


他にも、活きの良い新鮮な魚を売る商人、弦楽器で軽快な音楽を奏でる吟遊詩人らしき男性、そして土魔法と火魔法を巧みに操り、陶器を作る陶器職人の姿など、ボルジア島がこの海域における首都として、豊かな賑わいを見せていることが伺える。


「うわぁ…すごい人だ」

サシャは目の前に広がる光景に圧倒され、思わず声を上げた。


「まるでトリア帝国のハギスのようだ…いや、それ以上に大きい」

リュウも周囲を見回しながら、静かに感想を漏らした。


「空に鳥がたくさん飛んでいるよぉ!」

アリアは、街の上空を舞う鳥たちに目を奪われ、指をさして喜びの声を上げた。


そして、サシャたちが辿り着いたのは、街の広々とした中心地だった。

そこには、白亜色の石材で築かれた荘厳な4階建ての建物が、威厳を放つようにそびえ立っている。

入口には、刀を腰に携えた、引き締まった体つきの衛兵と思われる男性が二人、微動だにせず立っていた。


「綺麗な建物だ…」

サシャはその荘厳さに目を奪われる。


「…マクレン群島連合国会。なるほど」

リュウは門の横に置かれた、歴史を感じさせるオブジェに刻まれた文字を確認し、小さく読み上げた。


「国会ってなに?」

アリアが、不思議そうな表情でリュウの言葉に問いかけた。


「簡単に言うと、国の偉い人が集まって、国の方針を定めたり、法律を決めたり、国の大臣を決めたりする場所のことだよ」

サシャは、アリアにも分かりやすいように、ゆっくりと説明を加えた。


「へぇ。そんな場所があるんだね」

アリアは興味津々といった様子で、白亜の国会をじっと見上げていた。


「どの国も必ず偉い人がいる。そういう人たちが国の在り方を決める。その結果、良くも悪くもなる…大事なのは偉い人が誰になるか…だろう」

リュウは、建物から視線を外さずに言葉を続けた。


「ふーん。僕のところはオババ様が一番偉いし、代々伝わる掟があるから皆それに従って生活しているよ!」

アリアは、自身の育った環境について、屈託のない笑顔で語った。


「…そ、そうなんだ」

アリアの言葉を聞き、サシャとリュウは思わず顔を見合わせた。

互いの視線には、彼女が育ったキャラバンが、世間一般とは異なる特殊な環境だったことを再確認するような戸惑いが浮かんでいる。


こうして、サシャ達は再び更に街の北側に向かって歩く。


「朝採れたての牛乳はいかがですか?」


「この、スッパ茸を3ついただけるかしら」


「ボルジア島名物!アカメオクトパスの串焼きやってるよ!」

街の北側も、活気は衰えることなく、人々が賑わいを見せていた。

様々な呼び込みの声が飛び交い、芳しい香りが食欲を刺激する。


「して、ポルチーニの鍛冶屋はどこだろう?」

サシャは周囲を見渡しながら、独り言のようにつぶやいた。


「街の北側にあると先ほどの商人は話していたが…」

リュウもまた、周囲の建物を観察しながら、鍛冶屋の場所を探している。


「うーん、見当たらないよぉ」

アリアは首を傾げ、困ったような表情で答えた。


サシャたちは歩きながら周囲を見渡していると、その時、近くから「カーンカーン!」という金属を打つ音が微かに聞こえてきた。


「金属を打つ音!もしかして…」

サシャたちは、その音の方向へと一斉に足を進めた。

少し、路地を奥に進んだ場所、開けた広場の一角に、煙が立ち上る小屋が見えた。

そこから金属と熱の匂いが微かに漂ってくる。


「ここがポルチーニの鍛冶屋…」

サシャたちは、目の前に現れた鍛冶屋を見つめた。


作業場と思われる小屋と、出来上がった刀や武器が売られているであろう小屋が、二つ並んでポツンと建っている。

年季の入った木製の看板には「ポルチーニの鍛冶屋」という文字が、職人の誇りを秘めるかのように刻まれていた。


「これがポルチーニの鍛冶屋だね…」

サシャは目の前の小屋に視線を向け、期待に満ちた声を発した。

その視線の先には、年季の入った看板が掲げられている。


「行ってみよう…」

リュウが先頭に立ち、サシャたちと共にポルチーニの鍛冶屋へと足を踏み入れた。


「うわ…すごい刀の数」

店内に一歩足を踏み入れたサシャは、壁一面に並ぶ武器の壮観さに、思わず感嘆の声を漏らした。


店の壁面には、東方刀、西方刀、薙刀、長巻、槍、斧、そしてサシャたちが見たこともないような奇抜な形状の武器まで、あらゆる種類の武具が整然と、かつ美しく展示されていた。


「パリオネ島の武器屋の比じゃないな」

リュウは壁に展示されている武器をじっと見つめながら、感嘆の息を漏らした。

その一つ一つが、卓越した技術で丁寧に作られた逸品であることが、彼の目にははっきりと見て取れる。


「おや、お客さんかい?」

その時、店の奥から、背は低いものの筋骨隆々とした体躯の若い男性が現れた。

彼は頭に赤いバンダナを巻き、着ている作業着は鍛冶の煤でところどころ汚れている。

その顔立ちや体格から、彼がドワーフ族であることが見て取れた。


「刀を買いに来たんだが…あなたが店主ですか?」

リュウが男性に話しかける。


「いかにも。俺の名はポルチーニ。ここの店主にして刀鍛冶だ。して、刀が欲しいと…?」

ポルチーニと名乗った男は、リュウの言葉に一瞬で険しい表情を見せた。

その眼光は鋭く、リュウの全身を見定めるかのように射抜く。


「はい…売ってくれますか?」

リュウはゴクリと唾を飲み込む。

あたりに緊張が走る。


「…」

ポルチーニの眼光が、再び鋭くリュウの目を捉えた。

だが、次の瞬間、その表情は一瞬にして柔らかく、そして満面の笑みに変わる。


「もちろんだとも。ゆっくり見て好きなものを選んでくれ!鍛冶場にいるから、決まったら呼んでくれ!ガハハハ!」

ポルチーニは、さっきまでの険しさが嘘のように陽気な笑い声を響かせると、店の奥にある鍛冶場へと姿を消した。


「あ、は、はい…」

ポルチーニの態度が急変したことに、リュウは一瞬戸惑いを見せた。

そして、リュウの刀選びが始まった。


「これなんか良さそうじゃない?」

サシャは一本の東方刀を指さす。


東方刀。

大陸の東側から伝わったと言われている刀。

主に製造している国は魏膳(ぎぜん)だが、製造方法自体は大陸全土で広く流通している。

その特徴は、刀身の美しい刃文、鋭い斬れ味と優雅に反り返った刀身、そして芸術的なまでに洗練されたフォルムにある。

その美しさ故に、単なる戦闘用としてだけでなく、観賞用として熱心に収集している貴族やコレクターも存在するほどだ。


一方で西方刀は、大陸の西側から伝わったと言われる刀であり、東方刀が片刃であるのに対し、西方刀は両刃刀である。

その実用性から、多くの国で冒険者や軍人が使用している。


切れ味と耐久力と軽さでは東方刀が優れ、求めやすい価格とリーチ、そして扱いやすさでは西方刀が勝る。

このように、双方それぞれに長所を持つのが刀の魅力でもあった。


「ふむ…悪くないが他も見てみたい」

リュウは一本の東方刀を手に取り、その重さやバランスを確かめるように軽く振った後、一考する。

しかし、彼の求める「何か」が見つからないのか、他の武器も見てみることにした。


「これなんかどうかな?面白い形をしているよ!」

アリアが替わった刀身の武器を指さす。

それは、刃が波状になった、奇妙な形状の両手剣だ。


「いや…さすがにあれはちょっと」

リュウは、アリアの提案に苦笑を漏らしながら、遠慮がちに言葉を返した。


それから、彼らはいくつか展示されている刀を手に取り、入念に確認した。

だが、リュウの心を「これだ」と射抜くようなものは一向に見つからない。

そして、最初の刀を選んでから、既に1時間近くが経過しようとしていた。


「うーん…悪くはないのだが刺さるものがないな」

リュウは、諦めきれないといった様子で、はっきりとそう言い切った。

その時、店の奥からポルチーニが再び姿を現した。


「ほう。刺さるものがないと…」

リュウの先ほどの言葉が、どうやらポルチーニの耳に入っていたらしい。


「あ、いや…そういう意味では…すみません」

リュウは、自分の本音が聞かれたことに気まずさを感じたのか、慌ててポルチーニに頭を下げた。


だが、ポルチーニは意外な反応を見せる。


「お客さん…言うじゃねぇか!!」

ポルチーニは、にやりと口角を上げ、満足げな笑みを浮かべてそう応じた。


「え?」

ポルチーニの予想外の反応に、サシャとアリアは目を丸くした。


「よし気に入った!お客さん、ちょっとこっちに来い!」

ポルチーニは、腕を組みながらそう言い放つと、サシャたちをどこかへと案内しようと身振りで促した。


「は、はい?」

リュウは怪訝な顔をしながらも、ポルチーニの後について行った。


「なんなんだろう?」

サシャとアリアも、互いに顔を見合わせながら、二人の後に続く。


「それにしても久しぶりだな!ここの扉を開けるのも!」

ポルチーニに連れてこられたのは、鍛冶場の横にある、ひときわ大きな、錆び付いた鉄製の扉の前だった。

その扉には厳重に太い鎖と複数の錠前がかけられており、周囲には長年開けられていない埃と、ひんやりとした空気が漂っている。


「ここは?」

サシャは、その厳重な扉を前に、ポルチーニに問いかけた。


「いいから楽しみにしてろって!…さ、開けるぞ!」

ポルチーニはそう言葉を発すると、腰の鍵を取り出し、3つの錠前を順番に正確に開錠していった。

開錠する度に、太い鎖が音をたてて地面に落ちる。


「さて…」

鍵を開け終えると、ポルチーニは扉に手をかけ、ゆっくりと横に押し開いた。


「ゴゴゴゴゴゴ…」

錆びついた扉は、重く軋むような音をたてながら、ゆっくりと開いていく。

扉の隙間からは、奥に広がる闇が覗き、中がよく見えない。


「さて…見て驚くなよ!」

ポルチーニは不敵な笑みを浮かべてそう言い、扉の横にあるボタンを押した。

その瞬間、室内の電灯が眩い光を放ち、一瞬で空間全体を照らし出す。


「これは…すごい」

リュウは、その光景に息を呑む。


「こんな場所が…」

サシャもまた、目の前に広がる室内の様子に、驚きを隠せずにいた。


室内には、磨き上げられたガラスケースが整然と並び、その一つ一つに、完璧なまでに鍛え上げられた武器が展示されていた。

それらは、店先にあったものとは一線を画す、別次元の輝きを放っている。


「さっきと同じような武器…だよね?」

アリアは、その美しさに目を奪われながらも、ポルチーニに問いかけた。


「お嬢さんにはそう見えるかもしれないが、これは俺が打った中で100パーセント中の100パーセント、納得ができた武器達だ。武器の良し悪しが分からない素人が持ったら武器がかわいそうだからな…こうやって俺に啖呵を切った奴にしか見せないし、売らないと決めているんだよ」

ポルチーニは、胸を張るように誇らしげに語った。

彼の言葉からは、自身の作品に対する揺るぎない自信と、職人としての矜持がにじみ出ている。


「確かによく見たら作り込みというか…色合いや輝きが店のものと一味違うかもしれない」

サシャは、近くにあったガラスケースに入っている一振りの斧を食い入るように見つめた。

その斧には繊細で美しい彫刻が施されており、刃の輝きや研ぎ澄まされた曲線は、店先のどの斧よりも優れていることが見て取れる。


「お客さんは刀をご所望だったよな?」

ポルチーニは、リュウに視線を戻し、彼の希望を再確認した。


「はい。できれば…東方刀を…」

リュウは、少し間を置いてから、自分の希望を明確に伝えた。


「それなら…これはどうだ?」

ポルチーニが、一本の刀を指差した。

その方向にあるガラスケースの中には、深く吸い込まれるような紺色の鞘に納められた、一本の東方刀が鎮座していた。


「おおっ…」


「なんか上品な感じがするよぉ」

サシャとアリアも、その刀の放つ高貴な雰囲気に、思わず息を呑んだ。

素人の目から見ても、その鞘だけで並々ならぬ上物であることが感じられる。


「綺麗な鞘だ…よければ刀身も見てみても?」

リュウは、その刀の美しさに魅了されたように、ポルチーニに許可を求めた。


「もちろんだ。そのつもりでここに来たんだからな」

ポルチーニはそう言い、ガラスケースの鍵を外し、中から慎重に刀を取り出した。


「さ…持ってみてくれ」

ポルチーニは、リュウの目の前に刀を差し出した。


「…」

リュウは神妙な面持ちで、差し出された東方刀を握りしめた。

その感触を確かめるように、ゆっくりと鞘から刀身を抜く。


刀の柄の部分は深みのある黒紫色をしており、刃文は美しい皆焼刃(ひたつらば)で、淡い薄紫色に幻想的に輝いていた。

一方で刀身は一切の装飾を排したシンプルな銀色であり、その堅実な造りが、刀としての実用性を物語っている。


「綺麗な刀だ…」

サシャは、その刀の放つ静謐な美しさに目を奪われた。


「美しい…それに持ち心地がよい」

リュウは、刀の持ち心地を試すように、柄をしっかりと握りしめた。

その表情には、手にした刀への深い満足感が浮かんでいる。


「よかったら試し切りしてみろ」

すると、ポルチーニが奥から巻藁を持ってくる。


「…ではお言葉に甘えて」

リュウが荒覇吐流(あらはばぎりゅう)の基本の構えをとる。

その姿からは、研ぎ澄まされた集中力が伝わってくる。

そして、深く呼吸をすると、一気に地面を踏み込み、前へと踏み出した。


「かぁぁぁぁぁっ!!」

リュウが短い叫び声と共に刀を振るう。

その刃が風を切り裂く音が響き、閃光のように一瞬で巻藁を通り過ぎる。


「ズバッ!!」

乾いた音と共に、巻藁は一点の淀みもなく、美しい斜めに一刀両断された。

断面は滑らかで、その切れ味の鋭さを物語っている。


「おぉ!(いつ見てもリュウの剣術は洗練されているな)」

それを見たサシャが、感嘆の意を込めて小さく拍手をした。


「見事…素晴らしい剣さばきだ!よし決まりだ!その刀をお客さんに売ろう!」

ポルチーニは、リュウの試し切りに心底感銘を受けたのか、即決したように力強く頷いた。


「斬り心地も申し分ない。いくらで売ってくれますか?」

リュウは、その刀を自分のものにしたいという強い意思を込め、ポルチーニに値段を尋ねた。


「本来なら60万ゴールド程度で売るところだが、お客さんは筋が良い。何より刀が喜んでいるように見えた。だから、半額の30万ゴールドでどうだ?」

ポルチーニは、にこやかな笑みを浮かべ、破格の値段を提示した。


「30万ゴールド…これでどうだろうか?」

リュウは、その金額に一切の躊躇もなく、腰に提げていた巨大な金貨袋をポルチーニに手渡した。


「はいよ。ちょっと待ってな」

ポルチーニはそう答え、近くに置いてある作業台で、慣れた手つきで金貨を数え始めた。


「リュウ…30万ゴールドってほぼ全財産じゃん」

サシャが、その金額の大きさに驚き、小声でリュウに耳打ちした。


「いいんだ。あの刀にはそれだけ出す価値がある」

リュウは、サシャの言葉に動じることなく、きっぱりとそう言い切った。


「確かに受け取った。その刀…いや「紫星玲(しせいれい)」はお客さんのものだ!」

ポルチーニは、数え終えた金貨を袋に戻しながら、刀に新たな名前を授け、リュウに告げた。


紫星玲(しせいれい)…いい名前だ」

リュウは、その名を静かに反芻するように口にし、刀を鞘ごと背中に背負った。

その動作には、新しい相棒を得た満足感と、深い愛着が感じられる。


こうして、リュウは新たな刀「紫星玲(しせいれい)」を手に入れたのだった。

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