第17章:新たな旅へ!
宿のレストランは、相変わらず活気に溢れていた。
冒険者達の笑い声、商人の値引き交渉の声、
そして女将の元気な声が入り混じり、喧騒の中に温かさが感じられる。
「黎英でヨバゲニシンが豊漁らしいで」
「この前、魏膳で名刀を手に入れたんだぜ。早く使ってみたいな!」
「レスタ王国で、そのお尋ね者を見たって話だよ!」
「サージャスの南部に温泉があるらしいな。一度行ってみたいな…」
多くの冒険者や商人が、商売の話、情報交換、そして自慢の冒険談を語り合っている。
「(ここでアリアやアイアンホースさんと出会ったんだよな。こんな短い期間にたくさんのことがあったんだな)」
サシャは、賑やかなレストランを見渡しながら、ふと思いに耽った。
そして、サシャ達は空いているテーブルを見つけ、椅子に腰を下ろした。
「さて、報酬を確認しようか」
サシャは、村長に貰った、ずっしりと重い金貨袋をテーブルの上に置いた。
革袋から伝わる硬質な感触が、中身の豊富さを物語っていた。
「よっ!待ってました!」
アリアは、目を輝かせ、小さく拍手をした。
その表情からは、報酬への期待感が溢れていた。
「…依頼書通りなら9万ゴールドのはずだが」
リュウは、腕組みをしたまま、静かに呟いた。
彼の視線は、金貨袋に向けられていた。
「けど、村長が多めに入れていたと言ってたし」
サシャは、期待を込めて金貨袋の口を開いた。
「おぉ…これは」
中には、予想を遥かに超える量の金貨が、まるで宝石のようにぎっしりと詰まっていた。
アリアは、目を丸くし、思わず息を呑むように驚きの声を上げた。
「うわ、すごい…」
サシャは、一枚一枚丁寧に金貨を数え始めた。その指先には、確かな重みが感じられた。
「…ひー、ふー、みー…全部で15万ゴールドだ」
「あの村長、なかなか太っ腹だったな。これなら、一人当たり5万ゴールドずつ分けられるな」
リュウは、普段はあまり表情を変えないが、この時ばかりは口元にわずかな笑みを浮かべた。
「そうだね!じゃあ、一人5万ゴールドで!」
アリアは、目を輝かせ、待ちきれない様子で金貨を手に取った。
その表情には、喜びと高揚感が隠しきれないほど溢れていた。
「(よし、これで!)」
サシャは、心の中で力強くガッツポーズを決めた。
これで、念願の魔具を手に入れることができる。
「して、これからどうする?」
リュウは、報酬の分配も終わり、落ち着いた様子でサシャに尋ねた。
その表情には、今後の旅程を冷静に考慮している様子が窺えた。
「んー、どうしよっか…?」
アリアは、手にした金貨を眺めながら、楽しそうに首を傾げている。
「とりあえず、僕は少し行きたいところがあるんだ。二人は少しここで待っていてくれる?」
サシャの心は、すでにあの古びた魔具店に向いていた。
「いや!僕も行くよ!」
アリアは、サシャの言葉が終わるのを待たずに、すぐに立ち上がり、元気よく言った。
「サシャがどこに行くのか気になるし!」
「ふん…俺だけ留守番ってのも、退屈で仕方ないしな」
リュウも、静かに立ち上がり、サシャに視線を向けた。
彼の表情は、いつもと変わらず冷静だった。
「二人とも…じゃあ、俺についてきて!」
サシャは、二人の言葉に嬉しそうな笑顔を見せた。
こうして、サシャ達は宿を出て、賑やかなハギスの街中へと繰り出した。
そして、メインストリートの喧騒を抜け、人通りの少ない旧市街へと足を踏み入れていく。
「この辺りに、一体何があるんだ?」
リュウは、周囲の古びた建物を興味深そうに見渡しながら呟いた。
「この先の少し奥まったところに、魔具が売っている店があったんだ」
サシャは、リュウに説明した。
サシャ達が、しばらく石畳の道を歩くと、目当ての店が見えてきた。
相変わらず外観はボロボロで、傍から見たら本当に廃墟に見られても不思議ではないほどだった。
「ここだよ」
サシャ達は、店の前で足を止めた。
サシャは、少し緊張した面持ちで店の扉を見つめた。
「うわ…お化け屋敷みたい」
アリアは、店の薄暗い雰囲気に少し身を竦めながら呟いた。
「入ろう…」
サシャは、意を決して、古びた店の扉に手をかけた。
彼の心には、あの時見た魔具がまだ残っているだろうか、という一抹の不安がよぎっていた。
「ギィィィ…」
重く湿った空気を押し出すように、鈍い音を立てて扉が開いた。
店内は相変わらず薄暗く、長年積もった埃と、何とも言えない古い物の匂いが鼻を突いた。
奥のカウンターには、深いローブを羽織った背の低い老婆が、静かに座っていた。
「いらっしゃい…って、おやおや、あの時の坊やじゃないか。それと…お仲間かな」
老婆は、ギシギシと音を立てる椅子からゆっくりと顔を上げ、
サシャ達を見て、目を細めながらハッとした表情を浮かべた。
「あ、どうも。以前お話した、例の横笛を買いに来ました」
サシャは、少し緊張しながらも、老婆に魔具について尋ねた。
「あぁ…あの不思議な横笛ね。ちょっとそこで待っておくれ」
老婆は、杖をつきながらおぼつかない足取りで立ち上がり、
店の奥にあるショーケースに向かい、古びた鍵束から目的の鍵を選び、
ぎこちなさそうに鍵穴に差し込んだ。
そして、埃を被った横笛を丁寧に手に取り、ゆっくりと戻ってきた。
「28万ゴールドじゃ。用意はできているかね?」
老婆は、サシャの目をじっと見つめながら尋ねた。
「もちろん、ここに…」
サシャは、先ほど村長から受け取った、ずっしりと重い金貨袋を老婆に差し出した。
「どれどれ…」
老婆は、受け取った金貨袋から金貨を一枚一枚取り出し、丁寧に数え始めた。
そして、数え終わると、満足そうにニコッと笑みを浮かべた。
「確かに28万ゴールドじゃ。毎度あり」
老婆は、大切そうに扱っていた横笛をサシャに譲った。
「ありがとうございます」
サシャは、両手で横笛を受け取り、大切そうに亜空袋に収納した。
ようやく魔具を手に入れた喜びが、彼の胸を満たしていた。
「ようやくじゃ…長かったが、これで幻魔の横笛はワシらのものじゃ」
精神世界からその様子を見つめていたトルティヤは、感慨深そうな、そして満足そうな表情を浮かべた。
「ギィィィ…」
扉を開け、サシャ達は古びた魔具店を後にした。
「さて、これからどうする?」
リュウは、魔具を手に入れたサシャに、今後の予定を尋ねた。
「どうしようか」
サシャは、手に入れたばかりの魔具が入った無限袋をそっと撫でながら、少し頭を悩ませた。
せっかく魔具を手に入れたが、次の目的地となるような魔具の噂は特に聞いていない。
そもそも、魔具自体が非常に貴重な品なので、情報自体が一般に出回ることが稀だった。
「強いて言うなら、僕はまだ見たことのない、珍しい生物が生息する場所に行ってみたいかも!」
アリアは、目をキラキラと輝かせながら、楽しそうに呟いた。
「それもいいかもね!トルティヤは何か意見はないかい?」
サシャは、精神世界にいるトルティヤに、意見を求めた。
「そうじゃのぉ…ワシは魔具さえ手に入ればいいからのぉ。とりあえず、お主は歩き続けるのじゃ」
トルティヤは、まるで他人事のように、気だるそうな声で呟いた。
「ええ…」
サシャは、トルティヤの言葉に、少しだけ肩を落とした。
その時、サシャの背後に、まるで空気の揺らぎのように、何者かが音もなく現れた。
「誰だ!?」
リュウは、背後の気配にいち早く気づき、咄嗟に後ろに下がり、背中に差した刀の柄に手をかけた。
「っ!」
アリアは、突然の出来事に何が起こったのか理解できず、目を丸くして戸惑っている。
「え?誰?」
サシャは、リュウの警戒ぶりに驚き、振り返った。
そこには、夕焼けの光を浴びて、鮮やかな赤い髪の男が静かに立っていた。
「おいおい。そんなに警戒しないでくれ。敵じゃない。落ち着くんだ」
男は、両手を軽く上げ、サシャ達に敵意がないことを示すように、穏やかな口調で諭した。
「あっ!あなたは…あの時の」
サシャがゆっくりと男の方へ向き直ると、毛皮強盗事件の時に、
盗賊団「鬼車」のアジトの情報を教えてくれた、特徴的な赤い髪の男がそこに立っていた。
「その通りだ。偶然、君たちの楽しそうな話が耳に入ったのでな」
あの時は夜で薄暗く、男の姿はよく見えなかったが、
今はっきりと見ると、赤髪の男は漆黒の装束に身を包んでおり、
鎖帷子を鎧のように着込み、腰には特徴的な形状の仮面と、二本の鋭い忍者刀をぶら下げていた。
その姿は、まるで影のように、周囲の夕焼けの風景に静かに溶け込んでいた。
「ん?その仮面…お前、まさかサガラ家の者か?」
リュウは、男の腰についた独特な形状の仮面を見て、低い声で尋ねた。
男の仮面は、魏膳に古くから続く名家である、サガラ家の者が、隠密行動の際に身につけているものとよく似ていた。
リュウのその表情には、男の正体を見極めようとするような、鋭い視線と警戒心が強く込められていた。
「さぁね。その情報を知りたきゃ、相応の対価を用意しな…」
男は、ニヤリと笑みを浮かべ、挑発するような口調でリュウに囁いた。
「くっ…」
少し悔しそうな表情を浮かべるリュウをよそ目に、男は話を切り出した。
「それはさておき、件の毛皮強盗事件、君たちの見事な活躍もあって無事に解決したと、旦那から報告を受けた。実にお見事だ。直接お礼を言うわけではないが、面白い話を一つ、君たちに教えてやろうと思ってな」
男が、興味深そうな視線をサシャ達に向ける。
「…」
サシャ達は、男の言葉に息をのんだ。
何が語られるのか、固唾を飲んで見守った。
「トリア帝国の南西に位置するサージャス共和国。そこのとある遺跡に「勝利者の矛」と呼ばれる強力な魔具があると聞いた」
男は、静かに、しかしはっきりと、新たな魔具についての情報を話した。
「「勝利者の矛」じゃと!?」
精神世界にいたトルティヤは、驚愕の声を上げた。
その表情には、魔具の名前を聞いたことによる、強い動揺と抑えきれない興奮が入り混じっていた。
「なんなの?それ?」
サシャは、トルティヤの様子に気づき、意識の中で問いかけた。
「矛型の魔具じゃ。その矛を持った者は、あらゆる戦いに勝利し、古今無双の力を得ると古文書に記されておるのじゃ!」
トルティヤは、興奮した声で説明した。
「サージャス共和国は…確か、トリア帝国から南下して、レスタ王国を経由すれば行ける距離だね!」
アリアは、ポーチから取り出した地図を広げながら、指でなぞるように呟いた。
「どうやら…次の行き先は、ほぼ決まったようなものだな」
リュウも、地図に目を落としながら、静かに呟いた。
彼の表情には、新たな目的地への思案の色が見られた。
「信じるか信じないかは、君たち次第だ。それともう一つ…」
すると、男はまるで影が動くかのような、
目にも止まらぬ速さでリュウに近づき、その耳元で低い声で囁いた。
「君の『お父様』が寂しがっていたぞ」
「…っ!」
その言葉を聞いた瞬間、リュウの表情が凍り付いたように変わった。
その表情には、強い怒りと、隠しきれない動揺が入り混じっていた。
「ま、そういうことだ。お代はいらないよ。じゃあ、幸運を…」
そう言うと、男はまるで夜の闇に溶け込むように、スッとその場から姿を消した。
その姿は、まるで幻のように、跡形もなかった。
「…一体、何だったんだろう」
アリアは、あまりにも唐突な出来事に、何が起こったのか理解できずにいた。
「くそ…親父め…よくも、あんなことを…」
リュウは、男が消えた方向を睨みつけながら、ギュッと拳を握りしめた。
その表情には、激しい怒りと、拭いきれない悔しさが入り混じっていた。
「リュウ、大丈夫?」
その様子を見たサシャは、心配そうな表情でリュウに声をかけた。
「ああ…問題ない」
リュウは、サシャの問いかけに、強く握った拳をゆっくりと緩めながら、平静を装って答えた。
サシャは、リュウのいつもと違う様子に、どこか拭えない違和感を覚えていたが、
彼の過去に触れることを躊躇し、今は何も聞かないことにした。
こうして、サシャ達はハギスの街の入口にたどり着いた。
「さて、行きますか!次の目的地は、サージャス共和国だ!」
サシャは、空を見上げ、新たな決意を胸に呟いた。
その表情には、まだ見ぬ土地への期待と、新たな冒険への意欲が溢れていた。
「サージャス…懐かしいのう」
精神世界で、トルティヤが遠い記憶を辿るようにボソリと呟いた。
「行ったことあるの?」
サシャは、トルティヤの言葉に興味を持ち、意識の中で問いかけた。
「ま、ワシもそれなりに長生きしておったからのぉ」
トルティヤは、どこか遠い目をして、小さく笑みを浮かべながら呟いた。
「次はどんな珍しい生き物がいるんだろう!今からワクワクするよ!」
アリアは、目をキラキラと輝かせ、興奮した様子で言った。
「さあな。俺はお前たちについていくだけだ…」
そう言いつつ、リュウは青い空を見上げ、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。
「(アイツの手がかりが、少しでもあればいいんだが…)」
イゾウを追う彼の表情は、険しいものだった。
「それじゃあ、サージャスに向けて出発だ!!」
サシャの一声で、サシャ達はハギスの街を後にした。
その背中には、それぞれの想いを抱きながらも、新たな目的地への期待と、未知なる冒険への意欲が力強く燃えていた。
次の目的地は、サージャス共和国。
果たして、どんな物語がサシャ達を待ち受けているのか。




