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第58章:船出

「乗り場はこっちだね」

サシャ達は、巨大な船体が堂々と海面に浮かぶ連絡船を眺めながら、乗船口へと進んだ。


「ようこそ、セレスチャル号へ。お客様、チケットを拝見いたします」

乗船口には、清潔感のある白い制服に身を包み、爽やかな笑顔を浮かべた若い水夫が立っていた。


「はい!」

サシャ達は、水夫にパリオネ島行きのチケットを手渡した。


「確かに拝見いたしました。船は20分後に出航いたします。優雅な船旅を心ゆくまでお楽しみください」

水夫は、丁寧にチケットを確認すると、再び笑顔を見せ、深々と頭を下げた。


そして、サシャ達は、期待に胸を膨らませながら連絡船の中へと足を踏み入れた。


「わぁ…」

アリアは、想像以上の船の大きさに、目を丸くして驚きの声を上げた。


船内は、磨き上げられた木材の暖かな温もりに包まれ、座り心地の良い肘掛け椅子や、重厚な木製のテーブルが配置されていた。

天井からは、光魔法によって優しく輝く、豪華な装飾が施されたランプが吊り下げられ、ロビー全体を明るく照らしている。

その様子は、まるで豪華な屋敷の広間のようだった。


「こんなにも豪華な船とは…」

リュウも、その洗練された美しさに感嘆の息を漏らしているようだった。

普段はあまり感情を表に出さない彼も、さすがに驚きを隠せない様子だ。


「ここがロビーで、上にサンデッキ、図書室に道場、サイドデッキにはレストランがあるね!あとは、共用の休憩スペースと、個室の客室があるといったところだね」

サシャは、ロビーの壁に貼られていた船内見取り図を注意深く確認しながら、リュウとアリアに説明した。


「せっかくだから、見て回ろうよ!」

アリアは、目をキラキラと輝かせている。


「そうだね!こんな大きな船に乗れる機会なんて、滅多にないし!」

サシャは、アリアの楽しそうな様子を見て、笑顔で頷いた。


「ふっ…そうだな。道場というのも、少し気になるしな」

リュウも、珍しく興味を示し、小さく頷いた。


そうして、サシャ達は、それぞれの興味のある場所を探して、船内の探索に乗り出した。


「……」

図書室では、年老いた学者らしき男が、分厚い書物を眼鏡をかけて読み耽っており、隣の席では、知的な雰囲気の魔導師らしき女性が、古びた魔法書に熱心に目を走らせていた。

書架に並べられている本の数は多くはなかったが、有名な劇作家の演劇作品集や、各国の歴史書、そして高度な魔法理論が書かれた魔導師向けの魔法書などが、整然と陳列されていた。


「ここは……なんだか、僕たちには場違いな雰囲気だね」

サシャは、静かで落ち着いた図書室の雰囲気を察し、小声でリュウとアリアに呟いた。

二人は、サシャの言葉に同意するように、小さく頷いた。


「ふっ!ふっ!」

広い道場では、屈強な冒険者らしき男が、全身を使って重そうな大剣の素振りを繰り返しており、その隣では、鍛え上げられた肉体を持つドワーフ族の男が、吊るされた革製のサンドバッグに、力強い体術の訓練を行っていた。

部屋の隅には、怪我をしないように柔らかいゴムで作られた練習用の武具や、剣術の訓練に使われる木人が置かれていた。


「ほう…ここは、なかなか良いな」

リュウは、道場の活気ある雰囲気を気に入り、納得したように小さく頷いた。

その時、ゆっくりと船全体が、まるで生き物のように静かに揺れ始めた。


「あ!船が動いてるよ!」

アリアは、船の揺れを感じると同時に、咄嗟にトレーニング室の横にある、外の景色が見えるサイドデッキに続く扉を開けた。


「本当だ!」

サシャとリュウも、アリアの後を追い、サイドデッキへと駆け足で向かった。


「ザザザザ…」

船は、力強く海水をかき分けながら、ゆっくりと港を出航していた。

岸壁に繋がれていたロープが解かれ、徐々に陸地が遠ざかっていく。


「うわぁ!本当に動いているよ!僕たち、今、海の上だ!」

アリアは、船が動き出したことに感動し、目を輝かせながら歓声を上げた。


「まさに出航、というやつだな」

リュウは、海風を感じながら、腕組みをして、遠ざかるブロッケスの街並みを眺め、静かに呟いた。


「これから、パリオネ島に向かうんだね……」

こうして、サシャ達は、手を振る港の人々や、小さくなっていくブロッケスの街並みを、感慨深げに見送っていた。


それからは、各々が船内の様々な場所で、思い思いの時間を過ごしていた。


「98、99…」

リュウは、道場の一角で、集中力を研ぎ澄ませながら、刀を手に取り素振りを繰り返していた。


「んー!海風が気持ちいいよぉ!」

アリアは、最上階にあるサンデッキのデッキチェアに深く腰掛け、心地よい海風を全身に浴びていた。

青い空とどこまでも広がる青い海を眺めながら、リラックスした表情を浮かべている。


「トルティヤ。さっき、ご飯を食べたばかりだよ…」

一方で、サシャの意識は、サイドデッキにある開放的なレストランに向けられていた。

しかし、そこにいたのはサシャではなく、いつの間にか入れ替わっていたトルティヤだった。


「ワシは、食べておらぬぞ。さっきは譲るとは言ったが、食べぬとは一言も言っておらんじゃろうが」

トルティヤの目の前には、冷たい豚そばが置かれていた。

美味しそうな豚肉。そして、アクセントのネギと温玉が、食欲をそそる。


「…あまりたくさん食べると、後で胃が苦しくなるよ」

サシャは、精神世界からトルティヤに、心配そうな声をかけた。


「ワシが大丈夫と言っておるから大丈夫じゃ。お主は、余計な心配をするでない」

トルティヤは、サシャの忠告を軽く受け流し、箸を手に取った。


「では、ありがたくいただくとするかのぉ」

トルティヤは、そう呟くと、冷たい豚そばを勢いよくすすり始めた。


「うーん!この潮風を感じながら食べる豚そばは、また格別じゃのう!」

トルティヤは、満足そうな表情で、豚肉とそばを一緒に咀嚼している。


「(船のレストランって、高いんだね…)」

サシャは、トルティヤの食事の様子を見ながら、内心で少し困ったような表情をした。

ちなみに、地上の宿屋で提供される豚そばは、一杯300~500ゴールド程度だが、この船のレストランでは、なんと1000ゴールドも取られてしまったのだ。


こうして、セレスチャル号は、穏やかな海を切り裂きながら、目的地のパリオネ島へと順調に進んでいた。

しかし、パリオネ島まであとわずかというところで、漆黒の船体に巨大な黒い帆を張った、大型の帆船が、猛スピードで連絡船に近づいてきた。


その高くそびえるマストには、白く塗り抜かれた髑髏と、交差した二本の剣のマークが、不気味に、そして大きく描かれていた。

船体には、いくつもの大砲が備え付けられており、船首には、顔が髑髏で体が人魚の形をした、奇妙な彫像が飾られていた。


「あれ?別の船が、すごい速さで近づいてくる?」

その異様な様子を、サンデッキで海風を楽しんでいたアリアや、他の乗客たちが、次々と気が付き始めた。


「おい!あれを見ろ!ものすごく大きな船だ!」

乗客たちは、指をさしながら大きな声を上げ始めた。


「あの旗って…まさか、海賊船なんじゃ…?」

多くの乗客が、その特徴的な旗印を見て、不安げな声を上げ始めた。

顔面蒼白になっている者や、震えだしている者もいた。

あっという間にサンデッキは、ざわめきが広がり始める。


「船長!大変です!海賊船です!」

船長室でも、異変に気が付いていたようで、慌ただしい足音が聞こえ始めた。


「…ワシが、まず交渉してみる。乗客の命が第一だ」

セレスチャル号の船長は、険しい表情でそう呟くと、 乗客の安全を確保するため、操縦室を飛び出した。


そうこうしているうちに、海賊船は素早く連絡船の隣に並び、船体同士が接触するほどの距離まで近づくと、海賊たちは、連絡船の柵に向かって太いワイヤーを勢いよく投げ放った。


「ヒャッハー!」


「獲物だ!!」

汚れたジャケットやシャツを身につけ、頭には赤いバンダナや黒い頭巾を巻いた、いかつい顔つきの荒くれ者の船員たちが、ワイヤーを伝って次々と連絡船に乗り込んできた。

彼らの手には、錆び付いたカットラスや、鋭い斧、先の尖ったナイフなどが握られている。

その数は、数十人にも及んでいた。


「歯向かう奴は、多少痛みつけても構わない!金目の物や、女子供は全て奪え!」

ドレッドヘアーを振り乱し、鍛え上げられた上半身に、タトゥーを彫った強面の男が、鋭い眼光を周囲に走らせながら、 ドスの効いた声で指示を出した。


「うわぁぁぁぁ!」


「きゃあああ!」


「海賊たちが乗り込んできた!逃げろ!」


「助けて!」

サンデッキでくつろいでいた乗客たちは、突然の事態にパニックに陥り、悲鳴を上げながら、我先にと船内へと避難を始めた。


「金目の物を置いていけ!」


「お!なかなかいい女じゃねぇか!」

海賊たちは、恐怖に顔を歪ませた乗客たちを追いかけ回し、金品を強奪し始めた。


「お!あそこに、高く売れそうな小娘がいるじゃねぇか!」

海賊のうちの一人が、サンデッキから慌てて逃げ遅れたアリアを見つけると、 にやけた 笑みを浮かべながら、彼女に向かって近づいてきた。


「お嬢ちゃん。おとなしく捕まってくれれば痛い目を見なくて済むぞ」

しかし、アリアは弓を手に持っており、腰の矢筒から抜き放っていた矢を、素早く弦に番えていた。


「僕に何か用?」


「へ?」

剣を片手に近づいてきた海賊は、アリアの予想外な行動に、一瞬動きを止め、間抜けな顔をした。

次の瞬間、アリアの放った矢は、空気を切り裂くように一直線に飛んでいった。


「ザクッ!」

矢は、海賊が握っていた剣を持つ手を、正確に射抜いていた。


「ぐわぁぁぁ!」

海賊は、予期せぬ激痛に悶え苦しみ、 低いうめき声を上げた。

アリアの放った矢は、彼の骨まで砕いたようだ。


「(早く、サシャとリュウに合流しないと!)」

アリアは、苦悶の表情を浮かべる海賊を気にせず、急いで船内へと駆け出した。


一方で、船内の中にも海賊達が侵入していた。


「お!金貨がこんなに…」


「こっちには金のペンダントとルビーの指輪だ」


「この剣は高く売れそうだ」

海賊たちは、ギラギラとした目で周囲を警戒しながら、船内の装飾品や、逃げ惑う乗客が慌てて置いていった金品を強奪していた。

だが、その騒然とした場所に、静かに3つの影が現れる。


「お前ら、堂々と何をしている?」

最初にそう呟いたのはリュウだった。


「あんたらに凶星の相が出ておる。今日はとんだ災難に見舞われるだろう」

烏帽子を深く被り、鮮やかな模様の変わった着物を着た魔導師が、扇子をパチンと閉じながら予言めいた言葉を口にする。


「お前ら…乗客に手を出すなら、容赦はしない」

最後に、巨大な大剣を床に突き立てた、屈強な体格の大柄な男が、低い声で威圧した。


「なんだてめぇら!」


「おい!邪魔が入ったぞ!やっちまおうぜ!」

金品強奪に夢中になっていた海賊達は、突然現れた3人組に気づき、怒声を上げながら襲い掛かってくる。

その数は、全部で9人だった。


「はっ!」

リュウは、まるで風のように素早い動きで海賊の間を駆け抜け、抜き放った刀の背で、的確に海賊たちの頭部を打ち付けていく。


「ごべっ!」


「あべしっ!」

鈍い衝撃音と共に、海賊たちの骨が砕ける音が響き渡る。

まともに峰打ちを受けた海賊たちは、白目を剥いて昏倒していく。


「札魔法-五芒ノ光-」

魔導師は、涼やかな声で魔法を唱える。

すると、周囲に無数の色とりどりの札が展開され、まるで生きているかのように空中で舞い始めた。

次の瞬間、札から眩い光が奔流のように放たれる。


「ぎゃあああ!」

強烈な光は、逃げる間もなく海賊たちに直撃し、小さな爆発を引き起こす。

光を浴びた海賊たちは、全身を焦がされたように黒煙を上げ、意識を失って倒れ伏した。


「そらよっと!」

大柄な男は、まるで重さを感じさせないかのように、巨大な大剣を軽々と振り回す。


「ごばっ!」

大剣が海賊たちの体を捉えるたびに、衝撃音が響き、海賊たちは紙屑のように豪快に吹き飛ばされていった。


「助太刀、感謝する」

リュウは、鮮やかな手際で海賊を撃退した魔導師と大柄な男に、軽く頭を下げて礼を言った。


「旅は道連れ、世は情け…気にすることはないですよ」

魔導師らしき男が、涼やかな笑顔でそう呟いた。


「困った時は、お互い様だ」

大柄な男は、豪快な笑顔を見せながらそう言った。


それに対してリュウは、静かに頷いた。

この二人は、たまたま道場でトレーニングをしていた、通りすがりの冒険者だったのだ。


「あ!リュウ!大丈夫?って、もう終わってるよ…」

そこに、息を切らせたアリアが駆けつけてきた。


「アリア、無事だったか」

リュウは、アリアの姿を確認すると、心底安堵した表情を浮かべ、小さく息を吐いた。


「僕は平気だよ。それよりも、変な奴らが船に乗ってきたよ!」

アリアは、少し興奮した様子で小声で言った。


「奴らは海賊だ。海を荒らす連中…山賊みたいなものだ」

リュウは落ち着いた声で説明した。


「そうなんだ…やっぱり、悪いやつらだ!」

アリアは、納得したように小さく頷き、少し頬を膨らませた。


「あぁ…だが、サシャがまだいない。確か、レストランに向かったはずだ」


「そういえば、トルティヤが「ご飯食べたい!」とか言ってたね!早く行こう!」


「では、我々はロビーの方に向かい。乗客の救助と海賊の排除をします。お二人とも、お気をつけて」

魔導師が、リュウとアリアにそう声をかけると、大柄な男と共に、騒がしくなっているロビーの方へと向かっていった。


「あぁ。ありがとう!そっちも気を付けて!」

リュウとアリアは、2人の背中を見送ると、サシャがいるであろうレストランがあるサイドデッキへと急いだ。


一方で、トルティヤは、数人の海賊に完全に包囲された状況の中、まるで周囲の騒ぎなど気にも留めない様子で、悠長に2杯目のそばをすすっていた。

他の乗客は、既に違う場所に避難しているようだった。


「おいお前!何を呑気にそばを食べているんだ!」

顔に傷のある海賊が、苛立ちを隠せない声でトルティヤに怒鳴った。


「どういう状況なのか、分かっているのか?」

別の海賊も、険しい表情でトルティヤを睨みつける。


「早く金目の物を出せ!」

さらに別の海賊が、錆び付いたナイフをトルティヤの目の前に突き出し、脅迫した。


「トルティヤ!囲まれたよ!」

精神世界で、サシャが慌てて声を上げる。


「慌てるでない。奴らは素人じゃ」

トルティヤは、騒ぐサシャを落ち着かせるように、冷静に言い放った。


「もう我慢できない!少し、痛い目を見てもらう!」

痺れを切らした海賊の一人が、太い棍棒を手に取ると、容赦なくトルティヤに向けて振り下ろした。


「よっと」

しかし、トルティヤは、寸前のところで椅子から立ち上がると、豚そばの器を持ったまま、軽やかに後ろへと飛び跳ねた。

海賊の棍棒は、トルティヤが先ほどまで座っていた椅子とテーブルを破壊した。


「かかれ!!」

残りの海賊たちが一斉にトルティヤに襲い掛かる。


「まったく…人の食事の邪魔とは、許しがたいわい」

トルティヤは、最後のそばをすすり、残っていたスープを飲み干すと、空になった陶器の器を、一番近くにいた海賊の顔面に向けて勢いよく投げつけた。


「ごはっ!」

海賊は、予想外の器の直撃を顔面に受け、鼻血を噴き出しながら大きく後退した。


「食事の時くらい、静かにせんか……雷魔法-聖者の鉄槌-!」

トルティヤが魔法を唱えると、周囲の空気がビリビリと震え始め、強烈な雷のエネルギーが凝縮された巨大な拳が、海賊たちの頭上に出現した。


「ぐぁあああ!」

強烈な雷の拳は、逃げる間もなく海賊たちに叩きつけられ、その強大な威力に、彼らはまとめて吹き飛ばされ、悲鳴を上げながら海へと落ちていった。


「ふん…」

トルティヤは、海面に浮かぶ海賊たちを一瞥した。

すると、背後からゆっくりとした拍手が聞こえてくる。


「素晴らしい魔法の使い手だ」

トルティヤが振り返ると、そこには、ドレッドヘアーの強面の男が立っていた。

その腰には、独特な形状をした、刃が湾曲した刀が見える。


「お主が、この船のボスか?」

トルティヤは、警戒の色を浮かべながら、怪訝な表情で男に尋ねた。


「いや。ボスは、海賊船で待機している。こんな小さな連絡船ごとき、出る幕ではない」

男は、ニヤリと笑い、腰に差していた湾曲した刀をゆっくりと抜き放った。


「ほう。ショーテルとな」

トルティヤは、独特な形状をした刀を見て、小さく呟いた。


「隣の大陸の遊牧民族が使っている武器だ。俺のお気に入りでな」

そう呟くと、男は獲物を定めるような鋭い眼光でトルティヤを捉え、刀を持ってゆっくりと近づいてくる。


「ふん…くだらん曲芸じゃな」

トルティヤは、男の動きを冷ややかに見つめながら、冷静に魔法を唱える。


「火魔法-神聖なる煌鳥セイントスパーキングバード-!」

トルティヤが指先を天にかざすと、小さな炎の鳥が姿を現し、けたたましい鳴き声を上げながら男に向かって突進していく。


「大した魔法だが…」

男は冷静にショーテルを構える。


「邪魔だ!!」

男は、迫りくる炎の鳥に臆することなく、抜き放ったショーテルでそれを斬り裂いた。

炎の鳥は、鋭い刃によって真っ二つになり、瞬く間に消滅した。


「(ショーテルに、水魔法を付与しておるのぉ。ただの雑魚とは違うようじゃな)」

トルティヤは、男のショーテルに込められた魔力を感じ取り、冷静に状況を分析した。


「くらえぇぇ!!」

男は、低い姿勢から勢いよく踏み込み、トルティヤに向かってショーテルを振りかざした。


「ふん」

トルティヤは、紙一重で男の攻撃をかわした。

しかし、男の振るったショーテルの刃が、着ていた服の一部を僅かに斬り裂いていた。


「曲芸のくせに、なかなかやるではないか」

トルティヤは、男との距離を取り、再び魔法を唱える構えを見せた。


「最高だろ?もっと楽しませてやる…よ!!」

そう低い声で呟くと、男は懐から数本の投げナイフを取り出し、間髪入れずにトルティヤに向かって投げつけた。


「むぅ…」

トルティヤは、飛来する投げナイフを辛うじて回避するものの、そのうちの一本が頬を僅かに掠めた。

それによって、トルティヤの集中力が途切れ、魔法の詠唱が中断してしまう。


「どうした!魔導師さんよ!」

男は、好機と見て、一気にトルティヤとの距離を詰めてくる。


「やれやれ…手加減は、できんようじゃな」

トルティヤは、一度冷静に深呼吸をすると、周囲の空気中の魔力を集め、再び魔法を唱え始めた。


「無限魔法-羅刹の炎(らせつのほのお)-!」

トルティヤが両手を前に突き出すと、漆黒の炎が、まるで生き物のようにうねりながら男に向かって放たれた。


「無駄だ!」

男は、迫りくる黒い炎を、先ほどと同じようにショーテルで斬り裂こうとした。

しかし、黒い炎は斬れるどころか、まるで意思を持っているかのように男の体にまとわりつき、瞬く間に着火した。


「なにぃ!?こ、これは…!?」

男は、予想外の事態にパニックに陥り、慌てふためいた。

黒い炎は、男の体を徐々に包み込んでいく。


「これは、闇魔法を含んだ炎じゃ。お主の水魔法の魔力を吸収する特性故、斬れるはずもないのじゃ」

トルティヤは、苦悶の表情を浮かべる男を見て、得意げに呟いた。


「あちち!熱い!助けてくれ!」

男は、全身を焼き尽くすような激痛に悶えると、たまらず海へと飛び込んだ。


「所詮は、付け焼刃じゃな」

トルティヤは、海に落ちた男を見下ろしながら静かに呟いた。


「あ!いた!」

その時、レストランにリュウとアリアが、息を切らせて駆け寄ってきた。


「二人とも!無事だったんだ…よかった」

サシャは、精神世界からリュウとアリアの姿を見て、安堵の息を漏らした。


「おお。生きておったか」

トルティヤは、二人をちらりと見て、ドライに呟いた。


「あの海賊船を、なんとかしないとだ」

リュウは、船首の方に見える海賊船を指さし呟く。


「うん…!あいつらを、やっつけよう!」

アリアは、小さく拳を握り、決意のこもった表情で頷いた。


「そうじゃな。こんな茶番は、さっさと終わらせたいのぉ」

トルティヤが、面倒くさそうに呟いた。

その時だった。


「バーン!」

けたたましい銃声が、船首の方から響く。


「…行くのじゃ!」

トルティヤの言葉に、リュウとアリアは頷く。


そして、サシャ達は、銃声がした船首へと向かって走り出した。

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