第43章:大激突
サシャ達がアフォガードのアジトへ戻ると、アジト内は喧騒に満ちていた。
「ボス自ら行ったらしいぞ!」
男たちが興奮した様子で声を上げている。
「俺達も行ったほうがいいのか?」
別の男が、不安げな表情で尋ねる。
「あの。何かあったんですか?」
サシャが近くの男に尋ねた。
「ボスが伝書を受け取って…なんか、なんとかの部隊がどうこうと言って偵察に向かったんだよ」
モヒカンヘアの男が、やや興奮気味に説明する。
「…それってもしや」
サシャは、ハッとした表情で呟く。
「恐らく野狐部隊」
リュウが、冷静な口調で推測する。
「もう来たんだね!」
アリアは、慌てた様子でテーブルに荷物を置く。
「おや、皆さん、戻ってきましたか」
そしてタイミングを見計らったかのようにカタラーナが話しかけてくる。
「父上がカルペンのボズ卿から伝書を受け取りまして。どうやらパナンに野狐部隊が近づいていると。それで、今様子を見に行っています」
カタラーナが、状況を説明する。
「やはり、アフォガードさんは…」
サシャは、改めて状況を理解し、頷く。
「私はここを離れるわけにはいかない。そこで…」
カタラーナが言いかけたところにサシャが言葉を遮る。
「分かってます。どのみち奴らとは戦わなきゃならない」
サシャは、アリアとリュウに視線を向ける。
「そうだな。いつでも俺は行ける」
リュウは、静かに頷く。
「あ!!これとこれ…うん!僕も行けるよ!」
アリアは、先ほど置いた荷物からいくつかアイテムを入手すると笑顔でそう答える。
その手には、先端が螺旋状になった矢、青い冷気を放つ矢、そして火薬が入った袋があった。
「トルティヤは?」
サシャは精神世界にいるトルティヤに尋ねる。
「もちろんじゃ。奴らに借りを返さねばの」
トルティヤも自信ありげな表情で頷く。
「行こう!今度こそ…」
「「「負けない」」」
そして、サシャ達はアジトを再び後にした。
そして、パナン 北西にある荒野では。
「もう少しだ…」
ベンガル達は荒野を進む。
荒れていた道は平坦になり街が近いことを教えてくれていた。
「ねぇリーダー。街に着いたらどうするの?」
フェネックがベンガルに尋ねる。
「…この辺でいいだろう」
ベンガル達は街がよく見える小高い丘に登った。
「隊長殿?」
疑問に感じたグレイも尋ねる。
するとベンガルは口を開く。
「まずは街を混乱に陥れる。そうすれば奴らの方から寄って来よう」
「混乱?」
フェネックが尋ねる。
「簡単な話だ…」
そう呟くとベンガルが魔法を唱える。
「溶岩魔法-燃え盛る軍隊-」
すると地面から無数の溶岩でできた人型の小さなゴーレムが現れる。
ゴーレムは人くらいの大きさをしており、
体中はマグマでグツグツと煮えたぎり、腕からはマグマが滴り落ちていた。
その数は数十体にも及んだ。
「行け」
ベンガルが号令を下すとゴーレム達は街に次々と向かっていく。
その足跡は、地面を赤く染め、周囲の空気を熱くしていた。
「なるほど!さすがリーダー!じゃあ、私も…」
ベンガルに続くようにフェネックが魔法を唱える。
「水銀魔法-水銀人形-!」
フェネックの両手から水銀が溢れ出す。
それは人の形を象り、右手には刀らしき武器が握られていた。
その数はベンガルのゴーレムには及ばないものの、かなりの数がいる。
「君たちもついていって!」
水銀人形達は、フェネックの命令に従い、地面を滑るように移動した。
彼らの体は、太陽の光を反射し、不気味な光沢を放っていた。
「では、我々も…」
グレイが街へ向かおうと歩き出した、その時だった。
「闇魔法-暗牙戟-」
数本の闇でできた戟がグレイ目がけて飛んでくる。
闇の戟は、黒い光を放ちながら、グレイへと迫る。
「しっ!」
グレイは咄嗟に回避するも、そのうちの1本がグレーの頬を掠める。
「誰!?」
フェネックが戟が飛んできた方向を見つめる。
それは、彼女らの頭上にあった。
「ほうほう…これはこれは」
ベンガルが頭上を見上げる。
「お楽しみのところ申し訳ないが、お前らにはここで消えてもらおうと思ってな」
そこには、針金でできた鳥に乗ったアフォガードと3人の部下がいた。
「…アフォガード」
ベンガルがアフォガードの名を呼ぶ。
「お前がベンガルだな。なるほど、確かに尋常ではない魔力が溢れているな」
アフォガードは針金でできた鳥に乗りながら呟く。
「ふん、そういう貴様こそ相当な魔力だ。さすがは伝説の賞金稼ぎと呼ばれるだけある」
そう呟くとグレイとフェネックに命令する。
「お前らは先にパナンへ行け。こいつは俺がやる」
「…分かった!」
「承知した!!」
二人は街へと向かって走り出す。
「おっと、逃さないぞ?やれ」
アフォガードそう呟くと部下とアイコンタクトを取る。
「氷魔法-絶岸氷-!」
部下の一人が氷魔法で巨大な壁を形成する。
それは二人のゆく道を遮った。
氷の壁は、周囲の空気を凍らせ、冷気を放っており、
まるで巨大な氷山のようだった。
「風魔法-天翼の舞-」
もう一人の部下が風で更に竜巻状の壁を張る。
氷の壁は巨大な疾風に覆われ、突破は困難を極めた。
「むっ…」
当然、二人は足止めを受ける。
しかし、そこに炎の剣が飛んでくる。
炎の剣は風を貫通し、氷の壁にぶつかると、白煙をたてて爆発する。
それは、分厚い氷の壁に穴を開けた。
炎の剣は、氷を溶かし、蒸気を発生させていた。
「行け」
ベンガルはそうとだけ呟く。
「ありがとう!リーダー!」
「かたじけない」
二人はそう呟くと、氷の壁にできた穴から街へ向かう。
「逃がすものか!風魔法…」
部下の一人が追撃で風魔法を唱えようとする、
しかし、それより先に炎の剣が針金の鳥に直撃する。
針金の鳥は一瞬で炎に包まれ墜落する。
そして、アフォガードと部下の体が宙に放り投げられる。
「うわあああ!」
「…ちっ」
アフォガードと部下たちは炎に包まれた針金の鳥と共に落下する。
そんな状況でもアフォガードは冷静に魔法を唱える。
「闇魔法-漆黒の帆船-」
すると、地面に闇で作られた巨大な帆船が現れる。
闇の帆船は、黒いオーラを放ち、周囲の光を吸収していた。
「よっと…」
アフォガードは帆船の甲板に綺麗に着地を決める。
「ぐっ…」
部下たちも甲板に落下するものの、漆黒の闇が衝撃を和らげた。
「ほう、随分と乗り心地がよさそうな船だな」
すると丘からベンガルが船に飛び乗ってくる。
「だろ?お前をあの世へ送るための船だ」
アフォガードが余裕の笑みを見せ呟く。
「ふん…ほざけ」
そう呟くとベンガルは魔法を唱えず右手に炎の剣を生成する。
炎の剣は、赤い光を放ち全てを焼き尽くさんと燃えていた。
「お前ら、さっき逃げた連中を追え。こいつは俺がやる…」
アフォガードは部下にそう告げる。
「しかし…」
だが部下は躊躇する。
「いいから行け。俺が負けるとでも思っているのか?」
アフォガードは強烈な圧を部下にかける。
「うっ…分かりました。どうかお気をつけて!」
部下の一人がそう呟くともう一人の部下が魔法を唱える。
「針金魔法-針金燕-」
部下たちが針金で形成された鳥に乗る。
そして、フェネックとグレイを追うように飛んでいった。
針金の鳥は、鈍い金属音を立てながら、空を飛んでいった。
「…追わなくていいのか?」
追撃をしないベンガルにアフォガードは尋ねる。
「不要だ。あいつらではあの二人には敵わない」
ベンガルは、そう言い放つと、アフォガードへと視線を戻した。
「それよりも、最後の警告だ。勝利者の矛の柄を持っている魔導師を連れてこい。そうしたら、街への攻撃はやめてやる」
最終通告と言わんばかりに、ベンガルが呟く。
「お断りだ。街には信頼できる俺の部下がいる。なんとかしてくれらぁ。それに、お前らの企みは知っている」
アフォガードが鋭い視線をベンガルに送る。
「ほう。それならば尚更だ。では、貴様はここで消すしかないな!」
ベンガルが炎の剣を構え、こちらに向かってくる。
しかし、アフォガードは冷静にそれを迎撃する。
「そうは…いかんな!!」
アフォガードはノーモーションで貫級刀をベンガルに向けて二本投げる。
「つまらぬ小細工だ」
しかし、ベンガルは冷静に対処する。
「水魔法-水槍壁-」
ベンガルが魔法を唱えると目の前に水の壁が形成された。
そして、アフォガードが投げた貫級刀を、壁から出てきた槍が迎撃した。
「そんなもので俺が止まると思っているのか?」
次の瞬間、水の中からベンガルが出てくる。
片手には炎の剣を持っていた。
「思っていないな!闇魔法-暗牙戟-!」
アフォガードが魔法を唱えると右手から黒く短い戟が現れる。
「ガキィィン!」
二人の魔法による武器がぶつかる。
それは本物の刀剣のように金属音が鳴り響いた。
「ほう、なかなかやるじゃないか」
アフォガード、ベンガルの魔法と魔力量に感心したように呟く。
「ふん。思ったよりやるな」
ベンガルがそう呟くと二人は激しい剣戟を繰り広げた。
二人の剣戟は、まるで踊りのように美しく、しかしその実、一瞬の隙が命取りとなる死闘だった。
ベンガルは炎の剣を自在に操り、それに対してアフォガードが闇でできた戟で応戦していた。
「(トルティヤが言っていた通りだな。情報通りならもう一つは土魔法。更に合体魔法まで使うとなると厄介な相手だな)」
アフォガードはベンガルの剣戟をさばきつつ、冷静に状況を分析していた。
「強い。さすがというべきだ。しかし…」
次の瞬間、ベンガルの剣先が鞭のようにしなりアフォガードの脇腹に向かって放たれる。
「むっ!」
ベンガルは咄嗟にバックステップで距離を取る。
しかし、その剣先はアフォガードの体を浅く斬る。
「おいおい、随分と器用な真似をしてくれるな」
斬られた箇所から肉が焼ける臭いが漂い、血が流れていた。
「俺は器用なものでな。さぁ、続けようか」
そう呟くとベンガルは再び剣を構えてこちらに向かってくる。
「(そっちは頼んだぞ、トルティヤ、そして少年たち)よかろう。死合おうじゃないか」
アフォガードは頭の中でサシャ達のことを考えつつベンガルを迎え撃つ姿勢を取った。
同時刻 パナンでは、街中がパニックになっていた。
街には溶岩のゴーレムや水銀でできた人形が入り込み、住民を襲ったり、家屋を破壊したりしていた。
「うわぁぁぁ!!」
「キャー!!」
「こいつらは何なんだ!?」
住民が慌ただしく逃げ惑っている。
その様子に、外に出てきたサシャ達が気がつく。
「一体どうなっているんだ?」
サシャは辺りを見渡す。
街は、まるで地獄絵図のように、炎と水銀に包まれていた。
溶岩でできたゴーレムは、その巨体で民家を破壊し、炎を撒き散らしている。
水銀でできた人形は、冷酷な光を放ちながら、人々に襲いかかろうとしていた。
「助けて…」
その時、サシャ達の目の前に逃げ遅れた少女がいた。
少女の目の前には水銀でできた人形が刀を振り上げていた。
「はっ!」
リュウは咄嗟に少女の前に駆け寄ると水銀でできた人形を両断する。
リュウの刀は、水銀人形をいとも容易く切り裂いた。
「…」
水銀でできた人形は液体に戻りどこかへと消えていった。
「誰か…」
しかし、別のところで年老いた老人が溶岩のゴーレムに襲われていた。
「(この距離、間に合うか?)」
サシャが咄嗟に双剣を抜く。
サシャの瞳には、焦りと不安が入り混じっていた。
「(くそ、遠すぎる)」
リュウが駆けつけようとするが距離があった。
「僕が…!」
アリアが弓を構え矢を放とうとする。
しかし、それより早く巨大な藁の手が溶岩でできたゴーレムを掴み握りつぶした。
ゴーレムは粉々になり消滅した。
「住人の避難や救助はお任せを」
サシャ達が振り向くと、そこには部下を引き連れたカタラーナが立っていた。
「カタラーナさん!」
サシャの表情に安堵が浮かぶ。
「よぉ、助けに来たぜ」
そこにはデュークの姿もあった。
「わ!おじさんだ!」
アリアがデュークに手を振る。
「皆さんは父上のところに。魔力は…北西の砂漠から感じます」
カタラーナが魔力を探知し、アフォガードの居場所と思われる場所をサシャ達に伝える。
「カタラーナさん、お願いします!」
サシャ達はカタラーナにそう呟くと街の北西へ向けた走る。
街はあちこちで火災や建物の破壊が起き、カタラーナの部下やパナンにいた冒険者たちが対処にあたっていた。
「水魔法-竜泉-!」
「皆さん、こちらに避難してください」
「けが人はこっちに!治療魔法で対応します」
カタラーナの部下や冒険者たちは住民の避難や救助、火災の消火活動をしていた。
「アフォガードさんのところに急がないと」
サシャ達は街をがむしゃらに走る。
そして、少し走ると裏路地に入る。
裏路地は、民家が密集し、日がほとんど差し込まないため、
昼間にも関わらず薄暗く、不気味な雰囲気が漂っていた。
「この先が街の北西だ」
サシャ達は裏路地の出口に走った。その時だった。
「ヒュン!!」
空を切り、数枚の手裏剣が飛んでくる。
「うわ!」
アリアとサシャは思わず両手でガードする。
しかし、リュウは刀を抜き、それを弾く。
「ガキン!!」
地面に刀で弾かれた手裏剣が落ちる。
「これは…」
リュウはその手裏剣に見覚えがあった。
それは、コボ遺跡で見たものと同じものだった。
「今のを弾くとはさすがはキサラギ家の者だな」
サシャ達が声のする方向を向くと建物の屋上にグレイがいた。
「ふっ…お前か。そう同じ手は何度も喰らわないからな 」
リュウがグレイに視線を向ける。
そしてサシャとアリアに呟く。
「こいつは俺が倒す。二人はアフォガードさんの元へ」
リュウの目は、静かに、しかし確固たる決意を宿していた。
「…分かった!リュウ、気を付けて!」
サシャとアリアが裏路地を進む。
「頼んだぞ」
二人の背中を見送った後、リュウは壁を伝い屋上にたどり着く。
「待っていたぞキサラギ家の者よ」
グレイは得物である大太刀を鞘から抜く。
「先に言っておくが、以前の俺と一緒にしないほうがいいぞ」
リュウは申し合わせたかのように刀を構えた。
一方でサシャとアリアは街の北西に到着していた。
北西の街もマグマのゴーレムや水銀の人形が家屋を破壊したり、
アフォガードの部下達と戦っている様子だった。
「この通りを抜ければ北西の荒野に着くはず!」
二人は大通りを駆け抜ける。
少し走ると門と大きな橋が見えた。
「あそこだね!」
アリアが門を指さす。
そして、橋の中腹に差しかかった時。
「水銀魔法-銀翼の大鴉-」
空から巨大な銀色の鴉が二人に向かってくる。
「うわ!」
サシャとアリアはそれを回避する。
「ズコーン!!」
先ほど二人がいた場所には巨大な穴が空いていた。
「この魔法は…!」
トルティヤはその魔法に見覚えがあった。
「あれれ?やったと思ったんだけどな」
声のする方向をサシャとアリアが見つめると、
門の上にフェネックが立っていた。
「あんたは!」
アリアが鋭い視線をフェネックに向ける。
「あれ?生きてたんだ。私の水銀毒で死んだかと思ったのに」
フェネックは挑発的にアリアに呟く。
「…サシャ、あいつは僕がやるよ」
アリアが弓を構えながら呟く。
「けど、あいつはトルティヤを苦戦させた魔導師だよ?アリア一人で…」
サシャは戸惑った。
相手は敗れたとはいえトルティヤ相手に善戦した魔導師だったからだ。
「ふん…苦戦しとらんわ。じゃが小僧の言うとおり、奴は中々の強敵じゃぞ?」
トルティヤが魔導念波増幅機でアリアに呟く。
「大丈夫だよ!だから行って」
アリアの気迫にサシャは諦める。
「分かったよ。ただ、絶対に無理はしないでね…無理だと思ったら逃げて」
そう呟くとサシャは橋の向こう側へ走る。
「あれれ?女の子一人を放っておいて、どこ行くのかな?水銀魔法…」
フェネックが魔法を唱えようとすると空を切り一本の矢が飛んでくる。
それはフェネックには見えないほどの素早い矢だった。
矢はフェネックの顔のすぐ横を掠った。
「あんたの相手は僕!!不満ある?」
アリアはフェネックに強気に呟く。
「…まったく。そこまで言うならアンタをさっさと殺して、あの子を追うもんね」
フェネックは門から飛び降りると橋の中腹に着地する。
アリアとフェネックが橋の中腹で向かい合った。
アリアは弓を構え、フェネックを射抜こうと狙いを定める。
フェネックは両手に水銀の剣を握る。
「アリア、リュウ…死んじゃ嫌だからね」
サシャは二人の無事を祈りながら橋を渡る。
「あの小僧と小娘なら大丈夫じゃろ。恐らく今のお主よりも強いかもしれんの」
トルティヤはからかうように呟く。
「分かっているよ…とにかく、僕も今やれることをするんだ」
サシャの瞳には強い決意に満ちていた。
こうして、サシャは門を抜け北西の荒野に足を踏み入れた。




