第54章:草原の戦い
「まずは、生意気な口を利くガキ!お前からだ!」
赤い翼のドラゴニアが、鋭い爪のついた指で槍を掴み、唸るようにサシャに向けて振り下ろす。
「はっ!」
サシャは、紙一重でその槍撃を身を屈めて避けた。
風を切る音が耳元を掠める。
そして、それが合図のように、残りのドラゴニアも、雄叫びを上げながら、それぞれリュウとアリアに向かって襲い掛かる。
「人間風情が…」
黄色い翼のドラゴニアが、喉を大きく膨らませ、深々と息を吸い込んだ。
「調子に乗るんじゃねぇ!!」
次の瞬間、灼熱の業火が竜の咆哮と共にリュウを襲う。
燃え盛る炎は、近くの木を瞬く間に業火へ包む。
「しっ…」
リュウは、炎が到達する寸前に、素早く横へと跳躍して回避した。
灼熱の熱風が頬を撫でる。
「(ドラゴニアは口から炎を吹くと聞いていたが、これほどの熱量と速度とはな…)」
リュウは、警戒の色を濃くした瞳で、炎を操る黄色い翼のドラゴニアを睨みつけた。
「よぉ!小娘。さっきはよくもやってくれたな」
黒い翼のドラゴニアは、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべ、手にした双節棍をカラカラと鳴らした。
「悪いことしようとしたんだから仕方ないよ!」
アリアは、冷静な表情で弓に二本の矢をつがえた。
そして、狙いを定めると、勢いよく矢を放った。
「ふんっ!」
黒い翼のドラゴニアは、飛来する二本の矢を、軽々と双節棍で弾き飛ばした。
「へっ。こんな矢如きで俺をやれると思ったか?」
黒い翼のドラゴニアは余裕そうな表情をみせる。
「思っているよ!」
アリアは、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「なに!?」
黒い翼のドラゴニアは、弾かれた矢の先端に仕込まれた異質な輝きに気づき、目を見開いた。
弾かれた矢の一本に、小型の爆薬が仕込まれていたのだ。
「しま…!」
「ドーン!!」
矢は、黒い翼のドラゴニアの至近距離で、轟音と共に激しく爆発した。
周囲には、黒煙と火花が舞い散る。
「ぐぁぁ…」
黒い翼のドラゴニアは、強烈な爆風に全身を巻き込まれ、悲鳴を上げながら吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられ、砂塵が舞い上がった。
「この野郎!ちょこまかと…」
赤い翼のドラゴニアは、怒りに顔を歪ませ、鋭い切っ先を持つ槍を、まるで竜巻のようにぶんぶんと振り回した。
だが、サシャは、その猛攻を冷静に見切り、最小限の動きで回避し、時には鋼の双剣で槍の軌道をそらしていた。
「…こんなの!」
そして、サシャは、ドラゴニアの攻撃のほんの一瞬の隙を突き、研ぎ澄まされた双剣を閃かせた。
「ザシュ!」
鋭利な刃は、ドラゴニアの硬い鱗を切り裂き、深々と肩に食い込んだ。鮮血がほとばしる。
「ぐぅ…(こいつら、ただの冒険者じゃない?)」
赤い翼のドラゴニアは、肩から流れ出す血に顔を歪め、痛みに悶えた表情を浮かべた。
「はっ!」
リュウは、刀身に全身の力を込め、一気に地面を強く踏み込んだ。
「(なっ!?)」
黄色い翼のドラゴニアは、その瞬間にリュウの姿が視界から消えたように感じた。
信じられないといった表情で、周囲を慌てて見回す。
「何をキョロキョロしている」
近くから、冷たい声が聞こえた。
そして瞬きをすると、リュウは既に刀の切っ先をドラゴニアに向けて、制空圏に移動していた。
「(え?はや…)」
黄色い翼のドラゴニアが驚愕に目を見開いた瞬間、リュウの研ぎ澄まされた一撃が、彼の胸部を深々と斬り裂いた。
「ぐぁぁあああ!」
ドラゴニアの胸部からは、夥しい量の鮮血が噴き出し、大きく斬り裂かれた傷口が露わになった。
彼は、苦悶の表情を浮かべ、膝から崩れ落ちた。
「…ぐっ」
そして、膝をつき、荒い息遣いを繰り返すドラゴニアに向けて、リュウは静かに刀を向けた。
その切っ先は、相手の喉元を捉えている。
「まだやるか?」
リュウは、冷酷な眼差しで、黄色い翼のドラゴニアを見下ろした。
「君の負けだよ!」
アリアは、吹き飛ばされ、地面に倒れている黒い翼のドラゴニアに、再び矢の照準を合わせた。
「観念しろ!」
サシャも、肩を斬られ、地面にうずくまっている赤い翼のドラゴニアに、双剣の切っ先を向けた。
「ちくしょう…」
三人のドラゴニアは、サシャ達の圧倒的な強さの前に、完全に戦意を喪失していた。
手も足も出ず、ただ悔しさで震えていた。
だが、その時だった。
「バサバサ…」
けたたましい羽音と共に、一体のドラゴニアが、サシャ達のすぐ近くの地面にゆっくりと降りてきた。
巻き起こる強風に、周囲の草が激しくなびく。
「あ、あれは…」
黄色い翼のドラゴニアが、信じられないといった表情で呟いた。
「なぜここに!?」
赤い翼のドラゴニアも、驚愕の表情でそのドラゴニアを見つめる。
「あ…あ…」
爆風で煤けた黒い翼のドラゴニアは、地面に這いつくばりながら、降りてきたドラゴニアの姿に、恐怖で言葉を失っており、全身が小刻みに震えている。
「まだ仲間がいたのか?」
リュウは、警戒を解かずに、ゆっくりと降りてきたドラゴニアの方を振り返った。
「なんだか…雰囲気が違う気がする」
サシャは、その威圧的な姿に息を呑んだ。他のドラゴニアとは明らかに異なる、重々しいオーラをまとっている。
「お前ら、何だそのざまは?」
降りてきたドラゴニアは、漆黒の黒いマントを風になびかせながら、ゆっくりと三人のドラゴニアを見下ろした。
その巨大な灰色の翼には、無数の古傷が刻まれており、歴戦の戦士であることを物語っていた。
「レ…レグルスさん…」
黄色い翼のドラゴニアが、喉の奥から絞り出すような、怯えた声で、そのドラゴニアの名前を呟いた。
「まったく貴様らは…」
レグルスと呼ばれたドラゴニアはため息をつくと息を吸い込む。
そして、大きく口を開いた。
「それでも誇り高きドラゴニアの戦士か!!」
レグルスは、周囲の空気がビリビリと震えるような、地を這うような低い声で三人を一喝した。
その威圧感に、周囲の草木が一瞬ざわめいた。
「ひ…ひぃ…」
肩を斬られた赤い翼のドラゴニアと、爆風で意識が朦朧としている黒い翼のドラゴニアも、レグルスの覇気に圧倒され、明らかに怯えている様子だった。
「(このドラゴニア…こいつらとは、まるで格が違うな…)」
リュウは、レグルスの纏う尋常ではない威圧感から、彼がただのドラゴニアではないと瞬時に見抜いていた。
「…気をつけろ。奴は今戦った雑魚とは、訳が違うのじゃ」
精神世界から、トルティヤの重々しい警告がサシャに響いた。
すると、レグルスは、ゆっくりとサシャ達の方へと顔を向け、静かに話しかけてきた。
「うちの部下が、粗相をしたようだな。して、一体何があったのだ?」
先程までの威圧感とは打って変わり、レグルスの口調は、意外にも落ち着いており、静かに事の経緯を尋ねてきた。
「この人たちが、通行料を求めてきたから悪いんだよ!!」
アリアは、レグルスの落ち着いた態度に少し安心したのか、憤慨した様子で彼に訴えた。
「通行料か…」
レグルスは、アリアの言葉を静かに聞き終えると、腕を組み、一瞬思案するような表情を見せた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「それは、確かに払わねばならんな。人間ならば尚更だ…」
レグルスは、先程までの穏やかな口調から一転、低い声で呟いた。
「それは変だよ!赤溶峠で、桃色の翼をしたドラゴニアの兵士が「入国料は必要ない」と言ってたよ」
サシャは、以前、赤溶峠で出会った、桃色の翼をしたドラゴニアの兵士の言葉を思い出し、反論した。
「桃色の兵士…ラジアンのことか」
レグルスは、サシャの言葉に、記憶を辿るように小さく呟いた。
「その兵士は、確かに王国の兵士だった。それに比べて、お前たちは何者なんだ?」
リュウは、レグルスの言葉尻を捉え、鋭い視線を向けながら問い詰めた。
「我々は「龍心会」。ドラゴニアの行く末を憂いる者たち…」
レグルスは、そうとだけ呟く。
「龍心会?…もしや」
サシャは今朝雑貨屋の近くで演説していたドラゴニアを思い出した。
彼らも「龍心会」と名乗っており、巨大な旗も掲げていた。
「知っているのか。それなら尚更、好都合だ」
レグルスは背中に背負っていた、異様な形状の武器に手をかけた。
「…鎌?」
サシャは、レグルスの手に握られた武器を見つめ、思わず声を漏らした。
レグルスが持っているのは、巨大な鎌だった。
しかし、それは農具のような単純な形状ではなく、湾曲した刃が前後に二つ付いており、柄の部分には複雑な装飾が施された、禍々しい雰囲気を漂わせる武器だった。
刃先は、夕焼けの光を浴びて妖しく輝いていた。
「最後の通告だ。通行料を払えば、今までのことは全て不問にしてやろう。それとも、俺の「風斬」の錆になるか?」
レグルスは、サシャ達に、言葉には言い表せないほどの強烈な圧をかけた。
「(うっ…なんて強烈な覇気なんだ…)」
サシャは、その圧倒的な威圧感に、思わず息を呑んだ。
全身の筋肉が強張り、冷や汗が背中を伝う。
その覇気は、どこか以前感じた、国王ベクティアルの持つ威圧感に似た、特別な力を感じさせたのだ。
「くっ…」
その強烈な覇気に、リュウも僅かにたじろぎ、無意識のうちに刀の柄を握り締めた。
「(まるで、怒った時のオババ様みたいだよ…)」
アリアは、レグルスの放つ異様な雰囲気に、恐怖で顔を青ざめさせ、小さく身を縮こまらせた。
その時、空気を激しく震わせ、レグルスのすぐ横の地面に、信じられないほどの猛スピードで何かが舞い降りてきた。地面が大きく揺れ、砂塵が巻き上がる。
「!!」
何かが舞い降りてきた方向にレグルスは振り向く。
そして、砂塵が晴れるとそこにはレグルスよりも一回り小さなドラゴニアが立っていた。
「やれやれ…歳は取りたくないものじゃな」
そのドラゴニアは、長年の風雨に晒されたかのように赤く色褪せた翼をしており、その上には派手な柄の金色のシャツがだらしなく羽織られていた。
白髪の頭からは、長く白いヒゲが三つ編みのように丁寧に編み込まれ、顔の皺の深さを際立たせていた。
「今度はなんだ!?」
サシャはその予想外の展開に、警戒の色を強めた。
「…なんだ、この爺さんは!?」
赤い翼のドラゴニアは、サシャ達を完全に無視し、苦痛に顔を歪めながらも、力を振り絞って槍を構え直した。
そして、訳の分からない老人のドラゴニアに向かって、怒りの形相で突撃する。
「誰か分からないが、レグルスさんの邪魔しやがって!」
赤い瞳を血走らせたドラゴニアが、渾身の力を込めて老人のドラゴニアに槍を振り下ろす。
「わあ!危ないよ!」
アリアが、その危険な動きに慌てて弓に矢をつがえた。
「お前も裏切り者か!」
赤い翼のドラゴニアの槍の柄が、老人のドラゴニアの肩に触れそうになった、その瞬間だった。
「ヒュン…」
それは、風を切る音すら置き去りにするほどの、信じられない速度だった。
「おいおい。危ないじゃないか。老いぼれにそんなもの向けちゃ」
いつの間にか、老人のドラゴニアは、先程まで赤い翼のドラゴニアがいた場所に立っており、その背後に回り込んでいた。
「え?」
そして、赤い翼のドラゴニアが、何が起こったのか理解できずに振り向くよりも先に、老人のドラゴニアは、彼の服を掴むと、まるで玩具を扱うかのように豪快に投げ飛ばした。
「ドコーン!」
地面が大きく揺れ、クレーターができるほどの凄まじい威力で、赤い翼のドラゴニアは地面に叩きつけられた。
「がはっ…」
赤い翼のドラゴニアは、目を大きく見開いたまま白目を向き、意識を失った。
「…(嘘だろ!?)」
サシャは、その一瞬の出来事に言葉を失い、ただただ驚愕していた。
「(なんだ…この爺さん…)」
リュウは、信じられないといった表情で目を丸くし、警戒の色をさらに強めた。
「うわぁ…」
アリアは、あまりの出来事に声にならない悲鳴を上げていた。
「レグルスよ。久しいな…」
老人のドラゴニアは、まるで旧知の友に話しかけるかのように、親しげな口調でレグルスに声をかけた。
「お久しぶりです師匠。相変わらずお強い…」
レグルスは、先程までの威圧的な態度から一変し、恭しく頭を下げた。
その表情には、尊敬の念が滲み出ている。
「え?」
「師匠?」
黄色い翼と、爆風で煤けた黒い翼のドラゴニアは、状況が理解できず、きょとんとした顔で互いを見合わせた。
「お主が今何をしているかは、なんとなく知っておる。アルタイルと共に龍心会という組織で色々やっているらしいな」
老人のドラゴニアが、どこか飄々とした様子で、レグルスに問いかけた。
「はい。ドラゴニアを、異種族達の搾取や侵攻から守るためです」
レグルスは、真剣な眼差しで老人のドラゴニアに答えた。
「なるほどな。だからといって、他種族から搾取してもいいと?」
老人は、先程までの穏やかな表情から一変し、鋭い言葉をレグルスに突きつけた。
「仰ることは分かります。ですが…」
レグルスは、何か言いたげな様子で言葉を詰まらせ、迷ったような口調で呟くと、重い溜息をついた。
「分かりました。今回は師匠の顔に免じて撤退しましょう…お前ら…行くぞ」
レグルスは、鋭い視線を黄色い翼のドラゴニアに向けた。
黄色い翼のドラゴニアは、気絶している赤い翼のドラゴニアを慌てて担ぎ上げた。
「冒険者たちよ。次に会った時は、容赦しない」
レグルスは、サシャ達を冷たい眼差しで見据え、そう低い声で呟くと、残りの三人のドラゴニアと共に、力強く空へと飛び去った。
「おー、無理するなよ!ちゃんと飯は食えよ!」
老人は、空へと消えていくレグルス達に、陽気な声で手を振っていた。
「あの…ありがとうございます」
サシャは、先程の窮地を救ってくれた老人のドラゴニアに、深々と頭を下げて礼を言った。
「助かりました」
リュウも、警戒を解きながら、感謝の言葉を述べた。
「おじいちゃん、すごい強いね!」
アリアは、目をキラキラと輝かせながら、老人のドラゴニアに話しかけた。
「ほほほ。気にするでない。老いぼれの戯れよ」
老人のドラゴニアは、白い髭を撫でながら、朗らかに笑った。
「なにせ、お主達がレグルスに勝てるとは思わなかったからの」
老人は、まるで世間話をするかのように、サラリと衝撃的なことを口にした。
「…確かに、とんでもない覇気を感じはしましたが」
サシャは、その言葉に何も言い返せず、ただ頷くしかなかった。
「ま、ワシが手塩にかけた弟子の一人じゃからの」
ドラゴニアの老人は、そうとだけ呟くと、ゆっくりと大きな翼を羽ばたかせた。
「ではな若いの。せいぜい気をつけるのじゃぞ」
そう呟くと、ドラゴニアの老人は、悠然と空へと飛び去っていった。
「とんでもなく強かったね!」
アリアは、空を見上げながら、改めて感嘆の声を漏らした。
「そうだな…一体何者なんだ?」
リュウは、空を見つめながら、気になるような表情を見せた。
「うん。なんか只者ではないのは確かだよね…」
「(あのドラゴニア…どこかで見たような…気のせいかのぉ)」
トルティヤは、先程の老人のドラゴニアの姿を思い浮かべ、首を傾げていた。
こうして、サシャ達は老人のドラゴニアの助けで危機を脱し、再び目的地であるカザへと歩き出した。
草原をしばらく歩く。
辺りはすっかりと夜の帳が降り、草原からは、心地よい虫の音色が聞こえてきた。
そして、疲労困憊のサシャ達は、ようやくカザの入口にたどり着いた。
「着いた…」
活気にあふれていたシュリッアとは違い、カザはひっそりとした小さな町だった。
街道沿いに数軒の簡素な家屋が建ち並び、煌びやかな店などは見当たらず、小さな宿らしき建物が点在しているだけだった。
夜の静けさが、一層その寂しさを際立たせている。
「ふぅ…クタクタだよ」
アリアは、長い道のりに疲れ切った様子で、大きく息をついた。
「今日は、あそこの宿に泊まろう」
サシャは、街道から少し入ったところにある、古びた一軒の宿を指差した。
宿の入り口には、風雨に晒された小さな木の看板が掲げられており、そこには掠れた文字で「箒雲」とだけ書かれていた。
「カランカラン」
サシャ達が、重い木の扉を開けて店内に入ると、古びた呼び鈴が寂しげな音を立てて店内に響いた。
「らっしゃいませ」
夜も遅いためか、受付がある一階のレストランフロアには、数人の疲れ切った様子の冒険者らしき人物しかおらず、閑散としていた。
薄暗いランプの光が、フロア全体をぼんやりと照らしている。
「さすがにお腹が空いたな」
リュウは、空腹を訴えるように小さく呟いた。
昼間にエフィメラ族から手厚いもてなしを受けたとはいえ、やはり、昆虫食だけでは、腹持ちは良くなかったようだ。
そして、サシャ達は、フロアの中央に置かれた丸いテーブルがある席に腰を下ろした。
「…さて」
サシャ達は、埃を被ったような古いメニューを開いて、料理の内容を確認し始めた。
「鶏そば…鶏そば…」
サシャは、メニューに目を皿のようにして「そば」の文字を探したが、どこにも見当たらなかった。
期待していた料理がないことに、彼は小さく肩を落とした。
「あの、すみません…」
サシャは、近くにいた店員の女性に声をかけた。
女性店員は、あくびを噛み殺しながら、面倒くさそうにこちらへやってきた。
「なんすか?」
女性店員は、どこか投げやりなフランクな態度で尋ねた。
「そばってないんですか?」
サシャは、諦めきれずに女性店員に再度尋ねた。
「あー、すみません。うちはそば、やってないんですよ。別のにします?」
女性店員は、まるで日常会話のようにあっけらかんと呟いた。
そして、早く注文を終えてしまいたいと言わんばかりに、サシャをじっと見つめた。
「じゃあ、代わりに…」
サシャは、慌ててメニューに目を走らせた。
すると、「注目!」と手書きで書かれた文字の横に、大きな文字で「チャ飯」と書かれた料理名があった。
「この、チャ飯で!それと、ついでに部屋を一つお願いします」
サシャは、咄嗟にそれを女性店員に頼むと同時に、今夜泊まるための部屋を一つお願いした。
「では、俺もそれを貰おう」
リュウも、メニューも見ずに同じものを注文した。
「僕も!」
アリアも、二人に倣ってチャ飯を注文した。
「ういっす。チャ飯三つ入りまーす」
女性店員は、気のないけだるそうな声で、奥の厨房に向かって注文を伝えた。
そして、カウンターに戻ると、再びサシャのいるテーブルに戻ってきた。
「2号室の鍵っす。飯代と宿泊料金は、チェックアウトの時にお願いしやーす」
女性は、小さな金属製の鍵を、ポイッとサシャのいる机の上に放り投げた。
「あ、ありがとうございます」
サシャは、慌ててそれを拾い上げた。
「(なんか、適当な子だな)」
リュウは、女性店員のずさんな態度に苦笑いを浮かべていた。
そして、しばらくすると、坊主頭の店主が、湯気を立てる皿に盛られた「チャ飯」という料理を運んできた。
「はい、お待ちどうさん」
店主は、無愛想にテーブルにチャ飯を置いていくと、そそくさと厨房へと戻っていった。
「これが…チャ飯!」
「わぁ、美味しそうかも!」
「米か…久しぶりだ」
サシャ達の目の前には、スパイシーな香りを放つ、熱々のご飯を炒めたものが、大きな皿に山盛りにされていた。
米の中には、大ぶりの干し肉や、ふっくらと炒められた卵、彩り豊かな刻んだ野菜が散りばめられており、皿の中央には、赤茶色をした、見慣れない漬物らしきものが鎮座していた。
「よし、食べよう!」
サシャが、待ちきれないといった様子でスプーンに手を伸ばした、その時だった。
精神世界にいるトルティヤがサシャの肩をガシッと掴んだ。
「美味しそうじゃの。さ、交代の時間じゃ」
トルティヤは、ニコニコしながら目の前のチャ飯を食べるのを今か今かと待ち受けていた。
「え、せめて一口だけでも…」
サシャは、なんとか一口だけでも味わいたいと、笑顔でトルティヤに懇願した。
「ダ・メ・じゃ」
トルティヤは、満面の笑みでそう呟くと、残酷にもサシャの肩を思いっきり叩いた。
次の瞬間、サシャの意識は、強制的に精神世界へと飛ばされた。
「うーん!美味しいのじゃ!」
それから、トルティヤは、サシャが注文したチャ飯を美味しそうに頬張っていた。
その顔は、至福の表情で満たされている。
「トルティヤは、本当に食いしん坊なんだね」
アリアは、目の前のチャ飯を食べながら、その様子を面白そうに笑っていた。
「米はやはり…いいな」
リュウは、久しぶりの米の味に、しみじみと感激している様子だった。
「この濃厚なスパイスと、食欲をそそるソースが効いた米。そして、たくさんの具材…上にある漬物を少し崩して混ぜて食べると、ほんのりとした辛味がアクセントになって、また違った食感と味が楽しめるのじゃ!」
トルティヤは、チャ飯をゆっくりと味わいながら、その魅力を熱弁していた。
「…とほほ」
サシャは、精神世界から、美味しそうにチャ飯を食べるトルティヤの姿を、羨ましそうにただ見つめていることしかできなかった。
こうして、サシャ達は、チャ飯を堪能した後、宿でゆっくりと休息をとった。




