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第16章:余韻

「なんと…芽剣蛇(がけんじゃ)とな!」

村長は、目の前に横たわる巨大な芽剣蛇(がけんじゃ)の死体を見下ろし、息を呑むように感嘆の声を漏らした。


「はい。実は…」

サシャは、村長に向き直り、事の経緯を説明し始めた。


夕闇が迫る中、深手を負ったヘルガーヴァを追跡していたところ、

突如として大地を揺るがすような重い轟音が森に響き渡り、

巨大な芽剣蛇(がけんじゃ)がまるで地中から這い出るように現れたこと。

そして、その芽剣蛇(がけんじゃ)がヘルガーヴァを一瞬で丸呑みにしてしまったこと。

さらに、激しい戦闘の末、サシャ、リュウ、そしてアリアの三人が力を合わせ、辛くも芽剣蛇(がけんじゃ)を討伐したことを。

サシャは言葉を選びながら村長に詳しく話した。


「なんと!!芽剣蛇(がけんじゃ)については旅の商人から噂では聞いておったが、まさかこの静かな村の近くに潜んでいたとは…」

村長は、サシャの話に食い入るように耳を傾けながら、額に汗を浮かべ、驚愕の表情を浮かべた。


「けど、ヘルガーヴァは芽剣蛇(がけんじゃ)に食べられてしまいました…依頼としてこれでよかったのかどうか…」

サシャは、少し申し訳なさそうな表情を浮かべ、村長に問いかけた。


報酬が減額されるのではないか、あるいは依頼自体が無効になるのではないかという不安が、彼の心をよぎっていた。


「いやいや、お主たちが嘘をついているようには見えん。それに、村への脅威を排除してくれた。むしろ感謝しておる」

村長は、サシャの不安を察し、温かい笑顔で答えた。


「(よかった…)」

村長の言葉を聞き、サシャ達は肩の荷が下りたように安堵の息を漏らした。

彼らの表情には、張り詰めていた緊張が解け、穏やかな安堵感が広がっていた。


「にしても大きい。こいつがヘルガーヴァを…」


「この鱗とか、磨けば綺麗な装飾品になりそうじゃないか?」


「頭部は村の入り口に飾って、魔除けにするのはどうだろう?」

村人たちは、巨大な芽剣蛇(がけんじゃ)の死体を遠巻きに囲み、その想像を絶する大きさに驚嘆の声を上げた。

同時に、この貴重な素材をどのように有効活用できるか、目を輝かせながら熱心に議論を交わしていた。


「村長。これは僕の推測だけど…」

アリアは、村長に近づき、周囲に聞こえないくらいの小さな声で、しかし確信を持って静かに話し始めた。

彼女の表情は真剣そのもので、その言葉には深い洞察力が込められていた。


「恐らく、ヘルガーヴァは芽剣蛇(がけんじゃ)にテリトリーを追い出されたから、仕方なく人里に近い果樹園を狙ったんじゃないかなと思います。僕達が深手を負ったヘルガーヴァを追ったときも、ヘルガーヴァは常に周囲を警戒し、何かから逃げているような様子で落ちている木の実を必死に食べてたから…」

アリアは、ヘルガーヴァの行動を注意深く分析し、一つの仮説を立てた。


それは、ヘルガーヴァが強大な芽剣蛇(がけんじゃ)から逃れ、生き延びるために必死に食料を確保しようとしていたのではないかというものだった。


「なるほど…全てはあの芽剣蛇(がけんじゃ)の仕業だった…ってことか」

村長は、アリアの推理に真剣に耳を傾け、深く頷いた。


その表情には、アリアの鋭い洞察力に対する感嘆と、長らく村を悩ませていた事件の真相が明らかになったことへの安堵が入り混じっていた。


「僕はそう思ってます」

アリアは、自信に満ちた表情で、村長に答えた。


「(確かに、それなら全て説明がつく。さすがは狩人だな)」

リュウは、アリアの冷静な分析に感心し、静かに呟いた。


「とりあえず、今回の討伐には心から感謝するぞ。そして、今日はもう日が暮れておる。宿屋に案内する故、ゆっくり休むとよい」

村長は、サシャ達に改めて深々と頭を下げ、感謝の意を述べ、村一番の宿屋へと案内した。


そして、村長に連れられ、三人は夕焼けに染まる静かな村の小道を歩いた。

宿屋は、温かみのある木造建築で、玄関をくぐると、長年使い込まれた木の優しい香りが鼻をくすぐった。


「ここだな…」

そして、村長はサシャ達を、宿の一番奥にある、最も日当たりの良いという部屋へと案内した。


「どうだ!このプギ村の宿で一番広い部屋だぞ!旅の疲れをゆっくり癒してくれ」

村長は、部屋の扉を開け、誇らしげに話した。

その表情には、サシャ達をもてなす喜びが溢れていた。


部屋に入ると、まず目に飛び込んできたのは、大きな窓と、そこから続く広々としたテラスだった。

西の空は燃えるような茜色に染まり、その夕焼けの光が部屋全体を優しく照らし、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


部屋の中には、丁寧に磨かれた木製の家具が並び、どこか懐かしい温かさを感じさせた。

高級そうな革製のソファ、ふかふかの大きなベッド、

そして床には上質な毛皮のカーペットが敷かれていた。

窓辺には、可愛らしい花瓶に野花が生けられていた。


「うわぁ…広い!」

アリアは、待ちきれないといった様子でベッドに飛び込み、その柔らかな感触に顔を埋めた。

その表情には、まるで子供のような無邪気な喜びが溢れていた。


「おいおい…少しは落ち着きなよ…」

サシャは、アリアの子供っぽい行動に苦笑いを浮かべながら、窘めるように言った。


「ほっほっほ…若い者は元気があってよろしい。食事も後ほど温かいものを持って来させる。今日はゆっくりと体を休めてくれ」

村長は、アリアの無邪気な行動を微笑ましく見守り、サシャ達にゆっくりと休息するよう促した。

そして、満足そうに頷きながら、村長は部屋を後にした。


「…しかし、まさか本当に芽剣蛇(がけんじゃ)だったとはな」

村長が部屋を出て静けさが戻ると、サシャは、全身を包み込むような心地よさのソファに深く腰を下ろし、改めて呟いた。

あの巨大な蛇の、冷たい光を宿した瞳が、まだ脳裏に焼き付いているようだった。


「ね!正直、足が竦むくらい怖かったけどね…」

アリアは、ベッドから起き上がり、両手をもじもじとしながら言った。

あの時の、命の危険を感じるほどの恐怖が、まだ胸の奥底に残っている。


「けど、オババ様はあれよりもずっと大きい花剣蛇(かけんじゃ)と戦って倒したんだよね…僕も、いつかあんな風に…もっともっと強くならないと!」

アリアは、すぐに前向きな表情になり、小さな拳を力強く握りしめた。


「(あんな化け物のような蛇に、あそこまで苦戦するとは…俺もまだまだ修行が足りないな)」

リュウは、テラスに出て、茜色から徐々に深い藍色へと変わっていく空を眺めながら、静かに呟いた。


こうして、各々が芽剣蛇(がけんじゃ)との激しい戦いに思いを馳せていると、部屋の扉が控えめにノックされた。


「食事をお持ちしました」

扉が開くと、温和な笑顔の女中が、湯気を立てる料理を乗せた台車を押し、部屋に入ってきた。


台車の上には、暖かそうな唐辛子入りのスープ、色とりどりの新鮮な果物を盛り合わせた皿、

そして香ばしい匂いをあたりに漂わせる巨大な骨付き肉など、豪華な料理が所狭しと並べられていた。


「おぉ!美味しそう!」

サシャは、料理に目を輝かせ、すぐにでもかぶりつきたい衝動に駆られた。

しかし、その時、背後から忍び寄るように、トルティヤがサシャの肩を軽く叩いた。


「…ほほう。これはこれは…随分と美味しそうじゃな」

トルティヤは、ニヤニヤとした意地の悪い笑みを浮かべ、食欲をそそる料理をじっと見つめた。


「…うっ」

サシャはトルティヤの気配を感じ、嫌な予感が背筋を駆け上がった。

次の瞬間、サシャの意識は遠のき、笑顔のまま人形のように硬直した。


「うんっ!これは実に美味じゃのぉ!」

サシャと入れ替わったトルティヤは、待ちかねたように料理に手を伸ばし、大きな骨付き肉にかぶりつき、満足そうに目を細めた。


「くそぉ…最後のトドメを刺したのは俺なのに…」

サシャはその様子を精神世界から、恨めしそうに眺めていた。

その表情には、抑えきれない悔しさと、トルティヤへの強い不満が入り混じっていた。


「何を言うか!あの重くて巨大な芽剣蛇(がけんじゃ)を、村まで運んできたのは紛れもなくワシじゃ!」

トルティヤは、油でテカテカになった口元を拭いながら、サシャに言い返した。


「…まぁ、そりゃそうだけどさぁ」

サシャは、トルティヤの言葉に何も言い返せず、奥歯をギリギリと噛み締め、悔しさを堪え忍んだ。


「ねぇ?…サシャ?でいいのかな?さっきも急に姿が変わってたけど、あれは何かの魔法なの?」

アリアは、美味しそうに果物を頬張りながら、サシャの姿をしているトルティヤに、純粋な好奇心を隠せずに尋ねた。

その表情には、魔法に対する興味と、少しばかりの戸惑いが入り混じっていた。


「ふむ。気分も良いし、特別に答えてやろうぞ。簡単に言うと、ワシの魂がこの小僧の体に一時的に宿っておる状況じゃな。だから、お主が見ておるのは小僧であって、同時に小僧ではない…という、ややこしいところじゃ」

トルティヤは、アリアの質問に答えながら、優雅にスープを啜った。


「くーっ!結構、辛味が効いておるのぉ」

その仕草は、普段のサシャとは全く異なっていた。


「うーん、なんかよくわからないけど、要するに『サシャじゃない誰かに変身している』ってことでいいかな?」

アリアは、トルティヤの少し難解な説明に首を傾げながら、

自分なりに理解しようと試みた。


「…ま、大体そんなところじゃ。それと、ワシの名はトルティヤじゃ。『誰か』などという曖昧な存在ではないぞ」

トルティヤは、少し呆れた顔をしながらも、アリアの子供のような解釈を否定しなかった。


こうして、サシャ達は美味しい料理と楽しい雑談を満喫し、

プギ村の温かい宿屋で心地よい眠りについた。


翌朝、プギ村は柔らかな朝日に包まれ、静かで穏やかな目覚めを迎えていた。


森からは清々しい空気が流れ込み、村のシンボルである古びた風車が、

カラカラと心地よい音を立ててゆっくりと回っている。


そんな穏やかな朝の中、サシャ達は宿屋を後にし、村の入り口に立っていた。


村の入り口には、村長が昨夜と同じ温かい笑顔で立っていた。

その表情には、サシャ達への感謝と、別れを惜しむ気持ちが滲み出ていた。


「今回は本当にありがとう。お主たちのおかげで、村は救われた。これが約束の依頼金じゃ。芽剣蛇(がけんじゃ)の件もあったから、気持ちばかりだが、少し多めに入れておいたぞ」

村長は、ずっしりと重い金貨の入った革袋をサシャに両手で丁寧に手渡した。


その重みは、単なる貨幣の重さではなく、村の未来を守ってくれたことへの感謝、

そして自分たちの冒険者としての働きが確かに認められたという証のように感じられ、

サシャの胸にじんわりとした温かいものが広がった。


「ありがとうございます!」

サシャは、両手で金貨袋をしっかりと受け取り、深々と頭を下げた。


「また、いつでもプギ村に遊びに来てくれ。お主らのような勇敢な冒険者なら、いつでも歓迎するぞ」

村長は、心からの温かい笑顔でサシャ達に言った。


「はい、村長!色々と本当にお世話になりました!」

サシャ達は、改めて村長に深々と頭を下げ、プギ村を後にした。


森の中は、木々の葉の間から差し込む木漏れ日が眩しく、小鳥たちの楽しそうなさえずりが心地よく響いていた。

そよ風が吹き抜け、草木が優しく揺れる音が、爽やかなハーモニーを奏でている。


「さて、俺とリュウはこれからハギスに戻るけど、アリアはどうする?」

サシャは、隣を歩くアリアに向き直り、今後の予定を尋ねた。

すると、アリアは全く迷うことなく、予想外の答えを笑顔で返した。


「ん?決まってるよ!サシャ達と一緒に旅することにした!」

アリアは、太陽のような明るい笑顔であっけらかんと答えた。


「えっ!?」

アリアの突然の申し出に、サシャとリュウは思わず足を止め、目を丸くした。


「だってさ!トルティヤがあんなにすごい魔法を使えるんだし!二人と過ごしていると、なんだか楽しくなっちゃった!それに、あの巨大な芽剣蛇(がけんじゃ)を倒せる人たちなんて、多分この世界でもそうそういないよ!」

アリアは、目をキラキラと輝かせながら言った。


サシャの勇気と、どんな時でも冷静なリュウ、そして何より、ピンチの時に不思議な力を見せるトルティヤ。

こんなすごい人たちと一緒なら、きっとこれから先、

もっと色々な場所へ行けるし、たくさんの面白い経験ができるはずだ。

そう思っての申し出だった。


「それに…今回の依頼は私一人じゃ、途中で諦めてたかもしれない。サシャとリュウがいなかったら、きっとヘルガーヴァを見つけることすらできなかったと思うし。だから、その恩返しもしたいなって…」

アリアは、少し照れくさそうに、でも真剣な眼差しで呟いた。


「…俺は構わないが、サシャはどうする?」

リュウは、サシャに視線を移し、彼の判断を仰いだ。

サシャは少し考えた後、すぐに笑顔で答えた。


「…うん!アリアの豊富なモンスターの知識は、これから先の旅で絶対に助けになると思うし…!俺達でよければ、もちろん大歓迎だよ!」

サシャは快く、アリアを新たな旅の仲間に迎えることを決めた。

アリアの明るさと、持ち前の行動力、そして何より、危険な森で生き抜いてきた経験からくる知識は、きっと自分たちにとって大きな力になるだろう。


「(まったく…そんなにあっさりと。じゃが、この小娘のモンスターに関する知識と、あの見事な弓の技術は、なかなか侮れんのぉ)」

精神世界からその様子を見ていたトルティヤは、小さく笑みを浮かべた。


「やったー!!じゃあ、これからよろしくね、サシャ、リュウ…それと…誰だっけ?」

アリアは、嬉しさのあまり飛び跳ねて喜び、満面の笑顔でサシャ達に顔を向けた。


「やれやれ…全く忘れっぽい小娘じゃな」

トルティヤは、呆れたように呟くとサシャの肩を叩く。

そして、その姿がトルティヤのものに変わる。


「トルティヤじゃ!わしは偉大なる大魔導師、トルティヤ様じゃ!」

トルティヤは、ムキになりながらもどこか楽しそうに、アリアに自己紹介した。


「あぁそうだ!トルティヤだ!!よろしくね!」

アリアは、トルティヤの名前を思い出し、今度は間違えないように笑顔で挨拶をした。


「ふん。別に馴れ合うつもりはないぞ…」

トルティヤは、照れ隠しのように、ぷいっとそっぽを向いた。


「ところで…ハギスまでは結構な距離があるぞ?このまま歩いて行くと、またパギ村で一泊することになると思うが」

リュウは、リュックから取り出した簡素な地図を広げながら、冷静に言った。


「確かに…!また、村長さんの優しいお言葉に甘えて、もう一晩泊めてもらおうか?」

アリアは、屈託のない笑顔で提案した。


「いや、流石にそれは…」

リュウは、村長に迷惑をかけることを遠慮して、苦笑いを浮かべた。


「そんなことをする必要はない」

すると、トルティヤはリュウとアリアの肩に気安く手を乗せた。


「?」

アリアは、不思議そうに首を傾げた。


「転送魔法-韋駄天の長靴(いだてんのながぐつ)-」

トルティヤが呪文を唱えた瞬間、サシャ達の体は眩い光の粒子となって宙にふわりと舞い上がり、一瞬にして森の中から完全にその姿を消した。

後に残ったのは、ほんの僅かな風の残響だけだった。


「!?…わっ!ここは、ハギス!?」

アリアは、見慣れたハギスの活気ある街並みが目の前に広がり、目を丸くして驚きの声を上げた。

そこは、ハギスにある、サシャとリュウがいつも利用している青い屋根の宿屋の正面だった。


「これは…」

リュウも、信じられないといった表情で周囲を見渡した。

先程まで確かにプギ村の近くの森の中にいたはずなのに、

一体何が起こったのか、彼の冷静な頭脳でも理解が追い付かなかった。


「これでよかろう」

そう言うと、トルティヤは満足そうに頷き、サシャの肩を叩いた。


「ありがとう。トルティヤ」

サシャは、ハギスの懐かしい風景を見渡し、心の中でトルティヤに深く感謝した。


そうして、サシャ達は新しい仲間を迎えた喜びを胸に、

再び賑やかなハギスの街へと足を踏み入れた。

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