第45章:復讐と因果
パナンの北西の住宅街の屋上。
曇り空が広がるパナンの住宅街の屋上でグレイとリュウは静かに向かい合った。
「聞いたぞ。貴様はキサラギ家の人間だと」
グレイは柄に手を添えた大太刀を構え、その切っ先をリュウに向け、低い声で静かに尋ねる。
「ふん。それだったらなんだ?」
リュウは抜き放った愛刀を水平に構え、冷静な眼差しで言葉を返す。
「俺は知っている。俺の家族が死んだのは、貴様らキサラギ家のせいだとな!」
次の瞬間、グレイは屋上の石畳を蹴りつけるように踏み込み、全身の力を大太刀に乗せて、一直線にこちらに向かってくる。
「何の話だ?」
リュウは迫りくる大太刀の一閃を、寸分の狂いもなく自身の刀で受け止める。
「ギィィィン!」
けたたましい金属音が夕焼け空に響き渡る。刀と刀が激しくぶつかり合い、火花が散る。
二人はそのまま拮抗し、鍔迫り合いにもつれこむ。
互いの刀から伝わる圧力は、骨を軋ませるほど強烈だった。
「とぼけるな。アシハラ家の恨み、果たさせてもらうぞ!!」
彼の握る大太刀に、一層力がこもり、刀身が僅かに軋む音が聞こえた。
「(予想以上の力だ…!)」
リュウは刀を握る手に、全身の神経を集中させ、拮抗する力に対抗した。
「はっ!」
膠着状態を破るように、グレイは渾身の力を込めて大太刀を強引に振り下ろす。
「ぐっ!!」
リュウは、迫りくる破壊的な一撃を辛うじて受け止めるも、
衝撃波のような力に、一瞬態勢が崩れ、体が後方に僅かにのけぞる。
「そこだ!!」
体勢を立て直す間もなく、グレイの突きが飛ぶ。
研ぎ澄まされた刀身は、空気抵抗を感じさせないほど速く、疾風のように空を切った。
「しっ!」
リュウは、研ぎ澄まされた刃が自身の喉元を捉える寸前、
紙一重で上半身を横に滑らせて突きを避ける。
「かわしたつもりだろうが、甘い!!」
次の瞬間、グレイの大太刀は、勢いを殺すことなく、横に大きく傾く。
そして、薙ぎ払うように弧を描きながら大太刀を振った。
「ぐっ!」
リュウは、咄嗟に後ろに跳躍しようとするが、僅かに反応が遅れた。
「ズバッ!」
鋭利な刃が、リュウの腹部を掠るように浅く斬り裂いた。
「くっ…中々やるな」
リュウは、着地と同時に数歩後方に飛び退き、グレイとの距離を確保すると、腹部の傷口を睨みつけた。
「俺の剣術はこんなものではないぞ」
グレイは、再び大太刀を水平に構え直す。
「ふん…そうだ、お前がやられる前に聞いてやる。アシハラ家とはなんだ?」
リュウは、激しい攻防の中で頭の中に浮かんでいた疑問をグレーにぶつける。
「なんだと?」
グレイは、リュウの意図を測りかねたように、怪訝な表情をする。
「やはりキサラギ家の人間は冷酷だ。自らが滅ぼした一家の名すら覚えていないとはな」
グレイは、信じられないといった様子で呆れたように呟く。
「滅ぼしただと?」
リュウは、グレイの言葉の意味が理解できず、困惑の表情を露わにする。
「お前には…言っても無駄な話だ」
グレイは、リュウの反応を見て、諦めたようにそう呟くと、
遠い記憶を辿るように過去について回想をする。
18年前 偽善国首都 摂戸 雪夜城にて。
白銀の世界に包まれた雪夜城の一室では、国内の有力な領主達による重要な議会が、重々しい雰囲気の中で行われていた。
「ですから、このままでは国内の産業は廃れてしまいます!軍備拡張よりも国内の農業や産業にこそ、力を入れるべきです!」
加近の領主、ビンロウ・アシハラは、机上で拳を握りしめ、強い口調で自らの主張を繰り返す。
「アシハラ殿、何を言っている?だからこそ、隣国に進軍して不足している物資を得るのだろう?」
近くに控えていた、高貴な紫色の袴を身につけた、どこか人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる男が、ビンロウの意見を鼻で笑うように呟く。
「キサラギ殿の言う通りだ。国力なくして繁栄なし。これは道理というものですぞ」
ビンロウの真正面に座る、鬼面をかぶった男が、低い声で念を押すように呟く。
その仮面の奥に隠された表情は窺い知れない。
「お二方の言うことも、もっともであるとは思います。しかし、我々領主の使命は、何よりも民の安寧を守ること…無益な戦争を起こせば、多くの民が命を落とし、もし負ければ国そのものが衰退してしまう。それならば、地道ではありますが、国内の農業や産業に力を入れ、民の生活を安定させることこそが、皆を守る最善の策ではないでしょうか」
ビンロウは、必死の面持ちで、他の領主たちを説得しようと声を張り上げる。
「アシハラ殿…戦う前から、敗北することを前提に考えているような武士が、一体どこにいるというのですか?」
キサラギと呼ばれた、紫色の袴を着た男は、大袈裟なため息をつきながら、呆れたように呟く。
「ぐっ…」
その言葉に、ビンロウは言葉を詰まらせ、返す言葉が見つからなかった。
「その辺になされよ」
議論が白熱していく中、議場の奥、豪華な装飾が施された御簾の奥に控える人影が、低い声で静かに呟く。
「…天子様、失礼いたしました」
ビンロウと紫色の袴を着た男は、御簾の奥に向かって慌てて頭を下げ、恭しく礼をする。
「毎度言うように、この場は各領土の現状を報告し、情報を共有する場だ。戦争がどうこう語る場所ではないのだ。皆で手を取り合い、魏膳を豊かにしていく。それでいいではないか」
天子と呼ばれた男が、御簾の奥から、諭すような口調で呟く。
「申し訳ありません。つい、民のことを思うあまり、熱が入ってしまい…」
ビンロウは、冷や汗を滲ませながら、天子に深々と頭を下げ、謝罪する。
「お見苦しいところをお見せして、誠に申し訳ございません(くそ…アシハラ家の発言力は大きすぎる…今後のために、なんとか手を打たねば)」
キサラギは思惑を企てつつ、天子に先ほどの態度を改め、恭しく謝罪する。
数カ月後 同国 加江銀乃沢城 にて。
鬱蒼とした木々に囲まれた、山間の静かな銀乃沢城。
しかし今、その静寂は、兵士たちの騒然とした声によって破られていた。
「やめろ!私は、謀反など、決して起こそうとしていない!!黎英と手を組んだりなどしていない!」
そこには、白装束に縄で縛られ、屈辱に顔を歪ませたビンロウと、その家族が、キサラギ家の軍勢によって無慈悲に連行されていく姿があった。
城の周囲には、不安げな表情を浮かべた領民たちが集まっている。
「まさか、あのビンロウ様が、このようなことを…」
「この売国奴め!見損なったぞ!!」
「我々は、ビンロウ様を名君だと信じていたのだが…その見立ては、間違っていたというのか」
領民たちは、連行されていくビンロウの姿を、信じられないといった面持ちで見つめ、ヒソヒソと噂し合っていた。
一方で、銀乃沢城のひっそりとした裏門では…
「こちらです…追手が来ぬうちに」
粗末な身なりをした一人の付き人と、小さな男の子が、涙を流しながら城を脱出していた。
8年後 黎英の山奥にて。
粗末な小屋の前に、一人の少年は立っていた。
少年は、手にした長い木の枝を、懸命に空中で振り回し、剣の稽古のような動きを繰り返している。
そこに、所々破れた粗末な着物を身につけた、すっかり老いぼれた付き人の男が、
杖をつきながらゆっくりと近づき、声をかける。
「アサギ様…どうか、わたくしの言葉を、そのままお聞きください。あなたのお父様は、それはそれは…心優しいお方でした」
付き人は、皺だらけの顔に深い悲しみを湛え、枯れたような口調で、絞り出すように呟く。
「とても、謀反など、企てるようなお方には、決して思えませんでした。恐らく…キサラギ家の卑劣な計略に、まんまと嵌められてしまったのでしょう」
付き人は、遠い目をしながら、悔しそうな表情を浮かべる。
「キサラギ家?」
その言葉を聞いた瞬間、アサギと呼ばれた少年は、木の枝を振るのをやめ、付き人の方を鋭く振り返る。
「はい。富国強兵を声高に叫び、度重なる増税を推し進めたり、他国への無謀な進軍を強行しようとしている一族です。ですから、常に和平主義を唱え、民を第一に考えていたあなたのお父上が、彼らにとって邪魔な存在だったのでしょう。おそらく何か、卑怯な謀略を…」
付き人の男は、暗い表情で、恨みを込めたように呟く。
「キサラギ家…!そんな奴らに父上も、兄上も、母上も…!」
アサギの小さな手は、怒りと悲しみで、僅かに震えていた。
「アサギ様が、もしも…今後、復讐を強く望むのであれば…そのために、誰よりも強さを求めるのであれば、これを…」
付き人は、大切そうに抱えていた、柄の部分が使い込まれた一本の大太刀を、震える両手でアサギに差し出した。
12年後 魏膳の国周薩にあるキサラギ屋敷。
「…(あの時の事件に関する記録は、やはりどこにも見当たらないな)」
アサギは、埃を被った古い書物が並ぶ、キサラギ屋敷の厳重な保管庫の中に潜入していた。
その目的は、12年前の、アシハラ家が陥れられた事件に関する、何らかの記録を入手することだったが、期待していたものは、何一つ見つけることができなかった。
「もっと奥の部屋に入れば…」
アサギは、保管庫の奥にある、ひっそりと佇む隣の書斎へと続く扉に、そっと手をかけた。その時だった。
「カランカランカラン!!!」
けたたましい音を立てて、突如、屋敷中に大量の鳴子が鳴り響いた。
「しまった!」
アサギは、咄嗟に保管庫から飛び出すも、既に屋敷の周囲は、無数の松明の光と、武装した大勢の兵士たちによって、完全に包囲されていた。
「曲者だ!!捕らえろ!!」
兵士たちは雄叫びをあげて向かってくる。
「ここで終われない!」
アサギは、背中差した大太刀を抜き放ち、次々と向かってくる兵士たちを、怒涛の勢いで斬り伏せていく。
しかし、多勢に無勢。彼の体には、敵の刀による斬り傷や、
放たれた魔法による焼け焦げた跡が、みるみるうちに増えていった。
「(くそ…数が多すぎるな)」
激しい剣戟の中で、アサギの振るう大太刀の動きは、徐々に精彩を欠き始めていた。
その時、彼の背後から迫る兵士たちを、突如現れた巨大な炎の剣が、薙ぎ払った。
「そこのお前…大丈夫か?」
その声にアサギは振り返る。
建物の屋根の上には、夜風に白いマントをはためかせた、見慣れない男が立っていた。
その顔は、影になっており、はっきりと窺い知ることはできない。
「どなたか存じないが、助太刀、感謝する」
アサギは、男に向かって礼を言うと、
再び向き直り、向かってくる兵士たちを無力化するために、剣を構え直した。
「(この男…強い。まるで、修羅場を幾度となく潜り抜けてきた、戦うために生まれてきたような…)」
二人は次々と兵士をなぎ倒していきながら、男の放つ尋常ではない気配を感じ取りながら、必死に剣を振り続けた。
「急げ急げ!!」
「カナミツ様のお通りである!!」
数十人の兵士を倒した頃だろうか、遠くから、けたたましい軍馬の嘶きと、兵士たちの怒号が聞こえてきた。多くの赤い松明の光が、こちらに向かってくるのが見える。
「ここまでだ。撤退するぞ」
白いマントの男が、アサギに呟く。
「あぁ…礼のブツは手に入ったしな」
アサギは、血濡れた手に握られた一つの巻物を掲げた。
戦いの混乱の中、先ほど入れなかった保管庫の奥に強引に侵入し、手に入れたものだった。
それは、厳重に封印札が何重にも貼られ、ただの古い巻物とは思えない、異様な雰囲気を醸し出していた。
それから二人は、背後から迫る追手を巧みに撒き、夜の闇に乗じて魏膳の国境外へと脱出した。
「かたじけない。俺の名はアサギだ。お主の名は?」
安全な場所まで辿り着いた後、アサギは隣に立つ男に、改めて名を尋ねた。
「俺はベンガルだ」
白いマントの男は答える。
「ベンガル殿…感謝する」
アサギは、深々と頭を下げ、礼を述べた。
「気にするな。それよりも、お前の剣術。大したものだ。どこかの道場で鍛錬を積んだのか?」
ベンガルは、アサギの剣技に感心した様子で尋ねた。
「いや、これは幼い頃から、独学で…」
「ほう。独学とは…大した才能の持ち主だな」
ベンガルがそう呟くと、少し間を置いて、真剣な眼差しでアサギに問いかけた。
「なぁ、俺の部隊に入らないか?」
「部隊?」
アサギは訝しげな表情を浮かべ、問い返した。
「あぁ…実はな」
ベンガルは、自身が率いる野狐部隊について、その目的や構成などをアサギに説明した。
「…ふっ、貴殿には、命を救われた恩もあるしな。よかろう」
アサギは、少し考えた後、覚悟を決めたように、ベンガルに答えた。
「お前なら、そう答えると思った…では今日から、お前はこう名乗れ…」
ベンガルは、アサギの決意を聞き、満足そうに頷くと、一呼吸置いて呟いた。
「グレイ…と」
そして、現代。
「…(あの後、巻物の中には、キサラギ家の隠密部隊が、アシハラ家を陥れるために悪質な流言を流し、謀反の濡れ衣を着せるという、詳細な計画が綴られていた。だから俺は決して許さない…キサラギ家の人間を)」
グレイは、遠い過去の記憶から意識を引き戻し、リュウの方に、深く憎悪を宿した冷たい視線を向けた。
「そうか…どちらにせよ同情するつもりはないがな…!!」
リュウは刀を強く握り締めると、地面を爆発的に蹴りつけ、グレイに向かう。
「ふん。同情など求めていない」
グレイもまた、強い踏み込みを見せリュウに向かう。
「ギンギンギンギン!!」
二人の剣士による凄まじい剣戟が繰り広げられる。
鋼と鋼が激しくぶつかり合い、耳をつんざく金属音が連続して響き渡る。
斬撃が交錯するたびに、眩い火花が四方八方に飛び散った。
「貴様はここで俺に斬り捨てられる。俺の復讐の対象としてな」
激しい斬り合いの中、グレイは、復讐の念を込めた言葉をリュウに突きつける。
「ふん…復讐か」
リュウは、グレイの言葉を聞きながらも、その太刀筋は一切緩めることなく、鋭い斬撃を繰り出す。
「貴様には分かるまい」
そう呟いた瞬間、グレイの足元から砂煙が上がり、彼の姿が忽然と消え去った。
それは、残像すら残らない、神速の動きだった。
「むっ!?(どこに消えた?)」
リュウは、研ぎ澄まされた感覚を頼りに、周囲の気配を探る。
次の瞬間、まるで空間を切り裂いて現れたかのように、グレイが背後に出現する。
「もぶり流剣術奥義・飛雷人!」
研ぎ澄まされた大太刀による、一閃の斬撃がリュウを襲う。
それは、雷光のように速く、視認は不可能なほどだった。
「ズバッ!」
それはリュウの脇腹を深々と斬り裂き、鮮血が勢いよく噴き出した。
「ぐぅぅっ!」
リュウは、苦痛に顔を歪める。
溢れ出す血が、地面を赤く染めていく。
「ほう…急所を外したか。やるな」
グレーは、深手を負わせたリュウから素早く距離を取る。
「はぁ…はぁ…」
リュウは、荒い息遣いを繰り返しながら、追い詰められた状況を認識する。
腹部には先ほどの戦闘で負った浅い傷、そして今、新たに脇腹に深い傷を負った。
更に、先日のコサックとの激闘で受けた古傷も、激しい動きによって再び開きかけていた。
「(くそ…やはり無理しすぎたか?)」
リュウは、膝から崩れ落ちるように地面に跪き、激しく乱れた呼吸を落ち着かせようと努める。
「辛そうだな。蒼血は使わないのか?使えば、俺に勝てるかもしれんぞ?」
グレイは、苦悶の表情を浮かべるリュウを冷ややかに見下ろし、挑発するように言葉を投げかける。
「(蒼血…)」
リュウの心臓が、一瞬大きく高鳴った。
「(確かに、あの力を使えば、この状況を容易に打開できるかもしれない…)」
リュウは、湧き上がる衝動を必死に抑えつけ、グレイに呟く。
「ふん、貴様如き、あの力を使うまでもない」
リュウは、血に濡れた体を引きずるようにして、ゆっくりと立ち上がった。
「ほう。まだ余裕があるという顔だな」
グレイは、立ち上がったリュウを警戒しながら、鋭い視線を向ける。
「俺は…あの力に頼らずとも、己の力で強くなりたいと強く願った。これから貴様に見せる技は、その決意の証だ」
そう呟くと、リュウは深く息を吸い込み、体内の魔力を練り上げる。
そして、静かに魔法を唱える。
「水魔法-蒼嵐ノ巨剣-」
リュウが言葉を発すると同時に、彼の刀に、鮮やかな蒼い水流が奔流のように巻き付き始める。
水は刀身を覆い尽くし、みるみるうちに巨大な大剣へと姿を変えた。
その刀身は、水とは思えないほどの重量感を持ち、周囲の空気を僅かに震わせるほどの威圧感を放っていた。
「さぁ、ここからが本当の戦いだ」
リュウは、巨大な蒼い大剣を両手でしっかりと構える。
「スピードを捨てて、一点集中、パワーに重きを置いたか…おもしろい!」
グレイは、巨大な水の剣を警戒しながらも、その変化に興味を示したように、再び大太刀を構え、リュウに向かってゆっくりと歩を進める。
「はっ!」
リュウは、大地を踏みしめ、渾身の力を込めて蒼い大剣を薙ぎ払う。
「遅い!!」
グレイは、迫りくる巨大な水の刃を、紙一重で身体を反らせて回避する。
彼の黒い髪が、風圧で大きく揺れる。
「スキだらけだぞ」
回避と同時に、グレイは大太刀を下から勢いよく振り上げる。
「くっ!」
リュウは、下から迫る斬撃を、咄嗟に大剣を傾けて辛うじて受け止める。
「どうした?さっきの、あの目にも止まらぬ速さの方が、まだ勢いがあったぞ」
グレイは、受け止めた大剣を押し込みながら、その勢いを借りて大太刀の軌道を袈裟斬りに繋げる。
「はっ!!」
リュウは、迫りくる斬撃に対し、咄嗟に大剣を横に構え、受け止める。
「ガキィィィンン!」
再び、激しい金属音が響き渡り、二人の武器が激しくぶつかり合う。
その衝撃で、二人は再び鍔迫り合いになだれ込む。
「ぐっ…(なんてパワーだ)」
しかし、拮抗する中で、リュウの水の剣が、徐々にグレイの大太刀を押し始めていた。
「このまま一気にいかせてもらう!」
リュウは、全身の力を込めて大剣を押し込む。
「ぐっ…土魔法-断崖昇地-」
グレーは魔法を唱える。
すると、リュウの足元が突然隆起し、足場が大きく傾いた。
「くっ、このタイミングで魔法か…」
予期せぬ足場の変化に、リュウは体勢を大きく崩してしまう。
それにより、大剣に込めていた力も一瞬緩んでしまった。
「今度こそ…終わりだ!!」
体勢を立て直したグレイは、大太刀を深く構え、その姿を再び消し去る。
「(くる!)」
リュウは、研ぎ澄まされた五感を最大限に研ぎ澄ませ、精神を集中させる。
「喰らえ!もぶり流剣術奥義・飛雷人!!」
次の刹那、鋭利な太刀筋をリュウが襲う。
「キィィィィン!」
だが、その必殺の一撃は、リュウの肉体を斬り裂くことはなかった。
鋭い金属音が響き、刃は確かに何かに阻まれた感触があった。
「む!!?」
グレイの刃は、大剣の刀身に激突していた。
「その攻撃は…もう、見切った!!」
リュウは、強引に大剣を横に振り抜く。
「くそっ!」
グレイは咄嗟に身を翻すも、水の刃の勢いを完全に殺すことができず、
そのまま横に大きく体勢を崩してしまう。
「これで…終いだ!!」
リュウは、体内の残る全ての魔力を刀身に注ぎ込む。
大剣は眩い光を放ち始め、まるで青い炎を纏った鬼のような、恐ろしい形相をしていた。
「|荒覇吐流奥義・-蒼-剛鬼《あらはばぎりゅうおうぎ・-そう-ごうき》」
そして、稲妻が奔るような、破壊的な蒼い袈裟斬りが、体勢を崩したグレーの身体に炸裂する。
斬撃と同時に、周囲には激しい水しぶきが舞い上がった。
「ぐはぁぁっ…!」
その一撃は、グレイの左肩から右腰にかけてを深々と斬り裂き、鮮血が滝のように噴き出す。
そして、グレイは激痛に顔を歪ませ、地面に力なく倒れ伏した。
「…くっ」
それを見届けたリュウの大剣から、まるで力が抜けたかのように水が弾け飛び、元の刀の姿に戻る。
そして、リュウも、全身の力を使い果たしたように、片膝を地面についた。
「俺も…深手だな…」
リュウの脇腹と腹部からは、依然として血が流れ出し続け、彼の足元は、みるみるうちに血の海へと変わっていた。
その時、倒れたグレイが、掠れた声でリュウに話しかけてくる。
「トドメを…させ…」
グレイは、苦痛に顔を歪めながら、リュウに最後の慈悲を乞う。
「…」
リュウは、血濡れた刀を強く握り締めると、ゆっくりと顔を上げ、倒れたままのグレイを見下ろす。
そして、静かに刀を突き刺した。
「ザクッ」
しかし、刀は突き刺さったのは、グレイの身体ではなく、彼のすぐ横の地面だった。
刃は、硬い地面に深く突き刺さる。
「…なに?」
グレイは、理解できないといった表情で、困惑の色を露わにする。
「復讐を果たす前に、あっけなく死ぬとか…情けないだろ?」
リュウは、力を使い果たし、荒い息を吐きながら、グレイの横に倒れ込む。
「貴様…今、俺を殺さねば、またいつか復讐に来るかもしれんのだぞ?」
グレイは、リュウの意図を測りかね、問いかける。
「その時は、また来ればいい…何度でも、お前の相手になってやる…」
リュウは、苦痛に歪んだ顔に、かすかな笑みを浮かべ返した。
「…ふっ、大した男だ」
グレイは、リュウの言葉を聞き終えると、静かに瞼を閉じた。
「おーい!!大丈夫か!?」
その時、屋上の入り口から、カタラーナの部下らしき、屈強な体格の男が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「なあ?こいつも、手当てして助けてやってほしい。死なすには惜しい男だ」
やってきた部下を見上げ、リュウは力なく呟く。
「え?けど、こいつは敵…」
部下は、倒れているグレイを見て困惑した表情を浮かべるが、リュウの強い眼差しに、言葉を詰まらせる。
「はぁ…そういうことなら、後でマスターに、きちんと説明してくださいね?」
部下の一人が、仕方なさそうに、意識を失っているグレイの肩を抱えようとする。
「それで…いい…」
リュウは、部下に肩を支えられた瞬間、全身から力が抜け、安堵から静かに目を閉じた。




