第77章:二人の船長
砦の中は、まるで建造中の建物の内部のように、荒削りな木材を組み合わせた木組みでできていた。
外の激しい戦闘音は、厚い丸太の壁でもある程度遮断されているが、それでも奥から響く怒号や魔法の炸裂音が聞こえてくる。
中央の崖には小さな家があり、他の建物とは異なり、少しだけ頑丈に、そして装飾が施されているように見える。
「恐らくはあそこね…」
シャロンが家の方を指さす。
「だったら、そこに行こう!」
サシャとアリアは頷くと、小さな家を目指して走り出した。
「なんだ!?海兵隊か!?」
「やっちまえ!」
すると、侵入に気が付いた海賊達が、砦の構造物の陰からぞろぞろと10人ほど姿を現した。
「下っ端に用はないの…加速魔法-旋風脚-」
シャロンが魔法を唱える。
その体が一瞬ブレたかと思うと、瞬間移動したかのような速度で海賊たちの間を駆け巡る。
「ガハッ」
「ごはっ」
「あべっ」
海賊達はシャロンの回し蹴りを頭部に受け、白目を剥いて倒れる。
「なんだ、大したことない奴ね」
シャロンは帽子を直すと立ち直った。
その時だった。
「騒がしいと思っていたが…海兵様も来ているとはな」
すると、奥から筋骨隆々な赤い服を着た海賊と、その部下らしき海賊が5人現れた。
その腰には刀と思われる武器をぶら下げていた。
「あんたは…キャプテンテネシー!!」
シャロンがその姿に驚きを見せる。
キャプテン-テネシー-。
マッカラン海賊団の船長で、超絶武闘派と知られており、多くの海賊を従えている大海賊の一人である。
一般人にも多大な被害を出しており世間からは悪名高い海賊と評されている。
かけられた懸賞金は120万ゴールドという海賊の中でもトップクラスの金額だった。
「あんた海兵かい?美人なのに勿体ないな…そうだ、俺の女にならないか?いい思いさせてやるぜ」
テネシーは下卑た笑いを浮かべ、シャロンの体を下から上へとじっと見つめる。
「悪いけど…おっさんには興味がないのよ」
シャロンがニコニコしながらテネシーに呟く。
「シャロンさん!」
サシャも顔を引き締め、双剣を構える。
「この人が悪い海賊なんだね!!」
アリアは弓を構え、矢をつがえる。
「おや?そこのガキ共はなんだ?迷子になったのか?」
テネシーはサシャとアリアを指さす。
「ふふふ…心強い助っ人よ」
シャロンがニヤリと笑う。
「海兵隊も相当、人手不足らしいな。ガキにまで頼むとはな…構わねぇ!お前らやれ!!」
テネシーが指示をすると5人の海賊達が剣を構えて襲い掛かる。
「返り討ちだよぉ!!」
アリアは矢を海賊の一人に放つ。
「砂魔法-騎兵隊の鎧-」
その時、海賊の一人が魔法を唱える。
地面の砂が集まり、こちらに向かってきた海賊達の体を分厚い砂の鎧が覆った。
「さくっ…」
矢は砂の鎧に阻まれて勢いを失う。
突き刺さるが、それ以上深くは進まなかった。
「それはズルいよぉ…こうなったら」
アリアは別の矢をつがえる。
「そこの小僧!覚悟しな!」
海賊の一人がサシャに剣を振るう。
「ガキン!」
サシャは左手に持った双剣で防ぐ。
剣同士がぶつかり合い、金属の高い音が響く。
「魔法解除!!」
そして空いている右手で砂の鎧に触れる。
すると、砂の鎧が文字通りボロボロと音を立てて砂となって崩れ去る。
「なにっ!!」
砂の鎧を解除された海賊はサシャの魔法に驚愕した。
「今だ!」
サシャは左手の双剣で海賊の剣を弾いた。
剣が弾き飛ばされ宙を舞う。
「とぉっ!!」
そのまま双剣の峰で海賊を斜めに斬り裂く。
「あべっ」
海賊はなすすべもなく、呻き声を上げ、倒れた。
峰での攻撃とはいえ、鉄塊で殴られているようなものだ。
その痛みは下手したら刃物で斬られるよりも痛いかもしれない。
「加速魔法-根李茶戯-!」
シャロンは海賊の一人に強烈なかかと落としをお見舞いする。
「ごはっ」
その威力は、海賊が纏っている砂の鎧をも粉々に砕き、その頭部を凹型にした。
それは、まるで岩石でも砕いたかのような衝撃だった。
「えいっ!」
アリアは矢を2本放つ。
その矢の先端は青白くなっている。
「へっ、そんな矢は怖くないぜ」
海賊達は恐れを抱かずにアリアに向かってくる。
「サクッ」
矢が鎧に突き刺さる。
すると、矢の先端から冷気が鎧全体へと恐ろしい速さで広がり、みるみるうちに鎧が氷漬けになっていく。
「なんだ?つ、冷たいぞ?」
鎧が凍り付き海賊達はその場から動けなくなる。
「あら。気が利くわね…加速魔法-激烈額弾-」
シャロンは凍り付いた海賊の近くに歩み寄ると、凍り付いていない額部分に指を当て魔力を集中させる。
「な、なにを?」
海賊は戸惑いの声を上げる。
しかし、次の瞬間、激しい衝撃が海賊を襲う。
それは、頭蓋骨に響くほどの破壊力だった。
「ドサッ」
そしてサシャは最後の一人を倒していた。
双剣で敵の武器を受け流し、隙をついて峰で攻撃したのだ。
海賊は呻きながら倒れる。
「やぁっ!」
そして、サシャは最後の一人を倒していた。
こうして、キャプテンテネシーの部下5人は、サシャ、シャロン、アリアの連携によって瞬く間に倒された。
残りは目の前にいるキャプテンテネシーのみだった。
「さ、どうする?降参する?」
シャロンがキャプテンテネシーに視線を向ける。
「へっ…笑わせんな。こちとら最初からデュワーズの連中に喧嘩を売りに来たんだ。不退転とかありえないんだよ」
キャプテンテネシーは腰に携えている刀を抜く。
それは、柄の部分が金でできており、刀身は少し反り返っている。
「その勢いだけは認めてあげるわ…けどここまでね」
シャロンも峰が凹型のナイフを構えて臨戦態勢に入る。
「…」
サシャとアリアも武器を構えている。
次の戦闘が始まろうとしていた。
その時だった。
「随分とお困りのようだな、キャプテンテネシー」
崖の上にある家の方から声が響く。
「!!」
一同が声のする方向へ目を向ける。
そこには、緑髪の威風堂々とした偉丈夫がいた。
背中には武器らしき大剣を背負っていた。
「…キャプテンバランタイン!」
シャロンがその名前を口にする。
キャプテン-バランタイン-。
デュワーズ海賊団の船長で、若手の中で最も勢いがある海賊として知られている。
海賊団としては珍しく複数の艦隊を率いており、それぞれ自由に活動させ、月に一回、それぞれが本拠地にて略奪した成果を持ち寄るという方式をとっている。
かけられた懸賞金は40万ゴールドと若手の中では高額だった。
「お。とうとう巣窟から出てきやがったか!ビビッて逃げ出したのかと思ったぜ」
テネシーが挑発するようにバランタインに呟く。
その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「なんとでも言え…で、お前ら人の庭で何してくれてるわけ?」
バランタインが冷酷な視線をテネシーに向ける。
「なに。お前らの財宝を奪いに来ただけだ。ついでに、最近調子に乗っているお前を少し分からせてやろうと思ってな」
テネシーは、にたぁとした笑みをバランタインに向ける。
「なるほどな…随分と舐められたものだ。で、海兵と一緒に来たと?いい迷惑だ…」
バランタインは呆れたようにため息をつく。
そして、一瞬思考を巡らせ口を開く。
「海兵は俺にとっても邪魔だし、お前にとっても邪魔なはずだ。そこでだ…一時休戦して海兵を追い払うというのはどうだ?」
バランタインからテネシーに共闘の提案がされる。
「なに!?」
その言葉にサシャ達は警戒の色を強める。
予期せぬ展開に緊張が走る。
「ほう…俺の傘下にくだるってことか?」
テネシーはバランタインの提案に興味を示し、挑発するように言った。
「勘違いをするな一時的な休戦と共闘だ。立場も対等。そして、海兵隊を追っ払った暁には財宝の半分をくれてやる。それで妥協しろ。悪い話ではないだろう?それとも、海兵隊に漁夫の利を許すのか?」
バランタインは言葉巧みにテネシーを共闘に持ち込む。
テネシーの利益を突き、彼を納得させようとする。
「ふむ…」
それを聞いたテネシーは少し考えると頷く。
「ふん。いいだろう。約束は破るんじゃねぇぞ」
テネシーはバランタインの提案を受諾した。
「取引成立…だな」
するとバランタインが崖から飛び降り地面に着地する。
見た目に反して着地音はほとんどなく、まるで羽のように軽い着地だった。
その手には巨大な大剣が握られている。
「これは余計放っておけなくなったわね…まさか手を組むなんてね」
シャロンがバランタインとテネシーを強く睨みつける。
「負けるわけにはいかない…!!必ず捕まえる…!」
サシャが双剣に力を込める。
「先手必勝ね…加速魔法-旋風脚-!」
次の瞬間、シャロンが魔法を唱えると同時に姿を消す。
そしてテネシーの横に出現する。
「ははぁっ!!」
シャロンは鋭い回し蹴りをテネシーに向けて放つ。
「よっと」
しかし、テネシーは見た目に反して素早い動きで後方に避ける。
蹴りの風圧がテネシーの髪を掠める。
「さぁ来な小僧共。お前らの相手は俺がしてやる」
バランタインは大剣を構えながら、サシャとアリアを見つめる。
大剣からは重圧感が発せられている。
「アリア!援護を頼んだ!」
サシャがそう呟くと双剣を構え、バランタインに向かって駆け出した。
「うん!分かったよ!」
アリアは弓を構え、矢筒から矢を取り出しつがえる。
「てやぁぁ!」
サシャは双剣をバランタイン振るう。
「中々いい踏み込みだが…甘い!!」
だが、バランタインは大剣で双剣の攻撃をガードする。
「ガキン!!」
金属と金属がぶつかる音が響く。
「うっ…!(全くびくともしない)」
サシャは刀身を押し込もうとするがバランタインが持っている大剣はピクリとも動かない。
「今だ!!」
アリアはバランタインの足元に向けて矢を放つ。
「筋は悪くないが修練不足だな…」
するとバランタインの腕の筋肉が一気に隆起する。
そして、薙ぎ払うかのように、思いっきり大剣を振るう。
「うわぁ!!!」
その勢いにサシャは吹き飛ばされ、地面を転がる。
だが、同時にアリアの矢がバランタインの足に突き刺さろうとしていた。
「(当たった!)」
アリアは矢が当たるのを確信した。
矢は吸い込まれるようにバランタインの足に向かう。
「ガキン!!」
だが脛にあたったはずの矢は、固い金属に当たったかのような高い音を立てて弾かれてしまった。
「嘘?どうして?」
アリアは矢が弾かれたことに驚きを隠せないでいる。
「危ない危ない…」
バランタインは平然としていた。
そして、そのまま吹き飛ばされたサシャに向かって大剣を構えて走り出す。
「くっ…!」
サシャは地面に手をついており動けない状態だった。
「坊や!危ないわ!」
それを見たシャロンがサシャの方に向かって瞬時に移動する。
「もらった!」
サシャの前の前に巨大な大剣が迫る。
「うわっ!」
サシャは咄嗟に右手の双剣で防ごうとしたが間に合うか分からない。
「ガキィン!」
だが、サシャにその刃が届くことはなかった。
「へぇ…この一撃を防ぐとは。やるじゃないか」
サシャの魔の前にはシャロンが滑り込むように割って入っていた。
「坊やは…やらせないわ…」
シャロンは凹型のナイフをクロスさせ大剣による一撃を防いでいた。
その細い腕からは想像できない力だ。
「シャロンさん…」
サシャはゆっくりと立ち上がる。
「余計な横やりを…」
分が悪いと判断したのかバランタインはバックステップで後方に下がる。
だが、それを見たテネシーがニヤリと不敵な笑みを見せる。
「ならば、こっちのガキから片付けてやる!!」
テネシーは素早い動きでアリアに向かって走り出す。
「アリア!気を付けて!!」
その様子を見ていたサシャが叫ぶ。
「大丈夫だよ!鎖魔法-チェーンバインド-!」
アリアが魔法を唱える。
すると地面から鎖が、蛇のように現れる。
「なに!?」
テネシーが虚を突かれる。
そのまま、鎖はテネシーの手足に絡みつく。
「捕らえたよ!」
アリアは得意げな表情をテネシーに向ける。
だが、テネシーは捕まったことなど意に介さないかのように、ニヤリと不気味に笑った。
「ガキ。その程度でテネシー様が止まるとでも思っているのか?」
次の瞬間、テネシーが魔法を唱える。
「酸化魔法-腐食する魔手-」
すると、テネシーを縛り付けていた鎖が徐々に茶色くなり錆び始める。
鎖はザラザラとした音を立てて錆び始める。
「え!?なんで錆びてるの?」
アリアは鎖が錆びた理由が分からず困惑している様子だった。
「俺の酸化魔法は触れた無機物を酸化させる…だから、こんな金属の鎖ごときでは…」
次の瞬間、錆びた鎖がメキメキと音を立てて崩れ去る。
足元には茶色くなった塵芥だけが残った。
「俺は止まらないんだよ!!」
そして、テネシーは鎖の拘束を解き刀を構えてアリアに向かってくる。
「…こっちに来ないでよぉ!」
アリアはポーチから複数の玉をテネシーに向かって投げる。
その先端には火が付いていた。
「おいおい、そんなもの投げちゃ危ないぜ?」
テネシーはにやりと笑う。
「ボボン!!」
それは空中で小規模な爆発を引き起こす。
アリアが投げたのは小型の炸裂弾だった。
「ゴゴゴゴゴン!!」
だが、想定よりも爆発の規模が大きい。
「あれ?こんなに爆発しないのに…!?」
巨大な爆炎が、アリアに向かって襲いかかる。
「うわぁっ!!」
アリアが爆炎に巻き込まれる。
凄まじい熱と衝撃がアリアの体を襲う。
体が焼け、地面が焦げる匂いがする。
「アリア!!」
サシャが咄嗟に向かおうとするがバランタインが立ちはだかる。
「おいおい。俺のことを無視しないでくれよ」
バランタインは大剣を振り下ろす。
「くっ!」
サシャは先ほどの戦闘から双剣で受けるのは危険と判断し横に回避する。
「嬢ちゃんは任せて!」
シャロンは素早い動きで爆炎の中へと突っ込む。
「うぅ…熱いよぉ…」
アリアは地面に倒れていた。
髪の毛の一部は焼け、手や足には爆傷が見える。
「酸化は燃焼をも引き起こす。小さな火でも俺が触れれば…ドカーン!大爆発というわけだ。ま、俺も少し焼けちまったがな…さ、お別れだ」
テネシーはひょうきんに先の爆発のからくりを話す。
爆発の影響か服のところどころが焼け、トレードマークの海賊帽は吹き飛ばされていた。
それでも、アリアが受けた傷に比べれば些細なものでピンピンしていた。
そのまま、剣を構え倒れているアリアの方へ向かう。
「あまりおしゃべりな男はモテないわよ」
その時、シャロンが爆炎を突き抜け、テネシーの前に現れる。
「ちぃっ…アマが余計な真似を!ぶった斬ってやる!!」
テネシーは舌打ちをすると感情のまま、手に持っている剣を振り下ろす。
「かかったわね」
シャロンが持っているナイフの峰で受け止める。
「ガキン!」
金属がぶるかる音が響く。
テネシーが振るった剣はシャロンのナイフの峰の凹部分にすっぽりとハマっていた。
「むっ!なんだと!?」
テネシーは受け止められたことに驚愕する。
「そのままへし折ってあげる!」
シャロンは力いっぱいナイフを右側にひねる。
「バキン!」
すると凹にハマっていたテネシーの剣がぽっきりと折れる。
「これで…あなたを守るものは何もないわ!」
そして、シャロンは魔法を唱える。
「加速魔法-爆裂貫手-」
シャロンの左手が勢いよく加速する。
それは、まるで矢のような速度だった。
「うっ!そんな貫手如きでやられるかよ!!」
テネシーは折れた剣から手を放すと両腕をクロスさせガードの体勢を取る。
「はぁっ!!」
だが、シャロンの加速は止まらない。
「ズブッ!!」
次の刹那、肉を断ち切るような鈍い音が響き、そして鮮血が飛び散る。
「ぐぅぅ…馬鹿な…たかが貫手で…」
シャロンの貫手はテネシーの両腕を貫通し、文字通り彼の目の前で止まっていた。
「…終わりね」
シャロンは左手を抜く。
テネシーの両腕には貫手によってぽっかりと穴が空いており、そこから無数の血が流れ出ていた。
「クソアマが…」
これで、両腕は使い物にならなくなった。
彼は苦悶の表情を浮かべ、だらんと両腕を垂らしている状態だ。
「うぅ…シャロンさん…」
アリアがうっすらと目を開けシャロンを見つめる。
意識はあるが、爆傷による痛みで体が痺れている。
「へっ…悪名高いテネシーも年には敵わないってか。だせぇな…」
テネシーの状況をバランタインは笑っていた。
味方が負傷しても尚、その状況を楽しんでいるようだった。
「よそ見してていいの?」
次の瞬間、サシャが赤い魔力を込めた双剣を振るう。
「おっとっと」
バランタインは咄嗟に回避する。
しかし、剣先が服を掠める。
ジュっと音をたてて服が焦げる。
「へぇ…火魔法の使い手なのか…」
バランタインは感心したように呟く。
「これが僕の奥の手さ!」
サシャは汗をぬぐうとバランタインと向き合う。
「坊や、まだまだいけるわよね?」
シャロンはサシャに視線を向ける。
「もちろんです!」
サシャは双剣を構える。
その表情にはアリアが傷ついたことへの怒りも混じっていた。
「…全員、ぶち殺す」
テネシーは両腕が使い物にならなくなったにも関わらず不気味に呟いた。
「さて、準備運動はこの辺にしておこう。こっちも本気で行かせてもらうぞ」
そして、バランタインは大剣を構えなおし、鋭い視線をシャロンとサシャに向けた。




