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第63章:ナルガタガン島

翌日、サシャ達はパライソのフロントにいた。


あのあと、腹がはちきれるまで夕食を満喫したあと、全員、豪華なベッドで幸せそうな顔をしながら深い眠りについた。

そして、今、チェックアウトを済ませ、フロントに部屋の鍵を返し終え、パライソを去ろうとしていた。


「またのお越しを心よりお待ちしております」

フロント係のエルフ族の男性が、腰を深々と曲げ、丁寧にお辞儀をする。


そして、サシャ達は、名残惜しさを感じながらも、パライソの入口の方へ向かう。


「楽しい時間だったね!」

サシャは、入口に向かいながら、振り返るように呟いた。


「あぁ。美味しい食事もできたし、スパでリラックスもできたしな」

リュウは、静かに頷き、満足そうな顔をしていた。


「また来たいね!」

アリアは、屈託のない笑みを浮かべ、元気よく呟いた。


「ちなみに、普通に泊まるとどのくらいするんだろうか…」

ふと、サシャはパライソの入口付近に設置されている料金案内の看板に目を向けた。


『宿泊料金表: 特等スイート: 30万ゴールド、一等スイート: 20万ゴールド、二等スイート: 15万ゴールド、三等スイート: 10万ゴールド(スパ利用料と食事代、サービス代込み)』


「…高い」

その値段を見た瞬間、サシャは思わず息を呑んだ。


「(恐らく、賞金首をたくさん捕まえるか、高額な財宝でも売らん限り、俺たちは二度とここには泊まれないだろうな…)」

リュウは、サシャの隣で静かに料金表を見ていたが、その冷静な顔の内側では、現実的な計算をしていた。


「けど、また来たいよぉ!すごく楽しかったもん!」

アリアは、料金がどれだけ高額なのか理解できていないのか、あるいは気にしないのか、値段を気にせずに再訪の意を無邪気に表している。


こうして、サシャ達は豪華なリゾート、ザ・パライソを後にした。

外に出ると、南国の強い陽射しが降り注いでいた。


「天気がいいな」

リュウが空を見上げ呟く。


サシャ達の目の前には、一点の曇りもない満天の青空が広がり、遠くの海から心地よい潮の香りが漂っていた。

そして、空には、鮮やかな赤や青、黄色といったカラフルな羽を持つミンカットリが、優雅に大きな弧を描きながら羽ばたいていた。


「今日は、まずナルガタガン島に向かって、それから地図に印がある島に向かう感じだね!」

サシャは、今日の予定を確認するように呟いた。


「確か、ナルガタガン島にある海兵基地で、アンリの懸賞金を受け取るんだよね!?」

アリアが、楽しそうに、確認するように尋ねた。


「そうそう!大金だし、忘れないようにしないとね!」

サシャが、アリアに頷きながら呟いた。


「うむ!ゴールドなくして冒険なし!という言葉があるじゃろ?ワシの魔具を集めるためにも、資金は必要不可欠じゃ」

その時、魔導念波増幅機を通じて、精神世界にいるトルティヤがサシャ達に話しかけてきた。


「あ!おはよう、トルティヤ」

サシャが、いつものように返事をした。


「おはよう!」

アリアも、元気よくトルティヤに挨拶をした。


「だが、ナルガタガン島までどうやって行く?また船で移動することになるだろうが、この島から直通の船があるのか…?」

一方でリュウは、懸賞金のことは頭に入れつつも、移動手段について冷静に考えていた。


「とりあえず、船着き場に戻ってみようか。案内所があったし、そこで何かが分かるかもしれないし」

サシャが、提案をすると、リュウとアリアは同意するように頷いた。


パライソから船着き場までの道のりでは、街は朝からすでに活気にあふれていた。

別のリゾートらしき建物の庭では、宿泊客が優雅に朝食を楽しんでおり、その近くでは子供たちがボール遊びに興じ、楽しそうな声が響いている。

海辺では、健康的に日に焼けたドラゴニア族が日光浴をしており、道端では現地人が新鮮な魚や珍しい南国フルーツを威勢の良い声で売り歩いていた。


「朝から賑やかな島だね…人もたくさんいるし」

サシャ達は、周囲の様子を見渡しながら歩き続けた。


そして、しばらく歩くと、昨日到着した船着き場へと到着した。

そこでは、大型の商船から水夫たちが忙しそうに大きな荷物を降ろしており、活気に満ちていた。

掛け声が飛び交い、木箱が積み上げられていく音が響いている。


「あそこの案内所で聞いてみよう!」

サシャが指をさした先には、港の一角にひっそりと佇む木造の案内所があった。


サシャ達は木造の案内所の扉を開ける。

中には、数人の係員と、船の到着を待っている様子の商人の姿があった。


「すみません。一つお尋ねしたいのですが…」

サシャは、受付カウンターにいた、眼鏡をかけた優しそうな女性の係員に丁寧に尋ねる。


「はい。いかがしましたか?何かお困りでしょうか?」

係員は、心配そうな表情を見せながら、丁寧な言葉遣いでサシャを迎える。


「ここから、ナルガタガン島に行く船って出てますか?海兵基地に行きたいんです」

サシャは、率直に尋ねた。


「あー…申し訳ありません。ナルガタガン島行きの船は、誠に残念ながら先週、航路が廃止となりまして…」

係員は、申し訳なさそうに眉を下げ、呟いた。


「え…」

ナルガタガン島行きの航路廃止。

予想外の言葉に、サシャ達はその場でピクリとも動かなくなり、信じられないといった顔で固まった。


「現在は、ブロッケスとサイテン島、ポルカ島からしか出ていないんです。ブロッケスとサイテン島行きの船はございますが、いかがいたしましょうか?」

係員は、他の選択肢を提示した。


「んー…ブロッケスに戻るとなると、かなり遠回りになりそうだな…時間も結構ロスになるし…」

サシャが、難しい顔で頭を悩ませる。


「ブロッケスに戻るとなると、懸賞金を受け取るだけで丸一日以上無駄になる可能性が高い。これは困ったのじゃ…」

トルティヤも、事態の深刻さを理解し、頭を悩ませていた。


その時だった。

案内所の扉が勢いよく開き、外から太陽の光を背負った、スタイル抜群の女性が颯爽と入ってきた。


「あ!お疲れ様です!」

係員の女性が、その女性に明るい声で挨拶をした。


「調子はどうかしら?」

入ってきた女性は、赤い髪をなびかせ、体にぴったりとフィットしたマレン海兵隊の制服を着ていた。

だが、制服のボタンは大胆に外れており、中には白いビキニをつけ、セクシーな肉体が強調されていた。

足元は白いブーツを履き、ズボンは本来の長さから大幅に短く詰められており、まるで短いハーフパンツのようだった。


「海兵隊が巡回を強化しているおかげか、問題なく荷物は順調に運ばれてきてます!本当に助かってますよ!」

係員の女性は、心から感謝している様子で、嬉しそうに呟いた。


「それはよかったわ。ちょうどバカンスが終わって、今日から出勤なの…って、おや?」

女性は、明るい声で話し、周囲に視線を向けた時、壁際に立っているリュウの存在に気が付いた。

彼女の顔に、一瞬の驚きの色が浮かんだ後、すぐに面白そうな笑みに変わった。


「あ、あいつは…」

女性の姿を見たリュウは、予想外の再会に、思わず目を丸くした。

なぜなら、その女性は、昨日、スパで彼に声をかけ、大胆に誘惑してきた女性だったからだ。リュウの顔がみるみるうちに赤くなる。


そして、女性は、他の誰にも目もくれず、まっすぐリュウのいる壁際へと近づくと、右手を伸ばした。


「…!!」

女性の右手は、勢いよくリュウの後ろの壁に触れた。

彼女はリュウを壁際に追い詰めるような体勢になる。


「あら、昨日の可愛い坊やじゃない」

女性は、リュウの顔に自身の顔を近づけ、健康的な笑みを浮かべながら、しかしその大きな瞳にはじっとりとした誘惑の色を宿らせ、甘くねっとりとした声で囁いた。


「やめてくれ…ひ、人違いだ…」

リュウは、顔を真っ赤にしたまま、視線をシャロンから逸らし、蚊の鳴くような声で呟いた。


「あらら…そう照れなくてもいいのに…」

女性は、壁から手をどかすと、少し残念そうな表情をしていた。


「リュウ、この美人なお姉さんと知り合いなの?」

アリアは、女性の魅力的な姿に目を奪われながら、無邪気に尋ねた。


「そう…実はね…」

女性が、面白そうに何かを話そうとしたその時、リュウが慌てて彼女の言葉を遮るように口を開いた。


「あ、あぁ…!そうなんだ!昨日、スパで迷っていた時に、親切に道案内してくれたんだ!ね?」

リュウは、顔を赤くしたまま、女性に同意を求めるように強い視線を送った。


「そうなんだ!仲間がお世話になりました」

サシャは、リュウの言葉を信じ、女性に深々と頭を下げて礼を言った。


「いいのよ(あら、こっちの坊やも可愛いわね…)」

女性は、礼を言うサシャの方に視線を向けた。


「ところで、話が聞こえたんだけど、坊やたち、ナルガタガン島に行きたいの?」

女性は、サシャの方に体を向け、自然な口調で尋ねた。


「そうですが…先週航路が廃止になったと聞いて、困っていたんです」

サシャは、女性の魅力的な姿と、まっすぐな話し方に一瞬ドキリとしてしまいながらも、正直に答えた。


「本当に…綺麗なお姉さん…」

アリアは、女性の制服姿に目を輝かせ、うっとりとした表情で見つめていた。


「(なんじゃ!このハレンチな女は!けしからんのじゃ!)」

トルティヤは女性の見た目に視線を送りながら少しイライラしていた。


「なるほどねぇ…ふふ、ちょうどナルガタガン島に行くところだったから、私の船に乗っていく?海兵隊の船だけど、坊やたちくらいなら乗せられるわよ?」

女性は、楽しげな笑みを浮かべ、サシャ達に思いがけない提案をした。


「いいんですか!?本当に助かります!」

サシャは、予想外の言葉に、安堵と喜びが混じった笑みを浮かべた。


「可愛い坊やたちが困っているんですもの。放っておけないわよ」

女性は、妖艶な笑みを浮かべ、リュウをちらりと見てから呟いた。


「本当に助かります!ありがとうございます!ぜひ、お願いします!」

サシャは、再び女性に深々と頭を下げた。


「ははは…シャロンさんは、年下の子に目がないんですから」

受付の係員の女性は、シャロンと呼ばれた女性の言葉を聞いて、クスりと楽しそうに笑った。


「そういう目的じゃないわよ」

女性は、係員の女性に向け、鋭い視線を送る。


「分かってますよ。では、その冒険者達をお願いしますね。道中、どうぞお気をつけて」

係員は、シャロンにお辞儀をした。


「じゃあ、坊やたち、行きましょ。船はすぐそこよ」

シャロンは、くるりとサシャ達に体を向け、声をかけた。


「はい!ありがとうございます!」

サシャは、シャロンの後についていく。


「はーい!船、楽しみだよぉ!」

アリアも、元気よくシャロンについていく。


「(うっ…最悪だ…)」

一方で、リュウは顔を歪め、内心で小さく呟いた。


サシャ達は案内所を出る。


「で、坊やたちはどうしてナルガタガン島に?」

シャロンは、桟橋に向かっている途中に、隣を歩くサシャに自然な口調で尋ねた。


「実は、先日海賊を捕まえまして…その懸賞金を海兵基地に受け取りに行くんです」

サシャは、正直に理由を説明した。


「へぇ、なんて名前の海賊?」

シャロンは、興味津々といった表情で尋ねる。


「確か…誰だっけ?」

サシャは、精神世界に意識を向け、トルティヤに尋ねる。


「アンリと名乗っておったのぉ」

トルティヤは、思い出すようにサシャに呟いた。


「アンリって名前の海賊です!」

サシャがシャロンに答える。


「あぁ。「鏡光のアンリ」ね。最近、名を挙げていたやつね」

シャロンは、感心したように頷く。


「有名な海賊なの?」

アリアが、シャロンを見上げて尋ねる。


「そこそこってところね。賞金首としては知られてるけど、マクレン海の海賊の中じゃ可愛いほうよ」

シャロンは、肩をすくめて呟いた。


「マクレン海の海賊勢力は大きく3つあるの。一つは、キャプテン テネシー率いるマッカラン海賊団。こいつらはとにかく凶悪で手当たり次第に襲う。多くの連絡船や客船、商船が襲われていて、海兵隊も手を焼いている厄介な奴らよ。次は、ヒビキ船長率いるボウモア海賊団。こいつらは変わった連中でね。豪華な商船や貴族が乗っている船しか襲わない。基本的に一般人に危害を加えることは少ないけど、海賊なのには変わりないから、海兵隊でもしっかりとマークしているわ。あとは、それ以外の小規模な海賊団が色々いるって感じね」

シャロンがマクレン海の複雑な情勢を話し終えると、彼女の船が停泊している桟橋に到着した。


「さ、狭いけど乗って」

そこには、船体には海兵隊の紋章が描かれ、4つの座席が取り付けられた、小型の船が停泊されていた。


「では、失礼して…」

サシャは、促されるままに魔導船の後ろの席に乗り込む。


「わあ!少し揺れるよぉ…」

アリアは、初めて乗る小型船に少し興奮した様子で、おぼつかない足取りで後ろの席に乗り込んだ。


「…」

一方でリュウは、シャロンの隣に乗ることを少し躊躇しているようで、桟橋にじっと立ち止まっていた。


「坊やは私の隣…ね?」

シャロンは、にこやかな笑みを浮かべ、運転席の横にある前の席を指さし、リュウが先に乗るように促す。


「…はい」

リュウは、観念したような表情を見せ、ため息を深くつくと、しぶしぶ前の席に座った。


こうして、後方にサシャとアリア。

運転席にシャロン、その隣にリュウという構図になった。


「けど、この船…どうやって動くんだろう。これがエンジンかな?」

サシャは、周囲を見渡すと、船の後方に黒い箱のような物体が設置されていることに気が付く。


「それはね…」

シャロンがそう呟くと、操舵輪に自身の魔力を込める。

次の瞬間、船の後方の黒い箱から「カチッ、カチッ」と歯車が高速でかみ合うような機械音が響く。

そして、魔導船はゆっくりと桟橋を離れ、水面を滑るように動き始めた。


「動いたよ!」

アリアは、音もなく動き出した魔導船に、不思議そうな表情をする。


「一体、どうやって?」

サシャは、船の仕組みが分からず、首をかしげた。


「これは魔導船よ。私の魔力を燃料にして動くの。素敵でしょ?」

シャロンは、得意げな表情で操舵輪を握ると、さらに魔力を込め、船のスピードをあげた。

水しぶきが舞い上がり、船は水面を勢いよく滑走していく。


魔導船。

文字通り魔力を燃料にしている船のことで、主にマクレン諸島や、燃料の調達が難しい遠隔地で採用されている。

操舵手の魔力が尽きない限り、無限に走り続けられるが、長距離になれば当然ながら消費する魔力も大きくなっていく。


「(魔導船…大きいものは知っておるが、まさかこの100年あまりでここまで小型化されておるとは…)」

トルティヤは、魔導船が小型化されていることに驚き、感心したような表情を見せた。


「(やはり、マクレンの造船技術はとんでもないのぉ…ワシが生きていた頃とは大違いじゃ)」

トルティヤの心中には、時代の変化に対する驚きと、この世界の技術力への賞賛があった。


魔導船は、どこまでも広がる大海原を勢いよく走っていく。

時折、灰色の大きな翼を持つ翼竜らしきモンスターが、上空を旋回している。

翼竜は、鋭い視線で水面を見つめ、獲物を見つけると、勢いよく海に飛び込み、 餌であろう魚を捕食していた。


そして、2時間くらい走った頃、前方に島影が見えてくる。


「見えたよわ。あれがナルガタガン島よ」

シャロンが、指さす。島の形が徐々にはっきりと見えてくる。


島が近づくにつれて、その様子が徐々に見えてくる。

ナルガタガン島は、パリオネ島のような華やかさはないものの、海岸線に沿って、素朴な民家らしき建物がいくつか並び、人々の生活があることが見て取れた。

島の東側には、岸壁に沿って建てられた、白いレンガ造りの海兵隊の基地らしき大きな建物が見えた。


「あれが、ナルガタガン島か」

サシャは、これから向かう島と基地をじっと見つめた。


そして、船は海兵隊の基地がある方向へ進んでいく。

やがて、基地の一角にある、巨大な水門の前で止まる。

水門は厚い鉄板でできており、その迫力にアリアは目を丸くしていた。


「わぁ…大きな門…」

アリアは、巨大な水門の威圧感に圧倒されていた。

その時、門の側にある詰め所にいた、坊主頭の兵士が、シャロンに声をかける。


「おーい!シャロン!その船に乗ってるそいつらは誰だ?見たことない顔だな!」


「大事なお客様よ。海兵基地に用があるから連れてきたわ。水門を開けてくれないかしら?」

シャロンは、にこやかな笑みを浮かべ、親しげな口調で坊主頭の兵士に呟く。


「駄目だ!表門ならともかく、水門側から部外者を入れるわけにはいかん!規則だ!」

坊主頭の兵士は、険しい表情で、水門を開けることをきっぱりと拒否する。


「そう固いこと言わないで?懸賞金を受け取りにきただけよ?」

シャロンは、少し強情な表情になり、軽い口調で兵士に食い下がる。


「一切の例外は認められん!規則は規則だ!表門から正規の手続きで入れ!」

兵士は、表情を崩さず、ぴしゃりと言い放った。


「ったく、ケチねえ…仕方ないわ。表門から行きましょう」

シャロンは、兵士の頑なな態度に諦めたように、しぶしぶといった表情でため息をつくと、船を曳き返し、基地の近くにある桟橋に魔導船を止め直した。


「ごめんね。さすがに水門側からは行けなかったわ」

魔導船から降りると、シャロンはサシャ達に軽く頭を下げる。


「いいんですよ。送ってくれただけで十分助かりました。ありがとうございます」

サシャは、シャロンの言葉に恐縮し、頭を下げる。


「うん!助かったよ!シャロンお姉さん、ありがとう!」

アリアも、満面の笑顔でお礼を言った。


「あ、あ、ありがとう。感謝する」

リュウは、まだ少し動揺しているようで、若干ぎこちなく呟いた。


「いいのよ…気にしないで。じゃあ、行きましょうか」

シャロンは、気を取り直したように軽く手を振り、サシャ達に声をかけた。


こうして、シャロンの案内で、サシャ達は海兵隊の基地へ向かって歩き出した。

桟橋から少し進み、坂道を登った先に海兵基地の正門はあった。


「ここが海兵基地…すごい雰囲気だな」

海兵基地の正門の前に、サシャ達は立ち止まる。


パライソほどではないが、白いレンガで作られた大きな建物で、周囲には高く頑丈そうな金属製のフェンスが張り巡らされ、等間隔で兵士が立っている。

張り詰めた空気が漂っており、兵士たちの鋭い眼差しが周囲を警戒しているのが分かる。

その厳重な雰囲気に、サシャは思わず身を引き締めた。


そこの一角に、「懸賞金受け取り場」と書かれた小さな立札が掲げられていた。


「ここは海底に刑務所も併設しているの。だから普通の基地よりも大きいし、警備も厳重なのよ」

シャロンが、基地の特徴を説明するように呟いた。


「ふむ、懸賞金の受け取り場所はあそこらしいな…」

一番後ろを歩いていたリュウが、立札の方に視線を向け、静かに呟いた。


「そうよ坊や。あそこに…行けば、懸賞金は坊やたちのもの…」

いつの間にか、シャロンが音もなくリュウの後ろに回り込んでいた。

彼女の細くしなやかな指が、リュウの頬にそっと触れる。

その指先は、ひんやりとしていた。


「うっ…(回り込まれたとき、気配がまるでなかった…)」

リュウは、突然のことに体が硬直した。

心臓がドクンと鳴り、全身から冷や汗が吹き出す。


「安心して。ただ懸賞金を受け取りにいくだけ…他には…何もないわ」

シャロンは、リュウの反応を見て面白がるように囁く。

彼女の指が、リュウの唇に触れようとした、その時だった。


「行こう!リュウ!アリア!」

サシャとアリアが、先に建物の入口の方へ向かおうとしていた。


「…ふふふ。ほら、行きましょう」

シャロンは、リュウから細い指を離すと、意味深な笑みを浮かべた。

そして、彼女にリードされるように、リュウも慌てて懸賞金の受取場に向かった。


懸賞金の受取場は、基地の一角にある広間だった。

中には多くの賞金稼ぎ(バウンティーハンター)や冒険者たちが、それぞれの獲物と共に集まっていた。

彼らの様子は様々で、大金を手にして高揚している者、疲弊した様子で座り込んでいる者、新たに捕まえたお尋ね者について話し込んでいる者などがいた。

そして、その片隅にある牢屋には、連行されてきたと思われるお尋ね者たちが、縄でぐるぐる巻きにされたり、何かしらの魔法で拘束されぐったりしていた。


「ジェスター、賞金の受け取りにきた冒険者を連れてきたわよ」

シャロンは、受付カウンターにいる、快活そうな雰囲気の女性職員に明るい声で声をかけた。


「あ、シャロンさん!おかえりなさい!」

ジェスターと呼ばれた女性職員は、シャロンに気が付くと、満面の笑みで手を振った。


「どうも…お世話になります」

サシャは、少し緊張しながら、ぎこちなく頭を下げる。


「アンリっていう海賊の懸賞金を受け取りにきたんだよ!」

アリアが、前に出て、元気よくジェスターに伝えた。


「あー!話は聞いていますよ!パリオネ島で海賊を捕まえた冒険者さんたちですね!少しお待ちくださいね…」

ジェスターは、サシャ達を見て納得し、すぐに奥の部屋へ向かった。


「はいはい!お待たせしました!」

そして、しばらくすると、ジェスターは金貨がぎっしりと詰まっているであろう、ずっしりとした袋を2つ持って戻ってきた。


「では、こちらの受け取り証明書にサインをお願いします」

ジェスターは、一枚の書類をサシャ達に手渡した。


「これは?」

書類の内容を確認するように、リュウがジェスターに尋ねる。


「懸賞金を受け取ったことを証明する公的な書類です!ここにサインいただければ、賞金を正式に受け取ることができます!」

ジェスターは、書類の重要性を説明した。


「何も怪しいものじゃないわ。海兵隊として、業務上必要な手続きなの。パパっとサインしちゃって、早く懸賞金を受け取りましょ」

シャロンは、サシャの隣に立ち、安心させるように、しかし少し急かすような口調で呟いた。


「は、はぁ…分かりました。これで懸賞金がもらえるんですね」

サシャは、少し戸惑いながらも、書類にサインをした。


「はい。確かに確認いたしました。では、こちらを…」

ジェスターは、サシャのサインを確認すると、満面の笑みで金貨袋をサシャに手渡した。


「ありがとうございます!」

サシャは、両手で金貨袋を受け取る。

金貨袋はずっしりと重く、その重みは、サシャ達が成し遂げた功績の大きさを物語っていた。

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