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第23章:交渉

「こちら、トルカ高原で取れた新鮮なミルクでございます」

アフォガードの部下らしき女性は、丁寧な言葉遣いでそう告げ、冷たいミルクをテーブルに置いた。


「あぁ。すまないな…」

アフォガードは、いつもの飄々とした笑みを浮かべる。


「わぁ!ミルクだ!美味しそう!」

アリアは、目の前に置かれたミルクを見て、目を輝かせたようだった。


「…悪いな、少年達。子供には酒を出せない決まりでな」

アフォガードは、葉巻を吸いながら、申し訳なさそうな口調でサシャ達に語りかける。


「ワシは大人じゃがの。見た目が子供なだけじゃわい」

トルティヤは、サシャの体を借りているが、そう言いつつもグラスを手に取り、冷たいミルクを美味しそうに飲む。


「まぁ、それは確かにな…」

アフォガードが、葉巻を吸い終わると、表情を真剣なものに変える。

彼の飄々とした雰囲気から、一気に鋭い空気に変わる。


「さて。改めて聞かせてもらうが…トルティヤ…だな?その体は、かつての肉体とは全く違うようだが?」

アフォガードは、サシャの体を借りているトルティヤに目を向け、静かに尋ねる。


「そう言っておるじゃろ、アフォガード。ワシじゃわい。ま、色々あってのぉ、今はこやつの肉体を借りておるのじゃ。要するに幽霊のようなものじゃな」

トルティヤは、アフォガードに呟く。

その声は、いつものように落ち着いていたが、どこか楽しげな響きがあった。


「ふん。お前のことだ。また、わけのわからん変な魔法でも使ったんだろうよ。まあいい、信じる。それに、お前から滲み出る魔力は…あの頃と全く変わらん。間違いなくトルティヤ、お前のだ」

アフォガードが、ニヤリと笑う。


「ならば、話が早い。ワシらがここに来た理由、お主なら分かるじゃろ?」

トルティヤが、アフォガードに尋ねる。


「大方予想がつく。魔具についてだろ?」

アフォガードが、知っているかのような口調で話す。


「ほう!ならば、話が早い!詳しく教えるのじゃ」

トルティヤが、身を乗り出し、真剣な眼差しをアフォガードに向けて尋ねる。


「ふむ…よかろう。この国のどこかに勝利者の矛(ウィナーズスピア)があるという情報が俺のところに届いている。とある冒険者ギルドからの情報で、その情報はかなり確実だ」

アフォガードのその顔は、情報が確かであるという自信に満ちていた。


「情報は…本当だったんだ!よかった!」

精神世界にいるサシャは、トルティヤとアフォガードの会話を聞き、小さくガッツポーズをする。


「ふむ。それで?具体的な場所は、どこにあるのじゃ?いくつか絞れたんじゃろう?」

トルティヤが、アフォガードに尋ねる。


「ああ、いくつか有力な候補地は絞れている。本来なら、すぐにでも教えてやりてぇところだが…」

それに対して、アフォガードは、ひと呼吸をおいて口を開く。

その表情は、まるで何かを企んでいるようにも見えた。


タダ(無料)というわけにはいかんわな。知っているだろう?この世界のルールは、等価交換だ」

アフォガードが、じっとりとした視線をトルティヤに向ける。


「やれやれ。やはりな。相変わらず抜け目のない奴じゃ…」

トルティヤは、アフォガードの言葉に、呆れた顔を見せる。

どうやら、彼の性格を理解しているようだ。


「そこでだ。お前たちには、これから一つ、俺からの依頼をこなしてもらう。それができたら、勝利者の矛(ウィナーズスピア)が、あるとされている場所を教えてやる」

アフォガードが、サシャ達に呟くと、懐から一枚の古びた写真を取り出し、テーブルに置く。


「これは…誰の写真ですか?」

リュウが、テーブルに置かれた写真を見る。

写真には、派手な毛皮のコートを着込んだ、見るからに太った男が写っていた。


「こいつは「ザッカー」という商人だ。表向きは普通の交易商だが、その裏では敵国であるサージャス公国に武器を横流ししている武器商人だ。他にも奴隷売買に麻薬取引…こいつのせいで、この国で多くの人が涙を流している」

アフォガードは、ザッカーについて、淡々とした口調で話す。


「そこでだ。お前たちにはこいつ(ザッカー)を俺の下へ連れてきてもらう。裁判にかける必要があるから、生きたまま連れてきてほしい。それに、こいつには、20万ゴールドの懸賞金がかかっているのでな」

そう言うとアフォガードは、ポケットから葉巻を更に取り出し、優雅な手つきでマッチで火をつける。


「…トルティヤ?今更だけど…アフォガードさんって、一体何者なの?」

サシャは、頭に浮かんだ疑問を、精神世界からトルティヤにぶつける。


「こやつは凄腕の情報屋にして、裏社会で名を馳せた歴戦の賞金稼ぎ(バウンティハンター)じゃったわい。その世界では、アフォガードの名前を知らぬ者はいないだろうな」

トルティヤは、サシャに説明する。


賞金稼ぎ(バウンティハンター)

大陸内にいる指名手配犯や、懸賞金がかかった対象を見つけ出し、捕縛もしくは抹殺することで、懸賞金を稼ぐ存在だ。

腕利きの賞金稼ぎ(バウンティハンター)は月に100万ゴールド以上は稼ぐという、危険と隣り合わせの職業だ。


「まあ、俺は見ての通り、とっくの昔に現役を退いている。だから、お前らには俺の代わりに、ひと仕事してもらうってわけだ。俺は懸賞金。そして、お前らは魔具の在り処。どうだ?お互いの利益になる。対価としては文句はないだろ?」

アフォガードが、葉巻の煙をゆっくりと吐き出し、サシャ達を見つめる。

彼の目は、彼らの反応を伺っている。


「どうやら…依頼を受けるしか選択肢はないな」

リュウが、冷静な口調で呟く。

その顔は、既に依頼を受ける覚悟が決まっているようだった。


「悪い人を捕まえるお仕事なら任せてよ!」

アリアは、依頼の内容を聞いて、目を輝かせた。


「…仕方ないのぉ。そのザッカーとやらを、お主のところに生け捕りで連れてくればよいのじゃな?」

トルティヤが、アフォガードに確認する。

トルティヤには僅かな不満の色が浮かんでいるが、依頼を受けることに同意している。


「そうだ。生け捕りでだ。くれぐれも殺すなよ?」

アフォガードは、トルティヤに少し殺気を込めた、しかし冷静な声で呟く。


「ふん。お主が賞金稼ぎ(バウンティハンター)をやっておった頃、このワシが、お主に何人の懸賞首を差し出したと思っておるのじゃ?今更、殺すななどと…」

トルティヤは、アフォガードの殺気にも怖気づくことなく、むしろ挑発するようにアフォガードを睨む。


「ふん、言ってみただけだ…。ちなみに、ザッカーの居場所だが、今朝、掴んだところだ。彼は共和国の首都、アルパサにある「ドミノホテル」の最上階で、公国の商人と取引するために宿泊しているらしいぞ?」

アフォガードは、再び笑みを見せると、トルティヤに呟く。


「ほ分かったのじゃ。すぐにアルパサに向かう」

そう言うとトルティヤは、椅子から立ち上がる。


そして、そそくさと入口の方に向かう。

リュウとアリアもそれに続く。


「あ!待ってよ!トルティヤ!」

リュウとアリアが、トルティヤの少し急ぐ足取りに、後を追う。

その背中をアフォガードは、温かい眼差しで見送った。


「(ふっ。相変わらずせわしいやつだ。任せたぞ。お前は…この俺が、唯一捕まえることができなかった賞金首なんだからな)」

アフォガードは、静かに笑みを浮かべ、サシャ達に期待を向けていた。


そして、サシャ達は酒場「Bar Osculum」を出る。

昼間のパナンの街の喧騒が彼らを迎える。


「もうよいぞ。ここからはお主の番じゃ。アルパサに向けてさっさと歩くのじゃ」

そして、トルティヤは、サシャの肩を叩く。

すると、サシャの意識が体に戻ってくる。


「まったく、人使いの荒いことで…」

サシャは、自身の体に戻り、ため息をつきつつ、いつものことと割り切る。


「して、アルパサだな。地図によればここから西に向かえばいいらしいな」

リュウがポーチから地図を広げてアルパサの位置を確認する。


「サージャス共和国の首都!きっと、パナンよりもずっと大きくて、賑やかな街なんだろうね!どんなものがあるのかな!ワクワクするよぉ!」

アリアもアルパサという言葉に、行く気満々といった表情だった。


「よし!早速向かおうか!」

サシャ達は、アフォガードから聞いたアルパサの情報を胸に、西へ向けて出発した。


アルパサへの道中は砂漠が続いていた。

見渡す限りの砂と、乾燥した空気。

太陽は容赦なく砂漠を照りつけ、地面からは陽炎が立ち上り、蜃気楼のように景色が歪んで見える。

時折、強い風が砂を巻き上げ、視界を遮り、砂が顔に当たる。


サシャ達は、アルパサに到着するまで、ひたすら砂漠を歩き続けた。


「暑いね…もう、汗が止まらないよ…」

アリアが額の汗を拭いながら呟いた。彼女の顔は赤くなっている。


「ああ、水分補給はマメにしといたほうが良さそうだ」

リュウが竹筒を取り出し、水を飲む。


サシャ達は水分補給をしながら、アルパサを目指して歩き続けた。


そして、パナンを出発して1時間半ほど歩いた頃だっただろうか。

砂漠の中に、人工的な建造物が見え始め、賑やかな街並みが姿を現した。


「あれが…アルパサだ!見えてきたぞ!」

サシャ達は、目の前に現れた巨大な街に、驚きの声を上げた。


サシャ達はアルパサの門をくぐり、街の中へ進む。


「うわぁ!パナンよりもずっと大きい!」

サシャ達はアルパサの大きさに圧倒されていた。


「さすがはサージャス共和国の首都。「オアシスの街」と称されるだけあるな」

リュウが周囲を見渡しながら呟く。


「この街のドミノホテルという建物に、ザッカーがいると言っていたよね?どこにあるんだろう?」

サシャは、アフォガードから聞いた情報を思い出し、これからどうするかを考えていた。


「ドミノホテルか…これだけ高い建物が多いと、どれがそうなのか分からないな…」

アリアが辺りを見渡す。

辺りには高い建物が林立しており、目印になるものが少ない。


「とりあえず、誰かに聞いてみようか…この街の人なら、知っているだろう」

様々な服装の人々が忙しそうに行き交っている。

そして、人の良さそうな壮年の商人らしき男に声をかける。


「すみません。旅の者なのですが、ドミノホテルという建物をご存じですか?探しているのですが、見つからなくて…」

サシャが商人らしき男に尋ねる。


「あぁ。ドミノホテルなら、この道をまっすぐ進んだ先にある、一番大きな、ガラスで建てられた建物だよ。この街で一番目立つから、すぐ分かると思うけどね」

商人らしき男は親切に、指をさして方向を教えてくれた。

その方向には、青いガラスで作られた巨大な建物が、太陽の光を反射してキラキラと輝きながらそびえ立っていた。


「あれだね!すごい綺麗な建物!」

アリアが指さされた方向に視線を向け、興奮した声を上げた。


「ありがとうございます!助かりました!」

サシャ達は商人らしき男に心から礼を言うと、ドミノホテルに向かった。


そして、近づくにつれて、その大きさがさらに実感できる。

入口の前には広大な広場があり、美しく彫刻が掘られた噴水が、勢いよく水を噴き上げていた。

噴水の周りのベンチには多くの人々が座り、談話を楽しんでいるようだった。

そして、入口の横にある石碑には、洒落た文字で「ドミノホテル」と掘られていた。


「どうやらここで間違いないみたいだな。この石碑があるということは、ここがドミノホテルで間違いない」

リュウは、石碑を見て呟く。


「うわ…大きい建物だ…」

サシャは、その大きさに息を呑む。

まるで、巨大な山のような建物が目の前にそびえ立っていた。

それは、今まで見た建物の中で、間違いなく一番大きいものだった。


「わ!こんな建物、見たことないよ!ガラスでできてるんだ!」

アリアも、その大きさと珍しい外観に驚いているようだった。


「よし…行こう…」

サシャ達は、意を決して、ドミノホテルの重厚なガラス扉を開け、中に入る。


ホテルの中のロビーは、想像を絶するほど豪華絢爛な作りになっており、その広さはまるで一つの広場のようだ。

高い天井からは、巨大なシャンデリアがいくつも灯り、きらびやかな光を放っている。

床は大理石で、豪華そうなソファやランプスタンドが調度品として置かれており、その様相は、王族が住む宮殿に引けを取らないものだった。


「外もすごいけど…中もすごいな…まるで、別世界だ…」

サシャ達は、その豪華さに少し戸惑いを覚える。


「あまりキョロキョロするでない…」

精神世界のトルティヤが、サシャの頭の中で呟く。


「して、アフォガードの話では、ザッカーはここの最上階にいるとのことだが…具体的に何号室にいるかは分からない…な?」

リュウが腕組みをしながら、サシャに呟く。


「うん…部屋番号までは聞いてないんだよね…最上階って言っても、部屋がたくさんあるだろうし…どうやって探そう…」

サシャが悩んでいると、トルティヤが再び呟く。


「慌てるでない。こういう時はワシの出番じゃ」

そう言うと、トルティヤは、小さく咳払いをしてから、サシャの肩を叩く。

そして、人格が入れ替わった。


「あ、トルティヤになった!」

サシャの体の変化に、アリアが反応する。


「お主らはそこで、大人しく待っておれ…ワシに考えがある」

そう言うと、トルティヤは魔法を唱える。


「無限魔法-無人闊歩(むじんかっぽ)-!」

トルティヤが魔法を唱えた瞬間、その姿が透明になった。


「わぁ!トルティヤが消えた!すごい魔法!」

アリアが目を丸くして驚く。


「…透明化までできるのか」

リュウも、トルティヤの魔法に驚いているようだった。

彼の冷静な顔にも、驚きの色が浮かんでいる。


「まぁな…こういう場所では、この魔法が一番役に立つわい」

トルティヤは、透明のままそう呟くと、静かにホテルの受付カウンターの方へ向かう。


そして、そのまま何食わぬ顔で、カウンターの奥にある事務室へ入る。

カウンターにいる従業員は、目の前をトルティヤが通り過ぎたことに全く気がついていない。


「(…ツイておるわい。事務所に誰もいないとはな)」

どうやら事務室は無人のようだった。

トルティヤは事務所の中を歩き、部屋の隅にある本棚の前に立ち止まる。


「(あった!これじゃ!宿泊名簿じゃな!)」

トルティヤは、目当ての宿泊名簿を見つけ、素早くページをめくる。

トルティヤの指先が、名簿の上を滑るように動く。

そして、最後のあたりのページでめくるのを止める。


「…当たりじゃ。やはり特別室じゃったか。最上階の10階、1010号室じゃな」

そこには「ザッカー・ブロータス」とのサインが記された予約票が貼り付けられていた。

名前と部屋番号を確認し、記憶に刻み込む。


それを確認したトルティヤは、宿泊名簿を元に戻し、何食わぬ顔をしてリュウとアリアのもとに戻る。


「場所が分かったぞ。ザッカーの部屋は、最上階の10階、1010号室じゃ」

トルティヤは、リュウとアリアの目の前で魔法を解除し、再び姿を現す。


「おぉ!すごい!さすがはトルティヤだね!どうやって分かったの!?」

アリアは、トルティヤの魔法と情報収集能力に感激しているようだった。


「いちいち説明する必要はないのぉ。ワシのやり方じゃ。とにかく1010号室に向かうのじゃ!」

トルティヤが強引な態度で呟き、サシャ達は、ドミノホテルの最上階、1010号室に向かうことになった。


「とはいえ、1010号室にはどうやって行くんだ?10階まで階段は結構きついぞ…」

リュウがトルティヤに尋ねる。

最上階までどうやって行くのか、当然の疑問をぶつける。


「階段など使うわけないじゃろう。アレを見るのじゃ」

トルティヤが、ホテルのロビーの端にある、大きな鉄製の箱を指差した。


「なにあれ!見たことないよ!箱が動いてる!」

アリアはトルティヤが指差した箱を見て目を輝かせている。


「あれは「エレベーター」というカラクリじゃな。人や荷物を載せて、縦に運べる便利な代物じゃ。金持ちの考えることは、よう分からんが、便利なものを作るわい」

トルティヤが、エレベーターについて説明する。


「エレベーター…そんなものが存在するのか…!すごい技術だ…」

リュウもエレベーターの動きを目で追い、興味深そうに観察している。


「チーン」

やがて、エレベーターが1階に到着し、鉄製の扉が音を立てて開く。


「さて、行くかの。ザッカーを確保するぞ」

トルティヤがエレベーターに向かって歩き出す。

リュウとアリアもトルティヤに続く。

そして、扉が開いたエレベーターに乗り込む。


扉が閉まり、エレベーターはゆっくりと上昇していく。

歯車が回るような機械音がエレベーター内に響き、体にかかる僅かな重力変化を感じる。


「…こんな正々堂々と乗り込んで大丈夫なのかな?」

アリアは少し心配していた。


「アリアの言う通りだ。トルティヤ。何か策があるんだろうな?」

リュウが腕組みしながらトルティヤに尋ねる。


「当然じゃろう!それも織り込み済みじゃわい!お主たち、ワシの手を握れ!」

トルティヤは自信満々に答え、両手を二人に差し出す。

その表情には、何か企みがあるような笑みが浮かんでいる。


「あぁ…分かった」

リュウとアリアは、トルティヤの差し出した手を握る。


「…無限魔法-無人闊歩(むじんかっぽ)-!」

トルティヤが魔法を唱えた瞬間、サシャの体、そしてリュウとアリアの体も、光が歪むように透明になり、三人の姿が、完全に消えた。


「うわ!すごーい!僕たちの姿が消えちゃったよ!」

アリアは自分の姿が見えなくなったことに驚いている。


「その魔法…他人にも使えるのか」

リュウがトルティヤに呟く。

その顔には、驚きと感心が浮かんでいる。


「うむ。じゃが、他人に使うと魔力の消耗が激しいからの。三人同時に透明化させるのは、もって5分が限界じゃろう」

トルティヤが、魔法の制約について説明する。


「チーン」

やがてエレベーターは最上階、10階に到着する。

鉄製の扉が音を立てて開く。

三人は透明なまま、フロアに降りる。


「1010号室…あれだ!」

リュウが小さな声で呟く。

その視線の先には、豪華な装飾が施された扉が見える。


扉の前には、テンガロンハットをかぶった、筋骨隆々の傭兵らしき護衛が2人立っていた。

彼らは武器に剣を持ち、部屋の前を見張っている。


「ほう…たった二人か。大した事なさそうじゃのぉ。これなら楽勝じゃわい」

そう呟くとトルティヤは、護衛に気づかれないように魔法を唱える。


「粉塵魔法-現夢酔狂(げんむすいきょう)-!」

トルティヤの指先から、微かに青白い粉が、風に乗って護衛の方へ飛んでいく。


「…なんだ…急に眠気が…襲ってきやがった…」


「…ふぁ…ぁぁぁ…やべぇ…眠い…」

次の瞬間、護衛は抗う間もなく、バタりと音を立てて地面に倒れ、深い眠りに落ちた。


「これでよかろう…邪魔者はいなくなった…」

トルティヤが小声で呟く。

その表情には笑みが浮かんでいる。


「…すごい…一瞬で眠らせちゃった…」

アリアは、目の前で護衛が眠りに落ちたのを見て、驚きの声を漏らす。


「気配も魔力反応も完全に消えていた…見事な魔法だ…」

リュウも、トルティヤの魔法に感心していた。


そして、三人は透明なまま、倒れた護衛を跨ぎ、1010号室の扉に近づく。

トルティヤが扉をそっと開けて、静かに慎重に進む。

リュウとアリアも彼の後についていく。

そして、小廊下を進むと、開けた部屋の場所が見える。


「…いやぁ、今日も儲かった儲かった。これで、共和国での取引は全て完了だ」

その場所から、男の話し声が聞こえてきた。

恐らくはザッカーの声だ。


「(あいつがザッカーかの。写真で見るよりも随分と…太っておるのぉ…)」

トルティヤは声の方向を見る。部屋の中央にあるソファに、ザッカーが座り、葉巻を吸っていた。

彼の顔は、写真で見るよりもさらに醜く太り、その目つきは闇に染まったかのように淀んでいた。


そして、部屋にはザッカー以外にも、四人の護衛がいた。


「(まだ護衛をつけておったか…まさか部屋の中にもいるとは…)」

トルティヤは心の中でため息をつく。

予想外の状況ではないが、少し手間がかかる。


「(護衛が四人…って、あれは…!?)」

リュウはザッカーの側にいる、テンガロンハットを被りポンチョを着た二人の護衛をじっと見つめる。


それは、昨夜パナンで酔っぱらいに絡まれた、背の高い女の護衛。

そして、その隣に立つのは、彼女と共にいた少年だ。


「…トルティヤ。あの女の護衛、かなり強いと思う」

精神世界からサシャが、部屋の中の状況を見て、危険を警告するように、トルティヤに注意を促した。


「誰に言っておるんじゃ。ここはワシの魔法の射程範囲じゃ。あんな小娘、ザッカーもろとも、一発で眠らせてやるわい。粉塵魔法…」

トルティヤが、サシャの忠告を聞きつつ、自信満々に答える。

そして、先ほどの粉塵魔法を唱えようとした時だった。


その女の護衛が、サシャ達がいる方向を、鋭い視線でじっと睨む。

その目は、透明化しているサシャ達を、まるで裸眼で見えているかのようだ。

そして、左の人差し指と親指を、まるで銃を構えるかのように向けた。


「閃光魔法-無法者の弾丸-!」

次の瞬間、女の護衛の人差し指から、強烈な光のレーザーが放たれた。

それは、一点を貫くようにサシャ達に向けて飛んでくる。


「なにっ!かわすのじゃ、小僧、小娘!」

トルティヤは大きな声で叫んだ。

透明化魔法が見破られたことに驚き、咄嗟に回避を指示する。


「うわっ!?危ないよぉ!」


「しっ…速い…!」

サシャ達は懸命に横に避ける。

光の速度に近いレーザーは、彼らのすぐ横を通過する。

まるで、迫りくる獲物を避けるように、三人は必死にレーザーを避けた。


「ドーン!!!」

サシャ達の後ろの壁に、レーザーが直撃した。

衝撃音と共に、壁にポッカリと穴が開いた。

まるで、紙のように、壁はレーザーによって簡単に貫通され、穴からは隣の部屋の景色が見える。


「おいおい。随分と姑息な真似をしてくれるじゃんね?魔力を消したつもりだろうけどさ。アタイには、全部お見通しなんだよね」

女の護衛が、落ち着いた声でサシャ達に呟く。


「ワシの魔法が見破られるとはな…!」

トルティヤは魔法を解くと、トルティヤ、リュウ、アリアの三人の姿が、部屋の中に露わになる。

他の護衛とザッカーの顔には、驚きと、緊張の色が浮かんでいる。


「うぉぉ!誰だ貴様ら!?賊か!?」

ソファに座っていたザッカーは、突然現れたサシャ達の姿に、慌てていた。


「賊だ!!」


「捕らえろ!」

他の三人の護衛は武器を手に、サシャ達を取り囲むように配置につく。

護衛達は瞬く間にサシャ達を囲んだ。


「悪い奴らだ!」

女の護衛と共にいた、ポンチョを着た少年が、サシャ達を指さし、叫ぶ。


「あわわ…!囲まれちゃったよ!どうしよう…」

アリアは周囲を護衛に囲まれた状況に、少し怖気づいているようだった。


「これは…少し厳しいか?状況が不利だ…」

リュウは周囲の護衛を見渡し、背中の刀に手をかける。


「気づいたところで遅いわ!さっさと捕まえて、アフォガードの所に連れていくのじゃ!無限魔法…」

トルティヤが再び魔法を唱えようとする。


「…閃光魔法-無法者の弾丸-!」

だが、女の護衛は、それより早くトルティヤの足元に、再び強烈な光のレーザーを放つ。

そのレーザーは、床にポッカリと小さな穴を開けた。


「…ほう。ワシの詠唱速度を上回るとはな…!中々やるではないか」

トルティヤは女の護衛を睨みつける。

彼の瞳には、驚きと、僅かな苛立ちが見える。


「これでも速度には自信があってさ。で、早速で悪いんだけど…」

そう言うと女は、不敵な笑みを浮かべながら呟く。


「光の速さで…消えてもらうじゃんね!」

そう言うと今度は左指を掲げると、その指先が光り始めた。

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