第71章:罰
「…いいのか?お主は熾天使の腕輪の守護者なのじゃろう?」
トルティヤはクロウリーの過去の話から、受け取ることに懸念を抱く。
「あぁ。他の者に渡るよりよい。それに…今更、死より恐ろしいことが来ようと甘んじて受け入れる覚悟だ」
クロウリーの表情には覚悟が満ちているようだった。
「…分かった。では貰い受ける」
トルティヤはそう呟くと、台座に置かれた、熾天使の腕輪を手に取った。
「…これで完了じゃ」
そして、それを亜空袋へとしまう。
「ふっ…これでよい…」
クロウリーは、どこか安堵した表情でその様子を見つめていた。
その時だった。
「クロウリー…」
彼の脳裏に、低くおぞましい声が響いた。
「貴様、何をしている?何故その者らに熾天使の腕輪を渡した!?」
声はクロウリーを責め立てる。
「…小生はもう疲れたのだ。永久の時を生きるのも…これを守護するのにも」
クロウリーは静かに抗議した。
「盟約を違えるというのか!?」
「あぁ。お前との付き合いも…ここまでだ」
クロウリーが不敵に笑った。
「貴様ぁぁぁぁぁぁ!!」
次の瞬間、彼が握る千年百夜の杖が赤く禍々しい光を放つ。
「なんだこれは!!?」
「うわぁ!!」
リュウとアリアが、その眩しさに目を細め、片手で顔を覆う。
「ちょっと何が起きているの!?」
シャロンは、目の前の光景に息を呑んだ。
「まさか…」
トルティヤが目を見開いて、その様子を見つめる。
次の瞬間。
「ドーン!」
凄まじい衝撃音と共に、千年百夜の杖が赤い閃光を放ちながら爆発した。
爆発の衝撃でクロウリーの右手が吹き飛び、血しぶきを上げながら宙を舞う。
「ぐっ…」
焼けるような激痛が走り、彼はうめき声を漏らす。
「おい!!しっかりせぬか!!」
トルティヤはクロウリーの負傷に気がつき、慌てて彼の元に駆け寄る。
「なんのこれしき…それよりあれを見ろ」
クロウリーは痛みを堪えると、祭壇の中央に指を差した。
「な、なによ…あれ…」
シャロンが目の前に顕現した存在に、冷や汗をかく。
「モンスター…ではないよぉ」
アリアは弓を構えようとするが、その恐怖からか、無意識のうちに手が震えていた。
「キュイッ…」
アルブは、恐怖を察したのかアリアの後ろに隠れる。
「この世の…存在なのか?」
リュウが刀に手をかける。
「久々の現世だ…」
トルティヤたちの目の前には、3メートルはあろうかという、大男が宙に浮いていた。
その体は赤い肌で、全身には黒色の古代文字が刻まれ、白い眼は冷たい光を宿している。
そして、背中には赤く禍々しい翼が、炎のように揺らめいていた。
「まさか…ネクタルなのか?」
クロウリーは異常な気配を感じ取ると、その異形に声をかけた。
「我が名はネクタル。不老を司る悪魔なり」
異形の男はネクタルと名乗った。
「不老の悪魔だと?」
リュウの頭は理解が追いついていなかった。
「まさか…千年百夜の杖に宿っておったのか」
トルティヤは息を呑む。
「悪魔…ってなに?」
アリアが声を震わせながら、トルティヤに尋ねた。
「…天使族が統べる天界とは対になる世界。冥府を統べる存在じゃ」
トルティヤが悪魔について、知っている限りの情報を説明する。
「悪魔…そんなのが本当に実在するなんて…」
シャロンはその存在の実在に驚きを隠せずにいた。
「…さて。クロウリー。そして、熾天使の腕輪を奪った者達よ。裁きの時間だ!」
直後、ネクタルの前に魔法陣が浮かび上がる。
「くるぞ!!警戒するのじゃ!!」
トルティヤはその様子に、声をあげる。
「冥魔法-死への手招き-」
ネクタルが魔法を詠唱すると同時だった。
「ヌルッ…」
魔法陣から、禍々しい見た目をした細い腕が、サシャたちに襲いかかる。
「あれに絶対触れるでないぞ!冥府へ引きずり込まれるぞ!」
トルティヤが懸命に叫ぶ。
「うわぁ!危ないよぉ!」
アリアは必死に腕を回避する。
「触れなければいいのだろう?」
リュウは反射的に刀を抜くと、細い腕に斬りかかる。
「馬鹿者!!!そんなことをしたら…」
トルティヤがリュウに叫んだ。
「ガシッ!!」
だが、刀は腕の途中で止まった。
「なっ…!?」
リュウが懸命に刀を戻そうとするが、まるでびくともしない。
「ズズズズ…」
すると、突如腕が魔法陣の方へ戻っていく。
腕はリュウを刀ごと、引きずり込もうとしていた。
「小僧!手を離すのじゃ!死ぬぞ!!!」
トルティヤがものすごい剣幕でリュウに叫んだ。
「くっ…」
リュウは刀を離すのを一瞬躊躇したが、トルティヤの剣幕に押され、渋々手を離した。
やがて刀を止めた腕は、そのまま魔法陣の向こうにある暗闇へと消えていった。
「…俺の刀が」
リュウは、今まで使用していた刀が、暗闇に消えていくのを、ただ見ているしかできなかった。
「洞窟の外まで避難するのじゃ!ここでは狭すぎる!」
トルティヤは状況を見て判断を下す。
「うん…!!」
「あぁ…」
「それが無難ね」
「うむ…妥当な判断だ」
そして、全員が急ぐように祭壇を降り始める。
「逃がさぬぞ!」
だが、ネクタルも彼らを追いながら、魔法を詠唱する。
「冥魔法-深獄の氷嵐-」
すると、洞窟内がまたたく間に凍りつく。
黒色の冷気が漂い、洞窟内は暗闇と冷たさに包まれる。
「外まで逃げるのじゃ!もたもたしてたら死ぬぞ!」
その光景を見たトルティヤは叫ぶ。
「ハッ…ハッ…」
全員が必死に走る。
やがて、トルティヤ達は洞窟の外に脱出する。
そこは人骨や朽ちた武器が散らばっている場所だった。
「悪魔ってあんなに獰猛なわけ?」
シャロンは呼吸を乱しながら、トルティヤに尋ねる。
「奴らは人間を幻惑し、人の魂を喰らう種族じゃ。獰猛とかそういう次元ではないぞ」
トルティヤが彼女に警告する。
その直後。
「ドコーン!!」
洞窟が完全に崩壊した。
「うわっ!!」
「くっ…!!」
洞窟が崩壊した衝撃と砂煙を受け、リュウとアリアは片手で顔を覆った。
「しつこい奴じゃのぉ…」
トルティヤは呆れたように、洞窟の方に視線を向けた。
砂煙が晴れると、そこにはネクタルが宙に浮いていた。
「逃さぬぞ…」
その手には、巨大な大剣が握られていた。
「くっ…」
トルティヤが歯を噛みしめる。
その時だった。
「皆…逃げろ。小生が奴をどうにかする」
なんと、クロウリーが囮役を申し出た。
「そんな!ダメだよぉ!!」
「あぁ…いくらアンタでも、あんな化け物相手では…」
「そうよ。それにおじいちゃん、片腕がないじゃない」
アリアとリュウ、シャロンは逃げることを躊躇う。
「いいから逃げんか!!!それとも、こんなところで犬死したいのか!?」
すると、クロウリーが気迫のこもった声で叫んだ。
「…」
その声に彼らは思わず、口を閉じた。
「これは小生の責任。最後くらい、自分の責任は自分でつける」
クロウリーは戦う意志を見せた。
「…お主ら。先に魔導船へ逃げるのじゃ」
すると、トルティヤはアリアとリュウ、シャロンに向けてそう呟いた。
「え。トルティヤは?」
アリアが思わず尋ねた。
「この、スケベ魔導師一人で、奴の相手は務まらんからのぉ」
トルティヤはクロウリーを見つめると、不敵な笑みを浮かべた。
「だったら私だって…」
シャロンがナイフを構えようとする。
「ハレンチ女。余計なことをするでない…」
直後、トルティヤが激しい魔力と怒気を放つ。
それは、黒い奔流となってシャロンの近くを通り過ぎる。
「…(なんて魔力と怒気なの?)」
それに対して、シャロンは一歩も動けず、冷や汗を流した。
「ここは、ワシらに任せて、早く戻らぬか」
そして、赤い目を光らせ、リュウとアリア、シャロンを睨みつけた。
「…行くぞ」
リュウがトルティヤに背を向けて走り出す。
「…トルティヤ!おじいちゃん!死なないでよ!」
アリアは不安を滲ませながらも船の方へ向かって走り出す。
「生きて。約束よ」
シャロンは小さく呟くと、リュウとアリアの後を追った。
「待て!逃がすと思うか!」
ネクタルが逃走する三人に気がつき、魔法を詠唱する。
「冥魔法-死への手招き-!」
魔法陣から禍々しい腕が三人を捕らえようと、伸びてくる。
「させぬわい」
それを見たトルティヤは魔法を詠唱する。
「斬魔法-逢魔の鍵爪-」
空気を切り裂く音が辺りに響く。
「ドサッ…」
トルティヤの斬撃は、いとも容易く腕を両断する。
「ちっ…まぁよい」
ネクタルは舌打ちをすると、トルティヤとクロウリーを見下ろす。
「む?貴様。よく見たら堕天使族ではないか。何故、人間の味方などしている」
すると、ネクタルがトルティヤに尋ねた。
「悪いか?」
トルティヤが冷たい眼差しをネクタルに向けながら、答える。
「これは笑止。だがこれは大きなチャンスだ…」
ネクタルが不敵な笑みを浮かべる。
「貴様の魂を吸収すれば、我は更なる力を得ることができようぞ…」
「…クロウリー。付き合う友達は選んだほうがいいぞ?」
それを見た、トルティヤはからかうようにクロウリーに呟いた。
「ふっ…小生は目が見えぬ故、悪魔だと認識できなかったぞ」
それに対して、クロウリーは冗談を紡んだ。
「貴様ら…我を愚弄するつもりか…!!!!」
直後、ネクタルは大剣を地面に突き刺す。
「ゴゴゴゴゴォ!」
すると、地響きが周囲に鳴り響いた。
「くるぞ!気をつけるのじゃ!」
トルティヤは迫りくる魔法に備える。
「冥魔法-獄粘赫徒塊-」
次の瞬間、目の前の地面が真っ二つに割れる。
「グチュグチュ…」
そこから、数十本の赤黒い触手が現れる。
さらに、それを追いかけるように、巨大な肉塊が這いずり出てきた。
肉塊には様々な生物の腕や足、口、目玉が点在し、不気味なうめき声をあげていた。
「まるで、この世の地獄を煮詰めて発酵させたような姿だな…」
クロウリーは、その姿に嫌悪感を抱いた。
「随分と醜い魔法じゃのぉ…」
トルティヤは半ば呆れたように呟いた。
「我が裁きを受けろ!」
ネクタルが合図をすると、触手が二人に襲いかかる。
「無限魔法-宵闇の桜-」
トルティヤが魔法を詠唱すると、無数の花びらが舞う。
「粉塵魔法-紅蓮狂乱-!」
クロウリーが魔法を詠唱すると、触手と肉塊の付近に赤い粉塵が漂う。
「「くらえ!!!」」
二人が同時に叫ぶ。
「シュルルルルル!!」
花びらが刃のように飛来し、触手と肉塊を斬り裂いていく。
「ボボボボン!!!」
追い打ちをかけるように粉塵が爆発し、辺りを硝煙の香りで包み込んだ。
「なんじゃ。外見によらず大したことないのぉ」
トルティヤは余裕の表情を浮かべていた。
「あぁ。もしやネクタルは低級悪魔なのか?」
クロウリーが、あまりの呆気なさに軽口を叩く。
「無駄だ」
だが、ネクタルはニヤリと不気味に笑った。
「グニュグニュ…」
直後、斬り刻まれ、爆風で焼けただれた触手が液体になり、元の形を作っていく。
「むっ!再生しただと…!?」
その光景にクロウリーが目を丸くする。
「面倒な奴じゃ…」
トルティヤは顔を曇らせる。
「そうだ。貴様らに冥府の空気をくれてやろう」
ネクタルが呟くと、肉塊にある不気味な口が開く。
「フシュー!」
すると、黒い煙を吐き出し、それは周囲に広がった。
「なんじゃこれは?」
トルティヤは怪訝な表情を見せる。
「…これはただの霧じゃない…気をつけろ、トルティヤ!」
クロウリーが警戒する。
二人が徐々に、黒い霧に包まれていく。
「ドクン!」
霧に包まれた瞬間、二人の心臓の鼓動が高鳴る。
「ぐっ…心臓が…」
クロウリーが苦しみの声をあげ、胸を押さえる。
「うっ…」
トルティヤも胸を押さえる。
「(なんじゃこれは…体内の魔力がかき乱されるような感じじゃ!)」
彼女は、体内の魔力が乱されるのを感じた。
「どうだ?冥府の瘴気は。そこの堕天使ならまだしも、人間如きが耐えられる代物ではないわ!」
ネクタルは、苦しむ二人を見て愉悦を感じている。
そして、触手がクロウリーとトルティヤに迫る。
「ええい!邪魔な触手じゃ!」
トルティヤは触手による攻撃を回避していく。
だが、その表情は苦しみに満ちていた。
「(呼吸が…もはや、ここまでか…)」
あまりの苦しみに、クロウリーが地面に膝をつく。
しかし。
「おい!!ここで諦めるのか、お主は!?」
トルティヤの叫び声が耳に響いた。
「…トル…ティヤ」
クロウリーは掠れた声で呟いた。
「お主は最強の魔導師なのじゃろ?意地を見せぬか!!それとも、ワシの見込み違いか!?」
トルティヤはクロウリーに発破をかけるように、声を大にして叫んだ。
「そうだな…小生は…天才魔導師、クロウリー…」
次の瞬間、クロウリーの体内から赤い魔力が迸る。
「な、なんだ!?この魔力は!?」
ネクタルは、その魔力の膨大さに目を丸くする。
「こんなところで終わる男ではない!!」
そのまま、クロウリーはゆっくりと立ち上がった。
「ふっ…やればできるではないか」
トルティヤは満足そうにクロウリーに視線を向けた。
「久々だった故に、感覚を忘れていただけだ」
クロウリーはトルティヤにそう答える。
その時だった。
『ママ。パパに力を貸そうよ!』
『そうね。パパならきっと勝てるわ』
クロウリーの脳内に妻と娘の声が響き渡る。
「(…マリア、リリアンヌ?)」
直後、彼の頭の中に一つの魔法が刻まれた。
「(ありがとう。パパは必ず勝つぞ…)」
クロウリーは小さく頷くと魔法を詠唱する。
「無駄だ!!この瘴気がある限り、貴様らが不利であることに変わりはない!!」
ネクタルがそう叫ぶと、肉塊に更に魔力を込めた。
「プシュー!!」
そして、肉塊から先程よりも濃厚な瘴気が放たれた。
「くっ…これ以上は…」
その光景に、トルティヤが息を飲んだ、その直後だった。
「混沌魔法-天羅恢闢-!」
クロウリーの体から灰色の光が放たれる。
それは、周囲を灰色の光で覆った。
「ジュゥゥゥ」
灰色の光を帯びた触手と肉塊は、焼かれるようにして消滅していく。
「なっ!?まだそんな手を!」
ネクタルは片手で顔を覆う。
しかし。
「ジュゥゥゥ…」
彼の肉体も少しずつだが、焼けただれていく。
「うぉぉぉぉぉ…!!」
その灼熱感に思わず声をあげる。
灰色の光が収まる。
辺りに漂っていた黒い瘴気は消え去り、元の光景に戻っていた。
「…はぁ…はぁ」
だが、クロウリーも魔力と体力の限界なのか息を荒げていた。
「おのれ…人間風情がよくも」
一方でネクタルは体の一部が焼けただれ、明らかにダメージを受けていた。
「クロウリー」
それを見たトルティヤが彼に声をかける。
「な、なんだ?」
息を乱しながら、クロウリーが彼女に視線を向ける。
「あの技。やれるか?」
トルティヤが、彼に尋ねる。
「…あぁ。なんとかな」
クロウリーは自信に満ちた表情で、そう答えた。
「ならばやるぞ…奴を亜空間に封じ込めるのじゃ」
トルティヤはそう呟くと、両手に魔力を集約させる。
「ふっ…いつぶりだろうな」
クロウリーが残った左手に魔力を集約させる。
やがて、二人の魔力が引き合い、一つに集約していこうとしていた。
「何をコソコソとやっているのだ!!」
それを見ていたネクタルは、痛みを堪えて魔法を詠唱する。
「冥魔法-深獄の氷嵐-」
黒色の魔法陣から、黒色の冷気を帯びた吹雪が吹き荒れる。
「絶対零度の前に凍てつくといいわ!!!」
ネクタルが醜悪に満ちた表情を見せる。
「よし。頃合いじゃな」
「息、合わせろよ?」
「誰に言っているのじゃ」
だが、二人の準備は既に整っていた。
「「無限塵沌」」
トルティヤとクロウリーが一斉に魔法を詠唱する。
「「-混蝕の永鎖-」」
二人の魔力が最大限に迸り、魔法が炸裂する。
薄い紫色の鎖がネクタル目掛けて放たれる。
「なんのこれしきぃぃぃ!!」
だが、ネクタルは大剣でそれを受け止める。
「ガガガガガ…」
鎖が大剣に封じられる。
「ふふふ…我にその程度の魔法など…」
ネクタルが勝利を確信した。
「そんな、なまくら刀如きで…」
それを聞いたトルティヤは限界まで魔力を鎖に込める。
「小生らの魔法を止められぬ」
クロウリーも魔力を鎖に込める。
「ビシッ…」
すると、ネクタルが持っている大剣にヒビが入る。
「パリーン!!」
そのまま大剣は飴細工のように粉々に砕け散った。
「なっ…なんだと!?」
もはや、ネクタルに対抗する手立ては残っていなかった。
「ジャラジャラジャラ」
紫色の鎖が、ネクタルの全身を拘束していく。
「ぐっ…こんな鎖ごとき…」
ネクタルは必死に抵抗するものの、鎖はびくりともしない。
「諦めよ。この鎖は堕天使特有の魔力を帯びた特別製じゃ。お主が悪魔であっても解けることはない」
トルティヤがネクタルを睨みつける。
「お、おのれ!!我は不老を司る悪魔ぞ!!」
ネクタルはそれでも尚、暴れる。
「悪魔じゃと?」
それを聞いたトルティヤが冷たい口調で呟く。
’「ならば、ワシは堕天使じゃ」
直後、彼女が右手を掲げる。
すると、ネクタルの頭上に黒い裂け目ができた。
やがて、拘束されたネクタルが、裂け目の中に少しずつ吸い込まれていく。
「貴様ら!こんなことをしおって…悪魔の同胞たちが許しておかぬぞ!」
ネクタルが低い声で、恨みと怒りを込めて、脅すように呟いた。
「じゃからなんだと?」
しかし、トルティヤは意にも介していない。
「せいぜい、無限の世界で己の所業を反省するんだな」
クロウリーは静かに、そう吐き捨てた。
「な、ならば取引だ!!!貴様らに永遠の時をくれてやろう!もちろん、契約などいらぬ!!だから我を解放するのだ!!」
ネクタルは最後の悪あがきと言わんばかりに、不老の力を餌に取引をもちかける。
「興味ないのぉ。お主は?」
トルティヤはネクタルの言葉を一蹴し、クロウリーに尋ねる。
「…あぁ。もうたくさんだ」
クロウリーが小さく笑った。
二人の答えには一切の迷いはなかった。
「おのれぇぇ!!貴様らは絶対に…絶対に許さん!この屈辱…いつか必ず…」
ネクタルは最後まで呪詛をわめきちらしながら、亜空間の奥へと引きずり込まれた。
やがて、裂け目は閉じ、元の青い空が姿を現した。
「…終わったのぉ」
トルティヤは、ため息をつくと、その場に座り込んだ。
「そうだな…全て終わった…」
クロウリーが安堵の表情を見せた、その時だった。
突如、彼の体が温かい光を放ちだす。
「お主?これは…?」
トルティヤはその光景に気づき、目を丸くした。
「千年百夜の杖がなくなり、ネクタルも封印され、永劫の時間から解放されたようだ」
クロウリーは全て分かっていたかのような表情を浮かべる。
「…行くのか。家族のもとへ?」
トルティヤは、静かに尋ねた。
「…あぁ。許してくれるか分からないが、二人に謝ってくる。あの時、守れなかったことをな…」
クロウリーは、もの悲しげな表情で呟いた。
「大丈夫じゃろう…お主は十分苦しみ、十分罰を受けた」
「二人とも暖かく迎えてくれるはずじゃ」
そう呟くと、小さく微笑んだ。
「まさか、またお前の笑顔が見れるとはな」
クロウリーが小さく笑うと、更に光が輝く。
やがて、それは光の柱となり、空へと昇り始めた。
「あ!なんか光ってるよ!」
その光は、船の近くにいたリュウ、アリア、シャロンにも見えていた。
「トルティヤの魔法か?」
リュウはその光に首をかしげる。
「綺麗ね…まるで全てが浄化されるような…」
シャロンは、その美しさに目を奪われている。
「ではワシは行くぞ…小僧たちが待っておるからのぉ」
クロウリーの様子を見たトルティヤは、背中を向けて立ち去ろうとする。
「トルティヤ」
だが、その背中にクロウリーが声をかける。
「なんじゃ?」
トルティヤは振り返ることなく答える。
「最期にお前に出会えてよかった…小生のライバル…そして最大の友よ。さらば…」
そう呟くクロウリーの瞳には僅かに涙が浮かんでいた。
「(マリア、リリアンヌ…パパも今、そっちに行くからな…)」
やがて、クロウリーの体は光の粒となり、空へと舞い上がり消えていった。
「さらばじゃ。我がライバル…最大の友よ」
トルティヤは静かにそう呟くと、振り返ることなく砂浜へと向かう。
しばらく歩くと、砂浜にリュウ、アリア、シャロンが待っていた。
「あ!戻ってきた!…おーい!!」
アリアがトルティヤに気づき、安堵した表情で手を振る。
「キュイッ!!」
アルブも元気に声を上げた。
「無事だったか…」
リュウは、安堵の表情を浮かべた。
「よかったわ…すごい轟音が響いていたから心配したわよ?」
シャロンが、笑みを浮かべた。
「当たり前じゃ。ワシを誰じゃと思っておる?」
トルティヤはいつもの口調で三人に呟いた。
「あれ?おじいちゃんはどこにいったの?」
アリアはクロウリーがいないことに気がつくと、辺りを見渡す。
「奴は…罪を清算し、家族の元へ行ったわい…」
トルティヤはそうとだけ呟く。
「ということは…」
「…そういうことか」
「おじいちゃん…」
三人はクロウリーの結末を察し、寂しそうな表情を見せる。
「…行くぞ。湿っぽいのは嫌じゃ」
そう呟くと、船に乗り込んだ。
「…近くの島に行きましょう。今日はもう日が暮れるわ」
こうして、サシャたちは静かに島を去った。
「(クロウリー。達者でな…)」
だが、トルティヤの目元から、一粒の涙が落ちていた。
涙は夕焼けに照らされ、キラキラと輝いていた。
まるで、クロウリーの魂が浄化されたのを知らせるかのように。




