第30章:絶望と力
「まずはお手並み拝見だ。火魔法-火炎ノ門-!」
男が魔法を唱えると、トルティヤの両脇から炎の壁が現れ、轟音と共に迫り、トルティヤを押しつぶそうとする。
「ほう…」
トルティヤは、迫りくる灼熱の炎を冷静に見つめる。
そして、小さく息を吐き、魔法を唱える。
「水流魔法-蒼き波濤-」
トルティヤの周囲から、激しい水が噴き出し、渦を巻くように溢れだす。
「ドーン!!」
激しく波打つ水は、炎を一瞬で消化し、跡形もなく消し去る。
そして、轟音と共に、水と炎がぶつかり合い、白い蒸気が立ち込める。
「…小僧。小娘の後ろにおれ」
トルティヤは、白煙の中、リュウに視線を送る。
「…だが、一人では!」
リュウは、トルティヤを案じ、声を上げる。
しかし、体の傷が酷く、立っているのがやっとの状態だった。
「その傷では足手まといじゃ。ほれ。さっさと言うとおりにせぬか」
トルティヤは、冷たい口調でリュウを諭す。
「…了解した」
リュウは、トルティヤの言葉に従い、力を振り絞り、繭の中で倒れているアリアの元へ走る。
「アリア…しっかりしろ」
リュウは、アリアの肩を優しく揺さぶり、声をかける。
「ううん…」
だが、アリアの顔色は悪く、意識は朦朧としていた。
「アリア…」
精神世界からサシャが、その様子を心配そうに見つめる。
その表情は、悲しみに歪み、今にも泣き出しそうだった。
「もっと…俺に力があれば」
サシャは、自身の弱さを悔い、拳を握りしめる。
その拳は、震え、今にも血が滲みそうだった。
「…悔いても仕方なかろう。お主は弱い。それは事実じゃ」
トルティヤが、サシャに冷たく言い放つ。
「じゃが、悔いるよりも先に、まずは目の前のことに対処せねばならん。ワシを信じるのじゃ」
トルティヤは、自信満々な表情でサシャに告げる。
「…うん!!」
その言葉に、サシャは僅かに救われた気がした。
「さて。反撃じゃな」
トルティヤは、右手を掲げ魔法を唱える。
「水魔法-断罪の礫-!」
トルティヤの周囲に、水の塊が形成され、轟音と共に男に向けて放たれる。
水の塊は、高速で回転し、周囲の空気を震わせた。
「中々の威力のようだ…」
だが、男は冷静に、水の塊を見つめる。
その表情には、一切の動揺は見られない。
そして、小さく息を吐き、意識を集中させる。
「土魔法-不動気鎧-…はぁぁぁ!!」
すると、男の体を土石が鎧のように覆う。
それは、男の動きに合わせて変形し、隙間なく体を覆った。
「バシュバシュ!」
水の塊は、土石の鎧に当たり、激しく弾け散る。
「残念だったな」
水の塊を受けた土の鎧は、ボロボロと崩れ落ち、砂埃を巻き上げる。
男の表情には、余裕の笑みが浮かんでいた。
「お主も、複数魔法使用者か」
トルティヤは、男に鋭い視線を送る。
「さぁな…俺が素直に答えるとでも?」
そう言うと、男は魔法を唱える。
その声は、低く、トルティヤを威圧した。
「火魔法-真紅の波動-!!」
男の右手に、炎の球体が形成され、轟音と共にトルティヤに向けて放たれる。
「その程度の魔法は効かぬわ!水流魔法-蒼き波濤-」
再び、トルティヤの周りを激しい波が包み込む。
轟音と共に、水と炎がぶつかり合い、再び白い蒸気が立ち込める。
蒸気は、先程よりも濃く、視界を完全に遮った。
「何度やっても無駄じゃ」
トルティヤは、そう言い放ち、お返しと言わんばかりに魔法を唱える。
その表情には、余裕の笑みが浮かんでいた。
「斬魔法-逢魔の鉤爪-!」
トルティヤの右手に、黒い光が集まり、鋭い爪の形となる。
そして、それは鋭い斬撃となり、地面を削りながら男へ放たれる。
「ガガガガ!!」
斬撃は、地面に深い傷跡を残し、砂埃を巻き上げる。
「その程度の攻撃…土魔法-不動気鎧-!」
男は、再び土石の鎧を纏う。
土石は、先程よりも密度を増し、より強固な鎧となった。
「ガガガガッ!!」
斬撃は、鎧に深い傷をつけ、土石を粉砕しようとする。
「効かぬ…」
男は余裕の表情を浮かべる。
だが、鎧に亀裂が入る。
「…むっ!?」
男の表情が、驚愕に変わる。
「ドシャッ!」
鎧が音を立てて砕け散る。
砕けた土石が、砂埃と共に舞い上がる。
「ぐおっ…」
男は、斬撃による一撃を受け、よろめく。
胸からは、鮮血が噴き出し、地面を赤く染めた。
「やった!」
精神世界から様子を見ていたサシャは、ガッツポーズをする。
その表情は、喜びで輝き、安堵の息を漏らした。
「どうした?口ほどにもないのぉ?」
トルティヤが、男に呟く。
その表情には、嘲笑の色が浮かんでいた。
だが、男は不敵な笑みを見せる。
「その程度で勝ったつもりか?再生魔法-細胞再生-」
男が魔法を唱えると、傷がみるみるうちに回復していく。
「三つ目の魔法じゃと?」
トルティヤが怪訝な表情をする。
「これで振り出しだな…いや、お前が不利になったというべきだろう」
男は、トルティヤに余裕の笑みを見せる。
「ぬかせ。再生魔法は多量の魔力を使う。そう何度も使えぬはずじゃ」
トルティヤは、男の言葉を否定し、畳み掛けるように魔法を唱える。
「無限魔法-太陽の裁き-!」
トルティヤの頭上に、光が集まり、眩く輝く光球となる。
光球は、太陽のように輝き、周囲を明るく照らした。
「これで…終いじゃ!」
トルティヤが合図を出すと、光球は無数のレーザーを男に放つ。
レーザーは、閃光のように光り輝き、男へと殺到した。
「…ふっ」
男は、眩しさから目をつぶる。
その表情には、一切の恐怖は見られなかった。
「チュドーン!!」
レーザーは、男に直撃し、激しい爆発が起きる。
爆発は轟音と共に、周囲を振動させた。
「(この魔法の威力なら…さすがに回復は追いつくまい)」
トルティヤは、勝利を確信し、目を細める。
煙が晴れ、男の姿が現れる。
「なにっ?」
トルティヤの表情が驚愕に変わった。
男の全身を、大きな溶岩の球体が覆っていた。
溶岩は、赤く光り、周囲の空気を熱した。
「溶岩魔法-火龍の鎧-…まさか奥の手を使うことになるとはな」
男が魔法を解き、呟く。
球体の溶岩は地面にドロドロと溶けていった。
「合体魔法まで使えるとはのぉ」
トルティヤは、男の魔法を見て、呟く。
その表情には、警戒の色が浮かんでいた。
合体魔法。
複数魔法使用者の中でも更にひと握りしか使えない魔法の複合技である。
例えば、この男の場合は「火魔法」+「土魔法」のように、二つの魔法を合体させて「溶岩魔法」という新しい魔法を作り出した。
このように、複数の魔法を組み合わせて新しい魔法を創造するのが合体魔法である。
強力な技が多い反面、魔力消費量も多いとされている。
「これは序の口だ。お前に今から見せるのは絶望…そして、圧倒的な力だ」
そう言うと、男は魔法を唱える。
「溶岩魔法-灼岩の宴-」
すると、男の頭上に巨大な魔法陣が現れる。
魔法陣は、赤く点滅し、禍々しい光を放っていた。
「(これは…)」
トルティヤは、魔法陣を見上げ、息を呑む。
「ドドドドド…」
すると、魔法陣から炎を纏った巨岩が現れる。
巨岩は、まるで隕石のように、轟音と共に落下してくる。
「厄介な…水流魔法-蒼き波濤-!」
トルティヤ、そしてリュウとアリアの周りに水の渦が噴き出る。
水の渦は、繭のように三人を包み込み、巨岩から守ろうとする。
「(くっ…大した魔法じゃ)」
トルティヤが、水の渦に魔力を加える。
しかし、その表情には、焦りの色が浮かんでいた。
「ジュッ!」
バリアは、巨岩の衝撃をいなす。
だが、地面に落ちた巨岩は爆発を起こす。
その爆風は、熱風と共に、全てを焼き尽くそうとする。
「ぐっっ!」
激しい爆風が、リュウとアリアを襲う。
爆風は、遺跡内の草木に引火し、周囲は、またたく間に火の海と化す。
「…このままでは。今しかないかのぉ」
トルティヤが、水の渦を展開しつつ、別の魔法を唱える。
「無限魔法-氷雷虎-!」
青白い冷気と雷を纏った虎が現れる。
虎は、咆哮を上げ、巨岩を回避しつつ、男に向かって走っていく。
「ガルルル…」
そして、虎が男に近づくと、鋭い牙を見せて飛びかかる。
「ふっ…実に滑稽だ。水魔法-水槍壁-!」
男が魔法を唱えると、虎と男の間に巨大な水の壁が形成される。
そして、壁から現れた水の槍は、全てを貫くかのように、激しく回転し虎を貫く。
「グルルル…」
虎は、唸り声をあげると、白い気体となって消えた。
「(四つ目の魔法じゃと!?馬鹿な…そんなことが…)」
その瞳は、信じられないものを見るように、大きく見開かれていた。
「随分と驚いた顔をしているな」
男は、トルティヤを煽るように、冷たい声で呟く。
その口元には、嘲笑の色が浮かんでいた。
「(まさかこの世に魔法を四つも使う人がいるとは…)」
リュウも、男の異様さに、驚きを隠せずにいた。
「くっ…」
トルティヤの顔に、疲労の色が浮かび上がる。
呼吸は、荒く、肩が上下していた。
遺跡内は、徐々に灼熱の炎に包まれていく。
炎は、全てを焼き尽くし、逃げ場を失わせた。
その間にも、炎を纏った巨岩は、ひっきりなしに降り注ぐ。
降り注ぐ巨岩は、轟音と共に、全てを破壊し尽くそうとしていた。
「トルティヤ!僕の魔力を!」
そんな状況を見ていたサシャが、トルティヤに魔力を渡そうと、声を上げる。
「お主…そう魔力を何度も何度も…そのうち死ぬぞ?」
トルティヤは、サシャに冷たく言い放つ。
「それでも、今をなんとかしなきゃ…!」
サシャは、そう呟くと、躊躇なくトルティヤの手を握る。
魔力が、サシャからトルティヤに流れ込む。
「…これで…なんとか…」
そして、魔力をトルティヤに渡すと、サシャは力なく倒れる。
だが、その表情は、安堵と疲労で満たされていた。
「…馬鹿者め」
トルティヤは、倒れているサシャを見つめると、小さく笑みを浮かべた。
「はぁぁぁぁっ!」
トルティヤの魔力が、一気に高まる。
その体から激しい魔力が溢れていた。
「ほう。魔力が一気に増したか」
男は、冷静にトルティヤを観察する。
その表情には、一切の動揺は見られなかった。
「絶望?力?…その程度で笑わせてくれるわ」
トルティヤが、ニヤリと口角を緩める。
その表情は、余裕と自信に満ち溢れていた。
「これが本当の絶望。そして、力というものじゃ…」
そう呟くと、トルティヤは魔法を唱える。
「無限魔法-堕天撃滅砲-!」
トルティヤの目の前に、灰色の魔法陣が現れる。
そこから、黒と白の螺旋状のレーザーが無数放たれる。
魔法陣から放たれたレーザーは、降り注ぐ巨岩を次々と砕いていく。
巨岩は、空中で爆発し、空気が震えた
「ほう」
男の表情には、僅かに驚きの色が浮かんでいた。
「これで…終わりじゃ!」
トルティヤは、レーザーを一点に集約させて男に向けて放つ。
レーザーは、まっすぐに全てを穿つように男に飛んでいく。
「これで終わり…だと?笑わせるな」
男が、不気味な笑みを見せる。
そして、魔法を唱える。
「火成岩魔法-大岩讃頌-!!」
すると、地面から、巨大な岩石の塊が現れ、男の周りを包み込む。
「ドガガガガ!」
レーザーは、岩石に深い傷をつけ、粉砕しようとする。
「まだじゃ!」
トルティヤは、限界まで魔力を高める。
その額には、汗が流れ落ち、呼吸は荒くなっていた。
「ドガガガン!」
岩石に亀裂が入る。
そして…
「ガラガラガラ!」
岩石が、激しい音をたてて砕ける。
砕けた岩石が、砂埃と共に舞い上がる。
「…まさか」
男は、そのままレーザーの直撃を受ける。
レーザーは、男の腹部に穴を開け、貫通し、男は地面に力なく倒れる。
「…やったか!?」
リュウが、その様子を眺める。
その表情には、希望の色を宿していた。
「…ハァ…ハァ…これでもう…」
トルティヤの魔力も、限界が近づいており、肩で息をしている状況だった。
「…」
男は、動かなくなった。
その体は、レーザーによって抉られ、無残な姿を晒していた。
明らかに致命傷で常人であれば確実に死に至っているほどだ。
「ワシの…勝ちじゃな…それは、貰い受けようぞ」
トルティヤが、フラフラとした足取りで男に近づく。
「…」
そして、トルティヤは、男の横に落ちている勝利者の矛の刃部分に手を伸ばす。
これで勝利者の矛が手に入ると思った。
その時だった。
「…誰が…勝ちだって?」
男が、目を見開き、むくりと起き上がる。
その表情は、怒りに歪んでいた。
「むっ…!」
トルティヤは、咄嗟に後ろに下がる。
「少し…油断していたようだ…再生魔法-細胞超再生-」
そう呟くと、男の腹部の穴が、みるみるうちに塞がっていく。
「お主…一体何者じゃ!」
トルティヤは、思わず叫ぶ。
「冥土の土産に教えてやろうとしよう。俺の名前はベンガル。サージャス公国の影…」
男は低い声でそう呟くと、左手を掲げる。
「火成岩魔法-終わりの凶星-」
男の頭上から、先程よりも巨大な魔法陣が出現する。
魔法陣は、赤く点滅し、禍々しい光を放っていた。
「褒めてやる。俺にこれを使わせたのだからな…」
すると、魔法陣から隕石のような巨岩がゆっくりと落ちてくる。
巨岩は、轟音と共に、全てを押しつぶそうとする。
その速度は、遅く見えるが、確実にトルティヤたちを捉えようとしていた。
「…何だこの魔法は」
リュウは、魔法のスケールの大きさに言葉を失い、その表情は、絶望と畏怖で歪んでいた。
「これが本当の絶望と力だ…じっくりと味わうといい」
男は、冷酷な視線をトルティヤに向ける。
「これは…防ぎようがないのぉ」
巨岩は、遺跡の天井を突き崩し、轟音をたててトルティヤとリュウ、アリアに向かって落ちてくる。
天井の瓦礫が崩れ落ち、砂埃が舞い上がる。
遺跡全体が、巨岩の重みで軋み、今にも崩壊せんとしていた。
「…やむを得ないか」
トルティヤが、そう呟くと、リュウとアリアの手を握る。
その表情は、苦渋の決断を迫られたことを物語っていた。
「トルティヤ?」
トルティヤの行動に、リュウは首を傾げる。
「撤退じゃ」
トルティヤが、悔しそうな表情をしながら魔法を唱える。
「転送魔法-韋駄天の長靴-」
トルティヤ、リュウ、アリアは、遺跡から一瞬で消え去った。
その直後、三人がいた場所に巨岩が落ちる。
巨岩は、轟音と共に、全てを押しつぶした。
遺跡全体が、激しい衝撃に揺れ、崩壊が進む。
橋は、周囲の建物を巻き込み、大きく崩落し、残ったのは巨大な奈落だけだった。
奈落の底は、暗く、何も見えなかった。
「ふっ…思ったよりも消耗させられたな」
男は、奈落の底を見つめる。
その表情は、僅かに疲労の色を浮かべていた。
「だが、パズルのピースは我々の手の中だ…勝利者の矛。それさえあれば、公爵の願望が叶う」
そして、先に遺跡を出た部下達の後を追うように、遺跡の入口へ歩みを進めた。
「…ハァ…ハァ…」
トルティヤとリュウ、そしてアリアは、無事に遺跡を脱出し、アフォガードがいるアジトにテレポートしていた。
その体は、ボロボロで、今にも倒れそうだった。
「おい!なんだ!?」
「この前のガキ達じゃねぇか!」
「全員傷だらけだ!早く手当を!」
アジトにいる男たちが、トルティヤ達に気が付き、慌ただしく動く。
その声は、騒がしく、アジト全体に響き渡った。
「何事だ?…って、嘘だろ?」
騒ぎを聞きつけたアフォガードが、やってくる。
そして、肩で息をしているトルティヤを見つめる。
「…一体何があった?」
アフォガードは、トルティヤに尋ねる。
「後で話す…それよりも、小僧と小娘を…」
トルティヤは、リュウとアリアに視線を向ける。
「…くっ」
リュウは、苦痛に顔を歪ませる。
その体は、傷だらけで、今にも倒れそうだった。
「…はぁ…はぁ」
アリアの顔色は、先程よりも青白く、意識が混濁している様子だった
「この症状は…毒か!?」
アフォガードが、呟く。
「それなら、俺に任せろ」
スキンヘッドの男が、前に出てくると、アリアの前で男が魔法を唱える。
「水魔法-時々泡-」
男の両手から、虹色に輝く泡が出現し、アリアの体を優しく包み込んだ。
「そんな魔法、効くのか?」
トルティヤが、男に尋ねる。
その表情は、疑念の色を浮かべていた。
「安心してもいい。この男の水魔法はこの辺ではピカイチだ」
アフォガードが、トルティヤに自信ありげな表情をし、呟く。
「…おいおい兄ちゃん。しっかりしろよ」
別の男が、リュウに包帯を巻いたりしている。
その手つきは、手慣れており、リュウの傷を丁寧に処置していた。
「面目ない…」
リュウは、男たちに申し訳なさそうに呟く。
「(小僧…あれだけの傷を負ったのに…大した根性じゃ)」
トルティヤは、リュウを見つめる。
「…して、トルティヤよ。何があったんだ?」
アフォガードは、トルティヤに尋ねた。




