第68章:孤高の魔導師
祭壇の上で、サシャとリュウは老魔導師と対峙していた。
あたりには緊張感が張り詰めている。
「そんなの…やってみないと分からないよ!」
サシャは双剣を構え、魔導師に挑む決意を示す。
「同感だ…」
リュウも刀に手をかけ、サシャに同意する。
次の瞬間、サシャとリュウが同時に地面を蹴り、スタートダッシュを切る。
「そりゃああ!」
サシャは速やかに魔導師に近づくと、双剣を振り下ろした。
双剣の鋭い斬撃が魔導師に迫る。
「爺さん…ケガをさせたら申し訳ない」
リュウも刀を抜き、鋭い袈裟斬りを魔導師に向けて放った。
「やれやれ…青い。青すぎる。深淵魔法-冥府の雷-」
次の瞬間、魔導師が構える杖の先から魔法陣が現れ、漆黒の稲妻が凄まじい音と共にサシャとリュウを襲う。
「(早い!?)」
リュウは稲妻の速さに目を疑い、咄嗟に回避行動に移る。
「そんなの効かない!魔法解除!」
しかし、サシャが魔導師と稲妻の間に滑り込み、右手で魔法解除を発動し、迫りくる黒い稲妻を打ち消した。
「リュウ!」
サシャは稲妻を打ち消すと、リュウに合図を送る。
「分かってる。荒覇吐流奥義・剛鬼」
リュウはサシャの合図に応じ、刀を構え直す。
その刀身に禍々しい鬼のオーラが青白く纏う。
そのオーラはいつもよりも強く、荒々しいものに感じた。
「ほう。荒覇吐流か…懐かしい」
魔導師はリュウのオーラを見てもそこから動かず、余裕綽々な表情を見せ、静かに呟いた。
リュウはオーラを纏った刀剣を構え、剣先が魔導師めがけて振り下ろされる。
「はぁぁっ!」
リュウの一撃が魔導師を捉え、肉を斬るような重い音が響いた。
「ザシュ…」
魔導師にリュウの一撃が炸裂し、その肩から胸を激しく斬り裂いた。
「…当たった?」
リュウは魔導師にあっさりと攻撃が当たったことに驚愕している。
強敵だと思っていた相手が、拍子抜けするほど簡単に斬れたことに困惑する。
「どさっ…」
魔導師は力を失ったように、地面にうつぶせになるように倒れた。
「なんだ?あっさりと終わったぞ?」
サシャは魔導師があっさりと倒されたことに疑問を抱く。
「(この感じ…!)小僧共!奴はまだ生きておる!」
精神世界からトルティヤがリュウとサシャに警告を発する。
魔力の残滓から何か異常を感じ取ったようだ。
「なんだと…だが、確かに手ごたえはあった…」
リュウが慌てて周囲を見渡し、倒れた魔導師を探す。
すると、先ほどまで地面にうつぶせになっていた魔導師の肉体が、光の粒となって消えていた。
「消えた!?」
リュウがその光景に目を疑う。
その次の瞬間、祭壇に魔導師の声が響き渡った。
「深淵魔法-宵闇の呪縛-」
魔導師の声と共に、空間が歪み、リュウめがけて黒く歪な塊が凄まじい速さで飛んでくる。
「リュウ!」
サシャは咄嗟に右手を伸ばし、リュウを庇おうとする。
「むっ!」
リュウはようやく飛んできた黒い塊に反応する。
しかし、既に遅かった。
「バシュ!」
リュウに黒い塊が当たる。
衝撃と共にリュウの体に冷たい感触が走る。
「ぐっ…」
黒い塊に当たったリュウは苦痛に顔をゆがませ、その場で固まった。
黒い塊は奇妙な文字へと形を変え、リュウの体全体に貼り付くように覆っていった。
「なんだ…これは…」
リュウは体を動かそうとするがピクリとも動かない。
やがて、言葉も発することもできなくなった。
「まずは一人…」
魔導師はリュウの方をじっと見つめる。
「魔法解除!」
サシャはリュウの体を覆っている文字を解こうと、魔法解除を発動し、リュウに触れた。
「バリバリッバリ!」
しかし、リュウに触れた瞬間、激しい電撃がサシャを襲う。
「ぐぁぁぁぁっ!」
サシャは電撃による攻撃を受けて声をあげた。
その一撃は体の奥までしびれるほどで、立っているのがやっとだ。
「はぁ…はぁ…なんだこの魔法は?」
だが、倒れることなく気合いと根性で何とか祭壇に跪いていた。
「(対魔法解除の魔法を付与した拘束魔法…随分と高度な魔法じゃ)」
精神世界からトルティヤが魔導師が使用した魔法について分析していた。
「小生を倒したと思ったのだろう?…閃光魔法-星屑の虚像-…小生の魔力を付与した本物に近い残像を投影する魔法。肉体が斬れる感触…リアルだったろう?」
そう呟くと、魔導師がどこからともなく祭壇の前に降り立つ。
「複数魔法使用者じゃと!?」
精神世界からトルティヤは魔導師の能力の多様さに驚きを隠せない。
「…ねぇ、あのおじいちゃん。もしかして」
その時、魔導師の様子を観察していたシャロンがあることに気が付いた。
「目が見えていないんじゃないかしらね」
シャロンが魔導師の目を見つめ、その特徴を指摘した。
「!!」
サシャがシャロンの言葉でよく見ると、魔導師の目は常に閉じたままだった。
「それだったら少しズルだけど…」
アリアはそう呟き、弓に矢をつがえると、ゆっくりと引き絞る。
「えいっ!!」
矢は音もなく弓から放たれた。
そのまま真っ直ぐ魔導師の眼前に向かう。
「(気づいてない!)」
サシャは矢が当たる瞬間を待っていた。
しかし、その予想は無情にも打ち砕かれた。
「そんな小手先の技、小生には通じん」
なんと魔導師は矢が眼前に近づいた瞬間、的確に、杖で弾き飛ばした。
矢は弾かれ、床に落ちる。
「えっ…なんで…」
アリアが魔導師の行動に驚愕する。
矢が避けられた理由が分からずにいた。
「仕方ないわね。少し眠ってもらおうかしら…加速魔法-旋風脚-!」
シャロンは諦めず、次の攻撃を仕掛ける。
次の瞬間、シャロンの姿がスッと消え、風が吹き抜けるような音だけが残った。
そして、その姿は魔導師のすぐ横に出現していた。
「ごめんなさい、おじいちゃん。ちょっと痛い目を見てもらうわ」
シャロンは蹴りの体勢に入っている。
その蹴りは魔導師の頭部を確実に狙っていた。
「それも見えとる。閃光魔法-光鉱の護幕-」
しかし、それより早く魔導師は魔法を詠唱する。
彼の足元から光が湧き上がる。
すると、男の側面に光り輝くカーテンが地面から猛烈な速さで現れる。
「嘘!」
シャロンの蹴りは止まらない。
「ガキィィン!」
洞窟内に金属がぶつかるような激しい音が響く。
シャロンの蹴りが光のカーテンに直撃したのだ。
光のカーテンは少しだけヒビが入るが、ほぼ無傷だった。
「なんて防御力なの!?」
シャロンがカーテンの防御力に驚愕する。
「閃光魔法-黄金の大雄牛-」
防御を固めた魔導師が、即座に反撃に転じる。
次の瞬間、光のカーテンを破壊し、金色に輝く巨大な雄牛が咆哮を上げながらシャロンの目の前に出現する。
「え?」
シャロンは突然のことに反応が遅れる。
そして、そのまま雄牛はシャロンに強烈な突進をお見舞いした。
「うわぁぁっ!」
避ける間もなく、シャロンはその突進をモロに受けて、悲鳴を上げながら祭壇から下に落とされる。
「シャロンさん!」
サシャが祭壇の下に向かって叫んだ。
祭壇の上で、シャロンが落下し、リュウが拘束される中、サシャとアリアは老魔導師と対峙していた。
「二人目…どうする?数が減ってきたぞ?」
魔導師は挑発するようにサシャに語り掛けた。
その声には余裕が滲んでいる。
「ただのおじいちゃんじゃないね!!こっちも本気でいくよ!」
すると、アリアは先端が赤く染まった矢を三本つがえ、同時に放つ。
「ぼわっ!」
すると、放たれた矢は空中で発火し、先端が火で包まれる。
それは火を纏った矢となり、凄まじい勢いで魔導師に向かって放たれた。
「これはこれは…」
しかし、それでも魔導師は余裕そうな表情を崩さない。
「閃光魔法-白光加速砲-」
魔導師が魔法を唱えた次の瞬間、彼の構える杖の先端から魔法陣が現れ、強烈な白いレーザーがまばゆい光を放ちながらアリアの方向を向けて放たれる。
それは、まるで空間を切り裂くような速さだ。
「ボン!ボン!」
放たれた火炎矢はレーザーに巻き込まれると木っ端みじんになる。
アリアの攻撃は容易く破られた。
そして、白いレーザーはアリアに向かって真っ直ぐ進んでいく。
「うわぁ!」
アリアは危険を察知し、咄嗟で回避する。
その場から横に飛び退く。
「ドーン!」
次の瞬間、レーザーが直撃した天井の一部が崩れ落ち、天井に穴が開く。
そこから日の光が差し込み、洞窟内の一部が明るくなった。
「…かわしたよ!もう一発…」
アリアは息をつき、再び弓に矢をあてがう。
しかし、視界がくらくらと揺れ、頭が重く感じる。
「ふぇ?なんだろう…急に眠たく…」
アリアを強烈な睡魔が襲ったのだ。
抗う間もなく、アリアはその場に倒れ込み熟睡する。
「アリア!?」
サシャはその様子を見ていた。
「すやすや…」
すると、周囲に青色の細かい粉が漂っているのが目に映る。
それは、光を浴びて青白くキラキラと輝いている。
「(あれは…!)吸い込むな!あれは粉塵魔法じゃ!」
精神世界からトルティヤは咄嗟にサシャに叫ぶ。
「!!」
サシャはトルティヤの警告を聞き、咄嗟に口を押える。
「粉塵魔法-現夢酔狂-…小生の魔法を見破るとは…中々骨がある」
魔導師はトルティヤの声を聞き、感心したように呟いた。
「(三つ目の魔法じゃと!?…待てよ。この組み合わせはどこかで…)」
精神世界からトルティヤは魔導師の使用する魔法に既視感を感じていた。
「くっ…まだだ」
サシャは息を止めると、双剣を構える。
「はっ!」
そして、勢いよく魔導師に向かってダッシュする。
「やぁあああ!」
そして、双剣を連続で振り回す。
「そんなやぶれかぶれの攻撃、小生には当たらん」
しかし、魔導師は紙のようにひらひらとサシャの攻撃を回避し続ける。
「(どうして目が見えないはずなのに俺の攻撃が!?)」
サシャは魔導師の行動が読めずにいた。
「お主、小生の目が見えないことを分かっておるじゃろう?」
すると、攻撃を回避しながら魔導師が呟いた。
「だから…なんだってんだ!」
サシャは渾身の一撃を放つ。
それは、双剣による鋭い袈裟斬りだった。
「その観察力に敬意を示して、特別に教えてやろう。人は高度に魔力を高めると、目を閉じててでも、その場にいる生物の呼吸や気配、個人が持つ魔力…それらを己の魔力によって探知することができる」
その鋭い袈裟斬りも魔導師は紙一重で避ける。
サシャの攻撃はこれといって全く当たらなかった。
「そんな…」
トルティヤはいったん、バックステップで距離をとる。
その呼吸は連撃による疲労で乱れていた。
「この魔導師の言う通りじゃ。ワシじゃって同じことができる。これは己の魔力を極限まで高めた生物のみができる高等技術じゃ…」
トルティヤが付け加えるようにサシャに説明する。
「分かっただろう?これ以上は無駄だ。魔具のことは忘れて、ここから立ち去るとよい。そうすれば、きっと長生きできる…」
魔導師は最後の警告と言わんばかりに呟く。
それは、慈悲を見せるかのような言葉だ。
「せっかく…魔具が目の前にあるのに…」
サシャの中で悔しさがこみあげてくる。
その時、精神世界のトルティヤがサシャに話しかける。
「小僧…奴はもしかしたら…いや、ありえない話じゃが…」
トルティヤが神妙な顔つきを見せる。
その顔は、確信には至らないが、可能性を感じさせるものだった。
「?」
サシャはトルティヤの言葉に首をかしげる。
「クロウリー…もしくは、それを模した何者やもしれん」
トルティヤは一人の名前を挙げる。
「クロウリーって?」
サシャはトルティヤに尋ねる。
サシャには聞いたことのない名前だ。
「うむ…クロウリー・シェルクロム。ワシが生前戦った中で最も強い魔導師じゃ。閃光、深淵、粉塵魔法を扱う複数魔法使用者じゃ。ワシと互角に戦った…」
トルティヤはサシャに説明する。
その魔導師の強さと特徴を伝える。
「トルティヤと互角…それに三つの魔法を…」
サシャはそのワードに思わず息を呑む。
「ま、厳密には「僅差でワシの勝ち」じゃがのぉ。とりあえず、仮にクロウリー本人じゃとしたら、お主はまず勝てん。じゃから、ここはワシに替わるのじゃ…」
精神世界からトルティヤはサシャに告げる。
「…うん。分かった!」
サシャはトルティヤに説得される形で頷く。
そして、トルティヤはサシャの肩を叩く。
髪の色、そして瞳の色がトルティヤのものへと変化する。
「…ほう。姿を変えたか。変身魔法か?」
魔導師は変化したサシャの姿に驚いた顔をする。
トルティヤの姿に興味を示している。
「久しいな。クロウリー…いや、偽物かのぉ?」
トルティヤは探るような口調で魔導師に尋ねる。
「クロウリーだと?…その名の男は既に死んだ。ここにいるのはその男の亡霊だ…」
魔導師はそう呟くと、自身を亡霊と称した。
そして、魔法を詠唱する準備に入る。
「粉塵魔法-現夢酔狂-」
次の瞬間、魔導師の周囲から再び青い粉塵が飛来する。
周囲に広がった粉塵は太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
「魔法解除魔法-断魔波-!」
トルティヤは粉塵魔法に対抗すべく、魔法を詠唱する。
すると、白いオーラがトルティヤの全身を包む。
それは一定威力以下の魔法を無力化する特殊なオーラだった。
粉塵がオーラに触れた瞬間、霧散していく。
「む…やりおる。せっかくだ。名前を聞いておこう」
魔導師はトルティヤの魔法解除に驚き、感心したようにトルティヤに名前を尋ねる。
「ワシはトルティヤ!史上最強の魔導師じゃ!」
トルティヤは胸を張り自信満々に答える。
「トルティヤだと…」
すると、魔導師の体がぷるぷると震える。
「確かに魔力は似ているが、本物のトルティヤなら生きているはずだ…お前のような小僧がトルティヤを語るなど…」
魔導師はトルティヤの言葉を否定し、侮蔑を込める。
次の瞬間、魔導師の杖の先端に強力な魔力が集約されていく。
そして、杖が禍々しい輝きを放つ。
「言語道断!!」
魔導師は怒りを込めて、洞窟に響くような大声でトルティヤに一喝した。
その声の響きが空間を震わせる。
「どうやら戦わねば信じてもらえぬようじゃのぉ…」
トルティヤは魔導師に対抗するべく魔法を詠唱する準備に入る。
「受けるがよい!混沌魔法-無垢なる渦動-!」
次の瞬間、杖の先端の濃縮された魔力が一気に解き放たれる。
杖の先から白と黒が混ざり合った螺旋状の光線が放たれる。
それは、空気を切り裂きトルティヤに襲い掛かる。
「ほう。その魔法を使うとは…もはや、本人と言っておるようなものじゃ。深淵魔法-暗黒王の黒盾-」
トルティヤが魔法を唱えると眼前に悪魔を象った、大きな口が開いた巨大な盾が形成される。
そのまま、魔導師が放った魔法は盾の口の中へ吸い込まれていった。
「ほれ。お返しじゃ…」
そして、トルティヤが盾に魔力を流し込むと、盾の口から先ほどの倍の威力と大きさを誇る光線が放たれる。
反射された光線は、空間をさらに歪ませる。
「む…!閃光魔法-光鉱の護幕-」
次の瞬間、魔導師は反射された光線に対処するため、彼の目の前に光り輝く鉱石で作られたカーテンが出現する。
「ドガガガガガガ!!!」
倍の威力となった光線はカーテンを抉るように放たれ続ける。
轟音と閃光が洞窟内を支配する。
「ほうほう…小生の魔法を倍返しとは…だが、まだなんとかなる!」
魔導師の体内から魔力があふれ出る。
「ドガガガ…」
少しすると光線は止まった。
どうやら、大盾に注いだ魔力の供給が止まったようだった。
鉱石の光線は深く削られてはいるものの、魔導師本人には届いておらず、無傷だった
そして、鉱石のカーテンがボロボロと崩れ落ちていく。
「…惜しかったな。小生を殺すには魔力が足りなかったと見える」
カーテンの向こうから魔導師が険しい表情をしてトルティヤを見つめていた。
「いい加減にせよ。使った魔法といい、戦い方といい…クロウリーそっくりじゃ。いい加減認めたらどうだ!?」
トルティヤは魔導師に向かって呟く。
「何度でも言うが、クロウリーという男はとうに死んだ。今、お前の目の前にいるのはただの亡霊だ…お主こそ、トルティヤと名乗りおって。虫唾が走る…」
魔導師は再び杖を構え交戦の意を示す。
そして、再び魔力を高める。
「そうか…それなら仕方ない」
トルティヤは魔導師の反応を見て、戦いを続けることを決意する。
「あの時みたく、どちらかが音をあげるまで戦うかのぉ!!」
トルティヤは更に魔力を高めた。
体から放たれる魔力が強くなる。
幾度のサシャとの入れ替わり、そして二度の肉体の憑依によって、少しずつではあるがトルティヤに着々と魔力が蓄積されていっていたのだ。




