第4章:新たなる魔具
「しかし、ハギスに魔具はあるのかな?」
ハギスに向かう道中でサシャがのんきに尋ねる。
「そんなの知らん。お主はワシの足となり、ひたすらに魔具を探せば良い」
トルティヤが冷たい口調で呟く。
「さぁな。俺は別に興味はない」
リュウは、無愛想ながらも答えた。
「二人ともそっけないなぁ…」
サシャは少し苦笑いをする。
「とにかく、ハギスは大きな街らしいし、きっと面白いものがあるに違いない!」
サシャは、旅への期待に胸を膨らませた。
そんな他愛もない会話をしながら荒れ地を進んでいると、突然、轟音が響きわたった。
「なんだ!?」
サシャ達が困惑していると、灰色の毛皮に覆われ、鋭い牙をむき出しにした巨大な猪が、こちらに向かって、まるで弾丸のような勢いで突進してきた。
「イノシシだ!!」
サシャは悲鳴を上げ、慌てて双剣を構えた。
「(くっ…!)」
リュウも猪の迫力に一瞬息を呑み、背中に差した刀に手をかけた。
猪の巨体は、まるで岩が転がってくるようだった。
地面を揺るがすような勢いで、猪はサシャたちに迫る。
「(大きい…!)」
このままではひとたまりもない。
サシャとリュウに焦りが走った。
その時だった。
「ヒュンッ!」
しかし、猪がサシャたちに迫りくる前に、どこからともなく飛んできた巨大な矢が、猪の頭に命中した。
巨大な矢は、猪の分厚い皮を貫通し、猪は悲鳴を上げる間もなくドサッと崩れ落ちた。
サシャとリュウが周囲を見回すと、遠くからオレンジ色のフードを被り、オレンジ色のポンチョを着た緑髪の少女が近づいてくる。
「あなた達!大丈夫?」
巨大な弓を持った少女が、二人に駆け寄り心配そうに尋ねた。
「ああ、助かったよ。ありがとう」
サシャは、礼を言った。
「こいつはボンバーボア。付近の村を荒らし回っていたから、村長に頼まれて討伐したんだよぉ」
少女は、倒れた猪を指して言った。
「すごい腕前だね!」
サシャは、少女の弓の腕前に感心した。
「いやいや。これでも修行中の身なんだよぉ…」
少女は、謙遜するように呟く。
「それじゃ、僕はこれを村長に引き渡してくるね。ちなみに、ボンバーボアは今、繁殖期だから、この辺りを通る時は気をつけてね!」
少女はそう言うと魔法を唱える。
「鎖魔法-チェーンバインド-」
すると地面から鎖が伸び猪を拘束する。
そして、討伐したイノシシを鎖で出来た台車に載せて去っていった。
「鎖魔法か…面白い魔法を使いおるのぉ」
トルティヤがボソッと呟いた。
気を取り直してサシャ達は荒れ地を進む。
すると、目の前に次の目的地である、ハギスの城壁が見えてきた。
「あれがハギスだ!」
サシャは、歓声を上げた。
「やっと着いたか」
リュウも小さく息を吐き出す。
サシャ達は関所を抜け、ハギスへと入った。
関所では、何人かの兵士が往来する人々をチェックしていた。
ハギスは大きな街のようで、関所を抜ける人々の数も多かった。
「…これがハギスか」
リュウが街の様子を見る。
ハギスは石造りの重厚な建物が立ち並び、道幅も広く、活気に満ち溢れていた。
人々は思い思いの服装で歩き回り、露店には色とりどりの品物が並んでいる。
冒険者らしき屈強な男たちや、貴族のような華やかな衣装を身につけた人々、商人らしき恰幅の良い男たちなど、様々な人々が行き交っていた。
「わぁ!すごい人の数だ!」
サシャは、活気のある街並みに目を輝かせた。
リュウも、旅の疲れが吹き飛んだのか、表情が明るくなった。
サシャ達は喜びを噛み締めながら、ハギスの石畳の道を歩き始めた。
そして、ハギス通りという商店街に足を運んだ。
ハギス通りは、石畳の道沿いに軒を連ねる店が所狭しと立ち並び、活気に満ち溢れていた。
威勢の良い商人の掛け声が飛び交い、美味しそうな匂いが食欲をそそる。
珍しい食材や色鮮やかな装飾品、きらびやかな武器や防具が並び、見ているだけでも楽しい。
露店からは、香ばしいパンの匂いや、甘い果物の匂いが漂い、食欲をそそる。
大道芸人がアクロバティックな技を披露し、観客からは歓声が上がっている。
子供たちは元気に駆け回り、笑顔を振りまいている。
ハギス通りは、まさに五感を刺激する、活気に満ちた場所だった。
「うわぁ!すごい賑わいだね!」
サシャは、所狭しと並べられた見たこともない食材や、きらびやかな装飾が施された武器や防具に目を奪われた。
さらに、様々な効能を謳う魔法薬が所狭しと並べられており、サシャの好奇心を刺激した。
「それにしても、この街には色々な人がいるんだね」
サシャは、行き交う人々の服装や持ち物を見て、感心した。
人間はもちろん、エルフ族やドワーフ族、果てはドラゴニア族までいる。
エルフ族は人間よりも長寿で魔力量が多いとされている神秘的な種族。
ドワーフ族は工業技術に優れている小柄な体格が特徴の種族。
そして、ドラゴニア族は立派な角と、大きな翼が特徴だった。
「そうじゃな。ハギスは昔から交易都市として栄えているから、色々な地方から人が集まってくるのぉ」
トルティヤが答えた。
「へぇ!そうなんだ!」
サシャは、トルティヤの説明に興味津々だった。
「サタンマグロの切り身!安くしとくよ!」
「この薬を飲むと少しの間だけ若返ることができるよ!」
「今日は特売だよ!買った買った!」
「この剣はドワーフが作った一級品だよ!」
商店街には、客を呼び込む商人たちの掛け声が飛び交い、喧騒に包まれていた。
「おぉ…なかなか良さそうだな」
一方、リュウは露天の武器屋で刀剣類を見ていた。
リュウは刀剣が好きだった。
露天に並べられた様々な刀剣を、リュウは真剣な眼差しで吟味していた。
「この刀…切れ味は良さそうだが、少し重いな」
リュウは、手に取った刀の重さを確かめながら、呟いた。
「そりゃそうだお客さん。こいつはワンダムの鉱山から採取された「王鋼」という貴重な鉱石をふんだんに使った一品だからな」
店主が説明する。
「ふむ…そう考えると、刀はやっぱりバランスが重要だな」
リュウは、別の刀に目を移した。
「まったく…人が多すぎるの」
一方でトルティヤは人混みにうんざりした様子で呟いた。
「俺も何か見てみようかな…」
サシャも市場で商品を見てみようとした瞬間だった。
「(ん?魔具の気配?)」
トルティヤが微かな魔力の気配を感じ取った。
「お主!近くに魔具があるぞ!」
トルティヤはサシャに声をかけた。
「え?本当!?」
サシャは目を輝かせた。
「本当じゃ!ほれ、さっさと探すぞ!」
トルティヤも目を輝かせ、魔具探しの準備を始めた。
「リュウ!行こう」
サシャはリュウに声をかけたが、リュウは刀剣から目を離さずに言った。
「俺はもう少し市場を見ていたい。来る途中に青い屋根の宿屋があっただろ?そこで落ち合おう」
街の真ん中には青い屋根の宿があった。
それは、とても大きな建物で、市場からでも見えるほどだった。
「分かった!じゃあ後でね!」
サシャはリュウと別行動を取ることにした。
「ま、好きにさせとけばよい」
トルティヤが言った。
「近い…多分この先じゃな」
トルティヤに急かされ、サシャは市場を抜けて人混みが少ない路地へ入った。
大通りから一歩入ると、喧騒が嘘のように静まり返り、ひっそりとした雰囲気が漂っていた。
道幅は狭く、両側には木造の古びた店が軒を連ねている。
所々に錆びついた看板が掛かっているが、文字はかすれて読めない。
ショーウィンドウの一部は割れていて、中には埃を被った古い人形や、色褪せた絵画、用途不明の奇妙な道具などが無造作に置かれており、廃墟のような外観だった。
「本当にこんなところに魔具があるのか?」
サシャは不安げに呟いた。
「心配するな。ワシの鼻は利くのじゃ」
トルティヤは自信ありげに答えた。
「この辺から気配を感じたのぉ」
トルティヤの言葉を頼りにサシャは付近を見渡す。
すると、古びた木造の骨董品屋にたどり着く。
「ここからじゃな」
トルティヤが呟く。
外観はボロボロでとても営業しているように見えなかった。
そして、店の扉はカタカタと音を立て、今にも崩れ落ちそうだった。
「ここに魔具が…」
サシャは意を決して、店に入った。
店内は薄暗く、まるで長い間手入れされていない廃墟のようだった。
埃っぽい古い木の匂いが鼻を突き、薄汚れた窓には蜘蛛の巣が張っていた。
床には、古びた家具や陶器、錆び付いた武具などが所狭しと積み上げられ、足の踏み場もないほどだ。
壁には、商品と思わしき色褪せた肖像画や風景画が傾いて飾られている。
「うわ…暗い」
サシャは少し怖気づく。
「おじけるな。ただの店じゃろ」
トルティヤが落ち着いた口調で呟く。
店内をウロウロしていると、奥の薄暗い一角に置かれた、鍵のかかった古いガラスのショーケースに目が留まった。
その中に、黒と金色をした装飾が美しい横笛が、ひっそりと置かれていた。
「間違いない!あれこそワシが探し求めていた魔具じゃ!」
トルティヤは、その横笛を見た瞬間、全身に電撃が走ったかのように目を輝かせ、興奮した声で叫んだ。
「本当にこれが魔具…?」
サシャは頭をかしげた。
なぜなら見た目は普通の、少し古風な横笛だったからだ。
「…ふむ。お主は、まだまだじゃな」
それを見たトルティヤはサシャをからかうように呟く。
「これは、幻魔の横笛じゃ」
トルティヤは横笛について説明した。
「この横笛は、聞いた者を悪夢に陥れる恐ろしい力を持つ魔具じゃ。正しく演奏された音色を聞いた者は、悪夢に囚われ、心身を深く傷つけられると言われている。特に、精神力が弱い者は、悪夢から抜け出せなくなるほど恐ろしい魔具じゃ」
トルティヤは、興奮した様子で横笛について解説した。
「この横笛には、そんな恐ろしい力が秘められているのか…」
サシャは、横笛の力に驚きを隠せない。
「というわけじゃから…買おう!今すぐ!」
トルティヤは興奮した声で叫んだ。
黒曜石のように深い黒と、太陽のように輝く金色。
そのコントラストが織りなす美しい装飾が施された横笛に、トルティヤはすっかり心を奪われていた。
サシャもその横笛に見惚れていたが、冷静さを保ち、ショーケースに飾られた横笛に値札が付いていないことに気が付いた。
「あれ?値札がない?」
サシャが首を傾げていると、背後から優しい声が聞こえた。
「いらっしゃい」
振り返ると、ニコニコとした表情の老婆が立っていた。
店の主人だろうか。
その姿は、黒いローブを羽織っており、顔には深いシワが刻まれていた。
老婆はサシャの視線の先にある横笛に気づき、言った。
「その笛が欲しいのかい?」
どうやら、ただの美しい笛だと思っているようだ。
サシャは正直に答えた。
「はい。ただ、値札がなくて」
すると、老婆は少し困ったように笑い、言った。
「ああ、この笛はね、有名な貴族から譲り受けた物なんだけど、あまりにキレイだったから売り物にしないで観賞用にしといたんだよ」
サシャとトルティヤはその答えに愕然とした。
それに対して、サシャは意を決して、懇願した。
「どうか、どうか、そこをなんとか!売ってください!」
老婆は少し悩んだ様子を見せたが、サシャの熱意に根負けした。
「んー…まぁ、頭まで下げられちゃ仕方ないね。そこまで言うなら、特別にあんたらに売ってあげるよ」
「それで…いくらですか?」
サシャが値段を尋ねると、老婆は少し考えてから言った。
「そうじゃな…有名な貴族から譲り受けたものだし、30万ゴールドでどうだい?」
「30万ゴールド!?」
サシャとトルティヤは目を丸くした。
サシャは慌てて所持金を確認するが、僅か3万ゴールドしかない。
「そ、その…もう少しだけ、まけていただけませんか?」
サシャは必死に交渉した。
それに対して、老婆は少し考え、渋々といった様子で言った。
「んー…なら少しマケて28万ゴールドでどうだい?申し訳ないけど、これ以上は無理だね」
「ぐぬぬ…」
トルティヤは悔しそうに唇を噛んだ。
「分かりました。数日だけ、待っていてもらえませんか?」
どうやらこれ以上の交渉は無理だ。
そう悟ったサシャは老婆に懇願する。
「分かった。ただし、先に28万ゴールド以上で買うというお客さんがいたら…その時は売ってしまうからね」
「…はい」
サシャは気丈につぶやきつつも、肩を落として店を出た。
「おい!28万ゴールドじゃぞ!何か売れるものはないのか!?ほれ、お主が着けているマントとか、今まで収集した宝とか動物の毛皮とか!」
トルティヤが慌ただしく提案する。
「いやいや、マントは無理。これは恩人が遺してくれた大切なマントなんだ。あ!そうだ!遺跡で拾った財宝を売ろう!」
サシャは落ち着いてガイエンの遺跡で拾った財宝を思い出す。
「ここだね」
そして、サシャは市場に戻り、石造りの店に入る。
そこは様々な特産品が売買されている交易所だった。
冒険で手に入れた財宝は交易所で買い取ってくれるというのは、
冒険者達の間では常識だった。
「らっしゃい!」
「ワンダムから輸入した金だよ!今なら安いよ!」
「サージャス産の、アシュラサボテンはいかが?」
中からは商人たちの威勢のよい声が響く。
各々、商売をしているようだった。
「すみません。これを売りたいのですが」
サシャは受付にいた商人に、金の王冠と聖獣の毛皮で作られたマントを手渡す。
「はいはーい。今、鑑定するので少しお待ちくださいね」
商人はそう呟くと王冠とマントを持って店の奥に消えた。
「(あれだけの宝だし30万ゴールドくらいにはなるかな?)」
一応、金で作られた古代の王冠。
そして、聖獣の毛皮で作られたマントだ。
サシャはそれなりの価値があると期待していた。
そして、しばらくすると商人が奥から金貨の入った袋を持って戻ってくる。
「どうですか?」
サシャは商人に尋ねる。
しかし、帰ってきた商人の言葉は残酷だった。
「うーん…まず、このマントに使われている毛皮はそんなに珍しい聖獣ではないな。あと、王冠は宝石が全部抜けている。だから、2つ合わせて8万ゴールドってところだ」
「なに!?」
その言葉を聞いたトルティヤは驚嘆する。
「え?あの…本当に鑑定額、合ってますか?」
サシャは商人に再度確認する。
「合ってるとも。疑うなら別に買い取らなくていいんだぞ」
商人が投げやりに呟く。
「いえ…買い取ってください」
サシャは持っていても仕方ないと思い、王冠とマントを売った。
手に入れたお金は、たったの8万ゴールドだった。
「あと、17万ゴールドか…どうしようか」
サシャは残りのゴールドをどうするか考えつつ、青い屋根の宿屋に向かう。
すると、宿の前には既にリュウがいた。
「遅かったな。部屋は取っておいた」
リュウはサシャに部屋をとっていたことを告げる。
「ありがとう!!」
すると、サシャのお腹が鳴る。
「あ…」
サシャは朝から何も食べてないことを思い出した。
「ワシも腹ぺこじゃ」
精神世界にいるトルティヤが背伸びをする。
「俺も腹が減った。食事にしよう」
こうして、サシャ達は宿屋のレストランで食事をすることになった。
宿屋には多くの冒険者や商人が食事や団らんを楽しんでいた。
そんな中、サシャとリュウは革張りのソファの席に腰を下ろした。
「いらっしゃいませ!」
看板娘と思われる女性がやってくる。
「すみません。鶏そばを一つ…」
サシャは鶏そばを頼む。
しかし、それに対してトルティヤが不満そうな顔をする。
「嫌じゃ!ワシは豚そばがいい!」
トルティヤがガイエンの時のように駄々をこねる。
「(今回は譲れない)」
サシャは少し考えると、トルティヤに優しく提案する。
「ならばじゃんけんで決めよう」
「ほう、よかろう。たまには付き合ってやるとするかのぉ」
こうして、豚そばにするか鶏そばにするかは、じゃんけんで決めることに。
「じゃんけん…」
『ぽん!!』
サシャはグー。トルティヤはチョキだった。
「やった!」
サシャは歓喜の声をあげる。
「むぅ…」
トルティヤは納得ができなさそうに、ふてくされた。
そして、サシャは鶏そばを、リュウは牛そばを注文した。
少しして二人の元へ、鶏そばと牛そばが運ばれてきた。
「これこれ。やっぱ、鶏そばだよな」
サシャは鶏そばを美味しそうにすする。
鶏肉の旨味とネギの風味が口いっぱいに広がり、温泉卵を絡めるとまろやかな味わいに変化する。
「ふーふー」
リュウは麺を冷ましながら牛そばを食べていた。
甘辛く煮込まれた牛肉とネギが蕎麦の上に山盛りになり、こちらも温泉卵が添えられている。
「ぐぬぬ…」
その様子をトルティヤは恨めしそうに見つめていた。
「それで、実はね…」
食事後、リュウにいきさつを話す。
魔具を見つけたがお金が足りないこと。
お金を稼ぐ手段を考えていること。
「ふむ…」
サシャの話を聞くとリュウは納得したように頷く。
「…それなら依頼を探そう」
「依頼?」
サシャが尋ねるとリュウはレストランに設置してある掲示板に視線を向ける。
そして、依頼板と依頼について教えてくれた。