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第57章:のどかな時間

しばらくすると、日に焼けた逞しい店主が、そばと冷えた飲み物を手際よく運んできた。


「へい、お待ち!」

サシャは、冷たい鳥そばと、鮮やかな黄色のマクレンサイダー。

リュウは、冷たい牛そばと、冷えた天然水。

アリアは、冷たい鴨そばと、同じくマクレンサイダーを、それぞれ注文した。


店主は、それぞれのテーブルに丁寧にそばと飲み物を置いていくと、カウンターへと戻っていった。


「久々の鳥そばだ!」

サシャは、待ちきれないといった様子で箸を取り、嬉しさのあまり顔が綻んだ。

ここ最近は、トルティヤに食事を横取りされることが多かったため、心待ちにしていたのだ。


「この地域では、冷たいそばが一般的なんだな」

リュウは、落ち着いた手つきで箸を手に取ると、音を立てずにそばをすすった。


「うーん!冷たいそばも美味しいよぉ!」

アリアは、冷たいそばのつるつるとした食感と、出汁の奥深い味わいに、頬を両手で挟み、今にもほっぺたが落ちてしまいそうなほど夢中になっていた。


「出汁も、しっかりと素材の味が染み出ているね」

サシャは、透き通った琥珀色のスープをレンゲで掬い上げ、ゆっくりと口に運び、目を閉じてその風味を堪能していた。


「マクレンサイダーは…」

アリアは、独特な形状をした細長い瓶に入ったマクレンサイダーの蓋を開け、一口飲んでみた。


「んー!独特の甘さと、しゅわしゅわとした炭酸が絶妙にマッチして、最高だよ!」

マクレンサイダーの爽やかな刺激が、アリアの顔をパッと明るくさせた。


「もぐもぐ…」

リュウは、無駄な言葉を発することなく、黙々と目の前のそばを味わっていた。


「ごくごく…っはー!火照った体に、この冷たいサイダーが染み渡る」

サシャも、マクレンサイダーの独特の風味と爽快な飲み心地が気に入ったようで、満足そうな息を吐いた。


こうして、サシャ達は、それぞれの好みの冷たいそばと飲み物を堪能し、満腹になった。


「お腹いっぱい!大満足だよぉ」

アリアは、お腹をさすりながら、幸せそうな笑顔を見せた。


「これで、しばらくはエネルギー切れの心配もなさそうだな」

リュウも、珍しく満足そうな表情で頷いた。


「涼しくもなってきたし、そろそろ次にどこへ行くか話し合おうか」

サシャは、満腹で少し眠そうなアリアと、食事の余韻に浸っているリュウを見つめながら呟いた。


「そうだな…まずは、さっき手に入れた金貨を換金するために、交易所なんてどうだ?」

リュウが、冷静な口調で提案した。


「うん…!まずはそうしよう」

サシャ達は、道中のドラゴニア渓谷で、龍王魚(りゅうおうぎょ)が誤って飲み込んでいたと思われる古い金貨を拾っていたのだ。


「次は…あ!そういえば!」

サシャは、何かを思い出したかのように、ポンと手を叩き、亜空袋(ポータルバッグ)に手を突っ込んだ。

そして、中から羊皮紙でできた封筒を取り出した。


「トルティヤが、以前メガそばを完食した時の賞品で手に入れた、リゾート宿泊券があるんだ!」


「そうじゃ。ワシのおかげで、良い宿に泊まれるぞ。もっと感謝してもよいぞ」

トルティヤが、得意げな様子で魔導念波増幅機を通してサシャ達に話しかけてきた。


「けど、どこの宿だろう?」

サシャは、封筒の封蝋を慎重に剥がし、中身を取り出した。

すると、中には上質な紙に印刷された宿泊券と、「ザ・パライソ」と金色の文字で記載された、美しい装飾が施されたメッセージカードが入っていた。

さらに、メッセージカードには以下のように丁寧な説明が書かれていた。


『この度は、当ホテルの宿泊券をお選びいただき、心より感謝申し上げます。「ザ・パライソ」は、昨年オープンしたばかりの、マクレン諸島 パリオネ島に佇む、隠れ家のようなリゾートホテルです。目の前に広がる、息をのむほど青く輝く海を眺めながら、全室オーシャンビューの客室で、ゆったりと贅沢な時間をお寛ぎいただけます。お食事は、豊かなマクレン海の恵みである新鮮な魚介をふんだんに使用し、地元で採れた色鮮やかな旬のフルーツが織りなす、目にも舌にも美味しい絶品料理をご堪能ください。さらに、日常の喧騒を忘れさせる、極上の癒しを提供するリゾートスパで、至福のひとときをご体験いただけます。では、「ザ・パライソ」にて皆様にお会いできる日を、スタッフ一同心よりお待ちしております。』


「…リゾートスパってなんだろう?」

アリアは、メッセージカードに書かれた見慣れない言葉に、可愛らしく首をかしげた。


「俺も、よくわからないな」

リュウも、少し考えてみたものの、見当もつかないといった顔で首を横に振った。


「トルティヤ、リゾートスパってなに?」

サシャは、精神世界にいるトルティヤに、直接尋ねてみた。


「お主たちは、本当に無知じゃのう…簡単に言ったら、体の疲れを癒す温泉みたいな場所じゃ」

トルティヤは、呆れたようにため息をつきつつも、サシャ達に説明した。


「また温泉に行けるんだ!」

その言葉を聞いた瞬間、アリアの瞳は、期待に満ちた輝きを放った。

サージャス共和国で入った温泉の心地よさを思い出したのだろう。


「新鮮な魚介を使った料理も、とても気になるな」

リュウは、メッセージカードに書かれていた料理の説明に、興味津々の様子だった。


「じゃあ、交易所に行ったら、その後はパリオネ島に向かってホテルを目指す。そんな感じでどうかな!」

サシャは、リュウとアリアの顔を見ながら、今後の予定を提案した。


「賛成!」

アリアの顔には、満面の笑みが溢れていた。

リュウも、特に異論はないようで、静かに一度だけ首を縦に振った。


「けど、パリオネ島って、どうやって行くんだろう?」

サシャは、肝心な移動手段について、まだ何も考えていなかったことに気が付いた。

島ということは、おそらく船などの移動手段が必要になるだろうと思ったからだ。


「店主に、聞いてみるか」

リュウは、カウンターの方で暇そうにしている店主の方に、視線を向けた。


「そうだね。会計のついでに聞いてみよう」

サシャ達は、腰を上げ、席を立ち上がった。

そして、店主がいるカウンターの方へと歩いて向かった。


「どうだ?マクレンサイダーは、気に入ったか?」

店主は、カウンター越しにサシャ達の顔を見ると、満面の笑みを浮かべ、気さくに尋ねてきた。


「はい。果物の甘さが絶妙で、とても美味しかったです!」

サシャは、素直な感想を店主に伝えつつ、飲食代として2枚の銅貨をカウンターの上に置いた。


「それはよかった」

店主は、にこにことしながら銅貨を受け取った。


「ところで店主。実は、俺たちはパリオネ島に向かいたいのですが、どこから船が出ているか知ってますか?」

リュウは、本題であるパリオネ島への行き方について、店主に尋ねた。


「パリオネ島へ行くなら、町の外れにある船乗り場から、定期船が出ているぞ。おそらく、1時間後くらいに出発するんじゃないかな」

店主は、少し考えてから、そう呟いた。


「なるほど…ありがとうございます」

サシャは、丁寧に店主に頭を下げてお礼を言った。


「パリオネ島に行くということは、バカンスでもするのかい?」

店主は、少し気になったようで、サシャ達に問いかけた。


「ええ。実は、ホテルの宿泊券を手に入れたんです。「ザ・パライソ」というホテルの…」

サシャが、少し照れくさそうに呟いた。

店主は、それを聞くと目を丸くし、感心したように頷いた。


「それは随分といい宿じゃねぇか!パライソは、1年くらい前に建てられたばかりの、ピカピカのホテルだ。こんなボロ小屋なんかとは、比較にならんくらいにな!ワハハハハ!」

店主は自分の宿を自虐的に表現しながら、豪快に笑い飛ばした。


「それなら…これを持っていけ!」

そう呟くと、店主はカウンターの下から、使い込まれた様子の、けれど丁寧に扱われている一冊の地図を取り出し、サシャに手渡した。


「これは?」

サシャは、突然の申し出に驚きながら、地図を見つめた。


「こいつは、マクレン諸島の島々の詳細が記載された、マクレン国内の地図だ。大陸地図には載っていないような小さな島も、結構網羅しているぜ。もちろん、全部ではないけどな…」

店主は、地図の表紙を軽く叩きながら、説明した。


広げられた地図には、大小様々な形の島々が細かく描かれており、それぞれの島には名前が記されていた。

主要な街や村の位置はもちろん、名所や特産品まで、丁寧に書き込まれている。


「助かる」

リュウは、無言でその地図を受け取ると、店主に向かって小さく礼を言った。


「マクレンの良さが、少しでもお前さん達に伝わってくれれば、こっちとしても嬉しいさ!気を付けて、良いバカンスを楽しんでこい!」

店主は、再び満面の笑みを浮かべ、サシャ達を見送った。


「ありがとうございます!美味しいそばとサイダー、ごちそうさまでした!」

サシャ達は、店主に改めて感謝の言葉を告げると、宿屋の扉を開けて外に出た。


外は相変わらず強い日差しが照りつけて暑かったが、冷たいそばと冷たい飲み物を飲んだおかげか、先ほどよりも幾分か暑さを感じなかった。


「さて、船は1時間後か。まずは、手に入れたお宝を換金するために、交易所に向かうか」

リュウが、空を見上げながら呟いた。


「そうだね。せっかくだし、マクレンの特産品とかも少し見てみようよ」

サシャは、ブロッケスの街並みに興味津々の様子で、そう提案した。


そして、サシャ達は、交易所を目指して、活気あふれるブロッケスの街を歩き始めた。


「らっしゃい!マクレン名物、アオヒラメのエンガワ炙りはいかがですか!とろけるような味わいですよ!」


「旅の疲れを癒しませんか?マクレン式マッサージ、気持ちいいですよ!」


「冷たい飲み物、各種取り揃えております!喉を潤していきませんか!」

通り沿いには、様々な店が軒を連ね、多くの人々が威勢の良い声で客引きをしていた。

行き交う人々は、南国らしい鮮やかな色のゆったりとした服装を身につけ、楽しそうな笑顔を浮かべている者が多かった。


「賑やかだね」

サシャは、活気のある街の様子を、きょろきょろと見渡しながら、呟いた。


「さっき店主からもらった地図を見る限り、ブロッケスはマクレンの中でも、数少ない大陸と陸続きになっている街らしい」

リュウは、歩きながらも先ほど店主からもらったばかりの地図を広げ、熱心に眺めていた。


「残りの地域は…防砂林と、小さな村がいくつかあるくらいなんだね」

サシャも、リュウの広げた地図を覗き込み、海岸線沿いの地形を確認した。


「ねぇねぇ!あそこのお店、すっごくおいしそうなものが売ってるよぉ!」

アリアは、一軒の露店を見つけると、目を輝かせながら指さした。


「アリア…冗談だよね?」


「…」

サシャとリュウは、その露店に並べられた異様な食べ物の光景に、言葉を失ってしまった。


「さぁさぁ!滋養強壮にもってこい!栄養満点!カイザーヘラクレスの幼虫の串焼きはいかが!?」

店頭には、炭火でこんがりと焼き上げられた、巨大な芋虫の串焼きが、何本も堂々と鎮座していた。

その独特な見た目は、確かに強烈なインパクトを放っている。


「おじさん!買うよ!!!」

アリアは、迷うことなく露店の方へと駆け寄っていった。


「お!嬢ちゃん!なかなかチャレンジャーだね!」

店主は、アリアの勢いに驚きながらも、笑顔で応じた。


「これ、三本ちょうだい!」

アリアは、指で3のジェスチャーをして、店主に注文した。


「そこにいる友達の分かな?いいだろう!サービスで、とびっきり大きいやつをくれてやるよ!」

店主は、手慣れた手つきで、他の串よりも一回り大きい芋虫を手に取ると、アリアに手渡した。


「ありがとう!」

アリアは、嬉しそうに白貨を9枚、店主に手渡した。


「…アリア」

サシャは、目の前の光景が信じられないといった様子で、開いた口がふさがらない状態だった。


「はい、これ!サシャとリュウの分ね!」

アリアは、満面の笑みを浮かべながら、熱々の芋虫の串焼きを、サシャとリュウにそれぞれ手渡した。


サシャは、差し出された串焼きを見て、顔をしかめ、思わず後ずさりしてしまった。

リュウも、一瞬動きを止めた後、困惑したような表情でアリアを見つめていた。


「あ、ありがとう」

サシャとリュウは、まだ少し警戒しながらも、アリアから熱々の芋虫の串焼きを受け取った。


「(エフィメラ族の里で食べたものよりも、明らかに大きいな…)」

サシャは、その堂々とした見た目のインパクトに、思わず息をのんだ。

表面は香ばしく焼けており、独特の匂いが鼻腔をくすぐる。


「(これは…なかなか手強そうな相手だぞ)」

リュウは、まるで分析するように、じっと芋虫の串焼きを見つめている。


「(この小娘…恐れという言葉を知らぬのか)」

トルティヤは、精神世界で、半分呆れたような、それでいてどこか感心したような表情で、アリアを見つめていた。


「カイザーヘラクレスの幼虫は、体力増強効果があるし、何より栄養満点なんだよ!」

アリアは、そんな二人の様子を気にも留めず、大きく口を開けると、全く躊躇することなく、熱々の芋虫の串焼きにかぶりついた。


「んー…!香ばしくて美味しいよ!」

アリアは、湯気を立てる芋虫を、本当に美味しそうに頬張っている。


「(ここまできたら…)」


「(食べるしかない!)」

サシャとリュウは、覚悟を決めたように、意を決して芋虫の串焼きにかぶりついた。


噛んだ瞬間、ほんの少しだけ土のような、独特の香りが鼻をついた。


「(これは…!まさか、土の味!?)」

サシャは、反射的に吐き出そうとするのを、なんとか理性で抑え込み、ゆっくりと咀嚼した。


「(ぐっ…これは、なかなかクセが強い)」

リュウも、表情を微かに歪ませながら、懸命に咀嚼している。


しかし、数回噛み進めていくうちに、最初に感じた土臭さは徐々に消え去り、代わりに、甘く香ばしい木の実のような、奥深い味わいが口全体にじんわりと広がっていった。


「…あれ?なんだか美味しいかも?」

最初に渋い顔をしていたサシャが、思わずといった様子で口に出した。


「確かに後から木の実のような、香ばしい味わいが広がるな。それに、ほんのりとした甘さもある」

リュウも、予想外の味の変化に、少し驚いたように目を丸くした。


「でしょ!カイザーヘラクレスの幼虫は、「ザナ」という甘い樹液が採れる特別な木に生息していて、その樹液を栄養にしているから、ほんのり甘いんだよ!」

アリアは、得意げな表情で二人に説明した。


「なるほど。だから、甘いのか」

サシャは、気が付けば二口目を、抵抗なく頬張っていた。


「意外と、悪くないな」

リュウも、最初の警戒心はどこへやら、美味しそうに芋虫を食べていた。


そして、いつの間にかサシャ達は、カイザーヘラクレスの幼虫の串焼きを、きれいに平らげていた。

満足感と、少しばかりの驚きを胸に、サシャ達は交易所を目指して再び歩き出した。


「カイザーヘラクレス…の幼虫、意外と悪くなかったね」

サシャは、隣を歩くアリアに、率直な感想を呟いた。


「あぁ。まさに、珍味という言葉がぴったりだったな」

リュウも、深く頷きながら呟いた。


「僕らが小さい頃は、おやつによく食べてたんだよ!あ、もちろん生でね!」

アリアは、楽しかった思い出を語るように、嬉しそうに説明した。


「…」

生で、というアリアの何気ない一言を聞いて、サシャとリュウは、再び言葉を失い、顔を見合わせた。

今回は串焼きだったからこそ食べられたものの、さすがに生で食べる勇気は、今の二人にはなかった。


そんな会話をしながら歩いていると、サシャ達の目の前に、堂々とした佇まいの大きな木製の建物が現れた。


「着いた!ここが、ブロッケス交易所だね!」

建物の正面に掲げられた大きな看板には、力強い文字で「ブロッケス交易所」と書かれていた。


早速、サシャ達は、活気にあふれた交易所の中へと足を踏み入れた。

中には、様々な品物を熱心に眺めたり、値段交渉をしたり、購入したりする、多くの商人や観光客らしき人々で賑わっていた。

そして、サシャ達も、それぞれ興味のある商品を見て回ることにした。


「うわー!綺麗だよ!」

アリアは、陽光を浴びてキラキラと輝く、色とりどりの貝殻のアクセサリーが並べられた場所の前で足を止め、目を奪われていた。


「…海賊が使っていたという宝剣か。この独特な形状は、なかなか面白いな」

リュウは、ショーケースの中に大切そうに展示されている、古びた剣に目を凝らしていた。

黒光りする刀身には、使い込まれた跡が見られ、鍔の部分には、髑髏を模したと思われる独特な装飾が施されていた。


「すごい…本当に、見たことがないものばかりだ」

サシャは、周囲を見渡しながら、感嘆の声を上げた。

この交易所には、様々な地域から集められたであろう、珍しい品々が所狭しと並んでおり、その多様性に圧倒されていた。


「マクレンは、隣の大陸への重要な玄関口にもなっておる。じゃから、ここでしか手に入らんような珍しいものも多いじゃろうな。例えば、あそこにある織物とか、いい例じゃ」

トルティヤが、精神世界から、赤い色の瞳を輝かせながら、ある方向を指さした。

その方向には、鮮やかな赤色と深みのある黒色で織られた、幾何学的な模様が美しい織物が、壁に飾られていた。


「隣の大陸…いつか、行ってみたいな」

サシャは、交易所に並ぶ珍しい品々を見ているうちに、そんなことをふと頭の中で思い描いていた。


「隣といっても、マクレンから船で、少なくとも1週間はかかる。意外と遠いんじゃぞ」

トルティヤが、サシャの考えを読んだかのように、続けて呟いた。


「まずは、この大陸にある魔具をしっかりと集めるのじゃ。新しい大陸に行くのは、それからでも遅くはないじゃろう」

トルティヤは、珍しく楽しそうな笑みをサシャに向かって見せた。


「あ、うん…そうだね!」

それに対してサシャは、少し照れながらも、笑顔で返した。


「さて、そろそろ、手に入れたお宝を売って、お金に換えよう」

そして、サシャは、ドラゴニア渓谷で龍王魚(りゅうおうぎょ)の中から手に入れた、古びた金貨を、この交易所で買い取ってもらうことにした。


「すみません。これを売りたいんですが…」

サシャは、カウンターの上に、大切に保管していた古びた金貨を、そこに立っている、恰幅の良い商人に声をかけた。


「いらっしゃいませ…」

商人は、サシャの声に気づくと、すぐに興味を示し、カウンターの上に置かれた古びた金貨を手に取ると、目を凝らしてじっくりと見つめ始めた。


「…」

商人は、金貨の表面に刻まれた紋様や色合いを真剣な眼差しで確かめている。

そして、しばらく吟味した後、満足そうにニコリと笑みを浮かべた。


「なかなか上物だ。金貨は、200年ほど前のドラゴニア王国のものだな。状態が良い…5枚で10万ゴールドでどうだろうか?」


「10万ゴールド!?もちろん、それで大丈夫です!」

予想をはるかに超える買い取り額に、サシャは目を丸くして驚きつつも、すぐに了承した。


「それでは、10万ゴールドを」

商人は、手慣れた様子で革の袋を取り出すと、一枚ずつ丁寧に金貨を数えながら入れていく。


「あの。すみません、一つお聞きしたいのですが、船着き場って、どちらの方向にありますか?」

サシャは、金貨を数えている商人に、ついでに尋ねてみた。


「あぁ。船着き場なら、この交易所を出て、左手にずっと進んだ突き当りだよ。いくつか大きな船が見えるから、すぐにわかるはずだ」

商人は、飄々とした口調でそう答えた。

そして、金貨を10枚、しっかりと革袋に収めると、サシャに手渡した。


「ありがとうございます!」

サシャは、ずっしりと重い金貨が入った袋をしっかりと受け取ると、商品を眺めていたリュウとアリアの元へと、足取り軽く駆け寄った。


「お、どうだった?」

リュウとアリアは、サシャが戻ってくるなり、すぐに興味津々といった様子で尋ねた。


「10万ゴールドだって!後でみんなで分けよう!」


「それは、結構な額だな」


「すごい金額だよ!」

その予想外の大金に、リュウとアリアも思わず顔を見合わせ、笑みがこぼれた。


「これで、当面の旅の資金は、心配なさそうだね」

サシャは、金貨の入った袋を軽く持ち上げながら、自信ありげに呟いた。


こうしてサシャ達は、思わぬ大金を手に入れ、満足した様子で交易所を後にした。


「次は、パリオネ島行きの船を探して、船着き場に行こう。場所は、さっき交易所の商人に聞いてきたよ!」

サシャ達は、交易所を出て、教えられた通りに左側の道を進んだ。


そして、しばらく歩くと、潮の香りが強くなり、目の前には、大小様々な船が停泊している場所が見えてきた。


停泊している船は、側面に大きな車輪のようなものがついたパドル船や、空高く伸びる巨大な煙突がついた客船らしき船、たくさんの荷物を積み込めるように設計された木製の商船など、多種多様だった。

停泊所には、冒険者らしき屈強な男たちや、大きな荷物を抱えた商人、楽しそうに手をつなぐカップルや家族連れの観光客、そして、忙しそうに動き回る水夫たちの姿があった。


「すごい数だね…」

サシャは、これほど多くの船が停泊している光景に、圧倒されていた。


「あぁ…まさか、こんなにも多くの船が停泊しているとはな」

リュウも、港の活気に驚いた様子で、周囲を見渡していた。


「船だ!本物の船だ!こんなに大きいんだね!」

アリアは、生まれて初めて見る大きな船に、目を輝かせ、興奮した様子で歓声を上げていた。


「けど、一体どれがパリオネ島行きの船なんだろう?」

サシャは、広い港を見渡したが、停泊している船はどれも大きく、案内札のようなものも見当たらなかった。

代わりに、船が停泊している部分に数字が書かれた旗が掲げられていた。



「あそこに、案内所がある。あそこで聞いてみれないだろうか?」

リュウの視線の先には、少し古びた木造の小さな建物があった。

入り口には、「ブロッケス船客案内所」と書かれた看板が掲げられている。


「行ってみよう」

サシャ達は、リュウに促されるまま、案内所の中へと入った。


案内所の中は、多くの冒険者や観光客、そして商人たちでごった返していた。

皆、それぞれの目的地へと向かうための情報を求めているようだ。


「あの。すみません、パリオネ島行きの船に乗りたいのですが…」

サシャは、カウンターの中で、書類に真剣な眼差しで目を通している、少し疲れた様子の女性に、声をかけた。


「パリオネ島行きの船でしたら、3番の旗が掲げられた場所に停泊している船ですね。お一人様、1000ゴールドになります」

女性は、顔を上げると、事務的な口調で答えた。


「3人で!」

サシャは、革袋から銅貨を3枚取り出し、カウンターの上に置いた。


「はい、確かに。では、こちらがチケットになります。乗船の際、船員にお見せください」

女性は、淡々とした表情で、サシャに3枚の紙でできたチケットを手渡した。


「ありがとうございます」

サシャは、チケットを丁寧に受け取ると、リュウとアリアに一枚ずつ渡した。

二人は、手にしたチケットを興味深そうに眺めている。


「なるほど。これで、パリオネ島へ行けるわけだな」

リュウは、チケットに書かれた文字をじっと見つめながら、静かに呟いた。


「楽しみだね!」

アリアは、チケットを嬉しそうに掲げながら、目を輝かせた。


そして、サシャ達は案内所を出ると、教えられた通り、3番の旗が大きく掲げられた船の前へと移動した。


「これが、パリオネ島行きの船…?」

サシャはその大きさに圧巻される。


「…大きいな」

リュウは、その巨大な船を見上げ、思わず感嘆の声を漏らした。


「わぁ…すごい迫力だよ!」

サシャ達の目の前には、黒光りする鉄で作られた、巨大な連絡船が堂々とした姿で停泊していた。

その威圧感のある佇まいに、三人は思わず息をのんだ。

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