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第25章:本気の戦い

ドミノホテル。


散乱した壁の破片にガラスの破片。

すす汚れた床に穴だらけの壁。

そして、壊れた調度品。


そこには、先程までの激しい戦闘の痕跡が生々しく残されていた。

ホテルの豪華絢爛だった空間は、見る影もない。

破壊された家具や瓦礫が、部屋中に散らばっている。


そんな中、トルティヤとマリは対峙していた。

二人の間には、激しい戦闘の痕跡が残っていた。

空気は重く、張り詰めている。

互いに警戒し、次の攻撃の機会を伺っている。


「あたいに傷を負わせた奴は久々だ…しびれるじゃんね」

そう言うとマリはピストルを構える。

その表情は、痛みと興奮が入り混じっているかのようだ。口元に笑みを浮かべている。


「(くるっ!)」

トルティヤは攻撃に備えた。


「閃光魔法-無法者の一撃-」

手に持つピストルの先端から黄色いエネルギーを纏った弾が、甲高い発射音と共に放たれる。


それは、稲妻のように、トルティヤに向かって飛んでいく。


「(はやい!)」

トルティヤは身を翻して回避する。


「ズキューン!!」

エネルギーを纏った弾丸は脇腹をかする。

服が裂け、肌が露出する。


「ちっ…」

脇腹からはわずかながら血が流れ落ちる。

痛みで、トルティヤの顔が歪む。


「これで終わりじゃないじゃんね」

マリが不敵な笑みを浮かべる。

その顔には、相手を追い詰めるような愉悦が見える。


「カーン!」

なんと先程放った弾が跳ね返り、トルティヤの背中に直撃する。

弾丸は、意志を持っているかのように、正確にトルティヤを捉えた。


「ぐっ!!」

その一撃はトルティヤの背中を矢のように貫く。

衝撃で、トルティヤの体が大きく揺れる。


「…やりおるのぉ」

トルティヤの腹部はポッカリと穴が開き、そこから血が滴っていた。

幸い、臓腑や急所は外れているようではあった。


「…跳弾ってやつさ。一度かわしたくらいじゃ、どうにもならんじゃんね。閃光魔法…」

マリが続けざまに魔法を唱える。

マリが勝利を確信したかのように言い放ち、容赦なくトルティヤを追撃する構えだ。


「トルティヤ!!やばいよ!」

精神世界にいるサシャがトルティヤの深手を負った姿を見て、悲鳴のような叫び声を上げる


「なぁお主。一つ頼まれてくれるか?」

それに対し冷静にトルティヤがサシャに尋ねる。


「魔力を…渡せばいい?」

サシャは以前のケースからトルティヤに魔力を渡すものだと察した。


しかし、返ってきたのは意外な返答だった。


「少しの間でよい。お主の肉体を完全に借り受けたい」


「え?それはどういう…」

サシャは意味がわからず立ち尽くす。

その表情は、狐につままれたように、呆然としていた。


「…お主の弱い肉体ではアイツには敵わん。じゃから、ワシの本来の肉体を一時的に完全に憑依させる。憑依するとお主の精神は一時的に封印される状況になる」

トルティヤが淡々とした口調で説明する。この状況を打開するための唯一の方法だという響きがあった。


「え?それって肉体を乗っ取るってことだよね!?それは…さすがに…」

サシャが、さすがにと言わんばかりに否定的な顔をする。


「安心せい。事が終わったら肉体は返してやるでの。それとも、今ここであの女にやられたいかの?」

トルティヤが冷たい口調で、しかし、どこか優しさがあるように呟く。


「…わかったよ。トルティヤを信じる」

サシャは悩みつつも 意を決したように呟く。

目の前の危機とトルティヤの言葉を天秤にかけ、覚悟を決める。


「…では遠慮はせぬ」

そう言うとトルティヤは目を閉じた。

その瞬間、トルティヤの体から光が溢れ出す。


「…!」

直後、サシャは巨大な水晶の中に閉じ込められた。

水晶は、分厚いガラスのように透明で、外の様子は見えない。

さらに、サシャの精神体が、何本もの鎖のようなもので厳重に封印された。


「…ったく。できれば人目につく故、使いたくなかったが」

トルティヤが静かに魔法を唱える。


「閃光魔法-無法者の一撃-!」

マリは再び武器から黄色いエネルギーを纏った弾を放つ。


「天に泣きて天を憎め。滅びの歌を奏で…全てを無に帰せ」

すると、トルティヤの体が黒いオーラを纏う。

そのオーラは、闇の炎のように、激しく燃え盛っていた。


「バシュッ…」

そのオーラに、マリが放ったエネルギーの弾は光の粉となって消える。


「おいおい…まさか…そのまさかか?」

マリが信じられないという表情を見せる。

目の前の光景に、驚愕に目を見開く。


「さ。踊ろうぞ。お主がこれを見たからには終わりじゃ」

髪や瞳の色はもちろん、頭部には赤い天使の輪が灯り、髪の長さや服装もトルティヤが生前着ていたであろう白いローブに替わり、背中からは巨大な黒翼が出現した。


その姿は、神聖さの中に、深い闇を秘めた姿をしていた堕天使そのものだった。

そして、さきほど受けた傷がみるみるうちに修復されていく。


「…堕天使族!!」

そう言うとマリは驚きと興奮が入り混じった笑みを見せる。


「だから戦いってのは最高なんじゃんね!」

そして大きく叫ぶと魔法を唱える。


「閃光魔法-黄金の雄牛(ゴールデンブルズ)-」

再び光の粒子でできた雄牛がトルティヤに向けて突進してくる。

雄牛は、まるで戦車のように、猛烈な勢いでトルティヤに迫った。


「閃光魔法黄金の大雄牛(ゴールデンメガブルズ)

応じるようにトルティヤが魔法を唱えると、マリが形成した雄牛よりもさらに大きい雄牛が勢い良く突進する。


その威力の前にマリが形成した雄牛はなす術無く消滅する。

その勢いのまま、マリをめがけて突進していく。


「おっと。それはヤバイね」

マリは窓の方を振り返ると、袖口から鉤爪がついたワイヤーを放つ。

ワイヤーは、まるで蜘蛛の糸のように、隣の建物にある鉄塔に絡みついた。


「場所。移そうじゃんね」

そのままマリは窓から飛び出すと、ワイヤーの勢いを利用して隣の建物の屋上へ移動する。


金色の巨大な雄牛は窓を突き破ると、そのまま光の粒子となって消えた。


「…ふん」

トルティヤはそのままマリを追うように窓を飛び出す。

そして、背中の羽で空を飛び、隣の建物の屋上へ着地した。


「これで仕切り直しじゃんね」

マリは再びピストルを構える。

その目は屋上の広い空間で戦いを続ける興奮が浮かんでいた。


「ふん。お主の下らん曲芸にも見飽きた。ワシも本気でいかせてもらうぞ」

そう言うとトルティヤを禍々しい黒いオーラが包み、魔力の奔流が周囲に広がった。


「無限魔法-羅刹の業炎(らせつのごうえん)-」

トルティヤの右手から巨大な黒い炎の塊が複数放たれる。

その様は、まるで空から降り注ぐ隕石のようだった。


「面白いねぇ…閃光魔法-捻くれ者の憂鬱-!」

マリが少しピストルに角度をつけてエネルギーの弾を放つ。

その弾が意思を持ったかのように正確に炎の核を捉え、黒い炎を爆発させた。


「まだじゃ。無限魔法-宵闇の桜(よいやみのさくら)-!」

トルティヤが再び魔法を唱えると、今度は鋭い花びらがマリを襲う。


無数の花びらは、鋭い刃となって、風に乗り、高速で回転しながらマリに向かって飛んでいく。

その美しさとは裏腹に、マリを無慈悲に切り裂こうとする。


「くっ…」

その数にマリは両手でガードをするも、ところどころが花びらで切られ出血していく。

花びらは、牙のように、マリの肌を食い破り、血を吸い取っていく。


「閃光魔法…-無法者の怒り!-」

マリが痛みに耐えながら必死に魔法を唱えると、マリの体が光り出し、周囲の花びらが一瞬で炎に包まれ、花びらは燃え尽きて灰になった。


「今度はこちらじゃんね…閃光魔法-無法者の連弾丸-」

マリのピストルから鋭いレーザーが複数放たれる。

レーザーは空気を震わせ、トルティヤに向けて確実に飛んでいく。


「そんな攻撃、掠りもせぬわ」

トルティヤは涼しい顔をしながらレーザーを避けていく。

その動きは、レーザーの軌道を完全に読んでいるかのようだ。


「ならば、これはどうだ!?閃光魔法…」

マリがポンチョの中に手を入れる。


「無法者の刃!!」

すると光を纏った投げナイフがトルティヤめがけて飛んでくる。


「無駄じゃ。そんな曲芸は当たらぬ」

トルティヤはそれすら容易く回避してみせる。

刃は背後の壁に当たると小さな爆発を起こす。


「さすがに…堕天使族だ。途方もない魔力量に強靭な肉体。そして、長い寿命。文献で読んだ通りじゃんね。けど、100年前を境に姿を見せなくなって絶滅した…と言われていたはずだが?」

マリは鋭くも興味をもった視線でトルティヤに視線を送る。

トルティヤの圧倒的な実力に感心しつつ、真実を知りたいという欲求を見せる。


「随分と詳しいのじゃな。腕前だけじゃくて頭も冴えるってわけじゃな」

トルティヤは余裕そうな表情を見せ、腕組みをしながら呟く。


「特別に教えてやろう。堕天使族は100年前、確かに絶滅した。ワシはその最後の生き残りじゃ」

トルティヤはマリに話す。

その目は、過去を振り返るような、遠い目をしていた。


「へぇ。それが、まさか生きていたなんてね。どこで100年の時を過ごしていたんだい?」

マリは好奇心故か、トルティヤに尋ねる。


「さぁな。お主に答える義理はないのぉ。無限魔法…」

そう言うとトルティヤは左手を掲げる。

その周囲には魔力が集まり始めていた。


「そうかい。アンタ強いけど、やっぱツレないねぇ…閃光魔法-瞬きの閃光-」

トルティヤが魔法を唱えるより先に、マリは光の速さで移動し、トルティヤの懐を取る。


「むっ!」

突然のマリの登場にトルティヤは驚き魔法の詠唱が中断されてしまう。

マリの速度は、トルティヤの予測を上回っていた。


「捕らえた」

マリがそう言うとトルティヤの右手を掴む。

その手には力が込められていた。


「堕天使族は…近接戦は得意なのかい?」

そのまま腕をグイっとひねる。


「っ!!」

トルティヤの体がクルッと宙を舞う。


「(アイキか。サシャが言っておった通りじゃな。だが…)」

トルティヤは翼を広げ体勢を立て直そうとする。

しかし、体勢を立て直す前にマリの追撃が来る。


「やはり一筋縄じゃいかないよな…だがもう遅い。閃光魔法-無法者の弾丸-」

体勢が悪いトルティヤに向けてマリはゼロ距離で二発の弾丸を放つ。


「(これはかわせんか)」

体勢を立て直すために空中にいるトルティヤにそれをかわす術はなかった。

二発の弾丸がトルティヤの胸と脇腹を無慈悲に貫く。


「さすがの堕天使族も心臓撃ち抜けゃ終わりだろう」

そう言うとマリはバックステップで距離を取る。

トルティヤの胸と脇腹には、血が滲んでいる。


「…」

トルティヤはそのまま地面に力なく倒れる。


「今度こそ終わったじゃんね」

そう言うとマリはタバコを取り出そうとする。

だが、トルティヤがむくりと起き上がる。


「伊達にフラッカーズの看板ではないな。ワシ相手に強襲をしかけるとは…やりおるわい」

トルティヤは起き上がるとマリに向け小さな拍手を送る。

しかし、その視線はマリを小馬鹿にしているようにも見えた。


「アンタ。不死身なのかい」

マリはタバコをしまう。

そして、トルティヤの耐久力に驚いていた。


「まぁ、そういうわけではながの…人間よりはタフでな」

トルティヤの口からは血が流れている。

しかし、まだまだ余裕そうな表情をしている。


「さすがは堕天使族といったとこか。それでさ。一つ質問なんだが…」

マリは切り出したかのように口を開く。


「アンタは何のためにアタイと戦ってるんだ?」

マリは続けざまにトルティヤに尋ねる。

それは強敵への敬意が生まれているようだった。


「簡単な話じゃ。魔具を集めておる」

トルティヤはマリに話す。

その声は冷たく、淡々としていた。


「魔具?それとあいつ(ザッカー)を狙うことになんの関係がある?」

マリが再び尋ねる。

魔具とザッカーの間に、繋がりが見いだせないようだ。


「お主に話す義理はないのぉ。逆にお主はなんであの外道(ザッカー)を護衛しておる?フラッカーズの看板クラスなら他に割のいい仕事があるはずじゃろ?」

トルティヤは気になっていた疑問をぶつけた。

フラッカーズの実力者が、なぜザッカーのような男を護衛しているのか理解できずにいたからだ。


「簡単な話さ。コイントスで表が出たからさ」

しかし、その答えはトルティヤの予想を裏切る、常軌を逸したようなものだった。


「なんじゃと?そんなふざけた理由か」

トルティヤはマリの言葉に対して、怒りを露わにする。


「人の一生ってのはさ。表か裏か…運命の連続じゃんね。アタイはその表か裏かの「賭け」に勝ち続けたから今ここにいる。だから、アタイはいつも、依頼の話を受けたときは依頼人を運命を試している。で、あいつ(ザッカー)にもコイントスを求めた。そして、コイントスで表を出した。それは運命という「賭け」に勝ったってことじゃんね」

淡々とマリは話す。

 

その言葉は自身の価値観対する確信を感じさせるものだった。

まるで、それが世界の真理であるかのように。

だが、狂気にも似た価値観でもあった。


「ほう。ならば、お主は今回ハズレを引くことになる」

トルティヤの魔力が更に増大する。

その魔力は、黒い嵐のように、周囲を覆い尽くした。


「(こいつ、魔力は底なしだな。こちらの魔力も少ない。デカイ魔法はあと2回分がいいところか。次で決めきるしかないな)」

マリは状況を分析する。

その表情は、追い詰められているはずなのに冷静であった。


「人間に見せるのは久々じゃな…無限魔法-堕天使の黄昏-」

トルティヤが右手を掲げる。

すると、空に赤色の巨大な魔法陣が現れる。

魔法陣は、どこか不気味で美しく、そして荘厳だった。


「おい!見ろ!」


「何かの魔法か?」


「先程の爆発といい、一体何か起きてるんだ」

その様子に市民たちは困惑し不安を抱いてる様子だった。


「どいたどいた!」

すると混乱した群衆を割き、武装した憲兵隊がドミノホテルに向かって走っていく。


「おーお、こりゃ随分と派手な魔法だな…」

マリは武器を構え迎撃体勢を取る。

空に現れた巨大な魔法陣を見上げ、驚きと同時に興奮した声を漏らす。


「これで終わりじゃ」

トルティヤが右手を振り下ろすと、魔法陣から雷を纏った無数の黒い槍がマリをめがけて降ってくる。


槍は、勢いよく流星群のように、マリに向かって降り注いだ。

屋上全体が、黒い槍の雨に覆われる。


「周囲のことはおかまいなしってか!いいね!その感じ、嫌いじゃないじゃない!!やっぱアンタは最高じゃんね!!!!!」

迫りくる無数の黒い槍を見て、興奮しながらそう叫ぶと、ピストルの先端に全ての魔力を溜める。


「こっちもいくぞぉぉ!!閃光魔法-無法者の超強弾丸-!!」

そして、ピストルから無数のエネルギーを纏った弾が放たれる。


弾丸は、光の雨のように次々と発射された。

そして、エネルギーを纏った弾は黒い槍とぶつかると激しく爆発する。


「おらぁぁぁ!!まだまだ!!」

エネルギーを纏った弾が次々と発射される。

マリは、まるで弾丸を雨のように降らせ、黒い槍を迎え撃つ。


「…ふん」

トルティヤはマリの必死な抵抗の様子を、冷静に眺める。


黒い槍は全てを撃滅せんほどの威力だった。

槍が当たった箇所は破壊され、瓦礫がガラガラと音を立て崩れ落ちる。

瓦礫は、まるで雪崩のように、地面に落ちていく。


「逃げろー!!」

建物の近くにいた人々は、崩れ落ちる瓦礫を見て慌てふためき、建物から次々と避難する。


瓦礫が地面に落ち、砂埃が舞い散る。

砂埃は、霧のように、視界を遮った。


「まだ…まだだ!」

マリはエネルギーを纏った弾を放ち続ける。

もはや気力だけで戦っているためか、疲労で顔が歪む。

だが、突如、マリのピストルの先端から光が消える。


「なっ…馬鹿な?」

さらに、魔力の大量消耗のためか、無意識に膝をつく。


「(想定よりも魔力が尽きるのが早い…!?どういう!?)」

予想外のことにマリは驚愕の表情を見せる。


「勝負ありじゃな。無限魔法-茨の呪縛-!」

そう言うとトルティヤは意気揚々と魔法を唱える。


刺々しい茨が現れ、マリを拘束した。

茨は、まるで蛇のように、マリの体を締め付けていく。


「ぐっ…閃光魔法-無法者の怒り-…発動しない?」

マリは魔法を唱えようとするが魔法は発動しなかった。


「無駄じゃ。さっき闇魔法を当てた時、お主の魔力をその魔法の効力で少し削った。それが今になって効いてきたというわけじゃのぉ」

トルティヤも相当魔力を消耗したのか肩で息をしている状態だった。


「くっ…だから魔力が尽きるのが…」

マリは抵抗しようとするが身動きが取れない。


「…砂鉄魔法-砂宝刃(サンドサーベル)-」

トルティヤは魔法を唱え、右手に砂鉄でできた小さな刀を作り出す。


「はぁ…参ったよ」

マリは、それを見ると、諦めたかのように、ため息をつく。


「殺りなよ…傭兵になった時点で覚悟はしてんだ」

マリはトルティヤを見つめ低い声で呟く。


「…そうじゃな」

トルティヤはゆっくりと剣を構え、振り下ろす。

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