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第60章:南の島

「ご協力感謝します!」

青いラインの入った白いシャツに銀色の胸当てを身に着けた海兵隊の隊員が、サシャ達に向かってきびきびとした動作で敬礼をする。

その手には、長く鋭い刃を持つハルバートが握られていた。


「よいよい。気にするでない」

トルティヤは、照れたように控えめに呟く。


「いえ。たまたま乗り合わせただけなので」

リュウは、いつものように感情を表に出さず、静かに謙遜気味に呟く。


「悪い人はみんなやっつけたよ!」

アリアは、満面の笑みを浮かべ、元気に大きく頷いた。


あの後、海賊船の船長室から宝の地図を持ち去り、マクレン諸島の海兵隊が到着するまで、サシャ達は船首で静かに待機していた。

幸い、負傷した冒険者も意識を取り戻し、人質も全員無事だった。


それからしばらく経った頃、遠くの水平線から船体にマクレン海兵隊の紋章が描かれた一隻の哨戒船が、ゆっくりとした速度で連絡船に近づいてきた。

やがて哨戒船は連絡船の横に接舷し、数名の海兵隊員が乗り移ってきたのだ。


「ふむ…こいつは、最近名を挙げていた女海賊のアンリか…」

顎に無精髭を生やした、いかにも隊長といった風貌の男は、氷漬けになったアンリを興味深そうに見つめ、感嘆の息を漏らした。


「そうじゃ。適当に暑いところに置いておけば溶けるじゃろ。それと…こいつには懸賞金がかけられているはずじゃろ?」

トルティヤは、にやりとした笑みを浮かべながら、隊長らしき男に視線を送る。


「確かに、この女海賊には18万ゴールドの懸賞金がかけられている。だが、我々が基地まで連行し、身元を確認した後に懸賞金を支払うシステムになっている。今、その場で支払うことはできん」

隊長らしき男は、氷漬けのアンリを改めて確認し、部下と顔を見合わせると、冷静な口調で答えた。


「分かった。どこへ行けばいいのじゃ?」

トルティヤは、納得したように頷き、隊長らしき男に尋ねた。


「明日以降に、ナルガタガン島にある海兵基地に来てくれ。「アンリの懸賞金を受け取りにきた」と衛兵に言ってくれれば、手続きを行うことができる」

隊長らしき男は、事務的な口調で説明した。


「分かったのじゃ」

トルティヤは、静かに頷いた。


「ナルガタガン島は、パリオネ島の西側にある島のようだな」

リュウは、取り出したマクレン諸島の地図を広げ、指で場所を丁寧に確認する。


「では、我々はこれで…良き旅の続きを」

隊長らしき男は、改めてサシャ達に敬礼をすると、部下たちに指示を出し、氷漬けになったアンリと捕縛した海賊たちを、次々と哨戒船に連行していった。


やがて、哨戒船は海賊船を牽引し、静かに連絡船から離れていった。


「一件落着じゃな…もうよかろう」

トルティヤは、精神世界にいるサシャの肩を軽く叩いた。


「…とんだ事件だったね」

サシャは、意識を現実世界に戻し、安堵の表情を浮かべながら、やれやれといった様子で小さく呟いた。


「あぁ。まさか、こんなことになるなんてな…」

リュウも、今回の騒動を振り返り、呟いた。


「けど、宝の地図も見つけたし、懸賞金も貰えるんでしょ?大きな収穫だよ!」

アリアは、目を輝かせ、嬉しそうに声を上げた。


こうして、連絡船は再び穏やかな海を進み始めた。

空は晴れ渡り、海はどこまでも青く、広大に広がっている。

時折、白い鳥が船の周りを舞い、心地よい潮風が頬を撫でる。


そして、しばらく船が滑るように海面を進むと、遠くに緑豊かな島影が見えてきた。


「あそこに島が見えてきたよ!」

船首で、景色を眺めていたアリアが、指をさしながら明るい声を上げた。


「あれがパリオネ島…」

サシャは、遠くに見えるパリオネ島を、期待を込めた眼差しでじっと見つめた。


連絡船は、ゆっくりとした速度でパリオネ島へと近づいていく。


遠目には、エメラルドグリーンの海に囲まれた海岸線に沿って、白砂のビーチがどこまでも続き、その背後には、大小様々な白いレンガ造りの建物が、まるで絵画のように美しく並んでいるのが見える。


建物の屋根は赤やオレンジ色で彩られ、南国らしい鮮やかな印象を与えていた。

浜辺には、カラフルなパラソルがビーチに点在し、高くそびえるヤシの木が風にそよぎ、人々が砂の上で日光浴を楽しんだり、透き通った海に入ってはしゃいだりと、リゾートの賑やかな雰囲気を醸し出していた。


「まさにリゾート地といった感じだな」

リュウは、その美しい景色には心を惹かれている様子だった。


「なんか貴族とか、お金持ちが好みそうな場所だね…」

サシャは、島の様子を眺めながら呟いた。白い建物や整然とした街並み、そして優雅に過ごしている人々の様子から、そう感じたのだろう。


「ねぇ、どんな生き物がいるのかな!?温泉も楽しみだよ!」

アリアは、目をキラキラと輝かせ、早く島に上陸したい気持ちを隠せない様子だ。


「まぁ、せっかく来たんだ。ゆっくりと羽を伸ばすとしよう」

サシャは、腕を組みながら、どこか楽しげな表情で呟いた。


やがて連絡船は、島にある賑やかな船着き場にゆっくりと停泊した。


「着いたね!」

アリアが、待ちきれないといった様子で声を上げる。


「色々あったが、ようやく到着か」

リュウも、 安堵の表情を浮かべながら呟いた。


「楽しみだよ!」

サシャ達は、これから始まるリゾート地での滞在に、心を躍らせながら、次々と船を降りていった。


降り立った船着き場は、多くの観光客でにぎわい、褐色の肌をした現地人と思われる住人が、丁寧に磨き上げられた手製の木彫りや、色鮮やかな貝殻細工などを露店に並べて販売していたり、汗を流しながら水夫が大きな荷物を担いで忙しなく行き来していたりと、活気に溢れていた。


「うわぁ!すごい賑やかだよ」

アリアは、珍しそうに露店に並ぶ品々を眺めている。


「あぁ。少し騒がしいくらいだな」

リュウは、腕組みをしながら、周囲の喧騒を少しばかり居心地悪く感じている様子で短く呟いた。


「ここからパライソまでどうやって行くんだろう?」

サシャは、船から降りるまでは特に気にしていなかったが、目的地である「ザ・パライソ」の正確な場所がわからず、少し焦り始めていた。


「確かに…地図とかもなかったしな」

リュウは、サシャの言葉に同意して、首を少し傾げた。


「あそこの人に聞いてみよう!」

サシャは、船着き場の一角で、様々な種類の木彫りを売っている露店を指さした。


「あの…」

サシャ達が露店に近づくと、店番をしていた若い女性がすぐに気が付いた。


「いらっしゃい。パリオネ島名物「コロコロフアン」はいかが?」

店員の褐色肌の若い女性は、つぶらな瞳を輝かせ、首の部分がバネで上下に揺れる、どこか間の抜けた表情をしたモンスターの木彫りを手に取り、明るい声で勧めてきた。

その動きは、見ていると自然と笑みがこぼれるような、愛嬌のあるものだった。


「わぁ!かわいい!」

アリアは、その予想外の可愛らしい仕草に目を奪われ、身を乗り出して木彫りをじっと見つめている。


「でしょ!ウチが作ったんだ!よかったら一つ買っちゃう?」

店員は、白い歯を見せてニコニコしながらアリアに尋ねた。


「ちょっと、アリア…買っている場合じゃ…」

サシャは、早く目的地の情報を聞きたい気持ちを抑えつつ、アリアに小さな声で窘めた。


「買っちゃうよ!」

しかし、そんなサシャの制止など全く耳に入っていない様子で、アリアは迷うことなく高らかに声を上げた。


「あいよ!7000ゴールドね!」

店員は、元気いっぱいの威勢のいい声で値段を告げた。


「(な、7000ゴールド!?)」

その予想外の高額な値段に、サシャとリュウは目を見開き、驚きを隠せない。


「はい!」

アリアは、その値段に全く躊躇する様子もなく、嬉しそうに金貨を1枚店員に手渡した。


「まいど!はい、これお釣りね!」

店員は、満面の笑みを浮かべると、丁寧に木彫りを包装し、お釣りの銅貨を3枚アリアに手渡した。


「ありがとう!」

アリアは、手に入れたばかりの木彫りを大切そうに抱きしめ、上機嫌の様子だった。


「…あの。一つお尋ねしても?」

サシャは、アリアの無邪気な様子に少し呆れつつも、気を取り直して店員に話しかけた。


「あら!あなたも買う?」

店員は、今度はサシャに眩しいほどの笑顔を見せた。しかし、その笑顔の奥には、どこか商売上手な雰囲気が漂っていた。


「いや、僕は大丈夫。この島に「ザ・パライソ」というリゾートがあると聞いてやってきたんだけど、場所が分からなくて…」

サシャは、少し困ったような表情を浮かべ、丁寧に尋ねた。


「あー!パライソなら、この船着き場から東側の海岸沿いをずーっと進んだ先にある、ひときわ大きい建物だよ!多分、この辺りのリゾートの中では一番大きいんじゃないかな?」

店員は、顎に手を当てて少し考え込むような仕草を見せながら、そう教えてくれた。


「なるほど…東側だね!ありがとうございます」

情報を得られたことに安堵し、サシャが店を後にしようとした、その時だった。


「ちょっと!場所を教えたんだから、何か一つくらい買っていってよ!」

先ほどまでの明るい笑顔は消え、店員は明らかに不機嫌そうな表情でサシャに短く呟いた。

その目は全く笑っておらず、もしここで何も買わずに立ち去ったら、何か良くないことが起きそうな、そんな圧力を感じさせるものだった。


「うっ…」

サシャは、店員の豹変ぶりに戸惑い、その無言の圧力に言いようのない居心地の悪さを覚えた。


「ありがとうございました!!」

結局、サシャはその圧力に押し負け、店に並んでいた商品の中で一番安かった、簡素な木製のマント留めを渋々購入した。


「…ま、旅の思い出としては悪くないか」

2000ゴールドの予期せぬ出費となったが、貴重な情報を得られたと思えば、安いものだと考えることにした。


こうして、サシャ達は、目的地の「ザ・パライソ」を目指し、パリオネ島の東へと歩を進めた。


道中は、爽やかな潮の香りが鼻腔をくすぐり、穏やかで心地よい風がサシャ達の肌を優しく掠めていく。

頭上では、青い空の下、白い雲がゆっくりと流れている。

ふと、サシャ達の目の前にある緑豊かなヤシの木の枝に、鮮やかな赤や青、黄色の羽を持つ、見たこともないほどカラフルな鳥がちょこんと止まった。


「わ!見たことがない鳥がいるよ!」

アリアは、その美しい鳥に目を奪われ、指をさして声を上げた。


「あれは「ミンカットリ」じゃな」

魔導念波増幅機を通じて、サシャの精神世界にいるトルティヤが、サシャ達に話しかけてきた。


「今、目の前にいるのはオスの個体でのぉ。オスの羽は派手な色をしておるが、メスの個体は地味な茶色っぽい色をしておる。ちなみに焼いて食べると、なかなか美味いのじゃ」

トルティヤは、最後にサラッととんでもないことを言い放ちつつ、ミンカットリについて説明する。


「トルティヤは詳しいんだね!まるでオババ様みたいだよ!」

アリアは、トルティヤの豊富な知識に感心し、目を輝かせている様子だった。


「ふふーん。伊達に最強の魔導師ではないからのぉ」

トルティヤは、得意げに胸を張り、満足そうにそう言った。


「(絶対、食べることしか考えてない…)」

サシャは、トルティヤの最後の発言を聞き、内心で一人、呆れたようにそう考えていた。


そして、更に東へと進むと、道沿いに一軒の石造りの建物が見えてきた。

中からは、カンカンと金属が叩きつけられるような、リズミカルな音が響いてくる。


「…武器屋か。すまないが、少し寄ってもいいか?」

リュウは、その音に興味を惹かれたのか、サシャとアリアに短く尋ねた。


「うん!せっかく来たんだし、ちょっと覗いてみようよ!」

サシャは、特に異論もなく、快くリュウの提案に同意して、アリアも楽しそうに頷いた。

こうして、サシャ達は武器屋の中へと足を踏み入れた。


武器屋の店内には、職人の手によって丁寧に鍛えられたであろう、様々な種類の金属製の刀剣や斧、頑丈そうな木と金属を組み合わせた盾や槍などが、壁や棚に整然と展示されていた。

中には、冒険者らしき屈強な男や、身なりの良い商人らしき人物が何人か、展示された商品を真剣な眼差しでじっくりと見ていた。


「結構、本格的だね」

サシャは、店内の品揃えの豊富さに感心しながら、周囲を見渡した。


「弓はないのかな?」

アリアは、きょろきょろと店内を見回している。


「む…これは…」

その時、リュウの足が、店の一角に飾られた一本の刀の前で、まるで磁石に吸い寄せられたかのようにピタリと止まった。


「な、なに?」

リュウの突然の普段と違う行動に、サシャは目を丸くして短く尋ねた。


「名工であるギンザエモンの業物…まさか、こんな場所で出会えるとは…」

リュウの視線の先には、漆黒のような黒色の刃紋と、眩いばかりの銀色の刀身が、まるで生きているかのように美しく輝く一本の刀があった。


「そんなにすごいの…?」

サシャは、リュウの興奮ぶりに少し戸惑いながら、首をかしげた。


「すごいも何も、ギンザエモンが丹精込めて拵えた刀自体が、滅多に市場に出回らないんだ。ギンザエモンは、頑固な職人として非常に有名で、たとえ大金を積まれたとしても、相手が気に入らなかったり、気乗りがしなければ決して刀を打たない…そんな職人の刀である故に貴重なのだ」

リュウは、興奮した様子で、早口でその刀の希少価値について熱弁する。


「おう坊主。それを知っているとは、なかなかお目が高いな」

すると、店の奥の薄暗い一角から、濃い紺色の着物を粋に着こなした、白髪交じりの恰幅の良い男が現れた。


「はい。幼い頃から刀を振るってきたので、これくらいは…」

リュウは、店主に褒められ、少し照れたように短く呟いた。


「なるほどな…して、買うのか?その刀を」

店主は、鋭い眼光でリュウの顔をじっと見つめた。


「え?こんな貴重な刀を、売ってくださるのですか?」

リュウは、驚きのあまり目を丸くし、短く呟いた。


「もちろんだ。ここに置いてあるのは全部売り物だからな!気に入ったものがあれば、遠慮なく言ってくれ」

店主は、自信ありげにそう言い放ち、両手を広げて店内の商品を示した。


「…おいくらですか?」

リュウは、覚悟を決めたように、店主に値段を尋ねた。


「坊主は、なかなか良いものを見抜く目を持っているからな…少しばかり値引きして…」

店主は、顎髭を撫でながら、再びリュウを注意深く見つめた。


「…」

リュウは、固唾を呑んで店主の言葉を待った。そして…


「99万ゴールドでどうだ?」

店主は、にこやかな笑みを浮かべ、しかしその目は真剣そのもので、値段を告げた。


「(きゅ…)」


「(99万!?)」

サシャとアリアは、その桁違いの値段に、目を丸くし言葉を失っている。


「…ギンザエモンが拵えた業物じゃ。むしろ、少し安いくらいじゃのぉ」

トルティヤは、その値段を聞いても特に驚く様子もなく、至って平然とした様子でコメントした。


「…いや、今回は見送ります」

リュウは、平静を装い、店主に深々と頭を下げて丁重に断った。

しかし、彼の表情は明らかに落胆の色を帯びており、肩を落としているのが見て取れた。

そして、サシャ達は、後ろ髪を引かれる思いで武器屋を後にした。


「ギンザエモン…ギンザエモンの名刀…」

武器屋を出てからも、リュウはまるで夢遊病者のように、ぶつぶつと独り言を呟きながら歩いていた。


「リュウ…しっかりして」

サシャは、そんなリュウを心配し、慰めるように短く声をかけた。


「…サシャ!もっとお宝を見つけるぞ!そして、俺は…いつか必ず、あの名刀を買うんだ!」

リュウは、道の真ん中で突然立ち止まり、決意を新たにしたように、勢いよく声を張り上げた。

その予期せぬ行動に、道行く人々が奇妙そうな顔をしてリュウの方に視線を向けていた。


「…リュウ」

サシャは、少し恥ずかしそうにしているリュウの肩を、ポンと優しく叩いた。


「はっ!俺としたことが…」

リュウは、ようやく我に返ったように顔を赤らめ、周囲を見回した。


「あ!いつものリュウに戻った!」

アリアは、そんな二人のやり取りを見て、楽しげに笑っていた。


そして、サシャ達は気を取り直し、再び「ザ・パライソ」を目指して道を進んだ。

やがて、周囲には建物が少なくなり、サトウキビ畑の向こうには、どこまでも広がる青い海が姿を現した。

そんな場所に、まるでそこにしかないかのように、白亜の巨大な建物が一つだけ見えた。


「あれじゃないかな?」

サシャは、遠くに見える堂々とした建物を指さした。


「あぁ。恐らく、あれだろうな」

リュウも、目を凝らしてその建物を確認し、短く頷いた。


「すごい!まるで、お城みたいだよ!」

アリアは、その非常に大きな建物に目を奪われ、感嘆の声を上げた。


「行ってみよう!」

サシャ達は、期待に胸を膨らませ、小走りでその建物へと向かった。


「うわぁ…」

建物に近づくにつれて、その堂々とした様子に、サシャは思わず息を呑んだ。


「まるで、城だな」

リュウも、その非常に大きな大きさと美しさに、短く呟いた。


「こんなところに、本当に僕たちが入っていいのかな?」

アリアは、少し不安そうな表情で、目の前にある堂々とした建物を見上げた。


サシャ達の目の前には、眩しいほどの白を基調とした、非常に大きな建物がそびえ立っていた。

入り口へと続く道は綺麗に掃き清められ、両脇には色とりどりの花が植えられた花壇が続いている。

建物の正面には、緑色の芝生が広がり、その中央には、荘厳な彫刻が施された巨大な噴水が、勢いよく水を噴き上げていた。

そして、その噴水の土台部分に飾られた、磨き上げられた金属板には、金色の文字で大きく「リゾートホテル ザ・パライソ」と刻まれていた。

その圧倒的な迫力と、周囲を包む静かで特別な雰囲気に、サシャ達は思わず息を呑んだ。


「なんか、お客さんもお金持ちそうな人ばかりだよぉ」

アリアは、堂々としたホテルの入り口から出入りしている人々を注意深く見つめた。


上質なシルクのような光沢のある高そうな服を身にまとった、裕福そうな商人らしき男性。

豪華な装飾が施された杖を持ち、多くの荷物を持った従者を従えた、身分の高そうな貴族らしき女性。

楽しそうに手をつないで歩く、裕福そうな家族連れのドラゴニアなど、様々な人々が出入りしていたが、少なくともサシャ達のような、いかにも冒険者といった風貌の者の姿は、一人も見受けられなかった。


「行こう…そのために僕たちは来たんだ」

サシャは、少し緊張した面持ちで短くそう言うと、意を決してザ・パライソの中へと足を踏み入れた。


「…!!」

足を踏み入れた瞬間、サシャ達は皆、言葉を失った。


まず、パライソのロビー内は、天井が遥か高く吹き抜けになっており、最上階まで見渡せるような堂々とした作りだった。

そして、広々としたロビーには、この地に伝わる古代な民族の意匠が豪華に施された、革製のソファや青銅製のランプが効果的に配置され、中央部分には、古代の木彫りの巨大な神を模した像が、堂々とした風格で鎮座していた。


「ドミノホテルよりすごいかもしれない…」

サシャは、かつてサージャス共和国のアルパサにあった、ドミノホテルを思い出した。

そこも確かに豪華だったが、広さという点においては、間違いなくこちらの方が上回っているだろうと感じた。


「なんというか…すごいな…」

リュウは、その堂々とした広さと豪華な装飾に、ただただ圧倒され、言葉を失っている様子だった。


そして、サシャ達は、中央にある受付カウンター、フロントに辿り着いた。


「いらっしゃいませ。ようこそザ・パライソへ…」

フロントにいた、真っ白な制服を着た、耳の長いエルフ族の男性が、柔らかくて丁寧な口調でサシャ達を出迎えた。


「あの…この宿泊券は使えます…か?」

サシャは、この堂々とした雰囲気に少し緊張した面持ちで、宿泊券が入った封筒を、緊張した手つきでフロント係に差し出した。


「はい。ただいま確認いたしますので、少々お待ちください」

フロント係は、金縁の眼鏡の奥の瞳を細め、丁寧な手つきで封筒の中にある宿泊券を取り出し、注意深くと確認し始めた。


「問題ございません。二等スイートのお部屋でご案内いたします」

フロント係は、確認を終えると、安心させるような穏やかな笑みを短く見せた。


「!!」

その言葉に、サシャ達は顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべた。


「では、私がご案内いたします」

赤茶色のきちんとした制服を着た、可愛らしい女性係員が、深く一礼した。

そして、サシャ達は、彼女の後についていく。


「お部屋は504号室になります」

係員は、金の装飾が施されたエレベーターの前で立ち止まり、サシャ達に告げた。


「エレベーターだ!」

アリアは、子供のような喜びを隠せないといった様子で、短く笑みを浮かべた。


「こんな場所にも設置されていたのか」

リュウは、その高度な技術を用いた設備に感心したように、静かに頷いた。


「当ホテルは8階建でございますので」

係員が説明していると、静かにエレベーターの扉が開き、金色の装飾が施された内装が現れた。


「…」

サシャ達は、用心深くエレベーターに乗り込む。

そして、係員がボタンを押すと、滑らかにエレベーターの扉が閉まり、エレベーターは、ゆっくりと上昇していく。


「うわ!すごい綺麗…」

アリアは、エレベーターの透明な窓から見える、どこまでも広がる青い海に目を奪われ、顔を窓に近づけた。


「こんなにはっきりと海が見えるんだね」

サシャも、その非常に美しい景色に、ただただ驚きを隠せない様子だった。


そして、エレベーターは静かに5階に到着した。

扉が開くと、豪華なカーペットが敷かれた廊下が現れる。

サシャ達は、係員に続いて廊下を進み、やがて「504」と金色の文字で書かれた扉の前で立ち止まった。


「こちらがお部屋になります」

係員は、銀色の輝く鍵をドアノブに差し込み、栗色の重厚な扉をゆっくりと開けた。


「(どんな部屋なんだろう)」

サシャは、期待と少しの緊張を胸に、意を決して部屋へと足を踏み入れた。

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