第31章:悔悟
トルティヤがソファに座りながら呼吸を整える。
そして、アフォガードに話す。
「お主が言ってた、コボ遺跡にワシらは行った。確かに勝利者の矛は存在した」
トルティヤは、アフォガードの目を真っ直ぐに見つめ、勝利者の矛が存在することを伝える。
「情報は…本当だったのか」
アフォガードは、驚きを隠せない様子で、呟く。
「じゃあ!魔具を手に入れたのか!?」
「まさか…魔具がそんな近くにあったとは…」
「売ったらいくらになるんだ?」
周囲にいる男たちが、前のめりになり、声を上げる。
「落ち着けお前ら。…続けてくれ」
アフォガードは、片手を上げ、男たちを制すると、トルティヤに促す。
「じゃが、サージャス公国の奴らに勝利者の矛を持って行かれてしまった」
トルティヤは、悔しそうな表情を隠せず、その拳は、僅かに震え、悔しさを滲ませていた。
「公国の奴らが!?」
アフォガードは、予想外の事態に、驚愕を隠せずにいた。
「じゃが安心しろ。勝利者の矛は、二ヶ所に保管されておるらしい。一か所はコボ遺跡。もう一つは…恐らくお主が言っていた未開の遺跡じゃろう」
トルティヤは、アフォガードを安心させるように、落ち着いた口調で告げる。
「なるほど…まさか二つに分けられているとは。だから、二箇所にあるという情報が出ていたのか」
アフォガードは、顎に手を当て、納得がいったような表情をする。
「そして、ワシが戦った男の名はベンガル。公国の影、と名乗っておった。奴は四種類の魔法を使う上に常人離れした回復力をもっておった…」
「四種類の魔法だと!?」
「そいつは人間なのか…」
トルティヤの言葉に、バー内は再びざわめく。
「ベンガル…聞いたことがないな」
アフォガードは、首を傾げ、記憶を辿る。
その表情は、見覚えのない名前に、困惑を隠せずにいた。
「さすがのお主も知らぬか。だが、襲ってきた連中は全員、個性が強い魔法を使っておった。複数魔法使用者もいるようじゃった」
トルティヤはアフォガードに情報を伝える。
「なるほど…もしかしたらだが…」
アフォガードが考え込む。
「公国の特殊部隊か何かなのかもしれないな」
アフォガードが口を開く。
それはサージャス公国の特殊部隊のことだった。
「特殊部隊じゃと?」
トルティヤは、首を傾げ、アフォガードに尋ねる。
「これも仮説の範疇だが…サージャス公国の公爵家には影の仕事を生業とする特殊部隊がいると聞いたことがある」
アフォガードは、冷静に状況を分析していた。
「なるほどのぉ…それなら合点がいくわい」
トルティヤは、顎に手を当て、感心したように呟く。
「そして、お前を苦戦させたとは相当だな。どんな奴らがいたんだ?」
アフォガードは、興味深そうに尋ねる。
「一人は大太刀を持った剣士じゃな。小僧と互角に斬り合っておったわ…」
そう言うと、トルティヤはリュウの方を見つめる。
「いや、奴は全力じゃなかった。まるで俺の実力を試しているような。そんな感じだった」
リュウは、歯を噛み締め、悔しさを滲ませながら呟く。
その表情は、自身の未熟さを痛感し、悔恨に満ちていた。
「それと、バリアが出る義手をつけた少女じゃな。奴は水銀魔法を使っておったわ」
そう言うと、トルティヤはアリアの方を見つめる。
「なるほど…それで毒か…」
アフォガードは、状況を理解し、納得していた。
「他は復元魔法と影魔法を使う複数魔法使用者の魔導師と、転送魔法と水晶魔法をつかう女。あとは雪魔法を使う女に金砕棒を持った男…そして、四つの魔法を使うベンガルというリーダー格の男…合体魔法まで使いおったわ…」
トルティヤは、ため息まじりにアフォガードに話す。
「なるほどな。いかにも精鋭という感じだな。特にベンガルと名乗った男…お前に相当深手を負わせたようだな。気になる」
アフォガードは、顎に手を当て、考え込む。
「…ワシが話せるのはそれだけじゃ。まったく、このワシがなんてざまじゃ」
トルティヤは、そう呟くと、近くにあったソファに腰を深く沈める。
その表情は、自身の不甲斐なさに、落胆の色を滲ませていた。
「ま、とにかく今はゆっくり休め。面白い情報を聞かせてくれた礼だ。ここにあるものは自由に使って、自由に飲み食いしてもらって構わない。俺は、そのベンガルとやらの情報を探ってみることにしよう」
そう言うと、アフォガードはバーの入口へと歩いていく。
「…ううん」
その直後、精神世界で倒れていたサシャが目を覚ます。
「あれ?ここはアフォガードさんの…トルティヤ?」
サシャは、床に座り、落ち込んでいる様子のトルティヤに声をかける。
「…」
トルティヤは、まるで抜け殻のように、生気が感じられなかった。
「…あぁ」
いつもの様子と違うトルティヤに、サシャは少し困惑する。
「…お主。ワシを責めぬのか?」
すると、トルティヤが呟く。
その声は、弱々しく、今にも消え入りそうだった。
「え?どうして?」
サシャは、不思議そうな顔をする。
「ワシは負けたのだぞ?あんな…自信満々な顔をしたのに…」
トルティヤは、今にも泣きそうな顔をしていた。
「…トルティヤ」
そして、サシャはトルティヤをギュッと抱きしめる。
それは、優しく、トルティヤを包み込んだ。
「トルティヤはリュウとアリアも助けてくれた。それに、守ってもくれた。責める理由なんかないよ」
その声は、優しく、トルティヤを安心させようとしていた。
「お主…」
トルティヤの目から、ひと粒の涙が流れる。
「あ、もしかして…泣いてる?」
サシャは、トルティヤに尋ねる。
優しく、からかうように。
「ば、馬鹿者!泣いてなどおらぬわ!ほれ。その手を離さんか!」
トルティヤは、袖で涙を拭くと、サシャの手を振り払う。
「…よかった。いつものトルティヤだ」
サシャが、笑みを見せる。
「ワシをあまり馬鹿にするでないわ」
トルティヤが、呟く。
しかし、その顔は笑みを見せていた。
「ふふふ」
サシャが、笑みを返す。
「さて…ワシは休む。さすがに消費しすぎたからのぉ。あとは任せるぞ」
そう呟くと、トルティヤはサシャの肩を叩く。
「…」
トルティヤの姿が、サシャのものへと入れ替わる。
「…アリア、リュウ!」
戻ったサシャは、二人のところに駆け寄る。
その足取りは、早足で、二人を心配していた。
「戻ってきたか…」
リュウは、手当が終わっており、全身が包帯だらけになっていた。
「ごめん…僕のせいでこんな傷だらけに」
サシャは、申し訳なさそうに、リュウへ頭を下げる。
「気にするな。俺の実力が足りなかっただけだ」
リュウの声は、弱々しく、自身の無力さを悔いているようだった。
「アリアは?」
サシャは、アリアの方を見つめる。
アリアの顔色は、元に戻っているが、意識が戻っていないようだった。
「とりあえず、毒は取り除いた。あとはこの娘の根性次第だな」
スキンヘッドの男が、ぶっきらぼうに呟く。
「…アリア。僕のせいで」
サシャは、泣きそうな顔をする。
「今はアリアを信じよう。きっと大丈夫だ」
リュウが、優しくフォローを入れる。
「そうだね。アリアなら…」
分かっているものの、その表情は、不安でいっぱいだった。
「とりあえず今は休もう。トルティヤも休んでいるから」
サシャは、リュウに優しく呟く。
「そうだな」
リュウの体も、限界に近く、休息が必要だった。
こうして、サシャ達はアジトの一室で休むことになった。
そして、時間が進み、夜が訪れる。
パナンの郊外にある、廃墟となった建物群の一角。
そこに、アフォガードの姿があった。
「というわけだ。何か知っていることはあるか?」
アフォガードは、誰かと会話していた。
その声は、低く、相手に聞こえるように話していた。
「ベンガルね。いくつか情報を知っているよ。ただ内容が内容だからさ。いくらアフォガードさんでも安くはできない」
アフォガードの向かい側には、黒い帽子をかぶった金髪の男がいた。
男の輪郭は、ゆらゆらと揺れており、その表情は影になっていて、うかがい知れない。
「構わない。持って行ってくれ…」
アフォガードは、そう呟くと、迷い無く金貨を10枚、手渡す。
男は、金貨を受け取ると、口を開く。
「まず、ベンガルだが。奴はサージャス公国にある野狐部隊のリーダーだ」
その声は、落ち着いており、情報を正確に伝えていた。
「野狐部隊だと?」
アフォガードの表情は、初めて聞く名前に、驚きを隠せずにいた。
「あぁ。奴らはラムダ公爵が極秘に抱えている特殊部隊だ。人数は7人。いずれも一騎当千の猛者ばかりだ」
男が、アフォガードに詳細を離す。
「なるほど。部隊の詳細は分かるか?」
アフォガードが、男に尋ねる。
「残念ながら個々の使用魔法や戦闘に関する情報は一切、出回っていなかった」
男は残念そうに呟く。
「ま、さすがに都合よく出回ってはいないか」
アフォガードは、顎に手を当て、呟く。
「ただ、奴らが勝利者の矛を求めているとしたら…」
「ラムダ公爵が勝利者の矛を手に入れて、共和国への軍事行動。そして、公国内での権力拡大が目的だろう」
男は、冷静に推測を述べる。
「なるほど…勝利者の矛は持つ者に劇的な勝利をもたらすとされている魔具。それが、ラムダ公爵に渡ったら…再び戦争が起きる可能性だってあるわけか」
アフォガードは、事態の重さに気がつき、息をのむ。
「あくまで俺の推測に過ぎないけどね。それと、サージャス公国は…」
男が、言葉を続けようとした時だった。
「…アフォガードさん。アンタ狙われていますよ?」
男が、アフォガードに警告を発した。
次の瞬間。アフォガードと男に向かって、瑠璃色の刃が飛んでくる。
刃は、月明かりに照らされて光り輝き、二人へと殺到した。
「くっ!敵か!」
アフォガードは、咄嗟に回避するが、瑠璃色の刃は男にいくつか突き刺さる。
「…どうやら、ここまでのようですね」
そう言うと、男の輪郭はゆらゆらと揺れ、闇夜に溶けた。
刃の破片は、カランカランと音を立てて地面に落ちる。
「何者だ!」
アフォガードは、刃が飛んできた方向に、鋭い声で問いかける。
しかし、そこには、人影一つなく、周囲は、静寂に包まれ、不気味な雰囲気が漂っていた。
「…(殺気!)」
すると、アフォガードは、背後に気配を感じ取り、横に体をそらす。
「ヒュンッ!」
アフォガードの横を、瑠璃色の剣が空を切る。
剣は、鋭い風切り音を立て、アフォガードの頬を掠めた。
「今のをよく避けたな」
アフォガードが視線を向けると、そこには、水色の髪をした少女がいた。
「俺を奇襲とは面白いじゃないか…闇魔法-黒き潮-」
アフォガードは、後ろに下がりつつ、魔法を唱える。
黒い渦が、少女を包み込まんと迫る。
渦は、闇の力を纏い、全てを飲み込もうとしていた。
「転送魔法-オーディンの眼-」
すると、少女が跡形もなく消えた。
渦は、そのまま闇へと消える。
「…転送魔法か。随分と贅沢な魔法を持ってるんだな」
アフォガードが、周囲を見渡す。
すると、再び瑠璃色の刃が飛んでくる。
刃は、月明かりに照らされ、鋭く光っていた。
「はっ!」
アフォガードは、バックステップで回避する。
その体は、軽やかに動き、刃をかわした。
地面に、刃が突き刺さる。
「(こいつは水晶?ということは、こいつがトルティヤが話していた転送魔法と水晶魔法の使い手か!)」
アフォガードは、トルティヤの言っていたことを思い出す。
「さすがは伝説の賞金稼ぎだ。一筋縄ではいかないか」
少女は、古びた建物の屋根の上に立っていた。
「俺を狙うということは…お前は野狐部隊のメンバーだな?そんなに嗅ぎ回られるのが嫌なのか?」
アフォガードは、わざと挑発的な口調で尋ね、少女の反応を探っていた。
「だったら…なんだ?」
少女は、右手に水晶でできた瑠璃色の刀を形成する。
「いや、逆にとっ捕まえて尋問してやろうかなと思ってな」
その口元には、自信に満ちた笑みが浮かんでいた。
「面白いことを言う。年を取りすぎてボケたのか?」
少女は、刀を構えて素早い動きでアフォガードに向かってくる。
「あいにく、まだボケちゃいないな。闇魔法-暗牙戟-」
アフォガードは、冷静に魔法を唱える。
すると、右手に闇で形成された戟が現れる。
そして、戟で刀を受け止める。
その動きは、一切の無駄がなく的確だった。
「キイイイン!」
まるで金属がぶつかるような音が、廃墟に響く。
「俺が魔法専門だと思ったか?」
アフォガードが、少女に呟く。
「ふん。それで受け止めたつもりだろうが…」
少女が、更に魔力を高める。
すると、刀から棘が生える。
「水晶魔法-棘水晶-!」
水晶の棘は、アフォガードの顔面を狙う。
その動きは、素早く、容赦がなかった。
「おおっと。そんなこともできる…とはな」
アフォガードは、力を込め、戟を振り払う。
その動きは、力強く、少女の剣を弾き返した。
「っ!!」
少女の手から、刀が離れ、宙を舞う。
「だが、経験の差が違うのだよ」
アフォガードは、戟を少女に突き出す。
その一撃は胴体を捉えていた。
「なめるな。水晶魔法-瑠璃色胡桃-」
少女が、魔法を唱えると、地面から体を覆うように瑠璃色の水晶が現れる。
水晶は、少女を守るように、球状に形成された。
「ガキィィン」
戟の先端が、水晶に遮られ折れる。
闇でできた戟は、役目を終えたかのように闇に溶けた。
「なるほど…大した防御力だな。今まで見た中で一番かもしれんな」
アフォガードは、少女の魔法に感心しているようだった。
「私の水晶魔法の防御力は質が違う。その辺の輩と一緒にするな」
そう呟くと、少女は、再び魔法を唱える。
「水晶魔法-三角水晶-」
すると、地面から氷柱のような鋭い水晶がアフォガードに向って次々と生えてくる。
「ドドドドドドドドド!!」
水晶は、地面を突き破り、アフォガードを襲い掛かる。
「おおっと!これは厄介だな」
アフォガードは、次々と生えてくる水晶を回避する。
その体は、軽やかに動き、水晶をかわした。
しかし、その一つがアフォガードの足を掠る。
「ちっ…」
その表情は、僅かに苦痛に歪んだ。
「…思ったよりも面倒だな」
足からは、少し血が滲んでいた。
回避しつつ、アフォガードは魔法を唱える。
「闇魔法-漆黒の帆船-」
アフォガードが、魔法を唱えると、目の前に闇で覆われた巨大な帆船が現れる。
帆船は、闇の力を纏い、黒く不気味に輝いていた。
「出航だ」
アフォガードは、軽やかな動きで帆船に乗り込む。
そのまま、水晶の山に船は突撃していく。
帆船は、水晶を粉砕しながら、少女へと向かっていく。
砕けた水晶は、まるで宝石のように舞い上がる。
そして、船は少女にぶつかろうとしていた。
「転送魔法-オーディンの眼-」
だが、少女は船の甲板に瞬間移動した。
「年の割に奮闘するのだな。もう十分生きただろう?」
少女は、右手に水晶でできた刀を生成する。
「へっ。冗談じゃねぇ。まだやりてぇことあんだよ」
そう言うと、アフォガードは予備動作なしで、懐から貫級刀を投げる。
貫級刀は少女の額をめがけて飛んでいく。
「ちっ…水晶魔法-青き仮面-」
魔法を唱えると顔面を青い水晶が覆う。
「ガキン!」
水晶に貫級刀が直撃する。
その威力は高く、頑丈であるはずの水晶の仮面にヒビを入れる。
「なんだと…?」
仮面が顔から剥がれ落ちる。
少女の顔は、驚きと怒りの表情に満ちていた。
「そんな顔をするな。せっかくの美人が台無しだぞ」
アフォガードは、少女を挑発するように呟く。
「黙れ!」
そう叫ぶと、少女は魔法を唱える準備をする。
その体は、怒りで震え、魔力を高めていた。
「水晶魔法…」
少女が、魔法を唱えようとした時だった。
「藁魔法-文殊聖手-!」
巨大な藁でできた手が、少女の後ろから現れる。
その手は、少女を掴み取ろうと、迫りくる。
「むっ!」
少女は、それを横に飛んで回避する。
藁の手は、空を切り、甲板を叩きつけた。
「父上の帰りが遅いから来てみれば…こんなことになっているとは」
すると、向かいの建物の上に一人影が立っていた。
「随分と張り切ってらっしゃいますね。父上」
そこに、アフォガードの息子であるカタラーナが立っていた。
「おぉ。ちょうどいい。こいつらが例の奴だ。お前も手伝え!」
アフォガードは命令口調で、カタラーナに指示を出した。
「…承知しました」
カタラーナが、魔法を唱えようとした時だった。
「(人数不利だな…ここは)転送魔法-オーディンの眼-」
少女は、魔法を唱えると一瞬で姿を消した。
周囲は再び静寂の夜が訪れた。
「…近くに魔力を感じない。遠くに逃げやがったな」
アフォガードが、周囲を見渡す。
それを確認すると、アフォガードは魔法を解く。
闇で作られた船は、闇夜に溶けて消えた。
「父上!」
カタラーナは、アフォガードに駆け寄る。
そして、足の傷に気がつく。
「それは!?」
カタラーナは、信じられないといった顔をする。
「俺も年かもしれないな。一発もらってしまった」
足からは、血がにじみ、足首は真っ赤に染まっていた。
「にしても、まさか俺をマークするとは…野狐部隊。想像以上に厄介かもしれないな」
アフォガードは、野狐部隊が想像以上に厄介な相手であることを悟っていた。




