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第3章:古代の遺跡

「よし…」

サシャはランタンを取り出して地下へ降りる。


ランタンの灯りは、湿った空気に滲みながら、遺跡の地下へと続く階段をぼんやりと照らし出す。

サシャは、肌にまとわりつくようなじめっとした空気と、足元に広がる底の見えない闇に、小さく息を吐き出した。


「しかし、本当にこんな所に財宝なんてあるのかな…」

不安げな呟きは、静寂に包まれた地下空間に溶け、周囲には、微かな水の滴る音だけが聞こえていた。


「ところで、トルティヤはどうして魔具を集めているんだ?」

サシャは、精神世界にいるトルティヤに問いかけた。


「ふん。お主にわざわざ理由を話す必要はないわ」

冷めた声が返ってくると同時に、サシャは肩を落とす。


「分かった分かった。どうせ聞いても無駄だと思った」

それでも、心のどこかで期待してしまうのは、サシャの性分だった。


薄暗い階段を下りきると、冷たい感触の重厚な石扉がサシャの行く手を阻んだ。

扉の中央には、水魔法の紋章が深く刻まれている。


「水魔法の紋章…?どういうことだ?」

石扉には、確かに水魔法の紋章が刻まれていた。


サシャは首を傾げた。

水魔法の紋章が、この頑丈な扉の開閉機構とどう結びついているのか、全く想像もつかなかった。


「全く、お主は…」

それを見たトルティヤは、呆れたように小さく呟くと肩に手を置く。

そして、トルティヤと人格が入れ替わった。


「これはのぉ…」

トルティヤが魔法を唱える。


「水魔法-断罪の礫(だんざいのつぶて)-」

トルティヤが放った水の塊は、意思を持つかのように石扉の紋章に吸い込まれ、激しく直撃した。


「ゴゴゴゴゴゴ…」

すると、轟音と共に、石扉が、ゆっくりと軋みながら開き始めた。


「簡単な仕掛けじゃったが、お主には難しすぎたかの?」

トルティヤは、相変わらず嫌味ったらしく嘲笑うと、すぐにサシャに人格を戻した。


「はいはい、ありがとうございます」

サシャは軽く受け流すと、開かれた扉の奥へと足を踏み入れた。

少し進むと明るく、開けている場所に出た。


「すごい…」

サシャは、目の前に広がる壮大な光景に言葉を失った。


「間違いない。ここは古代人が作った地底湖。そして、居住地区じゃ」

トルティヤは、確信に満ちた声でそう話す。


扉の先に広がっていたのは、広大な遺跡だった。

頭上高くからは、上の階から途切れることなく流れ落ちてくるのだろう、巨大な滝が轟音を立てて水面へと落ちていた。

そして、その滝壺の先には、どこまで続くのか見当もつかない、静かで広大な地底湖が広がっていた。


「けど、水辺か…厄介だな」

サシャは、水場を避けながら、慎重に遺跡の奥へと足を進めていく。


「しかし、トルティヤ。こんなところに本当に財宝なんてあるのかな?」

サシャは、広大な空間を見渡しながら、不安げに呟いた。


「ふむ、古代人の技術力は確かじゃったからの。これほどの規模の地下空間を作り上げたのだ。何か貴重な物があっても、決して不思議ではないのぉ」

トルティヤは、自信ありげに答えた。


「それに、この遺跡の規模からして、魔具が眠っている可能性もある」

トルティヤは、期待を込めた声で呟いた。


「なるほどね。確かに、こんなに大きな遺跡、おいそれとは作れないよね」

サシャは、周囲を見渡した。


巨大な石柱は、表面が風化し、無数のひびが入っている。

崩れかけた建造物の壁面には、かつて美しい装飾が施されていたであろう痕跡が、わずかに残っていた。


「しかし、気をつけるのじゃ。古代の遺跡には、罠が置かれていたり、魔物が潜んでいることもある」

トルティヤは、念を押すように言った。


「分かってるよ。いざとなったら、頼りにしてるからね」

サシャは、そう笑って答えた。


「ベチャ…」

その時、サシャの目の前の水辺から、ヌメヌメとした緑色の皮膚を持つ半魚獣が、ぬるりと姿を現した。


体からは、生臭いような独特の臭いが漂ってくる。

半魚獣は、ギョロリとした赤い目をサシャに向け、全身を震わせながら敵意を剥き出しにした。


「ほれ。さっそく来たぞ?どうする?」

トルティヤが、面白がるようにニヤリと笑う。


「こんな奴ごとき!」

サシャは、腰に差した双剣を素早く抜き、身構えた。


「ブシュ!」

半魚獣が、牽制するように口から勢いよく水鉄砲を放った。

水は鋭い弾丸のようにサシャに向かって飛んでくる。


「はっ!」

サシャは、その軌道を冷静に見極め、軽々と身をかわした。

次の瞬間、研ぎ澄まされた双剣が、半魚獣の体を一直線に切り裂く。


「ザシュッ!!」

緑色の液体が飛び散り、半魚獣は絶命した。


「ほう。やるではないか」

トルティヤが、感心したように手を叩いた。


「だが、仲間が臭いを嗅ぎつけてきたようじゃな」

トルティヤの言葉が終わるか否かのうちに、水面がざわつき始め、無数の半魚獣が次々と姿を現した。


「いや、さすがにこれは無理!」

サシャは、危険を察知し、一目散に逃げ出した。

背後からは、おびただしい数の半魚獣が、ヌメヌメとした体を揺らしながら追いかけてくる。


「追ってきてる!?」

サシャは、足場の悪い遺跡内部を、がむしゃらに走り続けた。


「奴らは「ギョロロ」というモンスターでな。体液に含まれとるフェロモンで、仲間を呼ぶ習性があるのじゃ」

トルティヤは、まるで他人事のようにのんきに解説する。


「それを早く言ってくれよ!!!」

背後から迫る気配を感じながら、サシャは精神世界のトルティヤに叫んだ。


「まぁ、落ち着け。奴らは水の中の方が得意じゃ。陸上ではそれほど早くない」

トルティヤは、冷静に指示を出す。


「そう言われても!」

サシャは、足を滑らせそうになりながら、苔むした遺跡の柱を伝って逃げる。


半魚獣たちは、次々と柱に飛び移ろうとするが、濡れた柱は滑りやすく、上手く掴まれずに水の中に落ちていく。

しかし、中には器用に柱を渡ってくる個体もいる。


「くそっ、しつこい!」

サシャは、背後から執拗に迫る半魚獣の気配に焦りながら、柱から柱へと飛び移り続けた。

その時、サシャが足をかけた柱が、グラリと大きく揺れた。


「えっ?」

次の瞬間、支えを失った柱は、音を立てて崩れ落ちた。


「うわあああ!」

バランスを崩したサシャは、空中に放り出された。

眼下には、暗く静かな地底湖が口を開けて待っていた。


「(こんなところで…!)」

落下しながら、サシャは素早く袖からワイヤーのついた銛を取り出し、勢いよく放った。

銛は、幸運にも別の柱に突き刺さり、しっかりと固定された。

そして、ワイヤーがピンと張り詰めた勢いを利用し、サシャはその柱に飛び移り、なんとか体勢を立て直した。


「っと…危ないところだった…」

サシャは、額から流れ落ちる冷や汗を拭った。


「油断するな。奴らは執念深いぞ」

トルティヤは、釘を刺すように言った。

後方からは、依然としておびただしい数の半魚獣の群れが、水面を跳ねながら迫ってきていた。


「しつこい奴らだ…!」

サシャは、再び走り出した。


そして、なんとか反対側の岸辺にたどり着き、地面にへたり込んだ。

半魚獣たちは、諦めたように、恨めしそうな視線を残して水の中へと姿を消していった。


「ふぅ…さすがに疲れた…」

サシャは、肩で息を切らせた。


「あの程度で…なさけないのぉ」

トルティヤは、呆れたように小さく呟いた。


「じゃが、間違いなくどこかに財宝が眠っている」

トルティヤのその言葉に、サシャの胸も再び高鳴った。


こうして、二人が少し休憩している時だった。


「うわあぁぁぁ!!」

洞窟の奥深くから、悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきた。


「もしや、さっきの少年か?」

サシャは、その声に聞き覚えがあり、気になった。


「とりあえず、行ってみるのじゃ」

トルティヤも同意し、サシャは、叫び声の聞こえた洞窟の奥へと向かった。


そこは、先ほどまでいた場所よりもさらに薄暗く、足元には水たまりがところどころに点在しているエリアだった。


「暗いな…」

サシャは、足元を照らしながら、水場を慎重に進んでいくと、やがて開けた広場に出た。


「あっ!あれ!」

広場の奥には、巨大な青いカニのモンスターが、大きなハサミを振り上げているのが見えた。

そして、そのハサミで、紫色の甲冑を着た少年が捕らえられている。


「くっ…不覚…!」

少年は、巨大なハサミに胴体を拘束され、苦悶の表情を浮かべ、もがくことしかできない。


「こりゃよい。今のうちに行くぞ」

だが、それを見たトルティヤが、冷めた声で言った。


「待って!見捨てるなんてできない!」

サシャは、トルティヤの非情な判断に強く反対した。


「ライバルが一人減る…よいではないか」

トルティヤは、冷酷な視線をサシャに向ける。


「だけど…このままじゃ死んじゃうよ!」

サシャは、食い下がるように反発した。


「ふん。ならばお主でなんとかせい」

トルティヤは、興味を失ったようにそっぽを向いた。


「言われなくても…そうしますよっと」

サシャは、迷うことなく双剣を構え、カニのモンスターに向かって走り出した。


「おりゃぁぁ!」

そして、渾身の力を込めて、カニのモンスターに斬りかかった。


「ガキン!」

鋭い金属音が広場に響き渡る。

カニの甲羅は、まるで硬い岩のように頑丈で、サシャの双剣の刃を弾き返した。


「…」

カニは、サシャの攻撃に気がつき、ギョロリとした目をこちらに向けた。

そして、巨大なハサミをゆっくりと振り上げた。


「うわっと!」

サシャは、迫りくる巨大なハサミを辛うじて回避したが、ハサミが地面に叩きつけられた衝撃で、足元の地面に大きな穴が開いた。


「なんて威力だ…」

サシャは、カニの想像を遥かに超える強大な力に、圧倒された。


「何か弱点はないか…?」

サシャは、カニの繰り出す攻撃を必死に避けながら、頭の中で必死に考えを巡らせた。

しかし、カニは再び巨大なハサミを振り下ろす。


「くそっ…どうすれば」

サシャは、焦り始める。

それを察したのか、トルティヤが精神世界でニヤニヤしながら囁いた。


「ほれほれ。降参すればワシがソイツをやつけてやってもよいぞ。ただし、その少年もろとも殺すけどな」


「なんだって!?約束したはずだ…俺に危害を加えない存在を殺さないと!」


「このカニは「ワシら」に危害を加えておる。で、たまたまそこの少年はワシの魔法攻撃の範囲にいて巻き込まれた。だから、不運な事故となるのじゃ」

トルティヤは、楽しげな声で呟いた。


「あー、もう…ああ言えばこう言うってか」

サシャが頭を悩ませていると、ハサミに捕まっていた少年が、力を振り絞ってサシャに言った。


「…関節を…狙え」

サシャがよく見ると、カニの巨大なハサミの付け根部分に、他の甲羅に比べて明らかに薄く、守られていない部分がある。


「そこが弱点か!?」

サシャは、再び巨大なハサミが振り下ろされる寸前、素早くその弱点へと双剣を滑り込ませた。

刃先が、肉へと食い込む感触が伝わってきた。


「手応え…アリだ!」

刃に生々しい肉がめり込む感触を得た。

そして、そのまま双剣を押し込む。


「ズシン!」

鈍い音と共に、カニの片方の巨大なハサミが地面に落ちた。

カニは、激痛にのたうち回り、掴んでいた少年を解放した。


「ありがとう。助かった」

解放された少年は、荒い息をつきながら、サシャに感謝の言葉を述べた。


「礼は後だ。まだ、油断はできない」

サシャは、片方のハサミを失い、怒りに震える青いカニを警戒しながら見据えた。


「グオオオオ!」

カニが、激しい咆哮を上げた。

その瞬間、青かった体の色がみるみる赤色に染まり、まるで別の生き物のように、さらに巨大化していく。

甲羅は、先ほどよりもさらに硬質化し、ハサミは巨大な刃物のように、鋭い形状に変貌した。


「これは…!」

サシャは、カニの急激な変貌に息を呑んだ。

次の瞬間、巨大化したカニは、信じられないほどの素早い動きでサシャに近づき、鋭い爪状の刃を二人に目掛けて振り下ろした。


「(さっきより速い!)」

サシャは、間一髪でそれをかわしたが、腹部を薄く切り裂かれてしまった。鋭い痛みが走り、赤い血が滲み出てくる。


「(こいつは厄介だ)」

少年も、隙を見て反撃しようとしていたが、カニの隙のない動きに、なかなかチャンスを見出せないでいた。


そして、巨大なカニは天井に張り付くと、大きな口元に魔法陣が浮かび上がり、大量の水を溜め込み始めた。


「何だ!?」

少年が、警戒した声を上げた。


「これはまずい!」

次の瞬間、カニの口から、螺旋状に回転する巨大な水の塊が放たれた。それは、まるで巨大なドリルが突進してくるようだった。


「ズコーン!!!」

二人は、間一髪で回避したが、水の塊が直撃した足場の一部が大きく崩れ落ちた。

底は暗く静かな地底湖になっており、落ちたら無事では済まないだろう。


「あんなのまともに喰らったら…」

少年は、信じられない光景に息をのんだ。

すると、再び巨大なカニが、口元に大量の水を溜め込み始めた。


「また来る!」

少年が、焦りの色を浮かべながら叫んだ。


「(いや、待てよ?あれが魔法なら…いけるはず!)」

サシャは、腹部の痛みに顔を歪めながらも、両手を前に突き出した。


「おい、何をする気だ!?」

少年が、サシャの行動を理解できず、叫んだ。

そして、再び巨大な水の塊が螺旋状に放たれ、激しい勢いの水流がサシャに正面から直撃した。


「…おい!」

少年が、慌ててサシャに駆け寄ってくる。

だが、水流が消えた後、サシャには傷一つついていなかった。


「やっぱり、あれは夢じゃなかったんだ」

サシャは、静かに言った。


トルティヤと出会ったあの日、精神世界で戦った時と同じ、奇妙な感覚。

魔法を無効化する力が、現実の世界でも確かに発動したのだ。


「グオオオオ!」

カニは、自身の放った魔法を消されたことに激昂し、天井から地面に降りてきた。

そして、怒り狂ったようにサシャに向かって突進してきた。

だが、先ほどの魔法の反動か、巨大な甲羅の一部が大きく欠損していた。


「あそこを狙おう!」

少年が、欠損部分を指さしながら叫んだ。

二人は、カニの弱点であるその部分へと向かって、同時に駆け出した。


カニが、巨大なハサミを振り下ろす。

二人は、紙一重でそれを回避した。


「おりゃ!」

サシャが、カニの欠損部分に狙いを定め、渾身の力を込めて双剣を叩き込んだ。


「ザシュッ!」

鈍い音と共に、確かな手応えがあった。

欠損部分に深々と刃が食い込んでいる。

そして、続けざまに、少年が背後から素早い動きで追撃してきた。


「喰らえ…荒覇吐流奥義・豪鬼あらはばぎりゅうおうぎ・ごうき!!」

少年が叫び、刀を力強く構えた。

刀身に、禍々しい鬼のオーラが渦巻くように纏わりつき、鋭い一撃がカニの欠損部分を捉えた。

その一撃は、カニの硬い体を容赦なく切り裂いた。


「グギャアアア!」

カニは、断末魔の悲鳴を上げ、青い体液を撒き散らしながら、地面に崩れ落ちた。


「ふぅ…やった」

激しい戦いを終え、二人は、ヘナヘナと地面に座り込んだ。


「ほう。(曲芸にしては、なかなかやるではないか)」

トルティヤが、精神世界で少しだけ笑みを浮かべ、小さく呟いた。


「助かった。改めて礼を言う。俺はリュウだ」

少年は、息を切らしながら、サシャに感謝の言葉を述べ、自分の名前を名乗った。


「俺はサシャ 」

サシャも、リュウに自己紹介する。


「そうだ、奥の扉に入ろう」

二人は立ち上がり、奥へと続く扉に向かった。

だが、石でできた扉には、雷魔法の紋章が刻まれていた。


「困ったな…雷魔法を俺は使えないぞ」

リュウが、困った顔で言った。


「…」

サシャも、雷魔法には全く心当たりがなく、言葉に詰まってしまった。


「やれやれ、全く…」

トルティヤが、呆れたように言い、サシャの肩を叩く。

サシャの髪色が、見慣れた茶色から白銀に変わり、瞳の色が、優しい黄色から深紅に変わったのを見て、リュウは目を丸くした。


「え!? サシャ…? いったい何が!?」

リュウは、目の前で起こった信じられない変化に、驚愕の声を上げた。


「気にするな。ちょっとした事情だ」

トルティヤは、リュウにそう言い、右手を掲げた。


「雷魔法-聖者の鉄槌(せいじゃのてっつい)-」

トルティヤがそう唱えると同時に、轟音と共に、拳の形をした巨大な雷が石扉に炸裂した。

石扉は、紋章を中心に蜘蛛の巣状に大きくひび割れ、やがて粉々に砕け散った。


「これでよかろう」

トルティヤは、涼しい顔で言いサシャの肩に手を置く。

すると、サシャの姿が元の姿へと戻る。


「なんなんだ、一体…?」

リュウは、先ほどの出来事が信じられないといった様子で、未だに混乱しているようだった。


「話すと長くなるんだ。簡単に言うと、ちょっと別の人が体を使ってるって感じかな」

サシャは、苦笑しながら説明した。


「別の…人? 憑依、みたいなものか?変な魔法だな」

リュウは、首を傾げ、納得がいかないといった表情を浮かべた。


「まあ、そんな感じかな」

サシャは、曖昧に答えた。


こうして二人は、砕け散った扉の奥にある広間へと足を踏み入れた。


「うわぁ…」

広間の中央には、朽ちかけた巨大な石の玉座があり、その背後には、先ほどよりもさらに勢いを増した壮大な滝が流れ落ちていた。


「あれを見るのじゃ」

トルティヤが、玉座の方を指差した。

玉座には、豪華絢爛な装飾品を身に着けた一体の骸骨が、

まるで生きていた頃のように座っていた。


「恐らく、古代人の王族か貴族の死体だろう」

トルティヤは、冷静に推測する。


骸骨が身につけている装飾品は、長年の時を経てもなお新品同様に輝いており、かなりの価値がありそうだ。


「お宝だ! 高く売れそうだ!」


「これは…なんと豪華な」

サシャとリュウは、その豪華さに目を奪われ、興味津々といった様子で近づいていく。


「しかし、魔具ではないのぉ…」

トルティヤは、少し残念そうに呟いた。


「ま、生活費の足しにはなりそうだし…」

サシャとトルティヤが、今後のことを話していると、リュウが二人に近づいてきた。


「サシャ。お前がいなければ、俺はあの蟹にやられて死んでいた。だから、このお宝は全部お前のものだ」

リュウは、真剣な表情でサシャに言った。


「いやいや、先にこの遺跡に入ったのはリュウの方じゃないか」

サシャは、リュウの申し出を断り、首を横に振った。


「いや、リュウがいなけりゃ俺は…」


「サシャがいなけりゃ俺は…」

なんてやり取りをしていると、トルティヤが大きなため息をつき、こう言った。


「ったく…二人で山分けすればよかろう」


「あ…」

結局、二人は装飾品を分け合うことにした。


サシャは、聖獣の皮で作られたマントと、精巧な細工が施された金の王冠を手に入れた。

リュウは、龍らしき生物の鱗で作られた、光沢のある漆黒の鎧と、刃文が美しい、銀製の剣を手に入れた。


「なかなか良いものが手に入った」

サシャは、手に入れたマントと王冠を眺めながら、ニヤリと笑った。


「ああ。この剣は、俺が生まれた国で高く売れそうだ」

リュウも、鎧と剣を手に取り、満足げに頷いた。

だが、サシャとトルティヤの目当てである魔具は、結局見つからなかった。


すると、サシャはあることに気がついた。

そう。この場所から脱出するには、あの、無数の半魚獣がいる地底湖を再び通らなければならないのだ。


「あー、これからまた、あの半魚獣地帯に戻るのか」

サシャは、うんざりとした表情で呟いた。

すると、トルティヤが精神世界で呟いた。


「ワシがそんな面倒なことをするとでも?ほれ、代われ」

トルティヤが呟くとサシャの肩を叩いた。


「また、姿が変わった…?」

リュウは、再び変化したサシャの姿に、戸惑いを隠せない様子だった。


「小僧。ワシに捕まれ」

トルティヤがリュウに言い、服の袖を掴むように促した。


「あ、あぁ…?」

リュウが言われるがまま従うと、トルティヤは静かに魔法を唱えた。


「転送魔法-韋駄天の長靴(いだてんのながぐつ)-」

次の瞬間、サシャ達は、先ほどまでいた薄暗い遺跡の中ではなく、昨日宿泊した宿屋の前に立っていた。


隣には、昨日トルティヤに絡まれた、間の抜けた顔の冒険者が立っており、目を丸くして突然現れた二人を見た。


「え!? お前ら、どこから来たんだ!?」

トルティヤは、その間の抜けた質問を完全に無視して、サシャに呟いた。


「着いたぞ」


「え?どういうこと?」


「何が起きたんだ?」

サシャもリュウも、突然の出来事に状況が全く飲み込めなかった。


「昨日、あのポンコツ冒険者の肩を叩いた時に、転送魔法のマーキングをしといたのじゃ。何かあった時の保険に、いつでも移動できるようにな」

冒険者の肩には、微かに光る転送魔法の紋章が刻まれていたが、当の本人たちは全くそれに気がついていない。


「まったく…抜け目がないというか…」

サシャは、トルティヤの用意周到さに呆れつつも、思わず笑みがこぼれた。


「とにかく、目当ての魔具はなかったな」

トルティヤは、肩をすくめて落胆した表情を見せる。


「ま、仕方ないさ」

サシャが答える。

その様子を見たリュウが、意を決したように口を開いた。


「ありがとう。色々と助かった。では、俺はこれで失礼する」

リュウは、サシャに深々と頭を下げ、立ち去ろうとした。

すると、サシャがリュウに声をかける。


「なぁ、これも何かの縁だ。よかったら、一緒に旅をしないか?」

サシャは、別れを惜しむようにリュウを誘った。


「おい!勝手に何を言っておる!?」

精神世界から、トルティヤの不満そうな声が響いてきた。


「だってさ、リュウの剣技、すげぇカッコよかったんだよ?それに、仲間になってくれたら、すごく頼りになると思わない?」

サシャは、必死にトルティヤを説得する。


「一緒に…か」

リュウは、少し迷ったように、空を見上げた。


「(俺の目的はアイツを討つこと。そのためには、もっと強くなる必要がある。魔具を探す旅は、そのための良い機会かもしれない。それに、サシャとサシャに憑いている誰かなら、アイツのことを知っているかもしれない…)」

そして、リュウはサシャに向き直り、口を開いた。


「…分かった。お前と一緒に旅をしよう。助けてもらった恩もあるしな」

リュウは、サシャの熱意に打たれ、共に旅をすることを決めた。


「やった!」

サシャは、喜びを爆発させた。


「改めて、俺はサシャ。魔具を探している魔具ハンターだ。目的は違うかもしれないけど…よろしくね」

サシャが、改めてリュウに自己紹介する。


「リュウだ。リュウで構わない」

リュウは、小さく頷いた。


こうして、サシャとトルティヤは、新たな仲間、リュウと共に、それぞれの目的を胸に旅をすることになった。


「次の目的地は…ハギスだな」

サシャは、取り出した地図を確認し、新たな目的地を指さして歩き出した。


「ハギスか…どんな街なんだろうな」

リュウが、隣を歩きながら呟いた。


「さあな。でも、きっと何か面白いものがあるさ」

サシャは、気楽に答えた。


「しかし、リュウ。お前、何か目的があるんだろう? よかったら聞かせてくれないか?」

しばらく歩いた後、サシャはリュウに問いかけた。


「まぁ、そのうちな」

リュウは、視線を遠くに向け、言葉を濁した。


「そうか。今は無理に言わなくてもいいよ」

サシャは、リュウの様子を察し、軽く笑った。


「ああ。ありがとう」

リュウは、小さく頷いた。


「(まったく…お気楽な奴らじゃのぉ)」

トルティヤも、どこか楽しげな顔をしているようだった。


こうして、サシャ達は、次の目的地である「ハギス」へと向かうのだった。

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