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第49章:ドラゴニア王国

サシャ達は次の目的地であるドラゴニア王国へ向かっていた。


ドラゴニアに行くためには赤溶峠を通らねばならなかった。

そこは、燃えるような赤色をした岩肌が、ごつごつと天に向かってそびえ立つ山道であり、サシャ達は今、その間を縫うように歩いていた。

岩の隙間からは、生命力の強い、棘のある植物が力強く生え、赤色の景色の中にわずかな緑を添えていた。


「懐かしいのぉ」

トルティヤは、遠い記憶を辿るように懐かしんで呟いた。

その声はサシャのみならず、魔導念波増幅機のおかげでリュウやアリアにも聞こえていた。


「なにか思い出があるの?」

アリアは、興味津々な様子でトルティヤに尋ねる。


「昔、ここで(アフォガード)と戦ったことを思い出してのぉ。あの時は、ボコボコにしてやったがのぉ」

トルティヤは、過去の激闘を思い出すかのように呟く。


「そういえば、トルティヤはアフォガードさんに賞金目的で狙われていたと言ってたもんね」

サシャは、トルティヤが眠っている間にアフォガードから話を聞いていたが、初めて聞いたかのような素振りを見せた。


「そうじゃ。奴も存外しつこくてのぉ…」

サシャ達は、トルティヤの昔話に耳を傾けながら、赤色の峠道をゆっくりと進む。

その時、頭上から二つの影が舞い降りてきた。


「おーっと!そこで止まりな!」

空から、燃えるような赤色の翼と、深みのある紫色の翼をしたドラゴニアの男が、ゆっくりと音もなく着地した。

男たちの手には、それぞれ鋭い刃を持つ薙刀と、磨き上げられた刀が握られていた。


「なんだろう?」

サシャは、突然の事態に戸惑いの表情を浮かべた。


「盗賊か?」

リュウは、警戒の色を露わにし、周囲に目を配る。

すると、赤い翼のドラゴニアの男が口を開いた。


「ここは、我ら誇り高きドラゴニアの地である。我らの地に足を踏み入れたくば、入国料として一人3万ゴールドを我々に支払うのだ!」

ドラゴニアの男は、両手を広げ、道を通せんぼするように仁王立ちしていた。


「え?ドラゴニアって入国料がかかるの?」

サシャは、腑に落ちないといった様子で首をかしげた。


「いや、そんなわけがない。そもそもドラゴニアは昔から多種族の往来が多い国じゃ。わざわざ入国料を取るような国ではないはずじゃのぉ…」

トルティヤは、眉をひそめ、怪訝そうな顔つきをした。


「で、どうするんだ?払うのか?払わないのか?」

赤い翼のドラゴニアの男は、焦れた様子で顔に苛立ちを滲ませた。


「払わないなら、今すぐ来た道を引き返すんだな」

紫色の翼のドラゴニアの男は、低い声で警告するように呟いた。


「んー、ここで引き返すのもな…」

サシャは、腕組みをして迷っていた。

少なくとも目測では、あと少しでドラゴニアの首都であるシュリッアに到着するはずだった。

だが、一人3万ゴールドの支払いは、決して小さくない出費だ。


「サシャ…ここは穏便に…」

リュウが、懐から金貨を取り出し、支払おうとしたその時だった。


「こら!!お前ら、何をしているか!!!」

空から、もう一つの影が猛スピードで現れた。

それは、勢いよく山道に轟音と共に着地した。


「くそ!」

赤い翼と紫色の翼のドラゴニアの男たちは、慌てた様子で大きく翼をはばたかせ、素早く空へと飛び去った。


「なんだったんだ?」

サシャは、空に消えていくドラゴニアの男たちの背中を不思議そうに眺めていた。

すると、先程山道に着地した人物が、サシャ達に力強い声で話しかけた。


「お前たち、大丈夫か?」

目の前には、2メートルはあろうかという巨躯に、岩のように隆々とした筋肉をまとったドラゴニアの男性が立っていた。

彼の桃色の翼は大きく、羽ばたくたびに周囲の空気を震わせる。

下半身は、動きやすそうな軍服らしきズボンを履いているが、上半身は鍛え上げられた肉体を惜しげもなく露わにしていた。

その肌には、数多くの古傷が深く刻まれており、彼が数々の戦いを乗り越えてきた歴戦の勇士であることは一目で分かった。


「あ、ありがとうございます」

サシャ達は、その圧倒的な存在感に少し驚きつつも、感謝の言葉を述べた。


「おうおう、気にすんなって。ドラゴニア王国には入国料なんてもんはないから安心して入国しな!」

男性は、その厳つい見た目に似つかわしくない、朗らかな笑顔を見せた。


「じゃ、俺はこの辺で失礼する!首都はこの先だぜ!」

男性は、背中の巨大な桃色の翼を大きくはばたかせ、力強く空へと飛び立った。


「…なんだったんだろう?」

サシャは、空の彼方へ消えていく男性の背中を見つめながら呟いた。


「すごい筋肉に逞しい羽…やっぱドラゴニアってカッコいいね!」

アリアは、目をキラキラと輝かせながら呟いた。


「お主はそういうのが好みなのか?」

トルティヤは、さり気なくアリアに探るような視線を向けながら尋ねた。


「好み?なにそれ?料理の話?」

アリアは、きょとんとした表情で純粋に尋ね返した。


「ん、んっ…!なんでもないわい。ほれ、行くぞ…」

トルティヤは、ほんのりと顔を赤らめながら咳払いをする。

その様子に、サシャ達は一瞬戸惑いつつも、その後を追って歩を進めた。


「(相変わらず変なの)」

サシャは、内心でそう思いつつも、いつものことだと特に気に留めなかった。


そして、峠道をしばらく歩くと、視界が開け、道幅も広くなってきた。

道には、様々な荷物を積んだ商人らしき者や、武器を携えた冒険者の一行など、多くの人々がそれぞれの目的地へと行き交っていた。


「こんなにも人が行き来しているんだ…」

サシャは、その賑わいぶりに驚いたように呟いた。


「あぁ。さすが大陸の中央に位置する国だけあるな」

リュウも、予想以上の人の多さに、驚きを隠せない様子だった。


そして、さらに歩を進めると、遥か先に巨大な都市がサシャ達の視界に飛び込んできた。


「あれが、シュリッア?」

サシャは、その壮大な光景に目を奪われながら呟いた。


「そうじゃ、あれがドラゴニア王国の首都、シュリッアじゃ」

どうやら、トルティヤはシュリッアのことをよく知っている様子だった。

街は、夕日に照らされて赤銅色に輝き、空高くそびえる塔は、まるで天を突くように林立している。

街全体が、活気と歴史を感じさせる荘厳な雰囲気を醸し出していた。


「すごい大きい街だね!早く行こうよ!」

アリアは、まるで子どものようにはしゃぎながら、

逸る気持ちを抑えきれずに早足でシュリッアへ向かい始めた。


「アリア、待ってよ!」

サシャとリュウも、慌ててその後を追いかけた。


サシャ達はシュリッアの街に入る。


石畳の路地には、年季の入った赤いレンガ造りの建物が軒を連ね、その間を様々な種族が行き交い、活気に満ちた声が飛び交っていた。

街の中央には、赤色の石で堂々とそびえ立つ一本の巨大な塔が、シュリッアの象徴として威圧感を放っていた。


「真っ赤な街だな」

リュウは、周囲を見渡しながら、珍しそうに街の様子を観察している。


「ドラゴニア王国のシンボルカラーは『赤』じゃからのぉ。歴代の国王も全員、赤い鱗を持つ、ドラゴニアから選ばれておるのぉ」

トルティヤが、得意げに詳しく説明する。


「赤いドラゴニアかぁ…赤角竜(レッドホーンドラゴン)みたいな感じかな?」

サシャは、タタラ峠で激闘を繰り広げた赤角竜(レッドホーンドラゴン)を思い出す。


「国王の強さは、あんなドラゴンなんかと比にならん…それよりもワシはお腹が空いたぞ!」

トルティヤが、待ちきれないといった様子で空腹を訴える。


「そうだね!僕もお腹ペコペコだよぉ」

アリアも、満面の笑みでトルティヤの言葉に同意する。


「そうだな」

リュウも、静かに頷いた。


「じゃあ、宿を探そうか!」

サシャ達は、賑わう街中を歩き始めた。


赤いレンガ造りの建物には、薬草の香りが漂う薬局や、武具がずらりと並んだ防具屋、様々な品物が取引される交易所などが入っており、どの建物も商人や冒険者で賑わっている様子だった。


そんな中、少し歩くと、三階建ての趣のある一軒の宿を見つける。

看板には、燃えるような赤い炎の絵と共に「金炎の宿」と書かれていた。


「ここにしよう!」

サシャが即決すると、リュウとアリアも異論はないとばかりに頷いた。


「いい匂いがする!」

アリアは、期待に胸を膨らませて笑みを浮かべていた。

宿の重厚な扉を開ける前から、既に食欲をそそる美味しそうな食事の匂いが漂ってきていた。


「ガチャ」

扉を開けると、広々としたレストランは、鎧を身につけた冒険者や、

堂々とした体格のドラゴニア、そして各地から来たであろう商人達で活気に満ち溢れていた。

テーブル席では、冒険者たちが剣呑な雰囲気で討伐したモンスターの武勇伝を語り合い、隣の席のドラゴニアたちは、故郷の情勢について熱い議論を交わしていた。

そんな中、入口に立ったサシャ達に気づいた、明るい笑顔の看板娘が、きびきびとした動きでこちらに視線を向けた。


「いらっしゃいませ!窓際に空いている席があるからそこに座ってね!」

看板娘は、そう言うと、手際よく飲み物や料理を運び、忙しそうに動き回っていた。


「結構繁盛しているね。さすがは首都の宿屋だ」

サシャは、周囲の活気に感心しながらそう呟き、看板娘に案内された窓際の席に腰を下ろした。

しばらく待っていると、先程の看板娘が笑顔でやってきた。


「ご注文をお伺いします!」


「俺は牛そばを…」

リュウは、落ち着いた声で牛そばを注文する。


「僕は鴨そば!!」

アリアは、はつらつとした声で鴨そばを注文する。


「僕は…」

サシャが、いつものように鶏そばを注文しようとすると、隣に座るトルティヤが、そっと肩に手を置いた。


「ほれ、あそこによさげなメニューがあるではないか」

トルティヤの視線に導かれるように目を向けると、レストランの壁に、手書きと思われるとあるメニューの張り紙が貼られていた。


『メガそば!挑戦者求む!40分以内に食べきればマクレンのリゾート宿泊チケットをプレゼント!失敗したら3万ゴールドの罰金!』


「まさか、やるとは言わないよね?」

サシャは、嫌な予感がして恐る恐るトルティヤに尋ねる。


「何を言うか。やるに…決まっておろう!」

次の瞬間、トルティヤは勢いよくサシャの肩を叩く。

そして、サシャとトルティヤの人格が入れ替わる。


トルティヤは威勢よく看板娘に告げた。


「あの張り紙にあるメガそばに挑戦するのじゃ!」

トルティヤの突然の宣言に、レストランの客たちは一斉にざわめきたった。


「あ、はぁ…。いいですけど、失敗したら罰金として3万ゴールドですよ?それでもいいですか?」

看板娘は、少し心配そうな表情でトルティヤに念を押すように確認を取る。


「構わぬ!必ずや、食べきって見せるゆえ、早く持ってくるのじゃ!」

トルティヤは、自信に満ち溢れた余裕そうな表情を見せる。

それに対して、看板娘は軽く頷くと、厨房に向かって元気な声でオーダーした。


「メガそばの挑戦者が現れました!!」

その言葉に、レストラン内の喧騒はさらに大きくなった。


「お!あれに挑戦する人がいるのか!」


「俺も前に挑戦したけど、あの量には敵わなかったぞ」


「あんな華奢な少年が…絶対に無理だろうな…」

冒険者や商人達は、興味津々といった様子でサシャ達に注目の視線を送る。


「トルティヤ、本当に食べられるのか?」

リュウは、半ば呆れたような表情でトルティヤに問いかけた。


「メガそばってどんなやつだろう!面白そうだね!」

アリアは、周囲の騒ぎを全く気にする様子もなく、呑気に呟いた。


そして、しばらくすると、看板娘がアリアとリュウの注文したそばを運んできた。

その後、恰幅の良い料理長らしき男が、巨大な白い器に山盛りに盛られたそばを、トルティヤの前にドンと音を立てて置いた。


「うわ…すごい量…」

アリアは、その想像を遥かに超える大きさと量に、目を丸くして驚愕する。


「嘘だろ…」

リュウの表情が一瞬険しくなった。


トルティヤの前に置かれたメガそば。

それは、まるで洗面器のような巨大な器に、これでもかと麺が詰め込まれており、その量は少なくとも八人前はあるように見えた。

トッピングには、甘く煮詰めた牛肉と脂が乗った鴨肉、そして柔らかそうな豚肉、さらに香ばしい鶏肉が贅沢に盛り付けられていた。

中央にはとろりとした温玉が3つ鎮座し、その周りには山盛りのネギが添えられている。

更に、おまけと言わんばかりに、香ばしいゴボウの天ぷらが二本、器の縁に立てかけられていた。


「ほう、これは中々に強敵そうじゃ」

トルティヤは、予想を遥かに上回るメガそばの迫力に、思わず息を飲んだ。


「ほら、いわんこっちゃない…こんなの食べられやしないよ」

その様子を見て、サシャは精神世界で両手で頭を抱えていた。


「制限時間は今から40分です!よーい…」

看板娘が、古びた金属製のタイマーを用意する。

そこには、「40:00」と時間が刻まれていた。


「…(負けぬ)」

トルティヤは、静かに決意を込め、箸をしっかりと握りしめた。


「どん!!」

看板娘の勢いのある号令と同時に、トルティヤは素早く箸で大量の麺を掴み上げた。


「ズルルルルル!」

トルティヤは、豪快な音を立てて熱々の麺をすすり始めた。

その顔には、自信と食欲が入り混じった表情が浮かんでいた。


「…俺達も食べるか」

リュウは、自分の前に置かれた牛そばに手を伸ばし、アリアに声をかけた。


「うん!お腹すいたよぉ!」

アリアも、待ちかねたように鴨そばをすすり始めた。


「(結構ボリュームがあるのぉ。食べても食べても減らんのじゃ)」

トルティヤは、一心不乱に麺をすすり続けるが、目の前の麺の山は、なかなか減っていく気配がない。


「味変とかするといいんじゃないかな?」

サシャは、精神世界からトルティヤに冷静に提案する。

テーブルの上には、香辛料として粉末の唐辛子や、乾燥させた柑橘類の皮などが置かれていた。


「それは名案じゃ」

トルティヤは、素直にサシャの提案を受け入れ、粉末の唐辛子を少しだけ麺に振りかけた。


「ズルルルルル」

そして、熱々の麺を、とろりとした温玉に絡めて豪快にすすり上げた。


「これならいけそうじゃ!」

トルティヤは、満足そうに頷きながら、次々と麺を口の中に掻き込んでいく。

しかし、その表情には、先程までの余裕は少し薄れていた。


そして、挑戦開始から30分が過ぎた。


「うっ…結構苦しいのじゃ」

トルティヤの箸を持つ手が、明らかにペースダウンしていた。

既に八割方は食べ終えたものの、まだ二人前はありそうな麺と、牛肉と鴨肉、

そして、香ばしいゴボウの天ぷらが一本、手付かずで残っていたのだ。

その顔には、明らかな疲労の色が見え始めていた。


「…やはりこうなったか」

既に自分の牛そばを完食したリュウは、苦悶の表情を浮かべるトルティヤを見て、半ば呆れたように呟いた。


「頑張れ!もう少しだよ!」

アリアは、両手を握りしめ、懸命にトルティヤを応援していた。


「ワシはもう満腹じゃ、後はお主が食べるのじゃ」

精神世界でトルティヤが、諦めたようにサシャの肩を叩こうとする。


「ちょっと待ってよ!今交代したら外見が変わっちゃう。そしたら、周りから不審がられるよ!」

サシャは、慌てた様子でトルティヤを必死に説得する。


「むむ…確かに一理あるのじゃ」

トルティヤは、サシャの言葉に納得したように、大きく息を吐き出した。

そして、覚悟を決めたように両手を広げた。


「仕方ないのぉ。堕天使の本気を出すとするかのぉ」

そう呟くと、トルティヤは微かに魔力を高め始めた。


「何をしているの?」

サシャは、トルティヤの様子に気づき、精神世界で問いかけた。


「魔力を放出して、ほんの少しでも空腹に近づけているのじゃ。極微量の魔力じゃから、周りの奴らには見えん」

トルティヤがとった、まさかの行動に、サシャは思わずため息をついた。


「それってずるじゃ?」


「裏技じゃ!ずるではないぞ」

トルティヤは、開き直ったように呟いた。


そうして、制限時間の残り時間が5分を切った時、

トルティヤは再び気力を振り絞るように箸を手に取った。


「まだじゃ!」

そして、まるで堰を切ったかのように、豪快に勢いよく残りの麺をすすり始めた。


「おお!すごい勢い!」

アリアは、トルティヤの驚異的な食べっぷりに、目を丸くして驚嘆する。


トルティヤは、怒涛の勢いで残りの麺を食べ進めていく。

熱い麺をすすり、残っていた牛肉と鴨肉を次々と口に運び、最後に残った香ばしいゴボウの天ぷらを満足そうに頬張った。

そして、器に残ったスープを、喉を鳴らしながら飲み干した。


タイマーの数字が進む。

5秒、4秒、3秒、2秒…


そして、最後の1秒の表示と同時に、トルティヤは素早くタイマーのボタンを押した。


「…完食じゃ」

トルティヤの目の前にあった巨大な器は、見事に空っぽになっていた。

その様子に、リュウとアリアはもちろん、固唾を飲んで見守っていた周囲の客たちも、一瞬静まり返った。

次の瞬間、信じられないといった表情から一転、歓声がレストラン全体に響き渡った。


「おお!あの小僧がやったぞ!」


「すげぇ!一体いつぶりの成功者だ!?」


「いい食べっぷりだった!」

客たちは、興奮した様子で一斉に拍手を送った。


その様子を見ていた看板娘も、安堵と喜びの入り混じった笑みを浮かべた。

そして、サシャ達の席に近づき、深々と頭を下げた。


「見事な食べっぷりでした。制限時間にも間に合いましたね」


「(本当にやるとはな…ったく、大した奴だ)」

リュウは、騒然としたレストランの様子を眺めながら、ほんのりと口元を緩めた。


「こちらが景品のリゾート宿泊券になります」

看板娘は、丁寧に折り畳まれた便箋に入った宿泊券を、トルティヤに手渡した。


「…ふむ」

トルティヤは、満足そうにそれを受け取った。

だが、その直後、まるで胃袋が破裂しそうなほどの激しい満腹感が、彼女を襲った。


「ふぇっ…もうダメじゃ…」

トルティヤは、ぐったりとした様子でテーブルに突っ伏した。


「うわ!大丈夫!?」

アリアが、慌てた様子でトルティヤに駆け寄る。


「まったく、世話が焼けるやつだ…すまないが、部屋を一つ頼む」

リュウは、苦笑しながら看板娘に部屋の手配を頼んだ。

そして、看板娘はすぐに部屋の鍵をリュウに持ってきた。


「アリア、肩を貸してくれ」

リュウが、ぐったりとしたトルティヤの肩を担ぐ。


「うん!」

アリアも、もう片方の肩を支えた。


そして、サシャ達は、看板娘に案内された宿の部屋へと向かった。


「ガチャ」

リュウが、部屋の扉を開ける。


部屋は、外観と同じように赤いレンガが美しく積み上げられた壁が特徴で、

壁にはドラゴンの鱗を模したと思われるオブジェが飾られていた。

室内には、どっしりとした木製のテーブルとシンプルなソファ、そして清潔に整えられたベッドが3つ置かれていた。


そのうちの一つに、リュウはぐったりしているトルティヤを、そっと横にした。


「うぷ…食べすぎたのじゃ」

トルティヤは、今にも吐き出しそうなほど満腹の様子だった。


「まったく…無理をするからだ」

リュウは、呆れた表情を浮かべながらも、どこか安心したような眼差しでトルティヤを見つめた。


「というわけじゃ。ワシはもう休むゆえ、後は任せるぞ」

トルティヤは、ぐったりとしたままサシャの肩を叩いた。

そして、トルティヤとサシャが入れ替わる。


「う…めっちゃ苦しい…」

当然、同じ肉体のため、強烈な満腹感がサシャを容赦なく襲う。


「胃薬あげるよ!」

アリアが、心配そうにポーチから黒い丸薬を取り出した。


「ありがとう…」

サシャは、よろよろと起き上がり、アリアから受け取った黒い丸薬を飲むと、再びベッドに倒れ込んだ。


こうして、怒涛の大食いチャレンジを終え、サシャ達は、宿で休むことになった。

もっとも、サシャは、ただ苦しみ損で終わっただけだったが…。

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