第42章:強くなるために…
翌日。サシャ達の姿はアフォガードのアジトにあった。
「んー…よく寝た」
サシャは、心地よい眠りから覚め、ソファからゆっくりと身を起こした。
「すやすや…」
精神世界では、トルティヤが穏やかな寝息を立てていた。
「(昨日は激しい戦いだったもんな)…んーっ」
サシャは、眠るトルティヤを微笑ましく見つめると、大きく背伸びをした。
全身の筋肉が伸び、体には心地よい疲労感が残っていた。
「あれ?」
ふと、部屋内を見渡すと、リュウとアリアの姿が見当たらなかった。
「どこにいったんだろう?」
サシャは、疑問に思いながらソファから立ち上がり、部屋を出た。
アジトの広間に出ると、アフォガードの部下の一人が近づいてきた。
「おう坊主。起きたのか」
それは、昨日リュウの治療を行ったデュークだった。
「あ、おはようございます」
サシャは、デュークに軽く頭を下げた。
「あの、リュウとアリアを見ませんでしたか?」
サシャは、デュークに尋ねた。
「あぁ、刀を持った坊主は訓練場で素振りをしてくるって、弓を持った小娘は街に出てくるとか言ってたな」
デュークは、サシャに二人の行き先を告げた。
「訓練場…あそこかな」
サシャの視線の先には、「訓練場」と書かれた木製の立て札が掛けられた扉があった。
「ギィィィ…」
サシャは、訓練場の扉をゆっくりと開けた。
訓練場は、静寂に包まれていた。
木製の床は磨き上げられ、壁には様々な武器が整然と飾られていた。
木製の剣、重厚な槍、巨大な大斧。
それらは、まるで戦士たちの魂が宿っているかのように、静かに佇んでいた。
内部には、訓練用の的や木人、サンドバッグも、整然と並べられ、厳かな雰囲気を醸し出していた。
「ふっ…ふっ…」
「はっ!おりゃ!!」
中では筋肉質の男が腕立て伏せをしていたり、細身の女性が槍の素振りをしていた。
「こんなところが…」
サシャは周囲を見渡す。
その中にリュウの姿があった。
「996、997、998…」
リュウは、愛用の刀を手に、静かに素振りを繰り返していた。
刀が空気を切り裂く音だけが、訓練場に響いていた。
「リュウ!おはよう!」
サシャは、リュウに声をかけた。
「999…1000…!」
リュウは、1000回目の素振りを終え、刀を静かに下ろした。
彼の額には、汗が光っていた。
「あぁ、サシャ、おはよう」
リュウは、手ぬぐいで額の汗を拭った。
「怪我は大丈夫なの?」
サシャは、リュウの怪我を心配そうに尋ねた。
「あぁ。あの魔法のおかげで、もうなんともない」
リュウは、腹部を押さえながら答えた。
「そっか、それならよかった」
サシャは、安堵の表情を見せた。
「あの力に頼らずとも強くなりたいからな。だからこうして朝早くから訓練だ」
リュウの瞳は、新たな目標に向けて輝いていた。
「(リュウはこんなにも強くなろうとしてる。俺は…)」
サシャは、リュウの言葉に刺激を受け、深く考え込んだ。
「どうした?」
リュウは、サシャの様子を見て、不思議そうに尋ねた。
「いや、ちょっと考え事」
サシャは、曖昧な返事をした。
「お前らしくない表情をしているぞ」
リュウは、サシャの様子を見て、微笑んだ。
「あはは…そうかな?」
サシャは、照れ隠しに笑った。
「バレバレだ。お前はお前の強さがある。それを大切にすればいい。そう思う」
リュウは、サシャに静かに語りかけた。
「リュウ…ありがとう…」
サシャは、リュウの言葉に救われた気がした。
彼の言葉は、サシャの心に深く響いた。
「あ!そういえばアリアはどこに行ったか知らない?」
サシャは、話題を変えるようにリュウに尋ねた。
「なんか、狩猟道具専門店を見つけたから行ってくるって言ってたな。一緒に行ってみるか」
リュウの提案に、サシャは頷いた。
二人は、訓練場を後にする。
すると、カタラーナがアジトにいた。
「これはこれは。おはようございます。よく眠れましたか?」
カタラーナが二人に尋ねる。
「はい!おかげさまでぐっすりと…」
サシャが頷きながら呟く。
「傷も癒えてすっかり…ところでカタラーナさん。この街にある狩猟道具専門店ってどこにあるか分かりますか?」
リュウはカタラーナに狩猟道具専門店の場所を尋ねた。
「それなら恐らく、「クラサ狩猟道具専門店」のことですね。それならば街の東側にありますよ」
カタラーナはニコニコしながらリュウに場所を伝える。
「ありがとうございます。サシャ行こう」
リュウはカタラーナに軽く頭を下げるとサシャと共にアジトを出る。
「公国の連中がいつ襲ってくるかもしれません。お気をつけていってらっしゃいませ」
カタラーナはアジトを去る二人を見送った。
パナンの街は、太陽が燦々と照りつけ、活気に満ちていた。
道端では、行商人が威勢の良い声を上げ商品を売り、子どもたちが楽しそうに駆け回っていた。
「確か、店は街の東側にあるって言っていたな」
二人は、街の通りを歩いた。
しばらく歩くと、木造の店舗が姿を現した。
看板には「クラサ狩猟専門店」と書かれていた。
「ここだな」
二人は、店の扉を開け、中に入った。
「らっしゃい」
店に入ると、店主の威勢の良い掛け声が響いた。
店内は、外観通り木造で、様々な狩猟道具が所狭しと並べられていた。
弓矢、罠、火薬、縄。
更には、モンスターをおびき寄せるための餌や釣竿まで置いてあった。
それらは、冒険者やハンターたちの心をくすぐるように、魅力的に陳列されており、店内には、冒険者やハンターらしき人々が、熱心に品定めをしていた。
そんな中、アリアは、両手にたくさんの商品を抱え、レジに向かっていた。
「あちゃ…ついつい選びすぎちゃったよ」
アリアの両手は、商品の重さで震えており、今にも落としそうだった。
彼女の手には、たくさんの矢と火薬の入った袋が積まれていた。
「いた!おーい!」
二人は、アリアに駆け寄った。
「あ!ふたりとも来たんだ!って、うわぁ!」
アリアは、二人の気配に気がつくと振り向いた。
その時、両手の商品を落としそうになり、慌てた表情を見せた。
「おっとっと!」
サシャとリュウは、咄嗟にアリアの商品を受け止めた。
「あわわ…ごめんね、ついつい買いすぎちゃって」
アリアは、申し訳なさそうな表情をした。
「大丈夫だよ!」
サシャは、アリアに優しく声をかけた。
そして、三人は、レジに向かった。
大量の商品が机に並べられると、額にシワを寄せた店主が、一つ一つ丁寧に商品を確認した。
「お嬢ちゃん。ハンターか何かかい?」
店主が商品を確認しながらアリアに尋ねる。
「うん!僕はアリア・ダルサラーム!ちょっと一族の習わしで二人と旅をしているんだ!」
アリアは元気に自己紹介をする。
「なんと!あのダルサラーム家の…シャルロッテ様はお元気で?」
店主がとある人物の名前を口にする。
「あ!おばば様のことだね?うん!今も元気にモンスターを狩りに行ったりしているよ!」
アリアが質問に答える。
シャルロッテというのはアリアがよく言う、おばば様のことだった。
「シャルロッテ様にはうちの商品をよく買ってくださりました。これも何かの縁…少し値引きさせてもらいましょう」
店主はそう呟くとそろばんを弾く。
「少し値引いて、全部で1万3000ゴールドですかね」
店主は、よぼよぼした声で呟いた。
「はい!これでいいかな?」
アリアは、金貨と銀貨を店主に渡した。
「確かに…これはお釣りじゃ」
店主は、震える手で銅貨を数枚、アリアに渡した。
「ありがとう!」
アリアは、笑顔を見せた。
「シャルロッテ様によろしくお伝えください」
店主は震える声でそう呟いた。
「ね!荷物運ぶの手伝って欲しいな!」
アリアは、二人に懇願する。
「あぁ、構わない」
リュウは、火薬が入った袋を抱えた。
「うん!もちろん」
サシャは、矢筒に入った矢をいくつか抱えた。
「ありがとう!」
アリアは、二人に微笑んだ。
そして、三人は店を後にした。
「それにしても、たくさん買ったね」
サシャは、アリアに話しかけた。
「うん!僕、もっともっと強くなりたいんだ!モンスターを見たいのもそうだけど、やっぱり一流のハンターって強さも兼ね備えてなきゃダメだなって思って…だから、色々と試してみることにしたんだ!」
アリアの瞳には、強い決意が宿っていた。
「(アリアも同じだ。強くなろうとしてるんだ)」
サシャは、アリアの言葉に触発され、自身の力の在り方について再び深く考え込んだ。
その時、精神世界で眠っていたトルティヤが、ゆっくりと目を覚ました。
「んんーっ、よく寝たのじゃ」
トルティヤは、両手を上げ、ゆっくりと背伸びをした。
彼女の表情は、心地よい眠りから覚めたばかりで、まだ少しぼんやりとしていた。
「おはよう」
サシャは、トルティヤに声をかけた。
「うむ」
トルティヤは、目をこすりながら、サシャに応じた。
「ねぇ。トルティヤ」
サシャは、意を決したように、トルティヤに問いかけた。
「僕もさ…魔法解除以外の魔法って使えるようになるのかな?」
サシャの瞳には、僅かな希望と、大きな不安が入り混じっていた。
「は?お主は何を言っておる。寝ぼけているのか?」
トルティヤは、サシャの言葉を訝しげに聞き返し、じっと見つめた。
「そうだよね…複数魔法使用者じゃあるまいし、僕じゃ無理か…」
サシャは、落胆したように呟き、視線を落とした。
「じゃが、お主はワシが持っておった魔具、禍津球の影響を少なからず受けておる」
トルティヤは、淡々とした口調で続けた。
「じゃから、可能性は全くゼロではないのぉ」
トルティヤは、サシャに希望を与えるように言った。
「そ、そうなんだ…」
サシャの表情は、先程までの落胆から、微かな期待へと変化した。
「あくまで可能性があるというだけじゃ。確証はないぞ」
トルティヤは、念を押すように付け加えた。
「それにじゃ。仮にワシが使う魔法を使えるようになったとしても、お主にはそれを扱うほどの魔力量がないのじゃ。だから、背伸びをするでない。手に入らないものは手に入らぬ」
トルティヤがきっぱりと言い切る。
「そうだね…なんかゴメン」
サシャがガクッと肩を落とす。
「おーい!サシャ、どうしたの?」
気がつくと、サシャは道端で立ち止まっており、リュウとアリアは少し先に進んでいた。
そして、アリアが、心配そうな声をかけてきた。
「あ!今行くよ!」
サシャは、慌てて二人の元へ駆け寄った。
一方、パナンの北西にある荒野。
ベンガルたちは、砂塵が舞い上がる荒野の中を、ゆっくりと進んでいた。
だが、そこは天気の都合か、強烈な砂嵐が吹いていた。
砂嵐は、視界を遮り、肌をざらつかせるほどの勢いだった。
風に運ばれた砂が、容赦なく彼らの体を叩き、まるで小さな針で刺されているようだった。
「ううっ…砂が目に入った」
フェネックは、目を細め、不快感を露わにした。
「砂嵐ごとき、なんとでもなかろう」
ベンガルは、涼しい顔で呟いた。
「…」
グレイは、右腕を前に出し、砂嵐を防いでいた。
その表情は、険しく、集中力を研ぎ澄ませているようだった。
「パナンはまだ?いい加減、疲れてきたんだけど」
フェネックは、仮面の奥で不満そうな表情を浮かべた。
「もう少しだ…南西側に膨大な数の魔力を感じる。そこがパナンだ」
ベンガルは、砂嵐をものともせず、砂漠を進んだ。
その時、目の前の砂が大きく盛り上がった。
「グルルル…」
そこには、全長7メートルはあろうかという、紫色の巨大なサソリがいた。
そのサソリは、巨大な鋏を振り上げ、ベンガルたちを威嚇していた。
鋭い鋏は、まるで刀のように鋭く、
その体は、硬い甲羅で覆われ、不気味な光沢を放っていた。
「砂嵐はこいつの仕業か…」
ベンガルは、サソリを冷静に見つめた。
「まったく…なんでこうなるの」
フェネックは、呆れたように呟き、魔法を唱え始めた。
「フシャャアアア!」
サソリは、巨大な鋏をベンガルたちに向けて振り下ろした。
その攻撃は、風を切り裂き、轟音を立てた。
「水銀魔法-銀色の大網-」
フェネックの右手から、銀色の網が放たれた。
網は、瞬く間に広がり、サソリの鋏を絡め取った。
それは、水銀でできており、柔軟でありながら、非常に強固だった。
「しゅっ…」
グレイは、一瞬のうちに姿を消し、再びサソリの関節部分に現れた。
そして、大太刀を鞘から抜く。
「もぶり流剣術奥義・落鳳斬!!」
グレイは、大太刀を関節部分に勢いよく振り下ろした。
次の瞬間、サソリの鋏が両断され、砂地に落ちる。
「シュウウウウ…」
サソリは、断末魔を上げ、痛みに悶えた。
そして、仕返しと言わんばかりに、尻尾をグレイに突き刺そうとした。
「はっ!」
だが、グレイは、その尻尾を大太刀で弾き飛ばした。
弾き飛ばされた勢いで、尻尾はサソリの背中に深々と突き刺さった。
「鬱陶しいね…終わりにしよっと」
フェネックは、冷たい口調で呟き、魔法を唱えた。
「水銀魔法-銀魔女の大鎌-」
次の瞬間、巨大な鎌がサソリの頭部目がけて飛んでいった。
鎌は、銀色に輝き、不気味な光沢を放っていた。
「ザシュッ!!」
鋭い鎌が、サソリの頭部にめり込んだ。
そして、サソリは頭部と背中から、緑色の体液を撒き散らし、絶命した。
「…終わったか」
ベンガルは、腕組みをしながら、息絶えたサソリを見つめた。
「隊長殿の手間を取らせるまでもない」
グレイは、大太刀を鞘に納めた。
「見た目より強くなくてよかったよ」
フェネックは、ため息をついた。
すると、徐々に砂嵐は止み、辺りは晴れ晴れとした荒野が広がっていた。
そして、そのはるか先には、パナンの町並みが広がっていた。
「どうやら、今のモンスターが砂嵐を引き起こしていたみたいですね」
グレイがサソリの死体を眺め呟く。
「ふん…存外近かったな…」
ベンガルは、ニヤリと笑った。
「あれ?案外近いかも」
フェネックの顔に、笑みが溢れた。
「…ざっと、歩いて20分くらいか」
グレイは、目を細めて街を見た。
「どれどれ…」
ベンガルはそっと目を閉じる。
「街に巨大な魔力が3つある。スイフトが言っていた伝説の賞金稼ぎと例の魔導師のものだろう、あと一つは分からんが…大した脅威にはならんだろう」
ベンガルは、パナンに点在する魔力を感じ取ると、目を開けた。
「いよいよだね、リーダー…」
フェネックは、興奮した様子でベンガルを見つめた。
「必ずや勝利者の矛を我らの手に…」
グレイが冷静な口調で呟く。
「行くぞ。奴らに真の絶望を与える時だ…」
ベンガル達は、ゆっくりとした足取りで、パナンに向けて歩き始めた。
同時刻 パナンにあるアフォガードのアジトでは。
「む!ボズ卿から伝書梟か…」
アフォガードの元に一匹の伝書梟が届いていた。
送り主はカルペンの自警団のボスであるボズ卿からだった。
「なになに…奴らがそっちに向かっている…と」
その伝書の内容は最悪なものだった。
「付近の様子を見に行かせますか?」
カタラーナがアフォガードに尋ねた。
「あぁ。だが、今回は俺も行く。念の為だ」
アフォガードは、椅子から立ち上がった。
「しかし、父上が自ら出るような…」
カタラーナは心配そうに見つめる。
「来ている連中がもし本隊なら事案だ。パナンに直接攻撃をしてくる可能性もある。だから、俺が行く」
アフォガードは心配そうな表情をするカタラーナに鋭い視線を向ける。
「分かりました…どうか、お気をつけください」
カタラーナがアフォガードに視線を送る。
「…ここは頼むぞ。よし、暇な奴はついてこい!少しばかし偵察だ!」
アフォガードがカタラーナにそう呟く。
そして、付近の部下数人に命令を出す。
「…もし、野狐部隊なら、街に入られることだけは阻止せねばな」
アフォガードの表情は、普段の余裕のある笑みとは異なり、僅かに緊張を帯びていた。
彼は、ベンガルたちの目的と、彼らが持つであろう力を警戒していた。
そして、数人の部下を引き連れ、アジトを後にした。
アフォガードたちがアジトを出た直後、パナンの街には、不穏な空気が流れ始めた。
空は、先程までの晴天が嘘のように、黒い雲に覆われ始めた。
風は、徐々に強さを増していた。
「急に天気が悪くなってきたな」
リュウが空を見上げ呟く。
「雨でも降るのかな?」
サシャがそんなことを思いながらアフォガードのアジトへと向かった。




