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第47章:紅蓮と黒翼

暖かな風が吹き抜ける荒涼とした大地の中、トルティヤとベンガルは向かい合っていた。

二人の間には、先ほどの激戦の爪痕が生々しく残り、焼け焦げた地面や、微かに煙を上げる岩などが散見された。


「アフォガードさん…間に合わなくて、ごめん」

精神世界にいるサシャは、アフォガードの亡骸を見つめ、痛ましい表情を浮かべていた。


勝利者の矛についての情報は、アフォガードの存在なくしては、もはや得られないものだった。

そして、なんだかんだと、サシャたちの面倒も見てくれた恩もあった。


「悲しいか?じゃが、(アフォガード)は多くの思いを背負い、己の信じる道を戦い抜いた。今は、悲しみに暮れるよりも先に、(アフォガード)の思いを果たすのが先じゃ」

トルティヤの周囲には、普段よりも一層強く、濃密な魔力が渦巻いていた。

それは、彼女の内に秘めたる強い決意の表れだった。


「…では、遠慮なく行くぞ」

トルティヤは、静かに魔法を唱える。


「雷魔法-聖者の鉄槌(せいじゃのてっつい)-」

トルティヤの頭上で、眩いばかりの光が集束し、巨大な雷の拳が形成された。

それは、凄まじい速度でベンガルに迫る。


「むっ!(さっきの戦いで、水魔法を司る心臓を失ったか。それならば…)」

ベンガルは失った心臓が司る魔法は、水魔法であることを理解すると、トルティヤの魔法を迎え撃つための術を思案する。


「土魔法-断崖昇地(だんがいしょうち)-!」

次の瞬間、ベンガルの足元の荒れた地面が、轟音と共に隆起し始め、瞬く間に巨大な岩の壁へと変貌した。


「ドコーン!」

雷の拳は、巨大な土の壁に激突し、爆音と共に四散した。


「それで終わりなわけなかろう!」

トルティヤは、最初の攻撃が防がれたのを確認するよりも早く、既に次の魔法の準備に取り掛かっていた。


「火魔法-神聖なる煌鳥セイントスパーキングバード-!!」

トルティヤの頭上で、今度は燃え盛る炎が集束し、巨大な火の鳥の形を成した。

それは、まるで生きているかのように羽ばたき、周囲の空気を焦がすような熱気を放ちながら、鋭い鳴き声を上げ、ベンガル目掛けて一直線に飛翔していった。


「火属性か。それならば…溶岩魔法-火竜の鎧-!」

迫りくる炎の鳥に対し、ベンガルは即座に魔法を唱えた。

彼の身体を覆うように、赤黒い溶岩が噴出し、瞬く間に全身を覆った。


「ズドーン!!」

巨大な火の鳥は、溶岩の鎧を纏ったベンガルに激突し、爆発的な炎を撒き散らした。


「まだじゃ!!」

トルティヤは、一体の火の鳥が消滅するのとほぼ同時に、さらに一体の火の鳥を放った。


「ぐぅぅぅぅ!」

ベンガルは、二度目の火の鳥の直撃に、体内で熱が渦巻くのを感じながらも、溶岩の鎧のおかげで辛うじて耐え凌いでいた。


「その鎧、固めてやろうかの!水魔法-断罪の礫(だんざいのつぶて)-!」

トルティヤは、立て続けに魔法を繰り出す。

今度は、彼女の周囲に無数の水の塊が凝縮し、高密度に圧縮された礫となって襲いかかる。


「そこで水魔法か!ならば!」

トルティヤの属性の連撃に対し、ベンガルは即座に対応する。


「溶岩魔法-灼熱の合成獣(フレイムマンティコア)-!」

ベンガルが力強く魔法を唱えると、彼の目の前の空間に、複雑な紋様を描く紅蓮の魔法陣が浮かび上がった。

そこから、煮えたぎるような溶岩の体を持つ巨大な魔獣が、咆哮と共に姿を現した。


魔獣の頭部は獰猛な獅子、胴体には巨大な翼が生え、尻尾の先にはサソリの尾があった。

全身からは、絶えず赤い溶岩が滴り落ち、周囲の地面をジュウジュウと焦がしていた。


「ガオォォォォ!!!」

魔獣は、大地を揺るがすほどの強烈な咆哮を上げ、その咆哮は、衝撃波となって空気を震わせ、トルティヤが放った二体の火の鳥と無数の水の礫を、強大な力で打ち消した。


「むぅ…(魔獣まで召喚するとは、やりおるのぉ)」

トルティヤは、予想外の展開に、僅かに悔しそうな表情を浮かべた。


「あんな生物、見たことがないよ…」

精神世界から、戦いの様子を見守っていたサシャは、出現した異形の魔獣の姿に、驚愕の声を上げた。


魔獣。

それは、この世界には通常存在しないとされている生物の呼称である。

多くの場合、特定の高度な魔法によって、別次元から一時的に召喚できるとされているが、その詳しい原理は、未だに解明に至っていない。

ただし、使役する者の魔力を激しく消耗するため、そのような魔法自体、極めて扱いが難しいとされている。


「いけ!」

全身を溶岩の鎧で覆ったベンガルが、魔獣に向かって命令する。


魔獣は、命令に応えるように、再び雄叫びを上げると、巨大な首をもたげ、燃えるような瞳でトルティヤを睨みつけた。


「まずいの…土石魔法-土の硬球体(サンドハードコア)-!」

魔獣の動きを察知したトルティヤは、素早く魔法を唱えた。

荒れた地面が再び激しく振動すると、土砂が集まった。

そして、轟音と共に巨大な土状のドームが出現し、トルティヤとアフォガードの亡骸を完全に包み込んだ。


次の瞬間、魔獣の口から、強烈な炎が奔流のように吐き出された。

それは、まるで燃え盛る炎の大河のようであり、広い範囲を瞬く間に飲み込んだ。


「ゴゴゴゴゴゴ…」

業火は、荒野に点在していた倒木や枯れ草を瞬時に灰燼と化し、全ての生命を焼き尽くさんばかりの凄まじい熱量と破壊力だった。


「くっ…(なんて強力な炎じゃ)」

円形の土のドームは、降り注ぐ炎を辛うじて防いでいるものの、その熱量は凄まじく、ドームの表面は赤く焼け付き、ところどころに亀裂が走り始めている。


「(長時間こいつ(魔獣)は長く召喚できん。早めに決着をつけねば)」

ベンガルの表情には、僅かな焦りの色が浮かんでいた。

先ほどのアフォガードとの激戦において、水魔法を司る心臓を失った影響は大きく、そ魔力は、普段の半分近くまで消耗していたからだ。


「もっと…強くだ!」

ベンガルは、魔獣に向かって、さらに強い炎を吐き出すように命令した。


それに応えるように、魔獣の口から噴き出す炎は、さらに勢いを増し、より高温へと変化した。

その炎は、先ほどよりも一層激しく土のドームを焼き付ける。


「ぐっ…なんて強力な炎じゃ」

トルティヤも、土のドームに自身の魔力を絶えず注ぎ込み、その強度を維持しようと必死だった。

しかし、魔獣の炎の勢いは衰えず、ドームの表面は、まるで溶けるように剥がれ落ちつつあった。


その時、精神世界内のサシャが、心配そうな表情でトルティヤの伸ばされた手をそっと握った。

そして、自身の魔力を、トルティヤへと送り込んだ。


「小僧…」

トルティヤは、サシャの行動に驚く。


「次こそは、絶対に勝つんだろ?…だから…勝って…」

そう呟くと、サシャは、力を使い果たしたように、その場にふわりと倒れた。


「本当に、お人好しがすぎるのじゃ」

トルティヤは、意識を失ったサシャに、優しく微笑みかけつつ、再び目の前の厳しい状況に意識を集中させた。


「はぁぁぁぁっ!」

トルティヤは、サシャから分け与えられた魔力も加え、自身の魔力を最大限にまで高めた。

すると、剥がれかけていた土の壁は、みるみるうちに修復され、その強度を取り戻していく。


「くそ…これ以上は、魔力がもたない。解除だ」

土のドームの状況を冷静に判断したベンガルは、苦渋の表情を浮かべながら、魔法を解除した。


魔獣は、まるで熱を失った灰のように、ドロドロと音を立てて溶け崩れ、やがて完全に消滅した。

そして、魔獣の炎の脅威が去ったのを確認したトルティヤも、土状のドームを解除した。


「危ないのぉ…じゃが、その様子だと、相当魔力を持っていかれたようじゃな」

トルティヤは、ベンガルの疲労の色を窺うように問いかけた。


「ふん。あれくらい、どうということもない」

そう呟くと、ベンガルは静かに目を閉じた。


「まさか、この力を解放する時が来るとはな…」

次の瞬間、ベンガルの静止した肉体から、三つの魔力が、まるで煙のように立ち上り始めた。

三つの魔力は、空中で激しくぶつかり合いながらも、徐々に一点へと凝縮され、やがてベンガルの肉体を、強烈な光の奔流となって包み込んだ。


「なんじゃ……これは?」

トルティヤは、ベンガルの身に起こった異変を目の当たりにし、驚愕の表情を隠せないでいた。


「ぬぉぉぉぉぉぉぉ!!!!真・溶岩魔法-武装炉心(アサルリアクター)-!」

凝縮された強大な魔力が限界を超えた瞬間、ベンガルは全身から迸るエネルギーを解き放つように、天地を揺るがす雄叫びを上げた。

そして、ベンガルの体を包んでいた凝縮された魔力は、眩いばかりの光を四方八方に解き放ち、周囲の景色を一瞬にして白く染め上げた。


「なんという魔力…そして、エネルギーじゃ……」

トルティヤは、迸る強烈な光芒に思わず腕で目元を覆った。


そして、全てを白く染め上げていた眩い光が収束すると、そこには先ほどまでの面影を残しつつも、異質な威圧感を放つベンガルの姿があった。


彼の全身の皮膚は、煮えたぎるマグマのような深紅に染まり、表面はゴツゴツとした赤黒い岩石が不規則に隆起し、まるで生きた火山岩のようだった。

頭髪は、燃える炎のような鮮烈な朱色へと変貌し、逆立ち、周囲の空気を焦がすような熱気を帯び、体からは朝日のように輝く白いオーラを放っていた。


「貴様は、俺には勝てん。この力の前に絶望し、ただただ己の無力を嘆くとよい」

ベンガルの口から発せられた言葉は、自信に満ち溢れ、絶対的な力を誇示していた。


「…」

そして次の瞬間、ベンガルの姿が、トルティヤの前から掻き消えた。


「なに!?……」

トルティヤは、瞬時に周囲を見渡し、迫りくる脅威を探した。


「ここだ」

背後から、熱を帯びた低い声が響いた。

振り返ると、そこには、拳全体を燃え盛る炎で覆ったベンガルが、殴りかかろうとしていた


「むっ!」

トルティヤは、僅かに反応が遅れた。

そして、燃え盛る拳が、容赦なくトルティヤの頭部を捉えた。


「がはっ……」

強烈な衝撃が脳を揺さぶり、トルティヤは悲鳴を上げる間もなく、大きく吹き飛ばされた。

肉体は荒涼とした大地を何度も激しく転がり、砂塵を巻き上げながら、遥か後方へと飛ばされる。


「こんなものでは、終わらぬ!」

ベンガルは、吹き飛ばされたトルティヤを追撃するため、再び目にも止まらぬ速度で地面を蹴り上げ移動をした。


「ぐっ…(骨も少し折れたかのぉ)」

激しい衝撃に全身の骨が軋む。

トルティヤは、辛うじて体勢を立て直そうとするが、脳の強烈な揺れにより、視界が激しく歪み、平衡感覚を失っていた。

その朦朧とした視界の先に、ベンガルが再び姿を現す。


「どうした、魔導師?さっきまでの勢いは、どこへ消えた?」

ベンガルは、先ほどよりもさらに高温を発する、赤黒い炎を纏った拳を振りかざした。


「っく…風魔法-風雲月露(ふううんげつろ)-」

トルティヤは、激しく揺らぐ意識の中で、魔法を唱えた。

彼女の周囲に、目に見えない強烈な風の渦が巻き起こり、それが幾重にも重なり合い、歪んだ半透明のバリアを形成する。


「ええい…鬱陶しい!!」

ベンガルは、風のバリアによる抵抗に苛立ちを覚え、無理に押し込もうとするが、強烈な風圧に阻まれ、たまらず後方へと跳び退いた。


「はぁ…はぁ…やるではないか…」

トルティヤは、荒い息をつきながら、必死に歪む視界を抑えようとした。


「こんなものではないぞ…」

ベンガルは、再び強大な魔力を凝縮させながら、新たな魔法を唱える。


「溶岩魔法-偉大なる大地の讃美歌グレートグランドカンターレ-!」

次の刹那、荒涼とした大地の地面が、激しい轟音と共に割れ始めた。

そこから、煮えたぎるマグマが噴出し、巨大な竜巻となって天へと昇っていく。


竜巻の中心部は、灼熱の溶岩が渦巻き、周囲には、赤熱化した巨大な岩石が、まるで惑星の衛星のように猛烈な速度で回転しながらまとわりついていた。

竜巻全体からは、凄まじい熱気が放出され、周囲の空気を揺らし、草木を瞬時に焼き焦がす。

それは、天災を彷彿とさせるほどのエネルギーと魔力を放っていた。


「(仕方ない…小僧、すまぬが、この肉体をしばらく使わせてもらうとするぞ)」

トルティヤは、傍らで意識を失い倒れているサシャを一瞥すると、静かに口を開いた。


「天に泣きて天を憎め。滅びの歌を奏で全てを無に帰せ」

重々しい詠唱が響き渡ると同時に、トルティヤの全身から漆黒の、禍々しいオーラが噴き出した。

それは、かつてアルパサでマリと対峙した際に解放した、堕天使としての本来の力だった。

その姿は完全に生前のものへと回帰し、背中には、トレードマークである漆黒の巨大な翼が、ゆっくりと姿を現した。


「…」

一方で、精神世界にいるサシャは、床から現れた透明な水晶の球体に包み込まれ、無数の黒い鎖で厳重に封印された。


「少しの間、眠りについておるがよい」

トルティヤは、水晶に包まれたサシャを、複雑な表情で見つめながら、静かに呟いた。


「ほう、貴様の正体は、堕天使であったか。まさか、生きている個体が存在するとは…」

ベンガルは、変貌したトルティヤの姿を冷静に観察し、その正体を言い当てた。


「さっきまでの、ワシだと思うでないぞ」

トルティヤは、漆黒の翼をゆっくりと広げながら、強大な魔力を周囲に漲らせ、新たな魔法を唱えた。


「無限魔法-真・海竜の慟哭(かいりゅうのどうこく)-!!」

トルティヤの足元に、眩い青色の巨大な魔法陣が展開した。

そこから、二つの首を持つ、巨大な青色の海竜が、咆哮と共に姿を現した。


海竜は、鋭い爪と牙を持ち、それぞれの首には、威圧的な赤い瞳が宿っていた。

そして、巨大な翼をゆっくりと羽ばたかせ、周囲に強烈な風圧を起こしながら、悠然と空へと舞い上がった。


「ほう。貴様も、魔獣を操るとは…面白い!面白いぞ、堕天使!!」

強敵の出現に、ベンガルの魔力がさらに増大していく。


溶岩の竜巻も、その勢いを増し、巻き込まれる岩石の数と速度を増しながら、ゆっくりと、しかし確実にトルティヤへと迫ってきた。


その異様な光景は、遠く離れたパナンの街からも、はっきりと視認できた。


「あれは、なんだ…この世の終わりなのか?」


「炎の竜巻?」


「なんという魔法なんだ…」

住人たちは、空を見上げ、その信じがたい光景に戦慄していた。


「父上…」

住人の避難誘導にあたっていたカタラーナは、空にそびえ立つ炎の竜巻を目の当たりにし、絶望的な表情で呟いた。


「ゆくのじゃ!」

トルティヤは、空を舞う双頭の海竜に向かって、静かに命令を下した。


海竜は、二つの首の額に輝く紋章を青白く光らせると、ゆっくりと巨大な口を開いた。

そして、そこから、周囲の空気をビリビリと震わせる紫色の稲妻を纏った、巨大な水の奔流を、目標である溶岩の竜巻に向けて勢いよく吐き出した。


「ドシャー!!!!」

紫電を纏った水流は、灼熱の溶岩竜巻に正面から激突し、凄まじい水蒸気を発生させ、周囲一帯を瞬く間に濃密な白い煙で覆い隠した。


「くっ…」

トルティヤとベンガルの周囲は、完全に白い煙に包まれ、視界は極端に悪くなった。


「(だが、かえって好都合!見えるぞ!貴様の魔力が!)」

ベンガルは、視界が遮られたことを逆手に取り、魔力を高め、トルティヤから発せられる微かな魔力を感知した。


「ここだぁああ!!!!」

ベンガルは、全身にマグマを纏わせ、両拳を標的へと突き出し、高速で回転しながら、トルティヤがいるであろう場所へと、猪突猛進に突っ込んでいった。


「!!」

トルティヤは、完全に視界の外からの、予期せぬ高速攻撃に、反応することができなかった。


そして、避けようのない瞬間が訪れた。


「ザシュッ……」

ベンガルの繰り出したマグマを纏う拳は、抵抗する間もなく、トルティヤの胴体を深々と貫いた。


鮮血が勢いよく飛び散り、トルティヤの体は、地面にドサッと倒れ伏す。

そして、真紅の炎に包まれた。


「…俺の、勝ちだ」

ベンガルは、荒い息をつきながら、勝利を確信し、静かに宣言した。

その時だった。


「誰が、勝ちじゃと?」

濃密な煙の中から、聞き慣れた声が響いた。


「む…」

ベンガルは、声のした方向へと警戒しながら顔を向けた。

そして、ゆっくりと白い煙が晴れていく。


「なぜ、生きている……?」

煙が完全に晴れた場所に立っていたのは、先ほど確かに倒したはずのトルティヤだった。

ベンガルは、信じられない光景を前に、困惑の色を隠せないでいた。


「無限魔法-天折残透(てんせつざんとう)-…ワシの魔力の半分を与えた、本物と寸分違わぬ「生きた残像」を生み出し、自身の魔力の流れを完全に消す魔法じゃ」

トルティヤは、涼やかな表情でそう呟くと、先ほどベンガルが攻撃した場所に倒れていたはずの自身の残像の方に、視線を向けた。


「…残像だと?」

ベンガルが、訝しげにトルティヤの視線を追うと、そこには、人影はなく、マグマの熱で地面が激しく燃えているだけだった。


「そういうことじゃ…油断したのぉ」

トルティヤは、ベンガルの隙を突いたことを悟り、小さく呟くと、再び魔法を唱え始めた。


「無限魔法-真・茨の呪縛-!」

ベンガルの足元の荒れた地面から、黒い茨が、まるで生き物のように勢いよく生え出し、彼の足首に絡みつこうとする。


「ちっ!」

だが、ベンガルは、迫りくる茨を察知し、地面を強く蹴り上げ、辛うじて空中に飛び上がり、その拘束を回避した。

そしてそのまま、黒く固まったマグマの竜巻だったものへ飛び移る。


「逃げられぬぞ!」

トルティヤは、逃れたベンガルを逃すまいと、魔法の制御によって茨を鞭のように伸ばし、追いかける。


「はっ!!!!」

ベンガルは、迫りくる茨に対し、両手に形成した炎の剣を、次々と投げつけた。

炎の剣は、空中で弧を描き、茨に命中すると、瞬時に燃え上がり、黒い煙を上げながら焼け焦げ、消滅していった。


「(くそ…魔力が、僅かしか残っていない…!)」

ベンガルの顔には、焦燥の色が濃く浮かび上がっていた。


「往生際の悪いやつじゃのぉ。無限魔法-堕天使の聖槍-」

トルティヤが、静かに魔法を唱えると、彼女の右手に、黒曜石のような深淵の色と、太陽のような黄金色の輝きを放つ、禍々しい槍が出現した。

そして、トルティヤは、その槍をしっかりと構え、静かにベンガルの方へと飛んでいく。


「(近接戦か!好都合だ!)よかろう…!溶岩魔法-魔神の戦斧(まじんのせんぷ)-!」

トルティヤが間合いを詰めてくるのに対し、ベンガルは、最後の力を振り絞り、右手に巨大な戦斧を出現させた。


斧の刃は、赤く焼け焦げた溶岩でできており、今にも砕け散りそうなほど高温を発していた。


「ガキィィィン!!!!」

そして、槍と斧が激しく衝突し、周囲の空気を切り裂くような、けたたましい金属音が荒野に響き渡った。

打ち合うたびに、衝撃波が四方八方に広がり、固くなった溶岩を削り取り、二人の周囲には、まるで竜巻のような激しい剣戟の嵐が巻き起こる。


「くっ…再生魔法…」

ベンガルの肉体は、槍の斬撃によって徐々に削られていく。

そして、失われた部位を再生させようと、再生魔法を試みるが発動しなかった。


「(なに…?魔力の放出が限界を超えたからか?)」

ベンガルは再生魔法が発動しないことに驚きを隠せずにいた。


「どうした?体が再生せぬことに、驚いておるのか?」

トルティヤの体も、ベンガルの繰り出す斧による斬撃で、僅かずつ傷つき、純白のローブの一部は高熱で焦げ付き、焼け爛れていた。


「おのれ…!」

追い詰められた焦りからか、ベンガルの繰り出す斧の攻撃は、徐々に単調になり、隙が目立つようになっていく。

そして、強烈な一撃を繰り出そうと、大振りになった瞬間を、トルティヤは見逃さなかった。


「そんな攻撃、受けるまでもないわ!」

トルティヤは、ベンガルの振り下ろされた斧を、紙一重で身を翻して回避すると、カウンターとばかりに、鋭い聖槍を、無防備になったベンガルの心臓目掛けて、容赦なく突き刺した。


「グサッ!!!!」

鈍い音と共に、聖槍の穂先は、ベンガルの心臓を深々と貫いた。


「くっ…まだだ…!」

心臓を貫かれるという致命的な痛みに悶えながらも、ベンガルは最後の力を振り絞り、渾身の力で巨大な戦斧を振り下ろした。

その執念の一撃は、トルティヤの胸部を深く斬り裂いた。


「…うっ」

トルティヤは、激しい痛みに顔を歪ませる。

深紅の血が、斬られた胸部から溢れ出し、肉が焼け焦げ、抉られるような感覚が、彼女の意識を揺さぶる。


「はぁ…はぁ…まだ…終わらない…」

ベンガルが、心臓に突き刺さった聖槍を、苦悶の表情で掴み、引き抜こうとした、その時だった。


「ドクン!」

ベンガルの胸の中で、残っていた最後の心臓が、力強く、そして大きく脈打った。

その鼓動は徐々に早くなっていく。


「うっ…うぉぉ…」

その瞬間、ベンガルは、口から大量の鮮血を噴き出した。

そして、ベンガルの肉体からオーラが消えると同時に赤くなっていた肉体は徐々に元の色に戻る。


「はぁ…はぁ…どうやら、魔力切れのようじゃのぉ…」

トルティヤは、深々と斬られた胸の傷を、苦痛に顔を歪ませながら押さえ、掠れた声で呟いた。


「くっ…堕天使は、不死身なのか…」

ベンガルは、もはや抵抗する力も残っていないことを悟ったかのように、自嘲気味に呟いた。


「…ほら」

そして、最後の力を振り絞り、懐から何かを取り出し、トルティヤに向かって投げつけた。


トルティヤは、反射的にそれを掴み取った。


「これは…勝利者の矛(ウィナーズスピア)?」

トルティヤは、受け止めたものを見て、驚きの声を上げた。

それは、透明なの小箱の中に大切に収められた、勝利者の矛(ウィナーズスピア)の、刃の部分だった。


「これが、欲しいのだろう?どうせ、俺の命は、もうすぐ尽きる…持っていけ…」

ベンガルは、虚ろな瞳でトルティヤを見つめながら、最後の言葉を絞り出した。


「…確かに、受け取った」

トルティヤは、ベンガルの差し出した勝利者の矛の刃を、しっかりと見つめ、静かに頷いた。


「…だが、これだけで、公爵様の野望を…止められると思うな…」

ベンガルは、最後の力を振り絞り、警告するように呟いた。


「ふん。負け惜しみか」

トルティヤは、ベンガルの言葉を一蹴するように、冷淡に言い放った。


「ま、今に…分かる…さ…」

そして、ベンガルの体は強大なエネルギーを使った反動からか、塵のようにボロボロと崩れていき、その命の灯は、静かに消えようとしていた。


「(公爵様…お役目を果たせず、申し訳ございません…そして、みんな…すまない)」

ベンガルは、公爵と仲間に心の中で詫びると、ゆっくりと、静かに目を閉じた。


そして、体が崩壊し、残骸は砂のようにボロボロと崩れ、風に乗って飛んでいった。

そこには地面に刺さった槍だけが残っていた。


「…最後まで強情な奴じゃった」

トルティヤは、荒涼とした大地に、力なく座り込んだ。

激しい戦闘の疲労が、全身を重く覆い、先ほどベンガルに斬られた胸部の傷からは、依然として大量の鮮血が流れ続けていた。


「少し、無茶をしすぎたのぉ……無限魔法-聖なる羽衣-」

残された僅かな魔力を振り絞り、トルティヤは魔法を唱えた。

彼女の体を、柔らかな水色の光のベールが優しく包み込んだ。


「(少し…時間が必要じゃな…)」

そして、トルティヤは、ゆっくりと、静かに目を閉じた。

その顔には、強敵を打ち倒し、目的の品を手に入れたことからくる、深い安堵の色が浮かんでいた。

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