第51章:森の住人
サシャ達はドラゴニア領内にあるカリカリの森を進んでいた。
森は高く聳え立つ針葉樹が空を覆い、足元には鮮やかな緑色の草が絨毯のように生い茂っていた。
木々の間からは、時折、心地よい風の音が聞こえ、葉が擦れ合う微かな囁きが森全体に響き渡っていた。
地面からは湿った土の匂いが立ち上り、針葉樹独特の清涼な香りに、ところどころに咲く紫や赤色の花々の甘い香りが混じり合い、独特の森の空気を形成していた。
「んー!久々の森だよ!」
アリアは、深緑の木々を見上げながら、嬉しそうにグーッと背伸びをした。
「だが、さすがは山地にある国だ。少しばかり肌寒いな」
サシャは、首筋にほんのわずかな寒気を感じ、薄く腕をさすった。
「これくらい魏膳の寒さに比べれば、取るに足りん」
リュウは、腕を組みながら、自信に満ちた口調で呟いた。
「魏膳ってそんなに寒いの?」
ふと疑問に思ったサシャが、リュウに顔を向けて尋ねた。
「山間の国だからな。それに、北の寒冷地帯に接しているから、一層寒さが厳しい」
どうやらリュウの話を聞く限り、魏膳は想像を絶する寒さのようだ。
「いつか行ってみたいなぁ!」
アリアは、目を輝かせながら無邪気な声で呟いた。
「…いずれな」
リュウは、遠い目をして静かにそう呟いた。
その表情には、一瞬、拭いきれないほどの暗い影が差したように見えた。
「…」
サシャは、リュウが抱える過去の出来事を察し、あえて言葉をかけることはしなかった。
「ガサガサ…」
その時、鬱蒼とした草陰から、鮮やかな黄緑色の体をしたモンスターが五匹、突然飛び出してきた。
体長は一メートルほどで、背中には規則的な渦巻き状の殻があり、短いながらも力強い足が生え、前足には鋭い鉤爪が確認できた。
モンスターたちは、その鋭い爪を威嚇するように上に向けて掲げ、低い唸り声を上げていた。
「わ!あれは、バウバウだよ!」
アリアは、その独特な外見のモンスターを見て、すぐにそれが何か分かったようだった。
「バウバウ?」
サシャは、聞き慣れない名前に首を傾げ、アリアに問い返した。
「森の中に生息するモンスターの一種で、あのグルグルした殻は、見た目以上に頑丈なんだよ!それに、結構すばしっこいんだ!」
アリアは、そう説明しながら、素早く矢を弓にセットした。
その直後、バウバウたちは、低い唸り声を上げながら、
サシャ達に向かって勢いよく体当たりをしてきた。
「おっとっと」
サシャは、迫り来るバウバウの攻撃を、身を翻して軽やかにかわした。
「見た目の割に、動きが機敏だな」
リュウも、素早いバウバウの攻撃を、冷静に横に跳んで回避した。
すると、一匹のバウバウが、小さな口から、透明で粘性の高そうな液体をサシャに向かって勢いよく吐き出した。
「うっ!なんだこれ!?」
液体は、狙いを違わずサシャの足元に降り注ぎ、地面にべっとりと張り付いた。
その液体は、強力な粘り気を持っており、足が地面に吸い付くように動かしづらくなった。
「その液体は、すごく粘り気が強いから気をつけて!」
アリアは、サシャとリュウに注意を促した。
「もう遅いよ!」
サシャは、液体から足を抜こうと力を込めたが、粘着力が想像以上に強く、なかなか抜け出せずに焦りを覚えた。
その隙を突いて、一匹のバウバウが、サシャ目掛けて再び体当たりを仕掛けてきた。
「うぐっ!」
体勢が崩れていたサシャは、咄嗟に避けることができず、バウバウの硬い殻による体当たりをまともに受けてしまった。
その衝撃は相当なもので、サシャは思わずよろめき、体勢を崩して地面に倒れ込んでしまった。
「おい、大丈夫か?」
リュウは、倒れたサシャを心配そうな表情で見下ろした。
「いてて…平気だよ」
サシャは、打ち付けた腰をさすりながら、ゆっくりと身を起こした。
倒れた勢いで、足元の液体からは運良く抜け出すことができていた。
「えいっ!」
アリアは、狙いを定め、弓に引いた矢を一体のバウバウに向けて放った。
鋭い矢は、寸分の狂いもなくバウバウの眉間に突き刺さった。
「ギュウウウウ…」
バウバウは、苦悶の断末魔を上げ、その場に倒れ伏した。
「よくもやってくれたな!」
サシャは、腰に差していた双剣を素早く抜き払い、一体のバウバウに向かって走り出した。
そして、バウバウの殻で覆われていない、柔らかそうな腹部を狙って、双剣を力強く斬りつけた。
バウバウは、断末魔の叫びと共に、鮮やかな緑色の液体を撒き散らしながら地面に崩れ落ちた。
「はっ!」
リュウも、素早い動きでバウバウの体当たりを紙一重で回避し、
体勢を崩したバウバウの柔らかい部分に、研ぎ澄まされた刀を突き刺した。
バウバウは、やはり緑色の液体を周囲に飛び散らせ、絶命した。
「やっ!!」
そして、アリアは、残りのバウバウ二匹に対し、弓に二本の矢を同時に番え、狙いを定めると、ほぼ同時に放った。
二本の矢は、それぞれ正確に残りのバウバウの眉間に命中し、モンスターたちは断末魔の叫びを上げて倒れた。
「うっ…なんか気持ち悪い」
サシャは、戦闘中に足に付着した粘液を、近くに落ちていた大きめの葉っぱで丁寧に拭き取った。
「さてと…」
アリアは、弓を背中にしまうと、太もものホルスターから、鋭い刃を持つナイフを取り出した。
そして、絶命したバウバウに向かって、楽しげな鼻歌を歌いながら歩き出した。
「おい。アリア?」
リュウは、アリアの様子を訝しんで、声をかけようとした。
「ふんふふーん」
アリアは、上機嫌な鼻歌を歌いながらバウバウの前に屈み込んだ。
そして、手に持ったナイフを、躊躇なくバウバウの柔らかそうな腹部に突き刺した。
ブツッという、微かな音と共に、刃が体内に吸い込まれていく感触が伝わってきた。
「アリア!一体何をしているんだよ?」
サシャは、アリアの予想外の行動に、慌てた様子を見せた。
しかし、アリアは振り返り、満面の笑顔を見せた。
「なにって、バウバウの肝を取っているんだよ!僕が小さい頃は、おやつ代わりに良く食べていたんだ!」
アリアは、手慣れた様子でバウバウのお腹を切り裂いていく。
そして、躊躇なく手を突っ込むと、鮮やかな黄色の臓物を取り出した。
それは、丸みを帯びており、表面は滑らかで、独特の光沢を放っていた。
「うわ…大胆だな」
そんなアリアの行動に、リュウは少し引き気味の様子だった。
信じられないものを見たような表情で、アリアの行動を見つめていた。
「これこれ!とても美味しいんだよ!」
アリアは、取り出した肝に付着した体液を竹筒に入った水で、丁寧に洗い流すと、それをサシャとリュウに見せた。
肝は、まるで上質な肉のようにぷりぷりとしており、その正体を知らなければ、確かに美味しそうに見えた。
だが、サシャ達は、先程まで戦っていたモンスターの内臓であることを、今、まざまざと知ってしまっていた。
「…本当に、そんなものが食べられるの?」
サシャは、半信半疑といった表情で、アリアの持つ肝を凝視した。
「本当だよ!上質な肝は、貴族の食事にも提供されるくらいなんだから!」
アリアは、全く疑う様子もなくニコニコしながら、
手に取った肝を持っていたナイフで、さらに食べやすい大きさに切り分けていく。
そして、その一切れを、サシャとリュウの前に差し出した。
「はい!まずは一口、食べてみてよ!」
アリアの屈託のない笑顔が、今この瞬間ほど不気味に感じられたことは、今までなかった。
「じ、じゃあ…一口だけ」
断ろうにも断れない、アリアの強い押しに、サシャは覚悟を決め、差し出された肝に手を伸ばした。
指で肝を掴むと、それはまるで生きているかのように、弾力があり、プルプルとしていた。
「(本当に食べられるのかな…寄生虫とか、変な虫とかいないよね?)」
サシャは、目の前の不思議な物体を前に、ゴクリと喉を鳴らした。
「…(男なら…度胸!)」
リュウが、先に意を決したように肝を口に放り込んだ。
そして、少し緊張した面持ちで、口内で肝を咀嚼し始めた。
「ん!…これは、中々イケるぞ」
リュウの口から、意外な言葉が漏れ出た。
彼の表情は、驚きと満足感が入り混じっていた。
「でしょでしょ!サシャもほら!鮮度が命なんだから!」
アリアが、待ちきれないといった様子で、サシャに早く食べるように促した。
「ええい!どうにでもなれ!」
サシャは、意を決して、勢いよく肝を口の中に放り込み、数回咀嚼した。すると、口の中に、濃厚でクリーミーな味わいが広がり始めた。
それは、まるで上品な舌触りと風味だった。
後味には、ほんのわずかに独特のクセがあるものの、その濃厚な旨味は、今までに味わったことのないものだった。
「あ、美味しい…後味が少し独特だけど、濃厚でクリーミーな美味しさだ!」
先程まで疑心暗鬼だったサシャの顔が、嘘のように明るい笑顔に変わった。
「そうでしょ!僕も食べよっと!」
アリアは、残った肝を一切れ口に放り込み、満足そうに咀嚼した。
「んー!やっぱり採りたては最高に美味しいよ!」
アリアは、至福の表情で肝を頬張った。
「…なんか、おかわりが欲しくなってきた気がする」
リュウが、信じられないといった様子でボソリと呟いた。
「分かる…なんだか、この独特の風味がクセになってきたかもしれない」
サシャも、リュウの言葉に深く同意した。
「じゃあ、残りのバウバウの肝も、全部もらっちゃおうか!」
アリアは、満面の笑みを浮かべると、再びバウバウの死体に向かって、手にしたナイフを立てた。
「…解体する光景は、正直なところあまり見たくないけどな」
こうしてサシャ達は、カリカリの森でバウバウと遭遇し、珍味である「バウバウの肝」を賞味するという、予想外の経験をした。
そして、再び、目的地であるマクレンを目指して、森の奥へと歩を進めた。
「美味しかったね!さすがは珍味と呼ばれるだけあるよ!」
サシャは、先程の珍味の味を思い出しながら、満足した笑みを浮かべた。
「でしょ!もう少し食べたいくらいだよね!」
アリアも、バウバウの肝の味を思い出しながら、満面の笑みを浮かべていた。
「しかし、あの程度のモンスターなら、その辺にいくらでもいるんじゃないのか?」
リュウは、アリアの言葉に少し疑問を感じて尋ねた。
「そりゃそうだけど、必要以上に採りすぎたらダメだって、オババ様が言ってたよ」
アリアは、両手を交差させて×印を作り、諭すように言った。
「そっか、乱獲したら、いくら個体数が多いからって言っても、減っちゃうもんね」
サシャは、アリアの言葉に納得したように頷いた。
その時、サシャの精神世界で心地よさそうに眠っていたトルティヤが、ゆっくりと瞼を開けた。
「ふぁー…よく寝たのじゃ…」
トルティヤは、大きな欠伸をしながら、のんびりとした様子で言った。
「あ、ようやく起きた。おはよう!」
サシャは、精神世界にいるトルティヤに声をかけた。
「うむ…よく寝たから気持ちがいいのぉ」
トルティヤは、満足そうにニコニコしているようだった。
「して、今はどこにおるのじゃ?」
トルティヤは、周囲の状況が分からず、サシャに現在地を尋ねた。
「今は、カリカリの森の中だよ」
サシャは、現在の状況を簡潔にトルティヤに説明した。
「カリカリの森か…お主、エフィメラ族を知ってるか?」
トルティヤが、サシャ達にとっては初めて聞く種族名を口にした。
「エフィメラ族って?」
サシャは、聞き慣れない種族名に疑問を感じて尋ねた。
「それはの…」
トルティヤは、サシャだけでなく、リュウとアリアにも聞こえるように説明を始めた。
エフィメラ族。
カリカリの森周辺のみに生息すると言われる希少な種族。
背中に繊細で虹色に輝く薄い羽を持つ人型の生物で、その歌声は世界で一番美しいと伝えられている。
ただし、その寿命は非常に短く、長命の個体でさえ、わずか20年ほどしか生きられないという。
「そんな種族がいるとは」
リュウは、トルティヤの語る神秘的な種族の話に、静かに耳を傾けていた。
「へぇ!一度見てみたいかも!」
アリアは、目をキラキラと輝かせ、純粋な好奇心を露わにした。
「堕天使族の文献にも、「見れば幸運が訪れる存在」と記載があってのぉ。実を言うと、ワシも長い間生きておるが、実際に見たのは一度しかないのじゃ」
トルティヤは、遠い昔の記憶を辿るように呟いた。
「トルティヤが一度しか見たことがないなんて…」
サシャは、トルティヤの言葉に驚きを隠せない様子で呟いた。
具体的にどのくらいの年月なのかは想像もつかないが、
以前、トルティヤは自分のことを「ずいぶんと長生きしていた」と言っていたのだ。
「ま、そういう話じゃ。彼らは、滅多に人里に降りて来ぬし、住処を定期的に変える習性があるせいか、具体的な居場所を誰も正確には把握できていないそうじゃ」
サシャ達は、森の中を歩きながら、トルティヤの話に耳を傾けていた。
「世界は本当に広いんだね…そんなにも希少な種族がいるなんて…」
サシャは、感嘆したように空を見上げながら呟いた。
その時、サシャ達が歩いていた道の真ん中に、誰かが倒れているのが目に飛び込んできた。
「あ!誰か倒れているよ!」
アリアは、いち早くその人物に気づき、心配そうな表情で駆け寄った。
「大変だ…!」
サシャも、リュウと共に慌てて駆け寄った。
「…」
アリアは、道の真ん中に力なく倒れていた少女を、優しく腕の中に抱き上げた。
少女は意識がないようで、ぐったりとしていた。
少女は、純白のドレスを身につけ、背中からは、まるで朝露を宿した妖精の翅のように、透き通るほど美しくも薄い羽根が伸びていた。
しかし、その小さな腹部には、痛々しい斬り傷があり、
そこから、真珠のように白い液体が、僅かに流れ出て、ドレスを汚していた。
「その姿と、その白い血…あれじゃ!あれがエフィメラ族じゃ…!」
トルティヤは、少女の姿を見るなり、驚愕の表情を浮かべた。
その言葉に、サシャとリュウも息を呑んだ。
「とにかく、急いで応急処置をしなければ…!」
リュウは、腰のポーチから手慣れた様子で回復薬を取り出した。
「大丈夫ですか?」
サシャは、意識のない少女に優しく声をかけた。
すると、少女は、ゆっくりと重い瞼を開いた。
その瞳は、まるで真珠のように、美しい光を湛えていたが、どこか悲しげだった。
「うぅ…ここは…どこ?」
少女は、掠れた声で呟き、ゆっくりと周囲を見回した。
「…動いちゃダメだよ!傷の手当をするから、もう少しだけ待っててね」
アリアは、少女の苦痛を和らげようと、優しく諭した。
「少し沁みるかもしれないが…」
リュウは、慎重に回復薬を少女の腹部の傷口にかけた。
「うっ…」
回復薬が傷口に触れた瞬間、少女は顔を歪め、小さく苦悶の声を上げた。
「大丈夫…大丈夫だからね」
サシャは、少女のさらさらとした銀色の髪を優しく撫でながら、安心させるように声をかけた。
そして、安堵したのか、少女は再び静かに目を閉じた。
「これは一大事じゃ…とりあえず、少女が再び目を覚ますまで、この辺りで少し休憩するとするのじゃ」
トルティヤが、深刻な表情でそう呟いた。
その言葉に、サシャとリュウも静かに頷いた。
そして、サシャ達は、道を少し外れた場所に生える、大きな木の陰に身を寄せた。
アリアの膝の上には、先程の少女が静かに眠っていた。
「これが…エフィメラ族…」
サシャは、目の前にいる信じられないほど美しい少女を、改めて見つめながら、驚きと戸惑いが入り混じったような表情で呟いた。
「まさか、本当に存在していたとはな」
リュウは、近くの木の幹に背を預け、周囲の様子を警戒するように見張っていた。
「あんな道の真ん中で…一体何があったんだろう…」
サシャが、心配そうな表情で呟くと、アリアの膝の上で眠っていた少女が、微かに瞼を開けた。
「あ!気がついたよ!」
アリアは、少女の開いたばかりの瞳を覗き込み、優しい声で呟いた。
だが、少女は、アリアの顔を見た途端、目に恐怖の色を浮かべ、大粒の涙を溢れさせた。
「や、やめてください…どうか、命だけは…」
少女は、全身を震わせ、相当に怯えている様子だった。
「大丈夫だよ!僕達は、あなたに何も危害を加えないよ!」
アリアは、少女の頭を優しく撫でながら、安心させるように笑顔を見せた。
すると、少女は、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「え?…悪い人間じゃない…の?」
少女は、まだ不安そうな表情を浮かべながら、アリアに問いかけるように小さく呟いた。
「悪い人間じゃないよ!もしよかったら、一体何があったのか、僕達に教えてくれないかな?」
アリアは、少女に寄り添い、できるだけ優しい口調で尋ねた。
すると、少女は、ためらうようにコクりと頷くと、震える唇を開き、ゆっくりと語り始めた。
「私の里が…突然、悪い人間に襲われたの。悪い人間は、私達の羽根と、血が…欲しいって…」
少女は、時折、声を詰まらせながら、涙ながらに話した。
その小さな体は、恐怖で震えていた。
「…」
サシャ達は、少女の悲痛な訴えに、何も言えず、ただ黙って耳を傾けていた。
「私は、なんとか逃げられたけど…里の皆は、捕まったの…だから…お願い。皆を助けて…」
少女は、懇願するように、掠れた声でそう呟いた。
その瞳からは、大粒の涙が次々と溢れ出ていた。
「…行こう。こんなことを聞かされたら、放っておくなんてできないよ」
サシャは、少女の悲痛な訴えを聞き終えると、すぐに立ち上がり、決意を込めた声で呟いた。
「そうじゃな…自分の種族が、理由もなく虐げられる辛さは、ワシもよく分かる」
トルティヤが、意外にも強い口調で、少女を助けることに賛同した。
「そうだな。このまま見て見ぬふりをするのは、後味が悪い」
リュウも、静かに頷き、助けることに異論はないことを示した。
「もちろん私も行くよ!」
アリアも、迷うことなく笑顔で賛同した。
「…みんな」
サシャは、三人の温かい言葉に、心強い笑みを浮かべた。
すると、アリアの膝に頭を乗せていた少女が、ゆっくりと身を起こした。
「私が、里に案内します…」
少女は、まだ本調子ではないのか、少しふらふらとした足取りで立ち上がろうとした。
「わあ!無理しないで!」
アリアは、少女の体調を気遣い、慌ててその小さな肩を支えた。
それを見て、サシャもすぐに少女に肩を貸した。
「ありがとう…」
少女は、アリアとサシャに支えられながら、か細い声で感謝の言葉を述べ、薄っすらと笑みを浮かべた。
「俺はサシャ、君は?」
サシャは、少女に優しく名前を尋ねた。
「私は、ミラ…」
ミラと名乗ったエフィメラ族の少女は、力なく微笑んだ。
その笑顔は、どこか儚く、消えてしまいそうだった。
「僕はアリアだよ!」
アリアは、ミラに自分の名前を明るく名乗った。
「俺はリュウだ…して、お前の里を襲った連中というのは、一体どんな奴らなんだ?」
リュウは、少しぶっきらぼうな口調ながらも、真剣な眼差しで尋ねた。
「なんて言ったらいいんだろう…頭に変な飾りをつけた髪型をした男の人と…それから、剣と、変わった武器を持った男の人と、女の人が一人ずつ…みんな、すごく怖くて…」
ミラは、恐怖を思い出したのか、体を震わせながら、里を襲った者たちの特徴を話した。
「変な髪型…」
サシャは、ミラの言葉を反芻したが、全く心当たりのある人物はいなかった。
そして、サシャ達とミラは、人の手が入っていないような、草木が生い茂った獣道を、目的地の里へと向かって進んだ。
普通の人間ならば、まず足を踏み入れないであろう険しい道だった。
そして、しばらく歩くと、木々の間から、
遠目に小さな藁造りの小屋が数件、ぽつぽつと建っているのが見えてきた。
「あれが…私の里…」
ミラは、弱々しい声で指をさして呟いた。
どうやら、あの場所がミラの故郷のようだった。
里の中央には、無骨な鉄製の檻が複数設置されており、その中には、捕らえられたエフィメラ族が、力なく座り込んでいる様子が見えた。
そして、檻の周りには、ミラの言っていた通り、褐色のポンチョを身にまとった男女が二人、見張りをしていた。
さらに、独特の髪型をした、どこかの国の貴族らしき豪華な服装をした男が、赤い革張りのソファにふんぞり返って座っているのが見えた。
「あの服装に髪型…レスタ王国の貴族じゃろうな…」
トルティヤは、その特徴的な服装と、奇抜な髪型から、男がレスタ王国の貴族であるとすぐに推察した。
「どうする?何かいい作戦はあるか?」
リュウは、敵の存在を確認し、冷静にサシャに問いかけた。
「そうだな…」
サシャが、どのように行動すべきか考えを巡らせようとしたその時、
トルティヤが魔導念波増幅機を通して、サシャ達に声をかけた。
「難しいことを考える必要はないじゃろう。小娘は、その少女を守るのじゃ。で、小僧共は、あの護衛達を速やかに倒し、一番偉そうに座っておる貴族らしき男を脅して、檻の鍵の在処を聞き出す。どうじゃ?実にシンプルじゃろ?」
トルティヤが話した作戦は恐ろしくも、力ずくなものだった。
「恐ろしく、そして、真っ直ぐでシンプルな作戦だね…」
「だが、それが一番手っ取り早いだろう」
リュウは、背中に差した愛刀の柄に、そっと手を伸ばした。
「ミラは、私に任せて!」
アリアは、力強く頷いた。
「で、あの者らの魔力を探知してみたが、大した力は持っておらんようじゃ。というわけで、お主には頑張ってもらうとするかの」
トルティヤは、サシャにだけ聞こえるように、魔導念波でそう囁いた。
「うん!俺だって…!」
サシャは、自信に満ちた表情で力強く頷いた。
そして、サシャ達は、静かにエフィメラ族の住む里へと歩き出した。




