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第73章:パラダイス!

「どれどれ…」

サシャはスプーンに深みのある茶色をしたスープを掬い、立ち上る湯気と共にゆっくりと口に入れる。

次の瞬間、ピリッとした刺激と共に、芳醇なスパイスの風味と、まろやかな牛スープの深い旨味が口内いっぱいにあふれ出した。


「美味しいよぉ!なにこれ!初めての味だよぉ!」

アリアはその美味しさに目を輝かせ、うっとりした表情を見せる。


「しっかりと濃い目の味付けだ…だが、しつこくない。ライスとよく合う」

リュウは感心した様子で呟き、黄色いライスの上にスープをかけて食べていた。


「美味しいでしょ?この料理はマクレン海兵隊の戦闘食でもあるのよ。栄養満点で、腹持ちも良いの。だから、皆に愛されているのよ」

シャロンは得意げにスプーンでゴロっとした肉をほぐしながら呟いた。


「これは…漬物かな?茶色くて刻んである…」

サシャはご飯の横に沿えている茶色い刻み野菜を口に入れた。

それは、口に入れた瞬間、さっぱりとした甘酸っぱい風味が口いっぱいに広がった。


「んー!さっぱりとしてて…この濃い目のスープの味をリセットしてくれる!」

サシャは漬物とスープの相性の良さに驚いている。


「お肉もホロホロしてて…口の中でとろける…絶品だよぉ…」

アリアはスープの中に入った、ホロホロに煮込まれた肉を美味しそうに食べる。


こうして、サシャ達は海兵咖喱(マリンカリー)を満喫した。

皿はあっという間に空になる。


「美味しい料理だった」

リュウは海兵咖喱(マリンカリー)の味に心底満足している様子だった。


「思わずおかわりしちゃったよぉ」

アリアはおかわりをするほど海兵咖喱が気に入ったようだ。


「トルティヤが眠ってくれててよかったかも…」

サシャは、いつも食事の時はトルティヤが勢いよく割って入ってくるので、久々に美味しいものを心ゆくまで食べた気がしていた。


「美味しかったでしょ?」

シャロンはテーブルに置かれたナプキンで口を拭いていた。


「また食べたいくらいだよぉ」

アリアは海兵咖喱(マリンカリー)の味がすっかり気に入ったようだった。


「とりあえず、今日はこの店で休もうか…」

満腹になったのもあってか、そして、前章の激戦の疲れからか、サシャの口からは大きなあくびが出ていた。


「そうするか。すっかり夜になったしな。長旅で体も疲弊しているし…」

リュウも同意するように頷いた。


「それなら、この宿に泊まりましょう。すみません!お部屋一つ、四名でお願いできるかしら?」

シャロンは声を張り上げ店員に告げた。


「あ、ただいま!」

するとエルフ族の店員が慌てた様子で部屋の鍵を持って、テーブルまでやってくる。

手に魚の模様が描かれた木製のタブがついた鍵が握られている。


「お部屋は「鰆の間」になります。どうぞこちらへ!」

店員に案内され、サシャ達は宿屋の部屋へ向かう。


「(部屋が一つ…うっ…この前のようなことがなければいいけど)」

サシャはバルズアナ島の宿屋で起きた事件を思い出していた。

そして、サシャ達はサイテン島の宿で一晩を過ごすことになった。


翌日。

サイテン島の天気は昨日と打って変わって大荒れだった。


宿の窓の外からは、雨と風の激しい音が聞こえてくる。

ビュービューと風が唸り、バタバタと雨粒が窓を打つ。

空は厚い雲に覆われ、強風が吹き荒れ、土砂降りの雨が容赦なく降り続いている。


「すごい雨…風も強い…」

サシャ達は朝食を食べながら、レストランの窓からその様子を眺めていた。

窓ガラスには雨粒が流れ落ちている。テーブルの上には暖かいスープとパンが置いてある。


「スコールね…これじゃあ魔導船も出せないわ…」

シャロンががっかりしたような表情を見せた。


「困ったな…俺は今日、どこかで新しい刀を買おうかと考えていたのだが…」

リュウは先のネクタルとの戦いで愛用の刀を失っており、新しい刀を欲しているようだった。


「ここで、止むのを待つしかないか…」

その時、サシャが何気なく宿屋の壁を見つめると一枚の派手なポスターが目に入る。


『ブリリアントカジノ!ここで貴方も夢の億万長者に!?』


「カジノ?」

サシャは初めて聞く言葉に首をかしげる。


「あら坊や。カジノに興味があるの?」

シャロンがサシャに気づき、尋ねる。


「なんかのイベント?お祭りかな?」

アリアが気になるといった表情を見せる。


「カジノというのは、ゴールドでチップを購入して、そのチップを賭けてカードや、絵合わせとかで遊ぶの。勝てばチップが増えるし、チップは換金ができるから、上手くやれば一攫千金も夢じゃないわよ。けど、負ければチップは没収されるから損をする。ハイリスクハイリターンってわけね」

シャロンがカジノのシステムについて分かりやすく、具体的に説明する。


「要するに魏膳(ぎぜん)の丁半や花札みたいな感じか」

リュウは似たような遊びが魏膳(ぎぜん)にもあることを思い出し、納得した。


「ほう。賭け事か。!ワシは好きだぞ!面白いではないか!」

魔導念波増幅機から、明るく元気なトルティヤの声が三人に届く。

どうやら熟睡から目覚めたようだ。


「起きたんだね。おはようトルティヤ」

サシャは精神世界でいつものようにトルティヤに声をかける。


「うむ!よく寝たからすっきりしたのじゃ…」

トルティヤはあくびをしながら、精神世界の中で背伸びをしていた。


「トルティヤ、カジノって知っているの?」

サシャはトルティヤに尋ねる。


「カジノは知らんが、要するに賭け事じゃろ?ぱぱっと一攫千金…よいではないか!」

トルティヤが口角をつりあげニヤリと笑った。


「なんだか面白そうだね!行ってみたいかも!」

アリアの顔には好奇心と期待がにじみ出ていた。

カジノという響きに心を奪われている。


その時、リュウの心の中で一つの考えが思い浮かんだ。


「(待てよ?そのカジノとやらで所持金を増やせば新しい刀を買う資金を増やせるかもしれんな)」


「…この天気だし、どこにも行けない。良い暇つぶしになるかもしれないな」

リュウもカジノへ行くことに賛成した。


「じゃあ、今日はブリリアントカジノに行ってみましょうか。この天気だし、どうせ外には出られないもの。列車で行けばすぐよ」

シャロンが楽し気な目つきをしながら提案した。


「そうだね!…この雨じゃ海は渡れない。それに、魔具も手に入れたことだし、少し息抜きもしなきゃだね」

こうして、サシャ達はサイテン島にあるブリリアントカジノへ向かうため、宿を後にした。


外はものすごい風がビュービューと唸りを上げて吹き荒れている。

それに加えて、顔に刺すような冷たい雨も容赦なく降り続いていた。


「うわぁ!すごい風!飛ばされそうだよぉ!」

アリアは必死にフードを押さえている。


「どのくらい耐えられるか分からないが…無いよりはマシだろう。水魔法-雨ノ羽衣(アメノハゴロモ)-!」

リュウは魔法を唱える。

すると、青白く薄い羽衣のような光の膜が、サシャ達四人をそっと覆った。


「これはあの時の…!タタラ峠で使っていた魔法だ!」

これは、タタラ峠でリュウが雨と冷気を防ぐために使用していた魔法だった。

雨粒が羽衣に当たると弾かれるのが分かる。


「列車はもうすぐ来るわ。急ぎましょう!」

シャロンが列車の発着場に向かうように促す。


サシャ達は雨風に打たれながら、足早に道を進む。

そして、列車の発着場に辿り着く。


「うぅ…寒い…早く来てくれ…」

羽衣のおかげで雨風は多少だがしのげている。

だが、冷たい風までは完全に防げず、冷たい風がサシャの肌を突き刺す。


10分程度が経った頃か、遠くからゴトゴトという音が聞こえ始める。

そして、発着場の右側から蒼霧列車(アズールトレイン)が白い煙をたててゆっくりと近づいてくる。

そして、発着場でゆっくりと停車し、シューシューと蒸気を上げる音が響く。


「お待たせいたしました。ロガード、ロガードでございます。お降りのお客様はこちらへどうぞ」

列車から黒いコートと帽子をかぶった職員が降りてくる。

彼は降車客を丁寧に案内する。

列車からは、オルカ族や魔導師らしき男が数人、雨の中を急ぐように降りて行った。


「海兵隊よ。こちらの協力者と共に任務の最中なの」

シャロンは尋ねられるよりも先に、海兵隊の所属証を職員に見せた。


「これはこれは!海兵さん!ご苦労様です!どうぞ、お乗りください!」

職員は軽く礼をすると、サシャ達を車内へと案内した。


「(相変わらず大胆だなぁ…)」

サシャはシャロンの大胆な行動を見て半ば呆れつつも、ニコリとほほ笑んだ。

そして、サシャ達は車内に乗り込む。

車内は温かい空気に包まれていた。


「人がたくさんだよぉ!すごい混んでる!」

アリアが車内を見て目を丸くしている。

それもそのはずで、車内は満席で通路に立っている者すら現れていた。


「スコールのせいなのか…」

リュウが周囲を見渡し、状況を分析している。

中には、雨に濡れている客や寒さのためかくしゃみをしている客もいた。


「そうね…スコールの日、皆、列車で移動するからこうなるわね」

シャロンがさぞ当り前であるかのように呟いた。


「座る場所がない…。立つしかないか」

リュウが腕組みをし壁にもたれかかる。

席が満席である以上、立つしかない。


「まもなく発車いたします。この列車はサイテングランドリゾート行きです。途中、ビヤンド、タララ、ブリリアントカジノ、そして、サイテングランドリゾートに停車いたします」

車内放送がクリアな声で車内全体に響き渡る。目的地の名前が聞こえる。

そして、職員が最終チェックをすると、重い音を立てて扉が閉まる。


「ガタンガタン…」

列車はガタガタと規則正しい音を立て、ゆっくりと線路を走り始めた。


「あっとっと…」

アリアがバランスを崩し転倒しそうになる。


「大丈夫?しっかり掴まってて」

サシャがアリアの肩をがしっとつかんだ。


「あ、うん!ありがとう!」

アリアが笑みを見せる。


「それにしても、すごい技術だな…列車というのは」

リュウは窓の外を流れる雨の風景を眺めながら呟いた。

窓の外では高速で景色が流れていく。


「そういえば、リュウの故郷の魏膳(ぎぜん)はどんな国なの?」

サシャは気になっていたことを尋ねる。

リュウの故郷に興味があるようだ。


「前にも言ったと思うが、山々に囲まれて冬の寒さが厳しい場所だ。それに、保守派と改革派が長いこと対立していて情勢が不安定だ。だから、国の成長が停滞気味だ」

リュウがため息をつきながら呟いた。


「こういう列車みたいな技術があれば、移動しにくい山間の道とかを安全に進めて、物流も発達するだろうにな。だが、俺の親父のような保守派が、新しい技術を頑なに拒否するだろうな…」

リュウは苦い顔をしながら話す。

故郷の現状に不満を感じているようだった。


「そうなんだ…でも、いずれ行ってみたいかも!リュウの故郷!」

サシャは笑顔でそう答えた。


「あぁ…俺もいずれ親父とケリをつけなきゃならない。いろいろと因縁があるからな。その時が来たら皆で行こう。美味しい餡子餅(あんこもち)のお店も教えてやる」

リュウはうっすらと笑みを浮かべた。

その表情には故郷への思いと、仲間への信頼が感じられた。


そんな話をしながら列車は雨の中を走り続け、各駅に止まり、30分くらいが経った頃だろうか、窓の外の風景が急に暗くなる。

どうやら、トンネルに入ったようだ。


「わ!なんか暗くなったよぉ!どうしたんだろう?」

アリアが突然のことに驚いた表情を見せる。


「これは海底トンネルよ。ブリリアントカジノは海底に作られた場所なの。だから、海の下を通っていくの」

シャロンがブリリアントカジノの場所について話した。


「海底に建物なんて…!マクレンの技術はすごいや…!」

サシャはマクレン族の技術力の高さに驚きを隠せないでいる。

すると、クリアな声で放送が車内に響き渡る。


「まもなく、ブリリアントカジノ、ブリリアントカジノ。お降りのお客様はお忘れ物がないよう、支度の上、お降りの準備をお願いいたします。繰り返します。まもなく、ブリリアントカジノ…」

目的の駅への到着を告げている。


やがて、列車は少しずつスピードが落ち、ブレーキ音が響き、発着場に停止した。


「さ、着いたわよ。一攫千金する支度はできてるかしら?」

シャロンを先頭にサシャ達は列車を降りていく。

そして、列車を降りると目の前には衝撃的な風景が広がっていた。


「わぁ…すごい…!」

アリアは目の前の光景に圧倒されていてる。


「なんだか派手だ。それに…眩しいな…目が痛い…」

リュウは少し苦い表情をしている。


「これがブリリアントカジノ…」

サシャは発着場のすぐ手前に飾られた巨大な看板を見上げる。

その大きさに驚いている。


『Brilliant Casino』

文字は明るい紫色で光り、目を引く。

文字を囲う枠は水色に輝く電飾で派手に彩られ、キラキラと輝いている。


発着場の近くの広場は綺麗に整備され、ピカピカの床材が敷かれている。

その中央には胴体が魚、顔面が獅子の奇妙なモンスターのオブジェが置かれ、口からは勢いよく水が噴き出していた。

そして、周囲からは賑やかな喧騒と、楽しそうな音楽が聞こえてきた。


「あのモンスターはなんなんだろう?」

アリアが奇妙なモンスターのオブジェを指さす。


「これは、レオフィッシュね。マクレンに生息するというモンスターの一種よ。性格は獰猛で凶暴。歴戦の海兵や海賊、冒険者ですら手を焼くというモンスターよ」

シャロンがモンスターについて説明をする。


「そんなモンスターがいるんだ!実際に見てみたいよぉ」

アリアの好奇心はとどまることを知らないようだった。


「アリア…話聞いていた?」

サシャは少し呆れつつもアリアに呟いた。


「ちなみに、レオフィッシュは食べると美味しいのじゃ。特にヒレの部分の刺身が絶品じゃ」

トルティヤが話に割って入る。


「え?食べられるんだ…」

サシャはレオフィッシュが食べられることに目を丸くする。


「さ、行きましょう…こっちよ」

シャロンが先頭となりブリリアントカジノの中へと入っていく。

そして、サシャ達は開けた大広間に辿り着く。


広間には赤いカーペットが敷かれ、華やかさを演出していた。

天井には派手なライトが飾られ、人々の声が入り乱れる。

中ではカード遊びをしている者や絵合わせ箱で遊んでいる者がいた。

遊んでいる種族もエルフ族やオルカ族、ドラゴニアと様々だった。


「うわぁ…すごい人」

サシャがその光景に息を呑む。


「このチップを全て賭ける!一発勝負だ!」


「ここは…やめておこうかな」


「うわぁ!また負けた!最悪…」


「今日はついてるぜ!大儲けだ!」

カジノ内では喜びに満ちた声や負けたことを嘆いている人の声で溢れていた。

カジノで遊んでいる種族も、エルフ族やオルカ族、ドワーフ族、ドラゴニア族など様々だった。


「はい。私の勝ちね」

その中で、ひときわ奇妙な種族の女性がいた。

その種族は蛇のような尻尾と胴体を持っていた。

そして、その肌は少しながらぬめりを帯びているようだった。


「ねぇ、トルティヤ、あの種族は?」

サシャはその種族に視線を向けトルティヤに尋ねる。


「あれはナーガ族じゃな。テオ連邦に生息する蛇と人間を掛け合わせたような種族じゃな」

トルティヤはサシャにナーガ族について説明する。


ナーガ族。

蛇と人間を掛け合わせたような種族であり、長い胴体と尻尾が特徴的である。

商売上手と言われており、大陸内の経済を動かしている大物も何人かいる。

そして、何より雌雄同体であり性別を自在に変えられるという特徴も持っている、変わった種族でもある。


「色んな種族がいるんだな」

リュウは辺りを見渡しながら呟く。


「あれは?何かなぁ!?」

アリアが指をさした先には黒い箱に3つの絵柄が埋め込まれた箱があった。

そして、その箱の横にはレバーらしきものと、絵柄の下にはボタンが見える。


「これは絵合わせというゲームね。チップを入れてレバーを引いて絵柄を3つ合わせる。3つ揃ったら絵柄の内容に応じてチップが入手できるわ」

シャロンは絵合わせについて説明する。


「おもしろう!これやろうよ!」

アリアのテンションが上がっている。

どうやら、絵合わせにチャレンジする気だった。


「ほほう。絵合わせ箱か。懐かしいのぉ」

すると精神世界のトルティヤがその様子を見て呟く。


「トルティヤ、知っているの?」

サシャがトルティヤに尋ねる。


「久々にギャンブラーの血が騒いできたわい!ほれ、交代じゃ!」

トルティヤはサシャの質問を一蹴するとサシャの肩に手を置く。

すると、姿がトルティヤの髪の色と目の色に替わる。


「ふふふ…まずはチップ交換ね」

シャロンの視線の先には黒と白の服を着た初老の男性がニコニコとした表情をしながら、他の客にチップを売っていた。

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