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第71章:罰

「…いいのか?お主は熾天使の腕輪(セフィラムバングル)の守護者なのじゃろう。何かしらの罰を受けることになるのではないか?」

トルティヤはクロウリーに慎重に尋ねた。

その顔に懸念の色が浮かぶ。


「あぁ。他の者に渡るよりよい。それに…今更どんな罰が来ようと甘んじて受け入れる覚悟だ」

クロウリーの表情には覚悟が満ちているようだった。


「…分かった。では貰い受ける」

トルティヤはそう呟くと、祭壇の台座に置かれた、神聖な輝きを放つ熾天使の腕輪(セフィラムバングル)を手に取った。


「…これで完了じゃ」

そして、それを亜空袋(ポータルバッグ)へとしまう。


「ふっ…これでよい……!!!?」

クロウリーがその様子を見ていると、突如、彼の脳裏に声が響いた。

低く、地底の底から響くような、おぞましい声だ。


「貴様は役目を果たせなかった。一体何をしているのだ…」

声はクロウリーを責め立てる。


「もういいだろう…この者らは熾天使の腕輪(セフィラムバングル)を持つのに十分な資格と理由をもっている」

クロウリーは静かに声に抗議する。


「…貴様!」

次の瞬間、クロウリーが握る千年百夜の杖が赤く禍々しい光を放つ。


「なんだこれは!!?」

リュウが異変に気づき、眩しさに目を細め、片手で顔を覆う。


「うわ…眩しいよぉ」

アリアもあまりの光に耐えきれず、ポンチョのフードで顔を隠していた。


「この気配…何が起きてるのじゃ」

トルティヤは光の方向をじっと見つめる。

その次の瞬間。


「ドーン!」

凄まじい爆発音と共に、クロウリーが持つ千年百夜の杖が赤い閃光を放ちながら爆発した。


「うぐっ…!!」

爆発の衝撃でクロウリーの右手が肘から先が吹き飛び、血しぶきを上げながら宙を舞う。

焼けるような激痛が走り、彼はうめき声を漏らす。


「おい!!」

トルティヤはクロウリーの負傷に気づき、慌ててその元に駆け寄る。


「なんのこれしき…それよりあれを見ろ」

クロウリーは痛みに耐え、顔を歪めながらも、血の滴る左指で祭壇の中央を指した。


「なにこれ…ただの魔力じゃ…ないわよね?」

シャロンがその場に満ちる異質な魔力に戦慄する。

全身から冷や汗が吹き出る。


「くっ…こいつ何者だ」

リュウが背中の刀に手をかける。戦闘態勢に入る。


トルティヤ達の目の前、祭壇の中央には、空間が歪みながら出現した、5メートルはあろうかという巨躯を持つ大男が宙に浮いていた。

その体は赤い肌で、全身には煌めく金色の古代文字が刻まれ、白い眼は冷たい光を宿している。

彼から発せられる魔力は、この世のものとは思えない冷たさだ。


「…クロウリー。貴様に使命を命じたはずだ。それを果たせぬとは愚かなり」

大男は低く、重い声でクロウリーに呟く。


「お主は…一体何者だ…!!?」

クロウリーは右腕の痛みに耐えて、大男に名前を尋ねる。

相手が何者か見定めようとした。


「我はネクタル。不老を司る悪魔なり」

ネクタルと名乗った男は、自身の正体と役割を告げる。


「不老の悪魔だと?」

リュウはネクタルの言葉を聞き目を丸くする。


「…悪魔。天使、堕天使と並ぶ存在じゃ。天使は天界を。堕天使は地上を。そして、悪魔は冥界の守護を司っておった」

トルティヤが悪魔について、知っている限りの情報を説明する。


悪魔。

それは、死者が行きつく場所とされている冥界の支配者たちのこと。

ある学者の一説には、魔具というのは悪魔、堕天使、天使といった神々の末裔が死後に形を変えたものと言及されていた。

彼らはこの世とは異なる性質の魔力を持ち、多くの古代文献でその姿が確認されていたとされている。


「悪魔…そんなのが本当に実在するなんてね…(すごい冷たい魔力…)」

シャロンはその存在の実在に驚き、ネクタルから発せられる冷たい魔力の前に冷や汗が止まらずにいた。


「だけど、普通の悪魔と違う見た目だよぉ。翼もないし黒くもないし…」

アリアはネクタルの見た目に疑問を感じていた。

彼女が知っている悪魔のイメージとは違うようだった。


「悪魔といっても様々な種がおるからのぉ…」

トルティヤはアリアに悪魔にも多様性があることを示唆する。


「…さて。クロウリー。そして、熾天使の腕輪(セフィラムバングル)を奪った者達よ。裁きの時間だ…!」

ネクタルはゆっくりと立ち上がり、トルティヤたちを見下ろした。

彼の体に刻まれた金色の文字が、強い光を放ち始める。


「…!!!」

トルティヤはその様子に一刻も早く気が付く。警戒を強める。


「冥道魔法-冥府への手招き-」

次の瞬間、ネクタルの目の前に、禍々しい魔法陣が現れた。

そこから、黒い炎を宿した、影のような黒い手が複数出現し、トルティヤ達をめがけて唸りを上げて襲いかかる。


「あれに絶対触れるな!冥界へ引きずり込まれるぞ!」

トルティヤが懸命に叫び、注意を促す。


「うわぁ!危ないよぉ!」

アリアは必死に黒い手を回避する。


「はっ!」

しかし、リュウが黒い手に近づいた。

リュウは反射的に背中の刀を引き抜き、それを斬り裂こうとした。


「グニュ」

しかし、刃はまるでゴムのように、手にめり込むだけで、手ごたえは全くといっていいほどなかった。


やがて、刀が刺さった手がゆっくりと閉じ始める。

それはリュウの刀ごと、リュウを明らかに握り、引きずり込もうとしていた。


「小僧!手を離すのじゃ!」

トルティヤがものすごい剣幕でリュウに叫ぶ。


「くっ…」

リュウは愛用の刀を離すのを一瞬躊躇したが、トルティヤの切羽詰まった言葉に反応し、渋々手を離した。


「ズズズズズ…」

すると剣が刺さった手は、それを敵と認識したのか、そのまま地面に開いた底の見えない暗い渦へと吸い込まれていった。


「…俺の刀が」

リュウは、今まで使用していた刀が、底が見えない黒い渦に吸い込まれていくのを、ただ見ているしかなかった。


「洞窟の外まで非難するぞ!ここでは狭すぎる!」

トルティヤは状況を見て判断を下す。

そして、全員、急ぐように祭壇を降りる。


「待て!逃がさぬぞ!|冥道魔法-深獄の氷嵐-」

ネクタルはトルティヤ達を黒い手と共に追いかける。

同時にネクタルは、黒く巨大な吹雪を自身の周りに引き起こす。

吹雪が起こす絶対零度の冷気が周囲を包み込む。


「ピシピシ…」

その絶対零度の温度に、祭壇と洞窟は一気に凍り付いていく。

氷が張り巡らされる。そして、もろくなった洞窟は徐々に崩壊していく。

ガラガラと岩が崩れる音が辺りに響く。


「!!…洞窟が崩れる!外まで逃げるのじゃ!もたもたしておったら死ぬぞ!」

トルティヤは迫りくる崩壊に気づき、さらに叫ぶ。

全員が必死に走る。

やがて、トルティヤ達は洞窟の外にある開けた場所に出る。


「はた迷惑な悪魔ねホント…」

シャロンは嘆くように呟く。


「まだ来るぞ…油断するでない」

トルティヤがじっと洞窟の方を見つめる。

ネクタルの気配を感じ取っている。次の瞬間。


「ドコーン!!」

洞窟が完全に崩壊する音と共に、瓦礫の中からネクタルが姿を現した。

だが、その姿は先ほどと異なり、背中にはエネルギー体のような、赤い透き通るような翼を有していた。

そして、その右手には巨大な大剣を手にしていた。

それは禍々しい輝きを放つ剣だ。


「我から逃げられると思うな…!!」

ネクタルはトルティヤ達に一喝し、睨みつける。

その声に力が漲っていた。


「皆…これは小生の責任、小生一人で後始末をつける。お主たちは逃げろ」

クロウリーは右腕を失っても戦う意思を見せる。


「馬鹿を言え。どのみちこやつを何とかせねば全滅じゃ。それに、お主一人じゃ無理じゃろう」

トルティヤもクロウリーの隣に並び前に出る。

すると、トルティヤがリュウの方を向き口を開く。


「…小僧、小娘、それと破廉恥女…お主らは先に魔導船へ行け。こやつは並みの奴が相手できる相手ではないのぉ」

トルティヤがリュウとアリア、シャロンに向かって強い口調で呟く。


「けど…」

アリアはトルティヤとクロウリーを置いていくことに躊躇している様子だった。


「ワシの言う通りにせんか…本当に死ぬぞ?」

次の瞬間、トルティヤの魔力が一段と大きくなった。

それは三人を威圧しているようにも見えた。


「…分かった。死なないでよ!」

アリアはその見た目に息を呑むと、不安を滲ませながらも魔導船の方へ向かって走り出す。

シャロンとリュウもそれに続く。


「死なないでね…またあの坊やに会いたいんだから」

シャロンは走りながら叫んだ。


「トルティヤ…」

リュウは何も言わず、ただトルティヤとクロウリーに視線を向けた。


こうしてシャロンとリュウもその場を後にした。

トルティヤは三人の後姿を見送る。


「待て!逃がすと思うか!冥道魔法-冥府への手招き-!」

ネクタルが逃走する三人に気づき、巨大な黒い腕を三人に向かって伸ばす。


「まずい!黒い手がくるぞ!」

リュウが後ろを振り向くと、唸りを上げる黒い手が三人に凄まじい速さで迫っていた。


「斬魔法-逢魔の鍵爪(おうまのかぎづめ)-」

次の瞬間、トルティヤが魔法を唱える。

シュンッと空気を切り裂く音が辺りに響く。


「ドサッ…」

トルティヤの斬撃は、逃げる三人に迫っていた黒い手を真っ二つに斬り裂く。

そして、ドサッと音を立てて地面に落ち、黒い靄となって消えた。


「これでよかろう…」

トルティヤは無事に走り抜けるリュウ達を見つめ、安堵の表情を見せる。


「まぁいい。熾天使の腕輪(セフィラムバングル)を持った者よ。そして、罰を受けし者よ。まずは貴様らからだ」

ネクタルは堂々とした口調で呟き、トルティヤとクロウリーを見下ろす。

その声には、圧倒的な力と傲慢さが滲んでいた。


「なんかこの感じ、懐かしいな…」

クロウリーがトルティヤの隣で呟く。

その表情は、右腕の痛みを忘れ、どこか楽しそうだ。


「感傷に浸っている場合ではないのぉ…この悪魔を何としても封印するのじゃ」

トルティヤはクロウリーの言葉に応え、改めてネクタルを見据える。


「封印だと?笑わせるな…冥道魔法-冥獄絶禍-!!」

ネクタルはトルティヤたちの言葉に嘲笑を浮かべ、手に持った大剣を地面に突き刺す。


「ゴゴゴゴゴォ!」

すると、地響きが周囲に鳴り響いた。


「くるぞ!気をつけるのじゃ!」

トルティヤは迫りくる魔法に備える。

次の瞬間、目の前の地面がメキメキと音を立てて真っ二つに割れ、赤と黒の異形と言えるような見た目をした、粘液を滴らせる触手が複数、ヌルリと現れる。

触手には様々な生物の腕や足、口、目玉が点在し、不気味なうめき声をあげていた。


「気色悪い魔法だな…まるでこの世の地獄を煮詰めて発酵させたような感じだ…吐き気がする」

クロウリーは見えない目を細め、嫌悪感を露わに呟いた。


「我が裁きを受けろ!」

ネクタルが合図をすると、複数の触手が空気を切り裂く音を立てて、トルティヤとクロウリーの方へ向かって猛スピードで飛んでくる。


「粉塵魔法-紅蓮狂乱(ぐれんきょうらん)-!」

クロウリーは迫りくる触手に向かって赤い粉塵をばらまく。

それは瞬時に広がり、触手を包み込む。

そして、魔力を粉塵に送り込む。


「チュドーン!!」

赤い粉塵は凄まじい轟音と共に大爆発を起こし、辺りを灼熱の爆風に包む。触手が引き裂かれる。


「追撃じゃ!奴に隙を与えるな!無限魔法-羅刹の業炎(らせつのごうえん)-」

トルティヤは間髪入れずに、巨大な黒い炎の塊を複数、触手に向かって放つ。


「ドーン!」

黒い炎の塊は触手にヒットする。

触手は不気味な声をあげて炎に包まれる。


「無駄だ。その程度の魔法では我を止めることはできぬ」

しかし、それを見ていたネクタルがニヤリと笑う。


「むっ!再生しているだと…!?」

クロウリーが目を凝らす。

爆風でちぎれた触手が、傷口からヌルリと新たな肉を伸ばし、何事もなかったかのように次々と再生しているのが分かる。


「なんじゃと!?」

トルティヤは慌てて炎に包まれた触手の方を向く。

しかし、それも黒い炎を牙の生えた口で吸収し、ケロリとした様子でピンピンしていた。

そして触手は不気味なうなり声をあげ、再生を終え二人に再び近づいてくる。


「じゃが、動きは遅いのぉ…助かるわい」

トルティヤは触手の速度を見定め、回避行動に移る。


「昔戦った、蒼い魔獣に比べたら遅いな」

クロウリーも触手の動きを察知し、トルティヤと共に回避していく。


「フシュー!」

しかし、触手が一斉に口を開き、黒い霧を吐き出す。

それは周囲に広がり、二人を包み込む。


「なんじゃこれは?」

トルティヤは怪訝な顔をする。


「何か怪しい…ただの霧じゃない…気をつけろ、トルティヤ!」

クロウリーが警戒する。

霧から発せられる禍々しい気配を感じ取る。


二人は徐々に黒い霧に包まれていく。


「ドクン!(心臓の音)」

その瞬間、二人の心臓が高鳴る。


「なんだ…これは…心臓が…!」

クロウリーが胸を押さえる。

その表情は苦痛に満ちていた。



「ぐっ…(なんじゃこれは…体内の魔力がかき乱されるような感じじゃ!)」

トルティヤは体内の魔力の循環が乱されるのを感じた。


「苦しかろう。我が冥道魔法は冥府の力そのもの。今、冥府の瘴気が貴様らを侵食し、冥府で我と戦っているも同然!そこの堕天使はまだしも、人間如きが耐えられる代物ではないわ!」

ネクタルは不敵な笑みを見せる。

苦しむ二人を見て愉悦を感じている。


そして、触手がクロウリーとトルティヤに迫る。

それは、霧の中で正確に二人を捉えている。


「くそっ…体が…動かん…!」

クロウリーは抵抗するが、霧の影響で体が痺れ、触手に捕まる。

細い体を触手が強く締め付ける。


「ええい!邪魔な触手じゃ!」

トルティヤは残された触手による攻撃を回避していく。

だが、その顔は明らかに苦しそうだった。


「(このままでは…やられる…!心を無にするのだ…!)」

クロウリーは締め付けられる苦痛に耐えながら、ゆっくりと目を閉じ集中する。

そして、乱れた魔力を体内で再度、意識的に循環させる。


「…ハァァァァッ!!!!」

次の瞬間、クロウリーの体内から制御された赤い魔力が力強く立ち上る。


「なんだ!?この魔力は!?」

ネクタルはその魔力の膨大さに目を丸くする。


「ふっ…そうこなくてはのぉ…お主はワシのライバルじゃからのぉ」

トルティヤはクロウリーの様子を見て、ニヤリと口角をあげた。


「閃光魔法-終末を告げる光エンドオブシャイニング-!」

そして、クロウリーが魔法名を告げると、彼の体から放たれた白い閃光が周囲の黒い霧と触手を一気に包み込む。


「ギュウウウ…!」

すると、触手は苦しみの声をあげ、白い光に焼かれるように消滅していく。

周囲の黒い霧も嘘のように晴れ、元の風景へと変わる。


「まだそんな手を隠し持っていたとは…」

ネクタルの表情は驚きに満ちていた。

クロウリーの実力を改めて見せつけられたのだ。


「ふっ…切り札は最後まで取っておけ…誰かさんが昔言っておったな」

クロウリーは息を切らしながら、トルティヤの方を見つめた。


「さて、誰のことじゃったかのぉ」

トルティヤが素っ気ない返事をする。


「ならば、もう一度闇に染めてやるまでよ!冥道魔法…」

ネクタルは怒りを露わにし、再び魔法を唱え、大剣を地面に突き刺そうとした。

しかし、それよりも早くトルティヤが魔法を唱える。


「無限魔法-海竜の慟哭(かいりゅうのどうこく)-」

トルティヤが右手を振り上げると、巨大な水流が地面から湧き上がり、海竜を模した形となってネクタルに向かって荒れ狂う波のように放たれる。


「ぐっ…!(魔力が吸われている!?)」

ネクタルはトルティヤの魔法にたじろぐ。

巨大な剣は海竜に当たると霧のように消えていく。

そして、追撃といわんばかりにネクタルの周りに赤い粉塵が舞う。


「先ほどの礼だ…!粉塵魔法-紅蓮狂乱(ぐれんきょうらん)-!」

クロウリーが指先から赤い粉塵を放つ。

次の瞬間、ネクタルの周辺に漂う粉塵が勢いよく爆ぜる。


「ぐはぁぁっ…!」

ネクタルは爆発の衝撃を受け、勢いよく宙に吹き飛ぶ。


「ええい…!貴様らぁ…!こうなったら全て凍らせてくれるわ!冥道魔法-深獄の氷嵐-…!」

ネクタルは体勢を立て直して再び魔法を唱える。

次の瞬間、黒い巨大な吹雪がネクタルの周囲を覆い、辺りに冷たい風が吹き荒れる。

少しずつ周囲の森が闇に覆われ、絶対零度の温度で凍結していく。


「いくぞクロウリー…あの技は覚えておろうな?」

トルティヤが右手に強大な魔力を溜める。


「懐かしいな…いつぶりだろうな」

クロウリーが左手に魔力を溜める。

右腕は失っているが、残された左手に全身の魔力を集中させる。

二人の魔力が引き合い、一つに集約し、灰色の光となって輝き始めた。


「絶対零度の前に凍てつくといい!!!!貴様らごとき!」

更にネクタルが吹雪の中から、氷でできた、見る者を威圧する巨大な大剣を、こちらに向かって凄まじい勢いで放つ。

それは、巨人が持つ大剣のようで、島をも吹き飛ばさんとする大きさだった。


「喰らうのじゃ!」


「受けるが良い」

しかし、それをもろともせず、トルティヤとクロウリーの魔力が最高潮に達する。


そして…


「「無限塵沌-混蝕の永鎖エクリプスエターニティ-」」

トルティヤとクロウリーが声を合わせ魔法を詠唱する。

一点に集約した灰色の光から、鎖を纏った巨大な光線が放たれる。

それは大地を震わせる轟音と共に、ネクタルに向けて一直線に飛んでいく。


「ガガガン!!」

光線は氷でできた大剣を容易く粉々にし、そのままネクタルに向かって突き進む。


「なんだこの力は…合体魔法だと!?」

その速さと威力にネクタルは対応しきれない。

光線が直撃すると同時に、そこから伸びた灰色の鎖がネクタルの全身に絡みつき、強固に拘束していく。


「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

ネクタルは光線によるダメージを受け、鎖に雁字搦めにされ、そのまま勢いよく地面に落下する。


「…これで、どうじゃ?」

トルティヤとクロウリーが砂煙の方を見つめる。


やがて、砂煙が晴れると、そこには灰色の鎖で全身を強固に拘束されたネクタルが、地面に伏せながら恨めしそうな顔をして二人を睨みつけていた。


「貴様ら、よくも…我にこのような!悪魔の同胞達が許しておかぬぞ!」

ネクタルが低い声で、恨みと怒りを込めて、脅すように呟いた。


「悪魔じゃと?」

すると、トルティヤがゆっくりとネクタルの方へ向かう。

そしてネクタルの眼前で立ち止まる。


「それがどうした。ワシは堕天使じゃ…」

トルティヤはニコリと笑うと、右手で鎖に触れる。

すると、ネクタルの頭上に空間が裂ける音が響き、黒い裂け目ができた。

やがて、鎖で拘束されたネクタルが、少しずつ吸い込まれていく。


「おい!やめろ!!そうだ、貴様らに不老の力をくれてやろう!永劫の時をくれてやる!だから、我の封印を解け!取引だ!」

ネクタルは最後の悪あがきと言わんばかりに、不老の力を餌に二人に取引をもちかける。


「ふっ…ワシは興味ないのぉ。お主は?」

トルティヤはネクタルの言葉を一蹴し、クロウリーに尋ねる。


「…あぁ。もうたくさんだ」

クロウリーがニヤリと笑う。

その答えに迷いはなかった。


「おのれぇぇ!!貴様らは絶対に…絶対に許さん!この屈辱…!いつか必ず復活して、貴様らを…!!」

ネクタルは最後の最後まで呪詛をわめきちらしながら、亜空間の奥へと封印されていった。

やがて、空間の裂け目が閉じる音が響く。

彼の呪詛はただ空しく島内に響き渡っていた。


「…終わったのぉ」

トルティヤは全ての力が抜け、疲れたのか、その場にペタンと座り込む。


「そうだな…全て終わったな…」

クロウリーも安堵からか、あるいは疲労からか、トルティヤの隣に座り込む。


すると、クロウリーの体が淡く温かい光を放ちだす。


「お主?それは?どうしたのじゃ?」

トルティヤはその光景に気づき、目を丸くした。


「…千年百夜の杖がなくなり、ネクタルも封印された。つまり、そういうことだな」

クロウリーは全てを悟ったかのように、静かに呟いた。

その声には、安堵と寂しさが混ざり合っている。


「…行くのか?家族のもとへ?」

トルティヤは、全てを察知し、静かに尋ねた。


「…あぁ。許してくれるか分からないが、二人に謝ってくる。あの時、守れなかったことを…」

クロウリーはどこかもの悲しげな表情で呟いた。


「大丈夫じゃろう…お主は十分苦しみ、十分罰を受けた。二人とも暖かく迎えてくれるはずじゃ」


「そうであることを期待しよう…」

クロウリーがそう呟くと光が更に増す。

全身を包む光が柱となり、空へと昇り始める。


「あ!なんか光ってるよ!」

その光は、先に魔導船の近くにいたリュウ、アリア、シャロンにも見えていた。


「トルティヤの魔法か?」

リュウはその光に首をかしげる。


「綺麗ね…まるで全てが浄化されるような…」

シャロンが光を見て呟く。

その美しさに目を奪われている。


「では…達者でな」

クロウリーの様子を見たトルティヤは、背中を向けて立ち去ろうとする。


「形はどうあれ最期にお前に出会えてよかった…小生のライバル…そして友よ…さらばだ…」

クロウリーは光に包まれながら、トルティヤの背中を見て呟いた。

トルティヤの背中は、彼の視界の中で少しずつ小さくなっていく。


「(マリア、リリアンヌ…パパは今そっちに行くからな…)」

やがて、クロウリーの体は光の粒となり、空へと舞い上がり消えていった。あたりには淡い光の粒だけが、彼の存在の痕跡として残っていた。


「さらばじゃ。我がライバル…友よ」

トルティヤは静かにそう呟くと、クロウリーが消えた場所を振り返ることなく、魔導船が待機している砂浜へと向かう。

その足取りはどこか重そうで、その表情はどこか悲しそうでもあった。


だが、トルティヤは涙は見せなかった。

それは彼女なりの強がりだったのかもしれない。


トルティヤはゆっくりと森を歩いていく。

森からはミッカンドリのさえずりが聞こえる。


やがて、開けた砂浜に出る。

その先にはリュウ、アリア、シャロンが待っていた。


「あ!戻ってきた!」

アリアがトルティヤに気づき、安堵した表情で手を振る。


「無事だったか…」

リュウは腕組みをしながらトルティヤを見つめる。

その顔に安堵の色が浮かんでいた。


「当り前じゃ。ワシを誰じゃと思っておる?」

トルティヤはいつもの口調でリュウに呟く。


「あれ?あのおじいちゃんはいないの?」

シャロンはトルティヤが無事だったことに安堵しつつ、クロウリーがいないことに気が付く。


「奴は…罪を清算し、愛しい家族の元へ行ったわい…」

トルティヤはそうとだけ呟く。


「…じゃあ、あの綺麗な光は」


「…」


「おじいちゃん…」

三人はクロウリーの結末を察して寂しそうな表情を見せる。


「…行くぞ。湿っぽいのがダラダラと続くのは嫌じゃ!」

トルティヤは三人に、いつものような強気な口調で呟く。


「ふっ…なんだ。いつもの調子ではないか」

リュウがからかうように呟く。


「なんか…寂しいね」


「…近くの島に行きましょう。今日はもう日が暮れるわ」

こうしてサシャ達は静かに島を去った。


だが、トルティヤの目元から、一粒の涙が、ぽろっと落ちていた。

それは、夕焼けに照らされ、キラキラと輝いていた。

それは、まるでクロウリーの罪が浄化されたのを知らせるかのようだった。


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