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第19章:タタラ峠

サシャ達は、重苦しい空気の漂う名も無き街を発った。

街の入口に打ち付けられた案内板は、長年の雨風に晒され、表面はひび割れ、文字は薄れて、街の名前すら判別できないほど朽ち果てていた。


「にしても…レスタ王国、とんでもない場所だったな…」

サシャは、脳裏に焼き付いた関所での兵士の横柄な態度、貴族の冷酷な言葉と態度、そして飢えと絶望に沈む街の光景を思い出し、深く溜息をついた。


「本当にな。民があれほど苦しんでいるとは…だが、俺達にできることは何もない。残念だが、それが現実だ…」

リュウは、険しい表情で呟いた。


「みんな、お腹空いてそうだった…お肉とか、暖かいものとか、食べられてないのかな…」

アリアは、小さな手をぎゅっと握りしめ、俯きながら呟いた。

彼女の心には、街で出会った痩せこけた孤児や浮浪者たちの姿が深く刻まれていた。


「…」

サシャ達は、重苦しい沈黙に包まれた。

彼らの心には、名も無き街の光景が深く刻まれ、言葉を失っていた。


やがて、道は深い渓谷へと差し掛かった。

道の端には、粗末な木製の柵が設けられていたが、その木材は古く、今にも折れそうだ。

眼下の渓谷は恐ろしく深く、底は闇に閉ざされ、見えない。

谷底から吹き上げてくる風の音が、ヒューヒューと鳴り響き、もし足を踏み外せば、ひとたまりもないだろう。


「この道を道なりに行けば、サージャス共和国のパナンという街に行けるはずだ」

リュウは地図を広げ、指でなぞりながら言った。


「サージャス共和国…どんな国なんだろうか」

サシャは、新しい大地への期待と、僅かな不安に胸を膨らませ、遠くの景色に目を凝らした。


さらに道を進むと、遠方にレンガ造りの一軒の宿屋が目に飛び込んできた。

太陽に照らされた橙色のレンガは、鈍く輝き、旅人の疲れを癒してくれるような温かみを感じさせる。

宿屋の脇には、商人のものと思われる荷台や荷馬車が数台停まっており、多くの旅人らしき人影が見え、賑わいを見せていた。


「一旦、あそこで昼食にしよう」

サシャは、リュウとアリアに提案した。


「そうだな。タタラ峠はここから更に進んだ先だし、パナンは国境を超えた先だ。ここで休んでおいた方が良いだろう」

リュウは、サシャの提案に頷き、賛同した。


「うん!賛成!それに、少し足が疲れたよぉ…」

アリアは、額にうっすらと汗を浮かべ、少し息を切らしていた。

整備された道とはいえ、名も無き街から続く道は緩やかながらも上りが多く、小さな体にはこたえたのだろう。


「よし、決まりだ」

サシャ達は、宿屋の重い木の扉を押し開けた。

扉は年季が入っており、ギィッと音を立てる。


「うわ…めっちゃ混んでるし!熱気がすごいね!」

アリアは、宿屋の中に足を踏み入れた途端、その尋常ではない人の多さと熱気に、思わず声を上げた。


一階のレストランは、湯気と熱気でムンムンしており、多くの冒険者や旅人、商人らしき人々でごった返していた。

テーブル席はすべて埋まり、壁際のカウンターや窓辺、さらには床に直接座り込んで食事をしている者もいた。


「なんでこんなに?何かあったのかな?」

サシャ達は、予想外の混雑ぶりに戸惑いを隠せなかった。

この辺りに宿屋が少ないとしても、尋常ではない人の多さだった。


すると、忙しそうに料理や飲み物を運んでいた宿屋の女将が、サシャ達に気づき、声をかけてきた。


「いらっしゃい!生憎、今はテーブル席は全部埋まっちまって満席なんだよ。ま、適当に空いている場所にでも座っておくれ!」

女将は、そう言い残すと、笑顔で、しかし素早い動きで再び忙しそうに厨房へと戻っていった。


「っても、どこも一杯だな…床に座るしかないかな…」

サシャ達は、レストランを見渡したが、どこにも座れそうな場所は見当たらなかった。

仕方なく、壁際の一角に場所を見つけ、腰を下ろす。

その時、彼らの耳に、周囲から漏れ聞こえてくる、気になる会話が飛び込んできた。


「いやぁ、困ったな…全くどうにもならない」


「こればかりは魔法でも物理的な力でもどうしようもできないな」


「王国軍は何をしているんだ?復旧作業が遅すぎる」


「さすがにあの峠を、今、進むのはリスクがありすぎる。無理だ」


「ここで足止めを食らうとは…全く運がない」

ある者はテーブルに突っ伏して嘆き、ある者はジョッキを片手に王国軍への不満をぶちまけ、ある者は頭を抱えてうんざりしていた。


「あの…すみません。何かあったんですか?」

サシャは、近くのテーブル席に座っていた旅人らしき中年の男性に声をかけた。

彼の顔にも、困惑と苛立ちの色が浮かんでいる。


「あぁ。君たちも旅人かい?この先にあるタタラトンネルが崩落して通れなくなったんだよ」

男は、樽製のジョッキを傾けながら答えた。


「そうそう。おかげで期日までに荷物が届けられなくなっちまったんだ。商売にならんよ」

隣の席に座っていた商人が、顔に疲労の色を浮かべ、嘆息混じりに言った。


「復旧の見込みとかは、何か聞かれていますか?」

サシャは、事態の深刻さを理解し、商人に尋ねた。


「さぁな。何人か王国軍の兵士が道具を担いでトンネルに向かったとは聞いているが、復旧したという話は一切耳に入ってこないな。下手したら、数週間、いや、数ヶ月かかるかもしれないという噂だな…」

商人は、肩をすくめて答えた。その声には、諦めの色が混じっている。


「そうですか…それは困りましたね…」

サシャは、残念そうな表情を浮かべた。旅のルートが塞がれてしまったのだ。


「一応、タタラ峠を抜ける別のルートがあるらしいんだが、遠回りになる上に道もとんでもなく険しいらしい。それに、この時期は危険なモンスターが出没するという話も聞くしな…ほとんどの旅人や商人は、トンネルの復旧を待つか、引き返すかしているようだ」

旅人らしき男が、付け加えた。


「なるほど、やはりそうか…」

リュウは、リュックから地図を取り出し、顎に手を当て、じっと見つめながら呟いた。「タタラ峠」と記されたルートは、確かに大きく迂回しており、時間と労力がかかりそうだ。


そんな会話をしていると、宿屋の入り口の方で、冒険者らしき三人の男女が立ち上がった。彼らの表情は自信に満ちた表情をしている。


「へっ。タタラ峠に危険なモンスターがいる?何がだよ。そんな奴ら、俺たち敏腕冒険者にかかれば、朝飯前だって話さ」

茶色の服に黄色のマントを羽織ったリーダーらしき長身の男が、周囲に聞こえるような声で自信満々に言い放った。


「…余裕。私たちなら…余裕。何も問題ない…余裕」

紫色のローブを羽織った魔導師らしき女性が、リーダーの言葉に同意するように、ボソリと呟いた。


「おうよ!任せとけ!バッチリだぜ!グハハハハハ!!」

丸い兜を被ったドワーフ族らしき体格の良い男が、豪快に笑い飛ばした。

その声は宿屋中に響き渡る。


「ま、その危険なモンスターとやらは俺達がサクッと退治しといてやるよ。だから、しばらくしたら、安心して峠を超えな」

リーダーらしき男は、そう言い残すと、皮肉げな笑みを浮かべ、仲間二人と共に宿屋を出て行った。


「…大丈夫か?あいつら。まぁ、俺の知ったことではないがな。君たちも、もしその峠に行くなら、気をつけるんだな」

先に話を聞かせてくれた旅人らしき男は、冒険者たちの後姿を見送り、眉をひそめながら呟いた。

そして、ジョッキに残った飲み物を一気に飲み干した。


「あ、ありがとうございます。気をつけて行ってみます」

サシャは、男にお礼を言い、先程の冒険者たちが座っていた、空いたばかりのテーブル席に腰を下ろした。


「すみません!女将さん!鶏そ…」

サシャが、忙しそうに働く女将に、まず自分が食べたい鶏そばを注文しようとした時、精神世界で背後から強烈な視線と、低い声が聞こえてきた。


「…ぶ・た・そ・ば・じゃ。いいな?」

トルティヤが、いつものようにニコニコしながら、しかし有無を言わせぬ、絶対的な口調でサシャに囁いた。

その目は笑っているが、全く譲る気配がない。


「…はい」

サシャは、渋々頷き、トルティヤに人格を交代した。

その心の中では、鶏そばへの未練が渦巻いている。


「豚そばを一つじゃ!」

トルティヤは、カウンターに向かって、普段よりも少し高い声で高らかに宣言した。


「私は鴨そば!!」

アリアが、トルティヤに続いて、元気よく注文した。その声は明るい。


「じゃあ、俺は牛そばを」

リュウが、静かに、しかし自分の希望を明確に伝えた。


奥の厨房から、女将の威勢の良い返事が聞こえてきた。

どうやら注文は無事に通ったようだ。

サシャ達は、そばが運ばれてくるのを待つ。


しばらくすると、宿屋の店員が、湯気を立ち上らせた熱々のそばを、サシャ達のテーブルに運んできた。

どんぶりからは、出汁の良い香りと醤油の甘い香りが鼻腔をくすぐり、食欲をそそる。


「うはーっ!美味しそうじゃ!待ちきれんわい!」

トルティヤは、目を輝かせ、待ちきれない様子で、どんぶりに顔を近づけ、豚そばを勢いよく啜り始めた。


「…いいなぁ」

その様子を、サシャは精神世界から、恨めしそうに眺めていた。

目の前で、自分が食べる予定だったそばを、トルティヤに食べられているのだ。


こうして、サシャ達は、それぞれのそばを堪能し、空腹を満たした。


「ふぅ…美味かったわい!」

トルティヤは、満足そうに箸を置き、口元を拭った。


「…ほれもういいぞ。早く交代するのじゃ。ワシは満足した」

トルティヤは、サシャの肩を叩くと人格を交代する。


「…はぁ…結局、鶏そば食べられなかったな…」

サシャは、体が戻った後も、鶏そばを食べられなかったことへの未練を呟いた。


「とはいえ、タタラトンネルを抜けられないとなると…このタタラ峠を越えるしかないか。復旧を待つのも時間がかかりすぎるだろう」

リュウが、顎に手を当て、テーブルに広げた地図をじっと見つめながら呟いた。


「ま、少し休んでから考えようか。急いでも仕方ないし」

サシャ達は、宿屋の一角でわずかな休息を取った。

その間にも、疲れた様子の冒険者や、慌てた様子の商人が次々と宿に駆け込んできた。

彼らの顔には、焦りと不安が入り混じった表情が浮かんでいた。

タタラトンネルの崩落は、多くの旅人や商人の旅程に大きな影響を与えているようだった。


「さすがに、ここには泊まれないな。こんなに人がいるんじゃ、宿も満室だろう」

リュウが、受付の方を見ると、案の定、そこには「満室」と書かれたプレートが掲げられていた。


「仕方ない…野宿になるかもしれないけど、峠を越えよう。立ち止まっていても仕方ない」

サシャは、意を決したように言った。

このまま待っていても状況は変わらないと判断したのだ。


「そうだね!疲れも取れたし、ご飯も食べたし、元気満点だよ!」

アリアは、両手を大きく広げ、元気いっぱいの声で言った。


「うん!早速出発しよう。日が暮れる前になるべく進みたいし、この宿にいても落ち着かない」

サシャ達は、立ち上がり、宿屋の重い木の扉を押し開け、外へと出た。


「うわ…なんか、急に天気が悪くなったな…」

サシャが、空を見上げ、呟いた。


空は見る見るうちに鉛色の分厚い雲に覆われ、まるで世界から光が失われたかのようだ。

強い風が吹き始め、木々をざわつかせ、葉が激しくざわめく。

そして、今にも空が泣き出しそうな、不穏な気配が漂っていた。


「雨が降ったら峠道はさらに厄介になりそうだ。急ごう」

サシャは、空を見上げ、険しい表情で言った。

その一言に、リュウとアリアは背筋を伸ばし、足早に峠の入口へと向かった。


峠へと続く道を進むにつれ、空はさらに暗さを増していった。

周囲の景色が、鉛色に沈み、時折、閃光が走り、耳を劈くような雷鳴が轟く。

まるで、タタラ峠が彼らを拒んでいるかのようだった。


「結構、険しいな‥予想以上にきつい上りだ」

サシャ達は、息を切らせながら、岩がむき出しの、険しい上り坂を登っていた。

一応、道は作られているものの、長年の放置により整備が行き届いていないのか、道の脇の木製の柵はところどころ壊れ、道も大小の石がまばらに散らばり、足を取られそうになる。


「何を生ぬるいことを言っておる。ほれ。急がぬか!雨が降る前に少しでも進むのじゃ!」

精神世界のトルティヤが、苛立ったようにサシャを急かした。


「はいはい。分かってますよっと。言われなくても急いでますってば」

サシャは、息切れしながらも、いつものように軽口を叩きながら、足を速めた。


「これくらいの山道‥鍛錬だと思えば、苦にならない」

リュウは、サシャとは対照的に、涼しい顔で淡々と上り坂を登っていた。

息切れする様子は一切なかった。


「リュウは‥疲れないの?」

アリアは、肩で息をしながらリュウに尋ねた。彼女の顔には、汗が滲んでいる。


「魏膳は山岳地帯が多い国だったからな。子供の頃から、稽古でもよく山を駆け回っていた」

リュウは、少しだけ口元を緩め、余裕そうな表情を見せた。

どうやら、山を歩き慣れているらしい。


「とはいえ‥慣れてない俺たちには、中々に過酷だよ…」

サシャは、宿にいた人々がタタラ峠を通りたがらない理由に、改めて合点がいった。

体力のある冒険者ならともかく、普通の旅人や商人じゃ、この整備されていない険しい道は厳しい。荷台や荷馬車があれば尚更だろう。


そうして時々息を切らしながらも、サシャ達は険しい山道を歩き続けた。

雨は徐々に強くなっている。


どれくらい歩き続けただろうか。

ようやく、坂が緩やかになり、平坦な道が見えてきた。空はさらに暗くなっている。


「‥はぁ。ようやく平坦になった。少し休憩しよう」

サシャは、全身から力が抜けるような感覚で、へたり込むように地面に腰を下ろし、息を切らしながら言った。

そして、亜空袋(ポータルバッグ)から竹筒を取り出すと、中の水を一気に喉に流し込んだ。冷たい水が体に染み渡る。


「‥ぷはっ!生き返るね!疲れたよぉ…」

アリアも、サシャの隣に座り込み、同じように竹筒の水を飲んだ。

その顔には、疲労の色が浮かんでいる。


「‥ふん。いい運動だった。景色でも見るか」

リュウは、二人とは対照的に、涼しい顔で周囲の景色を眺めていた。


「それにしても‥すごい場所まで登ったんだな…」

相当坂を登ったのだろう。

眼下に広がる景色は、遥か遠くまで見渡せる。

遠目に、レスタ王国の王都らしき、大きな街が見えた。

天気が良ければきっと絶景スポットだったに違いないが、灰色の雲の下で、街の明かりがかすかに見える程度だった。その時。


「ザーッ!」

空から、大量の雨が、一気に降り注いできた。


「うわ…ここで降ってくるか…最悪だ…」

サシャは、空を見上げ、うんざりしたように呟いた。


「結構降ってきたね!」

アリアが困惑した表情を見せる。


「ふっ…水魔法-雨ノ羽衣(アメノハゴロモ)-」

リュウは、冷静に呪文を唱えた。

彼の周囲に、青白い光を放つ水の膜が現れる。

それは、まるで薄い羽衣のような形状になる。

リュウは、その水で作られた雨具を、サシャとアリアにも装着させた。


「ありがとう!リュウ!助かったよ!」

サシャは、雨に濡れることなく、リュウに心から礼を言った。

魔法の雨具は、雨粒を弾き、濡れる心配がない。


「ふっ…風邪でもひいたら、後々厄介だろ?気にするな」

リュウは、照れ隠しのように、わずかに口元を緩め、笑みを浮かべた。


こうしてサシャ達は、リュウの水魔法で作られた雨具を身につけ、土砂降りの雨の中、再び道を進むことになった。

平坦な道とはいえ、雨水でところどころがぬかるんでおり、足場は最悪だった。


「この雨、いつまで続くんだろう…」

サシャが、うんざりしたように呟いた。雨音だけが響く。


「山の天気は変わりやすいというからのぉ。これほど強い雨なら、しばらくは続くだろうな。ま、ワシには関係のない話じゃがな」

精神世界のトルティヤは、雨に濡れることがないからか、余裕そうな表情をしていた。


「まったく…贅沢な奴…」

そんなトルティヤの態度に少し呆れつつも、サシャ達は雨の中、黙々と道を進んだ。


しばらく歩くと、朽ちかけた看板に「山頂」という文字が見えた。

そして、その奥には、古代の遺跡跡か何かだろうか、朽ちた神殿のような建物が立っていた。

柱はところどころ崩れかけ、壁は苔むしており、山頂の目印と言わんばかりに、ひっそりと佇んでいる。


「もう少しだ…あの神殿まで行けば、山頂だ…」

サシャ達は、その言葉に希望を抱き、足取りを早めた。

神殿が視界に見え、山頂の神殿に到着したと同時だった。


「ドーン!!」

神殿の奥から、空気を震わせるほどの爆音が響き、神殿の柱の遠くの一部が大きく崩れ落ちた。

土煙と共に、岩石が飛散する。


「なんだ!?何が起きた!?」

サシャ達は、突然の爆音と崩落に驚き、咄嗟に神殿の壁の物陰に身を隠し、音のした方向、神殿の奥の広場らしき場所を様子を窺った。

雨音の中に、遠くから金属のぶつかる音や、咆哮のような音が聞こえてくる。


すると、物陰から見えた光景は、先程宿屋で会った冒険者達が、燃え盛る溶岩のように赤く輝く鱗を持つドラゴンらしき巨大な生物と、激しく対峙している姿だった。

雨が降っているにも関わらず、ドラゴンの周囲だけ、熱で水蒸気が立ち上っている。


「くそっ…一体なんだこいつ…俺達が…こんな…ここまでやられるなんて…」

茶色の服に黄色のマントを羽織ったリーダーらしき冒険者は、全身傷だらけで、肩で荒い息をしていた。

顔には、苦痛と驚愕の色が浮かんでいた。


「…これは…想定外。とても強い…想定外」

紫色のローブを着た魔導師らしき女性も、顔を青ざめさせ、額に大量の汗を浮かべ、膝を震わせていた。

その様子から魔力を使いすぎたのか、体力が限界なのだろう。


「まだ…まだやれる…ここで倒れるわけにはいかねぇ…!」

丸い兜を被ったドワーフ族らしき男は、息を切らしつつも、巨大な斧を構えていた。


「ギャァァァォォォォ!!!!」

ドラゴンらしき生物が、天に向かって咆哮をあげた。

その姿は、禍々しい角が何本も生え、赤に染まった分厚い翼は、まるで数多の冒険者の返り血で染まっているようにも見えた。

その巨体は、雨の中でも存在感を放っている。


「ボワッ!」

そして、口元に灼熱の炎の光が集まるのが見えたかと思うと、絶え間なく灼熱の炎の塊をいくつも吐き出した。

炎は雨をも蒸発させながら、冒険者たちに迫る。


「…くっ!これしか…!電磁波魔法-電磁盾(エレクトロシールド)-!」

リーダーらしき男は、歯を食いしばり、魔法を唱えた。

彼の周囲に、青白い電気を帯びたバリアが展開され、電気がパチパチと音を立てる。

しかし、バリアは炎の一部を弾いたものの、完全に防ぎきれておらず、炎の一部が男の体に直撃した。


「ぐあっ!!熱い!くそっ!」

男は、火傷を負い、苦悶の声を上げ、後方に大きく吹き飛ばされた。


「ふんっ!このままやられるか!まだ、やれるぞ!」

ドワーフ族の男は、巨大な斧を構え、炎の塊を力任せに切り裂きながら、ドラゴンに突撃した。


「これで…どうだ!?くらうがいい!」

ドワーフ族の男は、ドラゴンの巨大な体に、渾身の力を込めて斧を振り下ろした。


「…」

しかし、男の渾身の一撃は、ドラゴンの赤く輝く鱗に弾かれた。

その鱗は、金属よりも硬いかのように、男の斧を全く寄せ付けなかった。

周囲に鈍い金属音が響く。


「むっ!硬い!」

男は、空中にいて身動きが取れない。

その隙を見逃さず、ドラゴンの鋭く巨大な爪が、男の体に振り下ろされた。


「ぐぉぉぉ…!しまっ…た…!」

男は、衝撃と共に、近くにあった崩れかけた柱に叩きつけられた。

柱がさらに大きく崩れる。


「どうしよう。どうしよう…」

紫色のローブを羽織った女性は、目の前の光景に完全に戦意を喪失し、その場にペタリと座り込んだ。

その顔は絶望に染まっていた。


「ギャァァァォォォォ!!」

ドラゴンらしき生物が再び勝利の咆哮をあげ、口元に灼熱の炎を溜め込んだ。

その炎は、冒険者たちにとどめを刺そうとしているかのようだ。


しかし、その直前、一本の矢が、雨を切り裂いて飛んできた。

矢は、ドラゴンの首の鱗の隙間に、浅くだが突き刺さった。


「ギャオ!?」

ドラゴンらしき生物は、炎を溜め込むのをやめ、驚いたように、矢が飛んできた方向へ視線を向けた。


「こっちだよ!大きいドラゴンさん!」

そこには、神殿の物陰から、弓を構えたアリアがいた。彼女の顔は真剣だ。


「小僧!時間がない!彼らを頼むのじゃ!」

サシャは、既にトルティヤに入れ替わっていた。

そして、リュウにそう命じた。


「大丈夫か!?」

リュウは、トルティヤの指示に従い、素早く紫色のローブを羽織った魔導師の女性に駆け寄る。


「あ、ありがとう。礼を…言うわ…」

魔導師は、リュウの突然の出現と、助けられたことに、まだ唖然とした表情を見せた。


-数分前-

「うわぁ…あのモンスター…なに?見たことがない…てか大きいよぉ…」

冒険者たちがドラゴンと戦い始めたのを見たアリアは、見たことがない巨大なモンスターに驚き、呟いた。


「ふむ…あれが宿屋の奴らが言っていた例の危険なモンスターか…確かに危険じゃの。恐らく、並の冒険者では勝ち目はないじゃろうな」

トルティヤは、精神世界から冒険者たちの苦戦する戦いぶりを冷静に眺めていた。


「あれが危険なモンスター?トルティヤ、知ってるの?」

サシャが、トルティヤに尋ねた。

その顔には、心配の色が浮かんでいる。


「うむ。あれは赤角龍(レッドホーンドラゴン)という。高い山や火山に住むと言われておる、非常に凶暴かつ獰猛なモンスターじゃ。口から吐く灼熱の炎と、岩石をも引き裂く鋭い爪、そして鎧のように硬い鱗が武器じゃな。一筋縄ではいかんぞ」

トルティヤは、赤角龍について説明した。


「そんな…!じゃあ、あの人たち…危ないんじゃ…!放っておけないよ!彼らを助けないと!」

サシャが、目の前の危機を見過ごすことができず、トルティヤに訴えた。彼の声は切羽詰まっている。


「ふんっ…別に奴らが死のうが、誰に倒されようが、ワシには関係がないのぉ」

トルティヤは、冷たい口調で言い放った。


「トルティヤ!」

さすがのサシャも、トルティヤの冷たい言葉に怒りを露わにした。


「待つのじゃ。別に「助けない」とは言っておらんわい」

しかし、トルティヤはサシャの怒りを意に介さず、それを制止するように、片手を上げた。


「どのみち、このタタラ峠を越えるには、この赤角龍(レッドホーンドラゴン)を倒さねば道が開かん。ワシらの旅のためにも、奴を排除する必要があるのじゃ。ついでに、あの冒険者たちも助ける。これでよかろう」

トルティヤは、自身の目的と、助けるという行動を結びつけた。

そして、自信ありげな表情を浮かべ、サシャの肩に手を置く。


「というわけで、お主の出番はない。お主はそこで、ワシの戦いぶりを黙って見ておれ」

そう言うと、トルティヤはサシャの強く肩を叩き、人格を交代する。


「分かった。気を付けて」

サシャの意識は精神世界へと引き戻される。


「…さて、やるかのぉ」

サシャの髪色と瞳が、トルティヤのものへと変わった。


「どうやら、トルティヤになったようだな」

リュウは、サシャの体の変化を見て、静かに呟いた。


「ワシに考えがある。あの冒険者共を助け、この赤角龍(レッドホーンドラゴン)を仕留めるための作戦だ。お主ら、よく聞くのじゃ」

そう言うと、トルティヤはアリアとリュウに、冷静かつ的確な指示を伝え始めた。

その声は、普段の軽薄なものとは異なり、低く、そして確信に満ちていた。


「分かったよ!任せて!!」

アリアは、トルティヤの作戦を聞き、目を輝かせ、力強く返事をした。


「了解した。俺の役割だな。そっちは任せたぞ」

リュウも、作戦を理解し、深く頷いた。


-現在-

「もう一発…どうぞ!」

アリアは、トルティヤの指示に従い、狙いを定め、矢を赤角龍(レッドホーンドラゴン)の、鱗の隙間を狙って放った。

雨の中、矢は一直線に飛んでいく。


「…」

しかし、赤角龍(レッドホーンドラゴン)は、素早い動きで、分厚い翼を巧みにガードとして使った。

矢は、翼に突き刺さったが、深い傷には至っていないようだった。


「さすがに馬鹿ではないのぉ…知能もそれなりにあると見える」

トルティヤは、赤角龍(レッドホーンドラゴン)の対応を見て、わずかに舌打ちをした。

予想を超える知能の高さに、僅かな苛立ちを感じる。


「これは…少し本気を出さねばならんようじゃの」

トルティヤは、改めて覚悟を決め、目の前の赤角龍(レッドホーンドラゴン)と向き合った。

その瞳には、静かなる闘志と、強敵を前にした高揚感が宿っていた。

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