第44章:闇と炎
荒野にそびえ立った巨大な帆船の上でアフォガードとベンガルが向き合う。
暖かな風が吹き、二人の頬を掠める。
「まずは貴様に絶望を見せてやろう」
先に動いたのはベンガルだった。
ベンガルは炎の剣をしまうと魔法を唱える。
「水魔法-水牙星葬-」
ベンガルが魔法を唱えると水で形成された50センチくらいの魚が無数現れる。
魚は角が生えた不気味な風貌をしており、それは群れをなしてアフォガードに向かっていく。
魚の群れは、鋭い牙を剥き出し、アフォガードに襲いかかる。
「美味しくなさそうな魚だな。闇魔法-黒き潮-」
アフォガードが魔法を唱えると黒い渦が現れる。
その渦は魚の群れを包み込む。本来はそれで相手の魔法を打ち消せるはずだった。
「むっ!」
しかし、魚の群れはまるで水の中を遊泳するかのように、渦の中を泳ぎ、その勢いのままアフォガードに鋭い牙を向けてくる。
「くそっ…闇魔法-暗牙戟-!」
アフォガードは闇でできた戟を両手に持つと、飛びかかってくる魚の群れを戟で次々と打ち払う。
しかし、その数が多く全てを払いきれずにいた。
「ちっ…小癪な」
魚の牙がアフォガードの皮膚に少しずつ突き刺さる。
そのたびに、体から血が流れていく。
「ふっ。伝説の賞金稼ぎが、いいざまだな」
その様子をベンガルが見つめる。
そして、追い打ちをかけるかのように魔法を唱える。
「火魔法-火炎ノ門-」
ベンガルの周囲に炎の壁が現れる。
それはアフォガードを押しつぶすかのうように迫ってくる。
「闇魔法-黒の大嵐-!!」
アフォガードが頭上に黒い球体を放つ。
それは、巨大な雷雨を伴った嵐へと変化する。
嵐は火の壁を一瞬のうちに消し去った。
「ふん。面白い魔法を使うのだな」
嵐が吹き荒れる中、ベンガルは嘲笑うと、立て続けに魔法を唱える。
「水魔法-青の波動-」
ベンガルの右手から水の球体をアフォガードに放つ。
それは、雷雨を突き抜け、雷を吸収し破壊力を増していた。
「俺の魔法を利用するとは…いけ好かない奴だ」
そう呟くと魔法を唱える。
「闇魔法-暗黒騎士の大盾-」
アフォガードが魔法を唱えると目の前に闇でできた大盾が現れる。
大盾にはドクロの紋章があり目が赤く不気味に光っていた。
そして、球体は盾にぶつかり威力を失う。
「貴様の魔力はもらったぞ」
アフォガードの体内に魔力が充填される。
「魔力の吸収効果があるのか…それならば」
ベンガルが魔法を唱える
「湯魔法-桃源の囁き-」
ベンガルが魔法を唱えると、ベンガルの背後にお湯でできた巨大な仙女が現れる。
仙女の手には巨大な団扇があり、羽衣は神々しさすら感じる雰囲気だった。
仙女は、団扇をゆっくりと構え、アフォガードに向けて扇ぐ準備をする。
「くそ…ここで合体魔法か…」
アフォガードは魚の群れに対処していた。
「やれ」
ベンガルが命令を下すと、仙女はゆっくりと団扇を煽ぎだす。
「ゴォォォォォォ!!」
仙女を象る湯が高熱の温水となり、アフォガードに向けて放たれる。
温水は、滝のようにアフォガードに襲いかかる。
「ぐっ…闇魔法-魔導師の暗黒衣-」
アフォガードが必死に魔法を唱える。
すると、アフォガードを包むように巨大な黒衣が現れる。
黒衣は、温水を遮断しようと、必死に抵抗する。
「ゴォォォォォォ!」
高熱の温水が黒衣を吹き飛ばさんという勢いで流れる。
温水は濁流となり、付近の枯れ木をなぎ倒す。
そして、その勢いに耐えられず、闇でできた帆船にヒビが入る。
「バコーン!」
帆船は、温水によって、まるで熱した鉄のように赤く染まると、轟音と共に真っ二つに割れた。
「(くっ…なんて魔法なんだ)」
アフォガードは黒衣に包まれたまま地面に着地する。
そして、暫くすると仙女が消え、濁流が止む。
そのタイミングでアフォガードも魔法を解く。
黒衣が地面にスッと沈んでいく。
「おやおや。せっかくの船を沈没させてしまったな」
ベンガルがアフォガードを見下ろして呟く。
「お気に召さなかったか。残念だ」
アフォガードはベンガルに鋭い視線を向ける。
「(確かに強い。トルティヤを苦戦させただけはある…何か手はないか?)」
アフォガードは必死に思考を巡らせる。
その間にもベンガルは次の動きに入っていた。
「そろそろ、おしまいにするか。土魔法-不動気鎧-」
ベンガルの肉体を土砂が纏う。それは鎧のように全身を包む。
そして、右手に炎の剣、左手に水の剣を形成し、それを握る。
「絶望を受けるが良い!!」
ベンガルは両手の剣を構えアフォガードに向かってくる。
その時、アフォガードに閃きが舞い降りる。
「(待てよ?魔法なら勝負にならないかもしれないが、近接戦なら五分といったところだ。それならば…)」
アフォガードは魔法勝負より近接戦に持ち込むことを考える。
「闇魔法-暗牙戟-!」
アフォガードは両手に戟を形成する。
そして、両手の戟で剣を受け止める。
「またそれか。芸が無いやつだ」
双方の武器から火花が飛び散る。
「芸がなくて悪かったな。だが、俺をナメるのも…」
アフォガードが両手に魔力を込める。
次の瞬間、戟の刃部分が巨大化する。
「なに!!」
ベンガルが押され始める。
「大概にしろ!!!」
アフォガードの体から魔力が溢れ出す。
「(久々の本気の戦いで忘れかけていた。魔力は魔法の力のみではない。肉体の強化にも転用できる。そしてエルフ族なら…それが容易であることを!)」
アフォガードは体内の魔力を練り、肉体強化に転用していた。
それ故に、極限集中モードに入っていた。
「肉体を魔力で強化しおったか…!やるではないか!」
ベンガルの顔に歓喜が浮かぶ。
そして、両手の剣に力を込める。
「ぐっ…(まだまだ!)」
アフォガードが更に魔力を練る。
体内の臓腑、筋肉、そして細胞が熱くなる感触に見舞われる。
アフォガードは、身体の限界を超え、更なる力を引き出そうとしていた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
アフォガードの体内から、これでもかというくらいの魔力が溢れ出す。
「闇魔法-真・暗牙戟-!!」
そして、更に巨大化した戟がベンガルの刀をへし折る。
「なにっ?(くっ…なんて馬鹿力だ)」
ベンガルの表情から余裕が消える。
「これで終わりだ!!」
アフォガードが全力で戟を突き刺す。
その一撃は巨大で、重く、全てを貫かんとする威力だった。
「ガキィィィンン!」
戟と土の鎧がぶつかる音が響く。
「ぬうぅっぅぅ…」
ベンガルも魔力を鎧に流し、戟による一撃を受け止めようとする。
「まだだ…!こんなものではないぞ!!」
アフォガードが戟に力を入れる。
戟は土の鎧に少しずつめり込んでいく。
「ぐぅ…(これは防ぎきれんか)」
次の瞬間、鎧にヒビが入る。
「バリーン」
そのまま、土の鎧は粉々に砕ける。
そして、ベンガルに鋭い戟の突きが炸裂する。
「ぐあっ…」
戟は土の鎧を貫通し、ベンガルを貫く。
それは心臓の位置を確実に貫いていた。
「(参ったな…老いぼれのくせに…ここまでとはな)」
ベンガルは、薄れゆく意識の中で、アフォガードの強さを認めざるを得なかった。
そして、ベンガルは糸の切れた人形のように地面に倒れ込んだ。
「ハァ…ハァ…これで終わりだな」
アフォガードは戟を消す。
だが、魔力を相当消耗したためか、顔には疲れの色が浮かんでいた。
「心臓を貫いた。これで生きている訳が…なかろう」
アフォガードは安堵しその場に座り込む。
「そいつはどうかな」
しかし、その直後、ベンガルが何事もなかったかのように起き上がろうとしていた。
「(なんだと…)」
アフォガードは目を丸くする。
そして、ベンガルはむくりと立ち上がる。
「老いぼれの底力…ってやつか。まさか心臓を一つ持っていかれようとはな」
ベンガルの上半身は戦闘服が破れ、上半身の右側に大きな穴が空いていた。
そこには、心臓らしき器官が脈を打っていた。
「おいおい化け物かよ…(コイツなんて体してやがる)」
アフォガードがため息をつきながら呟く。
「ふん。どうせ貴様は死ぬ。だから冥土の土産に教えてやる」
そう呟くと自身の過去を話す。
15年前 サージャス公国 第33研究所にて。
「くそっ…これも失敗だ」
研究者達が培養槽に浮かんだ子どもを見つめ嘆く。
「これで99人目です。そろそろ実験体が尽きてしまいます」
別の研究者が困惑した表情で呟く。
「ったく…実験材料を調達するのも楽じゃないんだぞ」
そう呟くと、とある培養槽にいる子どもを見つめる。
「頼むぞ…100号」
そこには幼きベンガルが目をつぶり謎の装置をつけられ入っていた。
そして、ベンガルが目を開ける。
「おお!成功だ!!初の実験成功者だ!」
「心臓を3つ持った初の人類だ!しかも複数魔法使用者の被験体でだ!歴史的な快挙だ!」
研究員達が一斉に喜ぶ。
「…」
だがそれを見たベンガルは何も感じていなかった。
それからのことは覚えていなかった。
気がついたら培養槽から出され、謎の施設で戦闘訓練の日々を送っていた。
「100号!その調子だ!もう1回!」
教官の男がベンガルに檄を飛ばす。
「…(俺はどうしてこんなことを?)」
ベンガルは炎の球体を的に飛ばしながら考えていた。
-そして3年後-
「お前が例の実験体か。公国繁栄のために国に尽くすのだ」
ベンガルは白い鎧を身に纏い、豪華な椅子に座るラムダ公爵の前に跪いていた。
「はい。心よりの忠誠を誓います」
ベンガルはラムダ公爵に忠誠を誓った。
「うむ…そして、お前は今日からベンガルと名乗れ。それから、我が特殊部隊「野狐部隊」の隊長に任ずる」
ラムダ公爵は100号と呼ばれていたベンガルに名を与え、サージャス紛争時に創設した野狐部隊のリーダーにベンガルを任命した。
「はい。謹んでお受けします」
だが、当時の野狐部隊の空気は最悪だった。
「おまえ!イカサマしただろ!」
「あ?してねぇよ!殺すぞ!」
「おーお、やってみろよ!」
部隊は殺気に満ち溢れ、市民への暴行や、横領、更には仲間同士で殺し合いが起きることもあるほどだった。
そんな中に18歳の少年がリーダーに着任したとなると、当然いざこざが起きる。
「よぉ、隊長さん。お前はただのお飾りだ」
「お前は俺等の言うことを聞いていればいい」
他の野狐部隊の隊員はベンガルのことを見下していた。
「お前ら、隊長にそんな態度をしていいのか?」
ベンガルが見下してきた隊員を睨みつける。
「あん?やんのか?俺達は選ばれたエリート様だぞ。ナメた口を利いたら殺すぞ」
「ガキが俺に勝てると思ってるのか?」
そういう奴らばかりだった。
「面白い。では、訓練場に行こうか」
そういう奴らをベンガルは一人ずつ相手をしていった。
「あ…がっ…」
「お、お助けを!」
「駄目だ。慈悲はない」
そして、喧嘩を売ってきた隊員を次々と粛清していった。
ベンガルに逆らう相手は全員屍となっていた。
「人数が多くてもダメだ…少数精鋭でも強い者でなければ」
ベンガルは公爵の許しを得て、野狐部隊を一度解散し、少数精鋭の隠密部隊に改変する試みを行った。
そして、自身が目をつけた者を次々とスカウトしていった。
「ふつ、貴殿には恩もあるしな。よかろう」
魏膳国での偵察任務中にグレーと出会い、彼をスカウトした。
「リーダー!よろしく!」
公国のアサシンギルドで名を馳せていた、フェネックをスカウトした。
「俺様に任せろ!ガハハハハハ!」
コサックは自らの力を誇示するためにベンガルに直接、自分を売り出してきた。
「私に居場所をくれるのですか?忌み子である私を?」
公爵家の落とし胤として家中で忌み嫌われていた、スイフトをスカウトした。
「あっしに任せるっす」
アイアンヴォルト家の分家出身で、高い魔力と粒子眼を持っていたケープをスカウトした。
「よろしくなぁ」
公国の上級魔導師であり、世界でも希少な復元魔法を使うクルペオをスカウトした。
こうして少しずつ時間をかけて野狐部隊は今の形になったのだ。
「…なるほどな。胸糞悪い話だが、公国なら平気でやりそうだな」
アフォガードは話を聞いて公国がやりそうなことだと理解した。
「同情なら不要だ。俺はこうして強くなった。むしろ公国に感謝しているくらいだ」
すると、不完全ながら上半身の穴がみるみるうちに塞がった。
しかし、急速な回復であったためか、皮膚が歪に引っ付いたような形になり、残った心臓が皮膚に浮き出ていた。
「同情なんかしていないさ」
アフォガードがゆっくりと立ち上がる。
そして、残りの魔力を練る。
「(くそ…思った以上に消耗している。次が最後の攻撃か)」
アフォガードは残りの魔力量が少ないことを悟っていた。
「座っていれば楽に殺してやったのだが…」
ベンガルは冷静に魔法を唱える。
「立ち上がった以上は、本気の本気でいかせてもらう」
次の瞬間、ベンガルの体内から膨大な魔力が溢れ出す。
「(こいつ!まだこんな魔力を!)」
アフォガードの表情に焦りが生まれる。
「溶岩魔法-灼岩の宴-」
ベンガルが魔法を唱えると空に赤い魔法陣が浮かび上がる。
そして、魔法陣から炎を纏った巨岩が現れる。
それは流星群のように地上に降り注ぐ。
「おいおい…なんて規模の魔法だよ」
アフォガードは巨岩を回避しつつベンガルの元へ向かいつつ魔法を唱える。
「闇魔法-暗牙戟-」
アフォガードは両手に戟を形成する。
そして、落ちてきた巨岩を戟で両断しつつ前へ進む。
「ハァァッ!」
アフォガードは戟に魔力を込める。
戟は魔力を帯びて巨大化し、表面には黒い稲妻が迸っていた。
「まだそんな余力があったか!面白い!」
ベンガルは立て続けに魔法を唱える。
「溶岩魔法-魔神の戦斧-!!」
ベンガルは溶岩でできた身の丈以上ある大斧を手に取る。
そして、渾身の力で戟にぶつける。
「ギィィィン!」
赤い閃光と黒い稲妻が衝突する。
二人の武器がぶつかり合い、周囲に衝撃波が走る。
「ぐぅぅぅ…」
「…ぬぅぅぅ」
二人の表情が衝撃波で歪む。
双方はフルパワー中のフルパワー。
どっちが勝ってもおかしくない状況だった。
「(俺は負けられない…パナンを守るためにも、帰る場所のためにもな)」
アフォガードは心のうちで呟く。
更にアフォガードが持つ戟に力がこもる。
ベンガルが持つ斧が少し押される。
「ぬぅぅぅぅ!」
ベンガルは必死に力を込める。
お互いの得物が火花を散らす。
しかし、決着の時は突然、訪れた。
「パキィン」
アフォガードの戟が刃元から砕け散る。
それは、まるでガラス細工のようで、宙に黒い破片が舞った。
「…ちくしょうめ。ここで折れるかよ」
アフォガードの顔には悔しさが滲んでいた。
「もらったぁぁぁ!」
アフォガードは斧を渾身の力で振りかざす。
「ザシュッ…」
溶岩でできた大斧は、アフォガードの胸を深く抉り臓腑を焼き切った。
「ぐはっ…」
アフォガードの体から力が抜ける。
胸元は肉が焼かれ、大量の血が流れていた。
そして、そのまま仰向けになり地面に倒れた。
「…さすがは伝説の賞金稼ぎだった」
しかしながら、ベンガルも相当魔力を消耗したらしく、肩で呼吸をしている状態だった。
「…へ、褒めてるつもりかよ。嬉しく…ねぇな」
アフォガードが呟くとポケットから葉巻を取り出す。
そして、震える手でマッチを擦り火をつける。
「ふぅ…」
アフォガードは、震える手で葉巻を口に運び、ゆっくりと煙を吐き出す。
その表情は、どこか安らかだった。
「(あーあ、もっと面白い話を聞きたかったな。もっと美味い葉巻を吸いたかったな。仕事柄いずれ死ぬことになるかもしれないと思ってたが、こうも後悔ばかりが頭をよぎるなんてな)」
アフォガードはうっすらと涙を流す。
「(皆、信じ待って悪いな。カタラーナ、不器用な親ですまないな。そして、後は頼んだ…我がライバルよ…)」
そして、葉巻を吸い終わるとアフォガードは静かに目を閉じた。
その顔には、安堵と、悔しさが入り混じった表情をしていた。
「くそ、結構消耗させられたな。だが件の魔導師を探さねば…」
そして、ベンガルがその場を立ち去ろうとした時だった。
「誰を探しておるのじゃ?」
ベンガルが声のする方向に視線を向けると、
そこには、トルティヤに入れ替わったサシャがいた。
「ほう、これはこれは…獲物が自ら来てくれるとはな」
ベンガルの顔が歓喜に変わる。
「(奴め。無茶しおって…)」
トルティヤは倒れたアフォガードを見て、どこか寂しそうに呟く。
しかし、表情を変えてベンガルを睨みつける。
「お主…覚悟はできておろうな」
トルティヤは体内の魔力を高める。
「それはこちらのセリフだ。遠慮は無用。かかってくるがよい」
こうして、ベンガルとトルティヤが荒野で向かい合った。




